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カテゴリ:2015年4-6月( 90 )

懸賞 懸賞

6月10日詩編26-29章『祝福を受け続ける秘訣』

懸賞 2015年 06月 10日 懸賞

『祝福を受け続ける秘訣』

【27:4 私は一つのことを【主】に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、【主】の家に住むことを。【主】の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。27:5 それは、主が、悩みの日に私を隠れ場に隠し、その幕屋のひそかな所に私をかくまい、岩の上に私を上げてくださるからだ。
27:10 私の父、私の母が、私を見捨てるときは、【主】が私を取り上げてくださる。
27:13 ああ、私に、生ける者の地で【主】のいつくしみを見ることが信じられなかったなら─27:14 待ち望め。【主】を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。【主】を。】

①信仰者ダビデの一番願いは、
「いのちの日の限り主の家に住むこと」でした。

ダビデにとって「主との交わり」は、
単なる普通の祈りではありませんでした。
主の宮での深い交わりによって
「主の麗しさ」を体験し、
彼が悩む日には「精神的に」支えられました。

「ダビデの祈り」は非常に深い「人格的な交わり」だったのです。

この主との交わりによって彼は「大きな祝福」を得ました。

②しかしそんなダビデも
「主の慈しみ」が遠く感じられた時があったのです。

その時ダビデは自分自身に
「主を待ち望め」と語りました。
そして信仰を奮い立たせて「約束の祝福」を受け取ったのです。

・・・私たちにも主が遠く感じられる時があります。
その時私たちはダビデにように
「主を待ち望め」と自分に言い聞かせることができるのです。

自分に真理を語ることで、
諦めることなく、
「約束を待ち望むこと」ができるのです。

これがダビデから学ぶことができる、
「祝福を受け続ける秘訣」なのです。YccFuji







20150610

by Happiness-eachday | 2015-06-10 05:29 | 2015年4-6月 | Trackback

6月9日詩編22-25篇『最も効果のある信仰スタイル』

懸賞 2015年 06月 09日 懸賞

『最も効果のある信仰スタイル』

【25:1 【主】よ。私のたましいは、あなたを仰いでいます。25:2 わが神。私は、あなたに信頼いたします。どうか私が恥を見ないようにしてください。私の敵が私に勝ち誇らないようにしてください。25:3 まことに、あなたを待ち望む者はだれも恥を見ません。ゆえもなく裏切る者は恥を見ます。25:4 【主】よ。あなたの道を私に知らせ、あなたの小道を私に教えてください。25:5 あなたの真理のうちに私を導き、私を教えてください。あなたこそ、私の救いの神、私は、あなたを一日中待ち望んでいるのです。】

①ダビデは、「創造主の力」を信じていたので、
苦しみの時に「ひたすら主を求め」ました。
そして主を信じる者が「恥を見ないようにして下さい」と嘆願したのです。

②ダビデの苦しみの一つは
「自分を理由なく裏切った者」からの痛みでした。
信頼していたものから裏切られることは非常な痛みとなります。
しかし彼は「自分で復讐」をしようとはしませんでした。

