カテゴリ:2017年( 295 )

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7月10日ヨブ22-24章 1コリント3章

懸賞 2017年 07月 10日 懸賞

『どんな境遇でも、主を求めたヨブ』

【ヨブ23:1 ヨブは答えて言った。23:2 きょうもまた、私はそむく心でうめき、私の手は自分の嘆きのために重い。23:3 ああ、できれば、どこで神に会えるかを知り、その御座にまで行きたい。23:4 私は御前に訴えを並べたて、ことばの限り討論したい。23:5 私は神が答えることばを知り、私に言われることが何であるかを悟りたい。23:6 神は力強く私と争われるだろうか。いや、むしろ私に心を留めてくださろう。23:7 そこでは正しい人が神と論じ合おう。そうすれば私は、とこしえにさばきを免れる。23:8 ああ、私が前へ進んでも、神はおられず、うしろに行っても、神を認めることができない。】

①ヨブは、「神様が良い方」だと信じていました。
そして自分は「正しいことをしてきた」と自負がありました。
ヨブは、神の前で、もう一度「自分の潔白」を訴えたい、と願ったのです。

②しかしヨブは「どこで神と出会えるか」が分かりませんでした。
そして見捨てられたように感じたのです。
それでも、ヨブは「神を求めること」を止めませんでした。
どんな不幸も悪い境遇も、ヨブが「神を求めること」を止めることはできなかったのです。

・・・ヨブは最後まで、主を求め続けました。
この姿勢が大切です。
どんなに愚痴のように思える祈りでも、主を求めて祈りましょう。
その祈りの結果、主からの働きかけが与えられるのです。




『キリストの土台の上に、どんな建物を建てるのか』

【Ⅰコリント3:12 もし、だれかがこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、わらなどで建てるなら、3:13 各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現れ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。3:14 もしだれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。3:15 もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。3:16 あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。】

①クリスチャンとして生きていても、
キリストの土台の上に、どのような建物(行い・奉仕)をするかは、
各人の判断に任さられているのです。

肉的な思いで「自分の名誉と欲のため」に行えば、
それは木や草やわらのようなもので、
天国に行く時に、簡単に燃えてしまいます。

しかし「キリストが喜んで下さる行い」をするならば、
金銀宝石として、天国でも残るのです。

・・・聞く耳のある者は聞きましょう。
あなたの今の判断によって、
永遠の命(天国)で振り返った時、
「良かった」と思えるか「良くなかった」と後悔するかを決めるのです。

祈り、聖霊に導かれましょう。(肉の力では不可能ですから)、
主の憐みにすがりましょう。(主は良いお方ですから)
求め続けるのです。主は必ず答えを返して下さいますから。





20170710


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by Happiness-eachday | 2017-07-10 05:53 | 2017年 | Trackback

7月9日ヨブ19-21章 1コリント2章

懸賞 2017年 07月 09日 懸賞

『苦しみによって、行きつくところ』

【ヨブ19:16 私が自分のしもべを呼んでも、彼は返事もしない。私は私の口で彼に請わなければならない。19:17私の息は私の妻にいやがられ、私の身内の者らにきらわれる。19:18 小僧っ子までが私をさげすみ、私が起き上がると、私に言い逆らう。19:19 私の親しい仲間はみな、私を忌みきらい、私の愛した人々も私にそむいた。19:20 私の骨は皮と肉とにくっついてしまい、私はただ歯の皮だけでのがれた。19:21 あなたがた、私の友よ。私をあわれめ、私をあわれめ。神の御手が私を打ったからだ。19:22 なぜ、あなたがたは神のように、私を追いつめ、私の肉で満足しないのか。19:23 ああ、今、できれば、私のことばが書き留められればよいのに。ああ、書き物に刻まれればよいのに。19:24 鉄の筆と鉛とによって、いつまでも岩に刻みつけられたい。19:25 私は知っている。私を贖う方は生きておられ、後の日に、ちりの上に立たれることを。19:26 私の皮が、このようにはぎとられて後、私は、私の肉から神を見る。】

