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6月12日Ⅱ歴代12-15章 ルカ14:1-24

懸賞 2019年 06月 12日 懸賞

『信仰による解決』
【Ⅱ歴代14:11 アサはその神、【主】に叫び求めて言った。「【主】よ。力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。私たちの神、【主】よ。私たちを助けてください。私たちはあなたに拠り頼み、御名によってこの大軍に当たります。【主】よ。あなたは私たちの神です。人間にすぎない者に、あなたに並ぶようなことはできないようにしてください。」14:12 【主】はアサの前とユダの前に、クシュ人を打ち破られたので、クシュ人は逃げ去った。】①南ユダのアサ王は、主に忠実な「良い王」でした。その彼は「力のある者」も「力のない者」も同じく助けられるという信仰を持っていました。私たちの信仰は非常に大切です。多くの問題が、「信仰によって与えられる考え」によって解決へと至るからです。不信仰からは何も生まれないのです。


『一番大切なものを見ておられたイエス様』
【ルカ14:2 そこには、イエスの真っ正面に、水腫をわずらっている人がいた。14:3 イエスは、律法の専門家、パリサイ人たちに、「安息日に病気を直すことは正しいことですか、それともよくないことですか」と言われた。14:4 しかし、彼らは黙っていた。それで、イエスはその人を抱いていやし、帰された。14:5 それから、彼らに言われた。「自分の息子や牛が井戸に落ちたのに、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者があなたがたのうちにいるでしょうか。」14:6 彼らは答えることができなかった。】①イエス様は、パリサイ人に「安息日に病気を癒すことについて」質問しました。しかし彼らは黙っていました。なぜなら、彼らは「律法の本質が何であるか」を見ていなかったからです。イエス様は、「律法の本質」を見ておられました。いや「律法の本質そのもの」でした。だからこそ、人の目を気にせずに、正しいことをしていかれたのです。


# by Happiness-eachday | 2019-06-12 05:15 | 2019年 | Trackback

6月11日Ⅱ歴代8-11章  ルカ13:22-35

懸賞 2019年 06月 11日 懸賞

『ソロモンが受けた祝福』
【Ⅱ歴代 9:3 シェバの女王は、ソロモンの知恵と、彼が建てた宮殿と、9:4 その食卓の料理、列席の家来たち従者たちが仕えている態度とその服装、彼の献酌官たちとその服装、【主】の宮に上る階段を見て、息も止まるばかりであった。】①主はソロモン王を祝福し、知恵と財を与えれました。
特にその知恵のうわさは、諸外国に伝わるほどでした。
主の祝福は、このように人々の証となるのです。
主が働かれると、神を信じていない人々でさえも驚くような、「しるし」が与えられるのです。

『イエス様のお気持ち』
【ルカ13:34 ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者、わたしは、めんどりがひなを翼の下にかばうように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。13:35 見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される。わたしはあなたがたに言います。『祝福あれ。主の御名によって来られる方に』とあなたがたの言うときが来るまでは、あなたがたは決してわたしを見ることができません。」】①イエス様は、エルサレムのユダヤ人たちにみ言葉を語り、何度も招かれました。しかし人々は頑なにイエス様を拒否したのです。人間には自由意志が与えられているので、神は人間に無理矢理はされません。しかし主は「応答すること」を待っておられるのです。


# by Happiness-eachday | 2019-06-11 05:35 | 2019年 | Trackback

6月10日Ⅱ歴代5-7章 ルカ13:1-21

懸賞 2019年 06月 10日 懸賞

『悔い改めと赦し』
【Ⅱ歴代7:13 もし、わたしが天を閉ざしたため雨が降らなくなった場合、また、いなごに命じてこの地を食い尽くさせた場合、また、もし、わたしの民に対して疫病を送った場合、7:14 わたしの名を呼び求めているわたしの民がみずからへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求め、その悪い道から立ち返るなら、わたしが親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地をいやそう。】①天の父なる神は、ソロモンの祈りに応えて、み言葉を語られました。それは「へりくだるならば、赦していただける」という神様のご性質です。どれだけひどい状況に追いやられたとしても、そこで立ち止まり、へりくだって、主に立ち返るならば、もう一度、祝福を注いでくださるのです。私たちは罪人です。罪に気が付いたならば、素直に悔い改めるだけなのです。


