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2月22日レビ記22-23章 使徒7:1-53

懸賞 2020年 02月 22日 懸賞

『真心からの捧げもの』
【レビ22:17 ついで【主】はモーセに告げて仰せられた。22:18 「アロンとその子ら、またすべてのイスラエル人に告げて言え。だれでも、イスラエルの家の者、またはイスラエルにいる在留異国人がささげ物をささげ、誓願のささげ物、あるいは進んでささげるささげ物として、全焼のいけにえを【主】にささげるなら、22:19 あなたがたが受け入れられるためには、それは牛、羊、あるいはやぎのうちの傷のない雄でなければならない。22:20 欠陥のあるものは、いっさいささげてはならない。それはあなたがたのために受け入れられないからである。」】①主への捧げものは「傷のないもの」でなければなりません。「イエス様」は「傷のない完全なお方」としてご自身を捧げられました。また傷のないものを捧げるとは、私たちの「心の姿勢」が問われるのです。主に「奉仕や捧げもの」をするならば、「真心から」を捧げることが大切なのです。


『死の恐れを越える、聖霊の力』
【使7:51 かたくなで、心と耳とに割礼を受けていない人たち。あなたがたは、父祖たちと同様に、いつも聖霊に逆らっているのです。7:52 あなたがたの父祖たちが迫害しなかった預言者がだれかあったでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを前もって宣べた人たちを殺したが、今はあなたがたが、この正しい方を裏切る者、殺す者となりました。7:53 あなたがたは、御使いたちによって定められた律法を受けたが、それを守ったことはありません。」】①ステパノは、無実の罪で投獄され、議会で尋問を受けました。彼は、大祭司や祭司たちの前で、恐れることなく、大胆に語り、指導者たちの罪をはっきりと指摘しました。それによって、自分が殺されそうになることを、恐れてはいませんでした。ステパノは、聖霊の力に満たされて、「死の恐れ」を越えて、語り続けたのです。聖霊が働かれると「恐れ」さえも、越えることができるのです。


# by Happiness-eachday | 2020-02-22 05:34 | 2020年 | Trackback

2月21日レビ記19-21章 使徒6章

懸賞 2020年 02月 21日 懸賞

『隣人を愛する、神の民』
【レビ19:18 復讐してはならない。あなたの国の人々を恨んではならない。あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。わたしは【主】である。
19:34 あなたがたといっしょの在留異国人は、あなたがたにとって、あなたがたの国で生まれたひとりのようにしなければならない。あなたは彼をあなた自身のように愛しなさい。あなたがたもかつてエジプトの地では在留異国人だったからである。わたしはあなたがたの神、【主】である。】①主は、旧約の時代にあっても、隣人を自分のように愛することを命じられていました。神の民が他の人に「どのように接するか」の基準を示されたのです。それは同国人だけでなく、在留外国人に対しても、同じように愛することを基準とされたのです。神は愛です。そして「神の民」も「愛する人々」なのです。


『補佐する人々』
【使6:1 そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである。6:2 そこで、十二使徒は弟子たち全員を呼び集めてこう言った。「私たちが神のことばをあと回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。6:3 そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。6:4 そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」】①キリストの弟子たちが増えた時、12弟子だけでは対応できない事態になりました。そこで「御霊と知恵に満ちた評判の良い人」が選ばれ、12弟子たちを補佐することとなったのです。そのおかげで、教会はますます多くの人に対応できるようになり、弟子たちが育ち、福音がさらに広がっていったのです。神様は、働きを広げる前に、補佐する人々を起こされたのです。


# by Happiness-eachday | 2020-02-21 21:45 | 2020年 | Trackback

2月20日レビ記16-18章 使徒5:12-42

懸賞 2020年 02月 20日 懸賞

『贖罪の日』
【レビ16:33 彼は至聖所の贖いをする。また会見の天幕と祭壇の贖いをしなければならない。また彼は祭司たちと集会のすべての人々の贖いをしなければならない。16:34 以上のことは、あなたがたに永遠のおきてとなる。これは年に一度、イスラエル人のすべての罪から彼らを贖うためである。」モーセは【主】が命じられたとおりに行った。】①贖罪の日は、前の年に償われなかったすべての罪と罪過を贖うことによって、神様との関係を維持するための大切なものでした。しかしこれらは不完全なもので、毎年捧げなければならなかったのです。②キリストは、ただ一度、ご自身を捧げられたことにより、完全な(永遠の)捧げものを成し遂げて下さったのです。(ヘブル961018)贖罪の日は、イエスキリストの十字架の恵みの予型(預言的象徴)なのです。


