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カテゴリ:2010年9月( 30 )

懸賞 懸賞

9月10日エゼキエル22-24章『主は大切なものを取り上げる力を持っておられる』

懸賞 2010年 09月 10日 懸賞

『主は大切なものを取り上げる力を持っておられる』
【24:15 次のような主のことばが私にあった。24:16 「人の子よ。見よ。わたしは一打ちで、あなたの愛する者を取り去る。嘆くな。泣くな。涙を流すな。24:18 その朝、私は民に語ったが、夕方、私の妻が死んだ。翌朝、私は命じられたとおりにした。・・24:25「人の子よ。わたしが、彼らの力とするもの、栄えに満ちた喜び、愛するもの、心に慕うもの、彼らの息子や娘たちを取り去る日、24:27 その日、あなたはのがれて来た者に口を開いて言え。もう黙っていてはならない。あなたが彼らのしるしとなるとき、彼らは、わたしが主であることを知ろう。」】

①主は愛に満ちたお方です。そして忍耐深く私たちが、自分の意思で主の願いに応えることを待っておられます。②エゼキエルを通じて、主は「主に反逆する罪」に対して、正しい裁きをされることを教えられました。「わざに従って、あなたを裁く」と語られるのです。
③主が待っておられる「忍耐」を、なんでもできる「自由」と誤解してはいけません。主は取り除こうと考えたならば、どんな大切なものでも「取り上げる力」を持っておられるお方なのです。
④主を恐れつつ、主の愛と御忍耐に感謝しましょう。主はあなたも知っているように、主を一番にし、主を喜び、主に心から従うことを待っておられるのです。YCCFuji

・・・エゼキエルは預言者として、生活をかけて神のメッセージを語るように召された人物です。
今回の聖句の趣旨は上記のとおりと私は理解していますが、主はエゼキエルをこのような状況にしなければならないほど、選ばれた民(私たち)を愛し、メッセージを語っておられると、私は受け止めるのです。エゼキエルは生活を通じて神のメッセージを語っています(エゼキエル自身にとっては大変なことだと思います・・)。神の言葉はそのような強い言葉であることを銘記すべきでしょう。

by happiness-eachday | 2010-09-10 08:39 | 2010年9月 | Trackback

9月9日エゼキエル19-21章『偶像を捨てよと語られる主』

懸賞 2010年 09月 09日 懸賞

『偶像を捨てよと語られる主』
【20:5 彼らに言え。神である主はこう仰せられる。わたしがイスラエルを選んだとき、ヤコブの家の子孫に誓い、エジプトの地で彼らにわたしを知らせ、わたしがあなたがたの神、主であると言って彼らに誓った。20:6 その日、彼らをエジプトの地から連れ出し、わたしが彼らのために探り出した乳と蜜の流れる地、どの地よりも麗しい地に入れることを、彼らに誓った。20:7 わたしは彼らに言った。『おのおのその目の慕う忌まわしいものを投げ捨てよ。エジプトの偶像で身を汚すな。わたしがあなたがたの神、主である。』と。・・・20:10 こうして、わたしはエジプトの地から彼らを連れ出し、荒野に導き入れ、20:11 わたしのおきてを彼らに与え、それを実行すれば生きることのできるそのわたしの定めを彼らに教えた。】

①主はエゼキエルの元に主の助けを求めてやってきた人々に、彼らの不信仰の現実を指摘されました。それは、彼らが主の御言葉に反発し続けた現実です。②主は民の祝福のため、主の大きな愛と御慈悲を持って、御言葉を語り続けていした。③たとえ、先祖や周りが偶像に従い続けていたとしても、主は「偶像を捨て、身を清めるように(20:18-19)」と語られるのです。・・この主の御言葉に従う時に、人間では超えられない限界を超え、素晴らしい祝福の中に入ることができるのです。祝福は、「偶像を捨て、主に従うこと」から始まります。YCCFuji