①ヨブは、神を信じ、反逆していても豊かな安定した生活を送る多くの人々がいる嘆きました。
なぜ悪人が栄えるのかと叫んだのです。(21章)

②しかし現在のヨブは。みじめで、しもべさえもヨブを見下したのです。
妻も自分を嫌がり、身内からもさげすまれている究極の悲惨な状態でした。

③ヨブは「憐れみ」を求めていました(19:21)。
しかし友人はさらにヨブを罪人だと追い詰めたのです。

④ヨブは、この悲しみを岩に書き留めたいと願いました。
そしてヨブは悟るのです。
この悲しみを知って下さる「贖い主」がおられ、
後の日に出会うことができると。

ヨブは苦しみを通じて「自分を救い」
「罪と苦しみから贖って下さる(買い取って下さる)」
お方がおられることを悟るのです。

・・・人は究極の苦しみに出会うと、救い主を真に求めるのです。
そして、出会うのです。
この方、「イエス様」は、ヨブが求めたように、私たちを「導いて下さる」のです。




『御霊の知恵を、聞く』

【Ⅰコリ2:8 この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。2:9 まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」・・・
2:13 この賜物について話すには、人の知恵に教えられたことばを用いず、御霊に教えられたことばを用います。その御霊のことばをもって御霊のことを解くのです。2:14 生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです。】

①パウロは、「御霊の知恵」は「この世の知恵」をは明らかに違うと語りました。
そして「この世の考え方に縛られている」支配者たちは、
「御霊の知恵」を理解できない、と語ったのです。

③私たちも「御霊の知恵」を受け取るためには、
この世の考え方を、一旦横に置かなければなりません。

そして、謙遜になって「御霊に聞く」のです。

それは「自分のプライド」や「人間の実績」とは異質なものなのです。

・・・祈りましょう。へりくだりましょう。
御霊に聞き続けましょう。

この世の常識は大切です。(非常識であってはいけません)
しかし常識を持ちつつ、
それ以上に、御霊に導いて頂くことが、大切なのです。







20170709


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by Happiness-eachday | 2017-07-09 05:24 | 2017年 | Trackback

7月8日ヨブ記15-18章 1コリント1章

懸賞 2017年 07月 08日 懸賞

『正しく見て、とりなしてくださるお方』

【ヨブ16:19 今でも天には、私の証人がおられます。私を保証してくださる方は高い所におられます。16:20 私の友は私をあざけります。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。16:21 その方が、人のために神にとりなしをしてくださいますように。人の子がその友のために。16:22数年もたてば、私は帰らぬ旅路につくからです。
17:1 私の霊は乱れ、私の日は尽き、私のものは墓場だけ。17:2 しかも、あざける者らが、私とともにおり、私の目は彼らの敵意の中で夜を過ごす。】

①ヨブは、正しく生きていたつもりなのに、
すべてが奪われるような不幸を経験し、混乱しました。

更には、友人たちに一方的に「罪人だと責められ」
その痛みにも耐えなければならなかったのです。
そして自分は「このまま死ぬ」と感じていたのです。

②ヨブは、主に「なぜこのような目に合わなければならないのでしょうか」と訴えながらも
「主は憐れみ深い方の筈だ」という確信を手放すことができませんでした。

③そして涙しつつ(16:19)、
「天でとりなしてくださるお方がいるはずだ」という信仰的確信を持ったのです。
この方が「自分を正しく判断して下さる」とヨブは信じたのです。

④このお方が、後に来られた「イエス様」です(1ヨハネ2:1
そして私たちは現在、そのとりなしを頂いているのです。

イエス様は「私たちの悲しみと痛み」を正しく見て下さり、
私たちの為「とりなし祈って」下さっているのです。
主はあなたの痛みも悲しみを全て分かって下さるお方なのです。

