カテゴリ:2017年( 211 )

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7月16日詩編1-6篇 1コリント9章

懸賞 2017年 07月 16日 懸賞

『朝の祈り(ダビデの祈り)』

【詩5:1 私の言うことを耳に入れてください。【主】よ。私のうめきを聞き取ってください。
5:3 【主】よ。朝明けに、私の声を聞いてください。朝明けに、私はあなたのために備えをし、見張りをいたします。
5:6 あなたは偽りを言う者どもを滅ぼされます。【主】は血を流す者と欺く者とを忌みきらわれます。5:7 しかし、私は、豊かな恵みによって、あなたの家に行き、あなたを恐れつつ、あなたの聖なる宮に向かってひれ伏します。5:8 【主】よ。私を待ち伏せている者がおりますから、あなたの義によって私を導いてください。私の前に、あなたの道をまっすぐにしてください。5:9 彼らの口には真実がなく、その心には破滅があるのです。彼らののどは、開いた墓で、彼らはその舌でへつらいを言うのです。5:10 神よ。彼らを罪に定めてください。彼らがおのれのはかりごとで倒れますように。彼らのはなはだしいそむきのゆえに彼らを追い散らしてください。彼らはあなたに逆らうからです。5:11 こうして、あなたに身を避ける者がみな喜び、とこしえまでも喜び歌いますように。あなたが彼らをかばってくださり、御名を愛する者たちがあなたを誇りますように。】



『毎日の決断の大切さ』

【Ⅰコリント9:23 私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。9:24 競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。9:25 また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。9:26 ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。9:27 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。】

①パウロは、もし自制や自己鍛錬、自己否定、悪からの分離、愛する神への応答(献身)がなければ、
私たち自身が「失格者」になる可能性があることを強調しています。
「失格者になる」とは「試験に失敗する」「拒まれる」という意味を持ったギリシャ語です。

②パウロは、「自分を打ちたたいて従わせる」と言っています。
私たちが「肉の力」を退け、「神に喜ばれること」を実行するには、時にそのような決断が必要なのです。

・・・訓練を受けた者が賞を得ます。
私たちも毎日の判断(決断)を大切にしましょう。
主はその決断を見ておられ、助けて下さるのです






20170716


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by Happiness-eachday | 2017-07-16 05:58 | 2017年 | Trackback

7月15日ヨブ40-42章 1コリント8章

懸賞 2017年 07月 15日 懸賞

『苦しみの意味』

【ヨブ42:1 ヨブは【主】に答えて言った。42:2 あなたには、すべてができること、あなたは、どんな計画も成し遂げられることを、私は知りました。42:3知識もなくて、摂理をおおい隠す者は、だれか。まことに、私は、自分で悟りえないことを告げました。自分でも知りえない不思議を。42:4 さあ聞け。わたしが語る。わたしがあなたに尋ねる。わたしに示せ。42:5 私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。42:6 それで私は自分をさげすみ、ちりと灰の中で悔いています。】

①ヨブは、神の語り掛けによって、主の前に完全にへりくだりました。
神の方法は「人間の理解を超えて」いて、
「神の道は正しくない」といった自分は、無知であったことを悟ったのです。

②ヨブは、苦しみのうめきの中で、「神に反抗はしませんでした(1:222:10)」、
しかし神に対する誤解と不平は大きくなり、
愚かな自尊心となって「神は正しくない」と思うまでになっていました。

しかし神がご自分に語りかけた後は、
「ヨブの考えは完全に変えられた」のです。
そして何が起きても「神に服従する用意」ができたのです。

ヨブは、自分の健康や利益に関係なく
「神を愛し、崇める気持ち」を持つようになったのです。

・・・「苦しみ」には、意味と目的があります。
人間の狭い考えでは「分からないことが多い」のですが、
しかし意味は確実にあるのです。

そして神を求める者は「ヨブのように」答えが頂けるのです。





『愛を動機として・・・』

【Ⅰコリ8:1 次に、偶像にささげた肉についてですが、私たちはみな知識を持っているということなら、わかっています。しかし、知識は人を高ぶらせ、愛は人の徳を建てます。8:2 人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。8:3 しかし、人が神を愛するなら、その人は神に知られているのです。】