思い通りにならない時、人は普通怒りを感じます。
(そして自分で復讐しようとします)。
しかしダビデは、
主に苦しみをゆだね、「主の導きを求めた」のです。

③ダビデは厳しい状況になればなるほど、
主を心から求め「主からの解決」を求めました。
そして「主の小道を教えて下さい」と祈ったのです。

④最善の解決は「主からやってきます」。
そのことを知る者は、苦しい状況になればなるほど、
切実に「主の解決を求める」のです。

そしてその信仰によって「解決が与えられる」のです。

ダビデの信仰を見習いましょう。
この信仰は単純ですが、最も効果がある「信仰スタイル」なのです。YccFuji








20150609

by Happiness-eachday | 2015-06-09 05:29 | 2015年4-6月 | Trackback

6月8日詩編18-21章『主との人格的な深い交わり』

懸賞 2015年 06月 08日 懸賞

『主との人格的な深い交わり』

【18:1 彼はこう言った。【主】、わが力。私は、あなたを慕います。18:2 【主】はわが巌、わがとりで、わが救い主、身を避けるわが岩、わが神。わが盾、わが救いの角、わがやぐら。18:3 ほめたたえられる方、この【主】を呼び求めると、私は、敵から救われる。
18:6 私は苦しみの中に【主】を呼び求め、助けを求めてわが神に叫んだ。主はその宮で私の声を聞かれ、御前に助けを求めた私の叫びは、御耳に届いた。
18:21 私は【主】の道を守り、私の神に対して悪を行わなかった。
18:24 【主】は、私の義にしたがって、また、御目の前の私の手のきよさにしたがって私に償いをされた。18:25 あなたは、恵み深い者には、恵み深く、全き者には、全くあられ、18:26 きよい者には、きよく、曲がった者には、ねじ曲げる方。】

①ダビデは、主が「自分を守って下さる」ことを経験し、
確信していました。
そして主の叫び求めると、
主は応えて下さることを知っていたのです。

②しかしダビデにとって主は、
単なる「自分を助けてくれる存在」だけではありませんでした。
ダビデは主の願いを知り
「主に喜ばれよう」と生きたのです。

③主を単なる「自分の願いを聞いてくれる存在」として受けとめている間は、
「真の深い主との関係」はできません。
主の愛を知り「主の愛に応えよう」という気持ちを通じて、
主との関係が「深まっていく」のです。

あなたと主との関係は「人格的な関係(心の通い合った関係)」ですか。
それとも機械的(表面的)な関係ですか?

私たちも信仰が深まる中で、
ダビデと同じように
「主との人格的な交わり」や
「主の深い素晴らしさ」を体験していくのです。YccFuji







20150608

by Happiness-eachday | 2015-06-08 05:37 | 2015年4-6月 | Trackback

6月7日詩編14-17章『主が備える道を歩む(主の助言を受ける人)』

懸賞 2015年 06月 07日 懸賞

『主が備える道を歩む(主の助言を受ける人)』

【16:7 私は助言を下さった【主】をほめたたえる。まことに、夜になると、私の心が私に教える。16:8 私はいつも、私の前に【主】を置いた。【主】が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。16:9 それゆえ、私の心は喜び、私のたましいは楽しんでいる。私の身もまた安らかに住まおう。16:10 まことに、あなたは、私のたましいをよみに捨ておかず、あなたの聖徒に墓の穴をお見せにはなりません。16:11 あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。】

①その詩もダビデの詩です。
ダビデは「主が良い神」であることを何度も経験しました。
しかしそれはダビデがいつも
「主を前に置いて」生きていたから受けることができたのです。

②「主を前に置く」とは、主の後に従うということです。
それは自分が好きなことだけでなく、嫌なことも含まれています。

しかしそのように「主の助言を受ける人」には
「よみや墓のようなところ」ではなく、
「いのちの道」を歩むように主が導いて下さるのです。

自分思い通りに進まないようにしましょう。
主を前に置いて「主が喜ばれる道」を選びましょう。

あなたが選ぶ道よりも、主が導く道の方が素敵な道となるのです。YccFuji







20150607

by Happiness-eachday | 2015-06-07 05:19 | 2015年4-6月 | Trackback

6月6日詩編10-13章  『主を遠くに感じる時・・・』

懸賞 2015年 06月 06日 懸賞

『主を遠くに感じる時・・・』

【10:1 【主】よ。なぜ、あなたは遠く離れてお立ちなのですか。苦しみのときに、なぜ、身を隠されるのですか。10:2 悪者は高ぶって、悩む人に追い迫ります。彼らが、おのれの設けたたくらみにみずから捕らえられますように。
10:12 【主】よ。立ち上がってください。神よ。御手を上げてください。どうか、貧しい者を、忘れないでください。
10:14 あなたは、見ておられました。害毒と苦痛を。彼らを御手の中に収めるためにじっと見つめておられました。不幸な人は、あなたに身をゆだねます。あなたはみなしごを助ける方でした。
10:17 【主】よ。あなたは貧しい者の願いを聞いてくださいました。あなたは彼らの心を強くしてくださいます。耳を傾けて、10:18 みなしごと、しいたげられた者をかばってくださいます。地から生まれた人間がもはや、脅かすことができないように。】

