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カテゴリ:2016年4-6月( 88 )

懸賞 懸賞

6月10日詩編30-33篇『夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。』

懸賞 2016年 06月 09日 懸賞

『夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。』

【30:4 聖徒たちよ。【主】をほめ歌え。その聖なる御名に感謝せよ。30:5 まことに、御怒りはつかの間、いのちは恩寵のうちにある。夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。
30:6 私が栄えたときに、私はこう言った。「私は決してゆるがされない。」
30:7 あなたが御顔を隠され、私はおじ惑っていましたが。30:8 【主】よ。私はあなたを呼び求めます。私の主にあわれみを請います。
30:10 聞いてください。【主】よ。私をあわれんでください。【主】よ。私の助けとなってください。30:11 あなたは私のために、嘆きを踊りに変えてくださいました。】

①信仰生活には、良い時もあれば難しい時もあります。
著者のダビデも、良い時を経験しましたが、
悪い時も経験したのです。

②しかしダビデは、「悪い時は長く続かない」ことを知っていました。
(夕焼けには涙でも、朝焼けには喜び4節)

③主を信じる信仰生活にも、色々な時があります。
ダビデも、すべて上手くいっていた時には、
「自分の力を過信した」ようです(6節)。

しかし苦しみを経験すると、主に叫んだのです。
すると主は「嘆きを踊りに」変えて下さいました。

・・・何度も書いていますが、
信仰生活には色々な時があります。
「このようになったら幸せ」と考えるのは相応しくありません。

良い時も悪い時も「主が共にいて下さる」ならば、
幸せな時です。
(それらの経験が人生に厚みを与えるのです)

要は「主の与える恵み」を、
現状で「体験しているかどうか」なのです。

あなたは今、主の恵みを「体験していますか?」
「現状で幸せですか」
もう一度、「自分の心の状態」を確認してみましょう。YccFuji







20160610

by Happiness-eachday | 2016-06-09 20:15 | 2016年4-6月 | Trackback

6月9日詩編26-29章『祝福を受け続ける秘訣』

懸賞 2016年 06月 09日 懸賞

『祝福を受け続ける秘訣』

【27:4 私は一つのことを【主】に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、【主】の家に住むことを。【主】の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。・・・
27:9 どうか、御顔を私に隠さないでください。あなたのしもべを、怒って、押しのけないでください。あなたは私の助けです。私を見放さないでください。見捨てないでください。私の救いの神。27:10 私の父、私の母が、私を見捨てるときは、【主】が私を取り上げてくださる。27:11 【主】よ。あなたの道を私に教えてください。私を待ち伏せている者どもがおりますから、私を平らな小道に導いてください。・・・27:13 ああ、私に、生ける者の地で【主】のいつくしみを見ることが信じられなかったなら─27:14 待ち望め。【主】を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。【主】を。】

①ダビデの一番の願いは、
「いつも主の家に住むこと」でした。
ダビデにとって「主との交わり」は、
「自分の存在の支え」になるほど大切なものだったのです。

「ダビデの祈り」は非常に深い「人格的な交わり」だったのです。

②しかしそんなダビデも
「主との交わり」が遠く感じられた時がありました。
その時ダビデは、諦めたり落ち込んだりするのではなく、
ますます主に「すがった」のです。

また自分自身にも「主を待ち望め(27:14)」と言い聞かせたのです。
そして「約束の祝福」を受け取りました。

・・・私たちにも主が遠く感じられる時があります。
その時私たちはダビデにように「ますます主にすがり」ましょう。
そして自分自身にも「主を待ち望め」と言い聞かせましょう。

これがダビデから学ぶことができる、
「祝福を受け続ける秘訣」なのです。YccFuji






20160609

by Happiness-eachday | 2016-06-09 05:00 | 2016年4-6月 | Trackback

6月8日詩編22-25篇『最も効果がある解決方法』

懸賞 2016年 06月 07日 懸賞

『最も効果がある解決方法』

【25:1 【主】よ。私のたましいは、あなたを仰いでいます。25:2 わが神。私は、あなたに信頼いたします。どうか私が恥を見ないようにしてください。私の敵が私に勝ち誇らないようにしてください。25:3 まことに、あなたを待ち望む者はだれも恥を見ません。ゆえ(理由)もなく裏切る者は恥を見ます。25:4 【主】よ。あなたの道を私に知らせ、あなたの小道を私に教えてください。25:5 あなたの真理のうちに私を導き、私を教えてください。あなたこそ、私の救いの神、私は、あなたを一日中待ち望んでいるのです。】

