カテゴリ:2017年( 104 )

懸賞 懸賞

4月6日士師記1-2章 マルコ4:1-20

懸賞 2017年 04月 06日 懸賞

『主の御声を聞く者』

【士2:18 【主】が彼らのためにさばきつかさを起こされる場合は、【主】はさばきつかさとともにおられ、そのさばきつかさの生きている間は、敵の手から彼らを救われた。これは、圧迫し、苦しめる者のために彼らがうめいたので、【主】があわれまれたからである。2:19 しかし、さばきつかさが死ぬと、彼らはいつも逆戻りして、先祖たちよりも、いっそう堕落して、ほかの神々に従い、それに仕え、それを拝んだ。彼らはその行いや、頑迷な生き方を捨てなかった。】

①イスラエルの民は、ヨシュアや主の奇跡を体験した世代の死後、
主に対して悪を行い、ほかの神々に仕えました。
②その結果、悪いことが起こり、
民が「主に向かって救いを叫ぶ」と、
主は「裁きつかさ」を起こして、民を救ったのです。
③しかしその「裁きつかさ」が死ぬと、また悪に戻ってしまったのです。

・・・現在は新約の時代であり、「聖霊が共におられる」時代です。
私たちは、いつも「聖霊の導き」を聞き続ける必要があるのです。
もしその御声を聞かなければ、簡単に「悪に走ってしまう」のです。
私たちは、「主の御声」を聞き
「ヨシュア」や「裁きつかさ」の立場に立とうではありませんか。
流される民は「神を悲しませる」ことになりますから。



『み言葉の意味を知るために』

【マルコ4:8 「また、別の種が良い地に落ちた。すると芽ばえ、育って、実を結び、三十倍、六十倍、百倍になった。」4:9 そしてイエスは言われた。「聞く耳のある者は聞きなさい。」4:10 さて、イエスだけになったとき、いつもつき従っている人たちが、十二弟子とともに、これらのたとえのことを尋ねた。4:11 そこで、イエスは言われた。「あなたがたには、神の国の奥義が知らされているが、ほかの人たちには、すべてがたとえで言われるのです。」】

①イエス様は「種まきのたとえ」を通じて、
弟子たちに「み言葉を良い心で聞く大切さ」を語りました。

②しかし弟子たちは「その意味」が分からず
「イエス様に質問」して、教えて頂いたのです。

・・・今の時代は「聖霊」によって、「み言葉の意味」を理解することが出来ます(ヨハネ16章)。
それは聖書通読やクリスチャン書籍、教会の学びの中で「聖霊が働かれる」ことを通じて理解できるのです。
また直接「聖霊によって」教えられることもあります。

・・・み言葉は「聞く耳」を持たなければ「理解できません」。
私たちは「主に求め」「聖霊の助けを頂く」ことによって真理を理解していきましょう。YccFuji







20170406


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by Happiness-eachday | 2017-04-06 12:03 | 2017年 | Trackback

4月5日ヨシュア23-24章 マルコ3:13-35

懸賞 2017年 04月 05日 懸賞

『主のお従いする、前提(土台)』

【ヨシュア24:15 もしも【主】に仕えることがあなたがたの気に入らないなら、川の向こうにいたあなたがたの先祖たちが仕えた神々でも、今あなたがたが住んでいる地のエモリ人の神々でも、あなたがたが仕えようと思うものを、どれでも、きょう選ぶがよい。私と私の家とは、【主】に仕える。」24:16 すると、民は答えて言った。「私たちが【主】を捨てて、ほかの神々に仕えるなど、絶対にそんなことはありません。」】

①ヨシュアは、年をとって天に帰る直前、民に選択を迫りました。
そして民は「私たちは主に仕えます」と応答したのです。

②主の声に従うことは、「自分から進んで」することです。
「いやいや」とか「義務感」で主に従うことは、「本来の応答ではない」のです。

③主への応答は、「主への感謝」によってなされます。
そして主への感謝は、「主がして下さったこと」をどれだけ「自分のこととしているか」によるのです。

④主は「私を助け」「私を愛し」「私に期待をして」ておられる
・・・このことが、主にお従いする「前提(土台)」となるのです。



『イエス様が家族を考えている人』

【マルコ3:32 大ぜいの人がイエスを囲んですわっていたが、「ご覧なさい。あなたのお母さんと兄弟たちが、外であなたをたずねています」と言った。3:33 すると、イエスは彼らに答えて言われた。「わたしの母とはだれのことですか。また、兄弟たちとはだれのことですか。」3:34 そして、自分の回りにすわっている人たちを見回して言われた。「ご覧なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。3:35 神のみこころを行う人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」】

