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カテゴリ:2015年7-9月( 91 )

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9月9日エゼキエル19-21章『主の力によって、良いことを受け取ることができる』

懸賞 2015年 09月 09日 懸賞

『主の力によって、良いことを受け取ることができる』

【20:42 わたしが、あなたがたの先祖に与えると誓った地、イスラエルの地に、あなたがたを入らせるとき、あなたがたは、わたしが【主】であることを知ろう。20:43 その所であなたがたは、自分の身を汚した自分たちの行いと、すべてのわざとを思い起こし、自分たちの行ったすべての悪のために、自分自身をいとうようになろう。20:44 わたしが、あなたがたの悪い行いや、腐敗したわざによってでなく、ただわたしの名のために、あなたがたをあしらうとき、イスラエルの家よ、あなたがたは、わたしが【主】であることを知ろう。─神である主の御告げ─」】

①主は、エジプトで奴隷だったイスラエルの民を解放し、
何度も不信仰に対応しつつも、
最後には「約束の地カナン」に民を導きました。

これは民の信仰の結果ではなく、
一方的な主の憐みによるものでした。

②信仰生活が長くなると、
「自分の頑張り」が「小さなもの」であることが分かってきます。
なぜなら、頑張りは完ぺきではなく(当然ですが)、
主に助けられて「初めて」物事が進んでいくことが分かるからです。

③人間的な努力を否定しているのではなりません。
むしろ「主に助けられて」、
「なすべきことを進める」のが現実なのです。

・・・祈りは「気休め」でも「現実逃避」でもありません。
「生きた主」とつながり、
「成し遂げる力を受ける方法」なのです。

主に祈り、助けを求めつつ、
「現実的な対応」をすることが、「最も確実な方法」なのです。YccFuji











20150909

by Happiness-eachday | 2015-09-09 05:42 | 2015年7-9月 | Trackback

9月8日エゼキエル16-18章『主にへりくだった者に与えられる、祝福』

懸賞 2015年 09月 08日 懸賞

『主にへりくだった者に与えられる、祝福』

【18:19 あなたがたは、『なぜ、その子は父の咎の罰を負わなくてよいのか』と言う。その子は、公義と正義とを行い、わたしのすべてのおきてを守り行ったので、必ず生きる。
18:20 罪を犯した者は、その者が死に、子は父の咎について負いめがなく、父も子の咎について負いめがない。正しい者の義はその者に帰し、悪者の悪はその者に帰する。
18:32 わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。─神である主の御告げ─だから、悔い改めて、生きよ。】

①主はこの個所で、
親子であっても、それぞれが犯した罪のために裁かれること
を記されました。

親がひどくても、
子供が悔い改めるならば、
子供は赦され、裁きから免れるのです。

②主は、
周りがどれほど悪い習慣に染まっていても、
悪い影響を退けて、主に従い続ける人には、
多くの祝福を与えると約束されるお方なのです。

③環境を悲しまないようにしましょう。
(くれぐれも環境のせいにしてはいけません。)

あなたが主に立ち返り、悔い改め、主に従うならば、
そこから多くの助けと導きが起こるのです。

要は「あなたの信仰」の「種まきの結果」を
「あなたが受け取るだけ」なのです。YccFuji








20150908

by Happiness-eachday | 2015-09-08 05:20 | 2015年7-9月 | Trackback

9月7日エゼキエル13-15章『ごまかし続けることの恐ろしさ』

懸賞 2015年 09月 07日 懸賞

『ごまかし続けることの恐ろしさ』

【13:10 実に、彼らは、平安がないのに『平安』と言って、わたしの民を惑わし、壁を建てると、すぐ、それをしっくいで上塗りしてしまう。13:11 しっくいで上塗りする者どもに言え。『それは、すぐはげ落ちる。』大雨が降り注ぎ、わたしが雹を降らせ、激しい風を吹きつける。13:12 すると、壁が倒れ落ちる。人々はあなたがたに向かって、『上塗りしたしっくいはどこにあるのか』と言わないだろうか。13:13 それゆえ、神である主はこう仰せられる。わたしは、憤って激しい風を吹きつけ、怒って大雨を降り注がせ、憤って雹を降らせて、こわしてしまう。13:14 あなたがたがしっくいで上塗りした壁を、わたしが打ちこわし、地に倒してしまうので、その土台までもあばかれてしまう。それが倒れ落ちて、あなたがたがその中で滅びるとき、あなたがたは、わたしが【主】であることを知ろう。】

