6月6日詩篇10-13篇『多くの事実を知り、価値観を知る』

懸賞 2010年 06月 06日 懸賞

『多くの事実を知り、価値観を知る』
【指揮者のために。ダビデの賛歌13:1 主よ。いつまでですか。あなたは私を永久にお忘れになるのですか。いつまで御顔を私からお隠しになるのですか。13:2 いつまで私は自分のたましいのうちで思い計らなければならないのでしょう。私の心には、一日中、悲しみがあります。いつまで敵が私の上に、勝ちおごるのでしょう。13:3 私に目を注ぎ、私に答えてください。私の神、主よ。私の目を輝かせてください。私が死の眠りにつかないように。13:5 私はあなたの恵みに拠り頼みました。私の心はあなたの救いを喜びます。13:6 私は主に歌を歌います。主が私を豊かにあしらわれたゆえ。】

①ダビデは苦しみの中で、いつまで悩み続けなければならないかと、主に問いました。②信仰者も神の計画に確信が持てないときがあるのです。③そんな時、主に答えを頂かなければ私たちは信じることができません。・・・主に祈りつつ、多くの事実を知らせて頂き、その正しい価値観(物の見方)を主から教えていただくのです。・・・主の計画が分った時、私たちは主の賛美を捧げることができるのです。YCCFuji
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# by happiness-eachday | 2010-06-06 07:17 | 2010年6月 | Trackback

6月5日詩篇6-9篇『私たちを愛し、任せてくださる主』

懸賞 2010年 06月 05日 懸賞


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『私たちを愛し、任せてくださる主』
【8:1 私たちの主、主よ。あなたの御名は全地にわたり、なんと力強いことでしょう。あなたはご威光を天に置かれました。8:3 あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、8:4 人とは、何者なのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。人の子とは、何者なのでしょう。あなたがこれを顧みられるとは。8:5 あなたは、人を、神よりいくらか劣るものとし、これに栄光と誉れの冠をかぶらせました。8:6 あなたの御手の多くのわざを人に治めさせ、万物を彼の足の下に置かれました。】

①ダビデは、この世界を造られた偉大な創造主が、人間を愛し、顧み、栄光を与え、多くの業を任せられていることを感動をもって賛美しています。②主は私たち一人ひとりを愛し、見てくださっています。それは王が一兵卒を特別に愛するような不思議なことでもあります。しかし主がそれを願っておられるのです。・・・主はあなたを愛されています。これが分ることがクリスチャンの最大の恵みです。そして賜物を与え、あなたに何かの神様の仕事を任せようとされています。主に期待しましょう。そして教えられたならば、祈りつつ主の期待に応えましょう。YCCFuji
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# by happiness-eachday | 2010-06-05 10:36 | 2010年6月 | Trackback

6月4日詩篇1-5章『正しい者と悪人の道』

懸賞 2010年 06月 04日 懸賞

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『正しい者と悪人の道』
【1:1 幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。1:2 まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。1:3 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。1:4 悪者は、それとは違い、まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。1:5 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、罪人は、正しい者のつどいに立てない。1:6 まことに、主は、正しい者の道を知っておられる。しかし、悪者の道は滅びうせる。】

①今日から詩篇を学びます。詩篇1篇は全体の序章的な意味合いを持ちます。②この教えはきわめてシンプルです。「創造主がおられ、その願い(教え)があり、その教えを聞くならば、必ず栄え祝福される」③この世には、種まきと刈り取りの法則があります。ですから良い種をまけば良い実を刈り取り、悪い種をまけば滅びを刈り取る、ことは自然なのです。・・・その基準は「主の教え」です。その基準を知れば、良い種をまき続け栄えと祝福を受け続け、悪を避ける、秘訣がわかるのです。YCCFuji(ブログに続く)


コメント
詩篇は聖書の中で、もっとも愛読されている書です。
人生の喜び、希望、失望、恐れ、落胆、迷い、疑い・・・
ここには、創造主を信じる人間のそのままの姿を赤裸々に描いています。

時代や環境は変わっても、人間が経験する感情は、基本的には変わりません。
ですから、詩篇を黙想する中で、神の光のような言葉を受けることができるのです。

毎朝送信している箇所だけでは、詩篇の恵みは語りつくせませんので、
ブログで補えたら幸いと思っております。

今朝のコメントは2箇所に注目します。
「主は人間の悪事の愚かしさを嘲笑される」
2:4 天の御座に着いておられる方は笑う。主はその者どもをあざけられる。
2:5 ここに主は、怒りをもって彼らに告げ、燃える怒りで彼らを恐れおののかせる。