・・・このような悲惨な境遇を体験したヨブを通じて、
私たちは「究極の絶望」を疑似体験できるのです。

そして「救いがあること」を知るのです。





『弱いからこそ、選ばれている』

【Ⅰコリ1:27 しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。1:28 また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。1:29 これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。
・・・1:31 まさしく、「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。】

①パウロは、私たちが選ばれたのは、
「弱く、取るに足りなく、愚かだったから」と語りました。
「知恵がある」と勘違いし、「人を見下し」、
神の前で「無様な行動」をし続けていた愚か者が、「救われ選ばれたのだ」と語ったのです。

ヨブがかつて人から「尊敬」され、
しかし神に打たれた後は人から「さげすまれた」ように、
私たちは「絶望に落とされること」があるのです。

しかしだからこそ私たちは「選ばれ」ており、
そこから救われるからこそ「模範となる」のです。

弱いことを「受け入れ」ましょう。
そして弱いからこそ、選ばれたことを「感謝」しましょう。

・・・私たちは「絶望を通じて」、
「自分」ではなく、自分を助けて下さる「主を誇る」ように変えられるのです。







20170708


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by Happiness-eachday | 2017-07-08 06:14 | 2017年 | Trackback

7月7日ヨブ記12-14章 2テサロニケ3章

懸賞 2017年 07月 07日 懸賞

『苦しみの中での、ヨブの悟り』

【ヨブ12:1 そこでヨブが答えて言った。12:2 確かにあなたがたは人だ。あなたがたが死ぬと、知恵も共に死ぬ。12:3 私にも、あなたがたと同様に、悟りがある。私はあなたがたに劣らない。だれかこれくらいのことを知らない者があろうか。12:4 私は、神を呼び、神が答えてくださった者であるのに、私は自分の友の物笑いとなっている。潔白で正しい者が物笑いとなっている。12:5 安らかだと思っている者は衰えている者をさげすみ、足のよろめく者を押し倒す。12:6 荒らす者の天幕は栄え、神を怒らせる者は安らかである。神がご自分の手でそうさせる者は。】

①ヨブは、不幸が起きたのは、罪を犯したためだ、と不当に責める友人たちに対して
「潔白で正しいものが物笑いとなっている」と嘆きました。

②ヨブは言いました。
「安らかで豊かな人々(友人たち)は、不幸で貧し人(ヨブ)を見下さいている」
「正しくても、不幸が起きる」ことがある。

③ヨブは「自分が不幸のために見下されていること」に気がついていました。
そして「罪を責め立てる友人」を正しくないと訴えたのです。

・・・ヨブはみじめでした。
なぜなら「ヨブの正しさ」を立証するものは何もなく、
「不幸」も「病気」もヨブの正しさを否定するように見えるからです。

④しかし、ヨブは「自分が不幸な境遇」に落ちることで
「豊かで正しい人の高慢さ」に気がついたのです。

豊かで正しいことは、「自分の努力の結果」ではなく、
神の許容の中の「うつろいやすいもの」でしかないことをヨブは悟ったのです。

この悟りこそが、
正しい人が不幸を経験する「理由の一つ」なのです。




『働かざる者、食うべからず』

【Ⅱテサ3:10 私たちは、あなたがたのところにいたときにも、働きたくない者は食べるなと命じました。3:11 ところが、あなたがたの中には、何も仕事をせず、おせっかいばかりして、締まりのない歩み方をしている人たちがあると聞いています。3:12 こういう人たちには、主イエス・キリストによって、命じ、また勧めます。静かに仕事をし、自分で得たパンを食べなさい。3:13 しかしあなたがたは、たゆむことなく善を行いなさい。兄弟たちよ。】

①当時の教会では、
クリスチャンの善意を利用し、
援助を受け、怠け者で働こうとしない人たちが少なからずいたようです。

パウロは「訓練と矯正」のために
「そのような人から距離を置くように」と指示をしました。
そのような人たちには、「きちんと仕事に就き、地道に生きるように」と命じたのです。

②教会は「本当に困っている人を助けること」を命じられています。
託された財を「人の欲の為」ではなく
「主の御心によって」使わなければならないのです。





20170707


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by Happiness-eachday | 2017-07-07 05:57 | 2017年 | Trackback

