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カテゴリ:2011年2月( 28 )

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2月8日レビ記25‐27章『ヨベルの年(主の安息と解放)』

懸賞 2011年 02月 08日 懸賞

『ヨベルの年(主の安息と解放)』
【25:2 「イスラエル人に告げて言え。わたしが与えようとしている地にあなたがたが入ったとき、その地は【主】の安息を守らなければならない。25:3 六年間あなたの畑に種を蒔き、六年間ぶどう畑の枝をおろして、収穫しなければならない。25:4 七年目は、地の全き休みの安息、すなわち【主】の安息となる。あなたの畑に種を蒔いたり、ぶどう畑の枝をおろしたりしてはならない。・・・
25:8 あなたは、安息の年を七たび、つまり、七年の七倍を数える。安息の年の七たびは四十九年である。25:10 あなたがたは第五十年目を聖別し、国中のすべての住民に解放を宣言する。これはあなたがたのヨベルの年である。あなたがたはそれぞれ自分の所有地に帰り、それぞれ自分の家族のもとに帰らなければならない。】

①主は7年に一度、土地を休ませるように命じました。
これは安息の教えと共に貧しいものへの配慮でもありました。

②また7年を7回過ぎた50年目は、ヨベルの年として特別な解放の年となりました。
貧しさのために売られた土地が元の持ち主に戻され、自分を貧しさのために売った奴隷も解放されたのです。
③貧しさのために買い戻すことができなかった人々に対し、主はこのような時別な「解放」の年を定められました。

・・・旧約でも主は私たちに、安息が必要であることを教え、
人間ではできない「解放」を定めて下さいました。
新約聖書を見ると【ロマ8:2 なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。】とあります。

イエス様は私たちを解放し、自由を与えておられるのです(ガラテヤ5:1)。
また主は、苦しめられている人には真の安息(Ⅱテサロニケ1:7)を与えて下さいました。

2月8日レビ記25‐27章『ヨベルの年(主の安息と解放)』_d0155777_9151438.jpg
・・・主の安息を受け取りましょう(これは既に与えられているものです)。
またイエス様による解放を喜びましょう。

主は私たちに本来の人間(アダムとエバ)のように、
自由と喜びを与えようとしておられるのです。
YCCFuji

by happiness-eachday | 2011-02-08 09:15 | 2011年2月 | Trackback

2月7日レビ記22-24章『主に助けられ、赦された者の喜びと証し』

懸賞 2011年 02月 07日 懸賞

『主に助けられ、赦された者の喜びと証し』
【23:39(贖罪の日の後) 特に、あなたがたがその土地の収穫をし終わった第七月の十五日には、七日間にわたる【主】の祭りを祝わなければならない。最初の日は全き休みの日であり、八日目も全き休みの日である。23:40・・七日間、あなたがたの神、【主】の前で喜ぶ。 23:41 年に七日間、【主】の祭りとしてこれを祝う。これはあなたがたが代々守るべき永遠のおきてとして、第七月にこれを祝わなければならない。 23:42 あなたがたは七日間、仮庵に住まなければならない。イスラエルで生まれた者はみな、仮庵に住まなければならない。23:43 これは、わたしが、エジプトの国からイスラエル人を連れ出したとき、彼らを仮庵に住まわせたことを、あなたがたの後の世代が知るためである。わたしはあなたがたの神、【主】である。」】

①「贖罪の日」とは、第七月の十日に行われる、大祭司がすべての民の為にいけにえを捧げ、人々の罪が赦される日です。

②その5日後に「仮庵の祭り」を主は制定されました。
これはイスラエルの中でも、もっとも喜びと感謝を表す祭です。
主に恵みと赦しの感謝であり、カナンの地で定着した後に土地の収穫を祝う祭でもありました。

③そして主は民に、カナンの地でも実際に「仮庵」に住み、主の御言葉を聞き、主の恵みと救いの奇跡を、後の世代に伝えるようにと語ったのです。

・・・新約の私たちは仮庵に住む必要はありません。
しかし、主が赦しと導きを与えて下さった「恵みと証」を、
定期的に受け取り継承することは大切なことです。

・・・日々赦された恵みを感謝すると共に、
定期的に集まって主の恵みを継承する時を持つならば、
健康的な信仰生活を歩むことができるのです。

2月7日レビ記22-24章『主に助けられ、赦された者の喜びと証し』_d0155777_0205891.jpg
・・・主の「赦しと生活の恵み」を感謝しましょう。
そして主の生きた証を「聞く機会、語る機会」を持ちましょう。