『内面を作り変えられること』
【ルカ13:6 イエスはこのようなたとえを話された。「ある人が、ぶどう園にいちじくの木を植えておいた。実を取りに来たが、何も見つからなかった。13:7 そこで、ぶどう園の番人に言った。『見なさい。三年もの間、やって来ては、このいちじくの実のなるのを待っているのに、なっていたためしがない。これを切り倒してしまいなさい。何のために土地をふさいでいるのですか。』13:8 番人は答えて言った。『ご主人。どうか、ことし一年そのままにしてやってください。木の回りを掘って、肥やしをやってみますから。13:9 もしそれで来年、実を結べばよし、それでもだめなら、切り倒してください。』」】①イエス様は、いちじくのたとえを通じて、信じた者たちに「成長し、身を実らせること」が神様の願いであることを語られました。私たちは、信じた後、御霊によって聖められて、御霊の実を結ぶように願われているのです。


# by Happiness-eachday | 2019-06-10 05:19 | 2019年 | Trackback

6月9日Ⅱ歴代1-4章 ルカ12:49-59

懸賞 2019年 06月 09日 懸賞

『ソロモンの求め』
【Ⅱ歴代 1:7 その夜、神がソロモンに現れて、彼に仰せられた。「あなたに何を与えようか。願え。」1:8ソロモンは神に言った。「あなたは私の父ダビデに大いなる恵みを施されましたが、今度は父に代わって私を王とされました。1:9 そこで今、神、【主】よ、私の父ダビデになさったあなたの約束を堅く守ってください。あなたは、地のちりのようにおびただしい民の上に、私を王とされたからです。1:10 今、知恵と知識を私に下さい。そうすれば、私はこの民の前に出はいりいたします。さもなければ、だれに、この大いなる、あなたの民をさばくことができましょうか。」】①ソロモンは、神様から「必要」を問いかけられた時、「民を治めるための知恵を下さい」と祈りました。それは「神様からの使命を果たす」ために必要だったからです。彼は自分のことではなく、「神様の働き」のことを考えていたのです。その姿勢が主に評価され、彼は求めた以上に、その他の必要な富と財宝も与えられたのです。「神の国とその義」とを第一に求める人は、「その他必要なもの」も与えられるのです。



『主に従う道』
【ルカ12:51 あなたがたは、地に平和を与えるためにわたしが来たと思っているのですか。そうではありません。あなたがたに言いますが、むしろ、分裂です。12:52 今から、一家五人は、三人がふたりに、ふたりが三人に対抗して分かれるようになります。12:53 父は息子に、息子は父に対抗し、母は娘に、娘は母に対抗し、しゅうとめは嫁に、嫁はしゅうとめに対抗して分かれるようになります。」】①イエス様のみ言葉が語られると、み言葉に「応答する者」と「反発する者」に分かれてしまうのです。すべての人が応答して、すべての人が祝福を受けるのは、「理想」ですが、現実的には「応答できない人」も明らかになってしまうと、イエス様は語れたのです。ですから「応答できない人」がいても、それを見て「主に従うことを」やめてはいけないのです。




# by Happiness-eachday | 2019-06-09 05:14 | 2019年 | Trackback

6月8日1歴代26-29章 ルカ12:22-48

懸賞 2019年 06月 08日 懸賞

『感謝の捧げもの』

【Ⅰ歴代29:16 私たちの神、【主】よ。あなたの聖なる御名のために家をお建てしようと私たちが用意をしたこれらすべてのおびただしいものは、あなたの御手から出たものであり、すべてはあなたのものです。29:17 私の神。あなたは心をためされる方で、直ぐなことを愛されるのを私は知っています。私は直ぐな心で、これらすべてをみずから進んでささげました。今、ここにいるあなたの民が、みずから進んであなたにささげるのを、私は喜びのうちに見ました。】①ダビデは、息子ソロモンが作るべく、神様からの使命を与えられていた神殿建設の為、様々な準備をしました。そして人々にも捧げることを勧めました。人々は自ら進んで、たくさんの捧げものをしたのです。ダビデの「捧げ物の心」は「感謝」でした。「神様が与えて下さった」財によって感謝を現したのです。私たちの与えられたものは、もともとは恵みによって与えられたものです。自分からのものは一つもないのです。その「事実」を受け止める時に、主への「心からの感謝」が湧き上がるのです。

『養って下さる神様』

【ルカ 12:27 ゆりの花のことを考えてみなさい。どうして育つのか。紡ぎもせず、織りもしないのです。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。12:28 しかし、きょうは野にあって、あすは炉に投げ込まれる草をさえ、神はこのように装ってくださるのです。ましてあなたがたには、どんなによくしてくださることでしょう。ああ、信仰の薄い人たち。】①イエス様は、神様は野のゆりを装って下さるように、神様を信じる者の上にも、必要を備えて下さる、と言われました。「良くして下さる」と言われたのです。私たちはそのことを「信じなければ」なりません。それは主の約束だからです。信仰には「信じる要素」と「応答する要素」があります。本当に信じたならば、信じた中で教えられたことを実行するのです。


