カテゴリ:2017年( 314 )

懸賞 懸賞

5月8日1列王1章 2ペテロ3章

懸賞 2017年 05月 08日 懸賞

『主の計画に従うこと、反抗する結果』

【Ⅰ列王1:5 一方、ハギテの子アドニヤは、「私が王になろう」と言って、野心をいだき、戦車、騎兵、それに、自分の前を走る者五十人を手に入れた。1:6 ─彼の父は存命中、「あなたはどうしてこんなことをしたのか」と言って、彼のことで心を痛めたことがなかった。そのうえ、彼は非常な美男子で、アブシャロムの次に生まれた子であった─1:7 彼はツェルヤの子ヨアブと祭司エブヤタルに相談をしたので、彼らはアドニヤを支持するようになった。1:8 しかし、祭司ツァドクとエホヤダの子ベナヤと預言者ナタン、それにシムイとレイ、および、ダビデの勇士たちは、アドニヤにくみしなかった。】

①ダビデ王の晩年、四男アドニヤは、「自分がイスラエルの王」だと宣言をしました。
しかしすでにダビデ王は、ソロモンを後継者としており、神の計画(ご意志)も同じでした。

②アドニヤは、神の計画にも父の意志にも反抗して、「自分の我」を押し通したのです。
彼は非常に美男子でした(周りから好意を受けていた可能性が高い)。
また彼の計画に対して有力な賛同者を得られたのです。
しかしだからと言って、「神の計画」を変更することはできなかったのです。

・・・私たちの信仰生活は「自分の計画」を主や周りに「押し付ける」のではなく、
「主の計画」に「従い続ける」ことです。
それが感情的に「受け入れられない」ことであっても、
主の計画を冷静に分析し、従うことが得策なのです。




『主の忍耐は、救いである』

【Ⅱペテ3:10 しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。3:11 このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。・・・3:14 そういうわけで、愛する人たち。このようなことを待ち望んでいるあなたがたですから、しみも傷もない者として、平安をもって御前に出られるように、励みなさい。3:15 また、私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい。】

①主の日、再臨は確実にやってきます。
しかしある人たちは、遅いと考えます。
ここでペテロは「主は忍耐をもって時を定めておられる」「主の忍耐は救いである」というのです。

②私たちは、主の約束を「信じ」なければなりません。
そしてその時が来ても良いように「備える必要」があるのです。

・・・「私たちの考え」の延長に「信仰」があるのではなく、
「主の言葉」を受け止めることから「信仰」が始まるのです。

主は私たちが「信仰」で受け止めることを「待っておられる」のです。







20170508



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by Happiness-eachday | 2017-05-08 05:01 | 2017年 | Trackback

5月7日2サムエル23-24章 2ペテロ2章

懸賞 2017年 05月 07日 懸賞

『悔い改めの告白と、犠牲の心』

【Ⅱサム24:24 しかし王はアラウナに言った。「いいえ、私はどうしても、代金を払って、あなたから買いたいのです。費用もかけずに、私の神、【主】に、全焼のいけにえをささげたくありません。」そしてダビデは、打ち場と牛とを銀五十シェケルで買った。24:25 こうしてダビデは、そこに【主】のために祭壇を築き、全焼のいけにえと和解のいけにえとをささげた。【主】が、この国の祈りに心を動かされたので、神罰はイスラエルに及ばないようになった。】

①ダビデは、誘惑を受け、人口調査をした罪を贖うためのいけにえを、
自分の犠牲として捧げたいと願いました。
ダビデは「自分の罪」を認め、
「自分の意志」と「自分の犠牲」によって、いけにえを捧げたのです。

②悔い改めは、人のせいにしていては、捧げることはできません。
自分が犯した罪を(仮に人の影響によって犯させられたように感じても)、
「自分の罪」として告白しなければなりません。
そして犠牲を伴うのです。

