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4月4日ヨシュア20-22章 マルコ2:23-3:12

懸賞 2018年 04月 04日 懸賞

『神様の計画の大義を、考える』
【ヨシュア22:1 そのとき、ヨシュアはルベン人、ガド人、およびマナセの半部族を呼び寄せて、22:2 彼らに言った。「あなたがたは、【主】のしもべモーセがあなたがたに命じたことを、ことごとく守り、また私があなたがたに命じたすべてのことについても、私の声に聞き従った。22:3 今日まで、この長い間、あなたがたの同胞を捨てず、あなたがたの神、【主】の戒め、命令を守ってきた。22:4 今すでに、あなたがたの神、【主】は、あなたがたの同胞に約束したように、彼らに安住を許された。今、【主】のしもべモーセがあなたがたに与えたヨルダン川の向こう側の所有地、あなたがたの天幕に引き返して行きなさい。
22:6 ヨシュアは彼らを祝福して去らせたので、彼らは自分たちの天幕に行った。】

①ルベン人、ガド人、マナセの半部族は、
ヨルダン川の向こう側(東側)の土地を分担されていました。
しかし民の士気を保つために、
ヨルダン川のこちら側(西側)において、財前線で戦い続けたのです。

そしてこの22章で、ヨシュアの許可を受けて、
自分たちの土地(東側)に帰って行ったのです。

ヨシュアたちの戦いは、団体戦(チームワーク)でした。
ですから民は、自分の願いを犠牲にしても、全体の目的を第一にしたのです。

私たちはどうでしょうか。
神様の大切な願いがある時に、自分ことだけを優先していないでしょうか。
自分のことを大事にすることは当然なのですが、
しかし時と状況によっては、
「神様の大義」を考えることも、大切なのです。




『自分のルールで人を批判することの、戒め』
【マルコ2:27 また言われた。「安息日は人間のために設けられたのです。人間が安息日のために造られたのではありません。2:28 人の子は安息日にも主です。」
3:1 イエスはまた会堂に入られた。そこに片手のなえた人がいた。3:2 彼らは、イエスが安息日にその人を直すかどうか、じっと見ていた。イエスを訴えるためであった。3:3 イエスは手のなえたその人に「立って真ん中に出なさい」と言われた。3:4 それから彼らに、「安息日にしてよいのは、善を行うことなのか、それとも悪を行うことなのか。いのちを救うことなのか、それとも殺すことなのか」と言われた。彼らは黙っていた。3:5 イエスは怒って彼らを見回し、その心のかたくななのを嘆きながら、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。彼は手を伸ばした。するとその手が元どおりになった。】

①パリサイ派の人々が、
イエス様が安息日にしてはならないことをしているということで、
批判をしました。

人間は、自分が正しいと思うことを主張し、
人を批判し、自分を優位にしようという狡さがあります。

しかしイエス様は、安息日の本質を語られたのです。

「イエス様がルール」です。
私たちは「しもべにすぎず」
「イエス様の願いの下」に立つべき立場なのです。

自分のルールを振りかざして、人を批判することは、
できるだけ少ないほうが良いのです。



20180404


by Happiness-eachday | 2018-04-04 05:49 | 2018年 | Trackback

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