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カテゴリ:2016年4-6月( 88 )

懸賞 懸賞

5月30日ヨブ記28-31章『苦しみの意味』

懸賞 2016年 05月 30日 懸賞

『苦しみの意味』

【30:20 私はあなたに向かって叫びますが、あなたはお答えになりません。・・30:21 あなたは、私にとって、残酷な方に変わられ、御手の力で、私を攻めたてられます。
30:26 私が善を望んだのに、悪が来、光を待ち望んだのに、暗やみが来た。・・・
31:33 あるいは、私がアダムのように、自分のそむきの罪をおおい隠し、自分の咎を胸の中に秘めたことがあろうか。・・・31:35私を訴える者が書いた告訴状があれば、31:36 私はそれを肩に負い、冠のように、それをこの身に結びつけ、31:37 私の歩みの数をこの方に告げ、君主のようにして近づきたい。・・・31:40 ヨブのことばは終わった。】

①ヨブは、自分の祝福されていた頃を、懐かしく思い出しました。
なぜなら以前からヨブは人々に親切にし、
当時、人々はヨブを尊敬していたからです(29章)。

②しかし彼が全てを失い病気になった今、
人々はヨブをあざ笑うようになりました(30:1)。

③そして、ヨブは「自分の正しさ」を主張し続けました。
なぜなら、彼にはそこしか「拠り所」が無かったからです。

「こんなにも正しいことをしていた私」が
「なぜこのようなひどい目に会わなければならないのか」(31章)
これがヨブの訴えでした。

④しかしこの弁明が段々と「高慢」に変わっていったのです。
「自分は絶対的に正しい」と主張し、
主に対して「君主のように近づきたい」と語ったのです。
これは、主に対して「高慢な言葉」です。
(人はそこまで自分の正しさを主張できません)

④主はここから「ヨブの高慢」の取り扱いを始めました。
そしてこの後、へりくだりと「祝福の回復」を与えられたのです。

・・・人間の心には、
このような「隠れた高慢」があるのではないでしょうか。
それを取り扱われるような義人は、少ないかもしれません。

しかし主は、ヨブの「自分でも気が付かない心の奥底」までも知っておられ、
その人間の本質に関わるような「心を暴き出し」、
その癒しと回復のため「取り扱い」をされることがあるのです。YccFuji








20160530

by Happiness-eachday | 2016-05-30 05:44 | 2016年4-6月 | Trackback

5月29日ヨブ記24-27章『本音で祈った後、主とお会いする』

懸賞 2016年 05月 29日 懸賞

『本音で祈った後、主とお会いする』

【27:1 ヨブはまた、自分の格言を取り上げて言った。27:2 私の権利を取り去った神、私のたましいを苦しめた全能者をさして誓う。・・・
27:5 あなたがたを義と認めることは、私には絶対にできない。私は息絶えるまで、自分の潔白を離さない。・・・
27:8 神を敬わない者の望みはどうなるであろうか。神が彼を断ち切り、そのいのちを取り去るときは。
27:9 苦しみが彼にふりかかるとき、神は彼の叫びを聞かれるであろうか。27:10 彼は全能者を彼の喜びとするだろうか。どんな時にも神を呼ぶだろうか。27:11 私は神の御手についてあなたがたに教えよう。全能者のもとにあるものを私は隠すまい。】

①ヨブに対する、友人たちの愛のない批判に、
ヨブは「あなたたちを正しいと認めることはできない」と訴えました。

ヨブは、言いました、
「神を敬わない人は苦しみの中で主から離れてしまう」
「あなたたちよりも、私の方が神のことを語ることができる」と。

②ヨブは、自分は神を信じ、敬っているので
「主に訴え続けている」と語ったのです。

ヨブの言葉は本当です。
ヨブが主に訴え続けているのは「不信仰」ではなく、
「主を信じている」からです。

しかしヨブは、「自分は正しい」と主張する中で、
ここから段々と「神が何と言っても自分が正しい」という
「高慢の領域」に入りかけるのです。

③人間の奥底(本質)は、「高慢」です。
私たちは「神から離れている」ので、
「正しさ」で「自分を守ろう」とするのです。

そして主は、いつも「高慢」を取扱うのです。

・・・本音で、祈り続けましょう。
私たちの心は「主の御手の中」です。

ヨブは高慢を叫んだ後、主と出会い、
「へりくだりと回復を」頂いたのですから。YccFuji







20160529

by Happiness-eachday | 2016-05-29 05:21 | 2016年4-6月 | Trackback

5月28日ヨブ記20-23章『主に訴え続けると、主にお出会いできる』

懸賞 2016年 05月 28日 懸賞

『主に訴え続けると、主にお出会いできる』

【23:1 ヨブは答えて言った。23:2 きょうもまた、私はそむく心でうめき、私の手は自分の嘆きのために重い。23:3 ああ、できれば、どこで神に会えるかを知り、その御座にまで行きたい。23:4 私は御前に訴えを並べたて、ことばの限り討論したい。23:5 私は神が答えることばを知り、私に言われることが何であるかを悟りたい。23:6 神は力強く私と争われるだろうか。いや、むしろ私に心を留めてくださろう。23:7 そこでは正しい人が神と論じ合おう。そうすれば私は、とこしえにさばきを免れる。・・・】