①人は、表面的にだけ取り繕って、本質を見ないことがあります。
小手先のごまかしだけを考えで、
本当の問題を取り扱わないのです。

②主は、私たちの行動(見える部分)も知っておられますが、
私たちの心(見えない部分)をも知っておられるのです。

主に「すべて見られている」ということに、
気が付くならば、
ごまかしが「どれほど恐ろしいか」が分かります。

一番大切なことは、「主の前に正直」なことです。

・・・主が「内面を見ておられること」を意識しましょう。
そしてごまかさずに、「心の奥底」を主の前に祈りましょう。

今朝の聖書個所を反面教師にしましょう。
ごまかし続ける人は、すべて壊され、最後にはいなくなってしまうのです(15節)。YccFuji










20150907

by Happiness-eachday | 2015-09-07 05:05 | 2015年7-9月 | Trackback

9月6日エゼキエル10-12章『人の心が変えられる時』

懸賞 2015年 09月 06日 懸賞

『人の心が変えられる時』

【11:18 彼らがそこに来るとき、すべての忌むべきもの、すべての忌みきらうべきものをそこから取り除こう。11:19 わたしは彼らに一つの心を与える。すなわち、わたしはあなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしは彼らのからだから石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える。11:20 それは、彼らがわたしのおきてに従って歩み、わたしの定めを守り行うためである。こうして、彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。11:21 しかし、彼らの忌むべきものや、忌みきらうべきものの心を、自分の心として歩む者には、彼らの頭上に彼らの行いを返そう。─神である主の御告げ─」】

①私たちの心は、実は「私たちの思いのまま」にはなりません。
したいと思うことがあるのに、
違う力に振り回されてしまうのが、
「現実の私たちのこころ」なのです。

②主の願いに従おうと思う人に対しては、
主は「石の心を取り除く」と語られるのです。

そして「忌み嫌うべきもの」を「取り除く」と言われるのです。

「強情」で「良くないものにすぐ引っ張られる」
私たちの精神生活を、
主は助けて下さるのです。

③主が働かれると
「石のこころ」が取り除かれ
「肉のこころ(やわらかい心)」が与えられるのです。

そうすると、私たちは「喜んで主に従うこと」ができ
「祝福を自然に受け取る」ことができるようになるのです。

・・・主に従うことをあきらめないようにしましょう。
そして主があなたのこころに触れてくださることを「待ち望み」ましょう。

「あなたのこころ」を変えるのは、
「あなたの願い」+「主の力」なのです。YccFuji








20150906

by Happiness-eachday | 2015-09-06 05:30 | 2015年7-9月 | Trackback

9月5日エゼキエル7-9章『主が守ってくださる人』

懸賞 2015年 09月 05日 懸賞

『主が守ってくださる人』

【9:4 【主】は彼にこう仰せられた。「町の中、エルサレムの中を行き巡り、この町で行われているすべての忌みきらうべきことのために嘆き、悲しんでいる人々の額にしるしをつけよ。」9:5 また、私が聞いていると、ほかの者たちに、こう仰せられた。「彼のあとについて町の中を行き巡って、打ち殺せ。惜しんではならない、あわれんではならない。9:6 年寄りも、若い男も、若い女も、子どもも、女たちも殺して滅ぼせ。しかし、あのしるしのついた者にはだれにも近づいてはならない。まずわたしの聖所から始めよ。」そこで、彼らは神殿の前にいた老人たちから始めた。】

①主は、罪を悲しむ人と、
そうでない人を見極めるお方です。

これぐらいは大丈夫と、
当時の指導者たちは考え、偶像礼拝に落ちていきました。
そして正しい裁きを受けました。

②私たち人間は、
「良い悪いの基準」がおろそかになると、
間違った方向に進んでしまうのです。

③主は、「罪を悲しむ人」を愛しておられます。
周りがこれぐらいは大丈夫と言っていても、
「良心が痛む人」は幸いです。
悪いことは「悪い」と言える(判断できる)心は非常に大切なのです。

