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懸賞 懸賞

4月30日Ⅱサムエル7-8章 ユダ1章

懸賞 2018年 04月 30日 懸賞

『自分の弱さを自覚する者の祈り』
【Ⅱサムエル7:18 ダビデ王は行って【主】の前に座し、そして言った。「神、主よ。私がいったい何者であり、私の家が何であるからというので、あなたはここまで私を導いてくださったのですか。7:19 神、主よ。この私はあなたの御目には取るに足りない者でしたのに、あなたは、このしもべの家にも、はるか先のことまで告げてくださいました。神、主よ。これが人の定めでしょうか。」】

①ダビデは、主の素晴らしい約束に対して、
「自分のような者がそのような祝福を受ける価値がない」と正直に祈りました。
彼は自分の罪や至らなさを十分知っていたので、
そのような言葉を主にお語りしたのです。

ダビデは主の憐みを知り、自分の弱さを知っていました。
それは彼が、サウル王に命を狙われ、
ヘブロンでユダの王になった後も、
弱い立場の中で苦しんだ経験があったからです。

順調に上手くいった人は、
自分の弱さを見ずに仕事を成し遂げられますが、
徹底的に苦しんだ人は、
自分弱さを体験してもなお、
主は憐れみをもって助けて下さることを学ぶのです。

あなたは、「自分の弱さ」を体験していますか。
それは主の助けと祝福を受ける「土台」となるのです。





『闇の中での光の真価』
【ユダ1:17 愛する人々よ。私たちの主イエス・キリストの使徒たちが、前もって語ったことばを思い起こしてください。1:18 彼らはあなたがたにこう言いました。「終わりの時には、自分の不敬虔な欲望のままにふるまう、あざける者どもが現れる。」1:19 この人たちは、御霊を持たず、分裂を起こし、生まれつきのままの人間です。1:20 しかし、愛する人々よ。あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、聖霊によって祈り、1:21 神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。】

①イエス様が再臨される直前には、
「不敬虔や欲望」を重視する者たちが現われることが書かれています。
その時代には「当たり前」のように人をごまかし、
自分自身さえごまかしながら生きていく人が増えるのです。
そんな時代は必ずやってきますが、
しかしだからこそ、
そのような中で「聖霊に祈り」
キリストの愛の中で「聖い生き方」をする者たちを、
主は用いられるのです。

闇が深くなればなるほど、
光の中で生きる者の真価が問われるのです。





20180430


by Happiness-eachday | 2018-04-30 05:47 | 2018年 | Trackback

4月29日Ⅱサムエル4-6章 マルコ16章

懸賞 2018年 04月 29日 懸賞

『真心から主を賛美する心』
【Ⅱサムエル6:20 ダビデが自分の家族を祝福するために戻ると、サウルの娘ミカルがダビデを迎えに出て来て言った。「イスラエルの王は、きょう、ほんとうに威厳がございましたね。ごろつきが恥ずかしげもなく裸になるように、きょう、あなたは自分の家来のはしための目の前で裸におなりになって。」6:21 ダビデはミカルに言った。「あなたの父よりも、その全家よりも、むしろ私を選んで【主】の民イスラエルの君主に任じられた【主】の前なのだ。私はその【主】の前で喜び踊るのだ。」】

①ダビデは、神の箱がエルサレムに入った時、力の限り踊りました。
人はそれを見て、さげすんだとしても、
ダビデは主の前で心から喜んだのです。

ダビデは、主を愛していたので、人の目は小さなものだったのです。
主を愛する人は、体裁も体面も越えて、主を賛美する人となるのです。




『イエス様への愛情によって』
【マルコ16:1 さて、安息日が終わったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとは、イエスに油を塗りに行こうと思い、香料を買った。16:2 そして、週の初めの日の早朝、日が上ったとき、墓に着いた。16:3 彼女たちは、「墓の入口からあの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか」とみなで話し合っていた。16:4 ところが、目を上げて見ると、あれほど大きな石だったのに、その石がすでにころがしてあった。】

