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2月4日出エジプト28章 マタイ24:36-51

懸賞 2023年 02月 04日 懸賞

『愛の神、聖なる神』
【出エジプト 28:43 アロンとその子らは、会見の天幕に入るとき、あるいは聖所で務めを行うために祭壇に近づくとき、これを着る。彼らが咎を負って、死ぬことのないためである。これは、彼と彼の後の子孫とのための永遠のおきてである。】①旧約で教えられることは、天の父なる神様は、愛の方であると同時に、聖なるお方だということです。罪を持ったままで主に会うなら、「打たれて死ぬ」という事実です。新約では、イエス様にごめんなさいと言えば、どんなことでも赦されると教えられています。それは事実なのですが、しかしだからと言って「神様を軽く考えたり」「無視したり」することは良くありません。ただ「イエス様が十字架で支払われた代価」が、「私たちの罪を帳消し」にして下さっているだけなのです。その事実を知った者は、本当の意味で、神様に感謝を捧げるようになるのです。

『イエス様の再臨を待ち望む』
【マタイ 24:42 だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。24:43 しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。24:44 だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。】①初代教会の弟子たちは、「イエス様の再臨はすぐにある」と考えて、いつも備えていました。それから約2000年が経ちました。しかし現代の私たちも、黙示録に書かれている「わたしはすぐ来る」というイエス様の言葉をおろそかにしてはいけないのです。一日は千年のようだ、と聖書か記している以上、今の時代も「すぐに来られる」と考えて、「再臨に備えた」信仰生活をすることが、大切なのです。


# by Happiness-eachday | 2023-02-04 02:15 | 2023年 | Trackback

2月3日出エジプト26-27章 マタイ24:1-35

懸賞 2023年 02月 03日 懸賞

『神の業と人の業』
【出エジプト27:20 あなたはイスラエル人に命じて、燈火用に上質の純粋なオリーブ油を持って来させ、ともしびを絶えずともしておかなければならない。27:21 アロンとその子らは、あかしの箱の前の垂れ幕の外側にある会見の天幕で夕方から朝まで、【主】の前にそのともしびを整えなければならない。これはイスラエル人が代々守るべき永遠のおきてである。】①ともしびは、神様がいつも共におられることの象徴です。しかし、ともしびの奉仕は、人の業でもありました。人が主に仕え、その命令を行うことを通じて、人々が「主がご臨在されていること」が理解できたのです。・・・あなたが神の働きを実行すると、神の業が、「見える形」で伝わるのです。

『イエス様の再臨を信じる恵み』
【マタイ24:3 イエスがオリーブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとに来て言った。「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのでしょう。あなたの来られる時や世の終わりには、どんな前兆があるのでしょう。」
24:32 いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。24:33 そのように、これらのことのすべてを見たら、あなたがたは、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。】①イエス様は、十字架にかかられる前から、再臨について語っておられました。十字架と復活、その後の再臨は、神様の計画です。(具体的な前兆は、直接マタイ24章を読みましょう)あなたは、イエス様が、もう一度この地上に来られることを信じていると思います。再臨を自分のこととして受け止めている人は、信仰生活に「目標」が与えられます。「主にお会いする準備」をする人は、いい加減な信仰生活はできなくなるのです。・・・私たちは主の花嫁なのです。

# by Happiness-eachday | 2023-02-03 05:32 | 2023年 | Trackback

2月2日出エジプト24-25章 マタイ23章

懸賞 2023年 02月 02日 懸賞

『神様の言葉を聞く大切さ』
【出24:2 モーセひとり【主】のもとに近づけ。他の者は近づいてはならない。民もモーセといっしょに上ってはならない。」24:3 そこでモーセは来て、【主】のことばと、定めをことごとく民に告げた。すると、民はみな声を一つにして答えて言った。「【主】の仰せられたことは、みな行います。」】①モーセは、主の言葉を聞き、その言葉を民に伝えました。すると民は、行いますと、答えたのです。主の言葉を「聞いた」者が、主の言葉を「語ること」ができます。また主の言葉に「応答すること」もできるのです。主の言葉を正しく聞きましょう。聞く者が、正しく応答ができるのです。