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」、
ではないのです。

・・・主の喜ばれることを大切にしましょう。
そしてそうではない現実があるならば、
「悲しみつつ」、とりなし祈りましょう。

主はそのような人を大切にし、守ってくださるのです。YccFuji










20150905

by Happiness-eachday | 2015-09-05 05:43 | 2015年7-9月 | Trackback

9月4日エゼキエル4-6章『罪の縄目から解き放つ力』

懸賞 2015年 09月 04日 懸賞

『罪の縄目から解き放つ力』

【6:9 あなたがたのうちののがれた者たちは、とりこになって行く国々で、わたしを思い出そう。それは、わたしから離れる彼らの姦淫の心と、偶像を慕う彼らの姦淫の目をわたしが打ち砕くからだ。彼らが自分たちのあらゆる忌みきらうべきことをしたその悪をみずからいとうようになるとき、6:10 彼らは、わたしが【主】であること、また、わたしがゆえもなくこのわざわいを彼らに下すと言ったのではないことを知ろう。」】

①私たちは人生の問題に出会う時、
様々な解決を求め、
得られないと失望をします。

②仮に「四方八方」がふさがれた状態でも、
「上」にはまだ解決策が残っていることを信じましょう。

すべての解決が得られない状況でも、
創造主の解決は残っているのです。

③そのような感覚に到達できた人は、
幸いです。
クリスチャンとして召されている人は、
人間的な希望が無くなった後にも、
主からの希望があることを、感じるのです。

これは信仰の賜物(1コリント12:9)とも言えるものです。

・・・創造主を求め続けましょう。
その方向性を持ち続けるならば、
あなたの中の「不信仰」は聖められていくのです。

「主以外に頼る心」や「信仰の迷い」が、
小さくなるのです。

人間の中にある罪の性質は否定できません。

しかし主の助けを求める者は、
その縄目から解き放たれていくのです。YccFuji








20150904

by Happiness-eachday | 2015-09-04 05:13 | 2015年7-9月 | Trackback

9月3日エゼキエル1-3章『主は使命を与え、能力を与える』

懸賞 2015年 09月 03日 懸賞

『主は使命を与え、能力を与える』

【3:7 しかし、イスラエルの家はあなたの言うことを聞こうとはしない。彼らはわたしの言うことを聞こうとはしないからだ。イスラエルの全家は鉄面皮で、心がかたくなだからだ。3:8 見よ。わたしはあなたの顔を、彼らの顔と同じように堅くし、あなたの額を、彼らの額と同じように堅くする。3:9 わたしはあなたの額を、火打石よりも堅い金剛石のようにする。彼らは反逆の家だから、彼らを恐れるな。彼らの顔にひるむな。」3:10 その方は私に仰せられた。「人の子よ。わたしがあなたに告げるすべてのことばを、あなたの心に納め、あなたの耳で聞け。」】

①エゼキエルは、
バビロン捕囚の中で主からの召命を受け、預言者として活躍しました。
主は彼に、イスラエルの民に御言葉を語るように命じました。

しかし同時に主は、
彼らは聞かない、とも語られたのです。

②主は、「聞こうとしない民」にも御言葉を語られたのです。
それは、「ご自分が民を愛していること」を伝える為でした。

③そしてそれを成し遂げるために
「遣わした者の力」を、「強めた」のです。

・・・主がもしあなたをある目的のために用いようとされるならば、
そのために必要な力を「準備して下さること」を信じましょう。

あなたが弱く、自信がなかったとしても大丈夫です。
主が与えてくださる力(武具)を用いるならば、
それを成し遂げることができるのです。

主からの命令(導き)を尊重しましょう。
「能力を与える」のも主、
「事を成し遂げる」のも主なのです。

主からの言葉を「聞き間違いさえしなければ」
物事は、突破口を破り、
実現へと進んでいくのです。YccFuji








20150903

by Happiness-eachday | 2015-09-03 05:21 | 2015年7-9月 | Trackback

9月2日哀歌5-6章『主に本気で近づく人の恵み』

懸賞 2015年 09月 02日 懸賞

『主に本気で近づく人の恵み』

【5:1 【主】よ。私たちに起こったことを思い出してください。私たちのそしりに目を留めてください。顧みてください。
5:19 しかし、【主】よ。あなたはとこしえに御座に着き、あなたの御座は代々に続きます。5:20 なぜ、いつまでも、私たちを忘れておられるのですか。私たちを長い間、捨てられるのですか。5:21 【主】よ。あなたのみもとに帰らせてください。私たちは帰りたいのです。私たちの日を昔のように新しくしてください。・・・】

