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カテゴリ:2016年10-12月( 92 )

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12月11日1テモテ4-6章『あなたとあなたの教えを受ける人を救うということ』

懸賞 2016年 12月 11日 懸賞

『あなたとあなたの教えを受ける人を救うということ』

【4:8 肉体の鍛練もいくらかは有益ですが、今のいのちと未来のいのちが約束されている敬虔は、すべてに有益です。4:9 このことばは、真実であり、そのまま受け入れるに値することばです。・・・
4:16 自分自身にも、教える事にも、よく気をつけなさい。あくまでそれを続けなさい。そうすれば、自分自身をも、またあなたの教えを聞く人たちをも救うことになります。・・・】

①パウロは、愛弟子のテモテに対して
「年が若いからといって軽く見られることのないようにしなさい(4:11)」と書き記しました。

信仰は「知識だけ」ではありません。
知識をどのように「実行するか」が、「信仰の成長(成熟)」なのです。

②年が若くても、情熱を持ち神の知恵によって多くの人に役立った人物はいます。
(ヨセフやサムエル、ダニエルのような)
苦しみや訓練を通じて「信仰の鍛錬」をし続けた人は、
人々への「影響力のある人物」となるのです。

・・・私たちも「聖書の人物」を見習いましょう。
そして毎日の生活の中で与えられる「一つ一つの訓練」を乗り越えていきましょう。

主は無駄なことはされません。
「主の喜ばれること」を願い、「主に導かれて」進むならば、
「毎日の生活の訓練」を通じて、
あなたは役立つ人として「成長し」「主に用いられる」ようになるのです。

そして「あなた自身」と
「あなたの教えを聞く人」を救うことができるのです。YccFuji







20161211

by Happiness-eachday | 2016-12-11 04:54 | 2016年10-12月 | Trackback

12月10日1テモテ1-3章『イエスキリストの真理を受け入れて、誠実に生きる』

懸賞 2016年 12月 10日 懸賞

『イエスキリストの真理を受け入れて、誠実に生きる』

【2:1 そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。
2:3 そうすることは、私たちの救い主である神の御前において良いことであり、喜ばれることなのです。2:4 神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。2:5 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。・・・】

①パウロは、この手紙を通じて、
信仰の子であるテモテに対して、励ましを与え、
福音の真理と純度と水準を守るようにと、強く勧めています。

それは「福音の力を薄めてしまう」偽の教えから、
エペソの信徒たちを守るためでした。(FB:P2296 )

②私たちは「真理」を知らなければなりません。
いくら熱心であっても「知識のない者」は、間違ったことを伝えてしまうのです。
その真理とは「イエスキリスト」のことです。

③神は「すべての人が救われること」を願っておられます。
しかし同時に、受け入れるか受け入れないかの「自由意思も与えておられる」のです。
ですから私たち人間は、
「自分の自由意思(責任)」でもって、
イエスキリストを「自分の主」として知り、信じるように、
主から願われているのです。
(主は強制されないのです)

④キリストを「主として信じる」とは、
単に「信じるだけ」ではありません。
自分の恩人、生涯仕えるべきお方として
「主の願いに応え続ける(お従いする)こと」が、
「主として信じる」ということなのです。
(本当に信じていれば行動が伴います)

・・・男性も女性も主の願いに沿って生きるように願われています(2章)。
人の事ではなく、
「自分自身」が主の願いに誠実に歩むことから、
「すべてが始める」のです。YccFuji







20161210

by Happiness-eachday | 2016-12-10 05:31 | 2016年10-12月 | Trackback

12月9日2テサロニケ1-3章『悪い時代に対する備え』

懸賞 2016年 12月 09日 懸賞

『悪い時代に対する備え』

【2:13 しかし、あなたがたのことについては、私たちはいつでも神に感謝しなければなりません。主に愛されている兄弟たち。神は、御霊による聖めと、真理による信仰によって、あなたがたを、初めから救いにお選びになったからです。
2:15 そこで、兄弟たち。堅く立って、私たちのことば、または手紙によって教えられた言い伝えを守りなさい。2:16 どうか、私たちの主イエス・キリストと、私たちの父なる神、すなわち、私たちを愛し、恵みによって永遠の慰めとすばらしい望みとを与えてくださった方ご自身が、2:17 あらゆる良いわざとことばとに進むよう、あなたがたの心を慰め、強めてくださいますように。】