『迫害の中の聖霊の働き』
【使5:29 ペテロをはじめ使徒たちは答えて言った。「人に従うより、神に従うべきです。5:30 私たちの父祖たちの神は、あなたがたが十字架にかけて殺したイエスを、よみがえらせたのです。5:31そして神は、イスラエルに悔い改めと罪の赦しを与えるために、このイエスを君とし、救い主として、ご自分の右に上げられました。5:32 私たちはそのことの証人です。神がご自分に従う者たちにお与えになった聖霊もそのことの証人です。」5:33 彼らはこれを聞いて怒り狂い、使徒たちを殺そうと計った。】①ペテロが、イエス様の名前で、人を癒したことによって、ひどい迫害を受け、投獄されました。しかし神様の奇跡によって解放され、大胆に語り続けたのです。ペテロの仲間たちも、同じように語りました。そして迫害さえも喜んで、語り続けたのです(541)。これは聖霊の働きです。聖霊が働く時に、人間は自分の限界を越えて、神様が願うことができるのです。


# by Happiness-eachday | 2020-02-20 05:27 | 2020年 | Trackback

2月19日レビ記15章 使徒4:32-5:11

懸賞 2020年 02月 19日 懸賞

『神様の配慮』
【レビ15:5 また、だれでもその床に触れる者は自分の衣服を洗い、水を浴びなければならない。その者は夕方まで汚れる。】①1115章は、神の民の」衛生面について神様は語られました。イスラエルを取り巻く古代の衛生学や公衆衛生、沐浴の重要性や伝染病予防について、当時の人々は何も知りませんでした。貧しい人や病人に対しても適切な保護を提供しなかったのです。神の律法は、このようなことに適切な注意を払うように、生活のあらゆる面で清く完全であるように、と導かれたのです。

『神様の聖さと裁き(新約においても)』
【使 5:1 ところが、アナニヤという人は、妻のサッピラとともにその持ち物を売り、5:2 妻も承知のうえで、その代金の一部を残しておき、ある部分を持って来て、使徒たちの足もとに置いた。5:3そこで、ペテロがこう言った。「アナニヤ。どうしてあなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、地所の代金の一部を自分のために残しておいたのか。5:4 それはもともとあなたのものであり、売ってからもあなたの自由になったのではないか。なぜこのようなことをたくらんだのか。あなたは人を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」5:5 アナニヤはこのことばを聞くと、倒れて息が絶えた。そして、これを聞いたすべての人に、非常な恐れが生じた。
5:10 すると彼女は、たちまちペテロの足もとに倒れ、息が絶えた。入って来た青年たちは、彼女が死んだのを見て、運び出し、夫のそばに葬った。5:11 そして、教会全体と、このことを聞いたすべての人たちとに、非常な恐れが生じた。】①この記事は、新約の時代であったとしても、神を欺くことは恐ろしい罪であり、罪の報いが伴うことを教えています。新約の時代も、旧約と同じく、罪は罪であり、罪をそのままにしていては報い(刈り取り)が起きるのです。罪に気が付いたならば、できるだけ早く、悔い改めましょう。十字架の赦しと愛は、信じて「受け入れる者」に全うされるのです


# by Happiness-eachday | 2020-02-19 05:36 | 2020年 | Trackback

2月18日レビ記13-14章 使徒4:1-31

懸賞 2020年 02月 18日 懸賞

『汚れと聖め』
【レビ14:54 以上は、ツァラアトのあらゆる患部、かいせん、14:55 衣服と家のツァラアト、14:56 はれもの、かさぶた、光る斑点についてのおしえである。14:57 これは、どんなときにそれが汚れているのか、またどんなときにそれがきよいのかを教えるためである。これがツァラアトについてのおしえである。】①主は、様々なものの「ツァラアト」と呼ばれる判断基準と、その聖めの宣言基準について、記されました。しかしこれは主の配慮でもあったのです。イスラエルの民は、近くに住み、もし伝染病が起きたならば、集団感染する可能性もあったのです。主は「汚れた」ものを封じ込めるためにも、これらの教えを語られたのです。聖さを学ばせるとともに、衛生面の安全の為にも、主はこれらの戒めを語られたのです。

