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7月31日イザヤ書22‐24章『幸せを受け取る秘訣』

懸賞 2015年 07月 31日 懸賞

『幸せを受け取る秘訣』

【24:14 彼らは、声を張り上げて喜び歌い、海の向こうから【主】の威光をたたえて叫ぶ。24:15 それゆえ、東の国々で【主】をあがめ、西の島々で、イスラエルの神、【主】の御名をあがめよ。24:16 私たちは、「正しい者に誉れあれ」という地の果てからのほめ歌を聞く。しかし、私は言った。「私はだめだ、私はだめだ。なんと私は不幸なことか。裏切る者は裏切り、裏切り者は、裏切り、裏切った。」・・・】

①イザヤは、
罪を犯し続けた国々の裁きを、【主】によって見せられ(24章)、
その凄まじさに恐怖しました。

②14-15節で
【主】を信じ救われた者たちの賛美を聞きましたが、
裁きの余りの厳しさのために、
喜ぶことができずにいたのです。

③主は、
私たちが、【主】に立ち返ることを待っておられます。
そしてそのために、多くの助けて導きをして下さいます。

「主の愛」は完ぺきで、
私たちを助け続けようとしておられるのです。

④しかし私たちが、「主の愛」を「無視し続けたら」どうなるでしょう。
【主】は私たちのその判断も「尊重される」のです。

冷たく感じるかもしれませんが、
これが「主の愛」なのです。

【主】は私たちを、
ロボットのようではなく、
自由意思をもった子供として造られたのです。

ですから、愛と助けの手を伸ばしつつも、
最後まで『自由意思』を尊重して下さっているのです。
(アダムとエバの時のように・・・)

・・・主の「大きな愛」を受け取りましょう。
そして言い訳をするのではなく、
自分の責任で「やるべきこと」をしていきましょう。

「主の愛」を受け取ることも、
「主の願い」に応えることも、
「あなたの責任」なのです。

この自由意思を、
「主に喜ばれる」ように活用することが大切です。

そして「喜び」と「主にある幸せ」を、
受け取っていきましょう。YccFuji








20150731

by Happiness-eachday | 2015-07-31 05:22 | 2015年7-9月 | Trackback

7月30日イザヤ19-21章『人が本質から変えられる時』

懸賞 2015年 07月 30日 懸賞

7月30日イザヤ19-21章『人が本質から変えられる時』

【19:19 その日、エジプトの国の真ん中に、【主】のために、一つの祭壇が建てられ、その国境のそばには、【主】のために一つの石の柱が立てられ、19:20 それがエジプトの国で、万軍の【主】のしるしとなり、あかしとなる。彼らがしいたげられて【主】に叫ぶとき、主は、彼らのために戦って彼らを救い出す救い主を送られる。19:21 そのようにして【主】はエジプト人にご自身を示し、その日、エジプト人は【主】を知り、いけにえとささげ物をもって仕え、【主】に誓願を立ててこれを果たす。19:22 【主】はエジプト人を打ち、打って彼らをいやされる。彼らが【主】に立ち返れば、彼らの願いを聞き入れ、彼らをいやされる。】

①エジプトは、【創造主】に反逆し続けたため、
裁きを受けると宣告されました(19章前半)。

そして事実、裁きを受け、
かつての最強の一等国が、
現在は力の無い国となってしまったのです。

②しかし世の終わりの時が近づくと、
エジプトをはじめ「世界的な救い」が起きることが預言されています。

③【創造主】は、この世界を造られたお方です。
そして「時も状況」も支配されています。
ですからこの方が本気で動き出したならば、
すべてのものが変えられるのです。

④人の心も同じです。
人の心は「陰険で直らない(エレミヤ17:9)」と書かれています。
あなたの心も含め、
あなたの周りの人たちも、「本質」は聖書が記している通りです。

