1月15日創世記36-37章 マタイ11章

懸賞 2019年 01月 15日 懸賞

『不幸と思える中で、働かれる神様の業』
【創37:26 すると、ユダが兄弟たちに言った。「弟を殺し、その血を隠したとて、何の益になろう。37:27 さあ、ヨセフをイシュマエル人に売ろう。われわれが彼に手をかけてはならない。彼はわれわれの肉親の弟だから。」兄弟たちは彼の言うことを聞き入れた。
37:28 そのとき、ミデヤン人の商人が通りかかった。それで彼らはヨセフを穴から引き上げ、ヨセフを銀二十枚でイシュマエル人に売った。イシュマエル人はヨセフをエジプトへ連れて行った。・・・
37:36 あのミデヤン人はエジプトで、パロの廷臣、その侍従長ポティファルにヨセフを売った。】①ヤコブの最愛の子、ヨセフは兄弟たちから恨まれ、殺されそうになりました。しかし彼は殺されず、奴隷として売られることとなったのです。そしてその後、彼はエジプトでプテファルのもとに売られたのです。人間のいがみ合いで、不幸なことが起こったように見えますが、神様は、その中でも働かれて、最善のことが起きたのです。(このことを通じてヨセフは後にエジプトの総理大臣となりました)神様が働かれると、不幸と思える中でも、素晴らしいことを起きるのです。

『イエス様の招き』
【マタイ11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。11:29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。11:30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」】①イエス様は、「わたしはあなたを休ませます」と言って下さっています。しかし休んだ後、私たちがすることは「イエス様のくびきを負って」「イエス様から学ぶもこと」です。くびきとは牛の道具で、強い牛と弱い牛をつなぎとめるものです。くびきを負えば、弱い牛は、ほとんど力を入れなくても、強い牛のお陰で、前に進むことができるのです。ただ休むだけでは、次の重荷が来た時につぶれてしまいます。イエス様とくびきを負って一緒に歩むことが、イエス様が願っておられる、私たちの成長へとつながるのです。


# by Happiness-eachday | 2019-01-15 22:27 | 2019年 | Trackback

1月14日創世記34-35章 マタイ10:24-42

懸賞 2019年 01月 14日 懸賞

『すべての偶像を捨てて、ベテルに住む』
【創35:1 神はヤコブに仰せられた。「立ってベテルに上り、そこに住みなさい。そしてそこに、あなたが兄エサウからのがれていたとき、あなたに現れた神のために祭壇を築きなさい。」35:2 それでヤコブは自分の家族と、自分といっしょにいるすべての者とに言った。「あなたがたの中にある異国の神々を取り除き、身をきよめ、着物を着替えなさい。35:3 そうして私たちは立って、ベテルに上って行こう。私はそこで、私の苦難の日に私に答え、私の歩いた道に、いつも私とともにおられた神に祭壇を築こう。」】①異教徒のシュケム人のトラブルの後、主はヤコブに「ベテルに戻りなさい」と言われました。主はそこでヤコブに語り掛け、もう一度祝福の約束をされたのです。(351112)②ヤコブは、異教の世界での影響を受けつつありました。そこで主は、「すべての偶像を置いて」神様の命ずるところに行くようにと、言われたのです。私たちも「すべての汚れ」を捨てて、主に従う時があります。その時には「いさぎよく、捨てること」が大切なのです。

『エゴイズムを超える方法』
【マタイ10:38 自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。10:39自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い、わたしのために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします。】①私たち人間は、何かを優先し、それ以外を退けながら生きています。通常では、ギリギリの選択をすることは少ないですが、追い詰められた時には、私たちの本当の価値観が、明らかになるのです。あなたは何を一番にしていますか。「自分自身」ですか。「自分を愛してくださるイエス様の願い」ですか。イエス様を「心から愛する人」は、人間の限界(エゴイズム)を越えることができるのです


# by Happiness-eachday | 2019-01-14 05:34 | 2019年 | Trackback

1月13日創世記31-33章 マタイ10:1-23

懸賞 2019年 01月 13日 懸賞

『すべてを見ておられる神』
【創 31:11 そして神の使いが夢の中で私に言われた。『ヤコブよ。』私は『はい』と答えた。31:12 すると御使いは言われた。『目を上げて見よ。群れにかかっている雄やぎはみな、しま毛のもの、ぶち毛のもの、まだら毛のものである。ラバンがあなたにしてきたことはみな、わたしが見た。31:13 わたしはベテルの神。あなたはそこで、石の柱に油をそそぎ、わたしに誓願を立てたのだ。さあ、立って、この土地を出て、あなたの生まれた国に帰りなさい。』」】①ヤコブは。自分が兄エソウをだました刈り取りとして、叔父ラバンから何度もだまされました。しかしヤコブがだまされたこと、その悔しい思いを、父なる神様はすべて知っておられ、ふさわしい時に「故郷に帰れ」と言って下さったのです。主はすべてを見ておられます。そして「最も良いこと」をなされるのです。私たちは、失敗した時も、悪い刈り取りの中でも、すべてを見ておられる「主に信頼し」、その声に「お従いすること」が最善の行為なのです。

