6月1日1歴代7-8章 ルカ9:37-62

懸賞 2017年 06月 01日 懸賞

『悲劇の後の祝福』

【Ⅰ歴代7:23 その後、エフライムは、妻のところに入った。彼女はみごもって男の子を産んだ。彼はその子をベリアと名づけた。その家がわざわいのさなかにあったからである。7:24 彼の娘はシェエラであった。彼女は上および下ベテ・ホロン、およびウゼン・シェエラを建てた。7:25 彼の子はレファフ、レシェフ。その子はテラフ、その子はタハン、7:26 その子はラダン、その子はアミフデ、その子はエリシャマ、7:27 その子はヌン、その子はヨシュア。】

①ヤコブの子、エフライムは、子供たちが殺されるという悲劇を経験しました。
しかしその後与えられた子供ベリア(リアは災いの意)の子孫が、
ヌンのヨシュアであり、
彼は、モーセの後継者になった人物なのです。

②悲劇が、悲劇で終わらないのが聖書の示す歴史です。
私たちは主を信じていても、様々なところを通りますが、
主は苦しみの後に、素晴らしい「信仰の栄誉」に導かれるのです。




『小さなものが一番偉い』

【ルカ9:46 さて、弟子たちの間に、自分たちの中で、だれが一番偉いかという議論が持ち上がった。
9:47しかしイエスは、彼らの心の中の考えを知っておられて、ひとりの子どもの手を取り、自分のそばに立たせ、 9:48 彼らに言われた。「だれでも、このような子どもを、わたしの名のゆえに受け入れる者は、わたしを受け入れる者です。また、わたしを受け入れる者は、わたしを遣わされた方を受け入れる者です。あなたがたすべての中で一番小さい者が一番偉いのです。」】

①イエス様は、「一番小さなものが一番偉い」と言われました。
並行ヵ所としてマタイを見ると
【マタイ18:4 だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。】
と記録されています。

子供は素直で、知らないことは知らないと言える潔さを持っています。

・・・私たちは「主に対して」素直に対応しましょう。
できることはできる、できないことはできないとして、
主には「素直に求める」のです。

自分を偉く振舞ったり、
自分のプライドに執着することは、
主に喜ばれることではないのです。







20170601


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# by Happiness-eachday | 2017-06-01 05:44 | 2017年 | Trackback

5月31日1歴代5-6章 ルカ9:18-36

懸賞 2017年 05月 31日 懸賞

『賛美と礼拝』

【Ⅰ歴代 6:31 箱が安置所に納められて後、ダビデが【主】の宮の歌をつかさどらせるために立てた人々は次のとおりである。6:32 彼らはソロモンがエルサレムに【主】の宮を建てるまでは、会見の天幕である幕屋の前で、歌をもって仕え、おのおのその定めに従って、奉仕を担当した。】

①音楽をもって主を礼拝することは、主に仕えることであり(エペソ5:19)、
主が大変喜ばれることです。

歌うことによって、私たちは「神への献身」を表現し、
信仰と愛をもって自分を捧げることができるのです。

②また楽器を弾くことも、神に栄光を捧げることになります(詩編33:2)。
主は賛美の中に住まわれるお方です。
祈る時も、賛美しつつ祈ってみましょう。
さらに深い祈りに導かれることも多くあるのです。




『イエス様を信じ、イエス様についていく道』

【ルカ9:20 イエスは、彼らに言われた。「では、あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」ペテロが答えて言った。「神のキリストです。」9:21 するとイエスは、このことをだれにも話さないようにと、彼らを戒めて命じられた。9:22 そして言われた。「人の子は、必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、そして三日目によみがえらねばならないのです。」9:23 イエスは、みなの者に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。9:24 自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。」】

①イエス様は、「神のキリスト」を答えたペテロと仲間たちに「ご自分の使命」を語られました。
そしてイエス様についていく「心構え」を語られたのです。

②イエス様についていくことは、「楽しいだけ」ではありません。
自分の肉(罪の思い)と戦い、
「自分の欲」を「捨て続けるような決断」をすることがあるのです。

しかしそれを乗り越えた者には、「大きな満足」が得られます。

・・・天国に行った時、「後悔しない生き方」をし続けましょう。
人生は一度だけ、そして主は隠れたところも正しい評価をして下さるお方です。
ですから「ベストを尽くし」て進みたいのです。







20170531


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# by Happiness-eachday | 2017-05-31 05:06 | 2017年 | Trackback

