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カテゴリ:2015年10月‐12月( 89 )

懸賞 懸賞

12月9日1テサロニケ1-5章『喜ぶことができるように』

懸賞 2015年 12月 09日 懸賞

『喜ぶことができるように』

【5:16 いつも喜んでいなさい。5:17 絶えず祈りなさい。5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。
5:19 御霊を消してはなりません。5:20 預言をないがしろにしてはいけません。5:21 しかし、すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい。5:22 悪はどんな悪でも避けなさい。】

①使徒パウロは、
主の日(再臨の時)を意識して生活するように(5:2)と人々に勧めました。
そして「毎日を後悔がないように」と生きることを勧めたのです。

②人生には良い時もあれば、悪い時もあります。
上記のことをしやすい時もあれば、非常に難しい時もあるのです。

③しかし神の言葉が「方向性(ルール)を明確にしていること」は感謝なことです。
交通ルールのように「どんな気分の時」にもルールは変わらないのです。

・・・聖霊により頼みましょう。
「喜べない状況」の時に、
「喜べる訳ない」と諦めるよりも、
「喜べるよう助けて下さい」と主に祈り、助けを求めましょう。

④神の言葉の前では「素直」な方が良いのです。
正直に祈り、最後に「助けて下さい」と祈るならば、
あなたの力ではできないことが、「あなたの現実」となるのです。

今朝の御言葉をもう一度読んでみましょう。
そして「あなたの現実(本音)」と照らし合わせて、
正直に「助け」を祈りましょう。YccFuji







20151209

by Happiness-eachday | 2015-12-09 05:32 | 2015年10月‐12月 | Trackback

12月8日コロサイ1-4章『成熟に進む、信仰』

懸賞 2015年 12月 08日 懸賞

『成熟に進む、信仰』

【1:13 神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。1:14 この御子のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。
1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、御子のために和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。
1:22 今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。
1:28 私たちは、このキリストを宣べ伝え、知恵を尽くして、あらゆる人を戒め、あらゆる人を教えています。それは、すべての人を、キリストにある成人として立たせるためです。】

①使徒パウロは、聖霊の助けにより、
「律法を守ること」で救われたのではなく、
「キリストの十字架の罪の赦し」を信じることによって救われたことを悟りました。

そして救われた人は、
「暗闇」から「イエス様の支配」に移された、と理解したのです。

②自分の力で「暗闇」を抜け出すことはできません。
「創造主の力」によってしか抜け出すことはできないのです。
(このことは非常に重要な真理です)

③あなたは暗闇の中にいますか。
それとも外にいますか。

イエス様の十字架は
「暗闇から外に出て、聖められるため」
に捧られたものなのです。

聖めを求めましょう。
成熟を願いましょう。

キリストと一緒に生活している人は、
必ず暗闇から出て、
成熟(大人の信仰)に向かうのです。YccFuji







20151208

by Happiness-eachday | 2015-12-08 05:17 | 2015年10月‐12月 | Trackback

12月7日ピリピ1-5章『へりくだりとは、何か』

懸賞 2015年 12月 07日 懸賞

『へりくだりとは、何か』

【2:3 何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。2:4 自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。2:5 あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。2:6 キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、2:8 自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。】

①パウロは、パリサイ人として律法を守る敬虔な生活をしていました。
それは自慢することができるほどのものでした(3:4)。

しかしそれほどまでの努力も、
イエス様の「十字架による罪の赦し」の前には、
取るに足りないものとパウロは感じたのです(3:7)。

③イエス様の十字架は、
罪を持つ私たちには、「唯一の救いの道」です。
このことを受け止めることは、自分の努力以上に価値があるのです。

④そして、イエス様を信じ、罪の赦しを受け取ると、
「イエス様のように生きたい」と願うようになります。
それは「謙遜な道」「へりくだりの道」なのです。

⑤イエス様の謙遜さを学びましょう。
そしてイエス様のように生きることを願いましょう。

イエス様は「私たちを愛するため」に人として生まれ、
十字架の道を歩んでくださいました。
これは努力ではなく愛の行為でした。

私たちも、イエス様の愛を知り、その愛で「人々を愛する時」に
イエス様のように「へりくだる人生」を歩むことができるのです。

「へりくだり」は努力ではありません。
「愛する行為」なのです。YccFuji






20151207

by Happiness-eachday | 2015-12-07 05:25 | 2015年10月‐12月 | Trackback

12月6日エペソ4-6章『一つになる』

懸賞 2015年 12月 06日 懸賞

『一つになる』

【4:1 さて、主の囚人である私はあなたがたに勧めます。召されたあなたがたは、その召しにふさわしく歩みなさい。4:2 謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに忍び合い、4:3 平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保ちなさい。4:4 からだは一つ、御霊は一つです。あなたがたが召されたとき、召しのもたらした望みが一つであったのと同じです。】

