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カテゴリ:2020年( 94 )

懸賞 懸賞

2月13日レビ記4-5章 マタイ28章

懸賞 2020年 02月 13日 懸賞

『精一杯の捧げもの』
【レビ5:6 自分が犯した罪のために、償いとして、羊の群れの子羊でも、やぎでも、雌一頭を、【主】のもとに連れて来て、罪のためのいけにえとしなさい。祭司はその人のために、その人の罪の贖いをしなさい。5:7 しかし、もし彼に羊を買う余裕がなければ、自分が犯した罪の償いとして、山鳩二羽あるいは家鳩のひな二羽を【主】のところに持って来なさい。一羽は罪のためのいけにえ、他の一羽は全焼のいけにえとする。】①人が罪を犯した時、その罪を赦していただくために、羊か山羊が必要でした。しかしもしそれを買う余裕がないものは、鳩でもよいと言われたのです。それさえも買えない人々には、小麦粉を捧げるように、言われたのです。罪の赦しは、犠牲が必要なのです。しかしそれは持っているものに合わせて、精一杯のものが必要なのです。いけにえは、そのような心で捧げるものなのです。


『大宣教命令、弟子づくり命令』
【マタイ28:18 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」①イエス様は、弟子たちにキリストの弟子を育てるようにと命じられました。私たちにも同じ命令が与えられています。まず自分自身がイエス様に聞き、聞いたことを伝えるのです。チャレンジもあります。しかし自分が転んでしまったら、自分が伝えるべき人には伝えられないのです。その使命を自覚し、主の助けを求める時に、「自分自身のすべきこと」ができるように「助けられる」のです。


by Happiness-eachday | 2020-02-13 05:49 | 2020年 | Trackback

2月12日レビ記1-3章 マタイ27:45-66

懸賞 2020年 02月 12日 懸賞

『全焼のいけにえ』
【レビ1:3 もしそのささげ物が、牛の全焼のいけにえであれば、傷のない雄牛をささげなければならない。それを、彼が【主】の前に受け入れられるために会見の天幕の入口の所に連れて来なければならない。1:4 その人は、全焼のいけにえの頭の上に手を置く。それが彼を贖うため、彼の代わりに受け入れられるためである。】①全焼のいけにえは、完全に焼き尽くされなければなりません。本当の礼拝とは、全て捧げ尽くすものなのです。あなたの礼拝は、すべてを捧げ尽くす礼拝ですか。イエス様は、すべてを捧げつくして、私たちの身代わりとなりました。私たちは、その恵みを頂いて、罪赦され、神の子とされたのです。その恵みを受け取り、味わいましょう。恵みを頂いた者として、十字架で主と共に既に死んだ者として、私たちは生きていくのです。



『キリストの苦しみと私たちの救い』
【マタイ 27:45 さて、十二時から、全地が暗くなって、三時まで続いた。27:46 三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。】①イエス様は、天の神様と完全な交わりを持っておられたお方でした。しかしこの時、罪人と同じ立場に立たされ、神様から見捨てられる、神との完全な断絶を体験されました。これは非常に恐ろしいことです。これは普通の人間では、発狂してしまうような重荷だといえます。この絶望は、私たちは到底耐えることはできません。イエス様は「そのような苦しみ」を背負うことによって、「私たち」を罪から救い出してくださったのです。


by Happiness-eachday | 2020-02-12 05:48 | 2020年 | Trackback

2月11日出エジプト40章 マタイ27:27-44

懸賞 2020年 02月 11日 懸賞

『主の臨在に従って歩む』
【出40:33 こうして、モーセはその仕事を終えた。40:34 そのとき、雲は会見の天幕をおおい、【主】の栄光が幕屋に満ちた。40:35 モーセは会見の天幕に入ることができなかった。雲がその上にとどまり、【主】の栄光が幕屋に満ちていたからである。40:36 イスラエル人は、旅路にある間、いつも雲が幕屋から上ったときに旅立った。40:37 雲が上らないと、上る日まで、旅立たなかった。40:38 イスラエル全家の者は旅路にある間、昼は【主】の雲が幕屋の上に、夜は雲の中に火があるのを、いつも見ていたからである。】①モーセが幕屋を完成させた時、主の臨在が幕屋に満ち、立つことができないほどになりました。その後モーセたちは、幕屋に満ちる主の臨在の雲に導かれて、荒野の旅を進んでいったのです。②新約の今、イエス様が私たちと共におられます。幕屋に雲が満ちるように、イエス様は私たちの中に臨在され、共にいてくださるのです。・・・肉眼では見えなくても、祈りの中で心を研ぎ澄ませませば、導きは見えてくるものです。今の時代にあっても、主は私たちを導いておられ、「従う私たち」に期待しておられるのです。