①マグダナのマリヤと数人の女性たちは、
イエス様を心から愛していたので、
安息日が終わり明るくなるとすぐに、
イエス様のお墓に向かいました。
それは、愛情からくる衝動によって突き動かされた行為だったのです。

しかし結果として墓の石は動かされていたのです。

「理屈」によって道を歩む時ができない時があります。
その時は「イエス様への愛情」によって歩む時に、
道が開かれるのです。





20180429


by Happiness-eachday | 2018-04-29 05:45 | 2018年 | Trackback

4月28日Ⅱサムエル1-3章 マルコ15:21-47

懸賞 2018年 04月 28日 懸賞

『ダビデの姿勢』
【Ⅱサムエル1:17 ダビデは、サウルのため、その子ヨナタンのために、この哀歌を作り、
1:19 「イスラエルの誉れは、おまえの高き所で殺された。ああ、勇士たちは倒れた。
1:23 サウルもヨナタンも、愛される、りっぱな人だった。生きているときにも、死ぬときにも離れることなく、鷲よりも速く、雄獅子よりも強かった。・・・】

①ダビデは、サウル王に何度も殺されかけましたが、
サウル王とヨナタンが亡くなった時、
ダビデは哀歌を歌い、彼らをしのびました。
憎しみを憎しみで返さない、ダビデの姿がここにあるのです。



『イエス様を愛する女性たち』
【マルコ15:39 イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「この方はまことに神の子であった」と言った。15:40 また、遠くのほうから見ていた女たちもいた。その中にマグダラのマリヤと、小ヤコブとヨセの母マリヤと、またサロメもいた。15:41 イエスがガリラヤにおられたとき、いつもつき従って仕えていた女たちである。このほかにも、イエスといっしょにエルサレムに上って来た女たちがたくさんいた。】

①イエス様に愛され、イエス様を愛していた女性たちは、
イエス様の十字架を遠くのほうでじっと見ていました。
彼らはイエス様を愛していたので、
イエス様から離れることができなかったのです。

イエス様を愛する人は、イエス様のすぐ近くにいるのです。
そしてそのようにイエス様を愛する人が、
イエス様の喜ばれることをし、
用いられていくのです。





20180428


by Happiness-eachday | 2018-04-28 22:00 | 2018年 | Trackback

4月27日Ⅰサムエル29-31章 マルコ15:21-47

懸賞 2018年 04月 27日 懸賞

『主に与えられる新しい力』
【Ⅰサムエル30:8 ダビデは【主】に伺って言った。「あの略奪隊を追うべきでしょうか。追いつけるでしょうか。」するとお答えになった。「追え。必ず追いつくことができる。必ず救い出すことができる。」30:9 そこでダビデは六百人の部下とともに出て行き、ベソル川まで来た。残された者は、そこにとどまった。】

①ダビデは、主の助けによって、絶体絶命の危機を乗り越えることができました。
しかし家族の待つツィケラグに戻ると、
アマレク人によってすべてが略奪された後でした。
仲間たちは混乱しましたが、ダビデは主に祈りました。
すると主は「必ず救い出すことができる」と言われました。
そして事実、家族と奪われたものを、取り返すことができたのです。

人間は、疲れの限界を超えると否定的になります。
しかし主に祈る者は、「新しい知恵と力」を頂くことができるのです。




『イエス様の受けられた仕打ち』
【マルコ 15:16 兵士たちはイエスを、邸宅、すなわち総督官邸の中に連れて行き、全部隊を呼び集めた。15:17 そしてイエスに紫の衣を着せ、いばらの冠を編んでかぶらせ、15:18 それから、「ユダヤ人の王さま。ばんざい」と叫んであいさつをし始めた。15:19 また、葦の棒でイエスの頭をたたいたり、つばきをかけたり、ひざまずいて拝んだりしていた。15:20彼らはイエスを嘲弄したあげく、その紫の衣を脱がせて、もとの着物をイエスに着せた。それから、イエスを十字架につけるために連れ出した。】