『祈りによる、聖霊の満たしを通じて』
【使4:29 主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。4:30御手を伸ばしていやしを行わせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行わせてください。」4:31 彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。】①キリストの弟子たちは、キリストについて証しする「新しい勇気」が必要でした。キリストと共にある生活においても、抑圧や苦しみ、拒絶や痛みがあるのです。祈りを通じ、聖霊に満たされることによって、それらの苦しみを乗り越える力が与えられます。主は、「人間の我の力でできない」と実感させることを通じて、主の恵みが「憐れみによるもの」であることを理解させます。その時私たちは、心から感謝して聖霊を求めるように、作り変えられるのです。




# by Happiness-eachday | 2020-02-18 05:10 | 2020年 | Trackback

2月17日レビ記11-12章 使徒3章

懸賞 2020年 02月 17日 懸賞

『聖さを学ぶ訓練』
【レビ 11:1 それから、【主】はモーセとアロンに告げて仰せられた。11:2 「イスラエル人に告げて言え。地上のすべての動物のうちで、あなたがたが食べてもよい生き物は次のとおりである。11:3 動物のうちで、ひづめが分かれ、そのひづめが完全に割れているもの、また、反芻するものはすべて、食べてもよい。」】①主はレビ記を通じて、聖いものと聖くないものを区別することを教えました。新約においては、イエス様は「すべての食べ物は聖い」(マルコ7章)と言われました。ですからこれは旧約限定の戒めだと言えます。②しかし新約においても、神様は、聖いお方です。そしてクリスチャンには「何が聖く」「何が汚れているのか」を極める力が要求されるのです。それは聖霊によって与えられる基準です。聖さを求めましょう。聖霊に助けていただきましょう。もし聖さを意識しなければ、簡単に「肉の考え」に流れ、肉的なことを正しいことと信じ込んで、行動してしまうのです。

『宣教の突破口』
【使3:6 すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と言って、3:7 彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、・・・
3:9 人々はみな、彼が歩きながら、神を賛美しているのを見た。3:10 そして、これが、施しを求めるために宮の「美しの門」にすわっていた男だとわかると、この人の身に起こったことに驚き、あきれた。】①イエス様の御名による、祈りを通じて、この男性は癒されました。初代教会では「癒し」がきっかけで「宣教」が爆発的に進みました。日本において、イエス様を伝えることが困難を覚えることがあります。「神様が働かれた」という「確かなしるし」が与えられることを求めましょう。それが宣教の突破口となるからです。


# by Happiness-eachday | 2020-02-17 05:05 | 2020年 | Trackback

2月16日レビ記9-10章 マタイ2:22-47

懸賞 2020年 02月 16日 懸賞

『異なる火によって打たれた者』
【レビ10:1 さて、アロンの子ナダブとアビフは、おのおの自分の火皿を取り、その中に火を入れ、その上に香を盛り、主が彼らに命じなかった異なった火を【主】の前にささげた。10:2 すると、【主】の前から火が出て、彼らを焼き尽くし、彼らは【主】の前で死んだ。】①アロンの二人の子は、主が認めていない火を焚き、打たれました。大祭司アロンの子であったとしても、罪は罪として裁かれたのです。旧約は、このような厳しさを学ぶ時代でした。新約の今、イエス様は「毒麦のたとえ」で、神様の心を語られています。それは裁かれる罪を避け、へりくだって主の願いに応えるのを待っておられる主の姿です。主は善悪をしっかりを見ておられます。私たちは軽率に裁くことを避けなければなりませんが、主は同じ主なのです。

『信仰者たちとの交わり』
【使2:41 そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。2:42そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。2:43 そして、一同の心に恐れが生じ、使徒たちによって多くの不思議としるしが行われた。2:44 信者となった者たちはみないっしょにいて、いっさいの物を共有にしていた。・・・2:46 そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、2:47 神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。】①初代のクリスチャンは、上記のような交わりをしていました。この関係が教会の理想形です。私たちの教会もその関係を目指していきましょう。愛の交わりの中、一致の中に、神の業が起きるのです。


# by Happiness-eachday | 2020-02-16 05:01 | 2020年 | Trackback