『十字架の犠牲』
【マタイ 27:35 こうして、イエスを十字架につけてから、彼らはくじを引いて、イエスの着物を分け、27:36 そこにすわって、イエスの見張りをした。
27:41 同じように、祭司長たちも律法学者、長老たちといっしょになって、イエスをあざけって言った。27:42 「彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王だ。今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから。27:43 彼は神により頼んでいる。もし神のお気に入りなら、いま救っていただくがいい。『わたしは神の子だ』と言っているのだから。」27:44 イエスといっしょに十字架につけられた強盗どもも、同じようにイエスをののしった。】①この時イエス様は、むち打ちの刑を受け、十字架につけられ、肉体はボロボロの状態でした。腕はだるく、筋肉は痙攣し、背中の皮膚は裂けて、身体中に痛みが走っていたはずです。そして心臓を押しつぶすような胸の痛みを感じたはずです。その上で、人々の罵声が投げかけられたのです。②神の子が、このような苦しみをあえて受けられたのは、私たちの為です。私たちが罪を赦され、神の子となり、永遠の命を得るための犠牲だったのです。イエス様に買い戻していただいた、「私の存在」を大切に扱いましょう。そして、「イエス様の犠牲」を正しく理解するならば、「イエス様に本気で喜ばれたい」と考えるようになるのです。


by Happiness-eachday | 2020-02-11 05:09 | 2020年 | Trackback

2月10日出エジプト38-39章 マタイ27:1-26

懸賞 2020年 02月 10日 懸賞

『確認作業の大切さ』
【出39:32 こうして、会見の天幕である幕屋の、すべての奉仕が終わった。イスラエル人は、すべて、【主】がモーセに命じられたとおりにした。そのようにした。39:33 彼らは幕屋と天幕、および、そのすべての用具をモーセのところに持って来た。・・・
39:43 モーセが、すべての仕事を彼らが、まことに【主】が命じられたとおりに、したのを見たとき、モーセは彼らを祝福した。】①神様から命じられた幕屋づくりを、神様から能力を与えられた者たちが製作をし、最後にモーセは確認をしました。そしてモーセは良い仕事をしたことを認め、祝福をしたのです。②神様は、働きを進める上で、確認作業をさせます。それは神様の命令がうまく伝わり、実行できているかをチェックするためです。そして完成したものを使うことができるのです。神様は、あなたの作業を確認される時があります。それを受けたなら、素直に受け止め、ごまかさずにミスを修正する必要があります。ミスは起こりえます。しかし修正すれば、良い働き手、完成品となれるのです。


『妥協をする罪』
【マタイ 27:23 だが、ピラトは言った。「あの人がどんな悪い事をしたというのか。」しかし、彼らはますます激しく「十字架につけろ」と叫び続けた。27:24 そこでピラトは、自分では手の下しようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、群衆の目の前で水を取り寄せ、手を洗って、言った。「この人の血について、私には責任がない。自分たちで始末するがよい。」・・・】①ピラトは、イエス様に罪がないことを知っていながら、群衆の『十字架につけろ』という声に押され、妥協して、自分の判断を引っ込めてしまいました。私たちも、正しいことを知っていながら、悪を受け入れてしまう時に、ピラトと同じ罪を犯すこととなるのです。このような時には、良く祈り考えてイエス様が喜ばれる選択を、実行しましょう。その判断は人間的には難しいかもしれません。しかし長い目で見れば最善の選択なのです。


by Happiness-eachday | 2020-02-10 05:46 | 2020年 | Trackback

2月9日出エジプト36-37章 マタイ26:57-75

懸賞 2020年 02月 09日 懸賞

『神様の仕事を、全員で行う』
【出36:1 ベツァルエルとオホリアブ、および、聖所の奉仕のすべての仕事をすることのできる知恵と英知を【主】に与えられた、心に知恵のある者はみな、【主】が命じられたすべてのことを成し遂げなければならない。」36:2 モーセは、ベツァルエルとオホリアブ、および、【主】が知恵を授けられた、心に知恵のある者すべて、すなわち感動して、進み出てその仕事をしたいと思う者すべてを、呼び寄せた。36:3 彼らは、聖所の奉仕の仕事をするためにイスラエル人が持って来たすべての奉納物をモーセから受け取った。しかしイスラエル人は、なおも朝ごとに、進んでささげるささげ物を彼のところに持って来た。】①神様の仕事は、ベツァルエルとオホリアブのような特別に選ばれた者だけで行うのではありません。知恵が与えられ、感動し意欲を持った人たちの手によっても、進められるのです。そしてその背後に、祈りや捧げものを捧げるすべての神の民がいるのです。神様の仕事はみんなで行います。そこにはお客さんも傍観者もいないのです。


