2月4日出エジプト28章 マタイ24:36-51

懸賞 2018年 02月 04日 懸賞

『愛の神、聖なる神』
【出エジプト 28:43 アロンとその子らは、会見の天幕に入るとき、あるいは聖所で務めを行うために祭壇に近づくとき、これを着る。彼らが咎を負って、死ぬことのないためである。これは、彼と彼の後の子孫とのための永遠のおきてである。】

①旧約で教えられることは、
天の父なる神様は、愛の方であると同時に、
聖い方、聖なるお方であり、
罪を持ったままで主に会う時、「打たれて死ぬ」のだという事実です。

新約では、イエス様にごめんなさいと言えば、
どんなことでも赦されると教えられています。

それは事実なのですが、
しかしだからと言って「神様を軽く考えたり」
「無視したり」できるわけではないのです。

イエス様の罪のために支払われた代価が、私たちを守って下さっているのです。
その事実を知った者は、
自分が頂いている恵みを正しく知り、
本当の意味で、神様に感謝を捧げるようになるのです。





『イエス様の再臨を待ち望む』
【マタイ 24:42 だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。24:43しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。24:44 だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。】

①初代教会の弟子たちは、
イエス様の再臨はすぐ来ると考えて、いつも備えていました。
それから約2000年が経ちましたが、
黙示録に何度も書かれている「わたしはすぐ来る」というイエス様の言葉を
おろそかにしてはいけないのです。

一日は千年のようにと聖書か記している以上、
今の時代も「すぐに来られる」と考えて、
信仰生活をすることが、聖書的な生き方なのです。





20180204


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# by Happiness-eachday | 2018-02-04 05:55 | 2018年 | Trackback

2月3日出エジプト26-27章 マタイ24:1-35

懸賞 2018年 02月 03日 懸賞

『神の業と人の業』
【出エジプト27:20 あなたはイスラエル人に命じて、燈火用に上質の純粋なオリーブ油を持って来させ、ともしびを絶えずともしておかなければならない。27:21 アロンとその子らは、あかしの箱の前の垂れ幕の外側にある会見の天幕で夕方から朝まで、【主】の前にそのともしびを整えなければならない。これはイスラエル人が代々守るべき永遠のおきてである。】

①ともしびは、神様がいつも人々の間でご臨在しておられることを現していました。
ともしびがあることで、人々は神のいのちと光をいつでも見ることができたのです。
しかしこれは人の業でもありました。

人が主に仕え、その命令を実行することを通じて、
人々に「主がご臨在されていること」を伝えることができたのです。

・・・あなたが神の働きを知り、実行することを通じて、
神の業が、人の業を通じて伝わるのです。



『イエス様の再臨を信じる恵み』
【マタイ24:3 イエスがオリーブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとに来て言った。「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのでしょう。あなたの来られる時や世の終わりには、どんな前兆があるのでしょう。」
24:32 いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。24:33 そのように、これらのことのすべてを見たら、あなたがたは、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。】

①イエス様は、十字架にかかられる前から、再臨について語っておられました。
十字架と復活、その後の再臨は、神様の計画だからです。
(具体的な前兆は、直接マタイ24章を読むことをお勧めします)

あなたは、イエス様が、もう一度この地上に来られることを信じていますか。
再臨が必ずあることを受け止めていますか。
再臨を自分のこととして受け止めている人は、信仰生活に目標が与えられます。
なぜなら、イエス様ともう一度、お会いできると本気で信じる者は、
おのずと信仰生活がメリハリのあるものとなるのです。

それを信じていない人(または知識だけで自覚のない人)は、
試験のない試験勉強のようなもので、怠けてしまうのです。




20180203


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# by Happiness-eachday | 2018-02-03 05:49 | 2018年 | Trackback

2月2日出エジプト24-25章 マタイ23章

懸賞 2018年 02月 02日 懸賞

『神様の言葉を聞く大切さ』
【出24:2 モーセひとり【主】のもとに近づけ。他の者は近づいてはならない。民もモーセといっしょに上ってはならない。」24:3 そこでモーセは来て、【主】のことばと、定めをことごとく民に告げた。すると、民はみな声を一つにして答えて言った。「【主】の仰せられたことは、みな行います。」】

①モーセは、主の言葉を聞き、その言葉を民に伝えました。
すると民は、行いますと、答えたのです。
主の言葉を聞いた者が、準備された者たちに語ると、彼らは従うのです。

神の言葉を聞きたいという者たちは、存在します。
その者たちに、純粋な神の言葉を伝えるならば、彼らは喜び、応答するのです。

あなたは神の言葉を聞くものとして備えましょう。
正しく聞く者が、正しい応答ができるのです。



『イエス様の招きに応える』
【マタイ23:37 ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者。わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。】