5月30日1歴代3-4章 ルカ9:1-17

懸賞 2017年 05月 30日 懸賞

『効果的な祈り』

【Ⅰ歴代4:9 ヤベツは彼の兄弟たちよりも重んじられた。彼の母は、「私が悲しみのうちにこの子を産んだから」と言って、彼にヤベツという名をつけた。4:10 ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた。】

①ユダの子孫、ヤベツは、ヤベツ(悲しみ)を言う名をつけられましたが、
効果的な祈りをし、祝福され、大きく用いられた人物でした。

②彼は、「イスラエルの神」に頼り、
「大いに祝福してください」と祈り、叶えられたのです。

本人の背景が、どれほど悲惨でも
「主により頼む者」は、人生が「祝福される」のです。
また「災いから遠ざけて欲しい」という祈りも「聞かれた」のです。

・・・「単純な祈り」が大切です。
しかしそれが叶えられるかどうかは、
どれだけ「本気で信じて祈るか」にかかっているのです。




『イエス様と共に歩む中で起こる、奇跡』

【ルカ9:16 するとイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて、それらを祝福して裂き、群衆に配るように弟子たちに与えられた。9:17 人々はみな、食べて満腹した。そして、余ったパン切れを取り集めると、十二かごあった。】

①イエス様は、イエス様についてきた群衆を見て、
弟子たちに「あなたがたで何か食べるものを与えなさい」と指示されました。

②そしてイエス様は、弟子たちの「持っていた食物」で、
5000人以上の人を、満足させ、余るまで、食べさせたのです。

・・・イエス様と共に歩むと、「このようなこと」が起こるのです。
人間的な計算では起こり得ないことが起きるのです。

私たちも日々、「イエス様と共に」生活しましょう。
それはイエス様のことを考え、
イエス様が一緒にいることを「いつも覚えること」から始まります。

イエス様が一緒にいて下さることは、「聖書の確実な約束」です(マタイ28:20)。
あなたもこの「信仰のチャレンジ」を受けとめてみましょう。







20170530


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# by Happiness-eachday | 2017-05-30 20:58 | 2017年 | Trackback

5月29日1歴代1-2章 ルカ8:40-56

懸賞 2017年 05月 29日 懸賞

『一人の信仰の影響』

【Ⅰ歴代 2:12 ボアズはオベデを生み、オベデはエッサイを生んだ。2:13 エッサイは、長子エリアブ、次男アビナダブ、三男シムア、2:14 四男ネタヌエル、五男ラダイ、2:15 六男オツェム、七男ダビデを生んだ。・・・】

①歴代誌は、バビロン捕囚後のユダヤ人が、
自分たちの民族の拠り所を明確にするために、書かれた書物です。

そのため系図は、アダムから始まり、
捕囚後の王の系図(3章)まで書かれているのです。

②今朝の個所は、ルツと結婚したボアズの子孫が、
ダビデ王であることが記されている個所です。

ナオミの悲劇、モアブ人ルツの信仰を用いて(ルツ記)、
オベデが産まれ、その孫としてダビデが産まれたのです。

③私たちの信仰は、自分世代だけで終わるものではありません。
その信仰の遺産が、子々孫々に伝わるのです。

・・・信仰は「自分の世代だけ」で終わるものではないことを覚えましょう。
あなたの「今の信仰の努力」(チャレンジ)が、
たくさんの子孫に良い影響を与えるのです。




『求める信仰』

【ルカ8:43 ときに、十二年の間長血をわずらった女がいた。だれにも直してもらえなかったこの女は、
8:44イエスのうしろに近寄って、イエスの着物のふさにさわった。すると、たちどころに出血が止まった。 8:45 イエスは、「わたしにさわったのは、だれですか」と言われた。みな自分ではないと言ったので、ペテロは、「先生。この大ぜいの人が、ひしめき合って押しているのです」と言った。・・・
8:47 女は、隠しきれないと知って、震えながら進み出て、御前にひれ伏し、すべての民の前で、イエスにさわったわけと、たちどころにいやされた次第とを話した。8:48 そこで、イエスは彼女に言われた。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して行きなさい。」】

12年間、婦人病で苦しんでいたこの女性は、
「イエス様なら直して下さる」という信仰を持っていました。
そして多くの群衆をかき分け、忙しくしているイエス様に「触った」のです。

すると立ちどころに「癒された」のです。

②イエス様は、「あなたの信仰によってあなたは癒された」と、
この女性を評価されてのです。

・・・どれほど忙しかったとしても、
イエス様は「切に求める信仰」を見捨てることはないのです。

ですから私たちは配慮しつつも、
積極的に「主に求めて良い」のです。

主は求める信仰を「喜んで」下さいます。





20170529




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# by Happiness-eachday | 2017-05-29 04:32 | 2017年 | Trackback