①パウロは、8-10章で「人間が作った偽の神である偶像に捧げた肉について」取り扱っています。
自分の知識を「ひけらかせて」行動する人は、
人をつまずかせたり、誤解を与えたりします。

②良い知識でも「愛がない」使い方をすれば、
(自分の名誉心のために事を行えば)
悪いこととして影響するのです。

「知識」自体が大切なのではありません。
「知識」を「愛を動機として」使うことが大切なのです。

・・・主に祈りましょう。主から愛を頂きましょう。
人間(自分)の器を超えた「助け」が、愛には必要なのです





20170715


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by Happiness-eachday | 2017-07-15 05:41 | 2017年 | Trackback

7月14日ヨブ36-39章 1コリント7章

懸賞 2017年 07月 14日 懸賞

『求めていた主に、ようやく出会えたヨブ』

【ヨブ 38:1 【主】はあらしの中からヨブに答えて仰せられた。38:2 知識もなく言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。38:3 さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。38:4 わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。あなたに悟ることができるなら、告げてみよ。38:5 あなたは知っているか。だれがその大きさを定め、だれが測りなわをその上に張ったかを。】

①エリフの言葉を通じて、ヨブは嵐の中で神の言葉を聞く、備えができたと思われます。
ヨブは、心から願っていた「主とお会いすること」ができたのです。

②この時、主は、ヨブの質問に直接答えられた訳ではなく、
天でおきていた神とサタンとのやり取りを説明した訳でもありません。
ただ主の愛と憐みを現し、御臨在をもって直接語られたのです。
ヨブはこのことによって「深い満足」を得るのです。

③主の答えは、必ずしも理性的に納得できるものではないのです。
最も大切なことは「神の御臨在の確かさ」であり、
「神と良い関係にあること」なのです。

ヨブは混乱し、絶望し、文句を言うように見えても、
実は最後まで神を求め、訴え続けたのです。

・・・求める者は、受けるのです。
この真理はいつも変わらないのです。





『大事なことは、主の命令を守ること』

【Ⅰコリ7:17 ただ、おのおのが、主からいただいた分に応じ、また神がおのおのをお召しになったときのままの状態で歩むべきです。私は、すべての教会で、このように指導しています。7:18 召されたとき割礼を受けていたのなら、その跡をなくしてはいけません。また、召されたとき割礼を受けていなかったのなら、割礼を受けてはいけません。7:19 割礼は取るに足らぬこと、無割礼も取るに足らぬことです。重要なのは神の命令を守ることです。
7:22 奴隷も、主にあって召された者は、主に属する自由人であり、同じように、自由人も、召された者はキリストに属する奴隷だからです。7:23 あなたがたは、代価をもって買われたのです。人間の奴隷となってはいけません。7:24 兄弟たち。おのおの召されたときのままの状態で、神の御前にいなさい。】

①使徒パウロは、召された状態で歩むこと、
大事なことは神の命令を守ること、であると伝えました。
パウロは7章で結婚のことについて語っています。
(主の命令としてよく読まれたらよろしいかと思います)

②私たちは主のものです。
主の所有なのです。
ですから自分の命や人生が「自分のもの」と思い込んではいけません。
主から与えられたものであり、地上の生活で「主に従うように」託されたものなのです。







20170714


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by Happiness-eachday | 2017-07-14 05:40 | 2017年 | Trackback

7月13日ヨブ32-35章 1コリント6章

懸賞 2017年 07月 13日 懸賞

『主を愛するエリフの言葉』

【ヨブ33:8 確かにあなたは、この耳に言った。私はあなたの話す声を聞いた。33:9 「私はきよく、そむきの罪を犯さなかった。私は純潔で、よこしまなことがない。33:10 それなのに、神は私を攻める口実を見つけ、私を敵のようにみなされる。33:11 神は私の足にかせをはめ、私の歩みをことごとく見張る。」33:12 聞け。私はあなたに答える。このことであなたは正しくない。神は人よりも偉大だからである。33:13なぜ、あなたは神と言い争うのか。自分のことばに神がいちいち答えてくださらないといって。33:14 神はある方法で語られ、また、ほかの方法で語られるが、人はそれに気づかない。】

