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懸賞 懸賞

1月31日出エジプト20-21章 マタイ21:33-22:14

懸賞 2020年 01月 31日 懸賞

『創造主を一番にする、偶像を避ける』
【出エジプト20:3 あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。20:4 あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。20:5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、【主】であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、20:6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。】①「天の父」は、愛情深い神です。そのため「天の父以外」のものを第一にすることを禁じています。それはそれによって受ける損失が莫大であることを知っておられるからです。またねたむという表現もされています。それはそれほどまでに愛情深いことの裏返しなのです。あなたは愛情深い「天の父」にどのような接し方をしていますか。一週間に一度礼拝に参加するだけでは不足なのです。毎日祈り、主の愛の中に憩うことです。これが本来の人間の姿なのです。それ以外のものに慰めを感じているならば、それらは、厳密に言えばすべて偶像なのです。


『何を一番としているのか』
【マタイ22:2 「天の御国は、王子のために結婚の披露宴を設けた王にたとえることができます。22:3 王は、招待しておいたお客を呼びに、しもべたちを遣わしたが、彼らは来たがらなかった。
22:10 それで、しもべたちは、通りに出て行って、良い人でも悪い人でも出会った者をみな集めたので、宴会場は客でいっぱいになった。22:11 ところで、王が客を見ようとして入って来ると、そこに婚礼の礼服を着ていない者がひとりいた。22:12 そこで、王は言った。『あなたは、どうして礼服を着ないで、ここに入って来たのですか。』しかし、彼は黙っていた。22:13 そこで、王はしもべたちに、『あれの手足を縛って、外の暗やみに放り出せ。そこで泣いて歯ぎしりするのだ』と言った。22:14 招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです。」】①霊的救いは、イエスキリストを信じ、個人的な関係を持つことによって与えられます。その招きは、多くの人々に与えられていますが、その招きに応える人は少ないと主は言われるのです。個人の事情や、自分の今抱えている興味や課題を第一とする中で、招きを拒否するのです。あなたは「神様の招き」を聞いていますか。それを受け止めていますか。理屈や建前では、招きに応えることはできません。神様の愛と憐れみを体験し「神様が一番大事である」と、真に受け止めた人のみが、応答できるのです。


by Happiness-eachday | 2020-01-31 05:36 | 2020年 | Trackback

1月30日出エジプト18-19章 マタイ21:1-32

懸賞 2020年 01月 30日 懸賞

『モーセの義父イテロの助言』
【出18:15 モーセはしゅうとに答えた。「民は、神のみこころを求めて、私のところに来るのです。
18:16 彼らに何か事件があると、私のところに来ます。私は双方の間をさばいて、神のおきてとおしえを知らせるのです。」18:17 するとモーセのしゅうとは言った。「あなたのしていることは良くありません。18:18 あなたも、あなたといっしょにいるこの民も、きっと疲れ果ててしまいます。・・・
18:21 あなたはまた、民全体の中から、神を恐れる、力のある人々、不正の利を憎む誠実な人々を見つけ出し、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として、民の上に立てなければなりません。18:22 いつもは彼らが民をさばくのです。大きい事件はすべてあなたのところに持って来、小さい事件はみな、彼らがさばかなければなりません。あなたの重荷を軽くしなさい。彼らはあなたとともに重荷をになうのです。】①イテロは、モーセが一人で民を裁いている様子を見て、良くないと言いました。リーダーが一人で責任を持っているならば、最後にはリーダーは倒れてしまいます。ですから神の知恵は、役割の分担なのです。千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長、その能力に合わせて、それぞれの役割を担うことが、神様の御心でもあったのです。