by happiness-eachday | 2010-09-09 08:15 | 2010年9月 | Trackback

9月8日エゼキエル16-18章『生きよとおっしゃる神の愛のメッセージ』

懸賞 2010年 09月 08日 懸賞

『生きよとおっしゃる神の愛のメッセージ』

今日の聖書個所はぜひ全文をお読みください。主の私たちに対する赦しの思いと愛の深さを教えられ、主のお気持ちがわかる個所ですから。

【18:9 わたしのおきてに従って歩み、まことをもってわたしの定めを守り行なおう。こういう人が正しい人で、必ず生きる。―神である主の御告げ。―・・・18:14 しかし、彼が子を生み、その子が父の行なったすべての罪を見て反省し、そのようなことを行なわず、18:15 丘の上で食事をせず、イスラエルの家の偶像を仰ぎ見ず、隣人の妻を汚さず、18:16 だれをもしいたげず、質物をとどめておかず、物をかすめず、飢えている者に自分の食物を与え、裸の者に着物を着せ、18:17 卑しいことから手を引き、利息や高利を取らず、わたしの定めを行ない、わたしのおきてに従って歩むなら、こういう者は自分の父の咎のために死ぬことはなく、必ず生きる。・・18:32 わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。―神である主の御告げ。―だから、悔い改めて、生きよ。】

①主は選ばれた民、イスラエルを、乙女を愛するように接して下さいました(16章)。しかし彼らは主から与えられた美しさと財を用いて、自分のプライドと欲望を満たし続けたのです。
②主はその間違った態度を指摘されましたが、主の思いは「彼らが悔い改めて、へりくだることによって赦されること」でした(16:63)。
③主は、「悔い改めて生きよ」と語られます。「生きる」こと自体が主の力によるのです。今までがどのような誤った道を歩んでいても、創造主の願いを知り、その道を歩み始めるならば、主は素晴らしいことを計画されているのです。YCCFuji

by happiness-eachday | 2010-09-08 08:28 | 2010年9月 | Trackback

9月7日エゼキエル13-15章『上塗りをはがされる主』

懸賞 2010年 09月 07日 懸賞

『上塗りをはがされる主』
【13:10 実に、彼らは、平安がないのに『平安。』と言って、わたしの民を惑わし、壁を建てると、すぐ、それをしっくいで上塗りしてしまう。13:11 しっくいで上塗りする者どもに言え。『それは、すぐはげ落ちる。』大雨が降り注ぎ、わたしが雹を降らせ、激しい風を吹きつける。13:12 すると、壁が倒れ落ちる。・・13:14 あなたがたがしっくいで上塗りした壁を、わたしが打ちこわし、地に倒してしまうので、その土台までもあばかれてしまう。それが倒れ落ちて、あなたがたがその中で滅びるとき、あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。】

①平安がないのに、「平安だ」と偽りの言葉を語る預言者に対して、主は厳しい言葉を語っています。②私たちも、問題の本質を見ずに、表面だけで解決しようとするならば同じことが起こります。いつかその上塗りがはがれ、問題の本質が皆の前で明らかになり、せっかく作った壁(実績)までも崩れる時が来るのです。それは壁の土台が弱かったからです。
③本来、石を積み上げて壁を立てたならば、セメントで固めて強いものにしなければなりません。私たちに対する人生を確実にするセメントは、「創造主の言葉」です。創造主の言葉で、まず心を固めましょう。上塗りはその後に塗ればよいのです。そうすれば、上塗りがはがれても、土台が強いので壁が崩れることがないからです。YCCFuji

by happiness-eachday | 2010-09-07 08:54 | 2010年9月 | Trackback

9月6日エゼキエル10-12章『かたくなな心を取り除かれる主』

懸賞 2010年 09月 06日 懸賞

『かたくなな心を取り除かれる主』
【「・・・11:19 わたしは彼らに一つの心を与える。すなわち、わたしはあなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしは彼らのからだから石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える。11:20 それは、彼らがわたしのおきてに従って歩み、わたしの定めを守り行なうためである。こうして、彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。11:21 しかし、彼らの忌むべきものや、忌みきらうべきものの心を、自分の心として歩む者には、彼らの頭上に彼らの行ないを返そう。―神である主の御告げ。―」】