# by Happiness-eachday | 2019-06-08 12:32 | 2019年 | Trackback

6月7日1歴代23-25章 ルカ12:1-21

懸賞 2019年 06月 07日 懸賞

『賛美を通じての神様の働き』
【Ⅰ歴代25:1 また、ダビデと将軍たちは、アサフとヘマンとエドトンの子らを奉仕のために取り分け、立琴と十弦の琴とシンバルをもって預言する者とした。その奉仕に従って、仕事についた者の数は次のとおりである。25:2 アサフの子では、ザクル、ヨセフ、ネタヌヤ、アサルエラ。これらはアサフの子で、王の指揮に従って、預言するアサフの指揮下にあった。25:3 エドトンについて。エドトンの子は、ゲダルヤ、ツェリ、エシャヤ、シムイ、ハシャブヤ、マティテヤの六人。立琴をもって【主】をほめたたえ、賛美しながら預言する彼らの父エドトンの指揮下にあった。
25:7 彼らおよび【主】にささげる歌の訓練を受けた彼らの同族──彼らはみな達人であった──の人数は二百八十八人であった。】①ダビデは、賛美する者たちに、その賛美の働きを通じて、預言的な働きを任命しました。賛美する中に、聖霊が働くと、預言的な神の言葉が語られたのです。賛美は主が用いられるのです。新約の現代においても、賛美を通じて、様々な神の業が起こされるのです。


『聖霊への敏感さ』
【ルカ12:10 たとい、人の子をそしることばを使う者があっても、赦されます。しかし、聖霊をけがす者は赦されません。12:11 また、人々があなたがたを、会堂や役人や権力者などのところに連れて行ったとき、何をどう弁明しようか、何を言おうかと心配するには及びません。12:12 言うべきことは、そのときに聖霊が教えてくださるからです。」】①聖霊は、私たちが危機的な状況の時に、不思議な導きや知恵を与えて下さるお方です。ですから、内なる聖霊の働きに「敏感」であることが大切なのです。「聖霊を悲しませる罪」を避けましょう。それを避ければ避けるほど、あなたは聖霊に働きに「敏感」になり、「導かれやすい」心の状態となれるのです。


# by Happiness-eachday | 2019-06-07 05:50 | 2019年 | Trackback

6月6日1歴代20-22章 ルカ11:37-54

懸賞 2019年 06月 06日 懸賞

『与えられた自分の使命を行う』
【Ⅰ歴代22:7 ダビデはソロモンに言った。「わが子よ。私は、わが神、【主】の御名のために宮を建てようとする志を持ち続けてきた。22:8 ある時、私に次のような【主】のことばがあった。『あなたは多くの血を流し、大きな戦いをしてきた。あなたはわたしの名のために家を建ててはならない。あなたは、わたしの前に多くの血を地に流してきたからである。22:9 見よ。あなたにひとりの子が生まれる。彼は穏やかな人になり、わたしは、彼に安息を与えて、回りのすべての敵に煩わされないようにする。彼の名がソロモンと呼ばれるのはそのためである。彼の世に、わたしはイスラエルに平和と平穏を与えよう。22:10 彼がわたしの名のために家を建てる。彼はわたしにとって子となり、わたしは彼にとって父となる。わたしはイスラエルの上に彼の王座をとこしえまでも堅く立てる。』」】①ダビデ王は、主を心から愛していたので、主の宮を建てたいと考えました。しかし主はその使命を、息子ソロモンに託していたのです。ダビデはそれを聞くと、「自分にできること」をしました。「資材」を蓄え、「職人たち」を準備しました。私たちは、「神様を意識する生活」が大切です。なぜなら「自分の願い通り」でなくても、「神様が喜んで下さる」ならば、最善と考えて満足できるからです。そして「自分の分(責任)」を黙々とすることができるからです。


『内側を聖める』
【ルカ11:39 すると、主は言われた。「なるほど、あなたがたパリサイ人は、杯や大皿の外側はきよめるが、その内側は、強奪と邪悪とでいっぱいです。11:40 愚かな人たち。外側を造られた方は、内側も造られたのではありませんか。11:41 とにかく、うちのものを施しに用いなさい。そうすれば、いっさいが、あなたがたにとってきよいものとなります。」】①イエス様は、パリサイ人たちの「目に見えるところだけ」をきれいに取り繕って「目に見えない部分(心)」には何の配慮もしない姿を問題にしました。イエス様は「内側を聖めること」を重視されているのです。私たちはどうでしょうか。私たちの「こころ」をイエス様がすべて見ておられることを知る時に、どう対応しますか。私たちは、気が付くたびに「悔い改める」だけです。その悔い改めを、単純に続ける時に、あなたの心が「聖められる」のです。


# by Happiness-eachday | 2019-06-06 05:44 | 2019年 | Trackback