『主の臨在についていく』
【出40:33 こうして、モーセはその仕事を終えた。40:34 そのとき、雲は会見の天幕をおおい、【主】の栄光が幕屋に満ちた。40:35 モーセは会見の天幕に入ることができなかった。雲がその上にとどまり、【主】の栄光が幕屋に満ちていたからである。40:36 イスラエル人は、旅路にある間、いつも雲が幕屋から上ったときに旅立った。40:37 雲が上らないと、上る日まで、旅立たなかった。】①モーセが幕屋を完成させた時、主の臨在が幕屋に満ち、立つことができないほどになりました。その後モーセたちは、幕屋に満ちる主の臨在の雲に導かれて、荒野の旅を進んでいったのです。②新約の今、イエス様が私たちと共におられます。幕屋に雲が満ちるように、イエス様は私たちの中に臨在され、共にいてくださるのです。・・・私たちも、主について行きましょう。私の願いに「主が合わせる」のではなく、主の願いに「私が合わせる」のです。
『十字架の犠牲』
【マタイ 27:35 こうして、イエスを十字架につけてから、彼らはくじを引いて、イエスの着物を分け、27:36 そこにすわって、イエスの見張りをした。
27:41 同じように、祭司長たちも律法学者、長老たちといっしょになって、イエスをあざけって言った。27:42 「彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王だ。今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから。】①この時のイエス様は、むちで打たれ、十字架につけられ、肉体はボロボロの状態でした。身体中に痛みが走っていたはずです。②神の子が、なぜこのような苦しみ通られたのか、その理由は、「私たちの為」です。私が罪を犯した結果、もしイエス様の十字架の犠牲がなければ、地獄に行かなければなりませんでした。私たちは、「救いようがない絶望」の状態でした。イエス様に買い戻していただいた「自分の命」を大切にしましょう。そして、イエス様の愛を忘れてはいけないのです。
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