①イエス様は、祭司長たちの扇動によって「十字架刑」に処されてしまいました。
そして兵士たちによって、殴られ、馬鹿にされました。
本来このような仕打ちは、
王の王であり、この世界を造られたお方に対して、
「あってはならないこと」です。

しかしイエス様は、この信じられない行為を、
受け止め、しのばれたたのです。
イエス様は、このような犠牲をしのばれるほど、
「あなたのことを愛して」おられるのです。




20180427


by Happiness-eachday | 2018-04-27 05:55 | Trackback

4月26日Ⅰサムエル26-28章 マルコ14:53-72

懸賞 2018年 04月 26日 懸賞

『主の正しい裁きに委ねる』
【Ⅰサムエル26:8 アビシャイはダビデに言った。「神はきょう、あなたの敵をあなたの手に渡されました。どうぞ私に、あの槍で彼を一気に地に刺し殺させてください。二度することはいりません。」26:9 しかしダビデはアビシャイに言った。「殺してはならない。【主】に油そそがれた方に手を下して、だれが無罪でおられよう。」26:10 ダビデは言った。「【主】は生きておられる。【主】は、必ず彼を打たれる。彼はその生涯の終わりに死ぬか、戦いに下ったときに滅ぼされるかだ。26:11 私が、【主】に油そそがれた方に手を下すなど、【主】の前に絶対にできないことだ。さあ、今は、あの枕もとにある槍と水差しとを取って行くことにしよう。」】

①ダビデは、何度もサウル王から殺されそうになりました。
しかし、彼は自分で裁きを行おうとは思いませんでした。
彼は主を信頼し、「主の正しい裁き」に自分の人生をゆだねていたのです。



『ペテロの醜態とイエス様の心』
【マルコ14:70 しかし、ペテロは再び打ち消した。しばらくすると、そばに立っていたその人たちが、またペテロに言った。「確かに、あなたはあの仲間だ。ガリラヤ人なのだから。」14:71 しかし、彼はのろいをかけて誓い始め、「私は、あなたがたの話しているその人を知りません」と言った。14:72 するとすぐに、鶏が、二度目に鳴いた。そこでペテロは、「鶏が二度鳴く前に、あなたは、わたしを知らないと三度言います」というイエスのおことばを思い出した。それに思い当たったとき、彼は泣き出した。】

①ペテロは、イエス様が裁判を受け、ひどい扱いを受けている時、
議会の庭で「おまえはイエスの仲間だ」と言われました。
ペテロは混乱し、恐怖のあまり、
「私は知らない」と三度も言ってしまったのです。
それはペテロが「絶対にしない」と否定した言葉でした。

人は仕方がないというかもしれませんが、
ペテロ自身は「自分自身を赦せない」ほどの行為だったのです。

イエス様は、そんなペテロを赦されたお方です。
イエス様の愛を知りましょう。
それを知って初めて、
「自分の弱さ」を「正直に認めること」ができるのです。




20180426


by Happiness-eachday | 2018-04-26 05:49 | 2018年 | Trackback

4月25日Ⅰサムエル23-25章 マルコ14:27-52

懸賞 2018年 04月 25日 懸賞

『ダビデの生き方』
【Ⅰサムエル24:4 ダビデの部下はダビデに言った。「今こそ、【主】があなたに、『見よ。わたしはあなたの敵をあなたの手に渡す。彼をあなたのよいと思うようにせよ』と言われた、その時です。」そこでダビデは立ち上がり、サウルの上着のすそを、こっそり切り取った。24:5 こうして後、ダビデは、サウルの上着のすそを切り取ったことについて心を痛めた。24:6 彼は部下に言った。「私が、主に逆らって、【主】に油そそがれた方、私の主君に対して、そのようなことをして、手を下すなど、【主】の前に絶対にできないことだ。彼は【主】に油そそがれた方だから。」】

①ダビデは、自分がサウル王から殺されそうであっても、
サウル王に手をかけることはしませんでした。
そのことが「主が悲しまれること」だと知っていたからです。

ダビデは自分が損をしても、自分の身が危うくなっても、
「主が喜ぶことを選び」、
「悲しむことを避けて」生きたのです。



『本当の自分の姿』
【マルコ14:30 イエスは彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたは、きょう、今夜、鶏が二度鳴く前に、わたしを知らないと三度言います。」14:31 ペテロは力を込めて言い張った。「たとい、ごいっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません。」みなの者もそう言った。】

