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5月31日ヨブ記28-31章『ヨブの高慢』

懸賞 2014年 05月 31日 懸賞

『ヨブの高慢』

【29:1 ヨブはまた、自分の格言を取り上げて言った。29:2 ああ、できれば、私は、昔の月日のようであったらよいのに。神が私を守ってくださった日々のようであったらよいのに。・・・

30:9 それなのに、今や、私は彼らのあざけりの歌となり、その笑いぐさとなっている。30:10 彼らは私を忌みきらって、私から遠ざかり、私の顔に情け容赦もなくつばきを吐きかける。・・・

31:35私を確認してくださる方、全能者が私に答えてくださる。私を訴える者が書いた告訴状があれば、31:36 私はそれを肩に負い、冠のように、それをこの身に結びつけ、31:37 私の歩みの数をこの方に告げ、君主のようにして近づきたい。・・・】

①ヨブは、確かに神が正しいと認めるほどの人物でした(29章)
しかし彼の悲劇によって、人々は手のひらを返すように、見下すようになったのです(30章)。

このことは十分に同情されるべき内容です。

②しかしそうであっても(それほど正しい者でも)、
神の前に「君主のように近づきたい」は
「言ってはいけない言葉」です。

彼は自分の痛みと「正しいことをしてきた」という「自負心」の故に、
一線を越え「高慢」と言われても仕方がない「感情」へと入ってしまったのです。

・・・私たち人間は、残念ながら「罪人」です。
イエス様の赦し以外では、そこから抜け出すことができない存在なのです。

ヨブはこの後、悔い改めて後、癒しと二倍の祝福を頂きます。
しかしそのプロセスの前に、ヨブは「深いお取り扱い」を受けたことを私たちは学ぶのです。

神の大きな祝福の前に、この「深いお取り扱い」を受けることがあるのです。
これは痛いことですが、主は時に、そのようなことを許されるのです。YccFuji










20140531

by Happiness-eachday | 2014-05-31 00:45 | 2014年4-6月 | Trackback

5月30日ヨブ記24-27章『ヨブの本音の祈り』

懸賞 2014年 05月 30日 懸賞

『ヨブの本音の祈り』

【27:1 ヨブはまた、自分の格言を取り上げて言った。27:2 私の権利を取り去った神、私のたましいを苦しめた全能者をさして誓う。27:3 私の息が私のうちにあり、神の霊が私の鼻にあるかぎり、27:4 私のくちびるは不正を言わず、私の舌は決して欺きを告げない。27:5 あなたがたを義と認めることは、私には絶対にできない。私は息絶えるまで、自分の潔白を離さない。・・・】

①ヨブの友人たちの、ヨブへの言葉は、ヨブを苦しめるだけのものでした。
そして今まで(3人友人たちよりも)正しく生きようと努めていたヨブを、
納得させるものではなかったのです。

②ですからヨブは、自分は正しいと主張したのです。

③後の神の対応を見ても、3人友人たちは間違っていたことが分かります(42章)。
しかしこのような批判の苦しみの中で、
ヨブの心の中にある『隠れた思い』が明らかになっていったのです。

④ヨブほどの人でも「高慢(自己義)」の罪に陥ることがあります。
しかし神の赦しの業は、罪を明らかにさせてから、赦しと癒し(回復)が起きるのです。

その為には、まず「徹底的な本音の祈り」から始まります。

・・・あなたの心をすべて神様に訴えても、大丈夫です。
あなたの回復は、ヨブ同様「本音の祈り」から始まるのです。YccFuji








20140530

by Happiness-eachday | 2014-05-30 05:23 | 2014年4-6月 | Trackback

5月29日ヨブ記20-23章『祈りの中のうめき』

懸賞 2014年 05月 29日 懸賞

『祈りの中のうめき』

【23:1 ヨブは答えて言った。23:2 きょうもまた、私はそむく心でうめき、私の手は自分の嘆きのために重い。23:3 ああ、できれば、どこで神に会えるかを知り、その御座にまで行きたい。23:4 私は御前に訴えを並べたて、ことばの限り討論したい。23:5 私は神が答えることばを知り、私に言われることが何であるかを悟りたい。・・・
23:8 ああ、私が前へ進んでも、神はおられず、うしろに行っても、神を認めることができない。23:9 左に向かって行っても、私は神を見ず、右に向きを変えても、私は会うことができない。・・・】

