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5月31日1歴代5-6章 ルカ9:18-36

懸賞 2017年 05月 31日 懸賞

『賛美と礼拝』

【Ⅰ歴代 6:31 箱が安置所に納められて後、ダビデが【主】の宮の歌をつかさどらせるために立てた人々は次のとおりである。6:32 彼らはソロモンがエルサレムに【主】の宮を建てるまでは、会見の天幕である幕屋の前で、歌をもって仕え、おのおのその定めに従って、奉仕を担当した。】

①音楽をもって主を礼拝することは、主に仕えることであり(エペソ5:19)、
主が大変喜ばれることです。

歌うことによって、私たちは「神への献身」を表現し、
信仰と愛をもって自分を捧げることができるのです。

②また楽器を弾くことも、神に栄光を捧げることになります(詩編33:2)。
主は賛美の中に住まわれるお方です。
祈る時も、賛美しつつ祈ってみましょう。
さらに深い祈りに導かれることも多くあるのです。




『イエス様を信じ、イエス様についていく道』

【ルカ9:20 イエスは、彼らに言われた。「では、あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」ペテロが答えて言った。「神のキリストです。」9:21 するとイエスは、このことをだれにも話さないようにと、彼らを戒めて命じられた。9:22 そして言われた。「人の子は、必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、そして三日目によみがえらねばならないのです。」9:23 イエスは、みなの者に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。9:24 自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。」】

①イエス様は、「神のキリスト」を答えたペテロと仲間たちに「ご自分の使命」を語られました。
そしてイエス様についていく「心構え」を語られたのです。

②イエス様についていくことは、「楽しいだけ」ではありません。
自分の肉(罪の思い)と戦い、
「自分の欲」を「捨て続けるような決断」をすることがあるのです。

しかしそれを乗り越えた者には、「大きな満足」が得られます。

・・・天国に行った時、「後悔しない生き方」をし続けましょう。
人生は一度だけ、そして主は隠れたところも正しい評価をして下さるお方です。
ですから「ベストを尽くし」て進みたいのです。







20170531


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by Happiness-eachday | 2017-05-31 05:06 | 2017年 | Trackback

5月30日1歴代3-4章 ルカ9:1-17

懸賞 2017年 05月 30日 懸賞

『効果的な祈り』

【Ⅰ歴代4:9 ヤベツは彼の兄弟たちよりも重んじられた。彼の母は、「私が悲しみのうちにこの子を産んだから」と言って、彼にヤベツという名をつけた。4:10 ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた。】

①ユダの子孫、ヤベツは、ヤベツ(悲しみ)を言う名をつけられましたが、
効果的な祈りをし、祝福され、大きく用いられた人物でした。

②彼は、「イスラエルの神」に頼り、
「大いに祝福してください」と祈り、叶えられたのです。

本人の背景が、どれほど悲惨でも
「主により頼む者」は、人生が「祝福される」のです。
また「災いから遠ざけて欲しい」という祈りも「聞かれた」のです。

・・・「単純な祈り」が大切です。
しかしそれが叶えられるかどうかは、
どれだけ「本気で信じて祈るか」にかかっているのです。




『イエス様と共に歩む中で起こる、奇跡』

【ルカ9:16 するとイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて、それらを祝福して裂き、群衆に配るように弟子たちに与えられた。9:17 人々はみな、食べて満腹した。そして、余ったパン切れを取り集めると、十二かごあった。】

①イエス様は、イエス様についてきた群衆を見て、
弟子たちに「あなたがたで何か食べるものを与えなさい」と指示されました。

②そしてイエス様は、弟子たちの「持っていた食物」で、
5000人以上の人を、満足させ、余るまで、食べさせたのです。

・・・イエス様と共に歩むと、「このようなこと」が起こるのです。
人間的な計算では起こり得ないことが起きるのです。

私たちも日々、「イエス様と共に」生活しましょう。
それはイエス様のことを考え、
イエス様が一緒にいることを「いつも覚えること」から始まります。

イエス様が一緒にいて下さることは、「聖書の確実な約束」です(マタイ28:20)。
あなたもこの「信仰のチャレンジ」を受けとめてみましょう。







20170530


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by Happiness-eachday | 2017-05-30 20:58 | 2017年 | Trackback