しかし【主】(聖霊)が働き始めると、
あなたも変えられ、
周りの人々も変えられる時が来るのです。

・・・【主】の働き(導き)を受け取りましょう。

それは自分の力で進むよりはるかに力があるものです。
あなたは自分では変われません。

ただ【主】が触れて下さる時のみ、
本質から変えられるのです。YccFuji









20150730

by Happiness-eachday | 2015-07-30 05:21 | 2015年7-9月 | Trackback

7月29日イザヤ16-18章『心からのへりくだりのためには』

懸賞 2015年 07月 29日 懸賞

『心からのへりくだりのためには』

【16:6 われわれはモアブの高ぶりを聞いた。彼は実に高慢だ。その誇りと高ぶりとおごり、その自慢話は正しくない。16:7 それゆえ、モアブは、モアブ自身のために泣きわめく。みなが泣きわめく。あなたがたは打ちのめされて、キルハレセテの干しぶどうの菓子のために嘆く。
16:9 それゆえ、わたしはヤゼルのために、シブマのぶどうの木のために、涙を流して泣く。】

①創造主は私たちを造られ、導いてこられました。
しかし多くの国や人々は、
主の願いを無視して、反逆を繰り返したのです。

②主に従い続けている人々にとって、
主の前で「へりくだること」は難しくありません。

しかし主に反発し、無視し続けている人々は、
最後にはある一線を越えてしまうのです。

③主に反発し続けると、
主の言葉に対して
「いつもと同じように逆らう」ことになります。

その結果が、
ここに書かれている「モアブの裁き」なのです。

④あなたは創造主を信じていますか?
そうであれば、
理性では「主に従った方が良い」ことを知っているのです。

・・・イエス様の十字架の赦しがあることを感謝します。
なぜなら十字架の赦しがなく、
聖霊の助けがなくては、
「主に反逆する者」は「益々反逆する者」になるからです。
(救いようがありません)

しかし恵みの故に、
「主に反逆する者」も「へりくだる者」へと変えられるのです。

「十字架の赦しの愛と心」を受け取りましょう。

「へりくだり」は、
自分は今どこに立っているか(どれほど高慢なのか)に、
気付かされた時、
はじめて持つことができる感情なのです。YccFuji









20150729

by Happiness-eachday | 2015-07-29 05:02 | 2015年7-9月 | Trackback

7月28日イザヤ13-15章『祝福を受ける秘訣』

懸賞 2015年 07月 28日 懸賞

『祝福を受ける秘訣』

【14:1 まことに、【主】はヤコブをあわれみ、再びイスラエルを選び、彼らを自分たちの土地にいこわせる。在留異国人も彼らに連なり、ヤコブの家に加わる。・・・
14:24 万軍の【主】は誓って仰せられた。「必ず、わたしの考えたとおりに事は成り、わたしの計ったとおりに成就する。14:25 わたしはアッシリヤをわたしの国で打ち破り、わたしの山で踏みつける。アッシリヤのくびきは彼らの上から除かれ、その重荷は彼らの肩から除かれる。14:26 これが、全地に対して立てられたはかりごと、これが、万国に対して伸ばされた御手。14:27 万軍の【主】が立てられたことを、だれが破りえよう。御手が伸ばされた。だれがそれを戻しえよう。」】

①主は高慢になったバビロンやアッシリヤに対して、
滅びを宣告しました。(13・14章)

②しかし主に助けを求め、へりくだる神の民に対しては、
救いと回復の約束をされたのです(14:1-2)。

③私たちの信じるお方は、「創造主」です。
創造主とは、宇宙を造り、地球を造り、私たち一人一人を造られたお方です。
ですから「語られる言葉」に権威があり、
その「言葉通り」に物事が進んでいくのです。

