カテゴリ:2017年( 211 )

懸賞 懸賞

7月6日ヨブ9-11章 2テサロニケ2章

懸賞 2017年 07月 06日 懸賞

『神と私たちの間に立つ、仲裁者』

【ヨブ9:32 神は私のように人間ではないから、私は「さあ、さばきの座にいっしょに行こう」と申し入れることはできない。9:33 私たちふたりの上に手を置く仲裁者が私たちの間にはいない。9:34 神がその杖を私から取り去られるように。その恐ろしさで私をおびえさせないように。9:35 そうすれば、私は語りかけ、神を恐れまい。いま私はそうではないからだ。・・・
10:6 それで、あなたは私の咎を捜し、私の罪を探られるのですか。10:7 あなたは、私に罪のないことを知っておられ、だれもあなたの手から救い出せる者はいないのに。10:8 あなたの御手は私を形造り、造られました。それなのにあなたは私を滅ぼそうとされます。10:9 思い出してください。あなたは私を粘土で造られました。あなたは、私をちりに帰そうとされるのですか。】

①ヨブは、悩みの中で、「仲裁者」が欲しいと訴えました。
自分は正しいと思っていても、自分を弁護してくれる存在がいないと訴えたのです。

②それでも、ヨブは主に訴えました。
そして主の憐みにすがったのです。
主は憐れみ深いお方であると知っていたからです。

・・・今の時代は、イエス様が聖霊を通じて、私たちの現状をとりなして下さっています。
そしてイエス様の十字架によって罪が赦され、
私たちは「罪のないもの」として天国に入れるのです。

しかしヨブのうめきは「私たちのうめき」と同じです。
私たちは、イエス様を信じたがゆえに、恵まれた立場が与えられた「だけ」なのです。





『一番安全な方法』

【Ⅱテサ2:13 しかし、あなたがたのことについては、私たちはいつでも神に感謝しなければなりません。主に愛されている兄弟たち。神は、御霊による聖めと、真理による信仰によって、あなたがたを、初めから救いにお選びになったからです。2:14 ですから神は、私たちの福音によってあなたがたを召し、私たちの主イエス・キリストの栄光を得させてくださったのです。2:15 そこで、兄弟たち。堅く立って、私たちのことば、または手紙によって教えられた言い伝えを守りなさい。】

①パウロは、み言葉を守り、み言葉の言われるように生きることを命じました。
それが一番安全なことだからです。

不法の人が今の時代も働いています。
引き留める力(27)があるので、大変なことにならなくても、
サタンは様々な誘惑で私たちを攻撃するからです。
そして、真理を受け止めない人は、間違った選択をして、最後には裁かれるのです。

み言葉を守りましょう。
それが一番確実な、安全な方法なのです。






201780706


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by Happiness-eachday | 2017-07-06 05:23 | 2017年 | Trackback

7月4日ヨブ記3-5章 1テサロニケ5章

懸賞 2017年 07月 04日 懸賞

『苦しみの中の、うめきの祈り』

【ヨブ3:1 その後、ヨブは口を開いて自分の生まれた日をのろった。3:2 ヨブは声を出して言った。3:3 私の生まれた日は滅びうせよ。「男の子が胎に宿った」と言ったその夜も。
3:11 なぜ、私は、胎から出たとき、死ななかったのか。なぜ、私は、生まれ出たとき、息絶えなかったのか。3:12 なぜ、ひざが私を受けたのか。なぜ、私の吸う乳房があったのか。
3:20 なぜ、苦しむ者に光が与えられ、心の痛んだ者にいのちが与えられるのだろう。3:21 死を待ち望んでも、死は来ない。それを掘り求めても、隠された宝を掘り求めるのにすぎないとは。
3:25 私の最も恐れたものが、私を襲い、私のおびえたものが、私の身にふりかかったからだ。3:26 私には安らぎもなく、休みもなく、いこいもなく、心はかき乱されている。】

①ヨブは正しく生きていた筈なのに、自分が理解できない苦しみを経験した時、
主の前に「うめきの祈り」を捧げました。
彼は「自分の生まれた日」をのろいました。
なぜなら、今の現実があまりにもみじめで苦しいので
「生まれたことさえ後悔する」ヨブの感情が、ここに現われたのです。

②しかしここで、ヨブは「神ののろっていない」ことに注目しればなりません。
この祈りは「自分の心の正直な叫び」であって
「神への、のろいの言葉ではない」のです。
そして「神への反抗でもない」のです。