新約時代は「イエス様の犠牲」によって「牛や羊を捧げる必要」は無くなりました。
しかしだからといって「犠牲を捧げるこころ」は無くしてはいけないのです。





『反面教師』

【Ⅱペテ2:10 汚れた情欲を燃やし、肉に従って歩み、権威を侮る者たちに対しては、特にそうなのです。彼らは、大胆不敵な、尊大な者たちで、栄誉ある人たちをそしって、恐れるところがありません。・・・2:18 彼らは、むなしい大言壮語を吐いており、誤った生き方をしていて、ようやくそれをのがれようとしている人々を肉欲と好色によって誘惑し、2:19 その人たちに自由を約束しながら、自分自身が滅びの奴隷なのです。人はだれかに征服されれば、その征服者の奴隷となったのです。2:20 主であり救い主であるイエス・キリストを知ることによって世の汚れからのがれ、その後再びそれに巻き込まれて征服されるなら、そのような人たちの終わりの状態は、初めの状態よりももっと悪いものとなります。】

①キリストを信じたように振舞っても、間違った考え方の人がいることを、聖書は明らかにしています。
そしてその人たちは、他のクリスチャンを「自分の考え」に同調させようとするのです。
しかし「聖書の真理」と比較した時に、「その人の間違い」は明らかになるのです。

・・・「聖書の真理」を素直に受け入れましょう。
そしてその真理に反する「自分の心の中の罪」は速やかに「告白」しましょう。

信仰は単純です。
悔い改めれば「回復」し、
ごまかし続ければ、「もっとひどく」なるのです。






20170507


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by Happiness-eachday | 2017-05-07 04:40 | 2017年 | Trackback

5月6日2サムエル22章 2ペテロ1章

懸賞 2017年 05月 06日 懸賞

『自分を正直に見つめる大切さ』

【Ⅱサム22:21 【主】は、私の義にしたがって私に報い、私の手のきよさに従って私に償いをされた。22:22 私は【主】の道を守り、私の神に対して悪を行わなかった。22:23 主のすべてのさばきは私の前にあり、そのおきてから私は遠ざからなかった。22:24 私は主の前に全く、私の罪から身を守る。22:25 【主】は、私の義にしたがって、また、御目の前の私のきよさにしたがって私に償いをされた。22:26あなたは、恵み深い者には、恵み深く、全き者には、全くあられ、22:27 きよい者には、きよく、曲がった者には、ねじ曲げる方。22:28 あなたは、悩む民を救われますが、高ぶる者に目を向けて、これを低くされます。】

①主は愛と赦しの神ではありますが、
しかしここでは「わたしに義(聖さ)に従って私に報いられるお方」と書かれています。

つまり、私たちが「聖められた分」、
「報いて下さるお方」でもあるのです。

②この御言葉が、私たちの人生に当てはまるためには、
「自分自身への正直さ」が要求されます。
自分を素直に省みて、
「良いは良い、悪いは悪い」と素直に受け止めなければ、
「聖め」は起こり得ないのです。

・・・あなたは自分を「どんなもの」と思っていますか。
それは願望ですか。事実ですか。
「聖め」を追い求めましょう。
あなたが聖められて起こる「主からの働き」があるのですから、
聖めが起こらないと「主からの働き」は先送りとなってしまうのです。





『後悔の無い人生の歩み方』

【Ⅱペテ1:5 こういうわけですから、あなたがたは、あらゆる努力をして、信仰には徳を、徳には知識を、1:6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、1:7 敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。1:8 これらがあなたがたに備わり、ますます豊かになるなら、あなたがたは、私たちの主イエス・キリストを知る点で、役に立たない者とか、実を結ばない者になることはありません。1:9 これらを備えていない者は、近視眼であり、盲目であって、自分の以前の罪がきよめられたことを忘れてしまったのです。1:10 ですから、兄弟たちよ。ますます熱心に、あなたがたの召されたことと選ばれたこととを確かなものとしなさい。これらのことを行っていれば、つまずくことなど決してありません。】

