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5月12日Ⅱ歴代34-36章『希望と回復の創造主』

懸賞 2010年 05月 12日 懸賞

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『希望と回復の創造主』
「36:11 ゼデキヤは二十一歳で王となり、エルサレムで十一年間、王であった。36:12 彼はその神、主の目の前に悪を行ない、主のことばを告げた預言者エレミヤの前にへりくだらなかった。・・36:17 そこで、主は、彼らのもとにカルデヤ人の王を攻め上らせた。・・36:20 彼は、剣をのがれた残りの者たちをバビロンへ捕え移した。こうして、彼らは、ペルシヤ王国が支配権を握るまで、彼とその子たちの奴隷となった。36:21 これは、エレミヤにより告げられた主のことばが成就して、この地が安息を取り戻すためであった。この荒れ果てた時代を通じて、この地は七十年が満ちるまで安息を得た。」

①主に対する罪が満ち、南ユダはバビロンに捕囚されました。②しかし預言者エレミヤを通じて、70年後に解放があることを伝えたのです。③新約時代はイエス様の十字架の犠牲のおかげで、すべての罪は赦されますが、悪い種の刈り取りは受けなければなりません。しかし主はそのことを通じて、私たちをへりくだらせ、成長させ、祝福を回復しようと計画されているのです。主がどのような方であるかを知りましょう。そしてその主の計画を感謝しつつ歩みましょう。YCCFuji

コメント
主は正しいお方です。このことは変わりません。
一般の世の中でも、良い種をまけば、良い実を刈り取り、悪い種をまけば、悪い実を刈り取ることは知られています。
これは聖書の教えでもあるのです。(ガラテヤ6章)
しかし大切なポイントは、私たちがどういう動機で種をまいているか、その善悪の基準を知ってるかどうかです。

私はクリスチャンになる前、(不遜でしたが)、自分は平均よりも良い人間だと思っていました。
しかしクリスチャンになり、神様の聖い基準が分るにつれて、自分の中にある、隠れた悪い動機が見えてきたのです。「人に認められるために、人に良いことをする動機」「自分が良い人間だと思いたいがために、自分の決めた良いことに執着するこころ」・・・

聖書は「こころの中で思った罪も、罪」と教えます。最初このことをクリスチャン作家三浦綾子さんの文章を通じて知った時『厳しい教えだな』と思いました。

しかし隠れた悪い種も、悪い種なのです。そしてこの悪い種をまき続けるときに、表面的にはどんなに良いことのように見えても、悪い種の刈り取りをすることになるのです。

私の理解では、人間はこの罪を気づいた時に、「創造主に赦しを請うこと、聖めて頂くように願うこと」です。新約聖書は、この罪の赦しと聖めのためにイエス様が十字架にかかられたと記しています。

人間の努力や修練で、悪い根を抜くことは出来ません。(人によっては、このことを見たくない人も多いです)
しかしもし本当の良い種をまき、本当の幸せを得たいならば、聖書が教える創造主に助けていただくことが最善です。

創造主は、たとえ苦しみと言う刈り取りを与えても、その後に必ず、回復を与えてくださる素晴らしい主なのです。

by happiness-eachday | 2010-05-12 09:00 | 2010年5月 | Trackback

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