5月28日2列王23-25章 ルカ8:22-39

懸賞 2017年 05月 28日 懸賞

『裁きと回復の神』

【Ⅱ列王主】の命令によることであって、それは、マナセが犯したすべての罪のためであり、24:4 また、マナセが流した罪のない者の血のためであった。マナセはエルサレムを罪のない者の血で満たした。そのため【主】はその罪を赦そうとはされなかった。】

①ヒゼキヤ王という偉大な善王の子どもが、マナセでした。
しかし彼は主の前にひどい罪を犯し、その後の善王ヨシヤ王の努力もむなしく、
南ユダは滅亡の道に進んで行ったのです。

②一人の人物の罪が、後の歴史に悪い影響を与える悪例が、ここに書かれています。

③しかし主は、裁きのままにはさせませんでした。
25章には、バビロン捕囚の中でも、「エホヤキン王が好待遇」を受けました。

また、後にクロス王によって、
エレミヤの預言通り、捕囚からの解放、
エルサレム神殿再建に向かうのです。

④主は、罪に対しては、「しっかりと対処」されますが、
その後には「回復の業」を進められるのです。

・・・主を正しく理解しましょう。
「罪」に気がついたならば、すぐに「悔い改め」をすべきですが、
「赦しの神」であり、「回復の神」であることを忘れてはいけないのです。





『主に従う、色々な方法』

【ルカ8:38 そのとき、悪霊を追い出された人が、お供をしたいとしきりに願ったが、イエスはこう言って彼を帰された。8:39 「家に帰って、神があなたにどんなに大きなことをしてくださったかを、話して聞かせなさい。」そこで彼は出て行って、イエスが自分にどんなに大きなことをしてくださったかを、町中に言い広めた。】

①イエス様は、舟にのり、悪霊につかれた人を癒すために、湖の向こう岸に渡られました。

②イエス様が悪霊に命じると、
レギオンと言われる無数の悪霊たちは、ブタの中に入り、ブタがおぼれ死んだのです。

イエス様は、そのような霊的権威をもっておられるお方なのです。

③解放された男性は、イエス様についていきたいと申し出ましたが、
「まず家に帰って頂いて恵みを証するように」とイエス様は語られたのです。

・・・イエス様は、イエス様についていくためにいろいろな方法があることを教えて下さいます。
この時は、「家で証しをすること」が、
「イエス様の願い」だったのです。

私たちは「自分のしたいこと」を一番に主張しますが、
「イエス様の願い」を受け止めることを重視していきたいのです。

この男性の証で、イエス様の素晴らしさが町中に広められました。
これは彼が考えていた「自分の計画」よりも「良い結果」となったのです。








20170528


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# by Happiness-eachday | 2017-05-28 05:33 | 2017年 | Trackback

5月27日2列王20-22章 ルカ8:1-21

懸賞 2017年 05月 27日 懸賞

『願いを聞かれる神』

【Ⅱ列王20:3 「ああ、【主】よ。どうか思い出してください。私が、まことを尽くし、全き心をもって、あなたの御前に歩み、あなたがよいと見られることを行ってきたことを。」こうして、ヒゼキヤは大声で泣いた。20:4 イザヤがまだ中庭を出ないうちに、次のような【主】のことばが彼にあった。20:5 「引き返して、わたしの民の君主ヒゼキヤに告げよ。あなたの父ダビデの神、【主】は、こう仰せられる。『わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。見よ。わたしはあなたをいやす。三日目には、あなたは【主】の宮に上る。・・・』」】

①預言者イザヤは、善王、ヒゼキヤ王に
「あなたはこの病気で死ぬ」と主の言葉を伝えました。

②ヒゼキヤはそれを聞き、泣きながら主に、
「自分が今まで主の為にしてきたこと」を訴えました。

③すると主はわざわざ、イザヤに「引き返せ」と命じ、
「新しい主の語り掛け」(癒しの約束:寿命の15年延長)を語らせたのです。

④主は「私たちのことを愛して」おられ、「私たちの祈りを聞かれるお方」です。
「主の御心は広い」のです。
「私たちの切なる願い」に応じて、主は「御手を動かされる」のです。

・・・私たちが信じているお方は「このようなお方」だと知りましょう。
それを踏まえ、祈りましょう。
主は「わがままをきかれる神」ではありませんが、
「私たちの願いを聞かれる神」なのです。