7月6日ヨブ9-11章 2テサロニケ2章

懸賞 2017年 07月 06日 懸賞

『神と私たちの間に立つ、仲裁者』

【ヨブ9:32 神は私のように人間ではないから、私は「さあ、さばきの座にいっしょに行こう」と申し入れることはできない。9:33 私たちふたりの上に手を置く仲裁者が私たちの間にはいない。9:34 神がその杖を私から取り去られるように。その恐ろしさで私をおびえさせないように。9:35 そうすれば、私は語りかけ、神を恐れまい。いま私はそうではないからだ。・・・
10:6 それで、あなたは私の咎を捜し、私の罪を探られるのですか。10:7 あなたは、私に罪のないことを知っておられ、だれもあなたの手から救い出せる者はいないのに。10:8 あなたの御手は私を形造り、造られました。それなのにあなたは私を滅ぼそうとされます。10:9 思い出してください。あなたは私を粘土で造られました。あなたは、私をちりに帰そうとされるのですか。】

①ヨブは、悩みの中で、「仲裁者」が欲しいと訴えました。
自分は正しいと思っていても、自分を弁護してくれる存在がいないと訴えたのです。

②それでも、ヨブは主に訴えました。
そして主の憐みにすがったのです。
主は憐れみ深いお方であると知っていたからです。

・・・今の時代は、イエス様が聖霊を通じて、私たちの現状をとりなして下さっています。
そしてイエス様の十字架によって罪が赦され、
私たちは「罪のないもの」として天国に入れるのです。

しかしヨブのうめきは「私たちのうめき」と同じです。
私たちは、イエス様を信じたがゆえに、恵まれた立場が与えられた「だけ」なのです。





『一番安全な方法』

【Ⅱテサ2:13 しかし、あなたがたのことについては、私たちはいつでも神に感謝しなければなりません。主に愛されている兄弟たち。神は、御霊による聖めと、真理による信仰によって、あなたがたを、初めから救いにお選びになったからです。2:14 ですから神は、私たちの福音によってあなたがたを召し、私たちの主イエス・キリストの栄光を得させてくださったのです。2:15 そこで、兄弟たち。堅く立って、私たちのことば、または手紙によって教えられた言い伝えを守りなさい。】

①パウロは、み言葉を守り、み言葉の言われるように生きることを命じました。
それが一番安全なことだからです。

不法の人が今の時代も働いています。
引き留める力(27)があるので、大変なことにならなくても、
サタンは様々な誘惑で私たちを攻撃するからです。
そして、真理を受け止めない人は、間違った選択をして、最後には裁かれるのです。

み言葉を守りましょう。
それが一番確実な、安全な方法なのです。






201780706


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by Happiness-eachday | 2017-07-06 05:23 | 2017年 | Trackback

7月4日ヨブ記3-5章 1テサロニケ5章

懸賞 2017年 07月 04日 懸賞

『苦しみの中の、うめきの祈り』

【ヨブ3:1 その後、ヨブは口を開いて自分の生まれた日をのろった。3:2 ヨブは声を出して言った。3:3 私の生まれた日は滅びうせよ。「男の子が胎に宿った」と言ったその夜も。
3:11 なぜ、私は、胎から出たとき、死ななかったのか。なぜ、私は、生まれ出たとき、息絶えなかったのか。3:12 なぜ、ひざが私を受けたのか。なぜ、私の吸う乳房があったのか。
3:20 なぜ、苦しむ者に光が与えられ、心の痛んだ者にいのちが与えられるのだろう。3:21 死を待ち望んでも、死は来ない。それを掘り求めても、隠された宝を掘り求めるのにすぎないとは。
3:25 私の最も恐れたものが、私を襲い、私のおびえたものが、私の身にふりかかったからだ。3:26 私には安らぎもなく、休みもなく、いこいもなく、心はかき乱されている。】

