4月29日2サムエル4-6章 マルコ16章

懸賞 2017年 04月 29日 懸賞

『主を愛する者は、誤解を恐れなくなる』

【Ⅱサム6:13 【主】の箱をかつぐ者たちが六歩進んだとき、ダビデは肥えた牛をいけにえとしてささげた。6:14ダビデは、【主】の前で、力の限り踊った。ダビデは亜麻布のエポデをまとっていた。6:15 ダビデとイスラエルの全家は、歓声をあげ、角笛を鳴らして、【主】の箱を運び上った。6:16 【主】の箱はダビデの町に入った。サウルの娘ミカルは窓から見おろし、ダビデ王が【主】の前ではねたり踊ったりしているのを見て、心の中で彼をさげすんだ。・・・】

①ダビデは、全イスラエルの王となり、エルサレムを獲得しました。
そして主の箱を迎えたいと考え、ようやく迎えることが出来たのです。

②ダビデは心から喜び、エポテの姿で、力の限りおどったのです。
ダビデは、主の箱を迎えることを「心から喜んでいた」ので、
「人からどう見られよう」ということは考えませんでした。

・・・主を愛し、喜ぶ心が増し加わると「人からの誤解や悪い評価」が過剰に気にならなくなります。
自分を愛し、祝福して下さる「主が喜んで下されば」、それだけで満足するのです。

人間は「あなたは高価で貴い」という主からの「絶対的な支え」が必要です。
それがあると「人から認められたい」という様々な束縛から「解放される」のです。




『不十分な者を用いて下さる主』

【マルコ16:14 しかしそれから後になって、イエスは、その十一人が食卓に着いているところに現れて、彼らの不信仰とかたくなな心をお責めになった。それは、彼らが、よみがえられたイエスを見た人たちの言うところを信じなかったからである。16:15 それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。16:16 信じてバプテスマを受ける者は、救われます。・・・」】

①イエス様は、復活後、弟子たちのところに現れ、ご自分が生きていることを明らかにされました。
そして弟子たちの不信仰を指摘されたのです。

②彼らは、マグダラのマリヤの証を信じず、エマオに向かった弟子たちの証を信じず、
かつてイエス様が「十字架と復活」を話していたことさえも信じていませんでした。

③しかし主は、そのような弟子たちを用いて
「イエス様の福音」を語り伝えるように、計画されていたのです。

・・・主は「不十分に思える者たち」を用いて、大きな働きに遣わされたのです。
私たちも「同じ主に仕える者」として「期待」しようではありませんか。

私たちが「不十分」でも、主は私たちを用い、使われるのです。






20170429


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# by Happiness-eachday | 2017-04-29 05:13 | 2017年 | Trackback

4月28日2サムエル1-3章 マルコ15:21-47

懸賞 2017年 04月 28日 懸賞

『主に従う者の祝福』

【Ⅱサム3:1 サウルの家とダビデの家との間には、長く戦いが続いた。ダビデはますます強くなり、サウルの家はますます弱くなった。】

①サウルが亡くなった後、サウル王の子、イシュ・ボテがイスラエルの王になりました。
ダビデは、ユダ族の王となり、
イスラエル全体の王になるまでには、
76か月、待たなければなりませんでした。

②しかし主に従い続けたダビデは、益々強くなり、
最後には王権を確立したのです。

・・・主に従う者には、必ず祝福が与えられます。
すぐには与えられないこともありますが、
時が来ると必ず与えられるのです。



『イエス様の十字架を見続けた女性たち』

【マルコ15:33 さて、十二時になったとき、全地が暗くなって、午後三時まで続いた。15:34 そして、三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは訳すと「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
15:37 それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた。
15:40 また、遠くのほうから見ていた女たちもいた。その中にマグダラのマリヤと、小ヤコブとヨセの母マリヤと、またサロメもいた。15:41 イエスがガリラヤにおられたとき、いつもつき従って仕えていた女たちである。】

①イエス様が、私たちの罪を背負われて、苦しみの中で十字架にかかられた時、
イエス様を見つめていた女性たちがいました。
彼女たちは、イエス様を愛していたので、
「イエス様から目を離すことが出来なかった」のです。