①イエス様は、神様が準備したイスラエルの民のもとに来られ、彼らを招きました。
しかし彼らは「素直に悔い改めること」をせずに、むしろ「反発した」のです。

イエス様のことを理解できない罪のために、反発をしたのですが、
しかしそれでもイエス様は招き続け、十字架の死にまで従い、
彼らの救いの道を確立されたのです。

イエス様の言葉と心を知りましょう。
自分の罪のみじめさ以上に、イエス様が愛し赦しておられることを知った者だけが、
自分の罪を超えて、イエス様の招きに応えることができるのです。





20180202


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# by Happiness-eachday | 2018-02-02 05:44 | 2018年 | Trackback

2月1日出エジプト22-23章 マタイ22:15-46

懸賞 2018年 02月 01日 懸賞

『天の父の願いに聞き従う』
【出エジプト23:22 しかし、もし御声に確かに聞き従い、わたしが告げることをことごとく行うなら、わたしはあなたの敵には敵となり、あなたの仇には仇となろう。
23:25 あなたがたの神、【主】に仕えなさい。主はあなたのパンと水を祝福してくださる。わたしはあなたの間から病気を除き去ろう。
23:27 わたしは、わたしへの恐れをあなたの先に遣わし、あなたがそこに入って行く民のすべてをかき乱し、あなたのすべての敵があなたに背を見せるようにしよう。
23:32 あなたは、彼らや、彼らの神々と契約を結んではならない。】

①天の父なる神様は、その御声に聞き従うことを強く願っておられます。
なぜなら、それが本来のことだからです。
しかし天の神様と私たちの間に、様々な偶像を置いてしまう時、
私たちは、天の父が分からなくなるのです。

天の父が分からなくなっても、戒めを守れば、形だけでは正しいことができます。
しかし心が伴わなければ、最後は出来なくなるのです。

・・・聖霊の助けを受け、偶像をきっちりと取り除きましょう。
心を悔い改め、主のと交わりが回復した者が、主の戒めを守れるのです。



『最も大切な戒め』
【マタイ22:37 そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』22:38 これがたいせつな第一の戒めです。22:39『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。22:40 律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」




20180201


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# by Happiness-eachday | 2018-02-01 05:19 | 2018年 | Trackback

1月31日出エジプト20-21章 マタイ21:33-22:14

懸賞 2018年 01月 31日 懸賞

『創造主を一番にする、偶像を避ける』
【出エジプト20:3 あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。20:4 あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。20:5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、【主】であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、20:6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。】

①「天の父」は、愛情深い神です。
そのため「天の父以外」のものを第一にすることを禁じています。
それはそれによって受ける損失が莫大であることを知っておられるからです。

またねたむという表現もされています。
それはそれほどまでに愛情深いことの裏返しなのです。

あなたは愛情深い「天の父」にどのような接し方をしていますか。
一週間に一度礼拝に参加するだけでは不足なのです。
毎日祈り、その愛の中に憩うことです。
これが本来の人間の姿なのです。
それ以外のものに慰めを感じているならば、それはすべて偶像なのです。




『何を一番としているのか』
【マタイ22:2 「天の御国は、王子のために結婚の披露宴を設けた王にたとえることができます。22:3 王は、招待しておいたお客を呼びに、しもべたちを遣わしたが、彼らは来たがらなかった。
22:10 それで、しもべたちは、通りに出て行って、良い人でも悪い人でも出会った者をみな集めたので、宴会場は客でいっぱいになった。22:11 ところで、王が客を見ようとして入って来ると、そこに婚礼の礼服を着ていない者がひとりいた。22:12 そこで、王は言った。『あなたは、どうして礼服を着ないで、ここに入って来たのですか。』しかし、彼は黙っていた。22:13 そこで、王はしもべたちに、『あれの手足を縛って、外の暗やみに放り出せ。そこで泣いて歯ぎしりするのだ』と言った。22:14 招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです。」】

①霊的救いは、イエスキリストを信じ、個人的な関係を持つことによって与えられます。
その招きは、多くの人々に与えられていますが、
その招きに応える人は少ないのです。

個人の事情や、自分の今抱えている興味や課題を第一とする中で、
招きを拒否するのです。

あなたは「神様の招き」を聞いていますか。
それを受け止めていますか。

理屈や建前では、招きに応えることはできません。
「あなたの大事なもの」
以上に「神様が大事である」と、
真に受け止めた人のみが、応答できるのです。




20180131


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# by Happiness-eachday | 2018-01-31 05:54 | 2018年 | Trackback

