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1月28日出エジプト15章 マタイ19:16-20:16

懸賞 2022年 01月 28日 懸賞

『健康を願い、癒しを与えられる天の神様』
【出エジプト15:26 そして、仰せられた。「もし、あなたがあなたの神、【主】の声に確かに聞き従い、主が正しいと見られることを行い、またその命令に耳を傾け、そのおきてをことごとく守るなら、わたしはエジプトに下したような病気を何一つあなたの上に下さない。わたしは【主】、あなたをいやす者である。」】①主は、紅海を渡った奇跡の後、苦い水を飲める水に変えて下さいました。天の父なる神様は、私たちが病気で苦しむことを願っておられないのです。罪を犯したならば、罪の結果を刈り取ります。しかし主は、悔い改める者には、癒しと回復を与えて下さるのです。クリスチャンは一生悔い改めです。自分を絶えず変え続け、悔い改め続けるのです。

『救われることは神の恵み』
【マタイ 19:24 まことに、あなたがたにもう一度、告げます。金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。」19:25 弟子たちは、これを聞くと、たいへん驚いて言った。「それでは、だれが救われることができるのでしょう。」19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできます。」①救いを受け取るのは、財産があるからでも人間的に努力したからでもありません。それは神様による一方的な恵みです。むしろ人間的な力を持っている人のほうが、見えるものに頼ってしまうという意味で、救われにくいのです。しかし神様は、一方的な憐れみで、救われ難い私たちを導き、恵みの中に入れて下さったのです。そのことをまず、感謝しましょう。


# by Happiness-eachday | 2022-01-28 05:05 | 2022年 | Trackback

1月27日出エジプト13-14章 マタイ19:1-15

懸賞 2022年 01月 27日 懸賞

『紅海を渡る』
【出14:21 そのとき、モーセが手を海の上に差し伸ばすと、【主】は一晩中強い東風で海を退かせ、海を陸地とされた。それで水は分かれた。14:22 そこで、イスラエル人は海の真ん中のかわいた地を、進んで行った。水は彼らのために右と左で壁となった。14:23 エジプト人は追いかけて来て、パロの馬も戦車も騎兵も、みな彼らのあとから海の中に入って行った。
14:26 このとき【主】はモーセに仰せられた。「あなたの手を海の上に差し伸べ、水がエジプト人と、その戦車、その騎兵の上に返るようにせよ。」14:27 モーセが手を海の上に差し伸べたとき、夜明け前に、海がもとの状態に戻った。エジプト人は水が迫って来るので逃げたが、【主】はエジプト人を海の真ん中に投げ込まれた。】①主は、モーセたちを紅海の岸辺に立たせ、後がないように導かれました。背後からのエジプト兵の追手を見た民は、叫びました。しかし主は、モーセを通じて海を渡らせ、エジプト兵たちを海の中で滅ぼされたのです。・・・「信じられない苦難」にあうことがあります。しかし主と共に歩む時に、「今まで経験した事のない奇跡」の経験のスタートとなるのです。


『子供のような信仰』
【マタイ19:13 そのとき、イエスに手を置いて祈っていただくために、子どもたちが連れて来られた。ところが、弟子たちは彼らをしかった。19:14 しかし、イエスは言われた。「子どもたちを許してやりなさい。邪魔をしないでわたしのところに来させなさい。天の御国はこのような者たちの国なのです。」】①子供は、完全に親に依存しています。子供のように、神の国を受け入れるということは、キリストを100%救い主として受け入れ、罪に背を向け、主を導き手として頼り、単純に信じ続けることです。大人になると頭で知的に考え、右往左往してしまいます。しかし子供のように主に単純に信頼して生きると、平安の中で進むことができるのです。そのような信仰が大切です。その信仰によって、複雑な問題さえも解決していくことができるのです。


# by Happiness-eachday | 2022-01-27 05:40 | 2022年 | Trackback

1月26日出エジプト10-12章 マタイ18:15-35

懸賞 2022年 01月 26日 懸賞

『過越しの意味』
【出12:3 イスラエルの全会衆に告げて言え。この月の十日に、おのおのその父祖の家ごとに、羊一頭を、すなわち、家族ごとに羊一頭を用意しなさい。
12:7 その血を取り、羊を食べる家々の二本の門柱と、かもいに、それをつける。
12:12 その夜、わたしはエジプトの地を巡り、人をはじめ、家畜に至るまで、エジプトの地のすべての初子を打ち、また、エジプトのすべての神々にさばきを下そう。わたしは【主】である。12:13 あなたがたのいる家々の血は、あなたがたのためにしるしとなる。わたしはその血を見て、あなたがたの所を通り越そう。わたしがエジプトの地を打つとき、あなたがたには滅びのわざわいは起こらない。】①主はエジプト脱出に際して、「過越しの祭」をするように命じました。これはイエス様を信じることにより、「裁き」から「過ぎこされる」救いの象徴でもあります。これは信じられない恵みです。罪を自覚する者は、この恵みの大きさを知るのです。一方罪が分からない人は、キリストの「莫大な恵み」を理解することができないのです。