あなたの信仰は、神の証しを「聞き・語る」ことを通じても成長していくのです。
YCCFuji

by happiness-eachday | 2011-02-07 00:21 | 2011年2月 | Trackback

2月6日レビ記19‐21章『モーセの十戒の具体的な説明』

懸賞 2011年 02月 06日 懸賞

『モーセの十戒の具体的な説明』
【19:1 ついで【主】はモーセに告げて仰せられた。19:2 「イスラエル人の全会衆に告げて言え。あなたがたの神、【主】であるわたしが聖であるから、あなたがたも聖なる者とならなければならない。19:3 おのおの、自分の母と父とを恐れなければならない。また、わたしの安息日を守らなければならない。わたしはあなたがたの神、【主】である。19:4 あなたがたは偶像に心を移してはならない。また自分たちのために鋳物の神々を造ってはならない。わたしはあなたがたの神、【主】である。・・・
19:17 心の中であなたの身内の者を憎んではならない。あなたの隣人をねんごろに戒めなければならない。そうすれば、彼のために罪を負うことはない。19:18 復讐してはならない。あなたの国の人々を恨んではならない。あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。わたしは【主】である。・・・」】

①この19章は、十戒を具体的に示された個所として有名な箇所です。
主はここで「神と人とへの行為全般」を具体的に要約されています。

②今日注目したい内容は、「聖」と「愛」です。
「聖」は神ご自身の姿(ご性質)であり、神が私たちに願っておられる性質です。
旧約でも新約でも神は私たちが「聖」であることを願っています。

その為に両親を敬うことが大切であり、主を第一とする為の戒めを守るようにと語られたのです。
そして神を愛し、隣人を「愛する(アガペー:与える愛)」ことが
神の似姿である「聖」でもあるのです。

繰り返しますが、イエス様の言葉
【マタイ22:37 イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』22:39 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』22:40 律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」】

・・・神は私たちに「聖くなること」を願っておられます。
そしてそれが「できない」私たちのために、
旧約の律法ではなく
「十字架の福音 (犠牲) 」によって、救いの道を与えて下さったのです。

・・・律法は私たちが福音を求める「養育係」です(ガラテヤ3:24)。

律法(ルール)があって初めて、それができない「むなしい人間」が、
「自分」であると気がつきます。
・・・そしてここから、あなたの「本当の求道心」が生まれるのです。

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「出来る」と思いこむより、
「できない」自分を正直に認め「助けを求める」ほうが
真実だとは思いませんか?

正直に生きるあなたを、主は必ず助けて下さいます。
YCCFuji

by happiness-eachday | 2011-02-06 00:34 | 2011年2月 | Trackback

2月5日レビ記16-18章『罪の赦しの代価の大きさ』

懸賞 2011年 02月 05日 懸賞

『罪の赦しの代価の大きさ』
【16:1 アロンのふたりの子の死後、すなわち、彼らが【主】の前に近づいてそのために死んで後、【主】はモーセに告げられた。16:2 【主】はモーセに仰せられた。「あなたの兄アロンに告げよ。かってな時に垂れ幕の内側の聖所に入って、箱の上の『贖いのふた』の前に行ってはならない、死ぬことのないためである。・・・16:3 アロンは次のようにして聖所に入らなければならない。
・・・16:11 アロンは自分の罪のためのいけにえの雄牛をささげ、自分と自分の家族のために贖いをする。彼は自分の罪のためのいけにえの雄牛をほふる。・・・16:15 アロンは民のための罪のためのいけにえのやぎをほふり、その血を垂れ幕の内側に持って入り、あの雄牛の血にしたようにこの血にもして、それを『贖いのふた』の上と『贖いのふた』の前に振りかける。・・・16:34 以上のことは、あなたがたに永遠のおきてとなる。これは年に一度、イスラエル人のすべての罪から彼らを贖うためである。」】

①アロンは、年に一度、第七の月の10日(贖罪の日)に、
自分と家族、そして民族の為にいけにえを捧げ、
すべてのイスラエル人が罪赦されるために聖所で儀式を行いました。

これは「大祭司」として主から命じられた働きです。

②罪の赦しの為には、多くの犠牲の血(いのち)が捧げられる必要があったのです。

少し前にも取り上げましたが
新約ヘブル【10:14 キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全うされたのです。10:18 これらのことが赦されるところでは、罪のためのささげ物はもはや無用です。10:19 こういうわけですから、兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所に入ることができるのです。】

③キリストがご自分の犠牲によって、罪の代価を支払われたおかげで、
私たちは昔の大祭司と同じように、まことの聖所 (神との交わり) に入ることができるのです。
(この私たちが受けた恵みは、旧約時代では信じられない恵みです。)