①ペテロは、クリスチャンになった後の「成熟(信仰の成長)」について、ここに書き記しています。
上記のような「聖めの性質」を「追い求めている」ならば、
「役に立ち、実を結ぶ者」となるのです。

②クリスチャンになり、主の愛を知っている者だけが、これらの段階を通ることができます。
(信仰→徳→知識→自制→忍耐→敬虔→兄弟愛→愛)

③涙なくしては、これらの道は通ることが出来ません。
また、主が身近におられ「助けて下さっている」と感じられなければ、
「投げ出してしまう」でしょう。

しかしその道を歩む者は「主に喜ばれ」、
自分自身で「人生を振り返った時」に「大きな満足」を得ることができるのです。






20170506


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by Happiness-eachday | 2017-05-06 05:39 | 2017年 | Trackback

5月5日2サムエル20-21章 1ペテロ5章

懸賞 2017年 05月 05日 懸賞

『身近な人に助けられる幸い』

【Ⅱサム21:15 ペリシテ人はまた、イスラエルに戦いをしかけた。ダビデは自分の家来たちを連れて下り、ペリシテ人と戦ったが、ダビデは疲れていた。21:16 それで、ラファの子孫のひとりであったイシュビ・ベノブは、ダビデを殺そうと考えた。彼の槍の重さは青銅で三百シェケル。そして彼は新しい剣を帯びていた。21:17 しかし、ツェルヤの子アビシャイはダビデを助け、このペリシテ人を打ち殺した。そのとき、ダビデの部下たちは彼に誓って言った。「あなたは、もうこれから、われわれといっしょに、戦いに出ないでください。あなたがイスラエルのともしびを消さないために。」】

①ダビデは、度重なる攻撃の中で、疲れていました。
そのため本来なら、十分対応できる敵に対しても、殺されそうになってしまったのです。

人は疲れすぎると、十分な対応ができなくなるのです。

②しかし感謝なことは、ダビデの仲間がダビデを助け、
ダビデにしばらく休むようにと願ったのです。

・・・私たちも、それぞれの立場で大切な存在です。
自分が倒れると困る人がいるのです。
自分のためだけでなく、私を必要としている人のためにも、
自分のコンディションを良い状態に保たなければなりません。

そしてあなたの身近に、
あなたのことを心配し、あなたの弱さをフォローしてくれる人がいるならば、
幸いなのです。




『へりくだりと成熟への道』

【Ⅰペテ 5:5 同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。みな互いに謙遜を身に着けなさい。神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです。5:6 ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。5:7 あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。5:8 身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。5:9 堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。】

①主は、年長者は模範となり、若い人はその模範を見習うようにと命じられました。
そして互いに謙遜を身に着けるようにと言われたのです。

②私たちは、様々な苦難の状況下で「へりくだるように」に導かれるのです。
その神の「へりくだりの計画」に素直に従うならば、
神ご自身が私たちを「高く上げて」下さるのです。

③悪魔の攻撃は、「高慢」と「人への批判」です。
その誘惑に乗らないように、
「悪しき思い」に立ち向かい、退けなければならないのです。

誘惑に落ちることは簡単です。
しかしその結果が恐ろしいことになると知っている人は、
神にすがり、悪魔に立ち向かうのです。

すべての信仰者が、この試練を乗り越えて、「成熟」へと向かうのです。





20170505


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by Happiness-eachday | 2017-05-05 05:17 | 2017年 | Trackback

5月4日2サムエル18-19章 1ペテロ4章

懸賞 2017年 05月 04日 懸賞

『ダビデの感情と理性』

【Ⅱサム19:7 それで今、立って外に行き、あなたの家来たちに、ねんごろに語ってください。私は【主】によって誓います。あなたが外においでにならなければ、今夜、だれひとりあなたのそばに、とどまらないでしょう。そうなれば、そのわざわいは、あなたの幼いころから今に至るまでにあなたに降りかかった、どんなわざわいよりもひどいでしょう。」19:8 それで、王は立って、門のところにすわった。】