①ヨブは正しく生きていた筈なのに、自分が理解できない苦しみを経験した時、
主の前に「うめきの祈り」を捧げました。
彼は「自分の生まれた日」をのろいました。
なぜなら、今の現実があまりにもみじめで苦しいので
「生まれたことさえ後悔する」ヨブの感情が、ここに現われたのです。

②しかしここで、ヨブは「神ののろっていない」ことに注目しればなりません。
この祈りは「自分の心の正直な叫び」であって
「神への、のろいの言葉ではない」のです。
そして「神への反抗でもない」のです。

・・・正直に祈りましょう。
「反抗的な言葉のように」見える言葉も、
主は「その心」を受け止めて下さるのです。





『喜び感謝する効力』

【Ⅰテサロニケ5:16 いつも喜んでいなさい。5:17 絶えず祈りなさい。5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。5:19 御霊を消してはなりません。5:20預言をないがしろにしてはいけません。5:21 しかし、すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい。5:22 悪はどんな悪でも避けなさい。】

①ここに書かれていることは、神が私たちに願っているところの、
「非常に重要な姿勢」です。
私たちは、つらい時や悲しい時があります。
しかしその中にあっても、感謝の姿勢を持つことは大切なのです。

②悲しみを訴え、うめきの祈りをする時もあるでしょう。
しかしその中でも、「主に救われたことの感謝」は沸き上がってくるものなのです。
要は自分の心の「どの部分」に焦点を当てるかなのです。
そして感謝できるところを数えているうちに
「神様(御霊)が働きやすい心の状態」に近づいていくのです。
その時に「神様が働かれる奇跡」を体験するのです。

・・・喜び、祈りましょう。
祈りは「神との交流」です。
うめきの祈りも、交流なのです。
その中で、感謝しましょう。
悪を避けましょう。

主は、私たちの「心を守り」「恵みに導くために」
この御言葉を与えられたのです。






20170704


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by Happiness-eachday | 2017-07-04 05:23 | 2017年 | Trackback

7月3日ヨブ1-2章 1テサロニケ4章

懸賞 2017年 07月 03日 懸賞

『苦しみの意味と姿勢』

【ヨブ2:7 サタンは【主】の前から出て行き、ヨブの足の裏から頭の頂まで、悪性の腫物で彼を打った。2:8 ヨブは土器のかけらを取って自分の身をかき、また灰の中にすわった。2:9 すると彼の妻が彼に言った。「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか。神をのろって死になさい。」2:10 しかし、彼は彼女に言った。「あなたは愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないではないか。」ヨブはこのようになっても、罪を犯すようなことを口にしなかった。】

①ヨブは、「神も認める程」の正しい人でした(1:8)。
しかし悪魔がやってきて、ヨブの信仰をあざ笑ったのです。
悪魔は、神の許可を得て、ヨブのすべてを打ち、体まで打ったのです。
しかしヨブは、不信仰の言葉を出しませんでした。
この姿勢は最後まで続くのです。

②「正しい人がなぜ苦しむのか」これがヨブ記のテーマです。
私たちは「苦しいこと」が避けたいと考えます。
しかし「神の計画の中」では、正しい人でも、苦しみを経験することがあるのです。
そこには意味があり、
それを乗り越えることを通じて、今まで以上の「信仰の成長」「祝福」を頂くことができるのです。

・・・苦しみの中で、『人』が「理解できないこと」を、
すべて(過去未来)を見ておられる『主』は「考えておられる」のです。




『再臨の希望』

【Ⅰテサ4:16 主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、4:17 次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。4:18 こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。】

①使徒パウロも、他の使徒たちも「イエス様の再臨」を待ち望んでいました。
イエス様が、天から2度目にやって来るとき、
私たちは「携挙(天に引き上げられ)」され、
キリストの姿に変えられ(1コリント15:52)、
キリストと共に永遠に生きる世界に入るのです。

これは最高の希望であり、
現在の苦しみに対する慰めです。

イエス様を信じる者は、「苦しみ」は「苦しみにでは終わらない」のです。
信じて努力したことは必ず「評価」され、
主からの「慰めの言葉」を、その時リアルに頂けるのです。