『二人の息子のたとえ』
【マタイ 21:28 ところで、あなたがたは、どう思いますか。ある人にふたりの息子がいた。その人は兄のところに来て、『きょう、ぶどう園に行って働いてくれ』と言った。21:29 兄は答えて『行きます。お父さん』と言ったが、行かなかった。21:30 それから、弟のところに来て、同じように言った。ところが、弟は答えて『行きたくありません』と言ったが、あとから悪かったと思って出かけて行った。21:31 ふたりのうちどちらが、父の願ったとおりにしたのでしょう。」彼らは言った。「あとの者です。」イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。取税人や遊女たちのほうが、あなたがたより先に神の国に入っているのです。21:32 というのは、あなたがたは、ヨハネが義の道を持って来たのに、彼を信じなかった。しかし、取税人や遊女たちは彼を信じたからです。しかもあなたがたは、それを見ながら、あとになって悔いることもせず、彼を信じなかったのです。」】①行きますと言って、行かなかった兄と、行きませんと言って後から考え直して行った弟は、「弟」のほうが父のことを考えていました。父なる神様にも「お気持ち」があります。父に喜んでいただく態度は大切です。最初は上手くいかなくても、最後に応えることができれば、主は喜んで下さるのです。


by Happiness-eachday | 2020-01-30 05:42 | 2020年 | Trackback

1月29日出エジプト16-17章 マタイ20:17-34

懸賞 2020年 01月 29日 懸賞

『主の命令を守る』
【出エジプト16:25 それでモーセは言った。「きょうは、それを食べなさい。きょうは【主】の安息であるから。きょうはそれを野で見つけることはできません。16:26 六日の間はそれを集めることができます。しかし安息の七日目には、それは、ありません。」16:27 それなのに、民の中のある者は七日目に集めに出た。しかし、何も見つからなかった。16:28 そのとき、【主】はモーセに仰せられた。「あなたがたは、いつまでわたしの命令とおしえを守ろうとしないのか。・・・
16:35 イスラエル人は人の住んでいる地に来るまで、四十年間、マナを食べた。彼らはカナンの地の境に来るまで、マナを食べた。】①主は、荒野でパンがないと叫ぶ民たちに対して、パンを与えると約束されました。そして六日目に2倍のマナを集めるように命じたのです。これは毎日の信仰の訓練のためでした。しかし民は神様の言うことを聞かず、自分たちの考えで、七日目も集めに行き、主の怒りを受けたのです。人間は愚かで、自分なりのやり方を押し通してしまいます。自分なりのやり方であること自体、気が付かずに、押し切ってしまうのです。しかし主は約束通り、荒野の40年マナを与え続けたのです。主のあわれみを受け止めましょう。頑なな心を、憂い、悔い改め、聖霊に触れて頂かければ、私たちの本質は変わらないのです。そして、本質が変えられなければ、主の命令を守ることはできないのです。


『神の国の価値観』
【マタイ20:26 あなたがたの間では、そうではありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。20:27 あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい。20:28 人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。」】①この世の価値観は、高くなることです。しかしイエス様のお考えは、へりくだり、低くなることです。もしイエス様に出会いたいのであれば、私たちは低く低くなる必要があります。それは自分の本質を知り、悔い改めるところから始まります。あなたもへりくだりませんか。祈りの中で、地下水に触れるようにイエス様と出会うことができれば、それこそ、平安と安心の中で生きていけるのです。


by Happiness-eachday | 2020-01-29 05:09 | 2020年 | Trackback

1月28日出エジプト15章 マタイ19:16-20:16

懸賞 2020年 01月 28日 懸賞

『健康を願い、癒しを与えられる天の神様』
【出エジプト15:26 そして、仰せられた。「もし、あなたがあなたの神、【主】の声に確かに聞き従い、主が正しいと見られることを行い、またその命令に耳を傾け、そのおきてをことごとく守るなら、わたしはエジプトに下したような病気を何一つあなたの上に下さない。わたしは【主】、あなたをいやす者である。」】①主は、紅海を渡った奇跡の後、人々の不平を聞きながらも、苦い水を飲める水に変えて下さいました。天の父なる神様は、私たちが罪深い世界の中で、病気で苦しむことを願っておられないのです。罪を犯したならば、罪の結果を刈り取ります。しかし主は、へりくだって主に立ち返り、悔い改めで内面を聖められるなら、回復を受け取ることができるのです。

