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6月5日1歴代17-19章 ルカ11:14-36

懸賞 2019年 06月 05日 懸賞

『ダビデへの祝福の契約』
【Ⅰ歴代17:25 わが神よ。あなたは、このしもべの耳にはっきり、しもべのために家を建てようと言われました。それゆえ、このしもべは、御前に祈りえたのです。17:26 今、【主】よ。あなたこそ神であられます。あなたは、このしもべに、この良いことを約束してくださいました。17:27 今、あなたは、おぼしめしにより、あなたのしもべの家を祝福して、とこしえに御前に続くようにしてくださいました。【主】よ。あなたが、祝福してくださいました。それはとこしえに祝福されています。」】①主は、ダビデの子孫に、永遠の王国を確立させると約束されました。それは後にダビデの子孫として生まれた、メシヤであるイエス様の誕生によって、成し遂げられたのです。ダビデはその祝福の言葉を聞き、主に直接、真心からの感謝を捧げたのです。主を呼び求めながら、主の語り掛けを聞きましょう。そしてその語り掛けに応えましょう。旧約では特別な人のみが、主との交わりをすることができました。しかし新約の現在は、聖霊によって、すべての人がそのことができる時代なのです。




『目が明るければ、正しく見ることができる』
【ルカ11:34 からだのあかりは、あなたの目です。目が健全なら、あなたの全身も明るいが、しかし、目が悪いと、からだも暗くなります。11:35 だから、あなたのうちの光が、暗やみにならないように、気をつけなさい。11:36 もし、あなたの全身が明るくて何の暗い部分もないなら、その全身はちょうどあかりが輝いて、あなたを照らすときのように明るく輝きます。」】①目が健全であるなら、物事は正しく見ることができます。しかし反対に目が暗く、歪んでいるならば、事実も歪められてしまうのです。私たちは、正しく見るためにイエス様に聖めていただく必要があります。自分の罪の自覚は、聖霊によるものです。聖霊によって「私は罪人です。助けて下さい」と祈るところから、すべての聖めが始まるのです。



# by Happiness-eachday | 2019-06-05 05:53 | 2019年 | Trackback

6月4日1歴代14-16章 ルカ11:1-13

懸賞 2019年 06月 04日 懸賞

『主への感謝と賛美(ダビデ)』
【Ⅰ歴代15:28 全イスラエルは、歓声をあげ、角笛、ラッパ、シンバルを鳴らし、十弦の琴と立琴とを響かせて、【主】の契約の箱を運び上った。15:29 こうして、【主】の契約の箱はダビデの町に入った。サウルの娘ミカルは、窓から見おろし、ダビデ王がとびはねて喜び踊っているのを見て、心の中で彼をさげすんだ。】①神の箱は、ようやくエルサレムに運び込まれました。ダビデはそのことを喜び、エポテ(下着のような服)のまま、とびはねて喜び踊りました。ダビデは純粋に、主を喜んだのです。このようなダビデの信仰を、主は喜ばれたのです。身近な人がそれを見て、さげすんだとしても、ダビデは構いませんでした。ダビデはそれだけ主を愛していたのです。それはそれだけ主に助けられたことを「実感していたから」でもあるのです。あなたは、主から罪を赦していただき、様々な場面で、助けられたことを喜んでいますか。主はすでにあなたを天国に連れて行ってくださる「保証」を与えておられます。それだけでも、私たちは「主に感謝を捧げる価値」があるのです。


『求める者の祝福』
【ルカ11:9 わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。11:10 だれであっても、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。11:11 あなたがたの中で、子どもが魚を下さいと言うときに、魚の代わりに蛇を与えるような父親が、いったいいるでしょうか。11:12 卵を下さいと言うのに、だれが、さそりを与えるでしょう。11:13 してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」】①イエス様は、求めなさい(求め続けなさい)と言われました。そして天の父は、必ず良いものを与えて下さると約束されているのです。ルカではその良いものは「聖霊」であると記しています。求めましょう。私たちができることは、それだけです。単純に信じて求める信仰は、実は非常に大切なのです。


