11月30日エゼキエル11-12章 ヨハネ21章

懸賞 2017年 11月 30日 懸賞

『蒔いた種の刈り取り』

【エゼキエル11:19 わたしは彼らに一つの心を与える。すなわち、わたしはあなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしは彼らのからだから石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える。11:20 それは、彼らがわたしのおきてに従って歩み、わたしの定めを守り行うためである。こうして、彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。11:21 しかし、彼らの忌むべきものや、忌みきらうべきものの心を、自分の心として歩む者には、彼らの頭上に彼らの行いを返そう。──神である主の御告げ──」】

①主は蒔いた種の刈り取りをされます。
主に従い、主の掟を守ろうとする者には、「石の心が肉の心」に変わるような、心の変化が与えられます。
しかし自己本位に歩む者には、その行いの報いが与えられるのです。
私たちは悔い改めましょう。
そして主に取り扱って頂きましょう。
主は恐ろしい力をもっておられるお方なのです。



『主を愛する力』

【ヨハネ21:15 彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」21:16 イエスは再び彼に言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」】

①イエス様はペテロに三度、「わたしを愛するか」と問われました。
キリストに従う者は、、必ず主から同じ質問を受けます。
神様に仕える最も強い動機は、「主を愛すること」です。

・・・「あなたは主を愛していますか」
その答えに「はい」と言える人は、
どんな苦しみに会ったとしても、
主に従い続け、人生の目的を達成することができるのです。




20171130


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# by Happiness-eachday | 2017-11-30 05:29 | Trackback

11月29日エゼキエル8-10章 ヨハネ20:19-31

懸賞 2017年 11月 29日 懸賞

『主の前に、隠し事はできない』

【エゼキエル8:11 また、イスラエルの家の七十人の長老が、その前に立っており、その中にはシャファンの子ヤアザヌヤも立っていて、彼らはみなその手に香炉を持ち、その香の濃い雲が立ち上っていた。8:12 この方は私に仰せられた。「人の子よ。あなたは、イスラエルの家の長老たちがおのおの、暗い所、その石像の部屋で行っていることを見たか。彼らは、『主は私たちを見ておられない。【主】はこの国を見捨てられた』と言っている。」8:13 さらに、私に仰せられた。「あなたはなおまた、彼らが行っている大きな忌みきらうべきことを見るだろう。」】

①イスラエルの長老たちは、隠れたところで、主ではないものを拝んでいました。
主は見捨てられたと勝手に考え、主が嫌われることをしていたのです。

②苦しみの時、私たちに出来ることは、主を求めることです。
そして悔い改めることです。
へりくだって救いを求めれば、主は助けて下さるのです。
主以外のものに寄り頼むことは、愚かです。
主は隠れた私たちの心を、全て知っておられるのです。




『すべてを知っておられるイエス様』

【ヨハネ20:25 それで、ほかの弟子たちが彼に「私たちは主を見た」と言った。しかし、トマスは彼らに「私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません」と言った。20:26 八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。戸が閉じられていたが、イエスが来て、彼らの中に立って「平安があなたがたにあるように」と言われた。20:27 それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」20:28 トマスは答えてイエスに言った。「私の主。私の神。」】

①弟子たちが復活のイエス様に出会った時、弟子のトマスはいませんでした。
そのときトマスが語った不信仰の言葉を、イエス様は聞いておられたのです。
そして8日後にトマスのそのことを話しました。

イエス様はすべてご存知です。
イエス様がおられないように見えても、
イエス様は、私たちの全ての心を知っておられるのです。





20171129


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# by Happiness-eachday | 2017-11-29 05:40 | 2017年 | Trackback

11月28日エゼキエル5-7章 ヨハネ20:1-18

懸賞 2017年 11月 28日 懸賞

『悔い改め』

【エゼキエル6:9 あなたがたのうちののがれた者たちは、とりこになって行く国々で、わたしを思い出そう。それは、わたしから離れる彼らの姦淫の心と、偶像を慕う彼らの姦淫の目をわたしが打ち砕くからだ。彼らが自分たちのあらゆる忌みきらうべきことをしたその悪をみずからいとうようになるとき、6:10 彼らは、わたしが【主】であること、また、わたしがゆえもなくこのわざわいを彼らに下すと言ったのではないことを知ろう。】