①イエス様は、「神の御心を行う者」が「私の家族である」、と語られたのです。
私たちが、「イエス様の愛と願い」を知り、「イエス様のために生きたい」と願い始めた時、
イエス様はあなたのことを「わたしの家族」と見ておられるのです。

②イエス様の恵みは「当たり前」ではありません。
そして「イエス様が家族と呼ばれること」も「当たり前」ではないのです。

・・・私たちが「家族と呼んで頂けること」は非常に特別なこと、
「大きな恵み」として受け止めることが「大切」です。
恵みを「当然」と思うならば、「過ちを犯す」こととなるのです。YccFuji





20170405


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by Happiness-eachday | 2017-04-05 04:58 | 2017年 | Trackback

4月3日ヨシュア16-19章 マルコ2:1-22

懸賞 2017年 04月 03日 懸賞

『恵みを当たり前に受け取らない』

【ヨシュア17:14 ヨセフ族はヨシュアに告げて言った。「【主】が今まで私を祝福されたので、私は数の多い民になりました。あなたはなぜ、私にただ一つのくじによる相続地、ただ一つの割り当て地しか分けてくださらなかったのですか。」17:15 ヨシュアは彼らに言った。「もしもあなたが数の多い民であるなら、ペリジ人やレファイム人の地の森に上って行って、そこを自分で切り開くがよい。エフライムの山地は、あなたには狭すぎるのだから。」17:16 ヨセフ族は答えた。「山地は私どもには十分ではありません。それに、谷間の地に住んでいるカナン人も、ベテ・シェアンとそれに属する村落にいる者も、イズレエルの谷にいる者もみな、鉄の戦車を持っています。」・・・】

①カナンの地の分割で、ヨセフ族は文句を言いました。
自分たちは大人数だから「もっと多くの土地が欲しい」と要求したのです。

②しかしヨシュアの答えは「大人数で強い」ならば「残された山地」を切り開くべきである、というものでした。

③ヨセフ族は、与えられたものは「当たり前」であり、当然もっと多くのものがもらえるはずだ、と考えました。
ここに罪があるのです。
頂いた土地は「当たり前」ではなく「恵み」によるものなのです。
それをしっかり受け止めるならば、発言が変わっていくのです。



『赦しの宣言』

【マルコ 2:3 そのとき、ひとりの中風の人が四人の人にかつがれて、みもとに連れて来られた。2:4 群衆のためにイエスに近づくことができなかったので、その人々はイエスのおられるあたりの屋根をはがし、穴をあけて、中風の人を寝かせたままその床をつり降ろした。2:5 イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、「子よ。あなたの罪は赦されました」と言われた。・・・
2:10 「人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに知らせるために。」こう言ってから、中風の人に、2:11 「あなたに言う。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい」と言われた。】

①イエス様は、中風の人の友人の信仰を見て「罪の赦しの宣言」をされました。
イエス様は「その権威」を持っておられるからです。

②私たちにも残念ながら「罪」があります。
それも「隠れた罪」があるのです。
しかしイエス様はその罪も「赦す権威」を持っておられるのです。

③「赦されて」はじめて「自由」になり「解放」されます。
私たちは「赦しを宣言」して頂く必要があるのです。YccFuji






20170403


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by Happiness-eachday | 2017-04-03 06:00 | 2017年 | Trackback

3月30日ヨシュア5-6章 使徒28:1-16

懸賞 2017年 03月 30日 懸賞

『主の奇跡を見るタイミング』

【ヨシ6:16 その七度目に祭司たちが角笛を吹いたとき、ヨシュアは民に言った。「ときの声をあげなさい。【主】がこの町をあなたがたに与えてくださったからだ。・・・
6:20 そこで、民はときの声をあげ、祭司たちは角笛を吹き鳴らした。民が角笛の音を聞いて、大声でときの声をあげるや、城壁がくずれ落ちた。そこで民はひとり残らず、まっすぐ町へ上って行き、その町を攻め取った。】