①主は、バビロン捕囚の中にいる苦しみの民と共にいる、と語られました(11:16)。②そして苦しみには終わりがあり、時が来るならば苦しみから解放されると約束されたのです(11:17)。

③主はその苦しみの期間に、「人々の不信仰な、頑なな石の心」を取り除き、主の新しい霊によって、「素直でやわらかい肉の心」を与えると約束されたのです。主は私たちの心を作り変えることができるお方です。

・・・主に「新しい心」に作り変えて頂けることを受け取りましょう。頑なな心に執着してはいけません。主はあなたの心を取り扱い、あなたが多くの祝福を受け取ることができるようにして下さるのです。YCCFuji

by happiness-eachday | 2010-09-06 08:54 | 2010年9月 | Trackback

9月5日エゼキエル7-9章『心の中の偶像を処理する』

懸賞 2010年 09月 05日 懸賞

『心の中の偶像を処理する』
【8:12 この方は私に仰せられた。「人の子よ。あなたは、イスラエルの家の長老たちがおのおの、暗い所、その石像の部屋で行なっていることを見たか。彼らは、『主は私たちを見ておられない。主はこの国を見捨てられた。』と言っている。」・・9:9 すると、主は私に仰せられた。「イスラエルとユダの家の咎は非常に大きく、この国は虐殺の血で満ち、町も罪悪で満ちている。それは、彼らが、『主はこの国を見捨てられた。主は見ておられない。』と言ったからだ。9:10 だから、わたしも惜しまず、あわれまない。わたしは彼らの頭上に彼らの行ないを返す。」】

①主はエゼキエルに現れ、ユダの人々が、状況の苦しさのために真の神以外のものを拝み、頼っている姿を見せました。②そして主は、その罪にゆえに彼らを裁くと言われたのです。
②苦しみには意味があります。それは真の神、創造主に立ち返り、主との関係を深め、主に近づくことによって主の計画が進むようになることです。
③しかし苦しみの安易な解決を求めて、自分の課題をごまかし、違うものに助けを求めるならば、裁きはますます大きくなり、問題解決は遠のくのです。
④主はあなたを見捨てることはありません。この事実に立ち、心の偶像を捨て、真の神に近づくならば、主はあなたを整え、最短距離で素晴らしい祝福を与えられるのです。YCCFuji

by happiness-eachday | 2010-09-05 07:45 | 2010年9月 | Trackback

9月4日エゼキエル3-6章『問題が起こる目的』

懸賞 2010年 09月 04日 懸賞

『問題が起こる目的』
【6:9「・・ あなたがたのうちののがれた者たちは、とりこになって行く国々で、わたしを思い出そう。それは、わたしから離れる彼らの姦淫の心と、偶像を慕う彼らの姦淫の目をわたしが打ち砕くからだ。彼らが自分たちのあらゆる忌みきらうべきことをしたその悪をみずからいとうようになるとき、6:10 彼らは、わたしが主であること、また、わたしがゆえもなくこのわざわいを彼らに下すと言ったのではないことを知ろう。」】

①イスラエルの民は、周りの国以上に反逆的で、主の命令に従わず、諸国の定め以下のモラルで歩んだため、裁きを受けました(5:7)。②主はその民の、心の奥にある反逆と不信仰を打ち砕き、自分自身の身勝手なやり方を深く後悔するように導かれたのです。

・・・問題が起きることを通じて人は主に祈り、本当の自分自身の姿に気がつかされます。主はその悟りと悔い改めを通じて、人々の生き方を変え、祝福を与えようと計画しているのです。問題が起きた時に、問題の本質を直視しましょう。逃げずに主に祈り、問題に挑む時に、主はあなたを整え、素晴らしい主の計画を進められるのです。YCCFuji

by happiness-eachday | 2010-09-04 07:57 | 2010年9月 | Trackback

9月3日エゼキエル1-3章『使命と責任』

懸賞 2010年 09月 03日 懸賞

『使命と責任』
【 3:8 「見よ。わたしはあなたの顔を、彼らの顔と同じように堅くし、あなたの額を、彼らの額と同じように堅くする。3:9 わたしはあなたの額を、火打石よりも堅い金剛石のようにする。彼らは反逆の家だから、彼らを恐れるな。彼らの顔にひるむな。」3:10 その方は私に仰せられた。「人の子よ。わたしがあなたに告げるすべてのことばを、あなたの心に納め、あなたの耳で聞け。」・・3:21 「しかし、もしあなたが正しい人に罪を犯さないように警告を与えて、彼が罪を犯さないようになれば、彼は警告を受けたのであるから、彼は生きながらえ、あなたも自分のいのちを救うことになる。」