主は、人間の考えをすべて知っておられます。そして悪を行っても、その末路に悪い実を刈り取ることを知っておられるのです。
ですから、隠れてであっても、悪を行うことは、愚かであることを悟るべきです。

しかし私たちが、悪に取り囲まれるような時、主に助けを求めるしかありません。
私の経験上・・・誘惑にあった時に、主に祈りながら判断すると、
紆余曲折はしながらも、脱出の道を通ることができる・・・と確信します。
そして振り返った時、奇跡の中を歩んだことが分るのです。

2番目は
「主が支えてくださるので、平安で眠ることができる」
3:4 私は声をあげて、主に呼ばわる。すると、聖なる山から私に答えてくださる。
3:5 私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主がささえてくださるから。

恐れを感じ、つぶされそうになることは、人生には何度かはあると思います。
人は「・・これでだめだ」と思ってしまったら、本当にだめになります。
しかし主を信じるものに、「これでだめだ」はないのです。

Ⅰコリント10:13 あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。

このことが経験上分ると、平安を持つことができます。
問題で終わりではありません。その後に必ず、それを乗り越えた者が受け取る素晴らしい祝福があるのです。
それを導く、私たちを造られた創造主がおられるのです。
毎日聖書を読み、祈るならば、あなたも、創造主からのこの平安のメッセージを受け取ることができます。

その時、あなたは苦難の中でも、こころ穏やかに眠ることができるのです。
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# by happiness-eachday | 2010-06-04 09:08 | 2010年6月 | Trackback

6月3日ヨブ記40-42章『ヨブの回復』

懸賞 2010年 06月 03日 懸賞

d0155777_9204861.jpg『ヨブの回復』
【42:1 ヨブは主に答えて言った。42:2 あなたには、すべてができること、あなたは、どんな計画も成し遂げられることを、私は知りました。42:3・・まことに、私は、自分で悟りえないことを告げました。42:5 私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。42:6 それで私は自分をさげすみ、ちりと灰の中で悔い改めます。】・・【42:7 さて、・・主はテマン人エリファズに仰せられた。「わたしの怒りはあなたとあなたのふたりの友に向かって燃える。それは、あなたがたがわたしについて真実を語らず、わたしのしもべヨブのようではなかったからだ。・・42:10 ヨブがその友人たちのために祈ったとき、主はヨブを元どおりにし、さらに主はヨブの所有物をすべて二倍に増された。」】

①ヨブは神と出会い、自分の正しさを主張する愚かしさを悟り、深く悔い改めました。私たちは知識で神を知っていても、真に神にお出会いする必要があるのです。②神は3人の友人が間違っていたとはっきり伝えました。神は正しい基準を示してくださいます。③ヨブが友人のために、祝福を祈った直後、ヨブの祝福は回復されました(2倍の祝福)。神の時に、人を祝福することによって私たちの祝福は解き放たれます。今日でヨブ記は終わります。ここで学んだことを生活に生かしていきましょう。YCCFuji(ブログにまとめあり)


コメント
「正しい人がなぜ苦しみの会うのか」
これがヨブ記の大きなテーマです。

私たちは、この中で、「人間的な視点だけで、真の問題を理解することはできない」
ことを学びました。ヒューマニズムではなく、これを超えた視点が必要なのです。

また人とどのように関わるべきであるかも学びました。
ヨブの3人の友人のような、
「自分の価値観のおしつけで」
「自分の目に見える部分だけで判断して」
「上から批判するような対応」
・・では人は心を開かないことを学びました。

しかしこの「ひどい対応」も、主に用いられていたことも事実なのです。

最後に出てきた若いエリフの対応(6月1日の記事)
が模範的な対応であることも学びました。

しかし今日学ぶことは
①主を求め続けていくならば、必ず最後には主とお出会いすると言うこと
②その時に真実(の一部ですが)・・わかるということ
③主は正しく変わらない(善悪の基準)をもっておられるということ
④憎しみではなく、人を赦し、祝福することによって、私たちの祝福が解き放たれるということ

特に慰めは③・・・主は、ヨブの友人たちに怒りをもって正しく彼らの過ちを見ておられた・・ことです。
私たちは、不条理な対応を受けることがありますが
主はすぐに手を下されなくても、良いものは良い、悪いものは悪い、と正しく判断されていうことは、ポストモダンな(価値観が乱立する)世界にあって慰めです。
主はいつも変わらない基準で、私たちを見ておられ、導かれるのです。

主が、変わらない基準で、私たちを導いておられることを知ると・・・私たちは安心できるのです。
(それは同時に、私たちは(表現するかしないかは別にして)、悪は悪であり善は善であると、私たち自身も変わらない基準を持つことができるということなのです)