①エリフは、自分は年が若いので、遠慮をしていたのですが、
ヨブの3人の友人たちが、ヨブに言い返せない様子を見て、ヨブに語りました。

②エリフは、ヨブが「神よりも自分自身を義としたこと」を問題としたのです。
エリフの言葉には、神に対する情熱があふれていました。
そして神は「エリフの言葉を用いて」ヨブに語り掛ける準備をしたのです。

・・・人間の言葉には、不足や誤解があり得ます。
しかし主は「神を愛する心」を用いて下さるのです。

あなたは主を愛していますか。
そんな「あなたの言葉と態度」を「主は用いられる」のです。




『神の栄光を現す』

【Ⅰコリント6:18 不品行を避けなさい。人が犯す罪はすべて、からだの外のものです。しかし、不品行を行う者は、自分のからだに対して罪を犯すのです。6:19 あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。6:20 あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。】

①パウロは、私たちは「聖霊の宮」であるから、
「神の栄光」を現すことを「努めるように」と命じました。

私たちの内側には「聖霊が住んでおられる」のです。
その方と交わり、語り続ける時、
私たちは「その方の影響」を受けるのです。
そして「自然に」神の栄光を現す方向に導かれるのです。

「本音」で祈りましょう。
そして「聖霊の力」によって整えて頂きましょう。
聖書に書かれていることは
「私たちが邪魔をしない限り」自然に進められていくのです。







20170713


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by Happiness-eachday | 2017-07-13 05:40 | 2017年 | Trackback

7月12日ヨブ29-31章 1コリント5章

懸賞 2017年 07月 12日 懸賞

『ヨブの主への姿勢』

【ヨブ31:35 だれか私に聞いてくれる者はないものか。見よ。私を確認してくださる方、全能者が私に答えてくださる。私を訴える者が書いた告訴状があれば、31:36 私はそれを肩に負い、冠のように、それをこの身に結びつけ、31:37 私の歩みの数をこの方に告げ、君主のようにして近づきたい。31:38 もし、私の土地が私に向かって叫び、そのうねが共に泣くことがあるなら、31:39 あるいは、私が金を払わないでその産物を食べ、その持ち主のいのちを失わせたことがあるなら、31:40 小麦の代わりにいばらが生え、大麦の代わりに雑草がはびこるように。ヨブのことばは終わった。】

①ヨブは、かつて自分が人々から尊敬されていたことを回想しました。
彼は正しいことに努め、人々はそんなヨブに、畏怖の念を持ったのです。
しかし今、ヨブは全てを奪われ、唾を吐かれるような仕打ちを受けていたのです(30:10)。

②ヨブは、自分の正しさを確信し、
神の元に「君主のように近づきたい(31:37)」と語りました。
それは「自分の正しさ」に対するの確信からくる言葉でした。

③ヨブは必死でした。
傲慢な表現になろうとも、主に近づきたいと本気で考え、求め続けたのです。

・・・そして最後に、主と出会ったのです。
隠れた罪があろうとも、
切実な思いで、主に近づく者には、主は良いように導いて下さるのです。

「罪」は主によってのみ明らかになります。
私たちは、そのままの姿で、主に近づく気持ちを持つことが、最も大切なのです。





『高慢の種を取り除く』

【Ⅰコリ5:6 あなたがたの高慢は、よくないことです。あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、粉のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。5:7 新しい粉のかたまりのままでいるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたはパン種のないものだからです。私たちの過越の小羊キリストが、すでにほふられたからです。】

①パウロは、「高慢を取り去るように」と命じました。
それはクリスチャンでない人の事ではなく、
クリスチャンの集まりの中であり、自分自身の高慢さを「取り去るように」と命じられたのです。

