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カテゴリ:2016年4-6月( 88 )

懸賞 懸賞

6月20日詩編75-78篇『主の見せて下さったしるしを、正しく受け止める』

懸賞 2016年 06月 20日 懸賞

『主の見せて下さったしるしを、正しく受け止める』

【77:1 私(アザフ)は神に向かい声をあげて、叫ぶ。私が神に向かって声をあげると、神は聞かれる。77:2 苦難の日に、私は主を尋ね求め、夜には、たゆむことなく手を差し伸ばしたが、私のたましいは慰めを拒んだ。
77:10 そのとき私は言った。「私の弱いのはいと高き方の右の手が変わったことによる。」77:11 私は、主のみわざを思い起こそう。まことに、昔からのあなたの奇しいわざを思い起こそう。77:12 私は、あなたのなさったすべてのことに思いを巡らし、あなたのみわざを、静かに考えよう。77:13 神よ。あなたの道は聖です。神のように大いなる神が、ほかにありましょうか。】

①アザフはダビデと同時代の人物です。
彼は主の恵みと憐れみを体験していましたが、
長い苦しみを味わいました。

②その時彼は、
今までの「主の助けと恵み」を思い起こして、
「主は素晴らしい方」であることを、
もう一度確認したのです。

③「悪い現象」は、主の許可の中で起こることですが、
「主ご自身」ではありません。
背後に「主の計画とお考え」があることを覚えるべきなのです。

そのために、今までの「しるし」を
「思いめぐらすこと」は非常に大切です。

・・・悪いことが起こっても冷静に対応しましょう。
その背後の「主の御意志」があることを受け止めましょう。

「主のお考え」は、「私たちの考え」とは違い、
遥かに高いのです(イザヤ55章)。

その「高いお考え」を知るためには、
主が与えて下さった「しるし」を冷静に見極めることが必要なのです。

「主のしるし」を正しく受け止めるならば、
主の「あなたに対する愛」を正しく受け止めることができるのです。YccFuji






20160620

by Happiness-eachday | 2016-06-20 05:47 | 2016年4-6月 | Trackback

6月19日詩編71-74篇『次世代に、主の恵みを伝える使命』

懸賞 2016年 06月 19日 懸賞

『次世代に、主の恵みを伝える使命』

【71:17 神よ。あなたは、私の若いころから、私を教えてくださいました。私は今もなお、あなたの奇しいわざを告げ知らせています。71:18 年老いて、しらがになっていても、神よ、私を捨てないでください。私はなおも、あなたの力を次の世代に、あなたの大能のわざを、後に来るすべての者に告げ知らせます。71:19 神よ。あなたの義は天にまで届きます。あなたは大いなることをなさいました。神よ。だれが、あなたと比べられましょうか。71:20 あなたは私を多くの苦しみと悩みとに、会わせなさいましたが、私を再び生き返らせ、地の深みから、再び私を引き上げてくださいます。】

①詩人は、若い時から創造主の助けを受けていました。
そして彼は一日中、主を賛美し感謝を捧げていたのです。(8節) 

②彼の願いは「年をとっても同じように主に導いて頂くこと」でした。
そうすれば「主の素晴らしさ」を、
「次世代」に実感をもって語ることができると考えたからです。

詩人はそのことが「自分の使命」と感じていました。

③信仰生活が長くなると、
良いことだけではなく苦しみも体験します。
しかし苦しみの中で主に祈ると
「主の助け」を体験するのです。

それを通じて、(知識や口先だけでない)
主を信じる「本当の素晴らしさ」を体験するのです。

・・・「次世代に主の証」をしましょう。
そのために「毎日主の恵み」を体験しましょう。

「恵みを次世代に伝えること」は、「あなたの重要な使命」です。
主の恵みは、言葉ではなく
「その人の人生を通じて」伝わるのです。YccFuji








20160619

by Happiness-eachday | 2016-06-19 05:14 | 2016年4-6月 | Trackback

6月18日詩編66-70篇『毎日、助けて下さる主』

懸賞 2016年 06月 18日 懸賞

『毎日、助けて下さる主』

【68:19 ほむべきかな。日々、私たちのために、重荷をになわれる主。私たちの救いであられる神。 68:20 神は私たちにとって救いの神。死を免れるのは、私の主、神による。】