①ヨブは、友人たちの責めの言葉を受けながら、主に祈り訴え続けました。
しかしヨブの最も苦しく悲しいことは、
「主の答えを感じることができないこと」でした。

②私たちの人生には「神をみつけられない」苦しみを経験することがあるのです。
しかしヨブ記の後半を覚えたいのです。
ヨブはこの後『創造主』と出会い、主から語りかけを受け、2倍の祝福を頂いているのです。

・・・主を求め続けましょう。
最後には「納得できる答え」を私たちは受けることができるのです。YccFuji











20140529

by Happiness-eachday | 2014-05-29 05:17 | 2014年4-6月 | Trackback

5月28日ヨブ記16-19章『神と人との仲介者の必要性』

懸賞 2014年 05月 28日 懸賞

『神と人との仲介者の必要性』

【16:19 今でも天には、私の証人がおられます。私を保証してくださる方は高い所におられます。16:20 私の友は私をあざけります。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。16:21 その方が、人のために神にとりなしをしてくださいますように。人の子がその友のために。・・・
19:21 あなたがた、私の友よ。私をあわれめ、私をあわれめ。神の御手が私を打ったからだ。19:22 なぜ、あなたがたは神のように、私を追いつめ、私の肉で満足しないのか。19:23 ああ、今、できれば、私のことばが書き留められればよいのに。ああ、書き物に刻まれればよいのに。19:24 鉄の筆と鉛とによって、いつまでも岩に刻みつけられたい。19:25 私は知っている。私を贖う方は生きておられ、後の日に、ちりの上に立たれることを。・・・】

①ヨブは、友人たちの批判を受け、自分の無実を訴えました。
そして自分のことを本当に理解してくれる正しい証人が
「天におられること」を彼は信じたのです。

そしてその方が、自分と神との間でとりなしをして下さることも。

②そしてヨブは、自分の言葉がすべて残されることを求め、
後の日(終わりの時)に罪を赦して下さる(贖い主)が来て下さることを願ったのです。

これはヨブ記の最も大切な聖書箇所でもあります(25節)。

・・・苦しみの中でヨブは、
人間には神と人の間で「仲介者となるお方」が必要であることを求めたのです。

これが救い主イエスキリストの来られた理由です。

『イエスキリストの到来』の意味は
「正しさを求めても罪を犯すことしかできない私たち」が
「救われる雄一の道」なのです。YccFuji











20140528

by Happiness-eachday | 2014-05-28 05:00 | 2014年4-6月 | Trackback

5月27日ヨブ記13-15章『神との論争』

懸賞 2014年 05月 27日 懸賞

『神との論争』

【13:18 今、私は訴えを並べたてる。私が義とされることを私は知っている。13:19 私と論争する者はいったいだれだ。もしあれば、そのとき、私は黙って息絶えよう。13:20 ただ二つの事を私にしないでください。そうすれば、私は御顔を避けて隠れません。13:21 あなたの手を私の上から遠ざけてください。あなたの恐ろしさで私をおびえさせないでください。13:22 呼んでください。私は答えます。あるいは、私に言わせ、あなたが私に答えてください。13:23 私の不義と罪とはどれほどでしょうか。私のそむきの罪と咎とを私に知らせてください。13:24 なぜ、あなたは御顔を隠し、私をあなたの敵とみなされるのですか。・・・】

①ヨブは3人の友人たちの心無い言葉と批判を聞き、
「自分はそんな悪いことはしていない」と主張し始めました。
しかしそれは次第に、「神との論争」へと進んでいくのです。

『なぜ神は私にここまでひどい仕打ちをされるのだろうか』
『それ程までの罪を犯しているはずがない』
というヨブにとっての切実な論争です。

②しかしこのことによってヨブは次第に『自己義(自分は正しい)』
という感情へと突き進んでいったのです。

③私たちは必ず一度や2度はこのような祈りをすることがあります。
それは創造主を本気で信じるものが通る道だからです。

そして創造主のお取り扱いを受け、整えられていくのです。
(私たちは、主と祈りの中で出会う時に、理屈を超えて納得するのです)