・・・正直に祈りましょう。
「反抗的な言葉のように」見える言葉も、
主は「その心」を受け止めて下さるのです。





『喜び感謝する効力』

【Ⅰテサロニケ5:16 いつも喜んでいなさい。5:17 絶えず祈りなさい。5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。5:19 御霊を消してはなりません。5:20預言をないがしろにしてはいけません。5:21 しかし、すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい。5:22 悪はどんな悪でも避けなさい。】

①ここに書かれていることは、神が私たちに願っているところの、
「非常に重要な姿勢」です。
私たちは、つらい時や悲しい時があります。
しかしその中にあっても、感謝の姿勢を持つことは大切なのです。

②悲しみを訴え、うめきの祈りをする時もあるでしょう。
しかしその中でも、「主に救われたことの感謝」は沸き上がってくるものなのです。
要は自分の心の「どの部分」に焦点を当てるかなのです。
そして感謝できるところを数えているうちに
「神様(御霊)が働きやすい心の状態」に近づいていくのです。
その時に「神様が働かれる奇跡」を体験するのです。

・・・喜び、祈りましょう。
祈りは「神との交流」です。
うめきの祈りも、交流なのです。
その中で、感謝しましょう。
悪を避けましょう。

主は、私たちの「心を守り」「恵みに導くために」
この御言葉を与えられたのです。






20170704


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by Happiness-eachday | 2017-07-04 05:23 | 2017年 | Trackback

7月3日ヨブ1-2章 1テサロニケ4章

懸賞 2017年 07月 03日 懸賞

『苦しみの意味と姿勢』

【ヨブ2:7 サタンは【主】の前から出て行き、ヨブの足の裏から頭の頂まで、悪性の腫物で彼を打った。2:8 ヨブは土器のかけらを取って自分の身をかき、また灰の中にすわった。2:9 すると彼の妻が彼に言った。「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか。神をのろって死になさい。」2:10 しかし、彼は彼女に言った。「あなたは愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないではないか。」ヨブはこのようになっても、罪を犯すようなことを口にしなかった。】

①ヨブは、「神も認める程」の正しい人でした(1:8)。
しかし悪魔がやってきて、ヨブの信仰をあざ笑ったのです。
悪魔は、神の許可を得て、ヨブのすべてを打ち、体まで打ったのです。
しかしヨブは、不信仰の言葉を出しませんでした。
この姿勢は最後まで続くのです。

②「正しい人がなぜ苦しむのか」これがヨブ記のテーマです。
私たちは「苦しいこと」が避けたいと考えます。
しかし「神の計画の中」では、正しい人でも、苦しみを経験することがあるのです。
そこには意味があり、
それを乗り越えることを通じて、今まで以上の「信仰の成長」「祝福」を頂くことができるのです。

・・・苦しみの中で、『人』が「理解できないこと」を、
すべて(過去未来)を見ておられる『主』は「考えておられる」のです。




『再臨の希望』

【Ⅰテサ4:16 主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、4:17 次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。4:18 こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。】

①使徒パウロも、他の使徒たちも「イエス様の再臨」を待ち望んでいました。
イエス様が、天から2度目にやって来るとき、
私たちは「携挙(天に引き上げられ)」され、
キリストの姿に変えられ(1コリント15:52)、
キリストと共に永遠に生きる世界に入るのです。

これは最高の希望であり、
現在の苦しみに対する慰めです。

イエス様を信じる者は、「苦しみ」は「苦しみにでは終わらない」のです。
信じて努力したことは必ず「評価」され、
主からの「慰めの言葉」を、その時リアルに頂けるのです。





20170703


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by Happiness-eachday | 2017-07-03 05:48 | 2017年 | Trackback

7月2日エステル8-10章 1テサロニケ2:17-3:13

懸賞 2017年 07月 02日 懸賞

『悪からの大逆転』

【エステル 8:16 ユダヤ人にとって、それは光と、喜びと、楽しみと、栄誉であった。8:17 王の命令とその法令が届いたどの州、どの町でも、ユダヤ人は喜び、楽しみ、祝宴を張って、祝日とした。この国の民のうちで、自分がユダヤ人であることを宣言する者が大ぜいいた。それは彼らがユダヤ人を恐れるようになったからである。】

①ユダヤ人に対して虐殺を計画したハマンの策略が崩れ、ハマンは殺されました。
そしてエステルのおじ、モルデガイが王様に重用されるようになり、
人々がユダヤ人を恐れるように変えられたのです。