『良い種をまくことは、自分の為でもある』
【マタイ10:12 その家に入るときには、平安を祈るあいさつをしなさい。10:13 その家がそれにふさわしい家なら、その平安はきっとその家に来るし、もし、ふさわしい家でないなら、その平安はあなたがたのところに返って来ます。】①イエス様は、平安を祈る挨拶は、自分の為でもあることを教えられました。良い種まきする時には、まく本人にも「良い刈り取り」が起きることが分かります。「相手」がどのような態度でいても、「あなた」は良い種まきをしましょう。それはあなたの「身を守ること」でもあり、「祝福のため」でもあるのです。


# by Happiness-eachday | 2019-01-13 05:43 | 2019年 | Trackback

1月12日創世記29-30章 マタイ9:18-38

懸賞 2019年 01月 12日 懸賞

『蒔いた種の刈り取りと、すべてを益とされる神様の力』
【創29:25 朝になって、見ると、それはレアであった。それで彼はラバンに言った。「何ということを私になさったのですか。私があなたに仕えたのは、ラケルのためではなかったのですか。なぜ、私をだましたのですか。」】①ヤコブの叔父のラバンは、妹ラケルと結婚する約束で7年間仕えたヤコブに対して、だまして姉のレアを与えました。ヤコブは怒りましたが、さらに7年間ラケルのために働くこととなったのです。②兄をだましたヤコブは、まいた種の刈り取りをしました。ヤコブは、だました報いを受けたのです。・・・しかしこのことを通じて、ラケルとレア、それぞれの奴隷によって、12部族となる者たちが与えられたことも事実です。主は、主を信じる者に、トラブルと思えることを通じて「すべてのことを働けせて益」とされたのです。


『あなたの信仰を用いて、奇跡をされるイエス様』
【マタイ9:27 イエスがそこを出て、道を通って行かれると、ふたりの盲人が大声で、「ダビデの子よ。私たちをあわれんでください」と叫びながらついて来た。9:28 家に入られると、その盲人たちはみもとにやって来た。イエスが「わたしにそんなことができると信じるのか」と言われると、彼らは「そうです。主よ」と言った。9:29 そこで、イエスは彼らの目にさわって、「あなたがたの信仰のとおりになれ」と言われた。】①ふたりの盲人たちは、「イエス様に願えば必ず癒される」と信じて「イエス様に叫び続け」ました。すると、イエス様は「あなたの信仰の通りになれ」と言われ、癒されたのです。あなたはイエス様をどのように見て、信じていますか。あなたが「純粋」に信じるならば、主は「あなたの信仰を用いて」、人知を超えたことをされるのです。


# by Happiness-eachday | 2019-01-12 05:21 | 2019年 | Trackback

1月11日創世記27-28章 マタイ8:28-9:17

懸賞 2019年 01月 11日 懸賞

『蒔いた種の報いと父なる神の憐み』
【創 27:19 ヤコブは父に、「私は長男のエサウです。私はあなたが言われたとおりにしました。さあ、起きてすわり、私の獲物を召し上がってください。ご自身で私を祝福してくださるために」と答えた。】①ヤコブは、父イサクをだまし、兄エソウから家督相続の祝福を奪いました。神の計画は、ヤコブを祝福することでしたから、ヤコブは待っていたならば、自動的に祝福を頂くことができたはずなのです。しかし2度も嘘をついて、自分やり方で物事を進めようとしたのです。②この後のヤコブは、自分のした報いを受けました。何もかも置いて、故郷を離れたこと。自分がした不誠実のように、人から扱われたこと。他人の家でだまされながら、長年仕えなればならなくなったこと。彼は「私の人生は不幸せで(479)」と告白しなければならないほど、苦しみを体験したのです。・・・「悪の報い」は起こります。天の父なる神は、正しい方だからです。(しかしヤコブの人生から、神を信じ、救いを求める者には、憐みの中で助けられ続けるのも事実なのです)