①友人たちのヨブへの批判は、
「正しく生きてきたヨブ」に対して、愛も配慮もないものでした。

友人たちは一貫して
「ひどい目にあった原因は、お前の罪だ」と言い続けたのです(22章)。

②ヨブは、「その批判は間違っている」と思いました。
なぜなら「神の前にへりくだれ(22:21)」と言う友人たち以上に、
ヨブは「主を求め、主に訴えて」いたからです。

③ヨブは、友人からの支えを受けられなかった時、
「主にすがり」ました。
そして「叫んでも叫んでも」答えが得られなかった時、
ヨブは、ますます「主の慰めを求めた」のです。

④ヨブは後に「主とお出会い」しました。
このことが私たちの「希望」です。

私たちも、苦しみの中で、主に叫び求め続けるなら、
必ず最後には「主とお出会いすること」を信じるのです。YccFuji







20160528

by Happiness-eachday | 2016-05-28 05:23 | 2016年4-6月 | Trackback

5月27日ヨブ記16-19章『本当の解決、主に近づく道』

懸賞 2016年 05月 27日 懸賞

『本当の解決、主に近づく道』

【17:2 しかも、あざける者らが、私とともにおり、私の目は彼らの敵意の中で夜を過ごす。17:3 どうか、私を保証する者をあなたのそばに置いてください。ほかにだれか誓ってくれる者がありましょうか。17:4 あなたが彼らの心を閉じて悟ることがないようにされたからです。それゆえ、あなたは彼らを高められないでしょう。・・・】

①人は自分の立場で、批判をします。
ヨブの友人たちは、「ヨブの言っていること」を理解しようともしないで、
一方的な批判をし続けたのです。

②ヨブは、いわれのない批判を受ける中で、
自分の言葉を正しく判断(保証)して下さる方が必要だと切実に訴えました(16:19)。
そして「私を保証する者を置いて下さい」と願ったのです(17:3)。

③同時に、ヨブは「主が心を閉じたならば」、
「その人は悟ることはない」と気が付いていました(17:4)。

どれほど理解してほしいと願っても、
難しいことがあり得るのです。

・・・「人の言葉や態度」に依存しすぎるのは止めましょう。
人が「あることをしてくれるのに執着するの」は止めましょう。

それは得られない幻想のようなものです。
「主により頼み」ましょう。
それがただ一つの解決の道です。

「主が保証となって下さり」私たちは真に安定するのです。
人の援助はそのための「呼び水」でしかないのです。YccFuji










20160527

by Happiness-eachday | 2016-05-27 05:20 | 2016年4-6月 | Trackback

5月26日ヨブ記13-15章『苦しみが益となる・・・』

懸賞 2016年 05月 26日 懸賞

『苦しみが益となる・・・』

【13:1 見よ。私の目はこれをことごとく見た。私の耳はこれを聞いて悟った。13:2 あなたがたの知っていることは私も知っている。私はあなたがたに劣っていない。13:3 だが、私は全能者に語りかけ、神と論じ合ってみたい。13:4 しかし、あなたがたは偽りをでっちあげる者、・・・】

①ヨブの友人ツォファルの、ヨブに対する愛のない言葉に対して、
ヨブは切実な弁論をしました。

それは「自分の方が神の前に正しく歩んできた筈だ」という
「切なる叫び」でした。

事実ヨブは、宗教的には完ぺきに近い行いをしていました。
それも先日書いたように「創造主も認める程」でした。

ですからツォファルの批判は「的外れ(間違い)」だったのです。

②しかし人間は、他人に対して「自分自身の思ったこと」を言います。
そのことを批判しても意味はないのです。

③ヨブの求めた「解決方法」は、「創造主に訴えること」でした。
この方こそ「自分を正しく判断して下さるお方」であることを、
ヨブは信じていたからです。

④批判をされた時、弁明することは自然です。
(ヨブがしたように)

しかし真の解決は
「主に訴えること」によってのみ与えられるのです。

「主から頂く言葉や慰め」は、
人から受ける支えよりも「大きく確か」です。
そのことを体験した人は、「主との深い関係」を持ちます。
(ヨブがそうだったように)