『救われることは神の恵み』
【マタイ 19:24 まことに、あなたがたにもう一度、告げます。金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。」19:25 弟子たちは、これを聞くと、たいへん驚いて言った。「それでは、だれが救われることができるのでしょう。」19:26 イエスは彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできます。」①救いを受け取るのは、財産があるからでも人間的に努力したからでもありません。それは神様による一方的な恵みです。むしろ人間的な力を持っている人のほうが、見えるものに頼ってしまうという意味で、救われにくいのです。しかし神様は、一方的な憐れみによって、私たちを導き、救いの中に入れて下さるのです。


by Happiness-eachday | 2020-01-28 05:46 | 2020年 | Trackback

1月27日出エジプト13-14章 マタイ19:1-15

懸賞 2020年 01月 27日 懸賞

『紅海を渡る』

【出14:21 そのとき、モーセが手を海の上に差し伸ばすと、【主】は一晩中強い東風で海を退かせ、海を陸地とされた。それで水は分かれた。14:22 そこで、イスラエル人は海の真ん中のかわいた地を、進んで行った。水は彼らのために右と左で壁となった。14:23 エジプト人は追いかけて来て、パロの馬も戦車も騎兵も、みな彼らのあとから海の中に入って行った。

14:26 このとき【主】はモーセに仰せられた。「あなたの手を海の上に差し伸べ、水がエジプト人と、その戦車、その騎兵の上に返るようにせよ。」14:27 モーセが手を海の上に差し伸べたとき、夜明け前に、海がもとの状態に戻った。エジプト人は水が迫って来るので逃げたが、【主】はエジプト人を海の真ん中に投げ込まれた。】①主は、モーセたちを紅海の岸辺に立たせ、後がないように導かれました。背後からのエジプト兵の追手を見た民は、叫びました。しかし主は、モーセを通じて海を渡らせ、エジプト兵たちを海の中で滅ぼされたのです。・・・「信じられない苦難」にあうことがあります。しかし主と共に歩む時に、「今まで経験した事のない奇跡」の経験のスタートとなるのです。

『子供のような信仰』

【マタイ19:13 そのとき、イエスに手を置いて祈っていただくために、子どもたちが連れて来られた。ところが、弟子たちは彼らをしかった。19:14 しかし、イエスは言われた。「子どもたちを許してやりなさい。邪魔をしないでわたしのところに来させなさい。天の御国はこのような者たちの国なのです。」】①子供は、完全に親に依存しています。子供のように、神の国を受け入れるということは、キリストを救い主として受け入れ、罪に背を向け、主を導き手として頼り、単純に信じ続けることです。大人になると頭で知的に考え、右往左往してしまいがちな私たちですが、主に単純に信頼して生きると、平安の中で、問題を解決していくことができるのです。子供のような信仰が大切です。その信仰によって、複雑な問題を解決していくことができるのです。