①裁きによって、人々は自分たちの罪深さに、やっと気がつくようになり、
神様に逆らったことを心から悲しみ、神の憐みと助けにすがるようになりました。
悔い改めは単に考え方を変えるだけではなく、
心や態度、方向を変えることなのです。
そこには罪対する、心からの悲しみと後悔があり、
主の願いに従いたいという、強烈な思いが湧き上がるのです。




『イエス様に気がつく時』

【ヨハネ20:15 イエスは彼女に言われた。「なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか。」彼女は、それを園の管理人だと思って言った。「あなたが、あの方を運んだのでしたら、どこに置いたのか言ってください。そうすれば私が引き取ります。」20:16 イエスは彼女に言われた。「マリヤ。」彼女は振り向いて、ヘブル語で、「ラボニ(すなわち、先生)」とイエスに言った。】

①復活されたイエス様を、マリヤはイエス様だと気がつきませんでした。
私たちも、イエス様が身近におられるはずなのに、
主の働きを気がつかないことがあるのです。
しかしイエス様はマリヤに語り掛け、マリヤは気がつくことができました。
私たちも、イエス様が語りかけてくださる時、イエス様の働きに気がつくのです。




20171128


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# by Happiness-eachday | 2017-11-28 05:32 | 2017年 | Trackback

11月27日エゼキエル3-4章 ヨハネ19:17-42

懸賞 2017年 11月 27日 懸賞

『使命を果たすための力』

【エゼキエル3:7 しかし、イスラエルの家はあなたの言うことを聞こうとはしない。彼らはわたしの言うことを聞こうとはしないからだ。イスラエルの全家は鉄面皮で、心がかたくなだからだ。3:8 見よ。わたしはあなたの顔を、彼らの顔と同じように堅くし、あなたの額を、彼らの額と同じように堅くする。3:9 わたしはあなたの額を、火打石よりも堅い金剛石のようにする。彼らは反逆の家だから、彼らを恐れるな。彼らの顔にひるむな。」】

①エレキエルの使命は、同国人にみ言葉を語ることでした。
しかし彼らは、反逆の民であると言われたのです。
神様は、エゼキエルに働けをさせるために
「金剛石(ダイヤモンド)のように額を固くする」と言われました。
それは頑なな心に語り続ける強い力でした。
神様は使命を与える時、それを成し遂げる力を同時に与えられるのです。



『イエス様の罪のための犠牲』

【ヨハネ19:28 この後、イエスは、すべてのことが完了したのを知って、聖書が成就するために、「わたしは渇く」と言われた。19:29 そこには酸いぶどう酒のいっぱい入った入れ物が置いてあった。そこで彼らは、酸いぶどう酒を含んだ海綿をヒソプの枝につけて、それをイエスの口もとに差し出した。19:30 イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した」と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。】

①イエス様は、十字架の死の直前に「完了した」と言われました。
それは私たちの罪のためのいけにえを、ご自身の身体で捧げられ、完了したという意味であり、
天の父の願いを成し遂げたという意味なのです。

②私たちも、自分の使命を終えて「完了した」ということができたならば、何と幸いでしょう。
イエス様の罪のための犠牲を、無駄にしてはいけないのです。




20171127


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# by Happiness-eachday | 2017-11-27 05:32 | 2017年 | Trackback

11月26日エゼキエル1-2章 ヨハネ18:28-19:16

懸賞 2017年 11月 26日 懸賞

『エゼキエルの使命』

【エゼキエル2:3 その方は私に仰せられた。「人の子よ。わたしはあなたをイスラエルの民、すなわち、わたしにそむいた反逆の国民に遣わす。彼らも、その先祖たちも、わたしにそむいた。今日もそうである。2:4 彼らはあつかましくて、かたくなである。わたしはあなたを彼らに遣わす。あなたは彼らに『神である主はこう仰せられる』と言え。2:5 彼らは反逆の家だから、彼らが聞いても、聞かなくても、彼らは、彼らのうちに預言者がいることを知らなければならない。」】
①神様がエゼキエルに与えた使命は
「反逆の民に語り続けよ」でした。
私たちは「神が正義であり、罪の中でも働いておられる」ことを証するために、
語り続けなければならない時があるのです。
もし、語るように使命が与えられたのなら、応答しましょう。
人の評価よりも、神様の評価の方が、永遠の評価なのです。