①王の息子、アブシャロムが死んで、ダビデは嘆きました。
ダビデのために戦いに出たヨアブは、「兵士をねぎらってほしい」と助言をしました。
ダビデはそれを聞き入れ、問題は大きくならずに済んだのです。

②感情的になっていても、ダビデは助言を聞き入れる心を持っていました。
そして「必要なことであれば」実行する意思もダビデは持っていたのです。

・・・人は感情を持っていますが、感情だけでは物事は上手く進みません。
時に感情を押し殺して「理性的」に行動することも必要なのです。




『真理と理性によって、行動を修正する』

【Ⅰペテ4:1 このように、キリストは肉体において苦しみを受けられたのですから、あなたがたも同じ心構えで自分自身を武装しなさい。肉体において苦しみを受けた人は、罪とのかかわりを断ちました。4:2 こうしてあなたがたは、地上の残された時を、もはや人間の欲望のためではなく、神のみこころのために過ごすようになるのです。・・・4:4 彼らは、あなたがたが自分たちといっしょに度を過ごした放蕩に走らないので不思議に思い、また悪口を言います。4:5 彼らは、生きている人々をも死んだ人々をも、すぐにもさばこうとしている方に対し、申し開きをしなければなりません。】

①「神の御心のために生きるように」主は私たちを導かれます。
そのために肉体の苦しみや試練を受けることがあるのです。
その中で、私たちは「真剣に祈る」ようになり、
「罪を退け」、私たちの「人生は変えられる」のです。

②また私たちは「永遠の命(天国)」を意識して生きるようになります。
主に「すべて見られている」ことを知る中で、
主に「申し開きができるように」行動を吟味するようになるのです。

・・・感情で「好きなように生きる」ことは実は「罪に縛られる」ことがあるのです。
私たちは「理性的」に「神が喜ばれるように」と考え、
時に、行動を「修正すること」は、非常に大切なのです.



20170504




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by Happiness-eachday | 2017-05-04 05:36 | 2017年 | Trackback

5月3日2サムエル15-17章 1ペテロ3章

懸賞 2017年 05月 03日 懸賞

『解決の唯一の道』

【Ⅱサム15:25 王はツァドクに言った。「神の箱を町に戻しなさい。もし、私が【主】の恵みをいただくことができれば、主は、私を連れ戻し、神の箱とその住まいとを見せてくださろう。15:26 もし主が、『あなたはわたしの心にかなわない』と言われるなら、どうか、この私に主が良いと思われることをしてくださるように。」】

①ダビデ王は、自分の息子のアブシャロムによって、謀反を起こされ、
エルサレムから逃げなければならなくなりました。
今までの立場も名声も地位も、すべてを失い、
一部の人からのろいの言葉をかけられたたのです。

将来のビジョンも希望もない状況でした。

②しかしダビデは、主を信じ、委ねていました。
彼が今までしていた「主への忠実さ」を、主が認めて下さるなら、
きっと帰ることが出来ると信じたのです。

・・・人間的に絶望する時、主は「上よりの信仰」を与えて下さるのです。
その信仰を「受け取る」時、
最悪な中でも「希望を持つこと」ができるのです。

主はこの後、ダビデに「主よりの知恵」を与えられ、危機的な状況を回避しました。
そして短期間で、王としてエルサレムに帰ることが出来たのです。

・・・主から与えられる「信仰」と「知恵」をしっかり受け取りましょう。
それら受け取ることが「解決の唯一の道」だからです。




『どんな人にも祝福の祈りをする大切さ』

【Ⅰペテ3:8 最後に申します。あなたがたはみな、心を一つにし、同情し合い、兄弟愛を示し、あわれみ深く、謙遜でありなさい。3:9 悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。・・・】

