6月22日エズラ4-6章 ルカ20:20-21:4

懸賞 2017年 06月 22日 懸賞

『神の計画は実現する』

【エズラ6:14 ユダヤ人の長老たちは、預言者ハガイとイドの子ゼカリヤの預言によって、これを建てて成功した。彼らはイスラエルの神の命令により、また、クロスと、ダリヨスと、ペルシヤの王アルタシャスタの命令によって、これを建て終えた。6:15 こうして、この宮はダリヨス王の治世の第六年、アダルの月の三日に完成した。】

①ペルシャのクロス王の神殿再建の命令があったにもかかわらず、
エルサレムでの工事は、中断してしまいました。
その地に住む「神を信じない」人々の迫害と脅迫があったからです。

②しかし時が来て、預言者の励まし(神様からの語り掛け)が与えられました。
そして、もう一度、人々は奮起して神殿再建に取り掛かったのです。
更に、王様たちの協力も受け、神殿は完成したのです。

・・・主が道を開かけても、閉ざされることがあるのです。
しかし人間はあきらめても、神様はあきらめません。
その神様の言葉を受け止めた人々によって、神殿再建が実現したのです。

・・・私たちの人生にも、同じようなことが起こります。
神の導きが消えかけたように見えても、それは消えることはなく、
「それらをあきらめない信仰者たち」によって、確実に実現していくのです。





『主が喜ばれる捧げもの』

【ルカ21:1 さてイエスが、目を上げてご覧になると、金持ちたちが献金箱に献金を投げ入れていた。
21:2また、ある貧しいやもめが、そこにレプタ銅貨二つを投げ入れているのをご覧になった。21:3 それでイエスは言われた。「わたしは真実をあなたがたに告げます。この貧しいやもめは、どの人よりもたくさん投げ入れました。」】

①イエス様は、見た目ではなく、
心の奥底、動機、たましいの状態をすべて見ておられるお方です。
ですからこのお方には、「ごまかし」は効かないのです。

②そしてイエス様は「心の奥底から感謝して捧げたもの」を
「その心と共に」受け止めて下さるお方なのです。

・・・主に祈りましょう。
主は全てを知って下さることを「受け止めて」、祈りましょう。
それが「本当の祈り(捧げもの)」なのです。

③綺麗な言葉を並べることは、人間の自己満足です。
主は、立派でない、汚い本音の自分をさらけ出し、
主に必死にすがりつくほうが、喜ばれるのです。






20170622


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# by Happiness-eachday | 2017-06-22 05:52 | 2017年 | Trackback

6月21日エズラ1-3章 ルカ20:1-19

懸賞 2017年 06月 21日 懸賞

『主の回復の時には・・・』

【エズラ1:7 クロス王は、ネブカデネザルがエルサレムから持って来て、自分の神々の宮に置いていた【主】の宮の用具を運び出した。1:8 すなわち、ペルシヤの王クロスは宝庫係ミテレダテに命じてこれを取り出し、その数を調べさせ、それをユダの君主シェシュバツァルに渡した。1:9 その数は次のとおりであった。金の皿三十、銀の皿一千、香炉二十九、1:10 金の鉢三十、二級品の銀の鉢四百十、その他の用具一千。1:11 金、銀の用具は全部で五千四百あった。捕囚の民がバビロンからエルサレムに連れて来られたとき、シェシュバツァルはこれらの物をみないっしょに携えて上った。】

①バビロン捕囚の後、70年が過ぎた時、主の回復の時が始まりました。
そして主は、ソロモンの神殿から奪われた「宮の用具」を全て返してくださったのです。

②主の回復が始まると、多くの物が元に戻ります。
そしてそれは、あり得ないこと、信じられない方法で起きるのです。

・・・主の回復を待ち望みましょう。
そして信じ続けましょう。
主の時を待ち望むことは、信仰生活にとって大切なことなのです。


『どのような動機で、質問するのか』

【ルカ20:1 イエスは宮で民衆を教え、福音を宣べ伝えておられたが、ある日、祭司長、律法学者たちが、長老たちといっしょにイエスに立ち向かって、20:2 イエスに言った。「何の権威によって、これらのことをしておられるのですか。あなたにその権威を授けたのはだれですか。それを言ってください。」20:3 そこで答えて言われた。「わたしも一言尋ねますから、それに答えなさい。・・・」】

①イエス様に反対する宗教指導者たちが、イエス様の権威の根拠について問いただしました。
なぜなら、権威をもって行動するイエス様の働きを止め、
妨害しようとしていたからです。