①信仰生活はいつも順調ではありません。
この詩の作者も、
主との豊かな交わりを体験していながらも、
苦しみを受けました。

そしてこの時
「主を遠くに感じた」のです。

②彼はその思いが浮かぶ中、
「ますます主に訴えました(12節)」
そして勝利を宣言することができたのです(17節)。

③主を無視して生きる人も、それなりに生きることができます。
しかしそれは「主の裁きがあまりに高いので気がつかない(5節)」だけなのです。

④生きておられる主は、
王であって正しい裁きをされるお方です(16節)。

主を「へりくだって求める者」の祈りを聞いて下さり、
「主にしか頼れない」孤児や不幸な人を「助けるお方」なのです。

これがこの詩の作者の結論であり、体験です。
そして信じる「あなたが受ける体験」でもあるのです。YccFuji








20150606

by Happiness-eachday | 2015-06-06 05:27 | 2015年4-6月 | Trackback

6月5日詩編6-9章『悲しい時に、主に求める』

懸賞 2015年 06月 05日 懸賞

『悲しい時に、主に求める』

【6:4 帰って来てください。【主】よ。私のたましいを助け出してください。あなたの恵みのゆえに、私をお救いください。6:5 死にあっては、あなたを覚えることはありません。よみにあっては、だれが、あなたをほめたたえるでしょう。
6:7 私の目は、いらだちで衰え、私のすべての敵のために弱まりました。6:8 不法を行う者ども。みな私から離れて行け。【主】は私の泣く声を聞かれたのだ。6:9 【主】は私の切なる願いを聞かれた。【主】は私の祈りを受け入れられる。6:10 私の敵は、みな恥を見、ただ、恐れおののきますように。】

①この詩もダビデの詩です。
主との交わりが豊かだったダビデも、
「自分が主から見放された」ように感じられたことがありました。

彼はいらだち、弱さを感じ、泣いてしまったのです。

②その時ダビデは、
自分の周りにある「否定的な感情」を捨て去って、
益々「切実に主を求めた」のです。

③あなたは、どこまで「主にしがみついて」祈っていますか?
「主以外」には解決がないことを知り、どこまで求めていますか?

ダビデは、「主との交わり」を切に求め「間単にはあきらめません」でした。
(そして回復を頂いたのです)

④祈りは信仰生活の「生命線」です。
それは「主を求めること」と
「邪魔するものを捨て去ること」によって強められるのです。

⑤祈りが必要な時、
または主から離れたように感じられる時こそ、
「主との関係を深めるチャンス」なのです。

祈れば、必ず「主からの語りかけ」があることを信じましょう。

これが「ダビデの経験」であり、「私たちが体験するもの」なのです。YccFuji





20150605

by Happiness-eachday | 2015-06-05 05:25 | 2015年4-6月 | Trackback

6月4日詩編1-5篇『応えて下さる神』

懸賞 2015年 06月 04日 懸賞

『応えて下さる神』

【4:1 私が呼ぶとき、答えてください。私の義なる神。あなたは、私の苦しみのときにゆとりを与えてくださいました。私をあわれみ、私の祈りを聞いてください。
4:3 知れ。【主】は、ご自分の聖徒を特別に扱われるのだ。私が呼ぶとき、【主】は聞いてくださる。
4:5 義のいけにえをささげ、【主】に拠り頼め。
4:7 あなたは私の心に喜びを下さいました。それは穀物と新しいぶどう酒が豊かにあるときにもまさっています。4:8 平安のうちに私は身を横たえ、すぐ、眠りにつきます。【主】よ。あなただけが、私を安らかに住まわせてくださいます。】