①主は、ダビデの人生の中で、
多くの苦しみの時に助けられました。
そして、ダビデはそれらの「しるし」を覚えていました。

②私たちの人生の中にも、
主は「多くのしるし」を与えておられます。

「しるし自体」は、創造主ではありません。
創造主が、あるお気持ちでもって、
「しるし(助け)を与えられる」のです。

そのしるしを、丹念に見ていく時に、
それを与えておられる「創造主のお考え」が見えてくるのです。

・・・「創造主からのしるし」を「はっきり受け止めることができるように」祈りましょう。
そしてその「しるし」の背後の「主のお考えが分かる」ようにとも祈りましょう。

主は生きておられます。
そしてご意思を持っておられます。

私たちは、「聖書の御言葉」や
「私たちの生活に与えられるしるし」を通じて、
「主のお気持ち」知ることができるのです。

それは「聖書に書かれている通り」、
「憐れみ」であり「愛」です。

それらを私たちが(聖霊によって)理解した時、
「私たちの人生」は変えられるのです。YccFuji







20160618

by Happiness-eachday | 2016-06-18 05:40 | 2016年4-6月 | Trackback

6月17日詩編61-65篇『主の聖めと祝福を頂くプロセス』

懸賞 2016年 06月 17日 懸賞

『主の聖めと祝福を頂くプロセス』

【65:2 祈りを聞かれる方よ。みもとにすべての肉なる者が参ります。65:3 咎が私を圧倒しています。しかし、あなたは、私たちのそむきの罪を赦してくださいます。
65:4 幸いなことよ。あなたが選び、近寄せられた人、あなたの大庭に住むその人は。私たちは、あなたの家、あなたの聖なる宮の良いもので満ち足りるでしょう。】

①私たちが、「主に祈ること」ができるのは、
偶然や私たちの努力ではありません。
「創造主の計画(ご意思)」がまずあってのことなのです。

②「創造主によって」命が与えられなければ、
「自分自身」という「自意識」さえも持つことができません。
そして「創造主を教えて頂かなければ」、
「主に祈ること」を知りもしなかったです。

③この文章を読んでおられるということは、
主に興味を持っておられるということだと思います。

そんなあなたは「主に引き寄せられた人」なのです。

④主に近づくと、「自分のズレ(罪と咎)」に圧倒されます.
しかしこれは「悔い改めて」
「赦しと聖め」を頂くためのプロセスなのです。

あなたは「愛されており」「選ばれている」のです。
そして深い「主との交わり」を受けることを計画されてるのです。

・・・主に選ばれた人は、「聖め」のプロセスを必ず通過します。
そしてその後に「主の祝福」を受けるのです。YccFuji







20160617

by Happiness-eachday | 2016-06-17 05:30 | 2016年4-6月 | Trackback

6月16日詩編56-60篇『苦しみを乗り越える方法』

懸賞 2016年 06月 16日 懸賞

『苦しみを乗り越える方法』

【59:1 わが神。私を敵から救い出してください。私に立ち向かう者が届かぬほど、私を高く上げてください。59:2 不法を行う者どもから、私を救い出してください。血を流す者どもから、私を救ってください。
59:16 しかし、この私は、あなたの力を歌います。まことに、朝明けには、あなたの恵みを喜び歌います。それは、私の苦しみの日に、あなたは私のとりで、また、私の逃げ場であられたからです。59:17 私の力、あなたに、私はほめ歌を歌います。神は私のとりで、私の恵みの神であられます。】