しかしイエス様は質問に、質問で返しました。
その結果、彼らは質問ができなくなったのです。

・・・主を求めるための「質問」ならば、主は喜んで答えて下さいます。
しかし主を試すための質問は、主は主の方法で退けます。
私たちの動機が問われるのです。

主に対し、純粋な動機で「求め」ましょう。
主に「反逆」し、「批判の心」で出すすべてのものは、「閉ざされていく」のです。






20170621


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# by Happiness-eachday | 2017-06-21 05:19 | 2017年 | Trackback

6月20日2歴代35-36章 ルカ19:28-48

懸賞 2017年 06月 20日 懸賞

『苦しみには終わりがくる』

【Ⅱ歴代36:20 彼は、剣をのがれた残りの者たちをバビロンへ捕らえ移した。こうして、彼らは、ペルシヤ王国が支配権を握るまで、彼とその子たちの奴隷となった。36:21 これは、エレミヤにより告げられた【主】のことばが成就して、この地が安息を取り戻すためであった。この荒れ果てた時代を通じて、この地は七十年が満ちるまで安息を得た。36:22 ペルシヤの王クロスの第一年に、エレミヤにより告げられた【主】のことばを実現するために、【主】はペルシヤの王クロスの霊を奮い立たせたので・・・】

①罪のために、エルサレムは陥落し、人々はバビロンに連れていかれました。(バビロン捕囚)
しかしこの苦しみも、永遠には続かなかったのです。

エレミヤの預言の通り、70年後、ペルシャのクロス王によって、イスラエルは解放されました。

・・・何かの原因で苦しみを経験することはあるでしょう、
しかしその苦しみにも「終わりの時」が来るのです。
それまで忠実に過ごすならば、主はその心を見ておられ、喜ばれるのです。

・・・苦しみの中こそ、「主の御心」を考え、行動しましょう。
楽な環境でも、親のために子が努力したならば、親は忘れないように、
苦しみの中での努力は、なおのこと忘れないのです。

それが「父なる神の心」なのです。


『小さなロバのように用いられる』

【ルカ19:32 使いに出されたふたりが行って見ると、イエスが話されたとおりであった。19:33 彼らがろばの子をほどいていると、その持ち主が、「なぜ、このろばの子をほどくのか」と彼らに言った。19:34 弟子たちは、「主がお入用なのです」と言った。19:35 そしてふたりは、それをイエスのもとに連れて来た。そして、そのろばの子の上に自分たちの上着を敷いて、イエスをお乗せした。・・・】

①イエス様は、十字架にかかる直前の日曜日に、
小さな子ロバにのって、エルサレムに入場しました。
これは預言の成就でした。
この子ロバは、特別なことのために用いられたのです。

・・・私たちも「小さなロバ」のように主に用いられることを求めましょう。
主は「仕えたい」願うものを、
特別な時(最もふさわしい時)に、用いて下さるのです。

私たちには、準備ができていなかったり、理解ができない時もありますが、
(準備ができている者は、幸いです)
「主が導いて下さる」ならば、「最善のこと」が起きるのです。





20170620



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# by Happiness-eachday | 2017-06-20 05:35 | 2017年 | Trackback

6月19日2歴代33-34章 ルカ19:1-27

懸賞 2017年 06月 19日 懸賞

『悔い改める時に、素直に悔い改める恵み』

【Ⅱ歴代34:18 ついで、書記シャファンは王に告げて、言った。「祭司ヒルキヤが私に一つの書物を渡してくれました。」そして、シャファンは王の前でそれを朗読した。34:19 王は律法のことばを聞いたとき、自分の衣を裂いた。・・・
34:32 彼はエルサレムとベニヤミンにいるすべての者を堅く立たせた。エルサレムの住民は、その父祖の神である神の契約に従って行動した。34:33 ヨシヤはイスラエル人の全地から、忌みきらうべきものを除き去り、イスラエルにいるすべての者を、その神、【主】に仕えさせた。彼の生きている間、彼らはその父祖の神、【主】に従う道からはずれなかった。】

①ヨシヤ王は、8歳で王になり、16歳からダビデの神に求め始めた、純粋な王でした。

25歳の頃、神殿で「モーセの律法の書」が発見されました。
彼はその律法の言葉を知り、
自分たちが神様の願っていない状態であったことに気がついて、深く悔い改めました。
そして主の願いを益々し続けたのです。

③気がついた時に「悔い改めること」が、自然な悔い改めです。
反対に、悔い改める時に「頑なになること」は、「避けなければならない」のです。

・・・主の言葉を求めましょう。
聖霊によって示された「自分と自分たちの罪」を「素直に悔い改め」ましょう。
主は、悔い改めるものを赦し、癒し、特別な方法で、導かれるのです。
それが信仰者の受ける恵みなのです。