④も大切です。
祝福は憎しみから生まれないことが分ります。
主が祝福するように導かれているならば、主の願いどおりに祝福する時に
私たちに対しても、祝福が流れることが分ります。

ルカ6:37 さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。
6:38 与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」(イエス様の言葉)

創造主は基準を持っておられ、「私たちが良い種をまくと、良い実を刈り取り」
「悪い種をまくとその実を刈り取るように」、この世界を造られました。
ですからこのルールに、私たち自身も合わる時に、祝福が流れるのです。
(私たちの感情ではなく、聖書の真理に合わせることが、早く祝福をいただける秘訣です。
そのためには、ヨブのように主に祈り、主から真理と力を頂くことが助けになります)

ヨブ記を通じて、正しい人間、基準を求め続けた人間(ヨブ)が、どのように苦しみ
そのように回復されたかを私たちは学びました。

これらの様々な原則を私たち自身の生活に生かしていけたならば幸いです。
祝福をお祈りします。
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# by happiness-eachday | 2010-06-03 09:21 | 2010年6月 | Trackback

6月2日ヨブ記36-39章『人間の限度と主の介入』

懸賞 2010年 06月 02日 懸賞

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『人間の限度と主の介入』
【36:18 だから、あなたは憤って、懲らしめに誘い込まれないようにせよ。身代金が多いからといって、あなたはそれに惑わされないようにせよ。36:19 あなたの叫びが並べたてられても、力の限りが尽くされても、それが役に立つだろうか。36:21 悪に向かわないように注意せよ。あなたは悩みよりも、これを選んだのだから。】・・・【38:1 主はあらしの中からヨブに答えて仰せられた。38:2 知識もなく言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。38:3 さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。】

①エリフはヨブに対して、「悩みの中で、神に挑戦しないように」と戒めました。それは人間が超えてはいけない限度だからです。②エリフの言葉でヨブが自分の誤りに気づいた頃、創造主は突然介入し、ヨブの知恵の限界を語られました。③そしてこの後、ヨブは真の悔い改めへと導かれるのです。・・・創造主はすべてを見ておられます。人を用いて準備をさせ、しかし最後は主ご自身が直接介入され、真の回復へと導かれるのです。今のあなたは、準備の段階ですか?語られている段階ですか?それとも悔い改めて回復を頂いた段階でしょうか?主は私たちの段階を見ておられ、ふさわしいことをされるのです。YCCFuji

コメント
人間とは、なんと愚かで弱いものであるか・・・
自分も含めて、私自身そのことを何度も思わされます。

ヨブほどの正しい人間であっても、無配慮な批判を受け続けると
自分を守るあまりに、自分の正しさを主張し、自分は絶対的に正しいと言い切ってしまいました。
(本当はどこかに正しくない自分がいることを知っていても・・)
そんな弱さ(愚かさ)を私たちは、持っています。

新約時代、すなわち「イエス様の十字架による赦し」をいただける今の時代にあって、
私たちは、自分の誤りを認めて、赦しを願うならば、(イエス様が支払った十字架での代価のゆえに)、
罪がすべて赦されるという特権を得ています。

しかし今の時代にあっても、
この旧約時代のヨブ記のエリフの言葉「36:18 だから、あなたは憤って、懲らしめに誘い込まれないようにせよ。身代金が多いからといって、あなたはそれに惑わされないようにせよ。」・・・は強いメッセージを持っています。

赦されるから、限度を超えても良いわけではないことを、この聖句は教えています。
どんなに、私たちが混乱していても、問題の中で助けの手を伸ばし続けていても、
超えてはいけない一線があることを、を教えているのです。

それは罪を隠すということではありません。
隠していては赦されませんし、聖めもおこりません。
私たちは、愚かなことであっても、主の前で明らかにされて、始めて赦され、聖められるのです。

これは、裸を人前でさらすような、非常に恥ずかしいことでもあります。
しかし、これを通じて出なければ(問題が明らかになり、罪を告白し、赦しを受ける)
このプロセスなしには・・・私たちは、聖められないのです。

一線を越える私たちの感情や、傷・・・これに気がついた時が、私たちが変わるチャンスです。
主は、そのことを人や様々な環境を通じて、悟らせようとしているのです。
「そして最後は直接、あなたに働かれます」

一線があること
それを越える感情を持っているならば、気がつくこと
告白による癒しと聖めがあること

このどれも大切なことなのです。

そして主の願いは、ヨブを回復させ、その後2倍の祝福を与えたように
私たちの回復と祝福なのです。
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# by happiness-eachday | 2010-06-02 10:06 | 2010年6月 | Trackback