by Happiness-eachday | 2020-01-27 05:01 | 2020年 | Trackback

1月26日出エジプト10-12章 マタイ18:15-35

懸賞 2020年 01月 26日 懸賞

『過越しの意味』
【出12:3 イスラエルの全会衆に告げて言え。この月の十日に、おのおのその父祖の家ごとに、羊一頭を、すなわち、家族ごとに羊一頭を用意しなさい。
12:7 その血を取り、羊を食べる家々の二本の門柱と、かもいに、それをつける。
12:12 その夜、わたしはエジプトの地を巡り、人をはじめ、家畜に至るまで、エジプトの地のすべての初子を打ち、また、エジプトのすべての神々にさばきを下そう。わたしは【主】である。12:13 あなたがたのいる家々の血は、あなたがたのためにしるしとなる。わたしはその血を見て、あなたがたの所を通り越そう。わたしがエジプトの地を打つとき、あなたがたには滅びのわざわいは起こらない。】①主はエジプト脱出に際して、「過ぎ越しの祭り」をするように命じました。これは、子羊イエスキリストを信じることにより、「裁きが過ぎこされる」新約の恵みの象徴なのです。イエス様を信じる者は、罪が赦され、天国への恵みが約束されています。出エジプトで、天の父なる神を信じ、エジプトから約束の地に向かったように、イエスキリストを信じることにより、罪の世界から脱出し、私たちは神様の救いへと入ることができるのです。


『赦すこと』
【マタイ18:23 このことから、天の御国は、地上の王にたとえることができます。王はそのしもべたちと清算をしたいと思った。18:24 清算が始まると、まず一万タラントの借りのあるしもべが、王のところに連れて来られた。
18:27 しもべの主人は、かわいそうに思って、彼を赦し、借金を免除してやった。18:28 ところが、そのしもべは、出て行くと、同じしもべ仲間で、彼から百デナリの借りのある者に出会った。彼はその人をつかまえ、首を絞めて、『借金を返せ』と言った。
18:30 しかし彼は承知せず、連れて行って、借金を返すまで牢に投げ入れた。
18:32 そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『悪いやつだ。おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。18:33 私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。』】①赦すことは、非常に難しいことです。それは理屈で分かっていても、感情が同意できないからです。しかし私たちの罪が、「すでに」十字架につけられていることが、心で分かると信仰によって、実行できるようになるのです。私たちは「莫大な罪」を帳消しにしてもらっています。その一方的な恵みを忘れてはいけないのです。


by Happiness-eachday | 2020-01-26 05:26 | 2020年 | Trackback

1月25日出エジプト8-9章 マタイ17:14-18:14

懸賞 2020年 01月 25日 懸賞

『人の頑なさをご存知な神』
【出エジプト9:27 そこでパロは使いをやって、モーセとアロンを呼び寄せ、彼らに言った。「今度は、私は罪を犯した。主は正しいお方だ。私と私の民は悪者だ。9:28 【主】に祈ってくれ。神の雷と雹は、もうたくさんだ。私はおまえたちを行かせよう。おまえたちはもう、とどまってはならない。」・・・
9:34パロは雨と雹と雷がやんだのを見たとき、またも罪を犯し、彼とその家臣たちは強情になった。9:35 パロの心はかたくなになり、彼はイスラエル人を行かせなかった。【主】がモーセを通して言われたとおりである。】①パロは、災害が起きるたびにモーセに懇願しましたが、災害が収まると、やはり自分の思い通りを通そうとしたのです。私たち人間は、残念ながら頑固で自分の思いを通そうとするのです。主はそれを知っておられ、その上で神を信じる者たちを導かれるのです。主の意思を知りましょう。主の意思に心から同意する人は、主と共に歩むことができるのです。



『イエス様はあなたを探し出して下さる』
【マタイ18:11 〔人の子は、失われている者を救うために来たのです。〕18:12 あなたがたはどう思いますか。もし、だれかが百匹の羊を持っていて、そのうちの一匹が迷い出たとしたら、その人は九十九匹を山に残して、迷った一匹を捜しに出かけないでしょうか。18:13 そして、もし、いたとなれば、まことに、あなたがたに告げます。その人は迷わなかった九十九匹の羊以上にこの一匹を喜ぶのです。18:14 このように、この小さい者たちのひとりが滅びることは、天にいますあなたがたの父のみこころではありません。】①イエス様は、「失われたものが救うため」に来られたと言われています。私たちがクリスチャンになれたのは、イエス様が「あなたの元」に来てくださったからです。かつては失われた羊の一人でした。そして今はイエス様のものとなり、イエス様と一緒に歩むように導かれているのです。あなたに語り掛けて下さるイエス様の語り掛けを聞きましょう。その声をしっかり聴くことができれば、寂しさはなくなります。あなたの内には、聖霊が住んでおられます。問題よりも「聖霊の力」の方が強いことを体験しましょう。イエス様は、あなたの元に「熱心に近づいて下さるお方」なのです。