①ダビデは、「創造主の力」を信じていたので、
苦しみの時に「ひたすら主を求め」ました。

そして主を信じる者が「恥を見ないようにして下さい」と
嘆願したのです。

②ダビデの苦しみの一つは
「自分を理由なく裏切った者」からの痛みでした。
信頼していたものから裏切られることは非常な痛みとなります。

しかし彼は「自分で復讐」をしようとはしませんでした。

③恥を受けたり、有らぬ批判を受けた時、
人は普通、怒りを感じます。
(そして自分で復讐しようとします)。

しかしダビデは、主に苦しみをゆだね、
「主の導きを求めた」のです。
ダビデは厳しい状況になればなるほど、
「主の小道を教えて下さい」と祈ったのです。

④最善の解決は「主からやってきます」。
そのことを知る者は、
苦しい状況になればなるほど、切実に「主の解決を求める」のです。
(そして導かれた「主の方法」で解決を受け取るのです。)

・・・「ダビデの信仰」を見習いましょう。

「主の方法」にゆだねることは、
(肉がそれをしたくないと叫ぶかもしれませんが)、
最も効果がある「解決方法」なのです。YccFuji







20160608

by Happiness-eachday | 2016-06-07 21:28 | 2016年4-6月 | Trackback

6月7日詩編18-21章『心の中の隠れた、罪の聖め』

懸賞 2016年 06月 07日 懸賞

『心の中の隠れた、罪の聖め』

【19:7 【主】のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、【主】のあかしは確かで、わきまえのない者を賢くする。19:8 【主】の戒めは正しくて、人の心を喜ばせ、【主】の仰せはきよくて、人の目を明るくする。19:9 【主】への恐れはきよく、とこしえまでも変わらない。【主】のさばきはまことであり、ことごとく正しい。19:10 それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。蜜よりも、蜜蜂の巣のしたたりよりも甘い。19:11 また、それによって、あなたのしもべは戒めを受ける。それを守れば、報いは大きい。19:12 だれが自分の数々のあやまちを悟ることができましょう。どうか、隠れている私の罪をお赦しください。19:13 あなたのしもべを、傲慢の罪から守ってください。・・・】

①創造主は、完全なお方で、
その判断には間違いはありません。
そのお方の言葉を私たちは聞き、知恵が与えられるのです。

②しかし私たち人間は、堕落した以降、
神様から離れてしまいました。
ですから無意識の中にも「数々の罪(的外れ)」を握っているのです。

③私たちが、「自分が正しい」と考えている間には、
気が付かないのですが、
正しい創造主の言葉を聞きたい、近づきたいと考え始めると、
自分の中にある「罪の存在」に気が付くようになるのです。

④この文章を読んでおられる方は
「主に近づきたい」と願っていると思います。

そのような気持ちを持っている人は、
自分の奥の「隠れた罪」に気が付き、
悔い改め、聖めを頂くのです。

⑤罪に気が付くことは、
「つらい作業」でもあります。
しかしそれを告白し、聖められる時に、
私たちは、心の奥から「主と共に歩みたい」を思えるようになり、
「主と共に歩めるように」に造り変えられていくのです。YccFuji







20160607

by Happiness-eachday | 2016-06-07 04:58 | 2016年4-6月 | Trackback

6月6日詩編14-17章『主が備える道を歩む(主の助言を受け取る人)』

懸賞 2016年 06月 06日 懸賞

『主が備える道を歩む(主の助言を受け取る人)』

【16:7 私は助言を下さった【主】をほめたたえる。まことに、夜になると、私の心が私に教える。16:8 私はいつも、私の前に【主】を置いた。【主】が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。16:9 それゆえ、私の心は喜び、私のたましいは楽しんでいる。私の身もまた安らかに住まおう。16:10 まことに、あなたは、私のたましいをよみに捨ておかず、あなたの聖徒に墓の穴をお見せにはなりません。16:11 あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。】