『ペテロの弱さ、人間の弱さ』
【マタイ26:72 それで、ペテロは、またもそれを打ち消し、誓って、「そんな人は知らない」と言った。26:73 しばらくすると、そのあたりに立っている人々がペテロに近寄って来て、「確かに、あなたもあの仲間だ。ことばのなまりではっきりわかる」と言った。26:74 すると彼は、「そんな人は知らない」と言って、のろいをかけて誓い始めた。するとすぐに、鶏が鳴いた。26:75 そこでペテロは、「鶏が鳴く前に三度、あなたは、わたしを知らないと言います」とイエスの言われたあのことばを思い出した。そうして、彼は出て行って、激しく泣いた。】①ペテロは、イエス様から前もって「あなたはわたしを三度知らないと言う」と言われていました。ペテロはその時、強く否定しましたが、自分が逮捕されそうな状況下で、やはり「イエス様を知らない」と言ってしまったのです。人間は残念ながら、自分の身が危うくなると「自分以外のものを切り捨てる」のです。あなたはどうでしょうか。ペテロのように「自分の弱さ」を体験した者が、神様の助けを頂いて、イエス様に「ついていく」者となれるのです。


by Happiness-eachday | 2020-02-09 05:34 | 2020年 | Trackback

2月8日出エジプト34-35章 マタイ26:31-56

懸賞 2020年 02月 08日 懸賞

『あわれみと恵みとまことの神』
【出34:6 【主】は彼の前を通り過ぎるとき、宣言された。「【主】、【主】は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富み、34:7 恵みを千代も保ち、咎とそむきと罪を赦す者、罰すべき者は必ず罰して報いる者。父の咎は子に、子の子に、三代に、四代に。」】①私たちが信じる聖書の神は、情け深く憐み深いお方です。罪を明らかにし、悪を嫌われるお方ですが、求める者には、赦しを与えて下さるのです。それによって私たちは初めて、聖霊の助けにより、主に喜ばれることができるのです。自我で良いことをしても、プライドになってしまいます。聖い御霊に促されて、純粋に愛の行いができるのです。

『十字架へのイエス様の御心』
【マタイ26:38 そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」26:39 それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」26:40 それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ・・・】①イエス様は、十字架にかかられる前に、弟子たちにご自分のお気持ちを吐露されました。イエス様は、私たち(人間)を愛するため、天の父の願いに応えるために、苦しみの道をあえて通られたのです。イエス様のお気持ちを考えましょう。その愛と恵みに気がついたクリスチャンは、イエス様が喜ばれることを選ぶようになるのです。


by Happiness-eachday | 2020-02-08 05:02 | 2020年 | Trackback

2月7日出エジプト32-33章 マタイ26:1-30

懸賞 2020年 02月 07日 懸賞

『モーセと主の栄光』
【出エジプト33:13 今、もしも、私があなたのお心にかなっているのでしたら、どうか、あなたの道を教えてください。そうすれば、私はあなたを知ることができ、あなたのお心にかなうようになれるでしょう。この国民があなたの民であることをお心に留めてください。」
33:14すると主は仰せられた。「わたし自身がいっしょに行って、あなたを休ませよう。」】①主は、モーセの祈りに応え、主の方法でご自分を現し、今後の道を示して下さいました。主の方法は、私たちの理解を超えているかもしれませんが、主は祈りを聞いておられるのです。


『イエス様の評価』
【マタイ 26:10 するとイエスはこれを知って、彼らに言われた。「なぜ、この女を困らせるのです。わたしに対してりっぱなことをしてくれたのです。
26:11 貧しい人たちは、いつもあなたがたといっしょにいます。しかし、わたしは、いつもあなたがたといっしょにいるわけではありません。
26:12 この女が、この香油をわたしのからだに注いだのは、わたしの埋葬の用意をしてくれたのです。
26:13まことに、あなたがたに告げます。世界中のどこででも、この福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう。」】①この女性がイエス様に対してした行為は、純粋にイエス様への感謝と愛の行為でした。イエス様は、彼女の心を喜んで下さり、その心を「評価して下さった」お方なのです。


by Happiness-eachday | 2020-02-07 05:57 | 2020年 | Trackback

2月6日出エジプト31章 マタイ25:31-46

懸賞 2020年 02月 06日 懸賞

『神様の与える能力と召命』
【出31:1 【主】はモーセに告げて仰せられた。31:2 「見よ。わたしは、ユダ部族のフルの子であるウリの子ベツァルエルを名ざして召し、31:3 彼に知恵と英知と知識とあらゆる仕事において、神の霊を満たした。31:4 それは、彼が、金や銀や青銅の細工を巧みに設計し、31:5 はめ込みの宝石を彫り、木を彫刻し、あらゆる仕事をするためである。」】①主は、主のご臨在される幕屋を造る上で、特別な技術を持つ者を起こされました。天の神様は、ある命令を下すときに、それが具体的にできる者やそのための能力を事前に備えられたのです。モーセは神様からの召命を受けたリーダーでした。しかしそれ以外の人物も、神様から使命と能力が与えられた選ばれた人物だったです。教会の奉仕の働きは、指導者だけで行うのではありません。神様は様々な能力を事前に与え、それぞれの者たちに、そのなすべき仕事を準備しておられるのです。