①主は私たちに、人を呪わずに「祝福するように」命じられました。
悪や侮辱に対しても「祝福をすること」で応対するようにと言われたのです。

これはなぜでしょうか。

人間的にはどうして悪を返すことは。いけないのでしょうか。

②「祝福を与える」と神様からの「祝福を受け取ること」が出来ます。
反対に呪いの言葉をかけると「受けるべき祝福」を曇らせてしまい、
受け取れなくなるのです。

・・・あなたの心をいつも「神様の祝福を受け取りやすい状況」に保ち続けましょう。
人のせいにしたり、仕返しを考えたりする心では、心が濁ってしまうだけなのです。
(「神様の願い」が分からなくなってしまいます)






20170503


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by Happiness-eachday | 2017-05-03 05:05 | 2017年 | Trackback

5月2日2サムエル12-14章 1ペテロ1:22-2:25

懸賞 2017年 05月 02日 懸賞

『主の前で正直になる大切さ』

【Ⅱサム12:5 すると、ダビデは、その男に対して激しい怒りを燃やし、ナタンに言った。「【主】は生きておられる。そんなことをした男は死刑だ。12:6 その男は、あわれみの心もなく、そんなことをしたのだから、その雌の子羊を四倍にして償わなければならない。」12:7 ナタンはダビデに言った。「あなたがその男です。イスラエルの神、【主】はこう仰せられる。『わたしはあなたに油をそそいで、イスラエルの王とし、サウルの手からあなたを救い出した。』・・・
12:13 ダビデはナタンに言った。「私は【主】に対して罪を犯した。」ナタンはダビデに言った。「【主】もまた、あなたの罪を見過ごしてくださった。あなたは死なない。」】

①ダビデは、預言者ナタンによって「自分の罪」を明らかにされた時、
正直に「罪を告白し」、心から悔い改めました。
主がすべてを知っておられることに、
ダビデはもう一度気がつき、主の前で「隠し立てが出来ない」ことを悟ったのです。

②私たちの「心の動機」も、「考え」も、主はすべて見ておられます。
その上で、私たちが「主に喜ばれるように」判断することを、
主は「願っておられる」のです。

・・・主は私たちが「気がつくこと」を待っておられます。
そして「聖めを求め」「誘惑から守られるように」祈り求めることを待っておられるのです。

主が「いつも見ておられること」に気がついて、「罪を犯さないこと」が一番です。
しかしもし「犯してしまった」ならば、
隠し立てせずに、すべてを主に「悔い改めて謝ること」が、大切なのです。





『悪を退ける方法』

【Ⅰペテ2:1 ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。2:3 あなたがたはすでに、主がいつくしみ深い方であることを味わっているのです。2:4 主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生ける石です。・・・】

①主は、心の中にある「汚れた思い」を「全て捨て去る」ことを願っておられます。
それは「み言葉を慕い求める」ことによって可能なのです。

②あなたの心が「聖いもの」を求めるならば「汚れたもの」を退けることになります。
反対に「汚れたもの」を求めるなら「聖いもの」を無視することになるのです。

・・・あなたはどちらを求めていますか。

「主の元に近づき」ましょう。
「主の御言葉を求め」ましょう。
それらのことをいつもしているならば、「悪を退ける」こととなるのです。








20170502


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by Happiness-eachday | 2017-05-02 05:02 | 2017年 | Trackback

5月1日2サムエル9-11章 1ペテロ1:1-21

懸賞 2017年 05月 01日 懸賞

『誘惑の恐ろしさ』

【Ⅱサム11:26 ウリヤの妻は、夫ウリヤが死んだことを聞いて、夫のためにいたみ悲しんだ。11:27 喪が明けると、ダビデは人をやり、彼女を自分の家に迎え入れた。彼女は彼の妻となり、男の子を産んだ。しかし、ダビデの行ったことは【主】のみこころをそこなった。】