5月29日1歴代1-2章 ルカ8:40-56

懸賞 2017年 05月 29日 懸賞

『一人の信仰の影響』

【Ⅰ歴代 2:12 ボアズはオベデを生み、オベデはエッサイを生んだ。2:13 エッサイは、長子エリアブ、次男アビナダブ、三男シムア、2:14 四男ネタヌエル、五男ラダイ、2:15 六男オツェム、七男ダビデを生んだ。・・・】

①歴代誌は、バビロン捕囚後のユダヤ人が、
自分たちの民族の拠り所を明確にするために、書かれた書物です。

そのため系図は、アダムから始まり、
捕囚後の王の系図(3章)まで書かれているのです。

②今朝の個所は、ルツと結婚したボアズの子孫が、
ダビデ王であることが記されている個所です。

ナオミの悲劇、モアブ人ルツの信仰を用いて(ルツ記)、
オベデが産まれ、その孫としてダビデが産まれたのです。

③私たちの信仰は、自分世代だけで終わるものではありません。
その信仰の遺産が、子々孫々に伝わるのです。

・・・信仰は「自分の世代だけ」で終わるものではないことを覚えましょう。
あなたの「今の信仰の努力」(チャレンジ)が、
たくさんの子孫に良い影響を与えるのです。




『求める信仰』

【ルカ8:43 ときに、十二年の間長血をわずらった女がいた。だれにも直してもらえなかったこの女は、
8:44イエスのうしろに近寄って、イエスの着物のふさにさわった。すると、たちどころに出血が止まった。 8:45 イエスは、「わたしにさわったのは、だれですか」と言われた。みな自分ではないと言ったので、ペテロは、「先生。この大ぜいの人が、ひしめき合って押しているのです」と言った。・・・
8:47 女は、隠しきれないと知って、震えながら進み出て、御前にひれ伏し、すべての民の前で、イエスにさわったわけと、たちどころにいやされた次第とを話した。8:48 そこで、イエスは彼女に言われた。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して行きなさい。」】

12年間、婦人病で苦しんでいたこの女性は、
「イエス様なら直して下さる」という信仰を持っていました。
そして多くの群衆をかき分け、忙しくしているイエス様に「触った」のです。

すると立ちどころに「癒された」のです。

②イエス様は、「あなたの信仰によってあなたは癒された」と、
この女性を評価されてのです。

・・・どれほど忙しかったとしても、
イエス様は「切に求める信仰」を見捨てることはないのです。

ですから私たちは配慮しつつも、
積極的に「主に求めて良い」のです。

主は求める信仰を「喜んで」下さいます。





20170529




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by Happiness-eachday | 2017-05-29 04:32 | 2017年 | Trackback

5月28日2列王23-25章 ルカ8:22-39

懸賞 2017年 05月 28日 懸賞

『裁きと回復の神』

【Ⅱ列王主】の命令によることであって、それは、マナセが犯したすべての罪のためであり、24:4 また、マナセが流した罪のない者の血のためであった。マナセはエルサレムを罪のない者の血で満たした。そのため【主】はその罪を赦そうとはされなかった。】

①ヒゼキヤ王という偉大な善王の子どもが、マナセでした。
しかし彼は主の前にひどい罪を犯し、その後の善王ヨシヤ王の努力もむなしく、
南ユダは滅亡の道に進んで行ったのです。

②一人の人物の罪が、後の歴史に悪い影響を与える悪例が、ここに書かれています。

③しかし主は、裁きのままにはさせませんでした。
25章には、バビロン捕囚の中でも、「エホヤキン王が好待遇」を受けました。

また、後にクロス王によって、
エレミヤの預言通り、捕囚からの解放、
エルサレム神殿再建に向かうのです。

④主は、罪に対しては、「しっかりと対処」されますが、
その後には「回復の業」を進められるのです。

・・・主を正しく理解しましょう。
「罪」に気がついたならば、すぐに「悔い改め」をすべきですが、
「赦しの神」であり、「回復の神」であることを忘れてはいけないのです。





