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2月14日レビ記6-7章 使徒1章

懸賞 2017年 02月 14日 懸賞

『火を燃やし続ける』
【レビ6:12 祭壇の火はそのまま燃え続けさせ、それを消してはならない。かえって、祭司は朝ごとに、その上にたきぎをくべ、その上に全焼のいけにえを整え、和解のいけにえの脂肪をその上で焼いて煙にしなさい。6:13 火は絶えず祭壇の上で燃え続けさせなければならない。消してはならない。】

①祭司は、全焼のいけにえが一晩中焼けるように、
夜通し灰を取り除き、たきぎを補給して火を消さないようにしないといけませんでした。
そうでなければ、いけにえが焼き尽くされないからでした。

②焼き続くには、「火を消さない努力」をしなければならないのです。
いけにえは、私たちの象徴です。
私たちが、自らを主に、捧げ続けるためにも、
祈りと聖霊の火を消してはいけないのです。

消してしまうならば、生焼けのいけにえとなり、
「主に喜ばれる奉仕」が出来なくなるのです。


『キリストの証人』
【使1:7 イエスは言われた。「いつとか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくてもよいのです。それは、父がご自分の権威をもってお定めになっています。1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」】

①主は、権威をもって時を支配しておられます。
ですから、すべて主の時に物事が起きるのです。

②聖霊が下られる時も、「主の定めた時」があります。
使徒たちに時があったように、私たちにも時があるのです。

・・・時を見分けましょう。(あきらめずに待ち望みましょう)
そして約束の聖霊の力を頂きましょう。
聖霊が働き始めると、今まで起きなかったことが起き始めるのです。
聖霊の力によって、私たちは「キリストの証人」となれるのです。YccFuji







20170214
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# by Happiness-eachday | 2017-02-14 05:00 | 2017年 | Trackback

2月13日レビ記4-5章 マタイ28章

懸賞 2017年 02月 13日 懸賞

『罪の犠牲の規定』
【レビ5:11 もしその人が山鳩二羽あるいは家鳩のひな二羽さえも手に入れることができなければ、その犯した罪のためのささげ物として、十分の一エパの小麦粉を罪のためのいけにえとして持って来なさい。その人はその上に油を加えたり、その上に乳香を添えたりしてはならない。これは罪のためのいけにえであるから。】

①神様は、罪のためには犠牲のいけにえが必要であり、
動物の血を流さなければ、罪は赦されないと教えられました。
しかし貧しくて、買うことが出来ない者には、
小麦粉の犠牲を命じられたのです。
神様は、その犠牲を受け入れて下さったのです。

②当時このように捧げものが詳しく規定されましたが、
本当の罪を取り除くことが出来るのは、
「十字架上のキリストの死」だけなのです。

私たちは、「キリストの恵みの大きさ」を知り、
罪を告白し(5:5)、
精一杯の悔い改めを捧げ、方向転換をしていくようになるのです。


『一切の権威を持っておられるお方』
【マタイ28:18 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」】

①この御言葉は、イエス様の大宣教命令です。
弟子つくりの命令とも呼ばれています。

②イエス様が、どんな場所においても、
「一切の権威」を持っておられることをもう一度知りましょう。
そして「救いの御言葉」を語りましょう。
イエス様は「いつも共にいて」下さるのです。

イエス様の願いを知り、
聖霊の助けを受けるならば、
私たちは「主に喜ばれる者」となるのです。YccFuji







20170213
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# by Happiness-eachday | 2017-02-13 05:32 | 2017年 | Trackback

2月12日レビ記1-3章 マタイ27:45-66

懸賞 2017年 02月 12日 懸賞

『罪が赦されるための犠牲』
【レビ記1:3 もしそのささげ物が、牛の全焼のいけにえであれば、傷のない雄牛をささげなければならない。それを、彼が【主】の前に受け入れられるために会見の天幕の入口の所に連れて来なければならない。1:4 その人は、全焼のいけにえの頭の上に手を置く。それが彼を贖うため、彼の代わりに受け入れられるためである。1:5 その若い牛は、【主】の前でほふり、祭司であるアロンの子らは、その血を持って行って、会見の天幕の入口にある祭壇の回りに、その血を注ぎかけなさい。】

①「全焼のいけにえ」とは、すべてを捧げ尽くす「いけにえ」です。
私たちは自我が強いので、なかなか捧げ尽くすことはできません。
しかしイエス様は、私たちのために「ご自分の身」をそのようにして下さったのです。

②罪の赦しは、血が流されないとなされないのです。
私たちの罪を、「イエス様が背負って」下さったことにより、
「私たちが赦された事実」をもう一度、感謝しましょう。

牛の命では、支払えなかった「大きな代価」を
イエス様は、私のために捧げて下さったのです。


『イエス様の痛みと悲しみ』
【マタイ27:46 三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。・・・
27:50 そのとき、イエスはもう一度大声で叫んで、息を引き取られた。】