①主は私たちに使命を与えられています。エゼキエルには「反逆の民に語るように」と、使命が与えられました。ですから、彼は人々が聞いても聞かなくても、神の言葉を語ったのです。②その働きのために、主はエゼキエルを金剛石(ダイヤモンド)のように強めました。だからこそ彼は自分自身の働きをすることができたのです。③彼が使命を果たし、語るべきことを語り、それを聞いた人が誤った行いを改めたならば、主は赦しと祝福を与えられます。

・・・主は私たちにも何かの使命を与えられています。主は私たちを強め、力を与えて、使命と責任を果たせるように助けて下さるのです。YCCFuji

by happiness-eachday | 2010-09-03 07:52 | 2010年9月 | Trackback

9月2日哀歌4-5章『主に求め叫ぶ』

懸賞 2010年 09月 02日 懸賞

『主に求め叫ぶ』
【5:19 しかし、主よ。あなたはとこしえに御座に着き、あなたの御座は代々に続きます。5:20 なぜ、いつまでも、私たちを忘れておられるのですか。私たちを長い間、捨てられるのですか。5:21 主よ。あなたのみもとに帰らせてください。私たちは帰りたいのです。私たちの日を昔のように新しくしてください。】

①哀歌は、エルサレムの滅亡と捕囚の嘆きの歌を集めたものです。罪のためにエルサレムは滅びましました。そして、その報いは次の世代にも及びました。人々は嘆き、主に訴えました。なぜならその苦しみがあまりに続いたからです。②しかし主は彼らを根絶やしにはしませんでした。バビロン捕囚のの苦しみの中にあっても、主は信じた者たちを守られました。そしてエレミヤの預言の通り、彼らは後に解放され、故郷に帰ることができたのです。

・・・主の許しの中で、苦しみには終わりが来ます。そして苦しみの時には、それ自体に目的があるのです。今日も主に祈りましょう。主に近づきましょう。あなたが主と共にいるならば、主は必ずあなたを助け出し、主の栄光を現されるのです。YCCFuji

by happiness-eachday | 2010-09-02 07:27 | 2010年9月 | Trackback

9月1日哀歌1-3章『主は見放してはおられない』

懸賞 2010年 09月 01日 懸賞

『主は見放してはおられない』
【3:22 私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。3:23 それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は力強い。3:24 主こそ、私の受ける分です。」と私のたましいは言う。それゆえ、私は主を待ち望む。3:25 主はいつくしみ深い。主を待ち望む者、主を求めるたましいに。3:26 主の救いを黙って待つのは良い。・・3:31 主は、いつまでも見放してはおられない。3:32 たとい悩みを受けても、主は、その豊かな恵みによって、あわれんでくださる。3:33 主は人の子らを、ただ苦しめ悩まそうとは、思っておられない。3:39 生きている人間は、なぜつぶやくのか。自分自身の罪のためにか。】

①エレミヤの哀歌は、罪のためのエルサレムの滅亡の悲しみをうたったものです。②私たちは蒔いた種の刈り取りをしなければなりませんが、しかしその中にあっても、主は恵み深く、主の憐れみは豊かなのです。
③「主が私の受ける分」とは、土地を与えられた部族が養われるように、主が私たちを養って下さるという告白です。
④主は私たちをいつも養って下さっています。・・私たちは主の守りを信じ、へりくだり、良い種を蒔き続けるのです。
苦しみの中でこそ、その問題を直視し、主に期待し、祈るのです。YCCFuji

by happiness-eachday | 2010-09-01 08:08 | 2010年9月 | Trackback