「主との交わりの深み」を知った時、
あなたも「苦しみが益になった」と言えるのです。YccFuji








20160526

by Happiness-eachday | 2016-05-26 05:25 | 2016年4-6月 | Trackback

5月25日ヨブ記10-12章『主を求めるこころ』

懸賞 2016年 05月 25日 懸賞

『主を求めるこころ』

【10:1 私は自分のいのちをいとう。私は自分の不平をぶちまけ、私のたましいの苦しみを語ろう。10:2 私は神に言おう。「私を罪ある者となさらないように。なぜ私と争われるかを、知らせてください。10:3 あなたが人をしいたげ、御手のわざをさげすみ、悪者のはかりごとに光を添えることは良いことでしょうか。10:4 あなたは肉の目を持っておられるのですか。あるいは、人間が見るように、あなたも見られるのですか。・・・」】

①ヨブは、正しく生きてきた筈の自分の人生を振り返りながら、「主に訴え」ました。
実際「主が、ヨブは正しい(1:8)」と言われたほど、
ヨブは宗教的にも、正しい人でした。

②ですからヨブは「なぜ自分がこのような目に遭うのか」、
自分より悪人と思える人が「良い目に遭っているのか」が理解できなかったのです。

②ヨブは、「自分の心の苦しみ」を、そのまま主に訴えました。
そしてヨブは訴え続けた後、「主と出会い」、
すべてが回復され、2倍の祝福を得たのです。

③私たちには、「自分でできること」と
「自分ではコントロールできないこと」があります。

祈ることは「自分でできること」です。
そして「自分では支配できないこと」は、受け入れるしかないのです。

それを悟った人は、苦しみの中で、
「益々主を求め」「主と出会い」、「主との関係を深めていく」のです。

④あなたの周りには、問題がありますか?

「不平を言い」「環境のせいにする」のも、
「ますます主に祈る(良いことを選ぶ)」のも、
あなたの自由意思による「選択」なのです。

そして「良い選択ができるように」主は助けて下さるのです。YccFuji







20160525

by Happiness-eachday | 2016-05-25 05:27 | 2016年4-6月 | Trackback

5月25日ヨブ記7-9章『仲介者、イエス様の恵み』

懸賞 2016年 05月 24日 懸賞

『仲介者、イエス様の恵み』

【9:32 神は私のように人間ではないから、私は「さあ、さばきの座にいっしょに行こう」と申し入れることはできない。9:33 私たちふたりの上に手を置く仲裁者が私たちの間にはいない。9:34 神がその杖を私から取り去られるように。その恐ろしさで私をおびえさせないように。9:35 そうすれば、私は語りかけ、神を恐れまい。いま私はそうではないからだ。】

①ヨブは、原因が理解できない苦しみの前に、
主に訴えることしかできませんでした。

しかしその訴えは、むなしく響いたのです。

②ヨブは、知っていました。
いくら主の前に自分の正しさを訴えても、
「罪ある人間の主張」は「認めてもらえないこと」を。

ですから主と自分を正しく判断してくれる
「仲介者」が欲しい(今はいない)と
ヨブは切実に訴えたのです。

③新約の現在は、素晴らしい時代です。
私たちが「どれほど罪深くても」(実際は救いようもない程に罪深いのですが)、
イエス様は十字架の犠牲によって、
私たちを赦して下さるのです。

④イエス様が、
「父なる神」と「私たち」の「仲介者」となって下さり、
「ご自分の犠牲」によって「父なる神」にとりなして下さるのです。

・・・ヨブが願っていた「仲介者」は、
後にやってくる「イエス様」です。

私たちは、この「イエス様」によって、
「神の子(罪赦された者)」として、
親しく「父なる神」に近づくことができるのです。YccFuji







20160524

by Happiness-eachday | 2016-05-24 04:51 | 2016年4-6月 | Trackback

5月23日ヨブ記4-6章『人間の慰めの限界』

懸賞 2016年 05月 23日 懸賞

『人間の慰めの限界』

【6:14 落胆している者には、その友から友情を。さもないと、彼は全能者への恐れを捨てるだろう。
6:15 私の兄弟たちは川のように裏切った。流れている川筋の流れのように。・・・】

