11月25日1コリント7-9章『天国での評価』

懸賞 2016年 11月 25日 懸賞

『天国での評価』

【9:24 競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。9:25 また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。9:26 ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。9:27 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。】

①パウロは当時のコリント人が良く知っていた例えを用いて
「キリストに従い続ける」大切さを語りました。

競技に勝利しようとする人は
「自制」と「自己鍛錬」、
そしてそのためには「自己否定」に努めたのです(FB:P2127)。

それは「朽ちる冠」のためにしたのであって、
私たち信仰者は「朽ちない冠」を得るために、
それ以上の努力をすべきであると語ったのです。

②イエス様を信じれば「どんなにいい加減でも良い」とは、
パウロは言って「いないNo’t」のです。

むしろ「失格者にならないようにしなさい」と語っているのです。

この言葉(失格者になる)は
「試験に失敗する」「拒まれる」という言葉です。

「鍛錬された聖い生活」をやめるならば、
その人は「賞(永遠の救いの資産)」を失うこともあり得ると
パウロは「警告」しているのです。

・・・「聖い生活」を続けましょう。
信仰のレースを最後まで走り続けるために、
イエス様に喜ばれるように「自制」をし続けましょう。

それをやり通した人が、
天国で「大きな評価」を得ることが出来るからです。YccFuji







20161125
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by Happiness-eachday | 2016-11-25 05:44 | 2016年10-12月 | Trackback

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