by Happiness-eachday | 2020-01-25 05:26 | 2020年 | Trackback

1月24日出エジプト6-7章 マタイ16:13-17:13

懸賞 2020年 01月 24日 懸賞

『神様の計画ならば、道は開かれる』
【出6:8 わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブに与えると誓ったその地に、あなたがたを連れて行き、それをあなたがたの所有として与える。わたしは【主】である。」6:9 モーセはこのようにイスラエル人に話したが、彼らは落胆と激しい労役のためモーセに聞こうとはしなかった。6:10 【主】はモーセに告げて仰せられた。6:11「エジプトの王パロのところへ行って、彼がイスラエル人をその国から去らせるように告げよ。」6:12 しかしモーセは【主】の前に訴えて言った。「ご覧ください。イスラエル人でさえ、私の言うことを聞こうとはしないのです。どうしてパロが私の言うことを聞くでしょう。私は口べたなのです。」】①モーセは、神の働きを伝える立場を主から与えられました。しかし民は失望のために、モーセの言葉を聞くことはできませんでした。またモーセ自身も、その状況を見て、導きことは不可能だと考え、神様にそのことを訴えたのです。②しかし現実は、神様の導きによって、モーセは民の「出エジプト」を成功させたのです。これは神様の計画であり、神様の熱心さによるものでした。私たちの目の前に、不可能だと思えることがあります。しかし神様の導きがあれば、道は開けるのです。大切なことは、信仰によって平安の中で、神様の導きの中を歩むことです。


『イエス様についていくとは』
【マタイ16:22 するとペテロは、イエスを引き寄せて、いさめ始めた。「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。」16:23 しかし、イエスは振り向いて、ペテロに言われた。「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」16:24 それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。16:25 いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。」】①イエス様は、「わたしについてきたいと思うものは・・・」と言われ、弟子としての心構えを語りました。これはイエス様ご自身が、覚悟しておられたことです。イエス様ご自身が「自分を捨て」「自分の十字架を背負って」主に従ったのです。あなたにとって「自分を捨てる」とはどういうことですか。また「自分の十字架を負って」とはどういうことでしょうか。それを単純に、愚直に行う者が、イエス様についていくことができるのです。これは我の力では不可能です。唯一、十字架の罪の赦しを知り、聖霊に助けられる時に可能となるのです。


by Happiness-eachday | 2020-01-24 05:29 | 2020年 | Trackback

1月23日出エジプト3-5章 マタイ15:29-16:12

懸賞 2020年 01月 23日 懸賞

『モーセの祈り』
【出5:18 さあ、すぐに行って働け。わらは与えないが、おまえたちは割り当てどおりれんがを納めるのだ。」5:19イスラエル人の人夫がしらたちは、「おまえたちのれんがのその日その日の数を減らしてはならない」と聞かされたとき、これは、悪いことになったと思った。5:20 彼らはパロのところから出て来たとき、彼らを迎えに来ているモーセとアロンに出会った。5:21 彼らはふたりに言った。「【主】があなたがたを見て、さばかれますように。あなたがたはパロやその家臣たちに私たちを憎ませ、私たちを殺すために彼らの手に剣を渡したのです。」5:22 それでモーセは【主】のもとに戻り、そして申し上げた。「主よ。なぜあなたはこの民に害をお与えになるのですか。何のために、私を遣わされたのですか。」】①モーセは、神様からの命令通りに、エジプトで奇跡を行い、パロのもとに神様の言葉を伝えました。しかしモーセが願った通りには物事は進まなかったのです。パロは反対し、イスラエルの民さえも、モーセに文句を言い始めました。②モーセは、「主に祈り」ました。自分が感じた理不尽を、主にぶつけたのです。主はモーセの言葉を聞き、答えて下さいました。そして「モーセの思い通りではありませんでした」が、神様の計画は進んでいったのです。私たちも、祈りながらも「理不尽さ」を感じる時があります。しかしモーセのように、問題を主に訴えていきましょう。感情がかきむしられることがあったとしても、祈りの中で、主の計画は進むのです。