②主は、「悪」を「善」に変えて下さるお方です。
悪を通じて、今まで以上に素晴らしい「良い環境と立場」が与えられるのです。

・・・「全能の主」を信じ、その方に助けを求めましょう。
主は「主を信じる者」を良いように導かれるのです。





『あなたの信仰の影響力』

【Ⅰテサ3:7 このようなわけで、兄弟たち。私たちはあらゆる苦しみと患難のうちにも、あなたがたのことでは、その信仰によって、慰めを受けました。3:8 あなたがたが主にあって堅く立っていてくれるなら、私たちは今、生きがいがあります。】

①パウロは、テサロニケのクリスチャンの信仰を弟子のテモテから聞き、喜び、慰められました。
しっかりと立っているクリスチャンは、他の人を慰めることがあるのです。

②あなたが主に前に立ち、感謝しつつ、主に仕えている姿を見て、
他の人が「生きがい」を感じることがあるのです。
「主の為に仕えていてよかった」と感謝をささげることがあるのです。

・・・あなたの信仰は、あなただけに影響するのではないのです。
「神様」が喜んで下さるだけでなく、
「あなたのことを祈っている人」が「喜んで」下さるのです。






20170702


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by Happiness-eachday | 2017-07-02 05:49 | 2017年 | Trackback

7月1日エステル5-7章 1テサロニケ1:1-2:16

懸賞 2017年 07月 01日 懸賞

『聖霊の導き』

【エステル5:8 もしも王さまのお許しが得られ、王さまがよろしくて、私の願いをゆるし、私の望みをかなえていただけますなら、私が設ける宴会に、ハマンとごいっしょに、もう一度お越しください。そうすれば、あす、私は王さまのおっしゃったとおりにいたします。・・・】

①エステルは、必死の覚悟で、王の前に出ると、
王はエステルと謁見することを許可しました。
エステルの命は助かったのです。

②エステルは、導きの中、
王とハマン(ユダヤ人を殺害しようとしている首謀者)を、自分の宴会に招待しました。
そして祈りの中で「次の日の招待」を提言したのです。

③エステルは、宴会の中で祈りつつ「ユダヤ人を救出する願い」を話すタイミングを探していたことでしょう。
しかし「主の霊」が「次の日」だと、命じられたのだと信じます。
そして、その日の夜にすべてが整ったのです。
6章)

④「聖霊の導き」を受けると「主の計画の中」を歩むことができます。
その導きは「不思議と奇跡」に満ちていますが、主が働いた「証拠」でもあるのです。

・・・「聖霊の導き」を尊重しましょう。
それが最善の策であり道なのです.
(後からそれが分かるのです)




『聖霊の働きを感じ、波に乗り続けること』

【Ⅰテサロニケ1:5 なぜなら、私たちの福音があなたがたに伝えられたのは、ことばだけによったのではなく、力と聖霊と強い確信とによったからです。また、私たちがあなたがたのところで、あなたがたのために、どのようにふるまったかは、あなたがたが知っています。1:6 あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、私たちと主とにならう者になりました。1:7 こうして、あなたがたは、マケドニヤとアカヤとのすべての信者の模範になったのです。】

①イエス様の十字架の赦しと恵みは、
「力と聖霊と強い確信」によって「私たちの心」に伝わります。

裏返せば、聖霊の働きがなければ、
私たちは「悟ること」も「理解すること」も「クリスチャンになること」もできないのです。

②「あなたがイエス様を信じた」のであれば、すでに「聖霊の働き」は始まっています。

・・・聖霊の働きを更に求めましょう。
聖霊は「力」と「愛」と「確信」を与えて下さる霊(力)です。
この方を求めましょう。
そしてこの方の力を受け止めましょう。

波に乗り続けるように、いつも聖霊の波に敏感である必要があるのです。
そのためにも聖霊の働きを「感じ」続けましょう。






20170701


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by Happiness-eachday | 2017-07-01 05:00 | 2017年 | Trackback

6月30日エステル1-4章 ルカ24:36-53

懸賞 2017年 06月 30日 懸賞

『信仰による決断』

【エステル4:13 モルデカイはエステルに返事を送って言った。「あなたはすべてのユダヤ人から離れて王宮にいるから助かるだろうと考えてはならない。4:14 もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」4:15 エステルはモルデカイに返事を送って言った。4:16 「行って、シュシャンにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。三日三晩、食べたり飲んだりしないように。私も、私の侍女たちも、同じように断食をしましょう。たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます。」】