『主に従う、色々な方法』

【ルカ8:38 そのとき、悪霊を追い出された人が、お供をしたいとしきりに願ったが、イエスはこう言って彼を帰された。8:39 「家に帰って、神があなたにどんなに大きなことをしてくださったかを、話して聞かせなさい。」そこで彼は出て行って、イエスが自分にどんなに大きなことをしてくださったかを、町中に言い広めた。】

①イエス様は、舟にのり、悪霊につかれた人を癒すために、湖の向こう岸に渡られました。

②イエス様が悪霊に命じると、
レギオンと言われる無数の悪霊たちは、ブタの中に入り、ブタがおぼれ死んだのです。

イエス様は、そのような霊的権威をもっておられるお方なのです。

③解放された男性は、イエス様についていきたいと申し出ましたが、
「まず家に帰って頂いて恵みを証するように」とイエス様は語られたのです。

・・・イエス様は、イエス様についていくためにいろいろな方法があることを教えて下さいます。
この時は、「家で証しをすること」が、
「イエス様の願い」だったのです。

私たちは「自分のしたいこと」を一番に主張しますが、
「イエス様の願い」を受け止めることを重視していきたいのです。

この男性の証で、イエス様の素晴らしさが町中に広められました。
これは彼が考えていた「自分の計画」よりも「良い結果」となったのです。








20170528


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by Happiness-eachday | 2017-05-28 05:33 | 2017年 | Trackback

5月27日2列王20-22章 ルカ8:1-21

懸賞 2017年 05月 27日 懸賞

『願いを聞かれる神』

【Ⅱ列王20:3 「ああ、【主】よ。どうか思い出してください。私が、まことを尽くし、全き心をもって、あなたの御前に歩み、あなたがよいと見られることを行ってきたことを。」こうして、ヒゼキヤは大声で泣いた。20:4 イザヤがまだ中庭を出ないうちに、次のような【主】のことばが彼にあった。20:5 「引き返して、わたしの民の君主ヒゼキヤに告げよ。あなたの父ダビデの神、【主】は、こう仰せられる。『わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。見よ。わたしはあなたをいやす。三日目には、あなたは【主】の宮に上る。・・・』」】

①預言者イザヤは、善王、ヒゼキヤ王に
「あなたはこの病気で死ぬ」と主の言葉を伝えました。

②ヒゼキヤはそれを聞き、泣きながら主に、
「自分が今まで主の為にしてきたこと」を訴えました。

③すると主はわざわざ、イザヤに「引き返せ」と命じ、
「新しい主の語り掛け」(癒しの約束:寿命の15年延長)を語らせたのです。

④主は「私たちのことを愛して」おられ、「私たちの祈りを聞かれるお方」です。
「主の御心は広い」のです。
「私たちの切なる願い」に応じて、主は「御手を動かされる」のです。

・・・私たちが信じているお方は「このようなお方」だと知りましょう。
それを踏まえ、祈りましょう。
主は「わがままをきかれる神」ではありませんが、
「私たちの願いを聞かれる神」なのです。




『世で輝く人』

【ルカ8:16 あかりをつけてから、それを器で隠したり、寝台の下に置いたりする者はありません。燭台の上に置きます。入って来る人々に、その光が見えるためです。8:17 隠れているもので、あらわにならぬものはなく、秘密にされているもので、知られず、また現れないものはありません。8:18 だから、聞き方に注意しなさい。というのは、持っている人は、さらに与えられ、持たない人は、持っていると思っているものまでも取り上げられるからです。」】

①イエス様は、「隠れているものであらわにならぬものはない」とおっしゃいました。
私たちは、表や人に見える部分に気を使い取り繕いますが、
実は「見えない部分」に気を使う方が、何倍も大切なのです。

