カテゴリ:2017年( 313 )

懸賞 懸賞

12月1日エゼキエル13-15章 1ヨハネ1:1-2:14

懸賞 2017年 12月 01日 懸賞

『真の悔い改めと、真の聖め』

【エゼキエル13:11 しっくいで上塗りする者どもに言え。『それは、すぐはげ落ちる。』大雨が降り注ぎ、わたしが雹を降らせ、激しい風を吹きつける。13:12 すると、壁が倒れ落ちる。人々はあなたがたに向かって、『上塗りしたしっくいはどこにあるのか』と言わないだろうか。13:13 それゆえ、神である主はこう仰せられる。わたしは、憤って激しい風を吹きつけ、怒って大雨を降り注がせ、憤って雹を降らせて、こわしてしまう。13:14 あなたがたがしっくいで上塗りした壁を、わたしが打ちこわし、地に倒してしまうので、その土台までもあばかれてしまう。それが倒れ落ちて、あなたがたがその中で滅びるとき、あなたがたは、わたしが【主】であることを知ろう。】

①表面だけ取り繕っても、中身が聖められておらず、真の悔い改めでないのならば、
すべてが崩れ去ることを主は語られました。
表面だけ取り繕う、労苦は無意味なのです。
主は私たちの心と動機を見ておられ、
その部分が聖められることを注視しておられるのです。




『神様の命令を守る』

【Ⅰヨハネ2:3 もし、私たちが神の命令を守るなら、それによって、私たちは神を知っていることがわかります。2:4 神を知っていると言いながら、その命令を守らない者は、偽り者であり、真理はその人のうちにありません。2:5 しかし、みことばを守っている者なら、その人のうちには、確かに神の愛が全うされているのです。それによって、私たちが神のうちにいることがわかります。2:6 神のうちにとどまっていると言う者は、自分でもキリストが歩まれたように歩まなければなりません。】

①神を知っている者は、神の命令を守ると、使徒ヨハネは語りました。
私たちが、神の命令を守れるかどうかは、神を知る深さによるのです。
あなたは神の命令を守っていますか。
守れない部分があるならば、真剣に神様に祈りましょう。


その部分に神様が触れて下さり、
石の心が肉の心に変わるような(エゼキエ11章)変化が起きる時に、
あなたは赦せない人も赦し愛する人へと、一歩近づくことができるのです。





20171201


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by Happiness-eachday | 2017-12-01 05:12 | 2017年 | Trackback

11月29日エゼキエル8-10章 ヨハネ20:19-31

懸賞 2017年 11月 29日 懸賞

『主の前に、隠し事はできない』

【エゼキエル8:11 また、イスラエルの家の七十人の長老が、その前に立っており、その中にはシャファンの子ヤアザヌヤも立っていて、彼らはみなその手に香炉を持ち、その香の濃い雲が立ち上っていた。8:12 この方は私に仰せられた。「人の子よ。あなたは、イスラエルの家の長老たちがおのおの、暗い所、その石像の部屋で行っていることを見たか。彼らは、『主は私たちを見ておられない。【主】はこの国を見捨てられた』と言っている。」8:13 さらに、私に仰せられた。「あなたはなおまた、彼らが行っている大きな忌みきらうべきことを見るだろう。」】

①イスラエルの長老たちは、隠れたところで、主ではないものを拝んでいました。
主は見捨てられたと勝手に考え、主が嫌われることをしていたのです。

②苦しみの時、私たちに出来ることは、主を求めることです。
そして悔い改めることです。
へりくだって救いを求めれば、主は助けて下さるのです。
主以外のものに寄り頼むことは、愚かです。
主は隠れた私たちの心を、全て知っておられるのです。




『すべてを知っておられるイエス様』

【ヨハネ20:25 それで、ほかの弟子たちが彼に「私たちは主を見た」と言った。しかし、トマスは彼らに「私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません」と言った。20:26 八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。戸が閉じられていたが、イエスが来て、彼らの中に立って「平安があなたがたにあるように」と言われた。20:27 それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」20:28 トマスは答えてイエスに言った。「私の主。私の神。」】

①弟子たちが復活のイエス様に出会った時、弟子のトマスはいませんでした。
そのときトマスが語った不信仰の言葉を、イエス様は聞いておられたのです。
そして8日後にトマスのそのことを話しました。

