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カテゴリ:2015年1‐3月( 90 )

懸賞 懸賞

2月19日民数記31-33章『歴史を記録する意味、歴史から学ぶ意味』

懸賞 2015年 02月 19日 懸賞

『歴史を記録する意味、歴史から学ぶ意味』

【33:1 モーセとアロンの指導のもとに、その軍団ごとに、エジプトの地から出て来たイスラエル人の旅程は次のとおりである。33:2 モーセは【主】の命により、彼らの旅程の出発地点を書きしるした。その旅程は、出発地点によると次のとおりである。33:3 彼らは第一月、その月の十五日に、ラメセスから旅立った。すなわち過越のいけにえの翌日、イスラエル人は、全エジプトが見ている前を臆することなく出て行った。・・・
33:11 葦の海から旅立ってシンの荒野に宿営した。33:12 シンの荒野から旅立ってドフカに宿営し、33:13 ドフカから旅立ってアルシュに宿営し、33:14 アルシュから旅立ってレフィディムに宿営した。そこには民の飲む水がなかった。・・・
33:37 カデシュから旅立ってエドムの国の端にあるホル山に宿営した。33:38 祭司アロンは【主】の命令によってホル山に登り、そこで死んだ。それはイスラエル人がエジプトの国を出てから四十年目の第五月の一日であった。】

①主はモーセに、
それぞれの旅程の出発地点を書き記すように伝えました。
それを書き記すことにより、
主に導かれた旅路の全体を記録するためでした。

②それぞれの旅路は、
主の後に従う中で現わされたものです。

歩んだ時には必死で綱渡りのようであっても、
その一つ一つの旅路にドラマがあり、
悲しみや苦しみがそれぞれの中に込められていたのです。

③そして私たちは、
過去で経験した教訓を生かして、
未来につなげる必要があるのです。

・・・失敗は繰り返してはいけません。
過去の反省を未来に生かすのです。

それが「歴史を記録する意味」であり、
「歴史から学ぶ意味」でもあるのです。YccFuji







20150219

by Happiness-eachday | 2015-02-19 05:42 | 2015年1‐3月 | Trackback

2月18日民数記28-30章『いつも主を意識して生きる(折々の捧げもの)』

懸賞 2015年 02月 18日 懸賞

『いつも主を意識して生きる(折々の捧げもの)』

【28:9 安息日には、一歳の傷のない雄の子羊二頭と、穀物のささげ物として油を混ぜた小麦粉十分の二エパと、それにつく注ぎのささげ物とする。28:10 これは、常供の全焼のいけにえとその注ぎのささげ物とに加えられる、安息日ごとの全焼のいけにえである。28:11 あなたがたは月の第一日に、【主】への全焼のいけにえとして若い雄牛二頭、雄羊一頭、一歳の傷のない雄の子羊七頭をささげなければならない。
・・・29:39 あなたがたは定められた時に、これらのものを【主】にささげなければならない。これらはあなたがたの誓願、または進んでささげるささげ物としての全焼のいけにえ、穀物のささげ物、注ぎのささげ物および和解のいけにえ以外のものである。」29:40 モーセは、【主】がモーセに命じられたとおりを、イスラエル人に告げた。】