①ユダヤ人の敵、ハマンによって、
ユダヤ人虐殺の命令が王の命で出されました。

エステルのおじ、ユダヤ人モルデガイは、
エステルに「王に憐れみを乞うように」依頼をしました。

しかし王に呼ばれずに王の前に出て行くと、
死刑になる可能性があったのです。

②エステルは熟考し、「覚悟をして」王の前に出かけました。
主が助けて下さることを信じつつ、
しかし、もしもの場合には「死を覚悟」したのです。

③そしてこの後、すべてが主によって導かれ、
ユダヤ人は守られたのです。

・・・信仰の覚悟を「主は用い」られます。
その信仰によって、すべてが上手くいくのです。
すべき時には「責任をもって」ことを行いましょう。
(安易に主からの使命と結論づけてはいけませんが)、
主からの使命と、はっきりと分かったならば「決断」しましょう。






『聖霊を求める』

【ルカ24:45 そこで、イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて、24:46 こう言われた。「次のように書いてあります。キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり、24:47 その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる。24:48 あなたがたは、これらのことの証人です。24:49 さあ、わたしは、わたしの父の約束してくださったものをあなたがたに送ります。あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。」】

①イエス様は十字架と復活の後、「聖霊を受ける」ように命じました。
この聖霊がすべてのカギなのです。

「心を開き」
「イエス様の言葉の真意を悟り」
「主がして下さったことの証人になること」すべてが、

「聖霊の助け」を受けて成されることなのです。
このことは「人間の努力」ではなく、
「聖霊の力を受けて」はじめて理解できるのです。

求めましょう。
聖霊を受ける最大の秘訣は「求めること」なのです。

あなたを引っ張るもの以上に「求めるならば」
あなたは主に出会うことができます。

実は私たちは「求め方さえ」知らない
「浅い感覚で」毎日を生きているのです。
「信仰深い人の求め方」を参考にして、求めましょう。





20170629


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by Happiness-eachday | 2017-06-30 05:12 | 2017年 | Trackback

6月29日ネヘミヤ11-13章 ルカ24:13-35

懸賞 2017年 06月 29日 懸賞

『回復への情熱』

【ネヘミヤ13:8 私は大いにきげんを悪くし、トビヤ家の器具類を全部、その部屋から外へ投げ出し、13:9 命じて、その部屋をきよめさせた。そして、私は、神の宮の器物を、穀物のささげ物や乳香といっしょに、再びそこに納めた。13:10 私は、レビ人の分が支給されないので、仕事をするレビ人と歌うたいたちが、それぞれ自分の農地に逃げ去ったことを知った。13:11 私は代表者たちを詰問し、「どうして神の宮が見捨てられているのか」と言った。そして私はレビ人たちを集め、もとの持ち場に戻らせた。・・・13:14 私の神。どうか、このことのために私を覚えていてください。私の神の宮と、その務めのためにしたいろいろな私の愛のわざを、ぬぐい去らないでください。】

①ネヘミヤは、自分がエルサレムを離れている間に、
起きた「悪しきこと」を、「本来の状態」に戻しました。
悪がそのままの状態で存在することは、許せなかったのです。

②ネヘミヤは、悪を追い出し、秩序を回復しました。
その動機は「主に喜ばれるため」でした。

・・・「主を意識して」行動しましょう。
そして「本来の姿」を考えましょう。
私たちが手を打つ責任の範疇は、、確実に手を打つ必要があるのです。




『目が開かれる時』

【ルカ24:15 話し合ったり、論じ合ったりしているうちに、イエスご自身が近づいて、彼らとともに道を歩いておられた。24:16 しかしふたりの目はさえぎられていて、イエスだとはわからなかった。
24:17 イエスは彼らに言われた。「歩きながらふたりで話し合っているその話は、何のことですか。」すると、ふたりは暗い顔つきになって、立ち止まった。・・・
24:31 それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった。するとイエスは、彼らには見えなくなった。24:32 そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」】

①イエス様が弟子たちに近づいて話しかけられても、
弟子たちは、それがイエス様だと気がつきませんでした。
「目がさえぎられていた」からです。

②私たちにも、イエス様が「様々な形」で語りかけて下さることがあります。
しかし私たちの目がさえぎられていると、気がつかないのです。

②しかし弟子たちは、目がさえぎられていても
「イエス様を求めて」いました。
み言葉の意味を質問し、「もっと語って欲しい」と願ったのです。
その結果、「ある瞬間」に目が開かれたのです。