彼女たちは、遠くからであっても「イエス様を見続けた」のです。

・・・あなたは、「問題の中」でイエス様を見続けていますか。
イエス様の愛を知り、イエス様を心から慕う者たちは、
「問題の中でこそ」(距離は離れていたとしても)、
イエス様を切なる思いで、「見続ける」のです。

決して「目を離すこと」はできないのです。






20170428


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# by Happiness-eachday | 2017-04-28 05:27 | 2017年 | Trackback

4月27日1サムエル29-31章 マルコ15:1-20

懸賞 2017年 04月 27日 懸賞

『人の力を越えた、主の力』

【Ⅰサム30:8 ダビデは【主】に伺って言った。「あの略奪隊を追うべきでしょうか。追いつけるでしょうか。」するとお答えになった。「追え。必ず追いつくことができる。必ず救い出すことができる。」30:9 そこでダビデは六百人の部下とともに出て行き、ベソル川まで来た。残された者は、そこにとどまった。30:10 ダビデと四百人の者は追撃を続け、疲れきってベソル川を渡ることのできなかった二百人の者は、そこにとどまった。・・・】

①ダビデと部下たちが、家族がいるツィケラグに帰ると、
アマレク人によってすべてが略奪された後でした。
彼らは混乱し、ダビデを殺そうと言い出しました。

この時、ダビデが主に伺うと
「必ず救い出せる」と主の約束を頂き、
すべてを奪い返すことが出来たのです。

②人間的に限界でも、主が導いて下さるならば、「大きな勝利」が与えられるのです。
主の導きと勝利は「人間の限界」を超えて働かれるのです。




『私たちの中にも流れる、恐ろしい罪』

【マルコ15:10 ピラトは、祭司長たちが、ねたみからイエスを引き渡したことに、気づいていたからである。15:11しかし、祭司長たちは群衆を扇動して、むしろバラバを釈放してもらいたいと言わせた。15:12 そこで、ピラトはもう一度答えて、「ではいったい、あなたがたがユダヤ人の王と呼んでいるあの人を、私にどうせよというのか」と言った。15:13 すると彼らはまたも「十字架につけろ」と叫んだ。15:14 だが、ピラトは彼らに、「あの人がどんな悪い事をしたというのか」と言った。しかし、彼らはますます激しく「十字架につけろ」と叫んだ。】

①ピラトの裁判で、人々はイエス様に向かって「十字架に付けろ」と叫びました。
これはたとえ祭司長たちに扇動されてのことであっても、
この言葉は「恐ろしい言葉」です。

②神のひとり子を殺したのは、「私たち人間」です。
私たちの「身勝手な考え」がイエス様を殺したのです。

・・・あなたは「自分の中」に「同じ罪の性質」を見つけますか。
この罪の性質は「他人事」ではありません。
あなたの中にも「流れている」、「恐ろしい気質」なのです。

そしてその「恐ろしい罪」を赦すために、
イエス様は「抵抗せず」に十字架にかかって下さったのです。






20160427


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# by Happiness-eachday | 2017-04-27 05:31 | 2017年 | Trackback

4月26日1サムエル26 – 28 マルコ14勝53から72節

懸賞 2017年 04月 26日 懸賞

「主の喜ばれることを選ぶ、報い」

【1サムエル26:9 しかしダビデはアビシャイに言った。「殺してはならない。主に油注がれた方に手を下して誰が無罪でいられよう」ダビデは言った。「主は生きておられる。主は必ず彼を打たれる。彼はその生涯の終わりに死ぬか、戦いにくだった時滅ぼされる。私が主に油注がれた方に手を下すなど、主の前に、絶対できないことだ。」①ダビデは再度、サウルを殺すチャンスがありましたが、油注がれた人物に手を下す事はできないと考えて、殺す事はしませんでした。主が祝福し、愛した人を打つ事はできないと考えたのです。これはダビデの心であり信念でした。②またサウルが何度も自分を殺そうとしたことに対しては、「悪の報いがある」と理解していたのです。主に言われたことを忠実にしたダビデは、大きな祝福を受けました。反対に主に反逆したサウルは、この後、殺されてしまうのです。