①主を愛していたダビデは、晩年、大きな失敗を犯しました。
それはヘテ人ウリヤの妻、バテシェバとの関係でした。

②ダビデは罪を犯しましたが、さらに悪いことは、その罪をごまかすために、ウリヤを戦死させたのです。
このことは「主の御心」を損ないました。

・・・主を愛し、主のために戦ったダビデでさえも、この時は「罪をごまかしてしまった」のです。
神様との関係を持っていても「罪の誤魔化しの誘惑」を受けることがあるのです。
主が「今の自分の心」を見ておられることを「忘れてしまうこと」があるのです。

・・・ダビデはこの後「預言者ナタンの指摘」を受けて、心から悔い改めます(12章)。
しかしダビデのしてしまった「罪」を、私たちは「半面教師」としなければなりません。
「自分は誘惑からは守られている」ということはあり得ないのです。




『聖めと、聖めを求める心』

【Ⅰペテ1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現れのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。1:14 従順な子どもとなり、以前あなたがたが無知であったときのさまざまな欲望に従わず、1:15 あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なるものとされなさい。1:16 それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない」と書いてあるからです。1:17 また、人をそれぞれのわざに従って公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら、あなたがたが地上にしばらくとどまっている間の時を、恐れかしこんで過ごしなさい。】

①ペテロはこの手紙の中で、クリスチャンの聖め(聖化)について言及しています。
神様は「聖い」お方ですから、
「その方の喜ばれるように」生きるためには「聖め」を求めるようになるのです。

聖めは中途半端なものではありません。
「神の喜ばれないもの」からきっぱりと「縁を切る」決断と覚悟が必要なのです。

・・・あなたは「自分の心を主が見ておられること」を知っていますか。
その主が「喜ばれるように生きたい」と願いますか。

聖霊に助けがなければ、「聖め」は不可能です。
しかし「聖められたい」と願う心と「汚いものを捨てる」潔い決断は、
私たち「人間側の備え」として、必要なものなのです。








20170501


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by Happiness-eachday | 2017-05-01 05:10 | 2017年 | Trackback

4月30日2サムエル7-8章 ユダ1

懸賞 2017年 04月 30日 懸賞

『ダビデの主との深い信頼関係』

【Ⅱサム 7:18 ダビデ王は行って【主】の前に座し、そして言った。「・・・7:19 神、主よ。この私はあなたの御目には取るに足りない者でしたのに、あなたは、このしもべの家にも、はるか先のことまで告げてくださいました。神、主よ。これが人の定めでしょうか。7:20 神、主よ。このダビデは、このうえ、あなたに何をつけ加えて申し上げることができましょう。あなたはこのしもべをよくご存じです。・・・
7:25 どうか、神、【主】よ。あなたが、このしもべとその家について約束されたことを、とこしえまでも守り、あなたの約束どおりに行ってください。・・・7:27 イスラエルの神、万軍の【主】よ。あなたは、このしもべの耳にはっきり、『わたしが、あなたのために家を建てる』と言われました。それゆえ、このしもべは、この祈りをあなたに祈る勇気を得たのです。】

①主はダビデを選び、忠実に歩んだダビデに対して「ダビデとの契約」を結ばれたのです。
これはダビデの子孫が祝福されるだけではなく、
将来のメシアがダビデの子孫から生まれるという約束を伴うものでした。

②主を恐ろしいと思っていては、心を開いて祈ることはできません。
主の愛と恵みを深く感じた者だけが、
正直に心を開いて「主の前に祈る」ことができるのです。

・・・あなたはどのような祈りを主に捧げていますか。
ダビデから学びましょう。

苦汁を味わい、それでも主に助けられたダビデの経験があったからこそ、
ダビデは主との深い信頼関係を得ることが出来たのです。




『聖書を曲解する、偽教師の危険性』

【ユダ1:17 愛する人々よ。私たちの主イエス・キリストの使徒たちが、前もって語ったことばを思い起こしてください。1:18 彼らはあなたがたにこう言いました。「終わりの時には、自分の不敬虔な欲望のままにふるまう、あざける者どもが現れる。」1:19 この人たちは、御霊を持たず、分裂を起こし、生まれつきのままの人間です。1:20 しかし、愛する人々よ。あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、聖霊によって祈り、1:21 神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。・・・】