『与えられてものを活用する人の、恵み』

【ルカ19:24 そして、そばに立っていた者たちに言った。『その一ミナを彼から取り上げて、十ミナ持っている人にやりなさい。』19:25 すると彼らは、『ご主人さま。その人は十ミナも持っています』と言った。19:26 彼は言った。『あなたがたに言うが、だれでも持っている者は、さらに与えられ、持たない者からは、持っている物までも取り上げられるのです。』】

①イエス様は、ミナの例えで、持っている者はさらに与えられ、
持っていない者は持っている物までも取り上げられる、と言われました。

②持っている者は、益々与えられるのです。
主人から預かったものを「上手に活用している者」は、益々託されるのです。

・・・あなたは自分が与えられているものを、活用していますか。
主は良い神、努力する人を見て下さるお方です。
恐ろしい神ではないのです。

ですから、失敗を恐れることなく「主から頂いたもの」を用いで、
神様に喜ばれるように「活用して」いきましょう。

あなたが活用すればするほど、
主はあなたに多くの物を任せて下さるのです。




20170619


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# by Happiness-eachday | 2017-06-19 05:23 | 2017年 | Trackback

6月18日2歴代31-32章 ルカ18:15-43

懸賞 2017年 06月 18日 懸賞

『気がついた時に、すぐにへりくだる大切さ』

【Ⅱ歴代32:24 そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかったが、彼が【主】に祈ったとき、主は彼に答え、しるしを与えられた。32:25 ところが、ヒゼキヤは、自分に与えられた恵みにしたがって報いようとせず、かえってその心を高ぶらせた。そこで、彼の上に、また、ユダとエルサレムの上に御怒りが下った。32:26 しかしヒゼキヤが、その心の高ぶりを捨ててへりくだり、彼およびエルサレムの住民もそうしたので、【主】の怒りは、ヒゼキヤの時代には彼らの上に臨まなかった。】

①今日の個所にも、信仰者が陥る高慢(隠れた高慢)が描かれています。
主に助けを求め、主からの大いなる助けを頂いたヒゼキヤも晩年、
高慢になり、御怒りを受けたことが描かれているのです。

②しかしヒゼキヤは、すぐに悔い改め、へりくだりました。
その影響が、エルサレムの住民にも広まったのです。
そして、憐み深い主は、裁きを過ぎ越して下さったのです。

・・・ヒセキヤほどの信仰者でも「隠れた高慢」を持っているならば、
一般人である我々は、なおさら注意しなければならないのではないでしょうか。
そしてヒゼキヤのように、気がついた時には、
すぐにへりくだることが、大切な「主への礼儀」なのです。




『求めるチャンスを、見過ごさない』

【ルカ18:37 ナザレのイエスがお通りになるのだ、と知らせると、18:38 彼は大声で、「ダビデの子のイエスさま。私をあわれんでください」と言った。18:39 彼を黙らせようとして、先頭にいた人々がたしなめたが、盲人は、ますます「ダビデの子よ。私をあわれんでください」と叫び立てた。18:40 イエスは立ち止まって、彼をそばに連れて来るように言いつけられた。18:41 彼が近寄って来たので、「わたしに何をしてほしいのか」と尋ねられると、彼は、「主よ。目が見えるようになることです」と言った。18:42 イエスが彼に、「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを直したのです」と言われると、18:43 彼はたちどころに目が見えるようになり、神をあがめながらイエスについて行った。】

①この男性は、イエス様に癒して頂こうと
「恥も外聞もなく」叫び求めました。
自分の努力では、不可能な癒しを、
イエス様はできると信じていたからです。

②ですから、プライドも体裁もすべて投げ捨てて、
叫び続け、求め続けたのです。

・・・私たちは「不足の時」にこのような切羽詰まった祈りができるのです。
この時「恥かしい」と考えることは「悲しいこと」です。

この瞬間に求めれば「与えられるチャンス」を見過ごすことは、
あまりにもったいなく、愚かなのではないでしょうか。





20170618


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# by Happiness-eachday | 2017-06-18 00:22 | Trackback

6月17日2歴代29-30章 ルカ17:20-18:14

懸賞 2017年 06月 17日 懸賞

『主に従う素晴らしさ』

【Ⅱ歴代30:8 今、あなたがたは、自分の父たちのようにうなじのこわい者であってはなりません。【主】に服従しなさい。【主】がとこしえに聖別された聖所に入り、あなたがたの神、【主】に仕えなさい。そうすれば、主の燃える怒りがあなたがたから離れるでしょう。30:9 あなたがたが【主】に立ち返るなら、あなたがたの兄弟や子たちは、彼らをとりこにした人々のあわれみを受け、この地に帰って来るでしょう。あなたがたの神、【主】は、情け深く、あわれみ深い方であり、もし、あなたがたが主に立ち返るなら、あなたがたから御顔をそむけるようなことは決してなさいません。」】