①主は、イスラエルの民に「エリコの町を与える(6:2)」と言われました。
そして具体的な命令と指示を出したのです。

6日間は、何も起こりませんでした。
また7日目には6日間と違ったことをするように命じられました。
そしてその命令通りに従った民は「神の奇跡(エリコの陥落)」を見たのです。

・・・私たちは「神の導き通り」に生きることが大切です。
特に、人間的には不可能な状況下にある時には、「主に導き」しか脱出の道がありません。
そして「求め、従い続ける時」に「あなたの信仰」が大きく成長するのです。



『主の言われた言葉の実現』

【使28:1 こうして救われてから、私たちは、ここがマルタと呼ばれる島であることを知った。・・・28:3 パウロがひとかかえの柴をたばねて火にくべると、熱気のために、一匹のまむしがはい出して来て、彼の手に取りついた。・・・28:5 しかし、パウロは、その生き物を火の中に振り落として、何の害も受けなかった。28:6 島の人々は、彼が今にも、はれ上がって来るか、または、倒れて急死するだろうと待っていた。しかし、いくら待っても、彼に少しも変わった様子が見えないので、彼らは考えを変えて、「この人は神さまだ」と言いだした。・・・
28:16 私たちがローマに入ると、パウロは番兵付きで自分だけの家に住むことが許された。】

①パウロは船が難破をしましたが、マルタ島に漂着しました。
主は、パウロを「毒蛇から守り」、「人々を癒す中」で、島の人々はパウロたちを助けてくれたのです。
そして無事にローマ行の船に乗り、ローマに到着できたのです。

②問題が起こる中でも、主は不思議な方法で「パウロを助けた」のです。
主は、今も働いておられます。
その主の導きを受けるならば、「あなたも助けられる」のです。YccFuji







20170330


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by Happiness-eachday | 2017-03-30 05:35 | 2017年 | Trackback

3月29日ヨシュア3-4章 使徒27:27-44

懸賞 2017年 03月 29日 懸賞

『主の語り掛けによって前進する』

【ヨシュア3:15 箱をかつぐ者がヨルダン川まで来て、箱をかつぐ祭司たちの足が水ぎわに浸ったとき、─ヨルダン川は刈り入れの間中、岸いっぱいにあふれるのだが─3:16 上から流れ下る水はつっ立って、はるかかなたのツァレタンのそばにある町アダムのところで、せきをなして立ち、アラバの海、すなわち塩の海のほうに流れ下る水は完全にせきとめられた。民はエリコに面するところを渡った。3:17 【主】の契約の箱をかつぐ祭司たちがヨルダン川の真ん中のかわいた地にしっかりと立つうちに、イスラエル全体は、かわいた地を通り、ついに民はすべてヨルダン川を渡り終わった。】

①ヨシュアは、約束の地カナンに入る時、
「ヨルダン川の中に立つように(3:8)」という主の命令を聞き、従いました。
すると「水がせき止められ」
彼らは奇跡の中で、ヨルダン川を渡り終えることが出来たのです。

②人間的に先が見えない中でも、主は「命令」をされる時があります。
その命令に「信仰によって」従う時に、主は不思議な道を開かれるのです。

あなたは主の語り掛けを受け止めていますか。
その語りかけが、「本当の神の言葉」である時に、
問題を乗り越えることが出来るのです。



『主の言葉によって、備える』

【使27:34 ですから、私はあなたがたに、食事をとることを勧めます。これであなたがたは助かることになるのです。あなたがたの頭から髪一筋も失われることはありません。」27:35 こう言って、彼はパンを取り、一同の前で神に感謝をささげてから、それを裂いて食べ始めた。27:36 そこで一同も元気づけられ、みなが食事をとった。27:37 船にいた私たちは全部で二百七十六人であった。・・・
27:44 それから残りの者は、板切れや、その他の、船にある物につかまって行くように命じた。こうして、彼らはみな、無事に陸に上がった。】