「変わらない愛を、注いで下さる方」

【マルコ14 70しかし、ペテロは再び打ち消した。しばらくすると、そば立っていたその人たちが、またペテロに言った「確かに、あなたはあの仲間だ。ガリラヤ人なのだから」しかし彼は呪いをかけて誓い始め一「私はあなた方の話しているその人を知りません」と言った。するとすぐに鶏が二度目に鳴いた。そしてベテロは「鶏が2度鳴く前に、あなたは私を知らないと三度言います」というイエスのお言葉を思い出した。それに思い当たった時、彼は泣き出した。】
①ペテロは純粋に、イエス様についていけると思っていました。たとえ殺されるようなことがあっても、裏切らないと、自分を信じていました。しかし実際に殺されそうになった時「イエス様を知らない」と言ってしまったのです。②私たち人間は、悲しいことに「自分の身を守るために」平気で犠牲にできるのです。しかしイエス様は、そんな私たちの「悲しい性質」を知った上で、とりなし祈り、受け入れ、愛してくださったお方なのです。ペテロのために祈り、愛されたお方は、私のためにも祈り「変わらない愛」で愛してくださるお方なのです。


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# by Happiness-eachday | 2017-04-26 10:08 | Trackback

4月25日1サムエル23-25章 マルコ14:27-52

懸賞 2017年 04月 25日 懸賞

『主を愛する人の判断』

【Ⅰサム24:5 こうして後、ダビデは、サウルの上着のすそを切り取ったことについて心を痛めた。24:6 彼は部下に言った。「私が、主に逆らって、【主】に油そそがれた方、私の主君に対して、そのようなことをして、手を下すなど、【主】の前に絶対にできないことだ。彼は【主】に油そそがれた方だから。」24:7 ダビデはこう言って部下を説き伏せ、彼らがサウルに襲いかかるのを許さなかった。サウルは、ほら穴から出て道を歩いて行った。・・・】

①サウル王は、嫉妬によりダビデを殺そうと何度も計画を立てました。
しかし主はダビデを守り、不思議な方法で「助け続けた」のです。

②ダビデは、この時、サウル王を「殺せる」状況だったのですが、
殺すことはしませんでした。
それはダビデが「主を愛して」おり、
主が祝福した者を「大切にしていた」からなのです。

③ある人たちは、自分の身を守るためには、人を平気で犠牲にします。
しかし「主を愛する人」は、主が悲しまれることはしないように努めるのです。
それは自分の立場が危なくなっても、
「主に喜ばれること」をし続ける「主への愛」なのです。

・・・あなたは「主を愛して」いますか。
もし本当に愛しているならば、ダビデのような判断をするのです。




『イエス様の生き方』

【マルコ14:35 それから、イエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、もしできることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈り、14:36 またこう言われた。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。」14:37 それから、イエスは戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「シモン。眠っているのか。一時間でも目をさましていることができなかったのか。14:38 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈り続けなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」】

①イエス様は、ゲッセマネで切なる祈りをされました。
イエス様は、これから受ける十字架を「避けたい」と願いました。
しかしそれ以上に「主の願いをしていきたい」と考えていたのです。
ですから「このような祈り」をされたのです。

私たちも「主の願いを」する時に、
自分にとって不利益になったり、気が乗らない時があるのです。
しかし「主の願い」を分かった時に、
「受け入れます」と祈るようになるのです。

②イエス様はご自分は「厳しい道」を歩まれましたが、
弟子たちに対しては「優しいまなざし」でした。
私たちも「自分は厳しい道」を歩んだとしても、
それが出来ない人に対して「優しい」まなざしでいたいのです。YccFuji





20170425


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# by Happiness-eachday | 2017-04-25 05:05 | 2017年 | Trackback