イエス様はすべてご存知です。
イエス様がおられないように見えても、
イエス様は、私たちの全ての心を知っておられるのです。





20171129


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by Happiness-eachday | 2017-11-29 05:40 | 2017年 | Trackback

11月28日エゼキエル5-7章 ヨハネ20:1-18

懸賞 2017年 11月 28日 懸賞

『悔い改め』

【エゼキエル6:9 あなたがたのうちののがれた者たちは、とりこになって行く国々で、わたしを思い出そう。それは、わたしから離れる彼らの姦淫の心と、偶像を慕う彼らの姦淫の目をわたしが打ち砕くからだ。彼らが自分たちのあらゆる忌みきらうべきことをしたその悪をみずからいとうようになるとき、6:10 彼らは、わたしが【主】であること、また、わたしがゆえもなくこのわざわいを彼らに下すと言ったのではないことを知ろう。】

①裁きによって、人々は自分たちの罪深さに、やっと気がつくようになり、
神様に逆らったことを心から悲しみ、神の憐みと助けにすがるようになりました。
悔い改めは単に考え方を変えるだけではなく、
心や態度、方向を変えることなのです。
そこには罪対する、心からの悲しみと後悔があり、
主の願いに従いたいという、強烈な思いが湧き上がるのです。




『イエス様に気がつく時』

【ヨハネ20:15 イエスは彼女に言われた。「なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか。」彼女は、それを園の管理人だと思って言った。「あなたが、あの方を運んだのでしたら、どこに置いたのか言ってください。そうすれば私が引き取ります。」20:16 イエスは彼女に言われた。「マリヤ。」彼女は振り向いて、ヘブル語で、「ラボニ(すなわち、先生)」とイエスに言った。】

①復活されたイエス様を、マリヤはイエス様だと気がつきませんでした。
私たちも、イエス様が身近におられるはずなのに、
主の働きを気がつかないことがあるのです。
しかしイエス様はマリヤに語り掛け、マリヤは気がつくことができました。
私たちも、イエス様が語りかけてくださる時、イエス様の働きに気がつくのです。




20171128


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by Happiness-eachday | 2017-11-28 05:32 | 2017年 | Trackback

11月27日エゼキエル3-4章 ヨハネ19:17-42

懸賞 2017年 11月 27日 懸賞

『使命を果たすための力』

【エゼキエル3:7 しかし、イスラエルの家はあなたの言うことを聞こうとはしない。彼らはわたしの言うことを聞こうとはしないからだ。イスラエルの全家は鉄面皮で、心がかたくなだからだ。3:8 見よ。わたしはあなたの顔を、彼らの顔と同じように堅くし、あなたの額を、彼らの額と同じように堅くする。3:9 わたしはあなたの額を、火打石よりも堅い金剛石のようにする。彼らは反逆の家だから、彼らを恐れるな。彼らの顔にひるむな。」】

①エレキエルの使命は、同国人にみ言葉を語ることでした。
しかし彼らは、反逆の民であると言われたのです。
神様は、エゼキエルに働けをさせるために
「金剛石(ダイヤモンド)のように額を固くする」と言われました。
それは頑なな心に語り続ける強い力でした。
神様は使命を与える時、それを成し遂げる力を同時に与えられるのです。



『イエス様の罪のための犠牲』

【ヨハネ19:28 この後、イエスは、すべてのことが完了したのを知って、聖書が成就するために、「わたしは渇く」と言われた。19:29 そこには酸いぶどう酒のいっぱい入った入れ物が置いてあった。そこで彼らは、酸いぶどう酒を含んだ海綿をヒソプの枝につけて、それをイエスの口もとに差し出した。19:30 イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した」と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。】

①イエス様は、十字架の死の直前に「完了した」と言われました。
それは私たちの罪のためのいけにえを、ご自身の身体で捧げられ、完了したという意味であり、
天の父の願いを成し遂げたという意味なのです。

②私たちも、自分の使命を終えて「完了した」ということができたならば、何と幸いでしょう。
イエス様の罪のための犠牲を、無駄にしてはいけないのです。




20171127


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by Happiness-eachday | 2017-11-27 05:32 | 2017年 | Trackback

11月24日哀歌1-2章 ヨハネ17章

懸賞 2017年 11月 24日 懸賞

『偽りの預言者』

【哀歌2:14 あなたの預言者たちは、あなたのために、むなしい、ごまかしばかりを預言して、あなたの繁栄を元どおりにするために、あなたの咎をあばこうともせず、あなたのために、むなしい、人を惑わすことばを預言した。】