①ペテロをはじめ、弟子たちはすべて、
自分たちは「イエス様を裏切らない」と信じていました。
しかし実際に殺される恐怖を感じた時、
皆バラバラに逃げてしまったのです。

人間は、限界を超えた時の「自分の本音」を知らずに生きていることがあります。
しかしそれを知った者は、
「自分が罪人」であり、
イエス様とつながらないと「どうしようもない存在」である
と気が付くのです。

その時初めて、
ぶどうの木に、枝がつながるように、
私たちはイエス様につながるようになります。
そのような人は、イエス様のご性質に、身も心も「変えられていく」のです。






20180425


by Happiness-eachday | 2018-04-25 05:10 | 2018年 | Trackback

4月24日Ⅰサムエル20-22章 マルコ14:1-26

懸賞 2018年 04月 24日 懸賞

『ヨナタンの友情』
【Ⅰサムエル20:6 もし、父上が私のことをとがめられたら、おっしゃってください。『ダビデは自分の町ベツレヘムへ急いで行きたいと、しきりに頼みました。あそこで彼の氏族全体のために、年ごとのいけにえをささげることになっているからです』と。20:7 もし、父上が『よし』とおっしゃれば、このしもべは安全です。もし、激しくお怒りになれば、私に害を加える決心をしておられると思ってください。」
20:9 ヨナタンは言った。「絶対にそんなことはありません。父があなたに害を加える決心をしていることが確かにわかったら、あなたに知らせないでおくはずはありません。」
20:17 ヨナタンは、もう一度ダビデに誓った。ヨナタンは自分を愛するほどに、ダビデを愛していたからである。】

①ヨナタンは、サウル王の息子でしたが、
ダビデを信頼し、大切にしていました。
そして自分の立場が悪くなったとしても、
ダビデが助かるように、努めたのです。

ヨナタンの友情は、友情の模範です。
友を愛する愛は、尊いものなのです。




『イエス様の愛』
【マルコ14:21 確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。しかし、人の子を裏切るような人間はわざわいです。そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。」14:22 それから、みなが食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、彼らに与えて言われた。「取りなさい。これはわたしのからだです。」14:23 また、杯を取り、感謝をささげて後、彼らに与えられた。彼らはみなその杯から飲んだ。14:24 イエスは彼らに言われた。「これはわたしの契約の血です。多くの人のために流されるものです。」】

①イエス様は、最後の晩餐で、すべての弟子にパンとブドウ酒を与えました。
のことは、イエス様がすべての人類のために、
ご自分の身を犠牲にされたことを現しています。
そしてこの中には、ユダがいたことは、驚くべきことなのです。

イエス様は、ユダをも愛しておられたのです。
イエス様の愛はそのような愛なのです。






20180424


by Happiness-eachday | 2018-04-24 05:53 | 2018年 | Trackback

4月23日Ⅰサムエル18-19章 マルコ13章

懸賞 2018年 04月 23日 懸賞

『試練と同時に脱出の道』
【Ⅰサムエル19:1 サウルは、ダビデを殺すことを、息子ヨナタンや家来の全部に告げた。しかし、サウルの子ヨナタンはダビデを非常に愛していた。19:2 それでヨナタンはダビデに告げて言った。「私の父サウルは、あなたを殺そうとしています。それで、あしたの朝は、注意して、隠れ場にとどまり、身を隠していてください。19:3 私はあなたのいる野原に出て行って、父のそばに立ち、あなたのことについて父に話しましょう。何かわかったら、あなたに知らせましょう。」】

①ダビデは、サウル王の嫉妬によって殺されそうになりました。
しかしサウル王の息子、ヨナタンが彼を助け、援助したのです。
神様は、私たちの試練の中で、助けと脱出の道を備えておられます。
それを体験できるのが、クリスチャンの恵みなのです。

