人気ブログランキング |

<   2016年 10月 ( 31 )   > この月の画像一覧

懸賞 懸賞

10月31日ルカ19-21章『イエス様は全てを知っておられる』

懸賞 2016年 10月 31日 懸賞

『イエス様は全てを知っておられる』

【21:1 さてイエスが、目を上げてご覧になると、金持ちたちが献金箱に献金を投げ入れていた。21:2 また、ある貧しいやもめが、そこにレプタ銅貨二つを投げ入れているのをご覧になった。21:3 それでイエスは言われた。「わたしは真実をあなたがたに告げます。この貧しいやもめは、どの人よりもたくさん投げ入れました。21:4 みなは、あり余る中から献金を投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、持っていた生活費の全部を投げ入れたからです。」】

①イエス様は、「私たちの心」を見ておられます。
目に見えるものが、他と比較して「小さくても」、
真心からしていることを、主は「認めて下さる」のです。

②人は「取るに足りない」と思うかもしれません。
しかし人が見ておるところは「一部」です。

そしてイエス様は「あなたがアピールしなくても」
すべて分かって下さるのです。

その上で「正しい評価」をして下さるのです。

「人の評価」と「主の評価」は違います。
あなたが最善のことをしているならば、
「人の評価」に恐れる必要はないのです。

「主がすべてを知っておられる」このことが、
私たちの「確信」であり、「平安の源」なのです。YccFuji









20161031

by Happiness-eachday | 2016-10-31 05:49 | 2016年10-12月 | Trackback

10月30日ルカ16-18章『恥もプライドも乗り越えて、求める』

懸賞 2016年 10月 30日 懸賞

『恥もプライドも乗り越えて、求める』

【18:35 イエスがエリコに近づかれたころ、ある盲人が、道ばたにすわり、物ごいをしていた。18:36 群衆が通って行くのを耳にして、これはいったい何事ですか、と尋ねた。18:37 ナザレのイエスがお通りになるのだ、と知らせると、18:38 彼は大声で、「ダビデの子のイエスさま。私をあわれんでください」と言った。18:39 彼を黙らせようとして、先頭にいた人々がたしなめたが、盲人は、ますます「ダビデの子よ。私をあわれんでください」と叫び立てた。18:40 イエスは立ち止まって、彼をそばに連れて来るように言いつけられた。18:41 彼が近寄って来たので、「わたしに何をしてほしいのか」と尋ねられると、彼は、「主よ。目が見えるようになることです」と言った。18:42 イエスが彼に、「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを直したのです」と言われた。】

①盲人は、イエス様が近くを通られることを聞くと
「声の限り」イエス様を叫び求めました。

人々が黙らせようとしても「ますます」イエス様を求めたのです。

②イエス様が彼に目をとめ「何をしてほしいのか」と言われると
「主よ、目が見えるようになることです」と答えたのです。

イエス様は「その信仰に応えて」
「見えるようになれ」と命じて下さったのです。
(その結果、盲人は癒されました)

③「求めるものは答えられる」ことをこの場所でも知ることが出来ます。
イエス様は「信仰をもって」「求めるものの声」を聞いて下さるお方です。

・・・あなたはイエス様を求めていますか。
この盲人のように求めていますか。

「イエス様以外に助けてくれる方はいない」と本当に分かった人は
このように「すべて」を乗り越えるのです。

その信仰によって、
「恥も」「プライドも」「妨害も」乗り越えることが出来るのです。

イエス様は、「私たちの信仰」を、
いつも見ておられるのです。YccFuji








20161030

by Happiness-eachday | 2016-10-30 05:40 | 2016年10-12月 | Trackback

10月29日ルカ13-15章『イエス様のこころ』

懸賞 2016年 10月 29日 懸賞

『イエス様のこころ』

【13:33 だが、わたしは、きょうもあすも次の日も進んで行かなければなりません。なぜなら、預言者がエルサレム以外の所で死ぬことはありえないからです。』13:34 ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者、わたしは、めんどりがひなを翼の下にかばうように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。・・・】