『憐れみ深いイエス様』
【マタイ15:30 すると大ぜいの人の群れが、足のなえた者、手足の不自由な者、盲人、口のきけない者、そのほか多くの人をみもとに連れて来た。そして彼らをイエスの足もとに置いたので、イエスは彼らをいやされた。15:31 それで群衆は、口のきけない者がものを言い、手足の不自由な者が直り、足のなえた者が歩き、盲人たちが見えるようになるのを見て驚いた。そして彼らはイスラエルの神をあがめた。】①イエス様は、憐れみ深いお方です。イエス様を信じ、切実に癒しを求める者には、癒しを与えてくださるのです。イエス様の前で、素直に求めましょう。そしてへりくだって主に近づきましょう。主はそのような人々を見捨てないのです。


by Happiness-eachday | 2020-01-23 05:21 | 2020年 | Trackback

1月22日出エジプト1-2章 マタイ15:1-28

懸賞 2020年 01月 22日 懸賞

『自己本位の情熱』
【出エジプト2:11 こうして日がたち、モーセがおとなになったとき、彼は同胞のところへ出て行き、その苦役を見た。そのとき、自分の同胞であるひとりのヘブル人を、あるエジプト人が打っているのを見た。2:12 あたりを見回し、ほかにだれもいないのを見届けると、彼はそのエジプト人を打ち殺し、これを砂の中に隠した。2:13 次の日、また外に出てみると、なんと、ふたりのヘブル人が争っているではないか。そこで彼は悪いほうに「なぜ自分の仲間を打つのか」と言った。2:14 するとその男は、「だれがあなたを私たちのつかさやさばきつかさにしたのか。あなたはエジプト人を殺したように、私も殺そうと言うのか」と言った。そこでモーセは恐れて、きっとあのことが知れたのだと思った。2:15 パロはこのことを聞いて、モーセを殺そうと捜し求めた。しかし、モーセはパロのところからのがれ、ミデヤンの地に住んだ。】①モーセは、ヘブル人として生まれ、不思議な導きにより、王宮で王子として育ちました。彼には神様からの特別な使命が与えられていたのです。しかしこの時、モーセは「自分の力で民を救おう」と考えてしまったのです。これは「時とタイミング」を無視した、「高ぶり」と言えます。その結果、モーセは40年間荒野の生活を強いられました。能力や情熱があっても、それを「自己本位」に使う時、(神様からの導きなしで判断する時)、うまくいかないくなるものなのです。

『信仰を引き出されるイエス様』
【マタイ15:26 すると、イエスは答えて、「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです」と言われた。15:27 しかし、女は言った。「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」15:28 そのとき、イエスは彼女に答えて言われた。「ああ、あなたの信仰はりっぱです。その願いどおりになるように。」すると、彼女の娘はその時から直った。】①イエス様は、カナン人の母親が叫びながらついてくる様子を見て、その信仰が確かなことを見透かされました。そして彼女の信仰を更に「引き出すために」一見、無慈悲ともいえる態度を取られたのです。しかしこの女性はそれでもイエス様を求め、癒しを頂くことができたのです。イエス様と交わる時に、思い通りにならないことがあります。しかしイエス様は、苦しみの中で「あなたの信仰」を引き出して下さるのです。主の前に「心からへりくだる者」は、主の恵みを受け取ることができるのです。


by Happiness-eachday | 2020-01-22 05:00 | 2020年 | Trackback