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5月2日Ⅱサムエル12-14章 1ペテロ1:22-2:25

懸賞 2021年 05月 02日 懸賞

『罪の指摘と悔い改め』
【Ⅱサムエル12:7 ナタンはダビデに言った。「あなたがその男です。イスラエルの神、【主】はこう仰せられる。『わたしはあなたに油をそそいで、イスラエルの王とし、サウルの手からあなたを救い出した。12:8 さらに、あなたの主人の家を与え、あなたの主人の妻たちをあなたのふところに渡し、イスラエルとユダの家も与えた。それでも少ないというのなら、わたしはあなたにもっと多くのものを増し加えたであろう。12:9 それなのに、どうしてあなたは【主】のことばをさげすみ、わたしの目の前に悪を行ったのか。あなたはヘテ人ウリヤを剣で打ち、その妻を自分の妻にした。あなたが彼をアモン人の剣で切り殺したのだ。12:10 今や剣は、いつまでもあなたの家から離れない。あなたがわたしをさげすみ、ヘテ人ウリヤの妻を取り、自分の妻にしたからである。』」】①神様は、預言者ナタンを通じて「ダビデの罪」を明らかにしました。ダビデはそれを認め、悔い改めました。その結果、罪は赦されましたが、しかしダビデの家に多くの悪い影響が起きてしまったのです。私たちが信じる父なる神様は、赦しの神です。しかし赦されるからと言って「罪を犯してもよい」訳ではないのです。罪を犯したならば、「深い悔い改め」をしなければなりません。そして「刈り取り」を覚悟しなければならないのです。しかし、一番恐ろしいことは、自分をごまかして罪を無視し、悔い改めないことなのです

『聖めを求める』
【Ⅰペテロ2:1 ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。2:3 あなたがたはすでに、主がいつくしみ深い方であることを味わっているのです。2:4 主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生ける石です。2:5 あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。】①イエス様の弟子(すべてのクリスチャン)は、「キリストのようになる」ことを願われています。イエス様の十字架の恵みを受け取った者は、「聖めを求める」ように変えられていきます。そして、ごまかしや悪口を捨てて、神様の御心が書かれている「み言葉」を乳のように慕い求めるようになるのです。

# by Happiness-eachday | 2021-05-02 05:03 | 2021年 | Trackback

5月1日Ⅱサムエル9-11章 1ペテロ1:1-21

懸賞 2021年 05月 01日 懸賞

『ダビデの誘惑と罪』
【Ⅱサムエル11:2 ある夕暮れ時、ダビデは床から起き上がり、王宮の屋上を歩いていると、ひとりの女が、からだを洗っているのが屋上から見えた。その女は非常に美しかった。11:3 ダビデは人をやって、その女について調べたところ、「あれはヘテ人ウリヤの妻で、エリアムの娘バテ・シェバではありませんか」との報告を受けた。11:4 ダビデは使いの者をやって、その女を召し入れた。女が彼のところに来たので、彼はその女と寝た。──その女は月のものの汚れをきよめていた──それから女は自分の家へ帰った。】①この箇所は、信仰の人ダビデの大きな失敗について書かれています。ダビデはこの時、戦いに出なくなり、自分の立場に満足する中で、関心が不健全なものへと変わってしまったのです。誘惑の結果、彼は姦淫を犯し、それをごまかすために、殺人という恐ろしい罪を犯したのです。ダビデは悔い改めましたが、その悪い種の刈り取りは、ダビデの家を苦しめたのです。いくら良い信仰を持っていても、それでいつも安心というわけではありません。神様との個人的な関係が薄くなる時に、誘惑に負けやすくなるのです。このことは反面教師として、しっかりと心に留めるべきです。


『聖さを求める』
【Ⅰペテロ1:15 あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なるものとされなさい。1:16 それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない」と書いてあるからです。1:17 また、人をそれぞれのわざに従って公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら、あなたがたが地上にしばらくとどまっている間の時を、恐れかしこんで過ごしなさい。】①使徒ペテロは、聖くなることの大切さを記しています。私たちは命を与えられ、地上でイエス様を信じるように導かれました。救われましたが、それで安心というわけではないのです。地上では誘惑も、肉の欲望も、私たちを攻撃してきます。一瞬の油断で大きな失敗を犯すことがあるのです。地上で使命を果たすことができるように、「気を引き締めて」生きていく必要があるのです。

# by Happiness-eachday | 2021-05-01 05:01 | 2021年 | Trackback

4月30日Ⅱサムエル7-8章 ユダ1章

懸賞 2021年 04月 30日 懸賞

『自分の足りなさを自覚する者の祈り』
【Ⅱサムエル7:18 ダビデ王は行って【主】の前に座し、そして言った。「神、主よ。私がいったい何者であり、私の家が何であるからというので、あなたはここまで私を導いてくださったのですか。7:19 神、主よ。この私はあなたの御目には取るに足りない者でしたのに、あなたは、このしもべの家にも、はるか先のことまで告げてくださいました。神、主よ。これが人の定めでしょうか。」】①ダビデは、主の素晴らしい約束に対して、「自分のような者がそのような祝福を受ける価値がない」と正直に祈りました。彼は自分の罪や至らなさを十分知っていたので、そのような言葉を語ったのです。それは彼が、サウル王に命を狙われ、ヘブロンでユダの王になった後も、弱い立場の中で苦しんだ経験があったからです。順調に上手くいった人は、自分の弱さを見ずに仕事を成し遂げられますが、徹底的に苦しんだ人は、自分の弱さを体験し、その中で主は憐れみをもって助けて下さることを学ぶのです。あなたは、「自分の弱さ」を体験していますか。それは主の助けと祝福を受ける「土台」となるのです。