①主の兄弟ユダは、自由思想家である偽教師の危険性を記す必要を感じて、この手紙を書きました。
②偽教師は、イエス様だけを信じていれば「どんな罪でも赦されること」を曲解し、
「裁きを恐れることなく」「罪を犯すこと」を奨励していたのです。

③このような人たちは、「分裂」を起こし、「肉的な判断」を押し通します。
(正しい選択げできなくても仕方がないと罪を正当化するのです)

・・・御霊によって正しい判断をしましょう。
聖書の命令は、「従う」べきものです。
「いい加減」にしてはいけないのです。
聖書を人間的な解釈(ヒューマニズム)で「自己正当化すること」は、非常に危険なのです。






20170430






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by Happiness-eachday | 2017-04-30 05:00 | 2017年 | Trackback

4月29日2サムエル4-6章 マルコ16章

懸賞 2017年 04月 29日 懸賞

『主を愛する者は、誤解を恐れなくなる』

【Ⅱサム6:13 【主】の箱をかつぐ者たちが六歩進んだとき、ダビデは肥えた牛をいけにえとしてささげた。6:14ダビデは、【主】の前で、力の限り踊った。ダビデは亜麻布のエポデをまとっていた。6:15 ダビデとイスラエルの全家は、歓声をあげ、角笛を鳴らして、【主】の箱を運び上った。6:16 【主】の箱はダビデの町に入った。サウルの娘ミカルは窓から見おろし、ダビデ王が【主】の前ではねたり踊ったりしているのを見て、心の中で彼をさげすんだ。・・・】

①ダビデは、全イスラエルの王となり、エルサレムを獲得しました。
そして主の箱を迎えたいと考え、ようやく迎えることが出来たのです。

②ダビデは心から喜び、エポテの姿で、力の限りおどったのです。
ダビデは、主の箱を迎えることを「心から喜んでいた」ので、
「人からどう見られよう」ということは考えませんでした。

・・・主を愛し、喜ぶ心が増し加わると「人からの誤解や悪い評価」が過剰に気にならなくなります。
自分を愛し、祝福して下さる「主が喜んで下されば」、それだけで満足するのです。

人間は「あなたは高価で貴い」という主からの「絶対的な支え」が必要です。
それがあると「人から認められたい」という様々な束縛から「解放される」のです。




『不十分な者を用いて下さる主』

【マルコ16:14 しかしそれから後になって、イエスは、その十一人が食卓に着いているところに現れて、彼らの不信仰とかたくなな心をお責めになった。それは、彼らが、よみがえられたイエスを見た人たちの言うところを信じなかったからである。16:15 それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。16:16 信じてバプテスマを受ける者は、救われます。・・・」】

①イエス様は、復活後、弟子たちのところに現れ、ご自分が生きていることを明らかにされました。
そして弟子たちの不信仰を指摘されたのです。

②彼らは、マグダラのマリヤの証を信じず、エマオに向かった弟子たちの証を信じず、
かつてイエス様が「十字架と復活」を話していたことさえも信じていませんでした。

③しかし主は、そのような弟子たちを用いて
「イエス様の福音」を語り伝えるように、計画されていたのです。

・・・主は「不十分に思える者たち」を用いて、大きな働きに遣わされたのです。
私たちも「同じ主に仕える者」として「期待」しようではありませんか。

私たちが「不十分」でも、主は私たちを用い、使われるのです。






20170429


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by Happiness-eachday | 2017-04-29 05:13 | 2017年 | Trackback