1ペテロ2章には「ごまかしや悪口を捨てて、純粋な御言葉を求めるように(2:1-2)」
と書かれています。

「自分の心」に気を使うには、「み言葉の力に頼る」以外にはありません。

・・・「あなたの心」に気を使いましょう。
ごまかしたり正当化することは、神様の前では「意味がありません」。
正直に告白し、「聖めて頂く」しかないのです。

そうすれば、主の手によって
「世の光」として
「目に見える表の世界」で輝かされるのです。

これはただ「主の御手」によることです。






20170527


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by Happiness-eachday | 2017-05-27 05:29 | 2017年 | Trackback

5月26日2列王18-19章 ルカ7:36-50

懸賞 2017年 05月 26日 懸賞

『具体的な祈りと具体的な助け』

【Ⅱ列王19:14 ヒゼキヤは、使者の手からその手紙を受け取り、それを読み、【主】の宮に上って行って、それを【主】の前に広げた。19:15 ヒゼキヤは【主】の前で祈って言った。「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、【主】よ。ただ、あなただけが、地のすべての王国の神です。あなたが天と地を造られました。19:16 【主】よ。御耳を傾けて聞いてください。【主】よ。御目を開いてご覧ください。生ける神をそしるために言ってよこしたセナケリブのことばを聞いてください。
19:17 【主】よ。アッシリヤの王たちが、国々と、その国土とを廃墟としたのは事実です。19:18 彼らはその神々を火に投げ込みました。それらは神ではなく、人の手の細工、木や石にすぎなかったので、滅ぼすことができたのです。19:19 私たちの神、【主】よ。どうか今、私たちを彼の手から救ってください。そうすれば、地のすべての王国は、【主】よ、あなただけが神であることを知りましょう。」】

①南ユダのヒゼキヤ王は、主を愛し、主を一番とした良い王でしたが、
アッシリヤの圧迫を受けました。

現実的には、アッシリヤにより、隣の北イスラエルの首都サマリヤが陥落し(18:10)、
ヒゼキヤ王は、アッシリアから脅迫を受け、莫大な金銀を献上させられたのです。
それでもヒゼキヤ王に対する圧迫は止みませんでした。

②ヒゼキヤの祈りは「現実を踏まえたもの」でした。
夢や理想だけを語った一方的な祈りではありませんでした。
極めて現実的な、具体的な祈りだったのです。

主は全能者です。主が働いて下されば、「具体的な解決の道」が与えられます。
19:35-37

信仰とは具体的なものです。
ですから私たちは、その主を信じて「具体的な祈り」「具体的な行動」をしていくのです。
「こうあったら良い(空想や願望)」だけの信仰は、修正されるのです。
空想にとどまるだけでは「信仰とは言えない」のです。





『主を心から愛する人』

【ルカ7:40 するとイエスは、彼に向かって、「シモン。あなたに言いたいことがあります」と言われた。シモンは、「先生。お話しください」と言った。7:41 「ある金貸しから、ふたりの者が金を借りていた。ひとりは五百デナリ、ほかのひとりは五十デナリ借りていた。7:42 彼らは返すことができなかったので、金貸しはふたりとも赦してやった。では、ふたりのうちどちらがよけいに金貸しを愛するようになるでしょうか。」・・・】

①イエス様は、「パリサイ人シモン」が「罪深い女」を裁いている様子を見て、
「多く赦された者が、多く愛するようになる」という真理を語られました。

シモンは地位があり、自分に対するプライド(自尊心)が多くありました。
しかしこの女性は「ただへりくだって主を崇めるだけ」だったのです。
(自分の罪深さを知り、主にすがり、主に感謝をささげたのです)

②あなたは、どちらの立場ですか。
私たちは、「信仰生活が長くなればなるほど」、
自分が「女性のような立場」だと気がつくのです。

・・・「自分の罪を知り」「多く赦されたことを知る」人は幸いです。
その人は、主を「心から愛する」ようになるのです。






20170526


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by Happiness-eachday | 2017-05-26 05:06 | 2017年 | Trackback

