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1月31日レビ記1-3章『主に喜ばれる礼拝』

懸賞 2016年 01月 31日 懸賞

『主に喜ばれる礼拝』

【1:2 「イスラエル人に告げて言え。もし、あなたがたが【主】にささげ物をささげるときは、だれでも、家畜の中から牛か羊をそのささげ物としてささげなければならない。1:3 もしそのささげ物が、牛の全焼のいけにえであれば、傷のない雄牛をささげなければならない。それを、彼が【主】の前に受け入れられるために会見の天幕の入口の所に連れて来なければならない。1:4 その人は、全焼のいけにえの頭の上に手を置く。それが彼を贖うため、彼の代わりに受け入れられるためである。
1:9 祭司はこれら全部を祭壇の上で全焼のいけにえとして焼いて煙にする。これは、【主】へのなだめのかおりの火によるささげ物である。・・・」】

①主はモーセに、
「主に受け入れられる礼拝」はどのようなものであるかを伝えました。
「罪のためのいけにえ」であっても
「和解のためのいけにえ(3章)」であっても、
主に命じられたとおりに捧げる必要がありました。

②私たちは、神から離れ、罪の中にいましたので、
「どうしたら主に受け入れられるか」を知らずに生きてきました。

ですから最初は「形からでも」
主に喜ばれることをしていく必要があったのです。

③いけにえは「わたし自身」の象徴です。
わたしが燃やし尽くされ、捧げられることがその意味するところです。
いけにえは、生焼けでもなく、一部でもなく
「完全に捧げ燃やし尽くされる」のです。

これが「主への献身」「本当の礼拝」でもあるのです。

④イエス様は、「私たちのため」にそのことをして下さいました。
新約の現代は、「イエス様を信じ」、
お交わりの中で「イエス様への愛と感謝の心」で
自分自身をイエス様にお捧げするのです。

そして、イエス様に喜ばれることをするのです(ロマ12章)。
それが新約時代の「本当の礼拝」なのです。YccFuji

by Happiness-eachday | 2016-01-31 05:23 | 2016年1-3月 | Trackback

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