①イエス様は、ヘロデから遣わされ、
イエス様を追い出そうとした宗教指導者に、
上記のように語られました。

そしてここでイエス様のお気持ちを吐露されたのです。

②「めんどりがひなをかばうように」、
主は何度も何度も、人々を招きました。
しかし人々はそれを無視し続けたのです。

②イエス様はルカ9章58節で
「人の子には枕するところもない」とも言われました。

そのようなお気持ちになられながらも、
イエス様は「私たちを愛し、招き続け」、
最後の十字架の死にまで従って下さったのです。

・・・理屈ではイエス様についていくことはできません。
正義感でも難しいでしょう。

イエス様の十字架のそばについていった女性たちのように
「イエス様のお気持ち」を知って、
「主を慕い求める心」で
私たちは「イエス様に最後までついていくこと」が出来るのです。

聖書と祈りを通じて
「イエス様のこころ」を知りましょう。

それは求める中で、
聖霊によって教えられる「大きな恵み」なのです。YccFuji







20161029

by Happiness-eachday | 2016-10-29 04:53 | 2016年10-12月 | Trackback

10月28日ルカ10-12章『求めたら、与えられる純粋な信仰』

懸賞 2016年 10月 28日 懸賞

『求めたら、与えられる純粋な信仰』

【11:8 あなたがたに言いますが、彼は友だちだからということで起きて何かを与えることはしないにしても、あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要な物を与えるでしょう。11:9 わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。11:10 だれであっても、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。・・・】

①イエス様は弟子たちに「求め続けるように」と言われました。
真夜中に友人にしつこくパンを頼むなら、
その友人は(友人としてではなく)
「頼み続けるので」願いをかなえると、
イエス様は言われたのです。

②天の父は「求める者に与えるお方」だと、
それも「最も良いもの(聖霊の援助)」を与えるお方であると
イエス様は断言されました(11:13)。

③イエス様はうそをつくお方ではありません。
これは「本当のこと」です。
そしてこのことを「本気で信じて」「実行するように」
イエス様はおっしゃいました。

・・・あなたは天の父に「求めたら」「与えられる」と本気で信じていますか。
まず純粋に本気で「信じて」「実行して」みましょう。

その後、あなたが聖霊にふれられ「祈りがきよめられるか」どうかは、
次のステップなのです。

まず本気で「かなえて頂ける」と信じなければ「次がない」のです。

自分なりの解釈を入れず
「純粋に信じ」「求める(行動する)」ことを、
実験してみましょう。

必ず、「主の答え」が返ってきます。
それを確認できるのは、「あなた自身」なのです。YccFuji







20161028

by Happiness-eachday | 2016-10-28 05:17 | 2016年10-12月 | Trackback

10月27日ルカ7-9章『純粋な信仰の力』

懸賞 2016年 10月 27日 懸賞

『純粋な信仰の力』

【8:43 ときに、十二年の間長血をわずらった女がいた。だれにも直してもらえなかったこの女は、8:44 イエスのうしろに近寄って、イエスの着物のふさにさわった。すると、たちどころに出血が止まった。
8:46 しかし、イエスは、「だれかが、わたしにさわったのです。わたしから力が出て行くのを感じたのだから」と言われた。8:47 女は、隠しきれないと知って、震えながら進み出て、御前にひれ伏し、すべての民の前で、イエスにさわったわけと、たちどころにいやされた次第とを話した。8:48 そこで、イエスは彼女に言われた。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して行きなさい。」】

①婦人病にかかっていたこの女性は
「イエス様に触れば癒される」という信仰を持っていました。
そこで群衆をかき分けイエス様に触れたのです。

この時イエス様は、他の場所に向かう途中でしたが
「イエス様から力が流れ」この女性は癒されました。

②あなたはイエス様がどのようなお方だと信じていますか?
あなたの今の問題を解決することが出来るお方だと知っていますか?

もし本当に知っているならば、
「イエス様を切実に求める」はずです。

そしてそのように求めるならば、
「イエス様から力が流れる」のです。

・・・「純粋な信仰」を持ちましょう。
この信仰で求めるならば「奇跡が起きる」のです。

イエス様も「あなたの信仰があなたを直した」と言っておられます。
純粋な信仰によって、主が御手を動かして下さるのです。YccFuji







20161027

by Happiness-eachday | 2016-10-27 20:05 | 2016年10-12月 | Trackback

10月26日ルカ4-6章『祈って大事なことを決めた、イエス様』

懸賞 2016年 10月 26日 懸賞

『祈って大事なことを決めた、イエス様』

【6:12 このころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈りながら夜を明かされた。6:13 夜明けになって、弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び、彼らに使徒という名をつけられた。6:14 すなわち、ペテロという名をいただいたシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとバルトロマイ、6:15 マタイとトマス、アルパヨの子ヤコブと熱心党員と呼ばれるシモン、6:16 ヤコブの子ユダとイエスを裏切ったイスカリオテ・ユダである。】