高慢さは、聖霊の働きがなれば、「気づくこと」はできません。
しかし「気づくことができた」ならば、すかさず「悔い改め」ましょう。

高慢さは、「持っていても仕方のないもの」です。
自分を支えるプライドも、神の前では「意味のないもの」なのです。

・・・主の前に「へりくだり」ましょう。
その姿勢を持っているならば、主から「教えられ易く」なるのです。







20170712


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by Happiness-eachday | 2017-07-12 05:25 | 2017年 | Trackback

7月11日ヨブ25-28章 1コリント4章

懸賞 2017年 07月 11日 懸賞

『どんな時も正しく生きたヨブ』

【ヨブ27:1 ヨブはまた、自分の格言を取り上げて言った。27:2 私の権利を取り去った神、私のたましいを苦しめた全能者をさして誓う。27:3 私の息が私のうちにあり、神の霊が私の鼻にあるかぎり、27:4 私のくちびるは不正を言わず、私の舌は決して欺きを告げない。27:5 あなたがたを義と認めることは、私には絶対にできない。私は息絶えるまで、自分の潔白を離さない。27:6私は自分の義を堅く保って、手放さない。私の良心は生涯私を責めはしない。】

①ヨブは、友人たちの責めの言葉に対して、
その言葉は「的外れである」と反論しました。
そして自分は「正しく生きてきた」と語り始めたのです。

②ヨブは、どのような時にも「正しく生きよう」としてきました。
それは事実です。
「ヨブの高潔さと忠実さ」は聖書の中で高く評価されています。
私たちは「ヨブのようには」生きられないかもしれませんが、
ヨブを模範として生きることは、すべてのクリスチャンに必要なことなのです。
(そのことによって、自分自身を守ることになります)

③しかし注意しなければならないことは、
「自分正しさを誇り」「自分の正しさによって自己正当化する」高慢な心です。
ヨブはこの後、自分正しさを主張するあまり、傲慢へと近づいてしまったのです(31:37)




『パウロが求める、へりくだった者』

【Ⅰコリ4:9 私は、こう思います。神は私たち使徒を、死罪に決まった者のように、行列のしんがりとして引き出されました。こうして私たちは、御使いにも人々にも、この世の見せ物になったのです。4:10 私たちはキリストのために愚かな者ですが、あなたがたはキリストにあって賢い者です。私たちは弱いが、あなたがたは強いのです。あなたがたは栄誉を持っているが、私たちは卑しめられています。4:11 今に至るまで、私たちは飢え、渇き、着る物もなく、虐待され、落ち着く先もありません。4:12 また、私たちは苦労して自分の手で働いています。はずかしめられるときにも祝福し、迫害されるときにも耐え忍び、4:13 ののしられるときには、慰めのことばをかけます。今でも、私たちはこの世のちり、あらゆるもののかすです。4:14 私がこう書くのは、あなたがたをはずかしめるためではなく、愛する私の子どもとして、さとすためです。・・・
4:19 しかし、主のみこころであれば、すぐにもあなたがたのところへ行きます。そして、思い上がっている人たちの、ことばではなく、力を見せてもらいましょう。4:20 神の国はことばにはなく、力にあるのです。】

①パウロは、コリントの人を愛していたので、あえて厳しいことを告げました。
なぜなら、彼らは、自分の知恵や霊的力を誇りとしていたのです。
そしてある人たちは、自分はパウロの権威よりも勝っており、
パウロの指導を受ける必要がないと考えていたのです。

②パウロは、神の国は「言葉ではなく力」であると語りました。
パウロは「ただ語るのではなく」
「聖霊の力の生きた証」をしなければならない、と伝えたのです。

人は簡単に高慢になります。
力を求めている人は、力を受けると「自分は優れている」と勘違いをするのです。

・・・主の前にへりくだりましょう。
そして謙遜になって「聖霊の力」を証しましょう。
主は私たちを「謙遜な成熟したものへ」と導いておられるのです。






20170711


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by Happiness-eachday | 2017-07-11 05:06 | 2017年 | Trackback