5月25日2列王記16-17章 ルカ7:1-35

懸賞 2017年 05月 25日 懸賞

『主の裁きが遅くなる意味』

【Ⅱ列王17:12 【主】が彼らに、「このようなことをしてはならない」と命じておられたのに、彼らは偶像に仕えたのである。17:13 【主】はすべての預言者とすべての先見者を通して、イスラエルとユダとに次のように警告して仰せられた。「あなたがたは悪の道から立ち返れ。わたしがあなたがたの先祖たちに命じ、また、わたしのしもべである預言者たちを通して、あなたがたに伝えた律法全体に従って、わたしの命令とおきてとを守れ。」17:14 しかし、彼らはこれを聞き入れず、彼らの神、【主】を信じなかった彼らの先祖たちよりも、うなじのこわい者となった。】

①北イスラエルは、アッシリヤによって滅ぼされました。その理由がここに書かれています。

②主は前もって、イスラエルに「してはいけないこと」を語られていました。
北イスラルは、その命令に「反逆」し続けたのです。

③罪を犯し続けても、すぐに「裁きはおこらない」かもしれません。
しかし、主が禁止することをすれば、必ず最後には「悪の報いを受ける」のです。

・・・主の裁きを「軽く考えては」いけません。
主は「聖なるお方」ですから、「汚れたこと」を見過ごすことはないのです。(絶対にです)

裁きがすぐに起こらないのは、「主にお考え」があるからです。
主は、愛の故に「手を下すことを送らせているだけ」なのです。

遅いからと言って「裁きがない」と考えることは、愚かなことだと知りましょう。
主の背後のお気持ちを知ったならば、
早めに悔い改めることが「御心」であり、「自然なこと」なのです。




『イエス様が、評価された信仰』

【ルカ7:6百人隊長は友人たちを使いに出して、イエスに伝えた。「主よ。わざわざおいでくださいませんように。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。7:7 ですから、私のほうから伺うことさえ失礼と存じました。ただ、おことばをいただかせてください。そうすれば、私のしもべは必ずいやされます。7:8 と申しますのは、私も権威の下にある者ですが、私の下にも兵士たちがいまして、そのひとりに『行け』と言えば行きますし、別の者に『来い』と言えば来ます。また、しもべに『これをせよ』と言えば、そのとおりにいたします。」7:9 これを聞いて、イエスは驚かれ、ついて来ていた群衆のほうに向いて言われた。「あなたがたに言いますが、このようなりっぱな信仰は、イスラエルの中にも見たことがありません。」】

①イエス様は、異邦人である「百人隊長の信仰」を高く評価されました。
彼は、「イエス様の言葉の力」を信じ、「言葉を発して頂くこと」を願ったのです。
(「屋根の下に入れる資格がない」とは、彼の謙遜な信仰を表しています。)

②私たちは、「イエス様の言葉」を「このように信じている」でしょうか。
もしそのように信じているならば、本気で「お言葉を語られること」を願うのです。

・・・「主の言葉」を願いましょう。
あなたの生活の中に与えられる「上よりの言葉」を「求め」「受け取り」ましょう。

解決が「そこにしかない」とするならば、
他の力を求める以上に、「主を求める」筈です。

あなたは本当に求めていますか。
あなたが本気で求めているならば、
主はあなたに対しても「立派な信仰だ」と、言って下さるのです。

ただし「主を求める」のであって、
自分の欲望を「主に重ね合わせて」は、いけないのです。






20170525


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by Happiness-eachday | 2017-05-25 05:01 | 2017年 | Trackback

5月24日2列王記13-15章 ルカ6:17-49

懸賞 2017年 05月 24日 懸賞

『主への情熱とその行動』

【Ⅱ列王13:18 ついでエリシャは、「矢を取りなさい」と言った。彼が取ると、エリシャはイスラエルの王に、「それで地面を打ちなさい」と言った。すると彼は三回打ったが、それでやめた。13:19 神の人は彼に向かい怒って言った。「あなたは、五回、六回、打つべきだった。そうすれば、あなたはアラムを打って、絶ち滅ぼしたことだろう。しかし、今は三度だけアラムを打つことになろう。」13:20 こうして、エリシャは死んで葬られた。】