『赦すこと』
【マタイ18:23 このことから、天の御国は、地上の王にたとえることができます。王はそのしもべたちと清算をしたいと思った。18:24 清算が始まると、まず一万タラントの借りのあるしもべが、王のところに連れて来られた。
18:27 しもべの主人は、かわいそうに思って、彼を赦し、借金を免除してやった。18:28 ところが、そのしもべは、出て行くと、同じしもべ仲間で、彼から百デナリの借りのある者に出会った。彼はその人をつかまえ、首を絞めて、『借金を返せ』と言った。
18:30 しかし彼は承知せず、連れて行って、借金を返すまで牢に投げ入れた。
18:32 そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『悪いやつだ。おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。18:33 私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。』】①一万タラント赦された僕は、わずか100デナリを赦すことができませんでした。赦すことは、難しいことです。それは理屈で分かっていても、感情が同意しないのです。しかし自分の罪が、一方的にすべて「十字架で帳消し」になっているのを、「心」で受け止める時、少しずつでも実行できるようになるのです。

# by Happiness-eachday | 2022-01-26 05:39 | 2022年 | Trackback

1月25日出エジプト8-9章 マタイ17:14-18:14

懸賞 2022年 01月 25日 懸賞

『人の頑なさをご存知な神』
【出エジプト9:27 そこでパロは使いをやって、モーセとアロンを呼び寄せ、彼らに言った。「今度は、私は罪を犯した。主は正しいお方だ。私と私の民は悪者だ。9:28 【主】に祈ってくれ。神の雷と雹は、もうたくさんだ。私はおまえたちを行かせよう。おまえたちはもう、とどまってはならない。」・・・
9:34 パロは雨と雹と雷がやんだのを見たとき、またも罪を犯し、彼とその家臣たちは強情になった。9:35 パロの心はかたくなになり、彼はイスラエル人を行かせなかった。【主】がモーセを通して言われたとおりである。】①パロは、災害が起きるたびにモーセに懇願しましたが、災害が収まると、やはり「自分の思い」を通そうとしたのです。私たち人間は、残念ながら頑固で自分の思いを通そうとするのです。主はそれを知っておられ、その上で信じる者たちを導かれるのです。主のご意思を知りましょう。主のご意思に心から同意する人のみが、主と共に歩むことができるのです。

『イエス様はあなたを探し出して下さる』
【マタイ18:11 〔人の子は、失われている者を救うために来たのです。〕18:12 あなたがたはどう思いますか。もし、だれかが百匹の羊を持っていて、そのうちの一匹が迷い出たとしたら、その人は九十九匹を山に残して、迷った一匹を捜しに出かけないでしょうか。18:13 そして、もし、いたとなれば、まことに、あなたがたに告げます。その人は迷わなかった九十九匹の羊以上にこの一匹を喜ぶのです。18:14 このように、この小さい者たちのひとりが滅びることは、天にいますあなたがたの父のみこころではありません。】①イエス様は、「失われたものが救うため」に来られました。私たちクリスチャンは、かつては失われた羊の一人でした。しかし今はイエス様に見出されているのです。主の語り掛けを聞きましょう。イエス様は、あなたを「いつも注目し」「見守って」おられるのです。


# by Happiness-eachday | 2022-01-25 05:16 | 2022年 | Trackback

1月24日出エジプト6-7章 マタイ16:13-17:13

懸賞 2022年 01月 24日 懸賞

『神様の計画ならば、道は開かれる』
【出6:8 わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブに与えると誓ったその地に、あなたがたを連れて行き、それをあなたがたの所有として与える。わたしは【主】である。」6:9 モーセはこのようにイスラエル人に話したが、彼らは落胆と激しい労役のためモーセに聞こうとはしなかった。6:10 【主】はモーセに告げて仰せられた。6:11 「エジプトの王パロのところへ行って、彼がイスラエル人をその国から去らせるように告げよ。」6:12 しかしモーセは【主】の前に訴えて言った。「ご覧ください。イスラエル人でさえ、私の言うことを聞こうとはしないのです。どうしてパロが私の言うことを聞くでしょう。私は口べたなのです。」】①モーセは、主から「出エジプトの使命」を与えられました。しかし民は失望のために、モーセの言葉を聞くことはできなかったのです。モーセ自身も、その状況を見て「不可能だ」と考え、神様に訴えたのです。②しかし現実は、神様の導きによって、「出エジプト」は成功したのです。それは神様の熱心さによるものでした。私たちの目の前に、不可能だと思えることがあります。しかし神様の導きがあれば、道は開けるのです。大切なことは、祈りによって、葛藤しながらでも「神様と共に歩むこと」です。


『イエス様についていくとは』
【マタイ16:22 するとペテロは、イエスを引き寄せて、いさめ始めた。「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。」16:23 しかし、イエスは振り向いて、ペテロに言われた。「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」16:24 それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」】①イエス様は、「わたしについてきたいと思うものは・・・」と言われ、弟子としての「心構え」を語りました。実はイエス様ご自身が「自分を捨て」「自分の十字架を背負って」主に従ったお方なのです。あなたにとって「自分を捨てる」とはどういうことですか。また「自分の十字架を負って」とはどういうことでしょうか。それを単純に、黙々と行うことが、イエス様についていくことなのです。


# by Happiness-eachday | 2022-01-24 05:00 | 2022年 | Trackback