①パウロは、主より「船に乗っている者は全て助かる」という言葉を頂いていました。
そのため、その約束の言葉に備えて「食事をして準備をするように」パウロは考えたのです。

②「準備をすること」は非常に大切です。
もし先のことが分かっているならば、「必要な準備」をすることが出来るのです。
神様は私たちが「先が見えるヒント」を与えて下さいます。
そのヒントに知恵深く対応し、私たちは「備えること」が大切なのです。YccFuji







20170329



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by Happiness-eachday | 2017-03-29 09:28 | 2017年 | Trackback

3月28日ヨシュア1-2章 使徒27:1-26

懸賞 2017年 03月 28日 懸賞

『聖霊の力によって、御言葉通りに生きる』

【ヨシュア1:7 ただ強く、雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じたすべての律法を守り行え。これを離れて右にも左にもそれてはならない。それは、あなたが行く所ではどこででも、あなたが栄えるためである。1:8 この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行うためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。】

①モーセの使命を継承させるため、主はヨシュアを立てられました。
そして、主はヨシュアに「律法を口ずさみ、守り行うように」と命じられたのです。

②律法(聖書の言葉)は、知っているだけでは力になりません。
聖霊の助けを頂いて「行うこと」こそ最大の力となるのです。
クリスチャンも聖書の素晴らしい言葉を知っているだけでは、「力にならない」のです。
その言葉に生き、その言葉を生活化していることが大切なのです。
(愛し赦しあうことも、聖霊の力がどうしても必要です)

み言葉を知りましょう。
み言葉に従うことを求めましょう。
本気で「聖霊の力」を求めるならば、主はあなたを助けて下さるのです。



『主からのしるしを受け取る』

【使27:20 太陽も星も見えない日が幾日も続き、激しい暴風が吹きまくるので、私たちが助かる最後の望みも今や絶たれようとしていた。27:21 だれも長いこと食事をとらなかったが、そのときパウロが彼らの中に立って、こう言った。「・・・27:22 しかし、今、お勧めします。元気を出しなさい。あなたがたのうち、いのちを失う者はひとりもありません。失われるのは船だけです。27:23 昨夜、私の主で、私の仕えている神の御使いが、私の前に立って、27:24 こう言いました。『恐れてはいけません。パウロ。あなたは必ずカイザルの前に立ちます。そして、神はあなたと同船している人々をみな、あなたにお与えになったのです。』27:25 ですから、皆さん。元気を出しなさい。」】

①パウロは、囚人としてローマに向かう途中、嵐に出会いました。
しかし主が「約束の言葉」を与えて下さったことで、「信仰を得た」のです。

②信仰は「具体的なもの」です。
主からのしるしが与えられて「信じ進むこと」が出来るのです。

・・・嵐のような状況下にも「主からのしるし」が与えられます。
それを受け取るならば、私たちは「解決の道」を歩むことが出来るのです。YccFuji






20170328


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by Happiness-eachday | 2017-03-28 05:03 | 2017年 | Trackback

3月27日申命記33-34章 使徒26:19-32

懸賞 2017年 03月 27日 懸賞

『犠牲を払っても行う価値のあるもの』

【申34:7 モーセが死んだときは百二十歳であったが、彼の目はかすまず、気力も衰えていなかった。34:8 イスラエル人はモアブの草原で、三十日間、モーセのために泣き悲しんだ。そしてモーセのために泣き悲しむ喪の期間は終わった。34:9 ヌンの子ヨシュアは、知恵の霊に満たされていた。モーセが彼の上に、かつて、その手を置いたからである。イスラエル人は彼に聞き従い、【主】がモーセに命じられたとおりに行った。・・・】

①主は、モーセは主からの使命を終え、天に帰って行きました。
そして後継者としてヨシュアを選ばれ、働きが前進したのです。

②私たちには「ここまで」という使命が与えられています。
子育てや立場など、自分しか出来ないことが与えられているのです。
使命はいつも楽しいう訳ではありません。
多くの場合、犠牲や忍耐を伴うものなのです。
しかしそれは、次世代を育てるためにも「犠牲を払って行う価値」はあるのです。