# by Happiness-eachday | 2019-06-04 05:17 | 2019年 | Trackback

6月3日1歴代11-13章 ルカ10:25-42

懸賞 2019年 06月 03日 懸賞

『ダビデの信仰』
【Ⅰ歴代13:3 私たちの神の箱を私たちのもとに持ち帰ろう。私たちは、サウルの時代には、これを顧みなかったから。」13:4 すると全集団は、そうしようと言った。すべての民がそのことを正しいと見たからである。・・・13:6 ダビデと全イスラエルは、バアラ、すなわち、ユダに属するキルヤテ・エアリムに上って行き、そこから、「ケルビムに座しておられる【主】」と呼ばれていた神の箱を運び上ろうとした。13:7 そこで彼らはアビナダブの家から神の箱を新しい車に載せた。ウザとアフヨがその車を御していた。13:8 ダビデと全イスラエルは、歌を歌い、立琴、十弦の琴、タンバリン、シンバル、ラッパを鳴らして、神の前で力の限り喜び踊った。】①神のご臨在の象徴である「契約の箱」は、ペリシテ人に奪われ7カ月以上もペリシテの地にありました。サウルの時代、そのことは全く顧みられなかったのです。しかし主を愛するダビデは、契約の箱をエルサレムの戻そうと計画しました。そしてそのことが為された時、主の前で、力の限り喜び踊ったのです。ダビデは主を愛していました。そのため、体裁や恥ずかしさを考えるよりも、単純に主を喜んだのです。ダビデのような信仰を、主は喜ばれるのです。

『マルタとマリヤの信仰』
【ルカ10:39 彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。10:40ところが、マルタは、いろいろともてなしのために気が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。妹が私だけにおもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのでしょうか。私の手伝いをするように、妹におっしゃってください。」10:41 主は答えて言われた。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。10:42 しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」】


# by Happiness-eachday | 2019-06-03 05:07 | 2019年 | Trackback

6月2日1歴代9-10章 ルカ10:1-24

懸賞 2019年 06月 02日 懸賞

『主に喜ばれる人生、悲しまれる人生』
【Ⅰ歴代10:13 このように、サウルは【主】に逆らったみずからの不信の罪のために死んだ。【主】のことばを守らず、そのうえ、霊媒によって伺いを立て、10:14 【主】に尋ねなかった。それで、主は彼を殺し、王位をエッサイの子ダビデに回された。】①サウル王は、主に選ばれた人物でしたが、待つように言われた言葉を守らず、聖別すべきものを惜しんで自分のものとしてしましました。神様よりも、自分の名誉や利益を優先したのが、サウルの人生だったのです。神様が自分の行動にどれだけ期待と注目をしておられたのかを、サウルは気が付かず、主に反逆し続けてしまったのです。信仰は知っていることが大事ではありません。知っていることを実行すること、すなわち神様に仕える応答が大切なのです。主に喜ばれるように生きていきましょう。知っているだけで実行しないのは、愚かなことなのです。

『クリスチャンの幸い』
【ルカ10:23 それからイエスは、弟子たちのほうに向いて、ひそかに言われた。「あなたがたの見ていることを見る目は幸いです。10:24 あなたがたに言いますが、多くの預言者や王たちがあなたがたの見ていることを見たいと願ったのに、見られなかったのです。また、あなたがたの聞いていることを聞きたいと願ったのに、聞けなかったのです。」】①イエス様を信じると、神様の子供となり、神様との関係が回復していきます。これは、今までの人類のすべての人が「願っていたこと」なのです。この偉大な恵みを頂いていることを自覚しましょう。このことが実感として分かる人は、心からの感謝の生活がおくれるのです。


# by Happiness-eachday | 2019-06-02 05:57 | 2019年 | Trackback

6月1日1歴代7-8章 ルカ9:37-62

懸賞 2019年 06月 01日 懸賞

『召されていても、応答するかどうかは個人の責任』
【Ⅰ歴代8:1 ベニヤミンは、その長子ベラ、次男アシュベル、三男アフラフ、8:2 四男ノハ、五男ラファを生んだ。・・・
8:33 ネルはキシュを生み、キシュはサウルを生み、サウルはヨナタン、マルキ・シュア、アビナダブ、エシュバアルを生んだ。8:34 ヨナタンの子はメリブ・バアル。メリブ・バアルはミカを生んだ。】①イスラエルの子供ベニヤミンの子孫に、サウル王が誕生しました。サウル王もまた、神様に特別に選ばれた人物だったのです。しかし残念なことは、彼は使命を与えられていながらも、主に不忠実で、王位を奪われてしまいました。私たちも神様からの特別の選びが与えられています。しかしその召しに忠実か不忠実かは、その人物の責任なのです。


『考え方感じ方の成長』
【ルカ9:53 しかし、イエスは御顔をエルサレムに向けて進んでおられたので、サマリヤ人はイエスを受け入れなかった。9:54 弟子のヤコブとヨハネが、これを見て言った。「主よ。私たちが天から火を呼び下して、彼らを焼き滅ぼしましょうか。」9:55 しかし、イエスは振り向いて、彼らを戒められた。】①イエス様に対してどれだけ忠実で熱心であっても、感情的になり、暴力的になることをイエス様は、止められたのです。神様の働きをしている人でも、心の中は未成熟である場合があるのです。私たちは、イエス様の助けを頂いて、考え方・感じ方も成長していくのです。