①その詩もダビデの詩です。
ダビデは「主が良い神」であることを何度も経験しました。
しかしそれはダビデがいつも「主を前に置いて」生きていたからです。

②「主を前に置く」とは、主の後に従うということです。
それは自分が好きなことだけでなく、
嫌なことも含まれています。

しかしそのように「主の助言を受ける人」には、
「よみや墓のようなところ」ではなく、
「いのちの道」を歩むように、主が導いて下さるのです。

・・・「自分思い通り」に進まないようにしましょう。
(一旦退いて)
主を前に置いて、「主の栄光」を考えて、
「道を選択」しましょう。

あなたが「衝動で選ぶ道」よりも、
主が「良いとして導く道」の方が、
素敵な道となることが多いのです。YccFuji








20160606

by Happiness-eachday | 2016-06-06 05:12 | 2016年4-6月 | Trackback

6月5日詩編10-13章『主を遠くに感じる時・・・』

懸賞 2016年 06月 05日 懸賞

『主を遠くに感じる時・・・』

【10:1 【主】よ。なぜ、あなたは遠く離れてお立ちなのですか。苦しみのときに、なぜ、身を隠されるのですか。10:2 悪者は高ぶって、悩む人に追い迫ります。彼らが、おのれの設けたたくらみにみずから捕らえられますように。
10:12 【主】よ。立ち上がってください。神よ。御手を上げてください。どうか、貧しい者を、忘れないでください。
10:17 【主】よ。あなたは貧しい者の願いを聞いてくださいました。あなたは彼らの心を強くしてくださいます。耳を傾けて、10:18 みなしごと、しいたげられた者をかばってくださいます。地から生まれた人間がもはや、脅かすことができないように。】

①信仰生活はいつも順調ではありません。
この詩の作者も、主を信じていても、苦しみを受けました。
そしてその時「主を遠くに感じた」のです。

②彼はその苦しみの中で、
「ますます主に訴えました(12節)」

そして「助けを受けた(17節)」のです。

③主の願いを無視するような人も、
順調に生活しているように見える時があります。

しかしそれは
「主の裁きがあまりに高いので気がつかない(5節)」だけなのです。

④生きておられる主は、正しい裁きをされるお方です(16節)。
そして、主に「へりくだって求める者」の祈りを必ず聞いて下さり、
「切実に主に求める者」を「助ける」お方なのです。

これがこの詩の作者の体験です。
そして主を信じる「あなた」が受ける体験でもあるのです。YccFuji









20160605

by Happiness-eachday | 2016-06-05 05:17 | 2016年4-6月 | Trackback

6月4日詩編6-9章『悲しい時に、主を求める』

懸賞 2016年 06月 04日 懸賞

『悲しい時に、主を求める』

【6:4 帰って来てください。【主】よ。私のたましいを助け出してください。あなたの恵みのゆえに、私をお救いください。6:5 死にあっては、あなたを覚えることはありません。よみにあっては、だれが、あなたをほめたたえるでしょう。
6:7 私の目は、いらだちで衰え、私のすべての敵のために弱まりました。6:8 不法を行う者ども。みな私から離れて行け。【主】は私の泣く声を聞かれたのだ。6:9 【主】は私の切なる願いを聞かれた。【主】は私の祈りを受け入れられる。6:10 私の敵は、みな恥を見、ただ、恐れおののきますように。】

①この詩もダビデの詩です。

主との交わりが豊かだったダビデも、
「自分が主から見放された」ように感じられたことがありました。

彼はいらだち、弱さを感じ、泣いてしまったのです。

②その時ダビデは、
自分の周りにある「否定的な感情」を捨て去って、
益々「切実に主を求めた」のです。

③あなたは、どこまで「主にしがみついて」祈っていますか?
「主以外」には解決がないことを知り、
どこまで求めていますか?

ダビデは、「主との交わり」を切に求め
「間単にはあきらめません」でした。
(そして回復を頂いたのです)

④祈りは信仰生活の「生命線」です。
それは「主を求めること」と
「邪魔するものを捨て去ること」によって強められるのです。

⑤祈りが必要な時、
または主から離れたように感じられる時こそ、
「主との関係を深めるチャンス」なのです。

祈れば、必ず「主からの語りかけ」があることを信じましょう。
これが「ダビデの経験」であり、
「私たちが体験するもの」なのです。YccFuji








20160604

by Happiness-eachday | 2016-06-04 05:03 | 2016年4-6月 | Trackback

6月3日詩編1-5篇『祝福を受ける方法』

懸賞 2016年 06月 03日 懸賞

『祝福を受ける方法』

【1:1 幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。1:2 まことに、その人は【主】のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。1:3 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。・・・】