①ダビデは、義理の父であり、
王でもあるサウルから、
何度も殺されそうになりました。

そしてこの時は、自分の住居を、
王の家来によって「見張られている状況」だったのです。

②ダビデは「助けて下さい」と祈りながら、
最後に「主に賛美を捧げ」ました。

本音の「苦しみを訴え」ながら、
最終的に、主の御性質を見上げて「主をほめたたた」のです。

・・・この信仰は私たちが
「苦しみに出会った時」に参考になるものです。

ダビデは「現実の苦しみ」と共に、
(祈りの中で)「それ以上に現実である主の助け」を同時に見たのです。

信仰者は「今だけ」を見ていません。
神が助けて下さる「未来」を同時に見るのです。

「今の現実だけ」を偏って見過ぎないようにしましょう。
信仰による「良い未来」を見続けることを「選び」ましょう。

これが「信仰者」の「苦しみを乗り越える方法」なのです。YccFuji







20160616

by Happiness-eachday | 2016-06-16 04:51 | 2016年4-6月 | Trackback

6月15日詩編51-55篇『正しいことをするようにと、自分のこころに命じる』

懸賞 2016年 06月 15日 懸賞

『正しいことをするようにと、自分のこころに命じる』

【55:1 神よ。私の祈りを耳に入れ、私の切なる願いから、身を隠さないでください。55:2 私に御心を留め、私に答えてください。私は苦しんで、心にうめき、泣きわめいています。55:3 それは敵の叫びと、悪者の迫害のためです。彼らは私にわざわいを投げかけ、激しい怒りをもって私に恨みをいだいています。
55:16 私が、神に呼ばわると、【主】は私を救ってくださる。55:17 夕、朝、真昼、私は嘆き、うめく。すると、主は私の声を聞いてくださる。
55:22 あなたの重荷を【主】にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらない。55:23・・・血を流す者と欺く者どもは、おのれの日数の半ばも生きながらえないでしょう。けれども、私は、あなたに拠り頼みます。】

①ダビデは、かつての親友から裏切られ、
心の痛みを感じました。
人間は時に「自分の利益」のために、「人を裏切ること」があります。
それは非常に悲しいことですが、
しかし現実に起こり得るのです。

②ダビデはこの時、主に叫び、
自分の気持ちを「すべて主に吐き出した」後、
信仰によって「主は正しく判断して下さる」と告白したのです。

そして自分自身に
「すべてを主に委ねよ」と命じたのです。

③人間は混乱すると、理性では分かっていても、
「感情がついていかない」時があります。

この時「信仰者ダビデ」は、正しいことをするように
「自分に命じた」のです。(感情を吐き出した後でないと受け止めることはできません)

混乱しても、私たちは「正しい判断」をしなければならない時があります。
この時ダビデを見習いましょう。

自分の感情通りに行動すると大変なことになることが多いのです。

aまず祈りましょう。
bそして冷静になり、理性的に目標を設定しましょう。
c祈って感情を主に全て注ぎ出しましょう(主の慰めを体験します)。
dそして自分のこころに「主の御心」を命じるのです(主の御心が一番良い方法なのです)。

「主の御心」が「あなたに人生」に現されますように・・・。YccFuji







20160615

by Happiness-eachday | 2016-06-15 04:55 | 2016年4-6月 | Trackback

6月14日詩編46-50篇『感謝のこころで生きる』

懸賞 2016年 06月 14日 懸賞

『感謝のこころで生きる』

【50:7 「聞け。わが民よ。わたしは語ろう。イスラエルよ。わたしはあなたを戒めよう。わたしは神、あなたの神である。50:8 いけにえのことで、あなたを責めるのではない。あなたの全焼のいけにえは、いつも、わたしの前にある。
50:13 わたしが雄牛の肉を食べ、雄やぎの血を飲むだろうか。50:14 感謝のいけにえを神にささげよ。あなたの誓いをいと高き方に果たせ。50:15 苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう。あなたはわたしをあがめよう。」】

①主は、すべてを造られたお方ですから、
「モノが欲しい」お方ではありません。
私たちの「感謝のこころ」を喜ばれるのです。

②私たちが「命」を与えられ、
「必要なものを与えられている」ことに気が付く時、
「感謝」が自然にわき上がってきます。
(そして主に喜ばれるように生きたいと願うようになります)

しかし「自分だけで生きている」と錯覚する時に、
「主への感謝」を忘れてしまうのです。
(主を無視する生活となってしまいます)

②私たちが苦しみの中で、「主に求める」と、
主はいつも「助け出して」下さいます。
そのことを通じて「主が生きておられること」をもう一度、体験するのです。

・・・主に「感謝のいけにえ」を捧げましょう。
主に約束したことは果たしましょう。

「主を忘れずに生きること」が、
人生の最も大切なことなのです。YccFuji








20160614

by Happiness-eachday | 2016-06-14 05:52 | 2016年4-6月 | Trackback

6月13日詩編42-45篇『雲で山が見えなくなるように』

懸賞 2016年 06月 13日 懸賞

『雲で山が見えなくなるように』

【42:1 鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。42:2 私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。いつ、私は行って、神の御前に出ましょうか。42:3 私の涙は、昼も夜も、私の食べ物でした。人が一日中「おまえの神はどこにいるのか」と私に言う間。42:4 私はあの事などを思い起こし、私の前で心を注ぎ出しています。私があの群れといっしょに行き巡り、喜びと感謝の声をあげて、祭りを祝う群集とともに神の家へとゆっくり歩いて行ったことなどを。42:5 わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。私の前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。】