①使徒パウロは、
キリストの願いが「一つになること」であると知っていました。

そしてクリスチャンの成長は、
個人で成長するのではなく、
「組み合わされて、結び合わされて(4:16)」成長していくと
パウロは理解したのです。

②一つになるには「愛が必要」です。
そして相手を愛するには
「相手を理解する能力」
「違いを受け入れる心」が必要です。

愛とは単純なものではありません。
「一つになるため」のあらゆる要素が込められているのです。

③あなたは、「一つになる」という命令に、
「どのように応答」していますか。

自分の出来る範囲で努力することも大事ですが、
もっと大事なことは
「主の願いを聞き」
「助けを求めること」です。

「自分の力」には限界があります。
しかし主があなたを助けて下さるならば、
「限界を超えて」一つになれるのです。YccFuji







20151206

by Happiness-eachday | 2015-12-06 05:37 | 2015年10月‐12月 | Trackback

12月5日エペソ1-3章『あなたは神の作品』

懸賞 2015年 12月 05日 懸賞

『あなたは神の作品』

【2:8 あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。2:9 行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。2:10 私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。】

①パウロの確信は、
「救いは一方的な、恵み」によって与えられ、
その恵みを受け取る方法は「信仰によってのみ」ということでした。

②実は行いによる信仰のほうが「分かりやすい」のです。
これだけのことをすれば「救われる」とか「霊性が上がる」と言われれば、
心が伴わなくても「行いさえすれば」達成したような気分になれるのです。
しかしそれでは「内面(霊性)の成長」はないのです。
(自分の力で頑張ったという良くないプライドだけが残ってしまいます)

③パウロの理解は、
「何の実績もない者」が、
ただイエス様の十字架の赦しを「受け入れるだけ」で、
「赦されるという信仰」です。
これが恵みなのです。

④またパウロは、「私たちは神の作品」だと理解しています。
私たちを造られたのが「創造主」であるならば、
「私たちは良いもの」であって
「良い行いをする目的のために」造られたとパウロは言うのです。

このことをあなたは信じますか?
それが聖書のメッセージ、あなたに対するメッセージなのです。
YccFuji









20151205

by Happiness-eachday | 2015-12-05 05:14 | 2015年10月‐12月 | Trackback

12月4日ガラテヤ4-6章『御霊が喜ぶことを、選び続ける』

懸賞 2015年 12月 04日 懸賞

『御霊が喜ぶことを、選び続ける』

【5:16 私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。
5:24 キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。5:25 もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。5:26 互いにいどみ合ったり、そねみ合ったりして、虚栄に走ることのないようにしましょう。】

①使徒パウロは、
私たちの毎日の生活が「御霊に導かれて進む」ようにと語りました。

肉と御霊の思いとは、相反します。(詳細は20-23節)。
しかしすでに私たちの肉は
「十字架につけられ死んでいる」ことを覚える時に、
私たちは「御霊に導かれて」歩むことができるのです。

②車のアクセルとブレーキに例えることができます。
アクセルは御霊であり、ブレーキは肉です。
ブレーキは踏む必要はありませんから、
アクセルを踏むことで「自由に思い通りに」進むことができるのです。

③しかし傷つけられたり、痛みを覚える時には、
ブレーキ(肉)を選んでしまう時があるのです。

あなたは「痛み」がありますか。
もしあるのならば、痛みを考える以上に
「イエス様の愛と十字架」を考えていますか?
(祈りに時間をかけていますか)

・・・クリスチャンとしての立場
(肉は十字架で死んでいる事実)を覚え続けましょう。

そして御霊に導かれ続けましょう。

あなたの人生は、「自分の肉の喜び」の為に生きるのか、
「イエス様(御霊)の喜び」の為に生きるか、
どちらを選び取るかは「大切なこと」なのです。YccFuji









20151204

by Happiness-eachday | 2015-12-04 05:18 | 2015年10月‐12月 | Trackback

12月3日ガラテヤ1-3章『イエス様を信じる信仰の、偉大さ』

懸賞 2015年 12月 03日 懸賞

『イエス様を信じる信仰の、偉大さ』

【2:16 しかし、人は律法の行いによっては義と認められず、ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる、ということを知ったからこそ、私たちもキリスト・イエスを信じたのです。これは、律法の行いによってではなく、キリストを信じる信仰によって義と認められるためです。なぜなら、律法の行いによって義と認められる者は、ひとりもいないからです。・・・
3:24 こうして、律法は私たちをキリストへ導くための私たちの養育係となりました。私たちが信仰によって義と認められるためなのです。・・・
3:28 ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。】

①使徒パウロは、
かつて律法を守ることを大切にしていたパリサイ派に属し、
当時の最高の学問を学んでいました。

しかし主の計画によって「イエス様を信じ」
罪の赦しを体験する中で、
人は「律法では救われない」ことを悟ったのです。

②パウロは「律法は養育係」と説明しました。
つまり律法を通じて「罪を自覚し」、
「救いを求めるように」なるからです。

③あなたが、「天の父なるお方(創造主)」の願いを知る中で、
「自分はそこから外れている(罪)」の自覚を持つようになります。
(そのために律法が用いられます)。

そして「神の願い」から外れた「罪」が赦されるには、
人間の力ではなく、
「イエス様の十字架の贖い」しかないことに気が付くのです。

④この救いは、「すべての人種」に開かれています。
そして私たちは「イエス様を信じる信仰」によって、
「一つの家族」となれるのです。YccFuji








20151203

by Happiness-eachday | 2015-12-03 05:08 | 2015年10月‐12月 | Trackback

12月2日2コリント10-13章『弱さは、必要』

懸賞 2015年 12月 02日 懸賞

『弱さは、必要』

【12:9 しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。12:10 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。・・・】