私たちの神様は、生きておられます。
私たちのことを考え、私たちを助けようとされている神様なのです。



『再臨のしるし』
【マルコ13:28 いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。13:29 そのように、これらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。13:30 まことに、あなたがたに告げます。これらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません。13:31 この天地は滅びます。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。】

①イエス様は、イエス様がもう一度やってくる「再臨の時」のことを話されました。
再臨前には、様々な「しるし」が起こると言われました。
私たちは、目を覚まして、これらの時の「しるし」を見る必要があります。
そのために、祈り、備えるのです。




20180423


by Happiness-eachday | 2018-04-23 05:35 | Trackback

4月22日Ⅰサムエル16-17章 マルコ12:18-44

懸賞 2018年 04月 22日 懸賞

『心を見ておられる神様』
【Ⅰサムエル16:6 彼らが来たとき、サムエルはエリアブを見て、「確かに、【主】の前で油をそそがれる者だ」と思った。16:7 しかし【主】はサムエルに仰せられた。「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、【主】は心を見る。」】

①主は、神に反逆したサウル王の代わりに、次の王としての人物を立てました。
その人物を主は「心」で選んだのです。
その人物が、ダビデでした。

彼は若く、まだ経験はわずかでしたが
、主はダビデの心(信仰)を通じて、
ダビデの子孫に、救い主イエス様を誕生させるほど、
ダビデを祝福したのです。

私たちも、人間の世では見栄えも大切ですが、
神様との関係では「心」が一番重視されることを覚えるべきなのです。




『心を見ておられるイエス様』
【マルコ12:42 そこへひとりの貧しいやもめが来て、レプタ銅貨を二つ投げ入れた。それは一コドラントに当たる。12:43すると、イエスは弟子たちを呼び寄せて、こう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりもたくさん投げ入れました。12:44 みなは、あり余る中から投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、あるだけを全部、生活費の全部を投げ入れたからです。」】

①今日の新約の箇所は、旧約と同じテーマです。
イエス様は、貧しいやもめが精一杯捧げた心を、
しっかりと正しく受け止めておられたのです。

人は、目に見える大きさや価値で判断します。
しかし私たちのイエス様は、
すべてを平等に正しく、見て下さっているのです。





20180422


by Happiness-eachday | 2018-04-22 05:52 | 2018年 | Trackback

4月21日Ⅰサムエル14-15章 マルコ11:27-12:17

懸賞 2018年 04月 21日 懸賞

『ごまかしの危険』
【Ⅰサムエル15:13 サムエルがサウルのところに行くと、サウルは彼に言った。「【主】の祝福がありますように。私は【主】のことばを守りました。」15:14 しかしサムエルは言った。「では、私の耳に入るあの羊の声、私に聞こえる牛の声は、いったい何ですか。」15:15 サウルは答えた。「アマレク人のところから連れて来ました。民は羊と牛の最も良いものを惜しんだのです。あなたの神、【主】に、いけにえをささげるためです。そのほかの物は聖絶しました。」
15:22 するとサムエルは言った。「主は【主】の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。15:23 まことに、そむくことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪だ。あなたが【主】のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた。」】

①サウル王は、主から言われたことを、自分に都合よくごまかしました。
しかし嘘は嘘であり、反逆は反逆なのです。
ごまかすことを止めましょう。
正直に主に告白することから、すべての良い導きは与えられるのです。


『主の計画のすばらしさ』
【マルコ12:10 あなたがたは、次の聖書のことばを読んだことがないのですか。『家を建てる者たちの見捨てた石、それが礎の石になった。12:11 これは主のなさったことだ。私たちの目には、不思議なことである。』】

①イエス様は、見捨てられたように見えましたが、
(十字架で命を捨てられましたが)、
しかし新しい神の民の土台の石となられたのです。

主の計画は、人の目には隠されていることがあります。
しかしいつかは明らかになり、その素晴らしさが見えてくるのです。




20180421


by Happiness-eachday | 2018-04-21 05:28 | 2018年 | Trackback