①偽りの預言者は、人々の罪を明らかにせず、あいまいな態度を取り続けるのです。
そのような態度では健全な指導はできません。
聖霊の働きと共に、人間側の毅然とした態度が必要なのです。




『聖めの道を歩むクリスチャン』

【ヨハネ 17:17 真理によって彼らを聖め別ってください。あなたのみことばは真理です。17:18 あなたがわたしを世に遣わされたように、わたしも彼らを世に遣わしました。17:19 わたしは、彼らのため、わたし自身を聖め別ちます。彼ら自身も真理によって聖め別たれるためです。】

①イエス様は十字架にかかられる前に、弟子たちが「聖い民」となるように祈られたのです。
そして十字架の上で苦しまれました。
それは私たちクリスチャンが「真理によって聖め別たれる」ためなのです。



20171124


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by Happiness-eachday | 2017-11-24 05:56 | 2017年 | Trackback

11月23日エレミヤ52章 ヨハネ16:17-33

懸賞 2017年 11月 23日 懸賞

『主の裁きの厳しさ』

【エレミヤ52:5 こうして町はゼデキヤ王の第十一年まで包囲されていたが、52:6 第四の月の九日、町の中では、ききんがひどくなり、民衆に食物がなくなった。52:7 そのとき、町が破られ、戦士たちはみな逃げて、夜のうちに、王の園のほとりにある二重の城壁の間の門の道から町を出た。カルデヤ人が町を包囲していたので、彼らはアラバへの道を行った。52:8 カルデヤの軍勢が王のあとを追い、エリコの草原でゼデキヤに追いついたとき、王の軍隊はみな王から離れて散ってしまった。52:9 そこでカルデヤ人は王を捕らえ、ハマテの地のリブラにいるバビロンの王のところへ彼を連れ上った。バビロンの王は彼に宣告を下した。・・・】

①主の預言の通り、エルサレムは滅びました。
ゼデキヤ王は、最後は誰も助ける者なく、捕まり、大変な目に遭いました。
主の裁きは、起こるのです。
それは遅れるように思えても、確実に起きるのです。
ですから、助けを求める者は、主に促される通り、
できるだけ早めに悔い改めて、主の憐みにすがるのです。
それが唯一の「助かる道」なのです。




『イエス様の言葉』

【ヨハネ16:33 わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。】




20171123


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by Happiness-eachday | 2017-11-23 05:18 | 2017年 | Trackback

11月22日エレミヤ50-51章 ヨハネ15:18-16:16

懸賞 2017年 11月 22日 懸賞

『高ぶりを正しく判断し、裁かれる方』

【エレミヤ51:9 私たちは、バビロンをいやそうとしたのに、それはいやされなかった。私たちはこれを見捨てて、おのおの自分の国へ帰ろう。バビロンへの罰は、天に達し、大空まで上ったからだ。51:10 【主】は、私たちの正義の主張を明らかにされた。来たれ。私たちはシオンで、私たちの神、【主】のみわざを語ろう。51:11 矢をとぎ、丸い小盾を取れ。【主】はメディヤ人の王たちの霊を奮い立たせられた。主の御思いは、バビロンを滅ぼすこと。それは【主】の復讐、その宮のための復讐である。】

①バビロンは、南ユダの裁きのために用いられましたが、
その高ぶりによって、メディアとペルシャに滅ぼされました(BC539年)。
主は高ぶる者を見逃されません。
一時期栄えたとしても、主は正しく判断されるのです。




『御霊に満たされる時』

【ヨハネ16:13 しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。16:14 御霊はわたしの栄光を現します。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。】

①イエス様は、信じる者に御霊は「真理を教え」、「キリストの栄光を現す」と言われました。
私たちが「御霊に満たされる時」(霊だけでなく、心や考え方においても)、
主が言われた通りのことが起きるのです。




20171122


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by Happiness-eachday | 2017-11-22 06:31 | 2017年 | Trackback

11月21日エレミヤ48-49章 ヨハネ15:1-17

懸賞 2017年 11月 21日 懸賞

『高ぶりの戒め』

【エレミヤ48:25 「モアブの角は切り落とされ、その腕は砕かれた。──【主】の御告げ──」
48:26 彼を酔わせよ。【主】に対して高ぶったからだ。モアブは、へどを吐き散らし、彼もまた物笑いとなる。】