①イエス様は、十字架の上で「わが神、わが神・・・」と叫ばれたのです。

②王であるイエス様が、神にさえ捨てられて、
三時間以上、十字架の上でさらされたのです。

イエス様は、私たち人間では「分からない」深い痛みと悲しみを「経験された」のです。
だからこそ「私たちが経験する深い痛み」をすべて分かって下さるのです。

③私たちは、「イエス様が死んでくださった」お陰で、
霊的に生きることが出来るようになりました。
ですから「希望を見失わない」ようにしましょう。
イエス様が共におられるならば
「必ず脱出の道」がある筈だからです。YccFuji







20170212
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# by Happiness-eachday | 2017-02-12 05:05 | 2017年 | Trackback

2月11日出エジプト記40章 マタイ27:27-44

懸賞 2017年 02月 11日 懸賞

『主の導きを歩み続ける』
【出 40:36 イスラエル人は、旅路にある間、いつも雲が幕屋から上ったときに旅立った。40:37 雲が上らないと、上る日まで、旅立たなかった。40:38 イスラエル全家の者は旅路にある間、昼は【主】の雲が幕屋の上に、夜は雲の中に火があるのを、いつも見ていたからである。】

①主は、神の民が荒野にいる間、いつも導いておられました。
そして民は、主の導きをいつも歩み続け、荒野を乗り越えることが出来たのです。
なぜなら、民は【主】をいつも見続けていたからです。

②新約の現在、私たちにも主は、共にいて下さいます。
そして私たちが難しい荒野で
「主に導きを歩みたい」と探し求めているならば、
受け取ることが出来るのです。

・・・あなたは「主の導き」を歩みたいと願いますか。
その信仰によって、あなたは主の助けの中を、歩むことが出来るのです。


『はずかしめを経験されたイエス様』
【マタイ27:29 それから、いばらで冠を編み、頭にかぶらせ、右手に葦を持たせた。そして、彼らはイエスの前にひざまずいて、からかって言った。「ユダヤ人の王さま。ばんざい。」27:30 また彼らはイエスにつばきをかけ、葦を取り上げてイエスの頭をたたいた。・・・
27:39 道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって、27:40 言った。「神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。もし、神の子なら、自分を救ってみろ。十字架から降りて来い。」】

①イエス様は、十字架に向かう途中、様々なひどい言葉を受けました。
王であり、私たちの罪を赦すために「犠牲を歩まれた救い主」が、
このような仕打ちを受けたのです。

しかしイエス様は、ただ黙々と「はずかしめの道」を歩んでくださったのです。
それはプライドが壊れ、惨めになるような道でした。

②イエス様は「このような恥ずかしめ」を受けられたからこそ、
私たちの痛みや苦しみを「理解して下さるお方」なのです。

・・・主とお出会いするのは「高い王のような場所」ではなく、
「低く惨めな場所」で出会うことが多いのです。YccFuji







20170211
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# by Happiness-eachday | 2017-02-11 00:46 | 2017年 | Trackback

2月10日出エジプト38-39章 マタイ27:1-26

懸賞 2017年 02月 10日 懸賞

『主への奉仕者』
【出エジプト39:32 こうして、会見の天幕である幕屋の、すべての奉仕が終わった。イスラエル人は、すべて、【主】がモーセに命じられたとおりにした。そのようにした。・・・39:42 イスラエル人は、すべて、【主】がモーセに命じられたとおりに、そのすべての奉仕を行った。39:43 モーセが、すべての仕事を彼らが、まことに【主】が命じられたとおりに、したのを見たとき、モーセは彼らを祝福した。】

①モーセは主から聞いたことを、
主から知恵が与えられ、熱心に仕えようとした「主の民」に伝えました。
そしてその者たちは「主の命令通り」に仕事を成し遂げたのです。

②モーセが主から聞いたこと、
民が命令に応えたこと、
これらの総合的な奉仕によって「幕屋」が完成しました。

それによって民は、
幕屋を通じて、荒野にあっても
「礼拝を捧げ」「主にお出会いすること」が出来たのです。

奉仕は指導者だけのものではありません。
導かれたすべてのものが「主に捧げること」によって成し遂げられるのです。


『ピラトの妥協』
【マタイ27:23 だが、ピラトは言った。「あの人がどんな悪い事をしたというのか。」しかし、彼らはますます激しく「十字架につけろ」と叫び続けた。27:24 そこでピラトは、自分では手の下しようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、群衆の目の前で水を取り寄せ、手を洗って、言った。「この人の血について、私には責任がない。自分たちで始末するがよい。」】

①総督ピラトは、
イエス様が「ねたみ」から裁判を受けさせられていることに気が付いていました。
そのため「イエス様を釈放させよう」と努力をしたのです。

②しかしユダヤの指導者の策略によって、
「イエスを十字架につけろ」と群集が叫ぶ中で、
ピラトは「自分の責任を放棄した」のです。
それは、民衆に好意を持たれ、自分の名声を守るための「妥協」でした。

