2月18日レビ記13-14章 使徒4:1-31

懸賞 2018年 02月 18日 懸賞

『汚れと聖め』
【レビ14:54 以上は、ツァラアトのあらゆる患部、かいせん、14:55 衣服と家のツァラアト、14:56 はれもの、かさぶた、光る斑点についてのおしえである。14:57 これは、どんなときにそれが汚れているのか、またどんなときにそれがきよいのかを教えるためである。これがツァラアトについてのおしえである。】

①主は、様々なものの「ツァラアト」と呼ばれる判断基準と、
その聖めの宣言基準について、記されました。
しかしこれは主の配慮でもあったのです。

イスラエルの民は、近くに住み、もし伝染病が起きたならば、
集団感染する可能性もあったのです。
主は「汚れた」ものを封じ込めるためにも、これらの教えを語られたのです。

聖さを学ばせるとともに、
衛生面の安全の為にも、主はこれらの戒めを語られたともいえるのです。



『祈りによる、聖霊の満たしを通じて』
【使4:29 主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。4:30御手を伸ばしていやしを行わせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行わせてください。」4:31 彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。】

①キリストの弟子たちは、キリストについて証しする「新しい勇気」が必要でした。
キリストと共にある生活においても、私たちは苦しめられ、
抑圧されたり、拒絶されたりすることがあるのです。

祈りを通じ、聖霊に満たされることによって、
それらの苦しみを乗り越えることができるのです。
そして力が与えられ、大胆にキリストを宣べ伝えることができるのです。




20180218



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# by Happiness-eachday | 2018-02-18 05:35 | 2018年 | Trackback

2月17日レビ記11-12章 使徒3章

懸賞 2018年 02月 17日 懸賞

『聖さを学ぶ訓練』
【レビ 11:1 それから、【主】はモーセとアロンに告げて仰せられた。11:2 「イスラエル人に告げて言え。地上のすべての動物のうちで、あなたがたが食べてもよい生き物は次のとおりである。11:3 動物のうちで、ひづめが分かれ、そのひづめが完全に割れているもの、また、反芻するものはすべて、食べてもよい。」】

①主はレビ記を通じて、聖いものと聖くないものを区別することを教えました。
新約においては、
イエス様は「すべての食べ物は聖い」(マルコ7章)と言われましたから、
これは旧約限定です。

②神様は、聖いお方です。
実は、新約においても、聖さを意識して生きることは大切です。
もし意識しなければ、簡単に「肉の考え」に流れ、
神様の悲しまれることを平気でしてしまいます。
「肉」を大切にしている人に聖さを伝えても、
反発してしまい、受けとめることができないのです。




『宣教の突破口』
【使3:6 すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と言って、3:7 彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、・・・
3:9 人々はみな、彼が歩きながら、神を賛美しているのを見た。3:10 そして、これが、施しを求めるために宮の「美しの門」にすわっていた男だとわかると、この人の身に起こったことに驚き、あきれた。】

①イエス様の御名による、祈りを通じて、この男性は癒されました。
初代教会では「癒し」がきっかけで
「宣教」が爆発的に進むことが多くありました。

日本においても、イエス様のを伝えることが困難であることには変わりがありません。
ですから私たちは「神様が働かれた」という確かなしるしを求めるのです。
それが宣教の突破口となると信じるのです。




20180217


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# by Happiness-eachday | 2018-02-17 05:37 | 2018年 | Trackback

2月16日レビ記9-10章 マタイ2:22-47

懸賞 2018年 02月 16日 懸賞

『異なる火によって打たれた者』
【レビ10:1 さて、アロンの子ナダブとアビフは、おのおの自分の火皿を取り、その中に火を入れ、その上に香を盛り、主が彼らに命じなかった異なった火を【主】の前にささげた。10:2 すると、【主】の前から火が出て、彼らを焼き尽くし、彼らは【主】の前で死んだ。】

①アロンの二人の子は、主が認めていない火から、自分の火皿に火を取り込みました。
かつ祭壇で香をたくことができたのは、大祭司だけだったのです。
アロンの子であったとしても、特別な慈悲はありませんでした。
すべて平等であり、主が嫌われることをしたものは、裁きが与えられたのです。
旧約は、このような厳しさを学ぶ時代でした。

新約の今、イエス様は「毒麦のたとえ」で、神様の心を語られています。
それは裁かれる罪を避け、
へりくだって主の願いに応えるのを待っておられる主の姿です。
主は同じ主なのです。




『信仰者たちとの交わり』
【使2:41 そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。2:42 そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。2:43 そして、一同の心に恐れが生じ、使徒たちによって多くの不思議としるしが行われた。2:44 信者となった者たちはみないっしょにいて、いっさいの物を共有にしていた。・・・2:46 そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、2:47 神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。】

①初代のクリスチャンは、上記のような交わりをしていました。
この関係が教会の理想形です。
私たちの教会もその関係を目指していきましょう。
そこに神の業が起きるのです。




20180216


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# by Happiness-eachday | 2018-02-16 05:13 | 2018年 | Trackback

2月15日レビ記8章 使徒2:1-21

懸賞 2018年 02月 15日 懸賞

『イエス様の赦しの代価の大きさ』
【レビ8:35 あなたがたは会見の天幕の入口の所で、七日の間、昼も夜もとどまり、【主】の戒めを守らなければならない。死なないためである。私はそのように命じられたのである。」8:36 こうしてアロンとその子らは、【主】がモーセを通して命じられたことを残らず行った。】