①主は通常の捧げもの以外に、
安息日、月の第一の日、第7の月(安息月)の特別な日に、
全焼のいけにえを捧げるように命じました。

これは「感謝と全き献身の証」です。

②通常の捧げもの以外に
「安息日等」には
「特別の感謝といけにえ」が必要だと主は言われたのです。

現在において安息日は「日曜日」です。
日曜日には特別な思いをもって
「感謝と礼拝」を捧げることが大切です。

③また月の初めにも特別な捧げものを捧げるということは、
「今月も導いて下さい」と言う心を
主への感謝と共に捧げることが大切なのです。

・・・礼拝へ継続的なものです。
主を忘れることがあってはいけません。

モーセたちが「昼は雲の柱・夜は火の柱」によって導かれたように、
いつも主を意識して生きることが大切です。

その気持ちを「折々の捧げもの」として表すことを、
主は命じられたのです。YccFuji








20150218

by Happiness-eachday | 2015-02-18 11:08 | 2015年1‐3月 | Trackback

2月17日民数記25-27章『後継者を求める祈り』

懸賞 2015年 02月 17日 懸賞

『後継者を求める祈り』

【27:12 ついで【主】はモーセに言われた。「このアバリム山に登り、わたしがイスラエル人に与えた地を見よ。27:13 それを見れば、あなたもまた、あなたの兄弟アロンが加えられたように、あなたの民に加えられる。27:14 ツィンの荒野で会衆が争ったとき、あなたがたがわたしの命令に逆らい、その水のほとりで、彼らの目の前に、わたしを聖なる者としなかったからである。」これはツィンの荒野のメリバテ・カデシュの水のことである。
27:15 それでモーセは【主】に申し上げた。27:16 「すべての肉なるもののいのちの神、【主】よ。ひとりの人を会衆の上に定め、27:17 彼が、彼らに先立って出て行き、彼らに先立って入り、また彼らを連れ出し、彼らを入らせるようにしてください。【主】の会衆を、飼う者のいない羊のようにしないでください。」27:18 【主】はモーセに仰せられた。「あなたは神の霊の宿っている人、ヌンの子ヨシュアを取り、あなたの手を彼の上に置け・・・」】

①主は、モーセに
「約束の地カナン」を「アバリム山から見よ」と命じました。
その後にモーセは死ぬと語られたのです。

②モーセは主に
「自分のこと」ではなく、
「後継者を立てて下さるよう」に頼みました。
すると主は「ヨシュア」を後継者として任命するように命じました。

③私たち「主に造られた者」も、
いつかは地上の使命を終える時が来ます。
その時に「私たちが担う働き」を引き継く人が必要になるのです。

主はそのような人を備えられます。
私たちは後継者のために祈り、主に求める必要があるのです。

主に祈りましょう。
それは「自分自身が使命を果たすため」だけでなく、
「使命を次世代に託するため」にも必要なのです。YccFuji








20150217

by Happiness-eachday | 2015-02-17 05:39 | 2015年1‐3月 | Trackback

2月16日民数記22‐24章『主の願いに沿った生き方をする方法』

懸賞 2015年 02月 16日 懸賞

『主の願いに沿った生き方をする方法』

【22:31 そのとき、【主】がバラムの目のおおいを除かれたので、彼は【主】の使いが抜き身の剣を手に持って道に立ちふさがっているのを見た。彼はひざまずき、伏し拝んだ。22:32 【主】の使いは彼に言った。「なぜ、あなたは、あなたのろばを三度も打ったのか。敵対して出て来たのはわたしだったのだ。あなたの道がわたしとは反対に向いていたからだ。22:33 ろばはわたしを見て、三度もわたしから身を巡らしたのだ。もしかして、ろばがわたしから身を巡らしていなかったなら、わたしは今はもう、あなたを殺しており、ろばを生かしておいたことだろう。」22:34 バラムは【主】の使いに申し上げた。「私は罪を犯しました。私はあなたが私をとどめようと道に立ちふさがっておられたのを知りませんでした。今、もし、あなたのお気に召さなければ、私は引き返します。」22:35 【主】の使いはバラムに言った。「この人たちといっしょに行け。だが、わたしがあなたに告げることばだけを告げよ。」そこでバラムはバラクのつかさたちといっしょに行った。】

①主からの「強烈な戒め」が
ここでは、バラムに成されました。

そのため、この後、バラムはどれだけ要望されようとも、
高額な報酬を出されようとも
「創造主の言葉通りを語る」と言い続け、それを実行したのです。

②人間は実に自己中心的です。
自分の身が危なくなければ、
平気で裏切ることもできるのです。

しかしバラムは「創造主に逆らうと死ぬ」と悟ったので、
創造主の言う通りに行動できたのです。

・・・私たちの中の欲望を隠しても、私たちは聖められません。
むしろ欲望をそのまま主の前に訴えた時に、
主からのはっきりとした答えを頂けるのです。

隠したり、ごまかしたりして欲望を封印するのではなく、
主の前にはっきり祈り訴え、悔い改める中で、
私たちは主の願いに沿った生き方ができるように
「変えられる」のです。YccFuji