①イエス様は、山で一晩祈られ、天の父との交わりの中、重要な決定を行いました。
それは「12弟子の選定」です。
イエス様でも、重要なことは「父なる神と相談して」決められたのです。

②私たちも、重要なことは「主の前で十分祈って」決めることは大切です。
あらゆる可能性を考えつつ、父なる神に報告し、
その中で最善のことが起こるように祈り、考え、助けを求めるのです。

そのような中で、「ゆだねて」進む時に、
主の導きの中を歩むことができるのです。

③イエス様が選んだ中には、イスカリオテのユダも含まれていました。
ユダはイエス様を裏切った人物です。

祈って決めたとしても、神様の計画として「問題の種」が入っていることもあるのです。
しかし絶えず祈り、主に確認をしていく中で、
「方向性を調整」しつつ、最善を歩むことが出来るのです。

ユダは裏切りましたが、そのことを通じて、
イエス様は「父なる神の御心」を歩み切ったのです。

・・・祈りを大切にしましょう。
そして祈った後は「すべて主の御手の中」と受け入れ、
その中で「最善のこと」を選択していきましょう。

イエス様の真似をすれば、
私たちも「神様の計画の中」を歩めるのです。

ただし自分の力で出来るとは思ってはいけません。
一瞬一瞬、イエス様に「助けを求め続ける」祈りが大切なのです。YccFuji





20161026

by Happiness-eachday | 2016-10-26 04:52 | 2016年10-12月 | Trackback

10月25日ルカ1-3章『求める心の強さ』

懸賞 2016年 10月 25日 懸賞

『求める心の強さ』

【2:15 御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。「さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。」2:16 そして急いで行って、マリヤとヨセフと、飼葉おけに寝ておられるみどりごとを捜し当てた。2:17 それを見たとき、羊飼いたちは、この幼子について告げられたことを知らせた。・・・2:20 羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。】

①羊飼いたちは、救い主の誕生を天使から聞いた時、
「この出来事を見てこよう」と言って、ベツレヘムの町に探しに行きました。
そしてイエス様を見つけ、賛美しながら帰って行ったのです。

②神様からの約束を知らされた時、
それを見ようと考える「聖なる好奇心」を持つことは、大切です。

「求める気持ち」を持たなければ、
「行動を起こす」ことはできません。
そして行動を起こさなければ、
「主の祝福を体験」できないのです.
(神様の恵みを自分の事として証できないのです)

③あなたは「主の祝福の約束」を受け取りたいですか?
「願いを強く求めましょう」
求めれば求めるほど、
「妨害や試練」を乗り越えて、
「祝福の場所」まで行くことが出来るのです。

求める心が強い程、確実に祝福を受け取れるのです。YccFuji






20161025

by Happiness-eachday | 2016-10-25 05:38 | 2016年10-12月 | Trackback

10月24日マルコ13-16章『私の罪と、イエス様の赦し』

懸賞 2016年 10月 24日 懸賞

『私の罪と、イエス様の赦し』

【15:11 しかし、祭司長たちは群衆を扇動して、むしろバラバを釈放してもらいたいと言わせた。15:12 そこで、ピラトはもう一度答えて、「ではいったい、あなたがたがユダヤ人の王と呼んでいるあの人を、私にどうせよというのか」と言った。15:13 すると彼らはまたも「十字架につけろ」と叫んだ。15:14 だが、ピラトは彼らに、「あの人がどんな悪い事をしたというのか」と言った。しかし、彼らはますます激しく「十字架につけろ」と叫んだ。・・・】

①総督ピラトはイエス様の裁判で、イエス様を釈放しようとしました。
イエス様が妬みから裁判を受けさせられていることに気が付いたからです。

しかし宗教指導者たちは、民を扇動して、
「イエス様を十字架につけろ」と言わせたのです。
そしてその声が勝ったのです。

②イエス様を十字架につけたのは、
「宗教指導者」の妬みと、「民」の罪です。
批判にあおられて、「十字架につける」と言ってしまった
「民の愚かさ」なのです。

もしあなたが「その場所にいた」ならば、
「反対できた」でしょうか。
自分の死を覚悟して「イエス様をかばうこと」ができたでしょうか。

私たちは多分「イエス様を知らないと言ったペテロ」のように
逃げてしまう可能性が高いのです。

③イエス様は、ペテロを赦され、私たちの罪を赦して下さいました。
後にペテロが「命をかけて赦して下さった」「イエス様の愛」を知って「変えられた」ように、
私たちも変えられるのです。