創造主に立ち向かうことができる存在は、
「どこにも無い」のです。

④あなたは創造主の存在を認めますか?
認めるならば、あなたも、その方の言葉を尊重するようになるのです。

なぜなら、法律や交通ルールがあることを知る者は、
ルールを守れば、無駄な罰を受ける必要がありません。

主に従うならば、必ず「わざわいではなく」
「平安を与える計画」を受けるのです。

あなたも「主の祝福の恵み」を受け取れるのです。YccFuji









20150728

by Happiness-eachday | 2015-07-28 04:53 | 2015年7-9月 | Trackback

7月27日イザヤ10‐12章『創造主を尊重して生きる』

懸賞 2015年 07月 27日 懸賞

『創造主を尊重して生きる』

【10:12 主はシオンの山、エルサレムで、ご自分のすべてのわざを成し遂げられるとき、アッシリヤの王の高慢の実、その誇らしげな高ぶりを罰する。10:13 それは、彼がこう言ったからである。「私は自分の手の力でやった。私の知恵でやった。私は賢いからだ。私が、国々の民の境を除き、彼らのたくわえを奪い、全能者のように、住民をおとしめた。・・・」
10:15 斧は、それを使って切る人に向かって高ぶることができようか。のこぎりは、それをひく人に向かっておごることができようか。それは棒が、それを振り上げる人を動かし、杖が、木でない人を持ち上げるようなものではないか。】

①主はイザヤを通じて、強大な国アッシリヤの破滅を預言しました。
それは、アッシリヤは自分の力を誇り、
自分を神のように考え、高ぶったからです。

②人間は、短い期間であれば、
創造主を無視して愚かなことをし続けることはできます。
そしてひと時、愚かなことをし続けても、
繁栄しているように見える時があります。
しかしそれは短い期間だけのことなのです。

創造主を無視するのであれば、
最後には道を踏み外します。

③あなたは今、創造主を無視していませんか?
もし思い当たることがあれば、
すぐに祈りましょう。

創造主に「助けを求め」るならば、
憐れみ深い私たちの創造主は、
あなたを助け、赦し、
再び、祝福と回復の道を歩むことができるようになるのです(12章)。

なぜなら、あなたは創造主に造られた存在、
あなたの家族のそうなのです。

ですから・・・私たちは「創造主を尊重して」生きるように
造られているのです。YccFuji








20150727

by Happiness-eachday | 2015-07-27 05:04 | 2015年7-9月 | Trackback

7月26日イザヤ7-9章『主の計画の実現』

懸賞 2015年 07月 26日 懸賞

『主の計画の実現』

【9:1・・・異邦人のガリラヤは光栄を受けた。9:2 やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が照った。
9:6 ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。9:7 その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今より、とこしえまで。万軍の【主】の熱心がこれを成し遂げる。】