①詩編にはダビデの詩が多く載せられています。
この詩もダビデの作です。

ダビデは主との豊かな交わりを持っていた人物です。
彼は、主に呼び求めれば「主は応えて下さる」ことを、
誰よりも体験した人物でした。

②人間には限界があります。
その限界は、「主に語られた時」に初めて超えることができるのです。
嵐の中で「平安が与えられ」、
自分の性格の足りなさを「超えることができ」、
知恵の無さを「補って頂くこと」ができるのです。

・・・主を信じる私たちは「主に語って頂くこと」を切実に求めましょう。
創造主を信じる信仰とは、
主がおられることを知識で受け入れるだけでなく、
「生きた神を体験」できる信仰なのです。

生きている神は、「呼べば応えて下さるお方」なのです。YccFuji







20150604

by Happiness-eachday | 2015-06-04 05:28 | 2015年4-6月 | Trackback

6月3日ヨブ記40-42最終章『苦しみの目的』

懸賞 2015年 06月 03日 懸賞

『苦しみの目的』

【40:1 【主】はさらに、ヨブに答えて仰せられた。40:2 非難する者が全能者と争おうとするのか。神を責める者は、それを言いたててみよ。
40:8 あなたはわたしのさばきを無効にするつもりか。自分を義とするために、わたしを罪に定めるのか。

42:1 ヨブは【主】に答えて言った。42:2 あなたには、すべてができること、あなたは、どんな計画も成し遂げられることを、私は知りました。42:3 知識もなくて、摂理をおおい隠す者は、だれか。まことに、私は、自分で悟りえないことを告げました。自分でも知りえない不思議を。
42:5 私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。42:6 それで私は自分をさげすみ、ちりと灰の中で悔いています。

42:10 ヨブがその友人たちのために祈ったとき、【主】はヨブの繁栄を元どおりにされた。【主】はヨブの所有物もすべて二倍に増された。・・・
42:12 【主】はヨブの前の半生よりあとの半生をもっと祝福された。・・・】

①主からの直接の語りかけを受けて、
ヨブは心からへりくだり、悔い改めました。
全能者である創造主から指摘されて、
逆らうことができる人は一人もいないのです。

②自分の力で「悔い改めること」はできません。
また自分の考えや努力では、「主を知ることも」できないのです。

悔い改めも主を知ることも
「主から一方的に出会って頂いて」はじめて成されるのです。

②ヨブを苦しみの後、何を頂いたのでしょうか。
それは「本当の神理解(体験)」と「癒しと回復」、
そして「2倍の祝福」です。

主が、苦しみを与えることを許可した理由は、
ヨブが試練の後、
今まで以上に信仰を持ち、祝福されるためだったのです。

・・・苦しみには意味があります。
それはあなたが「神と真に出会う時」、「理解」できるものなのです。

ヨブ記を何度も思いめぐらすことを通じて、
あなたは「苦しみの理由の一部」を受け取ることができます。

それはあなたが「愛の神」を深く知るプロセスなのです。YccFuji








20150603

by Happiness-eachday | 2015-06-03 05:26 | 2015年4-6月 | Trackback

6月2日ヨブ記36-39章『神が語られる時・・・』

懸賞 2015年 06月 02日 懸賞

『神が語られる時・・・』

【36:21 悪に向かわないように注意せよ。あなたは悩みよりも、これを選んだのだから。・・・
37:23 私たちが見つけることのできない全能者は、力とさばきにすぐれた方。義に富み、苦しめることをしない。 37:24 だから、人々は神を恐れなければならない。