①エリシャの死の直前、アラムの圧迫に悩んでいたヨアシュ王は、
エリシャのところに助けを求めに来ました。

エリシャは、ヨアシュ王に弓を取るように命じ、
手を添えて、弓を射させました。
その時こう言ったのです「【主】の勝利の矢。アラムに対する勝利の矢。あなたはアフェクでアラムを打ち、これを絶ち滅ぼす。」

②そして次に、「自分で矢を射なさい」と命じたのです。

③ヨアシュは、アラムを打ち破る「情熱も信仰も」足りませんでした。
ですから「3度しか」矢を射ようとしなかったのです。

・・・ヨアシュがもっと「主への情熱や献身」を持っていたならば、
「何度でも」弓を射たことでしょう。

主の働きをするには「自分の動機」では限界があります。
しかし「主のため」「主の願いのため」という情熱を持つ人は、「限界がない」のです。

・・・あなたは「主への情熱」を持っていますか。
「どれくらい」情熱を持っていますか。
自分の「主への愛」を計ってみましょう。

あなたなら「何度弓を射た」でしょうか?





『敵を愛することはできるのか?』

【ルカ6:27 しかし、いま聞いているあなたがたに、わたしはこう言います。あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行いなさい。6:28 あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。・・・
6:35 ただ、自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの受ける報いはすばらしく、あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。6:36 あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。】

①イエス様は、弟子たちに(20節)、「敵を愛すること」を命じました。
これは人間的には「不可能なこと」です。

しかしイエス様は「天の父が憐み深い」ように「あなたがたも憐み深く」なりなさい、
と命じられたのです。

②つまりこのことは「天の父が憐み深いこと」を
「本当に知った者」だけが到達できること(心と行動)なのです。

③天の父の憐みを知るためには、
第一に「自分が赦されていること」に気がつくこと(知ること)です。
そして第二に「憐み深い主」と祈りの中で交わり「父の気持ちを自分のことのように」感じることです(父との交わり)。

・・・そうすれば「父の願い」が分かる分だけ、私たちは「人を愛せる」のです。

自分の動機や感情ではすぐに限界が来てしまいます。
「主への愛情」だけが、その限界を「超えることができる」のです。







20170524


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by Happiness-eachday | 2017-05-24 05:09 | 2017年 | Trackback

5月23日2列王10-12章 ルカ6:1-16

懸賞 2017年 05月 23日 懸賞

『忠実な奉仕者』

【Ⅱ列王12:9 祭司エホヤダは、一つの箱を取り、そのふたに穴をあけ、それを祭壇のわき、【主】の宮の入口の右側に置いた。入口を守る祭司たちは、【主】の宮に納められる金をみな、そこに置いた。12:10 箱の中に金が多くなるのを見て、王の書記と大祭司は、上って来て、それを袋に入れ、【主】の宮に納められている金を計算した。12:11 こうして、勘定された金は、【主】の宮で工事をしている監督者たちの手に渡された。彼らはそれを【主】の宮で働く木工や建築師たち、12:12 石工や石切り工たちに支払い、また、【主】の宮の破損修理のための木材や切り石を買うために支払った。つまり、宮の修理のための出費全部のために支払った。】

①主の宮を修理するための費用は、「監督者たち」によって管理をされました。
彼らはその仕事を忠実にこなし(15節)、修理は順調に進んだのです。

主の宮の奉仕は「祭司」だけではありません。
様々な奉仕者がいて、宮が運営されるのです。
そしてそれぞれが、忠実に働くことによって、奉仕が順調に進んだのです。

・・・教会の奉仕も様々な奉仕者がいて運営されます。
それぞれが忠実に、主からの奉仕をする中で、働きが順調に進められていくのです。
主はその「奉仕の姿勢」を見て、喜んで下さるのです。