20150216

by Happiness-eachday | 2015-02-16 05:40 | 2015年1‐3月 | Trackback

2月15日民数記19-21章『罪からの赦し(青銅の蛇)』

懸賞 2015年 02月 15日 懸賞

『罪からの赦し(青銅の蛇)』

【21:5 民は神とモーセに逆らって言った。「なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。私たちはこのみじめな食物に飽き飽きした。」21:6 そこで【主】は民の中に燃える蛇を送られたので、蛇は民にかみつき、イスラエルの多くの人々が死んだ。21:7 民はモーセのところに来て言った。「私たちは【主】とあなたを非難して罪を犯しました。どうか、蛇を私たちから取り去ってくださるよう、【主】に祈ってください。」モーセは民のために祈った。21:8 すると、【主】はモーセに仰せられた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。」21:9 モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけた。もし蛇が人をかんでも、その者が青銅の蛇を仰ぎ見ると、生きた。】

①民は再び「恵みであるマナ(食物)」に我慢ができなくなり、
神とモーセに逆らいました。

②本来ならば、荒野で食物を食べることは奇跡です。
しかし彼らは、恵みを「当然のこと」と思うようになり、
罪を犯しました。

そして「蛇の裁き」を受けたのです。

③主はその時「青銅の蛇」を作り、
それを見上げるようにと命じました。
そしてそれをしたものは「救われた」のです。

・・・この蛇はイエス様を現しています。
罪を犯した私たちも、「イエス様を見上げれば」赦されるのです。

赦しは気分の問題ではありません。
生きるか死ぬかの問題です(本当です)。

そのような気持ちでイエス様を見上げるのが、
本来の姿なのです。

あなたは「罪の裁きから救われたこと」を
どれぐらい「大きなこと」として受けとめていますか?YccFuji






20150215

by Happiness-eachday | 2015-02-15 05:58 | 2015年1‐3月 | Trackback

2月14日民数記16-18章『人間の罪深さ』

懸賞 2015年 02月 14日 懸賞

『人間の罪深さ』

【16:1 レビの子ケハテの子であるイツハルの子コラは、ルベンの子孫であるエリアブの子ダタンとアビラム、およびペレテの子オンと共謀して、16:2 会衆の上に立つ人たちで、会合で選び出された名のある者たち二百五十人のイスラエル人とともに、モーセに立ち向かった。16:3 彼らは集まって、モーセとアロンとに逆らい、彼らに言った。「あなたがたは分を越えている。全会衆残らず聖なるものであって、【主】がそのうちにおられるのに、なぜ、あなたがたは、【主】の集会の上に立つのか。」16:4 モーセはこれを聞いてひれ伏した。・・・】

①イスラエルの民は、40日のカナン偵察の不信仰によって、
40年間荒野で過ごすことを、主に命じられました。

②その中で、人々の不満がわきあがり、
レビ族のコラの子たちが、モーセとアロンに真っ向から反逆したのです。

③人間は、苦しみのはけ口を誰かにぶつけようとします。
コラの子と共謀した者たちは、
「自分の恵みを感謝し」、「罪を悔い改める」のではなく、
イライラを指導者に向け、
自分がリーダーシップを持ちたいと言ったのです。