6月1日ヨブ記32-35章『ヨブと神との関係の修復への第一歩』

懸賞 2010年 06月 01日 懸賞

『ヨブと神との関係の修復への第一歩』
【33:1 そこでヨブよ。どうか、私の言い分を聞いてほしい。私のすべてのことばに耳を傾けてほしい。・・・33:6 実に、神にとって、私はあなたと同様だ。私もまた粘土で形造られた。33:8私はあなたの話す声を聞いた。33:9 「私はきよく、そむきの罪を犯さなかった。私は純潔で、よこしまなことがない。」33:12 聞け。私はあなたに答える。このことであなたは正しくない。神は人よりも偉大だからである。33:13 なぜ、あなたは神と言い争うのか。・・・33:32 もし、言い分があるならば、私に言い返せ。言ってみよ。あなたの正しいことを示してほしいからだ。】

①エリフは、年長者たちがヨブを正しく導けなかった後に、会話に加わりました。②エリフは、自分の物差しではなく、ヨブが神の前でどのような存在なのかを訴え、彼が悟りを得るように努めました。・・③エリフは、ヨブの話(心)を聴き、自分も神に造られた存在として語りました。④自分の価値観で人を裁くのではなく、神とヨブの関係の修復を試みたのです。・・このエリフを神は用いられ、ヨブが神の声を聞く準備をさせました。私たちの人との接し方が、エリフのようならば、主に多く用いられることでしょう。YCCFuji(続きはブログコメントで)


コメント
ヨブの3人友人たちは、ヨブに対して間違った対応をしました。
彼らは、①ヨブの言葉を聞きつつも心を聴くことなく、自分のフィルター(考え)で判断し、②まるで上から語るかのようにヨブを批判したのでした。

このような対応をされて、ヨブが彼らに心を閉ざしたのは、当然とも言えるでしょう。(主は、彼らの対応が間違っていたと語りました 42:7-8)

しかしエリフは違いました。
①彼はヨブの心に語りかけ(33:1-5)
②上からではなく、同じ視点で(33:6)ヨブに語りました。
そして、③ヨブの心を今まで聴いていたことを伝え(33:8-11)
④ヨブ対する真心持って、神の前で自分たちがどのような存在かを、諭した(33:12-)のです。

このことによって、ヨブのこころは刺され、自分の姿を悟り、神の前に悔い改める備えができました。
そして最後に主がヨブに語りかけられ(38章―)、ヨブは変えられたのです(42章)。

自分のフィルターで、一方的に語るのではなく、
その人の心を認め、
同じ神に作られた不完全な存在と言う立場で(同じ視線で)、
真心を持ってその人のこころに語りかけること

これが主が用いたエリフのヨブへの接し方であったことを学びましょう。
これらを用い、主に助けられるならば(これは最も大切です)
あなたは真実な人間関係を作ることができるのです。
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# by happiness-eachday | 2010-06-01 09:24 | 2010年6月 | Trackback

5月31日ヨブ記28-31章『ヨブの確信が傲慢に変わる時』

懸賞 2010年 05月 31日 懸賞

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『ヨブの確信が傲慢に変わる時』
【31:35 だれか私に聞いてくれる者はないものか。見よ。私を確認してくださる方、全能者が私に答えてくださる。私を訴える者が書いた告訴状があれば、31:36 私はそれを肩に負い、冠のように、それをこの身に結びつけ、31:37 私の歩みの数をこの方に告げ、君主のようにして近づきたい。31:39 あるいは、私が金を払わないでその産物を食べ、その持ち主のいのちを失わせたことがあるなら、31:40 小麦の代わりにいばらが生え、大麦の代わりに雑草がはびこるように。ヨブのことばは終わった。】

①ヨブが受けた試練の前、人々はヨブを尊敬し、ヨブ自身が言うようにヨブは正しい人として模範的な人生を歩んでいました。②しかし友人たちの批判に答え自分の正しさを主張する中で、彼の心は「神の前でも自分は正しい」と傾き始めたのです。これは傲慢のこころです。・・人は自分の正しいとどこかで思っています。心の中では『神もこの思いを認めてくださる』と思っています。しかし神の前で、それが正しくないならば「それは表に出され、癒されるべきもの」なのです。主がヨブの傲慢を取り扱われたように、主は私たちのこころの奥のゆがみを聖め、良いものへと作り変えられるのです。YCCFuji
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# by happiness-eachday | 2010-05-31 13:30 | 2010年5月 | Trackback