①ヨブは、彼自身に罪がないのに
「悪魔の攻撃によって」財産と子供たちを失い、
酷い病気にもなりました。

ヨブはこの苦しみの理由が分からずに、主に訴えたのです。

②この「うめきの言葉」を
ヨブの友、エリファズは「不信仰」と理解し、
ヨブを「聖書の教理」によって徹底的に批判したのです。

「あなたは罪を犯した、
だから苦しんでいるのだ」と。

しかしこれは明らかに「的はずれ」であり
間違っていました。

ヨブにとって必要だったものは、
ヨブ自身が語っているように「友情」だったのです。

③残念ながら、人間は相手の心を
「本当に正しく理解」することはできません。
ですから「誤解」が起こり、「傷つけられる」のです。

④しかし感謝なことは、
真の友でもある「イエス様」は
私たちの心を正しく理解し、受け入れ、愛して下さいます。

私たちは「イエス様に慰められること」こそが最も深い慰めとなるのです。
(この恵みを体験した者は人生が変わるのです)

・・・祈りの中で「主にお出会い」しましょう。
ヨブと同じように「苦しみの真の解決」は「主と出会うこと」なのです。
これ以外(人間の慰め)は、補足的なものです。YccFuji







20160523

by Happiness-eachday | 2016-05-23 20:56 | 2016年4-6月 | Trackback

5月22日ヨブ記1-3章『苦しみの意味』

懸賞 2016年 05月 22日 懸賞

『苦しみの意味』

【3:11 なぜ、私は、胎から出たとき、死ななかったのか。なぜ、私は、生まれ出たとき、息絶えなかったのか。3:12 なぜ、ひざが私を受けたのか。なぜ、私の吸う乳房があったのか。・・・】

①ヨブ記は、「なぜ義人が苦しみに会うのか」がテーマです。

ヨブは、彼のすべての財産が奪取され、
子供たちも死んでしまう状況の中で、
彼は苦しみましたが、神の前で信仰深く歩もうと努力し続けました。

②しかし自分の身が病気となり、
その苦しみが余りにひどくなると、
「自分が生まれたこと」をのろい始めたのです。

③この「うめき」にも似た言葉を誰も批判することはできません。
どんな人でも、このような状況になるならば、
同じような言葉を出すはずです。

④私たちは、「不信仰」見えるような言葉の背後に、
「信仰の叫び」があることを忘れてはいけません。

表面上の言葉の背後に
「なぜこのことを主は許されたのか」という
「信仰の問いかけ」があることを見過ごしてはいけないのです。

⑤ヨブの3人の友人たちは、
皆、彼を誤解して非難しました。

しかし主は、「ヨブの叫び」の真意を聞き、
最終的にはヨブのすべてを回復させ、
ヨブの神信仰(信頼)を増し加えたのです。

・・・苦しみには意味があることを知りましょう。

そしてヨブ記を通じて分かるもう一つの結論は、
創造主が「許可を与えない限り」苦しみは来ないという点です。

それは、一時期は不幸に見えても、
最終的には「真実な神」であることを現される「主の計画」があるということなのです。YccFuji








20160522

by Happiness-eachday | 2016-05-22 05:16 | 2016年4-6月 | Trackback

5月21日エステル記7-10章『主がして下さった事を、感謝し続ける大切さ』

懸賞 2016年 05月 21日 懸賞

『主がして下さった事を、感謝し続ける大切さ』

【9:20 モルデカイは、これらのことを書いて、アハシュエロス王のすべての州の、近い所や、遠い所にいるユダヤ人全部に手紙を送った。9:21 それは、ユダヤ人が毎年アダルの月の十四日と十五日を、9:22 自分たちの敵を除いて休みを得た日、悲しみが喜びに、喪の日が祝日に変わった月として、祝宴と喜びの日、互いにごちそうを贈り、貧しい者に贈り物をする日と定めるためであった。】

①エステル記は、神という言葉は使われてはいませんが、
「背後」に神が働いておられ、
いつも主を信じる者たちを守っておられることを教える書簡です。

②ここでは、殺されそうだったユダヤ人モルデガイが、
一転して総理大臣になり、
ペルシャ国の中で大きな影響力を持つようになったことが
、しるされています。

そしてモルデガイは、
その主の守りを記念するために「プリムの祭り」を定めたのです。

③人生を変えるような体験をしても、
「時が経過すると」忘れてしまうことがあります。

しかしそれを記念日とすれば、
毎年毎年「主の恵み」を覚えることができるのです。

洗礼日を覚え、お祝いすることは
このような意味があります。
また人生の危機的状況から主が救い出して下さった日を
「特別な記念日」とすることも良いでしょう。

大切なことは
「主がして下さったこと」をいつも覚えて、
感謝を捧げ続けることなのです。

④主はあなたにどんな奇跡(助け)を与えて下さいましたか?
それはいつのことですか?

これらのことを覚え(思い出し)、感謝をお捧げしましょう。

そしてこれからも「同じように助けて下さる」主であることを、
もう一度、深く受けとめるのは、
大切なことなのです。YccFuji








20160521

by Happiness-eachday | 2016-05-21 05:20 | 2016年4-6月 | Trackback