①パウロは、再臨があり、
その前に戦争や飢饉や地震が増加し、
人々の不信仰が増加する、大変な時代が来ることを語りました。

そして再臨後には「反キリスト」が暗躍する時代となり、
大患難の時がやってくると伝えたのです。

②このような時代に必要なことは、
「しっかりと信仰につながること」です。

多くの人々が、真理に反し、
クリスチャンと思われる人々の中にも信仰を無くし、
意図的にキリストに反逆する者が出てくるのです。

・・・これからの悪い時代に備えましょう。
そして「キリストにつながり」「真理を愛し」「聖書の言葉に従う」ように努めましょう。

これは律法や自我の頑張りではなく、
「御霊の力」によるものです。

しかし私たちが「キリストに固く立ちたい」と強く願わなければ、
難しい時代には、悪い考えの波風に簡単に流されてしまうのです。YccFuji








20161209

by Happiness-eachday | 2016-12-09 04:57 | 2016年10-12月 | Trackback

12月8日1テサロニケ1-5章『再臨を意識し、主の願われるように生きる』

懸賞 2016年 12月 08日 懸賞

『再臨を意識し、主の願われるように生きる』

【3:13 また、あなたがたの心を強め、私たちの主イエスがご自分のすべての聖徒とともに再び来られるとき、私たちの父なる神の御前で、聖く、責められるところのない者としてくださいますように。
4:1 終わりに、兄弟たちよ。主イエスにあって、お願いし、また勧告します。あなたがたはどのように歩んで神を喜ばすべきかを私たちから学んだように、また、事実いまあなたがたが歩んでいるように、ますますそのように歩んでください。・・・
4:3 神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。・・・
5:16 いつも喜んでいなさい。5:17 絶えず祈りなさい。5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。・・・】

①この手紙は、パウロの再臨信仰が強く表れています。

パウロはキリストがもう一度来られ、
その時に「私たちがキリストの姿に変えられる」ことを知ることが、
どれほど信仰生活に重要かを自覚していたのです。

②「主が再び来られること」に何の備えもない人が、
その日を迎えてしまうならば「悲劇」です(FB:P2276)
試験がないと思い込んで試験を迎えるようなものです。

③再臨(評価される時があること)を自覚しているクリスチャンは、
地上の執着心(自分の思いを通したい考え)よりも、
天国での評価を考えて生きるようになるのです。

・・・「主に喜んで頂くこと」に時間とエネルギーをかけましょう。
いつも喜び・感謝して生き続けましょう。

「聖霊の導き」を拒むことがないようにしましょう(4:8)。

パウロは「イエスキリスト」の来臨時に、
クリスチャンが「責められることがないように」と願って
この手紙を書いたのです(5:23)。YccFuji









20161208

by Happiness-eachday | 2016-12-08 05:44 | 2016年10-12月 | Trackback

12月7日コロサイ1-4章『イエス様が喜ばれるように歩む』

懸賞 2016年 12月 07日 懸賞

『イエス様が喜ばれるように歩む』

【2:6 あなたがたは、このように主キリスト・イエスを受け入れたのですから、彼にあって歩みなさい。2:7 キリストの中に根ざし、また建てられ、また、教えられたとおり信仰を堅くし、あふれるばかり感謝しなさい。2:8 あのむなしい、だましごとの哲学によってだれのとりこにもならぬよう、注意しなさい。それは人の言い伝えによるもの、この世の幼稚な教えによるものであって、キリストによるものではありません。2:9 キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。】

①パウロはコロサイの人々に、
間違った教えに注意して、「キリストの願い」に生きるようにと語りました。
極端な律法主義や、人間中心主義、神秘主義から、
パウロは人々を「キリストの教え(正しい教え)」に導こうとしました(FB:P2253)。

(イエス様を信じる以外で)「○○しないと救われない」とか
「何をしても許される」とかは、
「むなしいだましごとの哲学」と部類です。

②イエス様は「わたしに留まりなさい」と言われ、
「留まっていなければ枯れて、燃やされます」(ヨハネ15章)と言われました。

イエス様が「自分思い通り何でもしてくれる」かのような考え方は
「非常に危険」なのです。
(ただし、お願いすることは別です。イエス様は私たちの祈りを聞いて、最善の御心を進めて下さいます)