# by Happiness-eachday | 2019-06-01 05:20 | 2019年 | Trackback

5月31日1歴代5-6章 ルカ9:18-36

懸賞 2019年 05月 31日 懸賞

『神に従う勧め』
【Ⅰ歴代5:25 ところが、彼らは、その父祖の神に対して不信の罪を犯し、神が彼らの前からぬぐい去って滅ぼされたその地の民の神々を慕って不貞を犯した。5:26 そこで、イスラエルの神は、アッシリヤの王プルの霊と、アッシリヤの王ティグラテ・ピレセルの霊を奮い立たせられた。それで、彼はルベン人とガド人、およびマナセの半部族を捕らえ移し、彼らをハラフと、ハボルとハラとゴザンの川に連れて行った。今日もそのままである。】①旧約聖書では、神に逆らい背く人は、裁きを受け、災難を受けるという真理を強調しています。この霊的な真理は、新約聖書でも変わりません。主は、私たちが神の願いを選び、聖霊の導きを尊重することを勧めているのです。一見、正しい裁きが起きないように思える時も、正しいことをし続けめしょう。マタイ25章で、羊と山羊を分けるように、終わりの時には、誰もが納得する、正しい裁きが行われるのです。



『イエス様に100%従う』
【ルカ9:23 イエスは、みなの者に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。9:24 自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。9:25 人は、たとい全世界を手に入れても、自分自身を失い、損じたら、何の得がありましょう。9:26 もしだれでも、わたしとわたしのことばとを恥と思うなら、人の子も、自分と父と聖なる御使いとの栄光を帯びて来るときには、そのような人のことを恥とします。」】①私たちは、この世に生き、社会の中で生きています。そして社会には様々な価値観があり、いろいろなものを優先して生きています。イエス様を信じる「キリストの弟子」も、この世の中の影響を受ける時があります。しかし、「神の国の価値観」を第一に生きていくことが大切です。ここにチャレンジがあります。あなたは神の国の価値観で生きていますか?24時間、365日、いつもイエス様の願いに生きることを求めましょう。まず願うことから始まります。そして謙遜に主に助けを求める時に、主は私たちを導いて下さるのです。


# by Happiness-eachday | 2019-05-31 15:10 | 2019年 | Trackback

5月30日1歴代3-4章 ルカ9:1-17

懸賞 2019年 05月 30日 懸賞

『ヤベツの祈り』
【Ⅰ歴代4:9 ヤベツは彼の兄弟たちよりも重んじられた。彼の母は、「私が悲しみのうちにこの子を産んだから」と言って、彼にヤベツという名をつけた。4:10 ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた。】①ユダ族の子孫にヤベツがいます。彼の記述は短いですが、ここに信仰者の祈りの模範が書かれています。人生の前半に暗いことがあったとしても、神に頼り、大胆に祈る中で、ヤベツは祝福を頂いたのです。大胆に「祝福を求め」ましょう。「わざわいから遠ざけて」頂きましょう。純粋で大胆な信仰が、人生に祝福を呼び込むのです。


5000人の給食』
【ルカ9:12 そのうち、日も暮れ始めたので、十二人はみもとに来て、「この群衆を解散させてください。そして回りの村や部落にやって、宿をとらせ、何か食べることができるようにさせてください。私たちは、こんな人里離れた所にいるのですから」と言った。9:13 しかしイエスは、彼らに言われた。「あなたがたで、何か食べる物を上げなさい。」彼らは言った。「私たちには五つのパンと二匹の魚のほか何もありません。私たちが出かけて行って、この民全体のために食物を買うのでしょうか。」9:14 それは、男だけでおよそ五千人もいたからである。
9:16 するとイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて、それらを祝福して裂き、群衆に配るように弟子たちに与えられた。9:17 人々はみな、食べて満腹した。そして、余ったパン切れを取り集めると、十二かごあった。】①イエス様は、弟子たちには不可能と思えることを、彼らが持っていた「わずかな食べ物」を用いることによって、5000人以上の人々を満腹にしたのです。自分の力は「小さく」思えても、信仰によって「捧げる時」に、神様は「大きな奇跡」を見せて下さるのです。


# by Happiness-eachday | 2019-05-30 05:42 | 2019年 | Trackback