①イザヤは、イエス様がガリラヤから現れることを預言しました。
そしてイエス様の使命を明らかにしました。

②その中の一つの働きが「不思議な助言者
(英語ではwonderful counselor素晴らしいカウンセラー)」です。

イエス様は、私のことを聞いて下さり、
理解して下さり、
癒して下さる最高のカウンセラーなのです。

③そして力ある神であり、
平和の君(prince of peace平和の王子)なのです。

主は「平和」のお方なので、平和をつくり出されるのです。

④人間には限界があります。
しかし私たちのイエス様は
「万軍の主の熱心さ」をもって「主の計画を実現させるお方」なのです。

・・・主の存在の前に「ひざまず」きましょう。
「主の邪魔さえしなければ」平和は造り出されるのです。

私たちは主の願いを「受け取り」、
悪しきものを「へりくだらせ」、
主の願いに「応えるだけ」なのです。

後は「万軍の主の熱心さ」で主の計画は実現していくのです。YccFuji










20150726

by Happiness-eachday | 2015-07-26 05:24 | 2015年7-9月 | Trackback

7月25日イザヤ4-6章『主の願いに応えたいと思うとき』

懸賞 2015年 07月 25日 懸賞

『主の願いに応えたいと思うとき』

【6:1 ウジヤ王が死んだ年に、私は、高くあげられた王座に座しておられる主を見た。そのすそは神殿に満ち、6:2 セラフィムがその上に立っていた。
6:5 そこで、私は言った。「ああ。私は、もうだめだ。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる。しかも万軍の【主】である王を、この目で見たのだから。」6:6 すると、私のもとに、セラフィムのひとりが飛んで来たが、その手には、祭壇の上から火ばさみで取った燃えさかる炭があった。6:7 彼は、私の口に触れて言った。「見よ。これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの不義は取り去られ、あなたの罪も贖われた。」6:8 私は、「だれを遣わそう。だれが、われわれのために行くだろう」と言っておられる主の声を聞いたので、言った。「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」】

①イザヤは、ウジヤ王が死んだ年に召命を受けました。
召命とは、主の働きのために召し出されることです。

その時、イザヤは「自分は死ぬ」と思いました。
なぜならイザヤは、
汚れと罪を持っており、
聖い創造主に近づくと「打たれて死ぬ」と感じたのです。

しかし、いけにえの炭を当てられることによって、
「罪を赦された(これは十字架の赦しを象徴します)」と宣言され、
命が助かったのです。

②その後、「誰を遣わそうか」という主の声を聞いたとき、
「私が行きます」とイザヤは応えたのです。

③主への応答は、
「恵みへの応答」です。

主から信じられないような大きな恵みを受け、
その「感謝の心」によって、応答できるのです。

・・・あなたは、イエス様から「どのような大きな恵み」を受けていますか?

あなたの受けたものが「どれほど大きいか」を悟るときに、
あなたは「主への感謝」が湧き上がり、
「主の願いに応えよう」と考えるようのなるのです。YccFuji










20150725

by Happiness-eachday | 2015-07-25 05:24 | 2015年7-9月 | Trackback

7月24日イザヤ1-3章『主に喜ばれる信仰』

懸賞 2015年 07月 24日 懸賞

『主に喜ばれる信仰』

【1:12 あなたがたは、わたしに会いに出て来るが、だれが、わたしの庭を踏みつけよ、とあなたがたに求めたのか。1:13 もう、むなしいささげ物を携えて来るな。香の煙─それもわたしの忌みきらうもの。新月の祭りと安息日─会合の召集、不義と、きよめの集会、これにわたしは耐えられない。
1:16 洗え。身をきよめよ。わたしの前で、あなたがたの悪を取り除け。悪事を働くのをやめよ。1:17 善をなすことを習い、公正を求め、しいたげる者を正し、みなしごのために正しいさばきをなし、やもめのために弁護せよ。」1:18 「さあ、来たれ。論じ合おう」と【主】は仰せられる。「たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとい、紅のように赤くても、羊の毛のようになる。」】

①イザヤは、一見正しいように見えても、
創造主の願いとは相反する信仰に対して、
主からの強烈な批判を伝えました。

安息日やきよめの集会であっても、
「儀式的に(形だけで)」行い、
主の願いとは全く関係ないことが、起こり得るからです。

②「身をきよめよ」と主は語られます。
しかし私たちはどうしたらよいかが分からないのです。

③私たちに与えられた「唯一のカギ」は、
「来たれ論じ合おう」と主が語られていることです。

人間の努力ややり方では、主の聖さには届かないのです。
ただ「主にお聞きして、助けて頂くこと」だけが、私たちの「突破口」なのです。

主に祈り続ける中で
「罪を悟り」「悔い改め」「聖めが起こる」のです。

・・・あなたは毎日「主に祈って」いますか?
「主から教えられること」を願っていますか?