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・・・あなたが、受けた恵みを知って「実際に」主に近づくならば、
あなたは「具体的に」主から多くの祝福と助けを受けることができます。
キリストを信じる恵みは、非常に大きなものです。

与えられた立場を最大限に活用しましょう。
そして受けた恵みをもって、
主に心からの感謝を捧げましょう。YCCFuji

by happiness-eachday | 2011-02-05 00:33 | 2011年2月 | Trackback

2月4日レビ記13-15章『汚れと聖めの教え』

懸賞 2011年 02月 04日 懸賞

『汚れと聖めの教え』
【14:1 ついで【主】はモーセに告げて仰せられた。14:2 「ツァラアトに冒された者がきよめられるときのおしえは次のとおりでなければならない。彼を祭司のところに連れて来る。14:3 祭司は宿営の外に出て行き、調べて、もしツァラアトの者のツァラアトの患部がいやされているなら、・・・きよいと宣言し・・・
14:9 七日目になって、彼はすべての毛、その髪の毛と口ひげとまゆ毛をそり落とす。そのすべての毛をそり落とし、自分の衣服を洗い、水をそのからだに浴びる。その者はきよい。14:10 八日目に彼は、傷のない雄の子羊二頭と傷のない一歳の雌の子羊一頭と、穀物のささげ物としての油を混ぜた小麦粉十分の三エパと、油一ログとを持って来る。・・」】

①主は人間や衣服・建物のツァラアトがどのようなものかを示され、その回復の方法も示されました。(このツァラアトは現在のらい病とは異なります)

②主は汚れと聖めの方法を教えられることを通じて、
汚れが民から隔離される「恐ろしいもの」であり、
回復のためには「祭司の認定」と「いけにえ」が必要であることを教えられたのです。

・・・新約時代にあっても、罪と赦しの教えは大切なことです。私たちは罪を犯しやすく、赦しが必要です。
そして罪は非常に「恐ろしいもの」であり、
罪の赦し(回復)のためには、「大祭司イエス様の認定」と「大きな犠牲」が必要なのです。
イエス様が十字架で罪の代価(犠牲)となって下さったことは幸いです。

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・・・私たちはイエス様の犠牲によって既に罪は赦されていますが、
罪に対する感覚は敏感であることが大切なのです。

・・・もう一度赦されている恵みを感謝しましょう。
イエス様の犠牲の意味が分かるほど、赦しの価値と素晴らしさが分かるのです。
YCCFuji

by happiness-eachday | 2011-02-04 09:34 | 2011年2月 | Trackback

2月3日レビ記10-12章『旧約のさばきの厳しさ(と新約の恵み)』

懸賞 2011年 02月 03日 懸賞

『旧約のさばきの厳しさ(と新約の恵み)』
【10:1 さて、アロンの子ナダブとアビフは、おのおの自分の火皿を取り、その中に火を入れ、その上に香を盛り、主が彼らに命じなかった異なった火を【主】の前にささげた。10:2 すると、【主】の前から火が出て、彼らを焼き尽くし、彼らは【主】の前で死んだ。・・・
10:8 それから、【主】はアロンに告げて仰せられた。10:9 「会見の天幕に入って行くときには、あなたがたが死なないように、あなたも、あなたとともにいるあなたの子らも、ぶどう酒や強い酒を飲んではならない。これはあなたがたが代々守るべき永遠のおきてである。10:10 それはまた、あなたがたが、聖なるものと俗なるもの、また、汚れたものときよいものを区別するため、10:11 また、【主】がモーセを通してイスラエル人に告げられたすべてのおきてを、あなたがたが彼らに教えるためである。」】

①アロンの子たちは、主の命令の言葉を聞きつつ、
主とお出会いする天幕で、祭司と言う重要な仕事の途中で、自分勝手な異なった火を捧げました。
(9節から酔っていたという説があります)

②主は、その祭司たちの罪を瞬時に裁かれ、彼らは死にました。
③旧約において、いけにえを捧げる祭司が、主の聖なることを破壊する行為に対して、
主は極めて厳しい態度で臨まれました。

新約へブル7章【7:24 しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。7:25 したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。】

④イエス様は完全な大祭司として、十字架上で犠牲を支払われ、救いの業を完成して下さいました。
・・・ですからこの「完全なイエス様」を頼りとし、近づくならば、私たちは完全に救われていることを感謝しましょう。
そしてこのイエス様があなたを個人的にとりなして下さっていることを知りましょう。

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・・・しかし新約でも「聖」と「汚れ」を区別することを忘れてはいけません。