④ここに罪があります。
指導者は神によって立てられているのに、
自分がその上に立っているかのように考え、
行動したのです。

これは「高慢の罪」です。

コラの子たちは
「割れた地面に生きたまま落ちる」という悲劇的な最期を遂げました。
そして反逆した250名の名士たちも
すべて「主の火」によって殺されたのです。

・・・能力があっても、反逆心は罪です。
主を試すことにつながる反逆心は大きな罪なのです。

コラの子たちを反面教師にしましょう。
人間は罪深いのです。YccFuji








20150214

by Happiness-eachday | 2015-02-14 10:33 | 2015年1‐3月 | Trackback

2月13日民数記13-15章『信仰の訓練にテストの時がある』

懸賞 2015年 02月 13日 懸賞

『信仰の訓練にテストの時がある』

【13:1 【主】はモーセに告げて仰せられた。13:2 「人々を遣わして、わたしがイスラエル人に与えようとしているカナンの地を探らせよ。父祖の部族ごとにひとりずつ、みな、その族長を遣わさなければならない。」13:3 モーセは【主】の命によって、パランの荒野から彼らを遣わした。彼らはみな、イスラエル人のかしらであった。
13:17 モーセは彼らを、カナンの地を探りにやったときに、言った。「あちらに上って行ってネゲブに入り、山地に行って、13:18 その地がどんなであるか、そこに住んでいる民が強いか弱いか、あるいは少ないか多いかを調べなさい。・・・」】

①主はモーセを通じて、12名のイスラエルの族長に
「カナンの地の偵察」をするようにと命じられました。

彼らはリーダーであり、
荒野で毎日マナを食べ、昼は雲、夜は火の柱を見てきた者たちでした。

②ですから当然、主の約束を信じて
「私たちはカナンに入ることができる」と言わなければならなかった人たちだったのです。

③しかし信仰的な答えを出したのは「ヨシュアとカレブだけ」でした。
残りの10人は、「前進は不可能だ」と不信仰な答えを出してしまったのです。

・・・同じものを見ていても「信仰の訓練」となるかどうかは
「その人の心の姿勢」によります。

「主の助け」を自分の信仰で受け止める人は
「信仰が強く」なり、
単なる偶然や当たり前だと思う人は
「信仰が成長しない」のです。

その結果は、「神様のテストの時」に分かるのです。

あなたはテストをパスできるように、
今の「主の導き(訓練)」を受け止めていますか?

「テストをパスできるように」主に祈りましょう。
自分の「我の力」でそれができる人は「一人もいない」からです。YccFuji







20150213

by Happiness-eachday | 2015-02-13 00:18 | 2015年1‐3月 | Trackback

2月12日民数記10‐12章『荒野で、主を毎日お招きする』

懸賞 2015年 02月 12日 懸賞

『荒野で、主を毎日お招きする』

【10:33 こうして、彼らは【主】の山を出て、三日の道のりを進んだ。【主】の契約の箱は三日の道のりの間、彼らの先頭に立って進み、彼らの休息の場所を捜した。10:34 彼らが宿営を出て進むとき、昼間は【主】の雲が彼らの上にあった。
10:35 契約の箱が出発するときには、モーセはこう言っていた。「【主】よ。立ち上がってください。あなたの敵は散らされ、あなたを憎む者は、御前から逃げ去りますように。」10:36 またそれがとどまるときに、彼は言っていた。「【主】よ。お帰りください。イスラエルの幾千万の民のもとに。」】

①主は荒野で、昼は雲の柱、夜は火の柱でモーセと民を導きました。
その時、モーセはいつも
「立ち上がって下さい」「お帰りください」
と主に祈り、主をお招きしていたのです。