①モアブは、父なる神に対して高ぶり反抗したので、その報いを受けました。
主の前にへりくだり、従順に歩むことは、高ぶりよりも遥かに良いことなのです。




『実をもっと多く結ぶために』

【ヨハネ 15:1 わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。15:2 わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。15:3 あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、もうきよいのです。15:4 わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。・・・】

①クリスチャンは、イエス様の留まり続けることが非常に大切なことです。
しかし主は時に「刈り込み」をされるのです。
それはもっと多くの実を結ぶためだと、イエス様は言われたのです。




20171121


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by Happiness-eachday | 2017-11-21 05:29 | 2017年 | Trackback

11月20日エレミヤ44-47章 ヨハネ14:15-31

懸賞 2017年 11月 20日 懸賞

『反面教師』

【エレミヤ44:15 すると、自分たちの妻がほかの神々に香をたいていることを知っているすべての男たちと、大集団をなしてそばに立っているすべての女たち、すなわち、エジプトの国とパテロスに住むすべての民は、エレミヤに答えて言った。44:16 「あなたが【主】の御名によって私たちに語ったことばに、私たちは従うわけにはいかない。」】

①神ではないものに執着している者は、
創造主の言葉を聞いた時も、反発してしまいます。
神の言葉に従いたくないからです。

②私たちが、自我や神ではないものを支えにする時、
神の言葉に従えなくなるのです。
これらの人を反面教師にしましょう。
神を一番にし、神に素直に従うことが、私たちの幸せの道でもあるのです。




『イエス様の愛を知っている人』

【ヨハネ14:23 イエスは彼に答えられた。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。14:24 わたしを愛さない人は、わたしのことばを守りません。あなたがたが聞いていることばは、わたしのものではなく、わたしを遣わした父のことばなのです。」】

①イエス様の愛を体験し、愛されていることを実感している人は、
イエス様を愛する人になります。
そしてイエス様のみ言葉(願い)をしていきたいと求めるようになるのです。
イエス様に従うとは、意志だけではできません。
イエス様の愛を体験して、初めて出来ることなのです。





20171120


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by Happiness-eachday | 2017-11-20 05:32 | 2017年 | Trackback

11月18日エレミヤ38-40章 ヨハネ13:1-30

懸賞 2017年 11月 18日 懸賞

『主に信頼する者は、守られる』

【エレミヤ39:16 「行って、クシュ人エベデ・メレクに話して言え。『イスラエルの神、万軍の【主】は、こう仰せられる。見よ。わたしはこの町にわたしのことばを実現する。幸いのためではなく、わざわいのためだ。それらは、その日、あなたの前で起こる。39:17 しかしその日、わたしはあなたを救い出す。──【主】の御告げ──あなたはあなたが恐れている者たちの手に渡されることはない。39:18 わたしは必ずあなたを助け出す。あなたは剣に倒れず、あなたのいのちはあなたの分捕り物としてあなたのものになる。それは、あなたがわたしに信頼したからだ。──【主】の御告げ──』」】

①主に信頼する者は、守られることがこの個所からも分かります。
どれほどひどいことが起きても、理不尽なことが与えられても、
主に信頼する者は、導かれ、守られるのです。




『イエス様の愛に応える』

【ヨハネ13:1 さて、過越の祭りの前に、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時が来たことを知られたので、世にいる自分のものを愛されたイエスは、その愛を残るところなく示された。13:2 夕食の間のことであった。悪魔はすでにシモンの子イスカリオテ・ユダの心に、イエスを売ろうとする思いを入れていたが、13:3 イエスは、父が万物を自分の手に渡されたことと、ご自分が神から出て神に行くことを知られ、13:4 夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。13:5 それから、たらいに水を入れ、弟子たちの足を洗って、腰にまとっておられる手ぬぐいで、ふき始められた。】

①イエス様は、十字架の直前、最後の晩餐にて、弟子たちの足を洗われました。
驚くべきことに、裏切ったユダの足も洗われたのです。
イエス様は、反逆するものも愛されるお方です。
その愛に応えるか、無視するかは、本人の判断にかかっているのです。
イエス様の愛を受けとめましょう。
イエス様を悲しませることは、避けるべきなのです。




20171118


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by Happiness-eachday | 2017-11-18 05:33 | 2017年 | Trackback