・・・私たちも正しいことを知っていても、
逃げてしまうことがあるかもしれません。
ぜひピラトを「反面教師」としましょう。YccFuji





20170210
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# by Happiness-eachday | 2017-02-10 05:13 | 2017年 | Trackback

2月9日出エジプト36-37章 マタイ26:57-75

懸賞 2017年 02月 09日 懸賞

『主は私たちを用いられる』
【出エジプト36:1 ベツァルエルとオホリアブ、および、聖所の奉仕のすべての仕事をすることのできる知恵と英知を【主】に与えられた、心に知恵のある者はみな、【主】が命じられたすべてのことを成し遂げなければならない。」36:2 モーセは、ベツァルエルとオホリアブ、および、【主】が知恵を授けられた、心に知恵のある者すべて、すなわち感動して、進み出てその仕事をしたいと思う者すべてを、呼び寄せた。36:3 彼らは、聖所の奉仕の仕事をするためにイスラエル人が持って来たすべての奉納物をモーセから受け取った。しかしイスラエル人は、なおも朝ごとに、進んでささげるささげ物を彼のところに持って来た。・・・36:7 手持ちの材料は、すべての仕事をするのに十分であり、あり余るほどであった。】

①主は、「心に知恵を与えた人物たち」を、聖所の奉仕のために用いました。
また「感動して」「主に用いて頂きたい」と願った者たちを用いられたのです。

②モーセ一人だけが働いたのではないのです。
主は、「多くの人々」の奉仕を用いられ、神の業が前進したのです。


『イエス様が選ばれた道』
【マタイ26:63 しかし、イエスは黙っておられた。それで、大祭司はイエスに言った。「私は、生ける神によって、あなたに命じます。あなたは神の子キリストなのか、どうか。その答えを言いなさい。」26:64 イエスは彼に言われた。「あなたの言うとおりです。・・・」】

①イエス様は、不当な裁判を受け、
「神の子キリストか」と問われた時、
「あなたの言う通りです」と答えられました。

②イエス様は、「ご自分が行く道」を「覚悟されていた」のです。
それがどれほどつらい道であったとしても
「受け入れて」すべきことをしていかれたのです。

イエス様の決断を感謝しましょう。
そのことによって私たちに「救いの道」が与えられたのですから。

③またイエス様を模範としていきましょう。
ある状況下では「私たちも覚悟」しなければならない時があるのですから。YccFuji






20170209
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# by Happiness-eachday | 2017-02-09 01:23 | 2017年 | Trackback

2月8日出エジプト記34-35章 マタイ26:31-56

懸賞 2017年 02月 08日 懸賞

『憐れみ深い神』
【出エジプト34:1 【主】はモーセに仰せられた。「前のと同じような二枚の石の板を、切り取れ。わたしは、あなたが砕いたこの前の石の板にあったあのことばを、その石の板の上に書きしるそう。34:2 朝までに準備をし、朝シナイ山に登って、その山の頂でわたしの前に立て。・・・
34:6 【主】は彼の前を通り過ぎるとき、宣言された。「【主】、【主】は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富み、34:7 恵みを千代も保ち、咎とそむきと罪を赦す者、罰すべき者は必ず罰して報いる者。父の咎は子に、子の子に、三代に、四代に。」】

①民が偶像である金の子牛を礼拝したことによって、
モーセは怒り、「十戒の石板」を壊してしまいました。

しかし主は「もう一度」石板を与えると約束して下さったのです。

②主は「回復の神」です。
大きな失敗を犯したとしても
「憐れみ深さ」は変わることがないのです。
どれほどひどい罪を犯したとしても、
主を求め、へりくだって主に近づく者を、
もう一度立ち上がらせて下さる神なのです。

そのことを深く受けとめましょう。
そして、モーセの様に、
主を求め「主と正しい関係」を保つことを願い続けるのです。


『イエス様のお気持ちと弟子たち』
【マタイ26:39 それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」26:40 それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「あなたがたは、そんなに、一時間でも、わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。26:41 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」】

①この個所は、イエス様の「ゲッセマネの園での祈り」です。
イエス様のお気持ちがあらわされている箇所なのです。

イエス様は「苦い杯を過ぎ去らして下さい」と父に祈られました。
しかし「父の御心通りになさってください」とも祈られたのです。

弟子たちはそのイエス様の気持ちも分からずに
「眠りこけてしまった」のです。

・・・イエス様のお気持ちを知りましょう。
そして眠りこけたとしても、
弟子たちを愛し続けたイエス様を知りましょう。

私たちは、そのような愛によって、
包まれ「生かされている」のです。YccFuji









20170208
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# by Happiness-eachday | 2017-02-08 05:10 | 2017年 | Trackback