・・・私たちも「求め続ける中」で、このようなことが起きるのです。






20170629


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by Happiness-eachday | 2017-06-29 05:12 | 2017年 | Trackback

6月28日ネヘミヤ9-10章 ルカ23:50-24:12

懸賞 2017年 06月 28日 懸賞

『継続したみ言葉の学びと、悔い改め』

【ネヘミヤ9:1 その月の二十四日に、イスラエル人は断食をし、荒布を着け、土をかぶって集まった。9:2 そして、すべての外国人との縁を絶ったイスラエルの子孫は立ち上がって、自分たちの罪と、先祖の咎を告白した。9:3 彼らはその所に立ったままで、昼の四分の一は、彼らの神、【主】の律法の書を朗読し、次の四分の一は、告白をして、彼らの神、【主】を礼拝した。9:4 ヨシュア、バニ、カデミエル、シェバヌヤ、ブニ、シェレベヤ、バニ、ケナニは、レビ人の台の上に立ち上がり、彼らの神、【主】に対し大声で叫んだ。】

①エズラによって導かれた「信仰の復興」は一時的なものではなく、継続して行われました。

②彼らは「継続してみ言葉を聞き」「継続して悔い改めた」のです。
人々は「生き方を変えよう」と、真剣に「神との深い関係」を求めたのです。

・・・信仰生活(神様との関係)は「継続的」なものです。
そして「神の人格」と「私の人格」が深く関わるものなのです。
祈りも単なる「知識の羅列」ではなく、「生きた神に対する感謝と訴え」なのです(9:6-37)。

・・・あなたは神様にどのような「祈り」を捧げていますか。
祈るたびに「感謝が沸き上がって」きますか。
「生きておられ、恵み深い」神様を意識して祈りましょう。
「空気に向かう様な祈り」は、「本当の祈り」ではないのです。





『生きておられるイエス様』

【ルカ24:3 入って見ると、主イエスのからだはなかった。24:4 そのため女たちが途方にくれていると、見よ、まばゆいばかりの衣を着たふたりの人が、女たちの近くに来た。24:5 恐ろしくなって、地面に顔を伏せていると、その人たちはこう言った。「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか。24:6 ここにはおられません。よみがえられたのです。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。24:7 人の子は必ず罪人らの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目によみがえらなければならない、と言われたでしょう。」】

①イエス様は、ご自分が仰っていた通りに「十字架にかかられ」ました。
そして3日がたったのです。
女性たちは悲しみの中で、香料を持ってイエス様の墓に到着したのです。
そこで天使の言葉を聞いたのです。

②イエス様は、お言葉通り「復活され」ました。
そしてこの後、天に帰られました。
そして現在、聖霊を通じて「私たちと共におられる」のです。

・・・あなたの「イエス様への祈り」は、
今「共におられ」、
「生きておられるお方」への言葉だということを受けとめましょう。

そのお方の「ささやき声」を毎日聞きましょう。
そして親しい会話を毎日続けるのです。
それは至福の時なのです。






20170628


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by Happiness-eachday | 2017-06-28 05:03 | 2017年 | Trackback

6月27日ネヘミヤ7-8章 ルカ23:26-49

懸賞 2017年 06月 27日 懸賞

『喜びの力』

【ネヘニヤ8:10 さらに、ネヘミヤは彼らに言った。「行って、上等な肉を食べ、甘いぶどう酒を飲みなさい。何も用意できなかった者にはごちそうを贈ってやりなさい。きょうは、私たちの主のために聖別された日である。悲しんではならない。あなたがたの力を【主】が喜ばれるからだ。(主を喜ぶことは、あなたがたの力であるから。)」8:11 レビ人たちも、民全部を静めながら言った。「静まりなさい。きょうは神聖な日だから。悲しんではならない。」】

①民は律法の真理を聞き、
自分たちが律法から外れた生活をしていたことを示され、
涙しました。

しかしネヘミヤは「喜ぶように」と語ったのです。

②神の言葉が与えられ、それに従いたいと思うところに「本当の喜び」が沸き上がります。
この喜びは、単なる人間的な努力ではなく
「御霊の力」によるものなのです。

③この「喜び」によって、問題や誘惑から守られるのです。
そして、この「喜び」は毎日の試練を耐え忍ぶ原動力となるのです。

・・・真理の御言葉を聞きましょう。
従いましょう。
そして「御霊による喜び」で、毎日を生活しましょう。

絶対的に必要なことは、「苦しみを嘆く」のではなく、
肉のすさまじい攻撃から、知恵深く「身を避ける」ことなのです。




『イエス様の愛と、とりなしの祈り』

【ルカ23:33 「どくろ」と呼ばれている所に来ると、そこで彼らは、イエスと犯罪人とを十字架につけた。犯罪人のひとりは右に、ひとりは左に。23:34 そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。23:35 民衆はそばに立ってながめていた。指導者たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」23:36 兵士たちもイエスをあざけり、そばに寄って来て、酸いぶどう酒を差し出し、23:37 「ユダヤ人の王なら、自分を救え」と言った。】