①エレミヤは、苦しみの中で主に祈りました。
かつては、主の祝福を受けていたにもかかわらず、
現在みじめな状況に落ちてしまった状況を嘆いていたのです。

②しかしエレミヤは、信仰を失ってはいませんでした。
そして、こうなってしまった理由を理解して、
へりくだり(罪を告白し16節)、憐みを求めたのです。

③私たちの信じる創造主は「憐み深いお方」です。
私たちが、切実に助けを求めると
「助けてくださるお方」なのです。

「主は心を開いて近づく者」を、「ほってはおかれない」のです。

・・・主の前に正直に祈りましょう。
そして主が私たちを「愛しておられること」を確信して、
主に心から近づいていきましょう。

このことを客観的にならず、
実践する人は、
「主に愛されている幸せ」と
「助け出される奇跡」を
何度も体験できるのです。YccFuji










20150902

by Happiness-eachday | 2015-09-02 05:16 | 2015年7-9月 | Trackback

9月1日哀歌1-3章『苦しみ・悲しみの中で主を求めること』

懸賞 2015年 09月 01日 懸賞

『苦しみ・悲しみの中で主を求めること』

【3:22 私たちが滅びうせなかったのは、【主】の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。3:23 それは朝ごとに新しい。
3:31 主は、いつまでも見放してはおられない。3:32 たとい悩みを受けても、主は、その豊かな恵みによって、あわれんでくださる。
3:37 主が命じたのでなければ、だれがこのようなことを語り、このようなことを起こしえようか。3:38 わざわいも幸いも、いと高き方の御口から出るのではないか。
3:40 私たちの道を尋ね調べて、【主】のみもとに立ち返ろう。3:41 私たちの手をも心をも天におられる神に向けて上げよう。】

①哀歌は、エレミヤ作と言われています。
エルサレムの滅亡を嘆いて歌ったものです。

②しかしエレミヤが記しているように、
そのような悲しみと痛みの中にあっても、
主の慈しみは深いのです。

そして主は苦しみから
「必ず助け出してくださるお方」なのです。

③ですから、どんな時も
「主の身元に立ち返ること」が大切なのです。
苦しみが深い程、
ますます「主を求める」のです。

なぜなら「主から離れて」他のものに助けを求めても、
所詮「まわり道」になるだけなのです。

・・・どんな時も「主に立ち返り」ましょう。
主につながり続けましょう。

そこにこそ「最善の解決の糸口」があるのです。YccFuji










20150901

by Happiness-eachday | 2015-09-01 05:38 | 2015年7-9月 | Trackback

8月31日エレミヤ49-52章『主と共に生きる信仰』

懸賞 2015年 08月 31日 懸賞

『主と共に生きる信仰』

【51:15 主は、御力をもって地を造り、知恵をもって世界を堅く建て、英知をもって天を張られた。
51:16 主が声を出すと、水のざわめきが天に起こる。主は地の果てから雲を上らせ、雨のためにいなずまを造り、その倉から風を出される。51:17 すべての人間は愚かで無知だ。・・・】

①主はエレミヤに、
バビロン捕囚のただ中で預言をするように導かれました。
確かにこの時は、ユダの民は苦しみの中にありました。

しかしそれは「創造主の力がない」からではなく、
「民が通らなければならないこと」だったからです。

②そして一たび、主が御手を動かすならば、
人間ではできない奇跡とわざが起こるのです。
(バビロン捕囚からの解放がその事例です)。

どんなに苦しみの中にいたとしても、
創造主は「全能者であること」には変わらないのです。

③大切なことは、そのことを「信じ続ける信仰」です。
人間は目に見えることで判断し、安心するところがあります。
しかし信仰者の訓練は、
「良いことが見えない時」になされるのです。

・・・あなたは創造主を信じていますか?
信じておられると思います。
ですから今朝はチャレンジとして、
「今日一日の中で」でなされる「主の力強い業」を信じましょう。

あなたの目の前で起きる、
仕事や人間関係の中の「主の知恵と力」を信じましょう。

それが「主と共に生きる」即ち
「イエス様と一緒に生きる」ということなのです。

人間的に落ち込む「愚かな判断」を避けるのです。YccFuji








20150831

by Happiness-eachday | 2015-08-31 05:19 | 2015年7-9月 | Trackback