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5月25日Ⅱ列王16-17章 ルカ7:1-35

懸賞 2024年 05月 25日 懸賞

『北イスラエルへの裁き』
【Ⅱ列王17:13 【主】はすべての預言者とすべての先見者を通して、イスラエルとユダとに次のように警告して仰せられた。「あなたがたは悪の道から立ち返れ。わたしがあなたがたの先祖たちに命じ、また、わたしのしもべである預言者たちを通して、あなたがたに伝えた律法全体に従って、わたしの命令とおきてとを守れ。」・・・
17:14 しかし、彼らはこれを聞き入れず、彼らの神、【主】を信じなかった彼らの先祖たちよりも、うなじのこわい者となった。
17:18 そこで、【主】はイスラエルに対して激しく怒り、彼らを御前から取り除いた。ただユダの部族だけしか残されなかった。】①北イスラエルは、BC722年にアッシリヤ軍によって占領され、国は滅びました。その理由は、神様から何度も警告を受けたのに、「悔い改めのメッセージ」を無視し続けたからです。神様のメッセージに無視し続けても、すぐに裁きがおきないことがあります。しかし主はその罪を見過ごされてはいません。ただ「あなたの悔い改め」を待っておられるだけなのです。

『百人隊長の信仰』
【ルカ7:2 ところが、ある百人隊長に重んじられているひとりのしもべが、病気で死にかけていた。7:3 百人隊長は、イエスのことを聞き、みもとにユダヤ人の長老たちを送って、しもべを助けに来てくださるようお願いした。
7:6百人隊長は友人たちを使いに出して、イエスに伝えた。「主よ。わざわざおいでくださいませんように。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。7:7 ですから、私のほうから伺うことさえ失礼と存じました。ただ、おことばをいただかせてください。そうすれば、私のしもべは必ずいやされます。」】①この異邦人である百人隊長は、イエス様の言葉を「権威がある」と信じ、その「言葉の力」をそのまま信じました。あなたは、この隊長のように、イエス様の言葉に権威があることを信じていますか。イエス様の言葉は、単純にそのまま信じましょう。「あなたの信仰があなたを癒した」というイエス様の言葉は、「信仰(信頼)」の大切さを現すものです。

# by Happiness-eachday | 2024-05-25 05:39 | Trackback

5月24日Ⅱ列王13-15章 ルカ6:17-49

懸賞 2024年 05月 24日 懸賞

『信仰と気力の大切さ』
【Ⅱ列王13:14 エリシャが死の病をわずらっていたときのことである。イスラエルの王ヨアシュは、彼のところに下って行き、彼の上に泣き伏して、「わが父。わが父。イスラエルの戦車と騎兵たち」と叫んだ。13:15 エリシャが王に、「弓と矢を取りなさい」と言ったので、彼は弓と矢をエリシャのところに持って行った。・・・彼が取ると、エリシャはイスラエルの王に、「それで地面を打ちなさい」と言った。すると彼は三回打ったが、それでやめた。13:19 神の人は彼に向かい怒って言った。「あなたは、五回、六回、打つべきだった。そうすれば、あなたはアラムを打って、絶ち滅ぼしたことだろう。しかし、今は三度だけアラムを打つことになろう。」】①北イスラエルのヨアシュ王は、切羽詰まった状況で、死の病のエリシャに助けを求めました。王は、エリシャに「矢で地面を打ちなさい」と言われた時、3回しか打たなかったのです。それでエリシャは叱責しました。ヨアシュ王は、気力がありませんでした。エリシャはそれを怒ったのです。気力は「主の助けを信じ」、「主の計画に応答する信仰」から生まれます。本気ならば、何度でも必死に、矢を射た・・・即ち脱出の道を歩むことができたはずなのです。

『弟子の訓練』
【ルカ 6:46 なぜ、わたしを『主よ、主よ』と呼びながら、わたしの言うことを行わないのですか。6:47 わたしのもとに来て、わたしのことばを聞き、それを行う人たちがどんな人に似ているか、あなたがたに示しましょう。6:48 その人は、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を据えて、それから家を建てた人に似ています。洪水になり、川の水がその家に押し寄せたときも、しっかり建てられていたから、びくともしませんでした。6:49 聞いても実行しない人は、土台なしで地面に家を建てた人に似ています。川の水が押し寄せると、家は一ぺんに倒れてしまい、そのこわれ方はひどいものとなりました。」】①イエス様は、私たちを「弟子として」召しておられます。ですから時に、私たちに課題を与え、訓練をさせるのです。言われたことを聞くだけ実行しないのは、不信仰です。・・・イエス様の言われたことを実行するために、決断をすることが大事です。できない時こそ、主に助けを求めましょう。そのような「決断」「応答」こそ、信仰が深まり、強められる時なのです。

# by Happiness-eachday | 2024-05-24 04:59 | 2024年 | Trackback

5月23日Ⅱ列王10-12章 ルカ6:1-16

懸賞 2024年 05月 23日 懸賞

『信仰の成長、大人となる』
【Ⅱ列王12:1 ヨアシュはエフーの第七年に王となり、エルサレムで四十年間、王であった。彼の母の名はツィブヤといい、ベエル・シェバの出であった。12:2 ヨアシュは、祭司エホヤダが彼を教えた間はいつも、【主】の目にかなうことを行った。】①ヨアシュは、祭司エホヤダによって、殺されそうなところを助けられ、信仰教育を受け、王となりました。エホヤダの影響で、彼は神殿を修理し、良い働きをたくさんしました。しかしエホヤダの死後は、信仰が崩れていったのです。信仰は、誰かの影響を受けてとしても、最後は自分自身と神様との関係が必要となります。最初は子供の時期の信仰であっても、ひとり立ちをして、大人とならなければならないのです。