②主と共に歩むためには、
主を見上げ、「主を人生の導き手として」お招きし続ける必要があります。

③新約の現在は「見える雲」はありません。
しかしだからと言って「主がおられない」のではないのです。

私たちは現在も、
朝出かける前、人生の岐路、悩みの中で、
毎日「主をお招き」することが大切なのです。

④あなたが荒野の苦しみを経験しているならば、
それは訓練です。

荒野には確実に「主の導き」があります。
荒野でこそ、それを学ぶ時です。
主と共に生きる「大切なレッスン」を、荒野で私たちは受けているのです。YccFuji









20150212

by Happiness-eachday | 2015-02-12 11:53 | 2015年1‐3月 | Trackback

2月11日民数記7-9章『主の導きによって毎日生きる』

懸賞 2015年 02月 11日 懸賞

『主の導きによって毎日生きる』

【9:15 幕屋を建てた日、雲があかしの天幕である幕屋をおおった。それは、夕方には幕屋の上にあって火のようなものになり、朝まであった。9:16 いつもこのようであって、昼は雲がそれをおおい、夜は火のように見えた。9:17 雲が天幕を離れて上ると、すぐそのあとで、イスラエル人はいつも旅立った。そして、雲がとどまるその場所で、イスラエル人は宿営していた。9:18 【主】の命令によって、イスラエル人は旅立ち、【主】の命令によって宿営した。雲が幕屋の上にとどまっている間、彼らは宿営していた。・・・】

①進軍のための準備を終えたイスラエルの民に、
主は雲を幕屋に覆わせ、主の御臨在を示しました。

主は「昼は雲の柱」「夜は火の柱」で、
200万以上のイスラエルの民を導いたのです。

②彼らは、主の後に毎日ついていくことで、
主と共に歩む訓練を受けました。

彼らはいつも主の御臨在に集中し、意識を向けていたのです。

③現在、私たちはこのように「主の臨在」を見ることはできません。
しかし目には見えなくとも、「主の導き」を感じることは可能なのです。
(祈り・賛美・礼拝会の中で・・・)

大切なことは、「主に導かれたい」と強く願うことです。
そして「電波を受け取る受信機のように」
主の導きをいつもサーチし続けるのです。

そうすれば様々な場所にあって
「聖霊の導き」を聞く「微調整」が上達していきます。

・・・主と共に歩むことが「上手になる」と
主の祝福と守りを数多く体験できるようになります。

しかしこれは「毎日の積み重ね」の結果でもあるのです。YccFuji








20150211

by Happiness-eachday | 2015-02-11 05:37 | 2015年1‐3月 | Trackback

2月10日民数記4-6章『聖いことに対する奉仕(備えと秩序)』

懸賞 2015年 02月 10日 懸賞

『聖いことに対する奉仕(備えと秩序)』

【4:15 宿営が進むときは、アロンとその子らが聖なるものと聖所のすべての器具をおおい終わって、その後にケハテ族が入って来て、これらを運ばなければならない。彼らが聖なるものに触れて死なないためである。これらは会見の天幕で、ケハテ族のになうものである。・・・
4:46 モーセとアロンとイスラエルの族長たちが、レビ人を、その氏族ごとに、父祖の家ごとに登録した登録者の全員、4:47 三十歳以上五十歳までの者で会見の天幕で、働く奉仕と、になう奉仕をする者全員、4:48 その登録された者は、八千五百八十人であった。4:49 モーセを通して示された【主】の命令によって、彼は、おのおのその奉仕とそのになうものについて、彼らを登録した。【主】がモーセに命じたとおりに登録された者たちである。】

①主は、幕屋の分解と運搬、そして組み立てのために、
レビ族の3氏族を選び、人数を数えさせました。

②聖別されたアロンとその子らが、すべての器具を覆い終わった後、
これらの3氏族が奉仕をしたのです。

③聖なるものと俗なる者は区別しなければなりません。
そして秩序の中で、作業が進められたのです。

④クリスチャンは「王なる祭司」「聖なる国民」とさせて頂いています(1ペテロ4:9)。
ですからその使命に入る時は、
「自分の存在理由」を自覚する必要があるのです。

「聖なる立場」を
「俗の気持ち(聖めの備えのない状態)」でしてはいけません。

クリスチャンとしての証をする時は
「神の栄光にふさわしく」言動すべきです。

赦されていても何でもよいわけではありません。
特に奉仕をし、証をする時には、備えと秩序が必要なのです。YccFuji







20150210

by Happiness-eachday | 2015-02-10 05:36 | 2015年1‐3月 | Trackback