7月10日ヨブ22-24章 1コリント3章

懸賞 2017年 07月 10日 懸賞

『どんな境遇でも、主を求めたヨブ』

【ヨブ23:1 ヨブは答えて言った。23:2 きょうもまた、私はそむく心でうめき、私の手は自分の嘆きのために重い。23:3 ああ、できれば、どこで神に会えるかを知り、その御座にまで行きたい。23:4 私は御前に訴えを並べたて、ことばの限り討論したい。23:5 私は神が答えることばを知り、私に言われることが何であるかを悟りたい。23:6 神は力強く私と争われるだろうか。いや、むしろ私に心を留めてくださろう。23:7 そこでは正しい人が神と論じ合おう。そうすれば私は、とこしえにさばきを免れる。23:8 ああ、私が前へ進んでも、神はおられず、うしろに行っても、神を認めることができない。】

①ヨブは、「神様が良い方」だと信じていました。
そして自分は「正しいことをしてきた」と自負がありました。
ヨブは、神の前で、もう一度「自分の潔白」を訴えたい、と願ったのです。

②しかしヨブは「どこで神と出会えるか」が分かりませんでした。
そして見捨てられたように感じたのです。
それでも、ヨブは「神を求めること」を止めませんでした。
どんな不幸も悪い境遇も、ヨブが「神を求めること」を止めることはできなかったのです。

・・・ヨブは最後まで、主を求め続けました。
この姿勢が大切です。
どんなに愚痴のように思える祈りでも、主を求めて祈りましょう。
その祈りの結果、主からの働きかけが与えられるのです。




『キリストの土台の上に、どんな建物を建てるのか』

【Ⅰコリント3:12 もし、だれかがこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、わらなどで建てるなら、3:13 各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現れ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。3:14 もしだれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。3:15 もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。3:16 あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。】

①クリスチャンとして生きていても、
キリストの土台の上に、どのような建物(行い・奉仕)をするかは、
各人の判断に任さられているのです。

肉的な思いで「自分の名誉と欲のため」に行えば、
それは木や草やわらのようなもので、
天国に行く時に、簡単に燃えてしまいます。

しかし「キリストが喜んで下さる行い」をするならば、
金銀宝石として、天国でも残るのです。

・・・聞く耳のある者は聞きましょう。
あなたの今の判断によって、
永遠の命(天国)で振り返った時、
「良かった」と思えるか「良くなかった」と後悔するかを決めるのです。

祈り、聖霊に導かれましょう。(肉の力では不可能ですから)、
主の憐みにすがりましょう。(主は良いお方ですから)
求め続けるのです。主は必ず答えを返して下さいますから。





20170710


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by Happiness-eachday | 2017-07-10 05:53 | 2017年 | Trackback

7月9日ヨブ19-21章 1コリント2章

懸賞 2017年 07月 09日 懸賞

『苦しみによって、行きつくところ』

【ヨブ19:16 私が自分のしもべを呼んでも、彼は返事もしない。私は私の口で彼に請わなければならない。19:17私の息は私の妻にいやがられ、私の身内の者らにきらわれる。19:18 小僧っ子までが私をさげすみ、私が起き上がると、私に言い逆らう。19:19 私の親しい仲間はみな、私を忌みきらい、私の愛した人々も私にそむいた。19:20 私の骨は皮と肉とにくっついてしまい、私はただ歯の皮だけでのがれた。19:21 あなたがた、私の友よ。私をあわれめ、私をあわれめ。神の御手が私を打ったからだ。19:22 なぜ、あなたがたは神のように、私を追いつめ、私の肉で満足しないのか。19:23 ああ、今、できれば、私のことばが書き留められればよいのに。ああ、書き物に刻まれればよいのに。19:24 鉄の筆と鉛とによって、いつまでも岩に刻みつけられたい。19:25 私は知っている。私を贖う方は生きておられ、後の日に、ちりの上に立たれることを。19:26 私の皮が、このようにはぎとられて後、私は、私の肉から神を見る。】