『バラバの解放を要求した大きな罪』

【ヨハネ18:38 ピラトはイエスに言った。「真理とは何ですか。」彼はこう言ってから、またユダヤ人たちのところに出て行って、彼らに言った。「私は、あの人には罪を認めません。18:39 しかし、過越の祭りに、私があなたがたのためにひとりの者を釈放するのがならわしになっています。それで、あなたがたのために、ユダヤ人の王を釈放することにしましょうか。」18:40 すると彼らはみな、また大声をあげて、「この人ではない。バラバだ」と言った。このバラバは強盗であった。】

①総督ピラトが、イエス様に罪がないと判断したにもかかわらず、
指導者たちはイエス様の代わりに、強盗バラバを解放するように要求しました。
ここに指導者たちの罪が明らかにされています。
目的の為ならば、正しいお方イエス様が死んでも良いと判断したのです。

私たちにも、残念ながらそのような心があるのです。
ですから私たちは、自分の中ある罪に気がつく度に、
悔い改め、イエスさの犠牲を感謝するのです。
そして罪赦されたイエス様の良い弟子として「正しい判断」を実行するのです。





20171126


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# by Happiness-eachday | 2017-11-26 05:32 | Trackback

11月25日哀歌3-5章 ヨハネ18:1-27

懸賞 2017年 11月 25日 懸賞

『主の憐みの深さ』

【哀歌3:22 私たちが滅びうせなかったのは、【主】の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。
3:27 人が、若い時に、くびきを負うのは良い。3:28 それを負わされたなら、ひとり黙ってすわっているがよい。3:29 口をちりにつけよ。もしや希望があるかもしれない。3:30 自分を打つ者に頬を与え、十分そしりを受けよ。3:31 主は、いつまでも見放してはおられない。3:32 たとい悩みを受けても、主は、その豊かな恵みによって、あわれんでくださる。3:33 主は人の子らを、ただ苦しめ悩まそうとは、思っておられない。】

①主の罪に対する怒りと裁きはありますが、それは短い時間です。
主の憐みは、裁きの中にあっても豊かなのです。
主の憐みにすがりましょう。
主はあなたを助け出して下さるお方なのです。




『失敗では終わらない』

【ヨハネ18:25 一方、シモン・ペテロは立って、暖まっていた。すると、人々は彼に言った。「あなたもあの人の弟子ではないでしょうね。」ペテロは否定して、「そんな者ではない」と言った。18:26 大祭司のしもべのひとりで、ペテロに耳を切り落とされた人の親類に当たる者が言った。「私が見なかったとでもいうのですか。あなたは園であの人といっしょにいました。」18:27 それで、ペテロはもう一度否定した。するとすぐ鶏が鳴いた。】

①イエス様が、ペテロに「あなたはわたしのことを度知らないという」と言われた通り、
ペテロは恐怖のために、その言葉を出してしまいました。
しかし、ペテロは失敗で終わった訳ではないのです。

その後イエス様の愛と憐れみの故に、
ペテロは回復し、立派な働きをして生涯を終えたのです。

私たちの罪や失敗を、
イエス様の愛と力は、簡単に乗り越えさせて下さるのです。

私たちが失敗しながらでも信頼し、
最後までイエス様についていこうと願うならば、
すべてが良い方向に向かうのです。





20171125


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# by Happiness-eachday | 2017-11-25 05:38 | Trackback

11月24日哀歌1-2章 ヨハネ17章

懸賞 2017年 11月 24日 懸賞

『偽りの預言者』

【哀歌2:14 あなたの預言者たちは、あなたのために、むなしい、ごまかしばかりを預言して、あなたの繁栄を元どおりにするために、あなたの咎をあばこうともせず、あなたのために、むなしい、人を惑わすことばを預言した。】

①偽りの預言者は、人々の罪を明らかにせず、あいまいな態度を取り続けるのです。
そのような態度では健全な指導はできません。
聖霊の働きと共に、人間側の毅然とした態度が必要なのです。




『聖めの道を歩むクリスチャン』

【ヨハネ 17:17 真理によって彼らを聖め別ってください。あなたのみことばは真理です。17:18 あなたがわたしを世に遣わされたように、わたしも彼らを世に遣わしました。17:19 わたしは、彼らのため、わたし自身を聖め別ちます。彼ら自身も真理によって聖め別たれるためです。】

①イエス様は十字架にかかられる前に、弟子たちが「聖い民」となるように祈られたのです。
そして十字架の上で苦しまれました。
それは私たちクリスチャンが「真理によって聖め別たれる」ためなのです。



20171124


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# by Happiness-eachday | 2017-11-24 05:56 | 2017年 | Trackback