①イエス様は、無実の罪で「十字架につけられ」ならが、人々から罵声を浴び続けました。
正しい人が「これほどの悲劇」を通過することは「あってはならないこと」なのです。

②しかしこの悲惨な中にあって、
イエス様は、私たちを「愛し」、
私たち人間の「罪をととりなし祈られた」のです。

③私たちは、「自分中心」に生きています。
心の奥では「神様関係なし」で生きているのです。

その的外れに気がつかず、
自分の道を正当化し続け、人を批判し、神を批判するのです。
(100%完璧に、神に従いきれる人は一人もいません)

④しかしそんな私たちも、
神様に愛され、十字架の恵みによって赦されているのです。

今も「この愛」を私たちは、
「あふれるほど受けている」のです。






20170627


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by Happiness-eachday | 2017-06-27 04:54 | 2017年 | Trackback

6月26日ネヘミヤ4-6章 ルカ22:66-23:25

懸賞 2017年 06月 26日 懸賞

『主の計画の実現』

【ネヘミヤ6:9 事実、これらのことはみな、「あの者たちが気力を失って工事をやめ、中止するだろう」と考えて、私たちをおどすためであった。ああ、今、私を力づけてください。・・・
6:14 わが神よ。トビヤやサヌバラテのあのしわざと、また、私を恐れさせようとした女預言者ノアデヤや、その他の預言者たちのしわざを忘れないでください。6:15 こうして、城壁は五十二日かかって、エルルの月の二十五日に完成した。6:16 私たちの敵がみな、これを聞いたとき、私たちの回りの諸国民はみな恐れ、大いに面目を失った。この工事が、私たちの神によってなされたことを知ったからである。】

①ネヘミヤは、城壁を完成させようとあらゆる努力をしました。
しかし内側に反対が起こり、外側からは脅迫を受けたのです。
その度に、ネヘミヤは「主に祈り」「力を頂き」ました。
その結果、52日という短期間で、城壁が完成したのです。

②主の計画であっても、「自動的に完成する」のではありません。
主が「使命を人に」与え、
与えられた人々の「信仰と努力」によって、
主の働きが成就するのです。

神様の計画は、
「神様の働き」と、
「それを受け止めた人々の働き」の「共同作業」です。

主は主の業を成し遂げておられます。
私たちは「すべき働き」を「したいと考えて」いるでしょうか。

・・・主に祈りながら、信仰のチャレンジを実行しましょう。
主の働きは「祈りなく」てはできません。
主の助けを受けて、初めて出来るものなのです。





『誰がイエス様を十字架につけたのか』

【ルカ23:23 ところが、彼らはあくまで主張し続け、十字架につけるよう大声で要求した。そしてついにその声が勝った。23:24 ピラトは、彼らの要求どおりにすることを宣告した。23:25 すなわち、暴動と人殺しのかどで牢に入っていた男を願いどおりに釈放し、イエスを彼らに引き渡して好きなようにさせた。】

①総督ピラトは、
イエス様には罪がないと認めながらも、
ユダヤ人たちの扇動によってプレッシャーを受け、
自分の責任を放棄して「イエス様を十字架につける許可」を出してしまいました。

②ユダヤの指導者は、
自分たちの思い通りにならないイエスを「抹殺するために」、
人々を扇動して「十字架刑になるように」行動したのです。

③イエス様の十字架は「人々の罪の為」です。
しかし理解しなくてはならないことは
「同じ罪」が「私たちの中にもあること」です。

・・・「責任を転嫁」、
自分の我(欲)のために「神の願いを無視する」これが人間の姿です。
あなたの罪が、「イエス様を十字架につけた」のです。

そのことを認めない限り、
「十字架の罪の赦し」の意味が分かりません。

「罪を認めたもの」が「赦しの価値」を知るのです。
そしてイエス様に「感謝し」、
イエス様を「心から愛する」ようになるのです。








20170626


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by Happiness-eachday | 2017-06-26 05:24 | 2017年 | Trackback