『キリストとの証人』

【使26:23 「すなわち、キリストは苦しみを受けること、また、死者の中からの復活によって、この民と異邦人とに最初に光を宣べ伝える、ということです。」26:24 パウロがこのように弁明していると、フェストが大声で、「気が狂っているぞ。パウロ。博学があなたの気を狂わせている」と言った。26:25 するとパウロは次のように言った。「フェスト閣下。気は狂っておりません。私は、まじめな真理のことばを話しています。・・・26:27 アグリッパ王。あなたは預言者を信じておられますか。もちろん信じておられると思います。」 26:28 するとアグリッパはパウロに、「あなたは、わずかなことばで、私をキリスト者にしようとしている」と言った。】

①パウロは、アグリッパ王の前での弁明で、「自分のキリスト体験」を語りました。
すると王は「わずかな言葉で、キリスト者にしようとしている」と言ったのです。
それだけの「インパクトのある証」をパウロは聖霊に導かれて語ることが出来たのです。

②自らの「証」は、キリストを伝える上で、最高の武器となります。
聖霊に導かれて「キリストの証の事実」を語ることが出来たならば、
私たちも「主に用いられる者」となるのです。YccFuji






20170327


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by Happiness-eachday | 2017-03-27 05:34 | 2017年 | Trackback

3月26日申命記31-32 使徒26:2-18

懸賞 2017年 03月 26日 懸賞

『主の守りの体験と確信』

【申32:10 主は荒野で、獣のほえる荒地で彼を見つけ、これをいだき、世話をして、ご自分のひとみのように、これを守られた。32:11 鷲が巣のひなを呼びさまし、そのひなの上を舞いかけり、翼を広げてこれを取り、羽に載せて行くように。32:12 ただ【主】だけでこれを導き、主とともに外国の神は、いなかった。・・・】

①これは、モーセがイスラエルの民に「主の誠実さと憐れみ」を忘れないためにつくられた歌です。
主だけが導き、肉体的・感情的・霊的必要を満たして下さったのです。
私たちは気がつかない時があり、忘れてしまうことも多いのです。

・・・主に祈りましょう。
そして「良く分かるように」聖霊に働いて頂きましょう。
しるしを求めましょう。
主が具体的に働いて下さっていることを、はっきりと知るために。

・・・私たちは「生きた創造主」を体験しなければ、
苦しい時には簡単に「違う支え」に行ってしまう危険性があるのです。



『神との体験の力』

【使26:14 私たちはみな地に倒れましたが、そのとき声があって、ヘブル語で私にこう言うのが聞こえました。『サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。とげのついた棒をけるのは、あなたにとって痛いことだ。』26:15 私が『主よ。あなたはどなたですか』と言いますと、主がこう言われました。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。・・・』】

①パウロは、もともと厳格なパリサイ人であり、
イエスを信じる者を強烈に迫害していた人物でしたが、
主イエスに出会ったことにより「熱心なクリスチャン」に変えられました。

これは哲学や理屈ではなく、「主との生きた体験」によってだったです。
そしてその生きた証は、人に対しても「強烈なインパクト」で伝わったのです。

・・・私たちが人に伝えることが出来るのは実は知識ではなく「神との体験」なのです。
これこそが最も効果的な宣教につながるものなのです。YccFuji








20170326



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by Happiness-eachday | 2017-03-26 05:18 | 2017年 | Trackback

3月25日申命記29-30章 使徒25:13-26:1

懸賞 2017年 03月 25日 懸賞

『み言葉に従う祝福』

30:11 まことに、私が、きょう、あなたに命じるこの命令は、あなたにとってむずかしすぎるものではなく、遠くかけ離れたものでもない。30:12 これは天にあるのではないから、「だれが、私たちのために天に上り、それを取って来て、私たちに聞かせて行わせようとするのか」と言わなくてもよい。
30:13 また、これは海のかなたにあるのではないから、「だれが、私たちのために海のかなたに渡り、それを取って来て、私たちに聞かせて行わせようとするのか」と言わなくてもよい。30:14 まことに、みことばは、あなたのごく身近にあり、あなたの口にあり、あなたの心にあって、あなたはこれを行うことができる。】