『世で輝く人』

【ルカ8:16 あかりをつけてから、それを器で隠したり、寝台の下に置いたりする者はありません。燭台の上に置きます。入って来る人々に、その光が見えるためです。8:17 隠れているもので、あらわにならぬものはなく、秘密にされているもので、知られず、また現れないものはありません。8:18 だから、聞き方に注意しなさい。というのは、持っている人は、さらに与えられ、持たない人は、持っていると思っているものまでも取り上げられるからです。」】

①イエス様は、「隠れているものであらわにならぬものはない」とおっしゃいました。
私たちは、表や人に見える部分に気を使い取り繕いますが、
実は「見えない部分」に気を使う方が、何倍も大切なのです。

1ペテロ2章には「ごまかしや悪口を捨てて、純粋な御言葉を求めるように(2:1-2)」
と書かれています。

「自分の心」に気を使うには、「み言葉の力に頼る」以外にはありません。

・・・「あなたの心」に気を使いましょう。
ごまかしたり正当化することは、神様の前では「意味がありません」。
正直に告白し、「聖めて頂く」しかないのです。

そうすれば、主の手によって
「世の光」として
「目に見える表の世界」で輝かされるのです。

これはただ「主の御手」によることです。






20170527


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# by Happiness-eachday | 2017-05-27 05:29 | 2017年 | Trackback

5月26日2列王18-19章 ルカ7:36-50

懸賞 2017年 05月 26日 懸賞

『具体的な祈りと具体的な助け』

【Ⅱ列王19:14 ヒゼキヤは、使者の手からその手紙を受け取り、それを読み、【主】の宮に上って行って、それを【主】の前に広げた。19:15 ヒゼキヤは【主】の前で祈って言った。「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、【主】よ。ただ、あなただけが、地のすべての王国の神です。あなたが天と地を造られました。19:16 【主】よ。御耳を傾けて聞いてください。【主】よ。御目を開いてご覧ください。生ける神をそしるために言ってよこしたセナケリブのことばを聞いてください。
19:17 【主】よ。アッシリヤの王たちが、国々と、その国土とを廃墟としたのは事実です。19:18 彼らはその神々を火に投げ込みました。それらは神ではなく、人の手の細工、木や石にすぎなかったので、滅ぼすことができたのです。19:19 私たちの神、【主】よ。どうか今、私たちを彼の手から救ってください。そうすれば、地のすべての王国は、【主】よ、あなただけが神であることを知りましょう。」】

①南ユダのヒゼキヤ王は、主を愛し、主を一番とした良い王でしたが、
アッシリヤの圧迫を受けました。

現実的には、アッシリヤにより、隣の北イスラエルの首都サマリヤが陥落し(18:10)、
ヒゼキヤ王は、アッシリアから脅迫を受け、莫大な金銀を献上させられたのです。
それでもヒゼキヤ王に対する圧迫は止みませんでした。

②ヒゼキヤの祈りは「現実を踏まえたもの」でした。
夢や理想だけを語った一方的な祈りではありませんでした。
極めて現実的な、具体的な祈りだったのです。

主は全能者です。主が働いて下されば、「具体的な解決の道」が与えられます。
19:35-37

信仰とは具体的なものです。
ですから私たちは、その主を信じて「具体的な祈り」「具体的な行動」をしていくのです。
「こうあったら良い(空想や願望)」だけの信仰は、修正されるのです。
空想にとどまるだけでは「信仰とは言えない」のです。





『主を心から愛する人』

【ルカ7:40 するとイエスは、彼に向かって、「シモン。あなたに言いたいことがあります」と言われた。シモンは、「先生。お話しください」と言った。7:41 「ある金貸しから、ふたりの者が金を借りていた。ひとりは五百デナリ、ほかのひとりは五十デナリ借りていた。7:42 彼らは返すことができなかったので、金貸しはふたりとも赦してやった。では、ふたりのうちどちらがよけいに金貸しを愛するようになるでしょうか。」・・・】

①イエス様は、「パリサイ人シモン」が「罪深い女」を裁いている様子を見て、
「多く赦された者が、多く愛するようになる」という真理を語られました。

シモンは地位があり、自分に対するプライド(自尊心)が多くありました。
しかしこの女性は「ただへりくだって主を崇めるだけ」だったのです。
(自分の罪深さを知り、主にすがり、主に感謝をささげたのです)

②あなたは、どちらの立場ですか。
私たちは、「信仰生活が長くなればなるほど」、
自分が「女性のような立場」だと気がつくのです。

・・・「自分の罪を知り」「多く赦されたことを知る」人は幸いです。
その人は、主を「心から愛する」ようになるのです。






20170526


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# by Happiness-eachday | 2017-05-26 05:06 | 2017年 | Trackback