『イエス様の招きに応える』
【マタイ23:37 ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者。わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。】①イエス様は、神様が準備した民に来られ、彼らを招きました。しかし彼らは「反発した」のです。しかしそれでもイエス様は招き続けました。「イエス様の愛」を知りましょう。私たちはロボットではありません。イエス様は私たちが「自由意思」で応答することを待っておられるのです。


# by Happiness-eachday | 2023-02-02 05:47 | 2023年 | Trackback

2月1日出エジプト22-23章 マタイ22:15-46

懸賞 2023年 02月 01日 懸賞

『天の父の願い』
【出エジプト23:22 しかし、もし御声に確かに聞き従い、わたしが告げることをことごとく行うなら、わたしはあなたの敵には敵となり、あなたの仇には仇となろう。
23:25 あなたがたの神、【主】に仕えなさい。主はあなたのパンと水を祝福してくださる。わたしはあなたの間から病気を除き去ろう。
23:27 わたしは、わたしへの恐れをあなたの先に遣わし、あなたがそこに入って行く民のすべてをかき乱し、あなたのすべての敵があなたに背を見せるようにしよう。
23:32 あなたは、彼らや、彼らの神々と契約を結んではならない。】①天の父なる神様は、その御声に聞き従うことを強く願っておられます。なぜなら、それが人間の本来の姿だからです。そして父なる神様に聞き従うならば、主は「私の味方」になって下さるのです。父なる神様に従いましょう。決してそれ以外のもの(人やお金やプライドなど)の偶像に従ってはいけないのです。

『最も大切な戒め』
【マタイ22:37 そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』22:38 これがたいせつな第一の戒めです。22:39 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。22:40 律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」①イエス様は、最も大切な教えとして、「愛」を語られました。それは「神を愛する」ことと、「隣人を自分自身のように愛する」ことです。これらは人間の元々の姿です。しかし罪によって、交わりが破壊され、出来なくなりました。ですから、愛することは、イエス様を信じ、「聖霊の助け」を頂いて、初めてできるのです。(「自分の力で出来る」と思い込んでいる人は、問題の根が深いのです)

# by Happiness-eachday | 2023-02-01 05:48 | 2023年 | Trackback

1月31日出エジプト20-21章 マタイ21:33-22:14

懸賞 2023年 01月 31日 懸賞

『創造主を一番にする、偶像を避ける』
【出エジプト20:3 あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。20:4 あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。20:5 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、【主】であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、20:6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。】①「天の父」は、愛情深い神です。そのため「天の父以外」のものを第一にすることを禁じています。それはそれによって受ける損失が莫大であることを知っておられるからです。またねたむという表現もされています。それはそれほどまでに愛情深いことの裏返しなのです。あなたは愛情深い「天の父」にどのような接し方をしていますか。一週間に一度礼拝に参加するだけでは不足なのです。毎日祈り、主の愛の中に憩うことです。これが本来の人間の姿なのです。

『何を一番としているのか』
【マタイ22:2 「天の御国は、王子のために結婚の披露宴を設けた王にたとえることができます。22:3 王は、招待しておいたお客を呼びに、しもべたちを遣わしたが、彼らは来たがらなかった。
22:10 それで、しもべたちは、通りに出て行って、良い人でも悪い人でも出会った者をみな集めたので、宴会場は客でいっぱいになった。22:11 ところで、王が客を見ようとして入って来ると、そこに婚礼の礼服を着ていない者がひとりいた。22:12 そこで、王は言った。『あなたは、どうして礼服を着ないで、ここに入って来たのですか。』】①救いは、イエスキリストを信じ、個人的な関係を持つことによって与えられます。その招きは、多くの人々に与えられていますが、その招きに応える人は少ないのです。個人の事情や、興味を第一とする中で、主の招きを拒否する人が多いのです。あなたは「主の招き」意識していますか?それを聞いていますか?招かれただけではいけません。それにふさわしい応答が必要なのです。

# by Happiness-eachday | 2023-01-31 05:36 | 2023年 | Trackback