『イエス様のお褒めの言葉』
【マタイ 25:37 すると、その正しい人たちは、答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹なのを見て、食べる物を差し上げ、渇いておられるのを見て、飲ませてあげましたか。25:38 いつ、あなたが旅をしておられるときに、泊まらせてあげ、裸なのを見て、着る物を差し上げましたか。25:39 また、いつ、私たちは、あなたのご病気やあなたが牢におられるのを見て、おたずねしましたか。』25:40 すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』】①イエス様は、再臨の時に、人々を羊と山羊を分けるように区別し、主に従った者(羊)たちに、お褒めの言葉を与えられます。主はいつも私たちを見ておられ、私たちが他のクリスチャンしたことを、「イエス様の為にしたこと」として受け止め、喜んでおられるのです。あなたの今の判断を「主は見ておられる」ます。人は表面しか見ないかもしれません。しかし主はあなたの心の奥を見ておられ、正しく評価しておられるのです。


by Happiness-eachday | 2020-02-06 05:13 | 2020年 | Trackback

2月5日出エジプト29-30章 マタイ25:1-30

懸賞 2020年 02月 05日 懸賞


『罪を聖める血の力』
【出29:21 あなたが、祭壇の上にある血とそそぎの油を取って、アロンとその装束、および、彼とともにいる彼の子らとその装束とに振りかけると、彼とその装束、および、彼とともにいる彼の子らとその装束とは聖なるものとなる。】①雄羊の血と注ぎの油をかけることによって、アロンの子らと装束が聖なるものとなると主は定められました。新約において、イエス様の血によってすべての罪が清められることの予表がここに表わされています。「コロサイ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、御子のために和解させてくださったからです。」とある通り、イエス様の十字架の血潮によって、私たちの中にある罪も、敵意も、隔ても、すべて取り除かれて、私たちは聖められ、イエス様と深く交わることができるのです。

『再臨の備え』
【マタイ25:1 そこで、天の御国は、たとえて言えば、それぞれがともしびを持って、花婿を出迎える十人の娘のようです。25:2 そのうち五人は愚かで、五人は賢かった。25:3愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を用意しておかなかった。25:4 賢い娘たちは、自分のともしびといっしょに、入れ物に油を入れて持っていた。25:5 花婿が来るのが遅れたので、みな、うとうとして眠り始めた。25:6 ところが、夜中になって、『そら、花婿だ。迎えに出よ』と叫ぶ声がした。・・・】①イエス様は、このたとえを通じ「再臨の備え」を語られています。再臨は突然来るので、毎日備えている人だけが、ふさわしい対応ができるのです。油は祈り、霊的な準備を現しています。・・・あなたはキリストが再び来られることを備えていますか。主は必ず来られます。聖書的に生きようと願うクリスチャンは、再臨の備えを必ずしているのです。


by Happiness-eachday | 2020-02-05 07:18 | 2020年 | Trackback

2月4日出エジプト28章 マタイ24:36-51

懸賞 2020年 02月 04日 懸賞

『愛の神、聖なる神』
【出エジプト 28:43 アロンとその子らは、会見の天幕に入るとき、あるいは聖所で務めを行うために祭壇に近づくとき、これを着る。彼らが咎を負って、死ぬことのないためである。これは、彼と彼の後の子孫とのための永遠のおきてである。】①旧約で教えられることは、天の父なる神様は、愛の方であると同時に、聖なるお方であり、罪を持ったままで主に会うなら、「打たれて死ぬ」という事実です。新約では、イエス様にごめんなさいと言えば、どんなことでも赦されると教えられています。それは事実なのですが、しかしだからと言って「神様を軽く考えたり」「無視したり」できるわけではないのです。イエス様が十字架で支払われた代価が、私たちの罪を帳消しにして下さっているだけなのです。その事実を知った者は、本当の意味で、神様に感謝を捧げるようになるのです。


『イエス様の再臨を待ち望む』
【マタイ 24:42 だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。24:43しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。24:44 だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。】①初代教会の弟子たちは、イエス様の再臨はすぐ来ると考えて、いつも備えていました。それから約2000年が経ちました。しかし私たちは、黙示録に何度も書かれている「わたしはすぐ来る」というイエス様の言葉をおろそかにしてはいけないのです。一日は千年のようにと聖書か記している以上、今の時代も「すぐに来られる」と考えて、信仰生活をすることが、大切なのです。


by Happiness-eachday | 2020-02-04 05:19 | 2020年 | Trackback