①ヨブは、神を信じ、反逆していても豊かな安定した生活を送る多くの人々がいる嘆きました。
なぜ悪人が栄えるのかと叫んだのです。(21章)

②しかし現在のヨブは。みじめで、しもべさえもヨブを見下したのです。
妻も自分を嫌がり、身内からもさげすまれている究極の悲惨な状態でした。

③ヨブは「憐れみ」を求めていました(19:21)。
しかし友人はさらにヨブを罪人だと追い詰めたのです。

④ヨブは、この悲しみを岩に書き留めたいと願いました。
そしてヨブは悟るのです。
この悲しみを知って下さる「贖い主」がおられ、
後の日に出会うことができると。

ヨブは苦しみを通じて「自分を救い」
「罪と苦しみから贖って下さる(買い取って下さる)」
お方がおられることを悟るのです。

・・・人は究極の苦しみに出会うと、救い主を真に求めるのです。
そして、出会うのです。
この方、「イエス様」は、ヨブが求めたように、私たちを「導いて下さる」のです。




『御霊の知恵を、聞く』

【Ⅰコリ2:8 この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。2:9 まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」・・・
2:13 この賜物について話すには、人の知恵に教えられたことばを用いず、御霊に教えられたことばを用います。その御霊のことばをもって御霊のことを解くのです。2:14 生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです。】

①パウロは、「御霊の知恵」は「この世の知恵」をは明らかに違うと語りました。
そして「この世の考え方に縛られている」支配者たちは、
「御霊の知恵」を理解できない、と語ったのです。

③私たちも「御霊の知恵」を受け取るためには、
この世の考え方を、一旦横に置かなければなりません。

そして、謙遜になって「御霊に聞く」のです。

それは「自分のプライド」や「人間の実績」とは異質なものなのです。

・・・祈りましょう。へりくだりましょう。
御霊に聞き続けましょう。

この世の常識は大切です。(非常識であってはいけません)
しかし常識を持ちつつ、
それ以上に、御霊に導いて頂くことが、大切なのです。







20170709


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by Happiness-eachday | 2017-07-09 05:24 | 2017年 | Trackback

7月8日ヨブ記15-18章 1コリント1章

懸賞 2017年 07月 08日 懸賞

『正しく見て、とりなしてくださるお方』

【ヨブ16:19 今でも天には、私の証人がおられます。私を保証してくださる方は高い所におられます。16:20 私の友は私をあざけります。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。16:21 その方が、人のために神にとりなしをしてくださいますように。人の子がその友のために。16:22数年もたてば、私は帰らぬ旅路につくからです。
17:1 私の霊は乱れ、私の日は尽き、私のものは墓場だけ。17:2 しかも、あざける者らが、私とともにおり、私の目は彼らの敵意の中で夜を過ごす。】

①ヨブは、正しく生きていたつもりなのに、
すべてが奪われるような不幸を経験し、混乱しました。

更には、友人たちに一方的に「罪人だと責められ」
その痛みにも耐えなければならなかったのです。
そして自分は「このまま死ぬ」と感じていたのです。

②ヨブは、主に「なぜこのような目に合わなければならないのでしょうか」と訴えながらも
「主は憐れみ深い方の筈だ」という確信を手放すことができませんでした。

③そして涙しつつ(16:19)、
「天でとりなしてくださるお方がいるはずだ」という信仰的確信を持ったのです。
この方が「自分を正しく判断して下さる」とヨブは信じたのです。

④このお方が、後に来られた「イエス様」です(1ヨハネ2:1
そして私たちは現在、そのとりなしを頂いているのです。

イエス様は「私たちの悲しみと痛み」を正しく見て下さり、
私たちの為「とりなし祈って」下さっているのです。
主はあなたの痛みも悲しみを全て分かって下さるお方なのです。

・・・このような悲惨な境遇を体験したヨブを通じて、
私たちは「究極の絶望」を疑似体験できるのです。

そして「救いがあること」を知るのです。





『弱いからこそ、選ばれている』

【Ⅰコリ1:27 しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。1:28 また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。1:29 これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。
・・・1:31 まさしく、「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。】