①パウロは、自分は肉体にとげが与えられている(12:7)と語りました。
その理由は「日々弱さを自覚するため」だというのです。

②通常の人間の価値観は、「強いほうが優れている」です。
この世はその価値観で評価されることがほとんどです。
弱さを自慢する人は一人もいません。

③しかし「キリストとの関係」にあっては、
「弱さは宝もの」なのです。
なぜなら、弱さを持つことで「強くキリストに近づく」からです。

④「自分が強い(できる)」と思っているうちには、
「キリストの元に行くことはない」のです。
口で「へり下っています」「キリストが必要です」と言っていても、
「自分に自信を持っている時」には、キリストの元にはいかないのです。
(自分でやろうとします)

・・・自分の弱さを認めましょう。
そしてキリストに助けを求めましょう。

実は誰もが弱さを持っています。
そしてその弱さは
「神の助けを求める為」に用いられるのです。YccFuji










20151202

by Happiness-eachday | 2015-12-02 05:16 | 2015年10月‐12月 | Trackback

12月1日2コリント7-9章『与える祝福、信じて行動する祝福』

懸賞 2015年 12月 01日 懸賞

『与える祝福、信じて行動する祝福』

【9:10 蒔く人に種と食べるパンを備えてくださる方は、あなたがたにも蒔く種を備え、それをふやし、あなたがたの義の実を増し加えてくださいます。9:11 あなたがたは、あらゆる点で豊かになって、惜しみなく与えるようになり、それが私たちを通して、神への感謝を生み出すのです。9:12 なぜなら、この奉仕のわざは、聖徒たちの必要を十分に満たすばかりでなく、神への多くの感謝を通して、満ちあふれるようになるからです。・・・】

①使徒パウロは、
蒔く時は「いやいやではなく、心で決めた通り、喜んで与えなさい(9:7)」と教えました。
これは単なる献金のことでだけではなく、
「与える生活全般」を示す言葉なのです。

②イエス様も「与える人は与えられる(ルカ6:38)」と語られました。
これはこの世界を造られた創造主の「法則」でもあるのです。

③今朝の聖書個所は、
あなたが「与える人(蒔く人)」になれば、
日々の生活の必要と共に「蒔くためのもの」も備えられるという約束の個所です。
(但し、正しく管理し、自分の能力範囲内で蒔くことも大切な視点です)

・・・蒔く人となりましょう。
これを生活の基本理念とするのです。
それを実行するために「具体的な行動」を取りましょう。

知っている人が祝福を受けるのではなく、
信じて行動する人が「具体的な祝福」を受けることができるのです。YccFuji








20151201

by Happiness-eachday | 2015-12-01 05:44 | 2015年10月‐12月 | Trackback

11月30日2コリント4-6章『主に喜ばれる生活を、選ぶ』

懸賞 2015年 11月 30日 懸賞

『主に喜ばれる生活を、選ぶ』

【6:1 私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。・・・
6:3 私たちは、この務めがそしられないために、どんなことにも人につまずきを与えないようにと、6:4 あらゆることにおいて、自分を神のしもべとして推薦しているのです。すなわち非常な忍耐と、悩みと、苦しみと、嘆きの中で、6:5 また、むち打たれるときにも、入獄にも、暴動にも、労役にも、徹夜にも、断食にも、6:6 また、純潔と知識と、寛容と親切と、聖霊と偽りのない愛と、6:7 真理のことばと神の力とにより、また、左右の手に持っている義の武器により、
6:8 また、ほめられたり、そしられたり、悪評を受けたり、好評を博したりすることによって、自分を神のしもべとして推薦しているのです。・・・】

①パウロは、自分が生きている理由を
「主に喜ばれる為(5:9)」と考えていました。
それは「キリストの裁きの座(5:10)」についた時に、
後悔しないためでした。

そして信者たちに「主に喜ばれるように生きること」を勧めたのです。

②パウロは様々な苦しみを経験しました。
しかし肉の反応で「仕返し」をするのではなく、
「神のしもべ」として相応しいことをしようと願ったのです。

③パウロは「キリストの愛が私たちを取り囲んでいる(5:14)」と感じていました。
ですから「自分の為に生きるのではなく」
「キリストの愛の応えて生きるようになる(5:15)」と語ったのです。

パウロほどの信仰を持つことは特別かもしれません。
しかしパウロと似た信仰を持つことは
「すべてのクリスチャンの願い」なのです。YccFuji








20151130

by Happiness-eachday | 2015-11-30 05:28 | 2015年10月‐12月 | Trackback