『大事なことを決める前の祈り』
【ルカ6:12 このころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈りながら夜を明かされた。6:13 夜明けになって、弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び、彼らに使徒という名をつけられた。6:14 すなわち、ペテロという名をいただいたシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとバルトロマイ、6:15 マタイとトマス、アルパヨの子ヤコブと熱心党員と呼ばれるシモン、6:16 ヤコブの子ユダとイエスを裏切ったイスカリオテ・ユダである。】①イエス様も、12弟子を選ぶ時、夜を徹して祈られました。イエス様も大事なことを決定する時には、天の父と深く祈りの交わりをされたのです。私たちも、大事なことを決める時には、「祈りが必要」です。主に導きを受けなければ、重要な問題や危機を乗り越えることはできないのです。

# by Happiness-eachday | 2024-05-23 05:36 | 2024年 | Trackback

5月22日Ⅱ列王8-9章 ルカ5:17-39

懸賞 2024年 05月 22日 懸賞

『イゼベルの最後(罪の刈り取り)』
【Ⅱ列王9:30 エフーがイズレエルに来たとき、イゼベルはこれを聞いて、目の縁を塗り、髪を結い直し、窓から見おろしていた。9:31 エフーが門に入って来たので、彼女は、「元気かね。主君殺しのジムリ」と言った。9:32 彼は窓を見上げて、「だれか私にくみする者はいないか。だれかいないか」と言った。二、三人の宦官が彼を見おろしていたので、9:33 彼が、「その女を突き落とせ」と言うと、彼らは彼女を突き落とした。】①エフーは、主によって王に任命されましたが、その目的は、神に大きな罪を犯したアハブ王の子孫に裁きを下すためでした(9:8)。そしてアハブ王を陰でコントロールしていた「イゼベルの最後」が、ここに書かれているのです。人を陰で操り、自分の思い通りにコントロールすることは「罪」です。主はそれをそのままにはしておられないのです。どんなに隠しても、巧妙な方法でも、「罪は罪」です。主はその罪の「刈り取り」を起こされるのです。

『友人の信仰で救われた男性』
【ルカ5:18 するとそこに、男たちが、中風をわずらっている人を、床のままで運んで来た。そして、何とかして家の中に運び込み、イエスの前に置こうとしていた。5:19 しかし、大ぜい人がいて、どうにも病人を運び込む方法が見つからないので、屋上に上って屋根の瓦をはがし、そこから彼の寝床を、ちょうど人々の真ん中のイエスの前に、つり降ろした。5:20 彼らの信仰を見て、イエスは「友よ。あなたの罪は赦されました」と言われた。】①イエス様はこの時、友人たちの信仰を見て、この男性を癒されました。中風とは、脳出血による麻痺のことです。本人は十分に動くことができませんでした。しかし周りの信仰と行動が、この男性を救ったのです。この友人たちのように、あなたの「救いへの情熱と信仰」を用いて、「あなたの身近な人」を、主は救われることがあるのです。

# by Happiness-eachday | 2024-05-22 00:17 | 2024年 | Trackback

5月21日Ⅱ列王6-7章 ルカ5:1-16

懸賞 2024年 05月 21日 懸賞

『信仰で問題を見る』
【Ⅱ列王6:15 神の人の召使いが、朝早く起きて、外に出ると、なんと、馬と戦車の軍隊がその町を包囲していた。若い者がエリシャに、「ああ、ご主人さま。どうしたらよいのでしょう」と言った。6:16 すると彼は、「恐れるな。私たちとともにいる者は、彼らとともにいる者よりも多いのだから」と言った。6:17 そして、エリシャは祈って【主】に願った。「どうぞ、彼の目を開いて、見えるようにしてください。」【主】がその若い者の目を開かれたので、彼が見ると、なんと、火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちていた。】①アラムの王は、エリシャを捕えるために、ドタンの街を包囲しました。エリシャのしもべたちは恐怖におののきましたが、エリシャは「私たちのほうが多い」と言い、神様が準備している馬と戦車を見せたのです。私たちが「ダメだ」と考えても、神様の計画はそうではありません。私たちの、目が開かれる時、現実の問題よりも「はるかに大きな神様の準備」を知ることができるのです。「信仰」で「現実を見る力」が必要です。「自分が見えるものだけ」を最終判断としてはいけないのです。

『イエス様の言葉に応答する』
【ルカ5:4 話が終わると、シモンに、「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」と言われた。5:5 するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」5:6 そして、そのとおりにすると、たくさんの魚が入り、網は破れそうになった。】①ペテロはプロの漁師でした。その漁師が一晩漁をして一匹も魚が取れなかったのです。ペテロはイエス様の言葉を「そんなことを言っても・・・」と無視することもできたのです。しかしペテロは「イエス様のお言葉」ですから、と言って従いました。その結果、多くの魚が獲れたのです。自分の経験や知恵で理解できない解決が「信仰の世界(霊の世界)」で起こります。「イエス様の言葉」に「応答」する時に、神の業が起きるのです。

# by Happiness-eachday | 2024-05-21 05:43 | 2024年 | Trackback