・・・本音で主に祈りましょう。
その感情がひどい物でも驚かないようにしましょう。
主に告白して初めて、私たちは『赦しと聖めの道』を歩むことができるのです。YccFuji











20140527

by Happiness-eachday | 2014-05-27 05:12 | 2014年4-6月 | Trackback

5月26日ヨブ記10-12章『感情的な批判』

懸賞 2014年 05月 26日 懸賞

『感情的な批判』

【11:1 ナアマ人ツォファルが答えて言った。11:2 ことば数が多ければ、言い返しがないであろうか。舌の人が義とされるのだろうか。11:3 あなたのおしゃべりは人を黙らせる。あなたはあざけるが、だれもあなたを恥じさせる者がない。11:4 あなたは言う。「私の主張は純粋だ。あなたの目にも、きよい」と。・・・】

①ヨブに元にいた3人目の友人(ツォファル)は、
もはやヨブに対して感情的に批判するだけでした。

注解書を見ても、ヨブに対する同情はないと解釈されています。

②苦しんでいる人が、その苦しみを告白した時、
それに対して感情的に反論することは、何の建設的な解決にはなりません
(むしろ人を追い込むだけです)。

③ツォファルは、「相手(ヨブ)のため」を思ったというよりは、
「自分の心」を守るために、一方的にヨブを批判したにすぎません。
そこには「愛の動機」がほとんど無いと言っても良いでしょう。

ヨブはこんな友人の批判に耐えなければなりませんでした。
しかし最後には主は報いて下さった事を私たちは知るのです(42章)。

ですからもし「感情的な批判」を受けることがあっても、
「真実なる主がすべてを知っておられる」という立場に、私たちは立ちましょう。
感情的な批判は、あまり重要視する必要はないのです。YccFuji














20140526

by Happiness-eachday | 2014-05-26 13:45 | 2014年4-6月 | Trackback

5月25日ヨブ記7-9章『深い罪の自覚、悔い改めへの一歩』

懸賞 2014年 05月 25日 懸賞

『深い罪の自覚、悔い改めへの一歩』

【9:21 私は潔白だ。しかし、私には自分自身がわからない。私は自分のいのちをいとう。・・・
9:29 私はきっと、罪ある者とされましょう。ではなぜ、私はいたずらに労するのでしょうか。9:30 たとい私が雪の水で身を洗っても、灰汁で私の手をきよめても、9:31 あなたは私を墓の穴に突き落とし、私の着物は私を忌みきらいます。9:32 神は私のように人間ではないから、私は「さあ、さばきの座にいっしょに行こう」と申し入れることはできない。9:33 私たちふたりの上に手を置く仲裁者が私たちの間にはいない。・・】

①ヨブは友人たちから批判されることを通じて、主の前で嘆きました。
「自分は正しく生きたとしても、主の前に罪人と宣告される」と嘆いたのです。

②しかし実は、ヨブは自分の正しさを主張する中で、
『真の悔い改めのため』の第一歩を進み始めたのです。

③そしてここで『神』と「人間」の間を取り持つ『仲介者』が必要であることを悟るのです
(この仲介者をイエス様がしてくださいました)。

・・・試練を、私たちは避けたいと願います。
しかし試練を通じて、
私たちは本音が表に出るようになり、
自分の中の隠れたものが現れるのです。

苦しみにも役割があります。
「神の癒しと聖め」は、罪が表に出ることを通じて、
その罪を心から告白して、行われるのです(42章)。YccFuji










20140525

by Happiness-eachday | 2014-05-25 06:03 | 2014年4-6月 | Trackback

5月24日ヨブ記4-6章『ヨブの苦悩の対処』

懸賞 2014年 05月 24日 懸賞

『ヨブの苦悩の対処』

【6:1 ヨブは答えて言った。6:2 ああ、私の苦悶の重さが量られ、私の災害も共にはかりにかけられたら。 6:3 それは、きっと海の砂よりも重かろう。だから、私のことばが激しかったのだ。・・・
6:14 落胆している者には、その友から友情を。さもないと、彼は全能者への恐れを捨てるだろう。・・・】