①私たちが問題にぶつかった時、

原則を優先させて行動するか。
打算を優先させて行動するかで、

対処の仕方が変わります。

原則を優先させれば、「ルールを尊重すること」を選びますが、
打算を尊重すると「どのように裏をかくか」となるのです。

②今の時代は、ごまかしが暴露される時代です。
ルールを無視すると、大変なしっぺ返しを受ける時代なのです。

③神様を信じている人は、
「神様がすべて見ておられる」のを知っています。
ですから「大きく原則を外れること」が少なくなるのです。

④人が見ていても、見ていなくても、
すべてを導いておられる方を知り、
その教えを「口ずさみ守っている人」は、
主の祝福を受けることができるのです。

「祝福を受ける方法」は簡単です。
いつでもどんな時でも「主の教えを尊重する」ことです。YccFuji








20160603

by Happiness-eachday | 2016-06-03 05:29 | 2016年4-6月 | Trackback

6月2日ヨブ記40-42最終章『苦しみの目的』

懸賞 2016年 06月 02日 懸賞

『苦しみの目的』

【40:1 【主】はさらに、ヨブに答えて仰せられた。40:2 非難する者が全能者と争おうとするのか。神を責める者は、それを言いたててみよ。
40:8 あなたはわたしのさばきを無効にするつもりか。自分を義とするために、わたしを罪に定めるのか。
42:1 ヨブは【主】に答えて言った。42:2 あなたには、すべてができること、あなたは、どんな計画も成し遂げられることを、私は知りました。42:3 知識もなくて、摂理をおおい隠す者は、だれか。まことに、私は、自分で悟りえないことを告げました。自分でも知りえない不思議を。
42:5 私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。42:6 それで私は自分をさげすみ、ちりと灰の中で悔いています。
42:10 ヨブがその友人たちのために祈ったとき、【主】はヨブの繁栄を元どおりにされた。【主】はヨブの所有物もすべて二倍に増された。・・・
42:12 【主】はヨブの前の半生よりあとの半生をもっと祝福された。・・・】

①主からの直接の語りかけを受けて、
ヨブは心からへりくだり、悔い改めました。

全能者である創造主から指摘された時、
すべてのことが好循環となったのです。

②自分の力で「悔い改めること」はできません。
また自分の考えや努力でも、「主を知ることも」できないのです。
悔い改めも主を知ることも
「主から一方的に出会って頂いて」はじめて成されるのです。

③ヨブを苦しみの後、何を頂いたのでしょうか。
それは「本当の神理解(体験)」と「癒しと回復」、
そして「2倍の祝福」です。
主が、苦しみを与えることを許可した理由が、ここにあったのです。

・・・苦しみには意味があります。
ヨブ記を何度も思いめぐらすことを通じて、
あなたは「苦しみの理由の一部」を受け取ることができます。

それはあなたが「愛の神」を深く知るプロセスなのです。YccFuji








20160602

by Happiness-eachday | 2016-06-02 05:15 | 2016年4-6月 | Trackback

6月1日ヨブ記36-39章『神が語られる時・・・(聖められる方法)』

懸賞 2016年 06月 01日 懸賞

『神が語られる時・・・(聖められる方法)』

【36:21 悪に向かわないように注意せよ。あなたは悩みよりも、これを選んだのだから。・・・
37:23 私たちが見つけることのできない全能者は、力とさばきにすぐれた方。義に富み、苦しめることをしない。 37:24 だから、人々は神を恐れなければならない。

38:1 【主】はあらしの中からヨブに答えて仰せられた。38:2 知識もなく言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。・・・
38:16 あなたは海の源まで行ったことがあるのか。深い淵の奥底を歩き回ったことがあるのか。38:17 死の門があなたに現れたことがあるのか。あなたは死の陰の門を見たことがあるのか。・・・】

①エリフの言葉の後、【主】は突然ヨブに語りかけられました。
エリフの言葉によって、
ヨブの心に「主の言葉を聞く準備」ができた為でした。

②【主】は私たちに「準備」をさせます。
私たちには「主の計画の全体」は分かりません。
しかし準備ができた時に、
「主の計画」が始まるのです。

③そして、苦しみは「主を待ち望む準備」となることがあるのです。
苦しみが用いられ、
本音で訴え、叫び、(時に無様な格好を人に見せる)その後、
【主】とお出会いすることがあるのです。

④真の悔い改めは「自分の力」ではできません。
(それは悔い改めたふりです)
「主から語りかけられて(本当のズレに気が付いて)」
初めて「真の悔い改め」ができるのです。

・・・私たちは理性では押さえていても
「自分の感情通り」に選択をします。

ですから、「主の前」で、一度、
「自分の感情を全て告白」して、
それを「聖めて」頂かなくてはいけないのです。YccFuji








20160601

by Happiness-eachday | 2016-06-01 05:12 | 2016年4-6月 | Trackback