『祈って物事を決める』

【ルカ6:12 このころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈りながら夜を明かされた。6:13 夜明けになって、弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び、彼らに使徒という名をつけられた。6:14すなわち、ペテロという名をいただいたシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとバルトロマイ、6:15 マタイとトマス、アルパヨの子ヤコブと熱心党員と呼ばれるシモン、6:16 ヤコブの子ユダとイエスを裏切ったイスカリオテ・ユダである。】

①イエス様は、山に行ってよく祈られました。
特に12弟子を選ぶ時に於いて、イエス様は特別な祈りを捧げられたのです。

私たちも、いつも祈りますが、
特に大事なことを選ぶ前には、
「主との十分な交わり」を必要としています。

・・・あなたの祈りはどのような祈りですか。
大事なことの前には、「主に話しきった」という「祈りの感覚」はありますか。

祈りきった時、私たちの心は「平安」で満たされます。
平安が与えられ、主が共にいて導いて下さるという感覚を持つならば、
導かれる可能性が高くなるのです。
そして、感情や肉的なことでミスをすることが格段に減るのです。





20170523



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by Happiness-eachday | 2017-05-23 05:25 | 2017年 | Trackback

5月22日2列王8-9章 ルカ5:17-39

懸賞 2017年 05月 22日 懸賞

『預言の成就』

【Ⅱ列王9:36 帰って来て、エフーにこのことを知らせた。すると、エフーは言った。「これは、【主】がそのしもべティシュベ人エリヤによって語られたことばのとおりだ。『イズレエルの地所で犬どもがイゼベルの肉を食らい、9:37 イゼベルの死体は、イズレエルの地所で畑の上にまかれた肥やしのようになり、だれも、これがイゼベルだと言えなくなる。』」】

①Ⅰ列王記21章には、イスラエルのアハブ王が、
ナポテのぶどう畑を取り上げるため、妻イゼベルの悪い助言を受け、
ナポテを殺した記事が書かれています。

この時、主はイザヤによって、
アハブ王とイゼベルに対する預言を語らせました。

②当時は、アハブもイゼベルも権力の中枢にいて、
「圧倒的な力」を持っていました。
誰も歯向かうことができなかったのです。

しかし2列王9章では、エリヤの預言が成就し、イゼベルは殺されたのです。

・・・主の言葉には「力」があります。
それは現実に起こらないように「その時」は思えても、
時が来れば「成就する」のです。

主は正しい方です。
権力者のわがままも、隠れたところで起きている罪も
「正しく裁かれる」のです。

主の前では、「ごまかすことができない」ことを知りましょう。
そして主に喜ばれることを考えて生活しましょう。
主の「御意志」は、必ず成就するのです。





『主が評価される信仰』

【ルカ5:18 するとそこに、男たちが、中風をわずらっている人を、床のままで運んで来た。そして、何とかして家の中に運び込み、イエスの前に置こうとしていた。5:19 しかし、大ぜい人がいて、どうにも病人を運び込む方法が見つからないので、屋上に上って屋根の瓦をはがし、そこから彼の寝床を、ちょうど人々の真ん中のイエスの前に、つり降ろした。5:20 彼らの信仰を見て、イエスは「友よ。あなたの罪は赦されました」と言われた。】

①この場所で、イエス様は「友の信仰」を見られ、
「脳溢血による半身不随の男性」を癒されたのです。
これは奇跡です。

②主は、イエス様の元に運び、
人がいたため屋根をはがして男性をイエス様の前に釣り下ろした、
友人たちの信仰(願い・意志)を見て、
心を動かされたのです。

③私たちは、イエス様に「どのような気持ち」で求めているでしょうか。
あきらめたり、努力しても難しいと考えたり、途中で止めてはいませんか。

④一見非常識にも見える「友たち」の信仰を、主は用いられたのです。
非常識を勧めるのではありません。
しかしそれほどまで「求める信仰」を、主は「評価される」のです。






20170522


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by Happiness-eachday | 2017-05-22 05:10 | 2017年 | Trackback