1月31日レビ記1-3章『神様に捧げものをする時の心』
2012年 01月 31日
『神様に捧げものをする時の心』
【1:3 もしそのささげ物が、牛の全焼のいけにえであれば、傷のない雄牛をささげなければならない。それを、彼が【主】の前に受け入れられるために会見の天幕の入口の所に連れて来なければならない。
1:4 その人は、全焼のいけにえの頭の上に手を置く。それが彼を贖うため、彼の代わりに受け入れられるためである。・・・1:9 内臓と足は、水で洗わなければならない。祭司はこれら全部を祭壇の上で全焼のいけにえとして焼いて煙にする。これは、【主】へのなだめのかおりの火によるささげ物である。・・】
①レビ記は、祭司がいけにえを捧げるの為の規定です。
捧げものには「感謝」や「罪の赦し」などいろいろありますが、
それらはすべて祭壇の上で燃え尽くされるのです。
②そして手を置くとは、「自分の捧げもの」として「自分の代わり」に捧げるという意味です。
ですからその精神は「自分を全て捧げる」という意味合いを持つのです。
新約聖書へブル人への手紙には、
イエス様が聖なる大祭司として
「自分自身を捧げ、
(人類すべての犠牲を)一度で成し遂げた(へブル7:27)」ことが書かれています。
ですから(イエス様の犠牲以降)新約では、罪の為のいけにえは無用なのです(10:18)。
そしてキリストの血の力によって「良心がきよめられ」「悪い行いから解放され」(9:14)ます。
私たちは、聖められたものとして、「大胆に主に近づいて恵みを受けるように」
と勧められているのです(10:22)。

・・・イエス様の犠牲により、
迷うことなく「創造主に近づける」ことに感謝しましょう。
そして定期的に教会に集まり、
(互いに励まし合い、希望を告白し合って)、
良いものをたくさん受け取りましょう(10:23‐25)。
あなたが良いものを受け取れるかどうかは、
「あなたの心次第」だからです。
YCCFuji
【1:3 もしそのささげ物が、牛の全焼のいけにえであれば、傷のない雄牛をささげなければならない。それを、彼が【主】の前に受け入れられるために会見の天幕の入口の所に連れて来なければならない。
1:4 その人は、全焼のいけにえの頭の上に手を置く。それが彼を贖うため、彼の代わりに受け入れられるためである。・・・1:9 内臓と足は、水で洗わなければならない。祭司はこれら全部を祭壇の上で全焼のいけにえとして焼いて煙にする。これは、【主】へのなだめのかおりの火によるささげ物である。・・】
①レビ記は、祭司がいけにえを捧げるの為の規定です。
捧げものには「感謝」や「罪の赦し」などいろいろありますが、
それらはすべて祭壇の上で燃え尽くされるのです。
②そして手を置くとは、「自分の捧げもの」として「自分の代わり」に捧げるという意味です。
ですからその精神は「自分を全て捧げる」という意味合いを持つのです。
新約聖書へブル人への手紙には、
イエス様が聖なる大祭司として
「自分自身を捧げ、
(人類すべての犠牲を)一度で成し遂げた(へブル7:27)」ことが書かれています。
ですから(イエス様の犠牲以降)新約では、罪の為のいけにえは無用なのです(10:18)。
そしてキリストの血の力によって「良心がきよめられ」「悪い行いから解放され」(9:14)ます。
私たちは、聖められたものとして、「大胆に主に近づいて恵みを受けるように」
と勧められているのです(10:22)。

迷うことなく「創造主に近づける」ことに感謝しましょう。
そして定期的に教会に集まり、
(互いに励まし合い、希望を告白し合って)、
良いものをたくさん受け取りましょう(10:23‐25)。
あなたが良いものを受け取れるかどうかは、
「あなたの心次第」だからです。
YCCFuji
by Happiness-eachday | 2012-01-31 09:49 | 2012年1月 | Trackback