①アロンとその子らが、祭司職の任職を行うために、七日間の儀式が必要でした。
それは罪の汚れによって、死なないためでした。

旧約では、主の聖さを強く教えられるのです。
イエス様の罪の赦しを、もし受けていないならば、
私たちは、罪の汚れに対して、
同じように、対処しなければならなかったのです。

罪に対する処罰は、本来、このような厳格なものです。
ただイエス様の赦しの代価によって、赦されているだけなのです。




『キリストの証人の力』
【使 2:1 五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。2:2 すると突然、天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。2:3また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。2:4 すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。】

①イエス様の約束の「聖霊の満たし」が、ペンテコステの日に与えられました。
これ以降、信じる者の上に、聖霊が下り、
聖霊の力を頂いて、イエス様を証しする大胆な働きが、始められたのです。

それは、信者の力ではなく、聖霊の力なのです。
聖霊の力を通じて、内側が清められ、
イエス様と共に生きる「キリストの証人」となれるのです。



20180215


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# by Happiness-eachday | 2018-02-15 05:46 | 2018年 | Trackback

2月14日出エジプト6-7章 使徒1章

懸賞 2018年 02月 14日 懸賞

『犠牲』
【レビ7:37 これは、全焼のいけにえ、穀物のささげ物、罪のためのいけにえ、罪過のためのいけにえ、任職と和解のいけにえについてのおしえである。7:38 これは、モーセがシナイの荒野でイスラエル人に、そのささげ物を【主】にささげるよう命じた日に、【主】がシナイ山でモーセに命じられたものである。】

①律法は、モーセを通じて与えられました。
そして罪の赦しには代価が必要であることを、主は私たちに教えられているのです。
新約では「信仰のみ」で、赦しも救いも体験できます。
しかしイエス様の犠牲があって、初めて与えられる恵みであることを、
私たちは知らなければならないのです。




『聖霊の満たし(バプテスマ)を受ける』
【使1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」1:9 こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。】

①イエス様が、天に帰られる前に、「聖霊の満たし」を受けるように、命じられました。
クリスチャンには力が必要です。
なぜなら、この世の力も強く、私たちは影響を受けるからです。
聖霊に満たされ、イエス様を身近に感じるクリスチャンは、
様々な誘惑を乗り越え、主の証をすることができるのです。
これは超自然的な働きのこともありますが、
多くは日常の中でおきる、主の導き(奇跡)なのです。



20180214



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# by Happiness-eachday | 2018-02-14 05:59 | 2018年 | Trackback

2月13日レビ記4-5章 マタイ28章

懸賞 2018年 02月 13日 懸賞

『精一杯の捧げもの』
【レビ5:6 自分が犯した罪のために、償いとして、羊の群れの子羊でも、やぎでも、雌一頭を、【主】のもとに連れて来て、罪のためのいけにえとしなさい。祭司はその人のために、その人の罪の贖いをしなさい。5:7 しかし、もし彼に羊を買う余裕がなければ、自分が犯した罪の償いとして、山鳩二羽あるいは家鳩のひな二羽を【主】のところに持って来なさい。一羽は罪のためのいけにえ、他の一羽は全焼のいけにえとする。】

①人が罪を犯した時、その罪を赦していただくために、羊か山羊が必要でした。
しかしもしそれを買う余裕がないものは、鳩でもよいと言われたのです。
それさえも買えない人々には、小麦粉を捧げるように、言われたのです。

罪の赦しは、犠牲が必要なのです。
しかしそれは持っているものに合わせて、精一杯のものが必要なのです。
いけにえは、そのような心で捧げるものなのです。



『大宣教命令、弟子づくり命令』
【マタイ28:18 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」




20180213


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# by Happiness-eachday | 2018-02-13 05:30 | 2018年 | Trackback

2月12日レビ記1-3章 マタイ27:45-66

懸賞 2018年 02月 12日 懸賞

『全焼のいけにえ』
【レビ1:3 もしそのささげ物が、牛の全焼のいけにえであれば、傷のない雄牛をささげなければならない。それを、彼が【主】の前に受け入れられるために会見の天幕の入口の所に連れて来なければならない。1:4 その人は、全焼のいけにえの頭の上に手を置く。それが彼を贖うため、彼の代わりに受け入れられるためである。】

①全焼のいけにえは、完全に焼き尽くされなければなりません。
本当の礼拝とは、全て捧げ尽くすものなのです。
あなたの礼拝は、すべてを捧げ尽くす礼拝ですか。

また礼拝を捧げるには、その前に罪からの赦しが必要です。
罪の赦しは「いのちが捧げられ」なければ成立しないからです。

これは最終的に、イエスキリストによって成就されたのです。(ヘブル10510
私たちは、その恵みを頂いて、罪赦され、神の子とされたのです。
その恵みを受け取り、味わい、感謝しましょう。





『キリストの苦しみと私たちの救い』
【マタイ 27:45 さて、十二時から、全地が暗くなって、三時まで続いた。27:46 三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。】

①イエス様は、天の神様と完全な交わりを持っておられたお方でした。
しかしこの時、罪人と同じ立場に立たされ、神様との完全な断絶を体験されました。
これは非常に恐ろしいことです。

罪によって、神様から見捨てられたイエス様は、
人類の過去から未来の罪の重荷を全て背負わされたのです。
これは普通の人間では、発狂してしまうような重荷です。
この絶望は、私たちは到底耐えることはできません。

イエス様は「自らが苦しむこと」によって、
「キリストを信じ頼る人々(私たち)」を救い出してくださったのです。




20180212


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# by Happiness-eachday | 2018-02-12 05:32 | 2018年 | Trackback