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5月25日ヨブ記7-9章『神と人との仲介者の必要』

懸賞 2010年 05月 25日 懸賞

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『神と人との仲介者の必要』
【7:11 それゆえ、私も自分の口を制することをせず、私の霊の苦しみの中から語り、私のたましいの苦悩の中から嘆きます。・・・9:32 神は私のように人間ではないから、私は「さあ、さばきの座にいっしょに行こう。」と申し入れることはできない。9:33 私たちふたりの上に手を置く仲裁者が私たちの間にはいない。9:34 神がその杖を私から取り去られるように。その恐ろしさで私をおびえさせないように。9:35 そうすれば、私は語りかけ、神を恐れまい。いま私はそうではないからだ。】

①ヨブは自分の苦しみの理由がわかりませんでした。ですから主に叫び、答えを求めたのです。②しかし自分自身が罪人であることをヨブは深く自覚していました。③そして神と人との間に立ってくださる仲介者(キリスト)が自分のために必要だと悟ったのです。・・人間の理解(ヒューマニズム)では、真の現実を理解できません。神があなたの人生に関わることを知って、初めて現実が理解できるのです。神に訴えましょう。そしてキリストにすがりましょう。キリストは神と私をつなぐ方として、私を導いてくださるのです。YCCFuji


コメント:「ヒューマニズムを超える」
神が何を願っておられるのか?
これが人としてよい生き方をする大事なポイントです。

道路交通法を無視しての車の運転がありえないように
神の願い(律法)を無視しての、人生の正しい道はありえないのです。

ですから、人本主義(ヒューマニズム)はある部分は素晴らしいのですが
限界があります。

「神を迎えたヒューマニズム(これを神本主義といいます)」でなければ、現実を正しく理解できないし、正しい対応もできないのです。

まず知識から入りましょう。自分の考えを超えた神の計画があることを認識するのです。
そしてヨブのように、感情を注ぎ出して祈りましょう。
自分のこころ(感情)に、主が触れて下されなければ、ヒューマニズムの感情を超えて、心から主にお従いすることはできないのです。

自分の感情がどういう状態でも、道路交通法があるように
どんなコンディションでも、神の願い(律法)を意識して生活しなければ、
良い選択をすることはできないのです。

キリスト(イエス様)は、私たちの仲保者(仲介者)として、私たちが神と共に歩めるように助けてくださるのです。
知識でも
感情でも
キリストは助けてくださいます。

そして意志を持って私たちは、良いものを選択するのです。
「からし種ほどの(小さな)信仰が」山をうごかすのです。(マタイ17:20)
神本主義に立った、小さな選択が、あなたの人生を大きく変えるのです。

by happiness-eachday | 2010-05-25 09:07 | 2010年5月 | Trackback

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