『闇の中での光の真価』
【ユダ1:17 愛する人々よ。私たちの主イエス・キリストの使徒たちが、前もって語ったことばを思い起こしてください。1:18 彼らはあなたがたにこう言いました。「終わりの時には、自分の不敬虔な欲望のままにふるまう、あざける者どもが現れる。」1:19 この人たちは、御霊を持たず、分裂を起こし、生まれつきのままの人間です。1:20 しかし、愛する人々よ。あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、聖霊によって祈り、1:21 神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。】①イエス様が再臨される直前に、「不敬虔や欲望」が満ちることが書かれています。「当たり前」のように人をごまかし、自分自身さえごまかしながら生きていく時代となるのです。そんな時代は必ずやってきますが、しかしだからこそ、そのような中で「聖霊に祈り」キリストの愛の中で「聖い生き方」をする者たちを、主は用いられるのです。闇が深くなればなるほど、光の中で生きる者の「真価」が問われるのです。

# by Happiness-eachday | 2021-04-30 00:19 | 2021年 | Trackback

4月29日Ⅱサムエル4-6章 マルコ16章

懸賞 2021年 04月 29日 懸賞

『真心から主を賛美する心』
【Ⅱサムエル6:20 ダビデが自分の家族を祝福するために戻ると、サウルの娘ミカルがダビデを迎えに出て来て言った。「イスラエルの王は、きょう、ほんとうに威厳がございましたね。ごろつきが恥ずかしげもなく裸になるように、きょう、あなたは自分の家来のはしための目の前で裸におなりになって。」6:21 ダビデはミカルに言った。「あなたの父よりも、その全家よりも、むしろ私を選んで【主】の民イスラエルの君主に任じられた【主】の前なのだ。私はその【主】の前で喜び踊るのだ。」】①ダビデは、神の箱がエルサレムに入った時、力の限り踊りました。人はそれを見て、さげすんだとしても、ダビデは主の前で心から喜んだのです。ダビデは、主を愛していたので、人の判断(批判)は小さなものだったのです。主を愛する人は、恥や体面をも越えて、主を賛美する人となるのです。


『イエス様への愛情によって』
【マルコ16:1 さて、安息日が終わったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとは、イエスに油を塗りに行こうと思い、香料を買った。16:2 そして、週の初めの日の早朝、日が上ったとき、墓に着いた。16:3 彼女たちは、「墓の入口からあの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか」とみなで話し合っていた。16:4 ところが、目を上げて見ると、あれほど大きな石だったのに、その石がすでにころがしてあった。】①マグダナのマリヤと数人の女性たちは、イエス様を心から愛していたので、安息日が終わる明け方に、イエス様のお墓に向かいました。それは、愛情からの行動でした。墓に着いた時、心配していた墓の石は、すでに動かされていたのです。「理屈」によっては、道を歩めない時があります。しかし「イエス様への愛情」によって歩む時、道が開かれることがあるのです。

# by Happiness-eachday | 2021-04-29 05:33 | 2021年 | Trackback

4月28日Ⅱサムエル1-3章 マルコ15:21-47

懸賞 2021年 04月 28日 懸賞

『ダビデの姿勢』
【Ⅱサムエル1:17 ダビデは、サウルのため、その子ヨナタンのために、この哀歌を作り、
1:19 「イスラエルの誉れは、おまえの高き所で殺された。ああ、勇士たちは倒れた。
1:23 サウルもヨナタンも、愛される、りっぱな人だった。生きているときにも、死ぬときにも離れることなく、鷲よりも速く、雄獅子よりも強かった。・・・】①ダビデは、サウル王に何度も殺されかけましたが、サウル王とヨナタンが亡くなった時、ダビデは哀歌を歌い、彼らをしのびました。憎しみを憎しみで返さない、ダビデの姿がここにあるのです。


『イエス様を愛する女性たち』
【マルコ15:39 イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「この方はまことに神の子であった」と言った。15:40 また、遠くのほうから見ていた女たちもいた。その中にマグダラのマリヤと、小ヤコブとヨセの母マリヤと、またサロメもいた。15:41 イエスがガリラヤにおられたとき、いつもつき従って仕えていた女たちである。このほかにも、イエスといっしょにエルサレムに上って来た女たちがたくさんいた。】①イエス様に愛され、イエス様を愛していた女性たちは、イエス様の十字架を遠くのほうでじっと見ていました。彼らはイエス様を愛していたので、イエス様から離れることができなかったのです。イエス様を愛する人は、イエス様のすぐ近くにいるのです。そしてそのようにイエス様を愛する人が、再びイエス様と出会い、主の計画を目撃するのです。

# by Happiness-eachday | 2021-04-28 05:18 | 2021年 | Trackback