赦されるから「何でもよい」のではなく、
赦されているからこそ「神の願いに応えて」生きていきたいと、
思いたいのです。
・・・それができるように、今日も主に助けて頂きましょう。YCCFuji

by happiness-eachday | 2011-02-03 00:01 | 2011年2月 | Trackback

2月2日レビ記7-9章『旧約から教えられる、イエス様の偉大さ』

懸賞 2011年 02月 02日 懸賞

『旧約から教えられる、イエス様の偉大さ』
【8:33 また、あなたがたの任職の期間が終了する日までの七日間は、会見の天幕の入口から出てはならない。あなたがたを祭司職に任命するには七日を要するからである。・・・
9:1 それから、八日目になって、モーセはアロンとその子ら、およびイスラエルの長老たちを呼び寄せ、9:2 アロンに言った。「あなたは、子牛、すなわち、若い牛を罪のためのいけにえとして、雄羊を全焼のいけにえとして、それもまた傷のないものを取って、【主】の前にささげなさい。」】

①祭司が聖められるためには、毎日罪の為、全焼の為、任職の為のいけにえを7日間捧げ、
8日目にも特別ないけにえを捧げなければなりませんでした。
そして初めて聖められ、祭司職・大祭司職に就くことができたのです。
・・・旧約は聖めと罪の赦しの大変さを私たちに教えてくれます。

新約へブル7章には【7:24 しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。7:25 したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。7:26 また、このようにきよく、悪も汚れもなく、罪人から離れ、また、天よりも高くされた大祭司こそ、私たちにとってまさに必要な方です。7:27 ほかの大祭司たちとは違い、キリストには、まず自分の罪のために、その次に、民の罪のために毎日いけにえをささげる必要はありません。というのは、キリストは自分自身をささげ、ただ一度でこのことを成し遂げられたからです。】

②しかし新約時代に救われた私たちは、この難しさを飛び越えて
「イエス様を信じるだけ」で、一瞬にして罪が赦され、
神との交わりの中に入ることができるのです。
(旧約では大祭司が犠牲を捧げた上で、年に一度だけしか入れない至聖所(神との交わり)に入れる特権です《10:19‐20》)

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・・・新約時代にいのちが与えられ、イエス様を信じることができた恵みを感謝しましょう。
(旧約時代の聖人からはうらやましがられる立場です)

そのように、あなたを特別に導かれた「神の愛の偉大さ」を受け止めましょう。
このような偉大なイエス様が私を愛し、友となって下さっている恵みは、
言葉に表すこともできないことなのです。
YCCFuji

by happiness-eachday | 2011-02-02 00:19 | 2011年2月 | Trackback

2月1日レビ記4-6章『罪のためのいけにえ』

懸賞 2011年 02月 01日 懸賞

『罪のためのいけにえ』
【4:27 また、もし一般の人々のひとりが、【主】がするなと命じたことの一つでも行い、あやまって罪を犯し、後で咎を覚える場合、4:32 もしその人が罪のためのいけにえのために、ささげ物として子羊を連れて来る場合には、傷のない雌羊を連れて来なければならない。4:33 その罪のためのいけにえの頭の上に手を置き、全焼のいけにえをほふる場所で、罪のためのいけにえとしてほふりなさい。4:34 祭司は指で、罪のためのいけにえの血を取り、それを全焼のいけにえの祭壇の角に塗りなさい。その血は全部、祭壇の土台に注がなければならない。4:35・・祭司はそれを祭壇の上で、【主】への火によるささげ物の上に載せて焼いて煙にしなさい。祭司は、その人のために、その人が犯した罪の贖いをしなさい。その人は赦される。】

①主は、罪の赦しの方法をモーセに教えられました。
②罪の赦しには (自分の身代りの) いけにえが必要であり、
それは全焼のいけにえの場所で、家畜に手を置いて捧げられ、
「血」が流されたのです。

③新約においては、イエス様が犠牲をささげられました。
新約聖書、ヘブル人への手紙には
「9:9この幕屋はその当時のための比喩です。それに従って、ささげ物といけにえとがささげられますが、それらは礼拝する者の良心を完全にすることはできません。」
「9:14まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ行いから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。」とあります。

④イエス様が、旧約のいけにえ以上の「犠牲の血」を捧げて下さったことにより、
私たちは良心が聖められ、生ける神と親しく交わることが可能になったのです。
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・・・罪の赦しには血(いのち)の犠牲が必要であることを銘記しましょう。
そしてイエス様の犠牲の価値を理解し、感謝しましょう。

イエス様の愛と犠牲がどれほどであるかが分かるほど、
主への愛と感謝がわき起こるのです。
YCCFuji

by happiness-eachday | 2011-02-01 00:10 | 2011年2月 | Trackback