①主は、み言葉に従うことは、難しいことではない、と言われます。
それは「心の中にある御言葉」に正直に従うかどうか、の決断にかかっているのです。
言い訳をしたり理屈をつけたり、するならば、み言葉には従えません。

しかし聖霊の助けの中(聖霊が働かなければできないことです)、
自分の心に語られるみ言葉を選び取るのです。
自分の名誉やプライドよりも「み言葉を選ぶ」のです。
(神様はそのようにせざるを得ない環境を与えられることが多くあります)

み言葉はすでに語られています。
後はそれを「神の言葉」としてどれだけ重要視し、
「従うべき言葉」としているかだけなのです。



『逆境の中での、証の言葉』

【使25:23 こういうわけで、翌日、アグリッパとベルニケは、大いに威儀を整えて到着し、千人隊長たちや市の首脳者たちにつき添われて講堂に入った。そのとき、フェストの命令によってパウロが連れて来られた。・・・
26:1 すると、アグリッパがパウロに、「あなたは、自分の言い分を申し述べてよろしい」と言った。そこでパウロは、手を差し伸べて弁明し始めた。】

①パウロは、聖書に精通しているアグリッパ王に、自分の信仰と立場を弁明する機会を得ました。
そしてこの後大胆に証をして、アグリッパ王の心に影響を与えたのです。
(真理の言葉が語られました)

パウロはどんな場面でも、聖霊に導かれて「大胆に証」をしました。
置かれている環境や状況が問題ではないのです。
主が語るように導かれたならば、素直に「自分の証」を語るべきです。

・・・しかしそのためには準備が必要です。
祈り満たされ、み言葉を心の中に蓄えておく必要があるのです。

あなたは準備ができていますか。
そのために祈りましょう。
聖霊が働かれると、あなたも「主の働き」に用いられていくのです。YccFuji








20170325



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by Happiness-eachday | 2017-03-25 05:20 | 2017年 | Trackback

3月22日申命記22-24章 使徒23:12-35

懸賞 2017年 03月 22日 懸賞

『憐み深い人を喜ばれる神』

【申24:21 ぶどう畑のぶどうを収穫するときは、後になってまたそれを摘み取ってはならない。それは、在留異国人や、みなしご、やもめのものとしなければならない。24:22 あなたは、自分がエジプトの地で奴隷であったことを思い出しなさい。だから、私はあなたにこのことをせよと命じる。】

①主は、避難民、孤児、やもめに関心を持っておられ、
その人々を助けることを神は喜ばれるのです。

②それはつまり、私たちが「ひどい境遇」に置かれた時には、
主は「私たちを心配し」「憐れんでくださる」お方でもあるのです。

・・・主の憐みを受け取りましょう。
そして私たちが力を得るようになったら、
「弱い立場の人々への援助」を積極的にしていきましょう。
主は「憐れみ深いお方」なので、「憐み深い人」を喜ばれるのです。


『試練と同時に、脱出の道を与えて下さる神』

【使23:19 千人隊長は彼の手を取り、だれもいない所に連れて行って、「私に伝えたいことというのは何か」と尋ねた。23:20 すると彼はこう言った。「ユダヤ人たちは、パウロについてもっと詳しく調べようとしているかに見せかけて、あす、議会にパウロを連れて来てくださるように、あなたにお願いすることを申し合わせました。23:21 どうか、彼らの願いを聞き入れないでください。四十人以上の者が、パウロを殺すまでは飲み食いしない、と誓い合って、彼を待ち伏せしているのです。」】

①パウロが殺されそうになっている時、
その陰謀を、パウロに姉妹の子が偶然聞き、それをパウロに伝えました。
その結果、千人隊長はパウロを守るために、
兵隊に護衛をさせ、カイザリアに向けて出発させたのです。

主は危機的な状況から、パウロを「助け出されたお方」なのです。
私たちに対しても、同じように「助けて下さる神」であることを、
もう一度、受け取りましょう。

私たちの神は、「試練と同時に脱出の道を与えて下さる神」なのです。YccFuji








20170322




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by Happiness-eachday | 2017-03-22 05:45 | 2017年 | Trackback