『誇れるものが無い人の祝福』
【マタイ9:12 イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。
9:13『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」】①イエス様は、自分は「罪の人を招くために来た」と言われました。「自分は立派な者」だと誇っているパリサイ人たちではなく、「自分の罪を自覚し、救いを求めている」収税人のような人々のために来たと言われたのです。(収税人は当時、罪人として見下されていました)あなたには誇るものがありますか。誇るものが崩れ、自分を愚かと自覚する人は幸いです。その人に、イエス様は非常に近いのです。


# by Happiness-eachday | 2019-01-11 05:53 | 2019年 | Trackback

1月10日創世記25-26章 マタイ8:1-27

懸賞 2019年 01月 10日 懸賞

『祝福の約束と信仰の応答』
【創26:2 【主】はイサクに現れて仰せられた。「エジプトへは下るな。わたしがあなたに示す地に住みなさい。26:3あなたはこの地に、滞在しなさい。わたしはあなたとともにいて、あなたを祝福しよう。それはわたしが、これらの国々をすべて、あなたとあなたの子孫に与えるからだ。こうしてわたしは、あなたの父アブラハムに誓った誓いを果たすのだ。」】①創造主は、アブラハムの信仰の応答のゆえに、息子イサクを祝福すると語られました。そして実際にそのようにされたのです。主は約束されたことを実行されます。主の願いを知り、その願いに応え続けるならば、主の約束は変わらないのです。しかし大事なことがあります。それは「わたしが示す地に行きなさい」という命令に素直に従うことです。信仰の応答は、親の世代も子供の世代も、自分自身がしなければならないのです。


『イエス様の言葉の権威を信じる』
【マタイ 8:5 イエスがカペナウムに入られると、ひとりの百人隊長がみもとに来て、懇願して、
8:6 言った。「主よ。私のしもべが中風で、家に寝ていて、ひどく苦しんでいます。」8:7 イエスは彼に言われた。「行って、直してあげよう。」8:8 しかし、百人隊長は答えて言った。「主よ。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばを下さい。そうすれば、私のしもべは直ります。・・・
8:10 イエスは、これを聞いて驚かれ、ついて来た人たちにこう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。わたしはイスラエルのうちのだれにも、このような信仰を見たことがありません。」】①この百人隊長は、「イエス様の言葉」には権威があるので、お言葉だけを頂けば、「しもべは治る」と信じたのです。イエス様のお言葉には「権威」があります。それを信じる者には「主の奇跡の力」が流れるのです。


# by Happiness-eachday | 2019-01-10 05:54 | 2019年 | Trackback

1月9日創世記23-24章 マタイ7:7-29

懸賞 2019年 01月 09日 懸賞

『主の計画の前進』
【創24:12 そうして言った。「私の主人アブラハムの神、【主】よ。きょう、私のためにどうか取り計らってください。私の主人アブラハムに恵みを施してください。24:13 ご覧ください。私は泉のほとりに立っています。この町の人々の娘たちが、水を汲みに出てまいりましょう。24:14 私が娘に『どうかあなたの水がめを傾けて私に飲ませてください』と言い、その娘が『お飲みください。私はあなたのらくだにも水を飲ませましょう』と言ったなら、その娘こそ、あなたがしもべイサクのために定めておられたのです。このことで私は、あなたが私の主人に恵みを施されたことを知ることができますように。」
24:15 こうして彼がまだ言い終わらないうちに、見よ、リベカが水がめを肩に載せて出て来た。リベカはアブラハムの兄弟ナホルの妻ミルカの子ベトエルの娘であった。】①アブラハムは、自分のしもべに、息子イサクの妻となる女性を、アブラハムの故郷から、探してくるようにと命じました。しもべがナホルの住む町に着いて、その女性のために祈ると、祈った通りにナホルの娘に出会うことができたのです。主は祈りを聞かれます。そして主の計画を明らかにされます。私たちの目には不思議に思えることでも、主の計画の中では、必然なのです。

『求め続ける恵み』
【マタイ7:7 求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。7:8 だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。7:9 あなたがたも、自分の子がパンを下さいと言うときに、だれが石を与えるでしょう。7:10 また、子が魚を下さいと言うのに、だれが蛇を与えるでしょう。7:11 してみると、あなたがたは、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。】①イエス様は、求めなさいと言われました。天の父は、求める者に良いものを与えられると、イエス様は言われたのです。主の言葉を信じて、私たちは「求め続け」ましょう。イエス様を信頼するものは、与えられるまで、祈り、求め続けることができるのです。


# by Happiness-eachday | 2019-01-09 05:23 | 2019年 | Trackback