38:1 【主】はあらしの中からヨブに答えて仰せられた。38:2 知識もなく言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。・・・
38:16 あなたは海の源まで行ったことがあるのか。深い淵の奥底を歩き回ったことがあるのか。38:17 死の門があなたに現れたことがあるのか。あなたは死の陰の門を見たことがあるのか。・・・】

①エリフの言葉の後、
主は突然ヨブに語りかけられました。
エリフの言葉によって、
ヨブの心が「主の言葉を聞く準備」ができた為でした。

②主は私たちに「準備」をさせます。
私たちには「主の意図」が分かりません。
しかし準備ができた時に、「主の計画」が始まるのです。

③苦しみは「主を待ち望む準備」となります。

④私たちは理性では押さえていても
「自分の感情通り」に選択をします。
主と出会う秘訣は(苦しみの中)「感情で(本音で)祈ること」ことなのです。

・・・へりくだったふりでは「準備」ができていません。
本音で訴え、叫び、(時に無様な格好を神の前に見せた)その後、
主とお出会いする「準備」ができるのです。

⑤また真の悔い改めは「自分の力」ではできません。
(それは悔い改めたふりです)
「主から語りかけられて」初めて
「真の悔い改め」ができ、私たちは「変えられる」のです。

これがヨブ記を通じて教えられることであり、
主が「苦しみを通じて」私たちに「為されたい」ことです。

主は信じる私たちを「本気で聖めようと」されているのです。YccFuji








20150602

by Happiness-eachday | 2015-06-02 05:18 | 2015年4-6月 | Trackback

6月1日ヨブ記32-35章『人を神に近づける言葉』

懸賞 2015年 06月 01日 懸賞

『人を神に近づける言葉』

【32:1 この三人の者はヨブに答えるのをやめた。それはヨブが自分は正しいと思っていたからである。32:2 すると、ラム族のブズ人、バラクエルの子エリフが怒りを燃やした。彼がヨブに向かって怒りを燃やしたのは、ヨブが神よりもむしろ自分自身を義としたからである。・・・
33:1 そこでヨブよ。どうか、私の言い分を聞いてほしい。私のすべてのことばに耳を傾けてほしい。
34:16 あなたに悟りがあるなら、これを聞け。私の話す声に耳を傾けよ。
34:18 人が王に向かって、「よこしまな者」と言い、高貴な人に向かって、「悪者」と言えるだろうか。
34:33 あなたが反対するからといって、神はあなたの願うとおりに報復なさるだろうか。私ではなく、あなたが選ぶがよい。あなたの知っていることを言うがよい。
・・・ 35:16 ヨブはいたずらに口を大きく開き、知識もなく、自分の言い分を述べたてる。】

①年少者のエリフは、
ヨブの3人友人たちに遠慮をして、議論に加わりませんでした。
しかし友人たちが、ヨブを説得できない様子を見て、
聖なる義憤によって、真心からヨブに語ったのです。

②エリフは、
3人友人たちにように、一方的に決めつけませんでした。
ヨブと会話を求め、
ヨブ自身に判断するように促したのです。

③私たちがエルフのような友人になるためには、
相手のことをしっかりと観察し、タイミングを考えて(自制をして)発言する必要があります。

「自分の一方的な考え」や「感情的な感想」では、人は納得しないのです。
(「それはあなたの考えではないですか。わたしには当てはまりません」と言われるだけです)

③またエリフは神を愛していました。
その神への思い(愛情)から、
ヨブに「あなたはあなたを造られた創造主にそのようなことが言えるのですか?」
と訴えたのです。

④またエリフは知識で議論をしているようでも、
「ヨブの心」に訴え、言葉を発したのです。

⑤私たちは、良く考えずに話をすると、
「ヨブの3人の友人」のような
、的はずれな(間違った)言葉になってしまいます。

・・・エリフを学びましょう。
このような態度と発言が、「人を神に近づけること」になるのです。YccFuji









20150601

by Happiness-eachday | 2015-06-01 05:07 | 2015年4-6月 | Trackback