聖書信仰は、「明確な創造主との関係」の信仰です。

関係が深まれば、あなたの人生は変わり、
「聖め」が起こり、すべてが祝されていくのです。YccFuji










20150724

by Happiness-eachday | 2015-07-24 05:17 | 2015年7-9月 | Trackback

7月23日雅歌5-8章『深く強い、イエス様との愛の交わり』

懸賞 2015年 07月 23日 懸賞

『深く強い、イエス様との愛の交わり』

【5:10 私の愛する方は、輝いて、赤く、万人よりすぐれ、5:11 その頭は純金です。髪の毛はなつめやしの枝で、烏のように黒く、5:12 その目は、乳で洗われ、池のほとりで休み、水の流れのほとりにいる鳩のようです。5:13 その頬は、良いかおりを放つ香料の花壇のよう。くちびるは没薬の液をしたたらせるゆりの花。5:14 その腕は、タルシシュの宝石をはめ込んだ金の棒。からだは、サファイヤでおおった象牙の細工。5:15 その足は、純金の台座に据えられた大理石の柱。その姿はレバノンのよう。杉のようにすばらしい。5:16 そのことばは甘いぶどう酒。あの方のすべてがいとしい。エルサレムの娘たち。これが私の愛する方、これが私の連れ合いです。】

①雅歌は、昨日書いたように、
歌の中の歌、すなわち最上の歌と言うのが本来の意味です。
そして男女の愛を通じて、
キリストと教会の愛の関係について記しています。

②今日の箇所は、
花嫁が「花婿の素晴らしさ」を語っているところです。

このことは、
私たちが「イエス様の素晴らしさを」をどれ程、
感じているかにつながります。

③「私のイエス様」は、輝いており、
堂々としておられます。
頭は、純金のように気高いお方です。
頬の香りも、くちびるも、腕も、足も、すべてが素晴らしく、
私を愛で包んでくださっています。

私はこの方のものなのです(7:10)。

・・・あなたはこの男女の愛よりも深い
「イエス様との愛」を楽しんでいますか?

イエス様が「十字架で命を捨てて下さった、私への愛」は、
表現は男女の愛ですが、
7章に書かれている愛と同じなのです。

その愛を感じる程に
「あなたのイエス様への愛」は、
5:10-16のように深く強いものとなるのです。YccFuji








20150723

by Happiness-eachday | 2015-07-23 04:58 | 2015年7-9月 | Trackback

7月22日雅歌1-4章『イエス様をどこまで愛していますか?』

懸賞 2015年 07月 22日 懸賞

『イエス様をどこまで愛していますか?』

【2:3 私の愛する方が若者たちの間におられるのは、林の木の中のりんごの木のようです。私はその陰にすわりたいと切に望みました。その実は私の口に甘いのです。2:4 あの方は私を酒宴の席に伴われました。私の上に翻るあの方の旗じるしは愛でした。2:5 干しぶどうの菓子で私を力づけ、りんごで私を元気づけてください。私は愛に病んでいるのです。・・・】

①雅歌は、歌の中の歌、
すなわち最上の歌と言うのが本来の意味です。

そして男女の愛を通じて、
キリストと教会の愛の関係について記しているのです。

②この箇所は、
「花嫁が花婿の愛を求めている内容」です。

すなわち花嫁は、
「花婿のすぐ近く」にいたいと願い、
近くにいるならば「愛の旗(心)がはためく」のです。

愛を欲しすぎて「病んでいる」と感じる程、
心が相手を求めてしまうのです。

③これは私たちクリスチャンが、
「イエス様に対する心」と近い感情なのです。
(聖書からはそう読み解けます)

・・・あなたはイエス様を愛していますか?
誤解の無いように質問しますが
「あなたは狂おしいと思うほど」イエス様を愛していますか?
「イエス様の愛がないと死んでしまうと感じるほど」イエス様を愛していますか? 

イエス様が息を吸い込む「空気よりも大切」ですか? 

あなたの「イエス様への愛」が深まるほど、
あなたは「イエス様の願い」をしたいと考え、
「イエス様の喜ばれること」を選び取るようになるのです。YccFuji










20150722

by Happiness-eachday | 2015-07-22 05:00 | 2015年7-9月 | Trackback