9月4日エゼキエル7-9章『主はすべて見ておられることの、大切な気づき』
2016年 09月 04日
![]()
【8:12 この方は私に仰せられた。「人の子よ。あなたは、イスラエルの家の長老たちがおのおの、暗い所、その石像の部屋で行っていることを見たか。彼らは、『主は私たちを見ておられない。【主】はこの国を見捨てられた』と言っている。」8:13 さらに、私に仰せられた。「あなたはなおまた、彼らが行っている大きな忌みきらうべきことを見るだろう。」】
①主はエゼキエルに、エルサレムの長老たちの本当の姿を見せました。
それは「主を信じている」と言いながら、
実際は「違うものに頼っている、不信仰の姿」だったのです。
②長老と言う立場が与えられていても、
「実際に信仰深いこと」の保証にはなりません。
形だけで信じていても、
「主は自分を見守っておられる」と信じていない場合もあるのです。
③「主が自分を見ていない」ならば、
勝手なことをしても「主にはわからない」と考えます。
そして(自分益になるならば)
「主が嫌われること」をしても構わないと考えるのです。
④しかし「主はすべて見ておられます」。
そして私たちが「間違いに気が付いて」、
「素直に方向転換(悔い改め)」をするように願い、導いておられるのです(時に厳しい言葉を用いても)。
・・・主がすべて「行動も・心も」見ておられることを、もう一度考えましょう。
そして主に弁明できるように、準備しておきましょう。
間違いに気が付いたならば、
「すぐに悔い改める」ことが「最善の主との関係」なのです。YccFuji
20160904
by Happiness-eachday | 2016-09-04 05:55 | 2016年7-9月 | Trackback