「自分ことしか考えられない」「愛のない」「みじめな私」が、
「イエス様に赦されていること」を知って、
「変えられる」のです。

私たちは「罪人」です。
イエス様の基準を見る時にはっきりとします。

しかし「罪」が深い分だけ、「赦しの愛」は更に深いのです。YccFuji









20161023

by Happiness-eachday | 2016-10-24 05:08 | 2016年10-12月 | Trackback

10月23日マルコ10-12章『どれだけイエス様に、あなたは求めているのか』

懸賞 2016年 10月 23日 懸賞

『どれだけイエス様に、あなたは求めているのか』

【10:49 すると、イエスは立ち止まって、「あの人を呼んで来なさい」と言われた。そこで、彼らはその盲人を呼び、「心配しないでよい。さあ、立ちなさい。あなたをお呼びになっている」と言った。10:50 すると、盲人は上着を脱ぎ捨て、すぐ立ち上がって、イエスのところに来た。10:51 そこでイエスは、さらにこう言われた。「わたしに何をしてほしいのか。」すると、盲人は言った。「先生。目が見えるようになることです。」10:52 するとイエスは、彼に言われた。「さあ、行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです。」】

①盲人バルテマイは、イエス様の声を聞くと
「上着を脱ぎ捨てて」イエス様の元に必死に近づいていきました。

彼は、盲人であり、
この苦しみから救い出して下さるお方は
「イエス様しかいない」を固く信じていたのです。

ですから、大事な上着(唯一の財産・夜具に使う)が落ちたとしても、
それ以上に「イエス様を求めた」のです。

イエス様は、必死な「その信仰を見て」、
「あなたの信仰があなたを救った」と、彼の目を癒して下さいました。

②あなたは問題を抱えていますか?
その問題は「自分の力で解決できるもの」でしょうか。

もし不可能であるなら、
「本気でイエス様を求める」しか方法がないことに気が付くのです。

・・・あなたは解決のために「イエス様にどれだけ」求めていますか?
本気で解決したいのなら、
本気で「解決者イエス様」に求めるはずです。

あなたの「求める程度」を冷静に分析しましょう。

「あなたの求める程度(信仰)」によって、
あなたは救われ、癒されるのです。

信仰の足りなさを感じたら「イエス様に助けて」頂きましょう(マルコ9:24)。
YccFuji








20161023

by Happiness-eachday | 2016-10-23 05:34 | 2016年10-12月 | Trackback

10月22日マルコ7-9章『信仰を増し加えて下さる、イエス様』

懸賞 2016年 10月 22日 懸賞

『信仰を増し加えて下さる、イエス様』

【9:22 (父親は言った)「この霊は、彼を滅ぼそうとして、何度も火の中や水の中に投げ込みました。ただ、もし、おできになるものなら、私たちをあわれんで、お助けください。」9:23 するとイエスは言われた。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」9:24 するとすぐに、その子の父は叫んで言った。「信じます。不信仰な私をお助けください。」・・・】

①息子を助けようとした父親は、
弟子たちがそれをできないのを見て、失望しました。

そこにイエス様が帰って来たので、
事情を説明し、イエス様にお願いをしたのです。

しかし父親は、弟子たちの失敗から、
信じ切ることが出来ず、
「もしおできになるならば」と言ったのです。

②イエス様は、すぐに「彼の不信仰」を指摘しました。
するとこの父親はすぐに「不信仰」を認め
「主に助けを」求めたのです。

その結果、「信仰」が与えられ、
彼の息子も解放されました。

③イエス様は、私たちの「信仰の不足」を指摘されることがあります。
その時は、「落ち込む」のではなく、
「信仰を求める」時です。

④上手くいかないことが続くと「信仰が弱まる」ことがあります。
また「信仰をあいまい」にして、良く分からなくなることもあるのです。

しかし信仰は「信じるか」「信じないか」の選択です。
あいまいではありません。

・・・自分の信仰の立場を「はっきり」しましょう。
「不信仰」に気づいたら「正直に認め」、
「主に助けを求める」のです。

聖書のパターンは、「信仰」の後に、奇跡が起きるのです。YccFuji








20161022

by Happiness-eachday | 2016-10-22 05:39 | 2016年10-12月 | Trackback