①ヨブは、友の一人エリファズの言葉に対して、反論をしました。
「自分にはここまで災いを受ける理由を見つけることができない。私の苦悩を受け止め、理解してほしい・・・」と。

②人は自分の思ったままに批判します。
そしてそれは間違っていることも多いのです。
ですから人の批判を、あまり重視することは危険です。

むしろ創造主がどのように考えておられるかを『ひたすら訴えていく』ことが
問題解決のカギとなるのです
(批判を無視し自己正当化することではないのです)。

③ヨブが深く内省するために、友人たちの的外れの批判が用いられました。

・・・創造主への祈りと叫びがすべてのカギです。
このような祈りの先に、主のお取り扱いと、主の計画が実現されるのです。

人を過剰に期待しないようにしましょう。主に期待し、求め続けるのです。YccFuji









20140524

by Happiness-eachday | 2014-05-24 00:14 | 2014年4-6月 | Trackback

5月23日ヨブ記1-3章『なぜ悪くない人が災難に遭うのか』

懸賞 2014年 05月 23日 懸賞

『なぜ悪くない人が災難に遭うのか』

【1:8 【主】はサタンに仰せられた。「おまえはわたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいないのだが。」1:9 サタンは【主】に答えて言った。「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。・・・
1:11 しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」1:12 【主】はサタンに仰せられた。「では、彼のすべての持ち物をおまえの手に任せよう。ただ彼の身に手を伸ばしてはならない。」そこで、サタンは【主】の前から出て行った。・・・】

①ヨブは神も認めるほど、正しい人間でした。
正しく生きようとしていましたし、罪の赦しのためのいけにえを、
家族の分も捧げていた人物でした。

しかしこのような人も、苦しみに会うことがあるのです。

②しかし神が苦しみを許可した以上、
それを乗り越える脱出の道(1コリント10章)が準備されているのです。

そして(苦しみの最中にはわからないのですが)、
苦しみを乗り越えた時、
今まで以上の神の素晴らしい恵みが計画されているのです。

・・・ヨブはこの試練を乗り越えた時、
「精神的にも神が非常に近くなり」、
「物質的にも2倍の祝福が与えられた」のです(ヨブ記42章)。

試練には意味があることを、
私たちは受け止めていきたいのです。YccFuji












20140523

by Happiness-eachday | 2014-05-23 05:26 | 2014年4-6月 | Trackback

5月22日エステル記7-10章『物事がうまく運び始めた時の判断』

懸賞 2014年 05月 22日 懸賞

『物事がうまく運び始めた時の判断』

【9:2 その日、ユダヤ人が自分たちに害を加えようとする者たちを殺そうと、アハシュエロス王のすべての州にある自分たちの町々で集まったが、だれもユダヤ人に抵抗する者はいなかった。民はみなユダヤ人を恐れていたからである。9:3 諸州の首長、太守、総督、王の役人もみな、ユダヤ人を助けた。彼らはモルデカイを恐れたからである。9:4 というのは、モルデカイは王宮で勢力があり、その名声はすべての州に広がっており、モルデカイはますます勢力を伸ばす人物だったからである。】

①ユダヤ人の迫害は、エステルの決死の覚悟により、
不思議な助けによって回避されました。

そしてエステルの養育者モルデガイが、王宮で勢力を持つようになりました。
そしてモルデガイと神を信じる者たちに、
だれも反対できないような状況になったのです。

②物事がうまく回り始めると、すべてが良い方向に進み始めます。
この時どう対処するかで、今後の状況が左右されるのです。

・・・エステルとモルデガイは与えられた環境を最大限に生かして、
対処しました。

そのことによってユダヤ人を虐殺する勢力は、一掃されたのです。

信仰生活にも、戦いのような状況が起こります。
大事な時に「知恵深く歩めるよう」に祈りましょう。
その時の小さな判断で。今後の大きな影響を作ることができるのですから。YccFuji










20140522

by Happiness-eachday | 2014-05-22 05:24 | 2014年4-6月 | Trackback