①詩人は問題に直面し、絶望しそうになる中で、
「主の助けを求めること」で乗り越えようとしました。
それは「鹿が、谷川の流れを慕う程」でした。

主の前に、昼も夜も「涙を流し」ながら、「主ご自身」を心から求めたのです。

②かつては主の交わりで素晴らしい恵みを体験した詩人でしたが、
「雲によって山が見えないように」山があるはずなのに、
この時は、見えない状況が続いたのです。

③彼は自分自身に語りました
「なぜ絶望しているのか。神を待ち望め。」と。

・・・私たちも苦しい時に、
このように自分自身に語らなければならない時があります。
それは「自分が前向きにならなければ」、
主の恵みを受け取ることができないからです。

しかし暗闇の時は終わります。
「雲が晴れて山が見えるように」、
再び神と出会う時がやってくるのです。

その時には、私たちは主に感謝できるのです。
「主は私と共にいて下さった」と。YccFuji









20160613

by Happiness-eachday | 2016-06-13 05:34 | 2016年4-6月 | Trackback

6月12日詩編38-41篇『主に近づく道』

懸賞 2016年 06月 12日 懸賞

『主に近づく道』

【39:1 私は言った。私は自分の道に気をつけよう。私が舌で罪を犯さないために。私の口に口輪をはめておこう。悪者が私の前にいる間は。39:2 私はひたすら沈黙を守った。よいことにさえ、黙っていた。それで私の痛みは激しくなった。
39:4 【主】よ。お知らせください。私の終わり、私の齢が、どれだけなのか。私が、どんなに、はかないかを知ることができるように。
39:7 主よ。今、私は何を待ち望みましょう。私の望み、それはあなたです。39:8 私のすべてのそむきの罪から私を助け出してください。私を愚か者のそしりとしないでください。】

①ダビデは、悪人からの苦しみの中でひたすら沈黙を守ろうとしました。
なぜなら悪い「種まき」を一切したくなかったからです。
しかし黙るほどに心は苦しくなっていったのです。

②その中でダビデが求めたものは、
「主との交わり」でした。
主に「痛みのすべてを語り」、
心を受けとめて頂くこと、そして主からの「慰め」を受けること・・・

「これらの具体的な体験」がダビデの心の支えだったのです。
そのため、ダビデは「望みはあなた(主ご自身)です」と告白したのです(7節)。

③またダビデは、主を求める程に
「自分の罪を自覚し、告白」しました。
なぜなら「聖い主」に近づく時「罪を悟らされる」からです。

④あなたは主を心から求めていますか?
主との交わりを大切にしていますか。

主に近づくすべて人は、ダビデが通過したようなプロセスを通過するのです。
これが「主に近づく道」なのです。YccFuji








20160612

by Happiness-eachday | 2016-06-12 05:28 | 2016年4-6月 | Trackback

6月11日詩編34-37篇『一番安全な判断と知恵』

懸賞 2016年 06月 11日 懸賞

『一番安全な判断と知恵』

【37:1 悪を行う者に対して腹を立てるな。不正を行う者に対してねたみを起こすな。37:2 彼らは草のようにたちまちしおれ、青草のように枯れるのだ。37:3 【主】に信頼して善を行え。地に住み、誠実を養え。37:4 【主】をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。37:5 あなたの道を【主】にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。37:6 主は、あなたの義を光のように、あなたのさばきを真昼のように輝かされる。・・・】

①ダビデは、「主への信頼」を堅く握っていました。
ですから悪が栄えるように見えても、
最後には、主は「正しく裁かれること」を知っていたのです。
(そしてダビデ自身は「良い種」を蒔き続けることを、推奨したのです。)

②悪人が正義を無視しても、栄えるように見えることがあります。
しかしそれは詩編10:5にあるように
「神の基準は高すぎて、悪人には見えない」だけです。

通常道路を車100キロで暴走し続ければ、
必ず事故になるように、
悪人も悪をし続けるならば、悪が満ちた時に「刈り取り」を受けるのです。

③あなたは創造主の支配を信じていますか。
ロマ12章では「復讐は主に委ねよ」と書かれています。
あなたが復讐するより主がされる方が「正しい裁き」なのです。

そしてあなたが(憎しみのため)悪い種を蒔かなければ、
あなた自身は裁かれません。
(ここには、痛みと本音を「主」に祈るというプロセスが必要です。
そうでなければ、痛みを「人」に「悪いもの」として出してしまうからです。)

「悪を主に委ね、私たち自身は善を行う」
これが一番安全な「選択」です。

そしてこれが、「主」が「神の子供たち」に願っている
「生き方」なのです。YccFuji








20160611

by Happiness-eachday | 2016-06-11 05:26 | 2016年4-6月 | Trackback