①ヒゼキヤ王は、主を愛し主に仕えた王でした。
神殿を聖別し、過ぎ越しの祭りを祝い、いけにえを捧げ、主をほめたたえたのです。

②ヒセキヤの呼びかけに対して、従った者たちも多くいましたが、
あざける者たち(30:10)もいたのです。

・・・私たちはどちら側でしょうか。
主に従うことは、あなたにとって「喜び」ですか。
それとも「仕方なくすること」でしょうか。
または「意味がない。あざけりの対象」でしょうか。

・・・主に喜んで従いましょう。
聖書は「それが一番素晴らしい応答」と書き記しているのです。





『神の国は私たちの内側にある』

【ルカ17:20 さて、神の国はいつ来るのか、とパリサイ人たちに尋ねられたとき、イエスは答えて言われた。「神の国は、人の目で認められるようにして来るものではありません。17:21 『そら、ここにある』とか、『あそこにある』とか言えるようなものではありません。いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。」】

①イエス様は、現在の神の国は「霊的な国」であって、物質的でも政治的でもないと言われました。
神の国は、内側に住んでくださる「聖霊の力」によって、
もうすでに「私たちの内側」に存在しているのです。そ

して、私たちが「内側から変えて頂くこと」によって「広げられていく」のです。

・・・あなたの心には「聖霊による平安」はありますか。
その「領域が広がること」が神の願いであり、
あなたが聖霊によって「聖められる中」で、
多くの「平安と神の国の力」を「体験していく」のです。





20170617






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# by Happiness-eachday | 2017-06-17 05:49 | 2017年 | Trackback

6月16日2歴代26-28章 ルカ17:1-19

懸賞 2017年 06月 16日 懸賞

『心の奥に眠っている、欲望(高慢)に気をつける』

【Ⅱ歴代26:3 ウジヤは十六歳で王となり、エルサレムで五十二年間、王であった。彼の母の名はエコルヤといい、エルサレムの出であった。26:4 彼はすべて父アマツヤが行ったとおりに、【主】の目にかなうことを行った。26:5 彼は神を認めることを教えたゼカリヤの存命中は、神を求めた。彼が【主】を求めていた間、神は彼を栄えさせた。・・・
26:16 しかし、彼が強くなると、彼の心は高ぶり、ついに身に滅びを招いた。彼は彼の神、【主】に対して不信の罪を犯した。彼は香の壇の上で香をたこうとして【主】の神殿に入った。】

①ウジヤ王も、「信仰深い時期」を過ごしながらも、「最後は高慢」になった王でした。

②彼は、信仰のアドバイザーが居なくなり、
自分の力が強くなると、
高慢になり、主の願いよりも自分の欲望を優先するようになったのです。

③多くの信仰者が崩れる時は、自分が強くなった時です。
弱い時には「主にすがるしかない」ので、信仰的な行動を取りますが、
心の奥には「自分の欲望を満たしたい」という願いが隠れているのです。

そして強くなった時に、
心の奥に眠っていた「欲望」が動き出し、高慢な態度を取るのです。

・・・弱い時に主にすがることは良いことですが、
強くなった後も「主を第一」にしていきましょう。

隠れた欲望は、(苦しみの中で)早めに対処し、
悔い改めて、聖めを頂くのです。




『謙遜な心は、安全のため不可欠』

【ルカ17:7 ところで、あなたがたのだれかに、耕作か羊飼いをするしもべがいるとして、そのしもべが野らから帰って来たとき、『さあ、さあ、ここに来て、食事をしなさい』としもべに言うでしょうか。17:8 かえって、『私の食事の用意をし、帯を締めて私の食事が済むまで給仕しなさい。あとで、自分の食事をしなさい』と言わないでしょうか。17:9 しもべが言いつけられたことをしたからといって、そのしもべに感謝するでしょうか。17:10 あなたがたもそのとおりです。自分に言いつけられたことをみな、してしまったら、『私たちは役に立たないしもべです。なすべきことをしただけです』と言いなさい。」】

①「私たち人間」は「創造主」の前では、
「小さなもの」で取るに足りないものです。
そして主より、使命と能力が与えられているだけなのです。

ですから主の前では「役に立たないしもべです」「言いつけられたことをしているだけです」という
「謙遜な態度」が相応しいのです。

②もしこの時、「そんなことはない」「自分はそれなりの偉大なものだ」と考える心があったら
「気をつけなければなりません」。
あなたは「高慢の芽」を持っているかもしれないのです。






20170616


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# by Happiness-eachday | 2017-06-16 05:30 | 2017年 | Trackback