①パウロは、私たちが選ばれたのは、
「弱く、取るに足りなく、愚かだったから」と語りました。
「知恵がある」と勘違いし、「人を見下し」、
神の前で「無様な行動」をし続けていた愚か者が、「救われ選ばれたのだ」と語ったのです。

ヨブがかつて人から「尊敬」され、
しかし神に打たれた後は人から「さげすまれた」ように、
私たちは「絶望に落とされること」があるのです。

しかしだからこそ私たちは「選ばれ」ており、
そこから救われるからこそ「模範となる」のです。

弱いことを「受け入れ」ましょう。
そして弱いからこそ、選ばれたことを「感謝」しましょう。

・・・私たちは「絶望を通じて」、
「自分」ではなく、自分を助けて下さる「主を誇る」ように変えられるのです。







20170708


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by Happiness-eachday | 2017-07-08 06:14 | 2017年 | Trackback

7月7日ヨブ記12-14章 2テサロニケ3章

懸賞 2017年 07月 07日 懸賞

『苦しみの中での、ヨブの悟り』

【ヨブ12:1 そこでヨブが答えて言った。12:2 確かにあなたがたは人だ。あなたがたが死ぬと、知恵も共に死ぬ。12:3 私にも、あなたがたと同様に、悟りがある。私はあなたがたに劣らない。だれかこれくらいのことを知らない者があろうか。12:4 私は、神を呼び、神が答えてくださった者であるのに、私は自分の友の物笑いとなっている。潔白で正しい者が物笑いとなっている。12:5 安らかだと思っている者は衰えている者をさげすみ、足のよろめく者を押し倒す。12:6 荒らす者の天幕は栄え、神を怒らせる者は安らかである。神がご自分の手でそうさせる者は。】

①ヨブは、不幸が起きたのは、罪を犯したためだ、と不当に責める友人たちに対して
「潔白で正しいものが物笑いとなっている」と嘆きました。

②ヨブは言いました。
「安らかで豊かな人々(友人たち)は、不幸で貧し人(ヨブ)を見下さいている」
「正しくても、不幸が起きる」ことがある。

③ヨブは「自分が不幸のために見下されていること」に気がついていました。
そして「罪を責め立てる友人」を正しくないと訴えたのです。

・・・ヨブはみじめでした。
なぜなら「ヨブの正しさ」を立証するものは何もなく、
「不幸」も「病気」もヨブの正しさを否定するように見えるからです。

④しかし、ヨブは「自分が不幸な境遇」に落ちることで
「豊かで正しい人の高慢さ」に気がついたのです。

豊かで正しいことは、「自分の努力の結果」ではなく、
神の許容の中の「うつろいやすいもの」でしかないことをヨブは悟ったのです。

この悟りこそが、
正しい人が不幸を経験する「理由の一つ」なのです。




『働かざる者、食うべからず』

【Ⅱテサ3:10 私たちは、あなたがたのところにいたときにも、働きたくない者は食べるなと命じました。3:11 ところが、あなたがたの中には、何も仕事をせず、おせっかいばかりして、締まりのない歩み方をしている人たちがあると聞いています。3:12 こういう人たちには、主イエス・キリストによって、命じ、また勧めます。静かに仕事をし、自分で得たパンを食べなさい。3:13 しかしあなたがたは、たゆむことなく善を行いなさい。兄弟たちよ。】

①当時の教会では、
クリスチャンの善意を利用し、
援助を受け、怠け者で働こうとしない人たちが少なからずいたようです。

パウロは「訓練と矯正」のために
「そのような人から距離を置くように」と指示をしました。
そのような人たちには、「きちんと仕事に就き、地道に生きるように」と命じたのです。

②教会は「本当に困っている人を助けること」を命じられています。
託された財を「人の欲の為」ではなく
「主の御心によって」使わなければならないのです。





20170707


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by Happiness-eachday | 2017-07-07 05:57 | 2017年 | Trackback