1月30日出エジプト18-19章 マタイ21:1-32

懸賞 2018年 01月 30日 懸賞

『モーセの義父イテロの助言』
【出18:15 モーセはしゅうとに答えた。「民は、神のみこころを求めて、私のところに来るのです。
18:16 彼らに何か事件があると、私のところに来ます。私は双方の間をさばいて、神のおきてとおしえを知らせるのです。」18:17 するとモーセのしゅうとは言った。「あなたのしていることは良くありません。18:18 あなたも、あなたといっしょにいるこの民も、きっと疲れ果ててしまいます。・・・
18:21 あなたはまた、民全体の中から、神を恐れる、力のある人々、不正の利を憎む誠実な人々を見つけ出し、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として、民の上に立てなければなりません。18:22 いつもは彼らが民をさばくのです。大きい事件はすべてあなたのところに持って来、小さい事件はみな、彼らがさばかなければなりません。あなたの重荷を軽くしなさい。彼らはあなたとともに重荷をになうのです。】

①イテロは、モーセが一人で民を裁いている様子を見て、良くないと言いました。
リーダーが一人で責任を持っているならば、
最後にはリーダーは倒れてしまいます。
ですから神の知恵は、役割の分担なのです。

千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長、
その能力に合わせて、それぞれの役割を担うことが、
神様の御心でもあったのです。




『二人の息子のたとえ』
【マタイ 21:28 ところで、あなたがたは、どう思いますか。ある人にふたりの息子がいた。その人は兄のところに来て、『きょう、ぶどう園に行って働いてくれ』と言った。21:29 兄は答えて『行きます。お父さん』と言ったが、行かなかった。21:30 それから、弟のところに来て、同じように言った。ところが、弟は答えて『行きたくありません』と言ったが、あとから悪かったと思って出かけて行った。21:31 ふたりのうちどちらが、父の願ったとおりにしたのでしょう。」彼らは言った。「あとの者です。」イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。取税人や遊女たちのほうが、あなたがたより先に神の国に入っているのです。21:32 というのは、あなたがたは、ヨハネが義の道を持って来たのに、彼を信じなかった。しかし、取税人や遊女たちは彼を信じたからです。しかもあなたがたは、それを見ながら、あとになって悔いることもせず、彼を信じなかったのです。」】

①行きますと言って、行かなかった兄と、
行きませんと言って後から考え直して行った弟は、
「弟」のほうが父のことを考えていました。
そして父は「弟」の「心と行為」を喜んだのです。

父なる神様にも「お気持ち」があります。
喜んでいただくか、悲しませてしまうかは、
父に対する「私たちの態度」によるのです。






20180130


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# by Happiness-eachday | 2018-01-30 05:28 | 2018年 | Trackback

1月29日出エジプト16-17章 マタイ20:17-34

懸賞 2018年 01月 29日 懸賞

『主の命令を守る難しさ』
【出エジプト16:25 それでモーセは言った。「きょうは、それを食べなさい。きょうは【主】の安息であるから。きょうはそれを野で見つけることはできません。16:26 六日の間はそれを集めることができます。しかし安息の七日目には、それは、ありません。」16:27 それなのに、民の中のある者は七日目に集めに出た。しかし、何も見つからなかった。16:28 そのとき、【主】はモーセに仰せられた。「あなたがたは、いつまでわたしの命令とおしえを守ろうとしないのか。・・・
16:35 イスラエル人は人の住んでいる地に来るまで、四十年間、マナを食べた。彼らはカナンの地の境に来るまで、マナを食べた。】

①主は、荒野でパンがないと叫ぶ民たちに対して、パンを与えると約束されました。
そして六日目に2倍のマナを集めるように命じたのです。
これは毎日の信仰の訓練のためでした。

しかし民は不信仰で、神様の言うことを聞かず、
自分の考えで、七日目も集めに行き、主の怒りを受けたのです。

人間は愚かで、自分なりのやり方を押し通してしまいます。
自分なりのやり方であること自体、気が付かずに、押し切ってしまうのです。

しかし主は約束通り、荒野の40年マナを与え続けたのです。
人は約束を破っても、主は守られるのです。
私たちも、主の命令を守れるものとなりましょう。
そのためにも、祈りましょう。




『神の国の価値観』
【マタイ20:26 あなたがたの間では、そうではありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。20:27 あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい。20:28 人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。」】

①イエス様の十字架の予告の後、
ヤコブとヨハネの母が、自分の子をイエス様の御国で、
右と左の最高の地位につけるように頼みました。

母親と子供たちは、神の国の価値観ではなく、
地上の価値観で出世と評価を求めていたのです。

②しかしイエス様は、人の先に立ちたいものは、しもべとなり仕える者となりなさい、と言われました。
この世の価値観と神の国の価値観は、全く違います。
私たちは、この世にあっても、神の国の価値観で生きていくのです。






20180129



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# by Happiness-eachday | 2018-01-29 05:57 | 2018年 | Trackback