・・・聖書を読みましょう。
そしてイエス様が何と言っており、
聖書が何と言っているかを心の目を開いて、受け止めましょう。

私たちの信仰生活は、「イエス様と共に」(イエス様が喜ばれるように)歩むものだからです。
何を喜ばれ嫌われるかを、
「知る」だけでなく
「そのように生きること」が大切なのです。YccFuji







20161207

by Happiness-eachday | 2016-12-07 05:24 | 2016年10-12月 | Trackback

12月6日ピリピ1-5章『十字架の敵とならない。』

懸賞 2016年 12月 06日 懸賞

『十字架の敵とならない。』

【3:12 私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。・・・3:14 キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。・・・
3:17 兄弟たち。私を見ならう者になってください。また、あなたがたと同じように私たちを手本として歩んでいる人たちに、目を留めてください。3:18 というのは、私はしばしばあなたがたに言って来たし、今も涙をもって言うのですが、多くの人々がキリストの十字架の敵として歩んでいるからです。3:19 彼らの最後は滅びです。彼らの神は彼らの欲望であり、彼らの栄光は彼ら自身の恥なのです。彼らの思いは地上のことだけです。3:20 けれども、私たちの国籍は天にあります。】

①使徒パウロは、競技をする人のように、
救いの完成を目指して「一心に走っている」と言いました。

それは語っておきながら「自分が失格者とならないため」でした(1コリント9:27)。
そして人からではなく、「神様から大きな称賛(3:14)」を得たいと考えていたからでした。

②しかしクリスチャンの中にも
「キリストの十字架を敵」とする行動を取る人がいることを、パウロは指摘しています。

彼らの神は「自分の欲」なのです。
彼らは「地上で自分の欲が満足すること」を第一として、
「天国での評価」を忘れているのです。

そのような「悪い模範」に「従ってはいけない」と
パウロは警告しています。
そして良い模範の人に目をとめるようにと強く勧めているのです(3:17)。

・・・信仰の完成を目指しましょう。
天国での評価を忘れないようにしましょう。

イエス様を信じても「何をしても良い」訳ではないのです(FB:P2248)。
YccFuji








20161206

by Happiness-eachday | 2016-12-06 05:19 | 2016年10-12月 | Trackback

12月5日エペソ4-6章『一致と成長』

懸賞 2016年 12月 05日 懸賞

『一致と成長』

【4:11 こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです。4:12 それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためであり、4:13 ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全におとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。4:14 それは、私たちがもはや、子どもではなくて、人の悪巧みや、人を欺く悪賢い策略により、教えの風に吹き回されたり、波にもてあそばれたりすることがなく、4:15 むしろ、愛をもって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達することができるためなのです。
4:16 キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。】

①イエス様が願っておられることは「一つになる」ことです。
これは人間的な努力ではなく、御霊の導きによってなされるものです(4:3-6)。

②愛は一致の方向に向かいます。
それに反する心や考えは「御霊の導き」ではないと考えることが妥当です。

③私たちは、そのプロセスを通じて「大人」になっていきます。
子供では、感情や悪魔の誘惑に引きずられ、
「一致に向かうこと」はできないからです。

・・・大人になりましょう。
そして一致を求めましょう。

自分の弱さを受け止め、ごまかさずにイエス様に祈りましょう。
そして、自分の自由意思(選択)の結果の責任を取るのです。

キリストは最後まで「ご自分の責任」を果たされました。
私たちも「キリストに倣う」ものとなっていくのです。YccFuji








20161205

by Happiness-eachday | 2016-12-05 05:35 | 2016年10-12月 | Trackback

12月4日エペソ1-3章『主の選びと私たちの自由意思』

懸賞 2016年 12月 04日 懸賞

『主の選びと私たちの自由意思』

【1:3 私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。1:4 すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。1:5 神は、みむねとみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。1:6 それは、神がその愛する方にあって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。】

①私たちは、世界の基の置かれる前から「キリストにあって」選ばれているのです(1:4)。
この理解は、最初は知識ですが、
次第に聖霊によって、イエス様との「個人的な関係」として理解できるようになるのです。

②「FB(ファイヤーバイブル):P2215-6」には
主の選びと予定についてまとめられています。

主は「私たちを招いて」おられますが、
従うか従わないかは私たちの「自由意思」なのです。
主は、私たちを自分の意思で「決断する者」として造られたのです。
(自分の選択の責任を持つのです)