4月24日1サムエル20-22章 マルコ14:1-26

懸賞 2017年 04月 24日 懸賞

『主の知恵と主の助け』

【Ⅰサム20:5 ダビデはヨナタンに言った。「あすはちょうど新月祭で、私は王といっしょに食事の席に着かなければなりません。私を行かせて、あさっての夕方まで、野に隠れさせてください。20:6 もし、父上が私のことをとがめられたら、おっしゃってください。『ダビデは自分の町ベツレヘムへ急いで行きたいと、しきりに頼みました。あそこで彼の氏族全体のために、年ごとのいけにえをささげることになっているからです』と。20:7 もし、父上が『よし』とおっしゃれば、このしもべは安全です。もし、激しくお怒りになれば、私に害を加える決心をしておられると思ってください。」】

①ダビデは、自分がサウル王から殺されようとしていることを感じていました。
そしてサウルの息子、ヨナタンが自分のことを大切にしてくれていることも知っていたのです。

②ダビデは、サウル王の本当の気持ちを確認するために、
ヨナタンの協力を得て、上記のような確認をしたのです。
これは、「主からの知恵」です。

・・・難しい状況下でも、主に祈る中で、主は不思議な知恵を与えて下さいます。
その知恵によって「物事の善悪」や「事の是非」が明らかになるのです。



『一線を越えないように』

【マルコ14:20 イエスは言われた。「この十二人の中のひとりで、わたしといっしょに鉢に浸している者です。14:21確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。しかし、人の子を裏切るような人間はわざわいです。そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。」・・・】

①イエス様は、最後の晩餐時に、12弟子の一人が自分を裏切ることを語られました。
そして誰が裏切るかも知っていたのでした。
人間の「自由意思」を神様は尊重されます。
それがたとえ罪であっても、
その意思を「ロボットのようにコントロール」されないのです。
この点が難しい所なのです。

②私たちは、どんなことでもできてしまいます。
しかし何をするかは「自分で判断」しなければならないのです。

・・・「神様に喜ばれること」を選びましょう。
「自分のわがまま」や「欲望を求め続ける」ことは止めましょう。
ユダは反面教師です。
ある一線を越えたならば、「大変な過ち」を犯してしまうのです。YccFuji







20170424



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# by Happiness-eachday | 2017-04-24 05:55 | 2017年 | Trackback

4月23日1サムエル18-19章 マルコ13章

懸賞 2017年 04月 23日 懸賞

『主の守り』

【Ⅰサム19:23 サウルはそこからラマのナヨテへ出て行ったが、彼にも神の霊が臨み、彼は預言しながら歩いて、ラマのナヨテに着いた。19:24 彼もまた着物を脱いで、サムエルの前で預言し、一昼夜の間、裸のまま倒れていた。】

①サウル王は、ダビデに嫉妬をし、何度も殺そうとしました。
ダビデがサムエルのところにいると知らせを受けると、
ダビデを捕らえようと使者を送ったのです。
しかし主は、使者に神の霊を臨ませ、ダビデを守りました。

②最後には、サウル王がやってきますが、主は神の霊をサウル王にも臨ませ、ダビデを守ったのです。
・・・主は主を愛する者を守って下さるお方です。
神を信じ、神を愛していても、殺されそうな程の辛いことを体験することがありますが、
しかし主は最後まで守って下さるお方なのです。



『再臨の備え』

【マルコ13:27 そのとき、人の子は、御使いたちを送り、地の果てから天の果てまで、四方からその選びの民を集めます。13:28 いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。13:29 そのように、これらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。・・・】

①イエス様は、もう一度この地上に来られる(再臨する)とはっきりと語られました。
そして「その時に備えるように」、と命じられたのです。

②私たちは、必ずイエス様にお会いする時が来るのです、
このことを本気で信じている者は、イエス様に会うための「備え」をするのです。

③私たちの心や動機は、人には普通見えません。
イエス様にお会いすることを前提に生きているクリスチャンは、
お会いした時に「恥ずかしくないように」と考えるのです。

・・・毎日の生活を備えましょう。
試験がない授業のように考えてはいけません。
必ず最後に試験があり、評価される時が来るのです。

それを知っているかどうかは、大きな人生の判断基準になるのです。
主の前で、ごまかすことや自己正当化は、「後悔すること」になります。
「正直に悔い改めること」が得策なのです。YccFuji







20170423


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# by Happiness-eachday | 2017-04-23 05:34 | 2017年 | Trackback