③主イエス様との関係が「聖霊の助け」によって深まり、
主を心から愛するようになった人は、
自分の意思で「主から離れません」。
どんなことがあっても、主と共に歩みたいと願うようになるのです。

③FB:P2217には「船のたとえ」が書かれています。
船長であるイエス様との関係を無視して
「主の船(救い)」から自分の意思で降りる人は、その後の保証がありません。
主の選びは「主の船に乗り続ける限り」、保証され続けているのです。

・・・主イエス様との関係を大切にしましょう。
主との個人的な愛の関係を深めましょう(3:19)。

そのような人は、「主の選び」(主との愛の関係)から
漏れることがないのです。YccFuji








20161204

by Happiness-eachday | 2016-12-04 05:09 | 2016年10-12月 | Trackback

12月3日ガラテヤ4-6章『自分のこころを吟味する、ごまかす恐ろしさに気が付く』

懸賞 2016年 12月 03日 懸賞

『自分のこころを吟味する、ごまかす恐ろしさに気が付く』

【6:7 思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。6:8 自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。6:9 善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。6:10 ですから、私たちは、機会のあるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行いましょう。】

①パウロは、「御霊の行い」と「肉の行い」について明白に比較しました(5章)。
クリスチャンであっても「肉の行い」をし続ける者に
「神の国を相続できない」と警告を与えたのです(5:21)。

②現在は、「すべてを受け入れる」という風潮が強くなってきています。
良い悪いをはっきり伝えると(愛と配慮は必要ですが)、引かれてしまう、
またはそこまで厳しくしなくても許せばよい、と考えがちです。

しかし赦しには「ルールが必要」なのです。
罪を認めて、悔い改めて初めて赦しが成立します。
うやむやにして赦すではなのです。
(ロマ8:23 FB:P2071、1コリント5:9 FB:P2116、ガラテヤ5:21 FB2206)

③自分が蒔いた種を、吟味しましょう。
言ってることは立派でも肉に従って行動している人は
「自分を欺いている(FB:P2207)」のです。
そしてそれは「神様さえも欺く行為」なのです。

神様は全てを見ておられます。
私たちは自分したことをすべて
「神様に弁明」しなければならないのです。

ですから、自分の動機をよく吟味して
「良い種」を蒔きましょう。

特に信仰の家族に「御霊の喜ぶこと」をし続けましょう。
それが主の御心、主の喜ばれることなのですから。YccFuji








20161203

by Happiness-eachday | 2016-12-03 23:08 | 2016年10-12月 | Trackback

12月2日ガラテヤ1-3章『救いの唯一の道』

懸賞 2016年 12月 02日 懸賞

『救いの唯一の道』

【3:22 しかし聖書は、逆に、すべての人を罪の下に閉じ込めました。それは約束が、イエス・キリストに対する信仰によって、信じる人々に与えられるためです。3:23 信仰が現れる以前には、私たちは律法の監督の下に置かれ、閉じ込められていましたが、それは、やがて示される信仰が得られるためでした。3:24 こうして、律法は私たちをキリストへ導くための私たちの養育係となりました。私たちが信仰によって義と認められるためなのです。】

①パウロは、ほかの福音(誤った福音)を語るユダヤ人教師に対して
「信仰によって」救われることを弁証しました。

律法によって私たちは「罪を自覚」します。
その結果「救いを求めるように」なるのです。

そして救い主「イエス様」を信じ、
私たちは救われ、解放されるのです。

救われるために「割礼を受けたり(5:2)」
「ユダヤ人の聖なる日を守る(4:10)」等の人間的行為は必要ないのです。

「キリストの福音(1:7)」を信じることだけが、救いの道なのです。

②同時に、律法は霊的なもの(ロマ7:14)でもあります。
律法を通じて「罪の自覚(ロマ7:7)」が起きるのです。

ですから、すべてを無視して「何でも許されるかのような」極端な教えは
「健全な教え」ではなのです(1コリント10章)&(FB:P2161)。

・・・パウロが受け取った「正しい救い」を聖書から受け取りましょう。
そして「聖霊によって」導いて頂きましょう。

私たちは「信じた後」、
知識も経験も、霊的に深まっていく(成熟していく)のですから。YccFuji








20161202

by Happiness-eachday | 2016-12-02 05:23 | 2016年10-12月 | Trackback