20170703


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by Happiness-eachday | 2017-07-03 05:48 | 2017年 | Trackback

7月2日エステル8-10章 1テサロニケ2:17-3:13

懸賞 2017年 07月 02日 懸賞

『悪からの大逆転』

【エステル 8:16 ユダヤ人にとって、それは光と、喜びと、楽しみと、栄誉であった。8:17 王の命令とその法令が届いたどの州、どの町でも、ユダヤ人は喜び、楽しみ、祝宴を張って、祝日とした。この国の民のうちで、自分がユダヤ人であることを宣言する者が大ぜいいた。それは彼らがユダヤ人を恐れるようになったからである。】

①ユダヤ人に対して虐殺を計画したハマンの策略が崩れ、ハマンは殺されました。
そしてエステルのおじ、モルデガイが王様に重用されるようになり、
人々がユダヤ人を恐れるように変えられたのです。

②主は、「悪」を「善」に変えて下さるお方です。
悪を通じて、今まで以上に素晴らしい「良い環境と立場」が与えられるのです。

・・・「全能の主」を信じ、その方に助けを求めましょう。
主は「主を信じる者」を良いように導かれるのです。





『あなたの信仰の影響力』

【Ⅰテサ3:7 このようなわけで、兄弟たち。私たちはあらゆる苦しみと患難のうちにも、あなたがたのことでは、その信仰によって、慰めを受けました。3:8 あなたがたが主にあって堅く立っていてくれるなら、私たちは今、生きがいがあります。】

①パウロは、テサロニケのクリスチャンの信仰を弟子のテモテから聞き、喜び、慰められました。
しっかりと立っているクリスチャンは、他の人を慰めることがあるのです。

②あなたが主に前に立ち、感謝しつつ、主に仕えている姿を見て、
他の人が「生きがい」を感じることがあるのです。
「主の為に仕えていてよかった」と感謝をささげることがあるのです。

・・・あなたの信仰は、あなただけに影響するのではないのです。
「神様」が喜んで下さるだけでなく、
「あなたのことを祈っている人」が「喜んで」下さるのです。






20170702


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by Happiness-eachday | 2017-07-02 05:49 | 2017年 | Trackback

7月1日エステル5-7章 1テサロニケ1:1-2:16

懸賞 2017年 07月 01日 懸賞

『聖霊の導き』

【エステル5:8 もしも王さまのお許しが得られ、王さまがよろしくて、私の願いをゆるし、私の望みをかなえていただけますなら、私が設ける宴会に、ハマンとごいっしょに、もう一度お越しください。そうすれば、あす、私は王さまのおっしゃったとおりにいたします。・・・】

①エステルは、必死の覚悟で、王の前に出ると、
王はエステルと謁見することを許可しました。
エステルの命は助かったのです。

②エステルは、導きの中、
王とハマン(ユダヤ人を殺害しようとしている首謀者)を、自分の宴会に招待しました。
そして祈りの中で「次の日の招待」を提言したのです。

③エステルは、宴会の中で祈りつつ「ユダヤ人を救出する願い」を話すタイミングを探していたことでしょう。
しかし「主の霊」が「次の日」だと、命じられたのだと信じます。
そして、その日の夜にすべてが整ったのです。
6章)

④「聖霊の導き」を受けると「主の計画の中」を歩むことができます。
その導きは「不思議と奇跡」に満ちていますが、主が働いた「証拠」でもあるのです。

・・・「聖霊の導き」を尊重しましょう。
それが最善の策であり道なのです.
(後からそれが分かるのです)




『聖霊の働きを感じ、波に乗り続けること』

【Ⅰテサロニケ1:5 なぜなら、私たちの福音があなたがたに伝えられたのは、ことばだけによったのではなく、力と聖霊と強い確信とによったからです。また、私たちがあなたがたのところで、あなたがたのために、どのようにふるまったかは、あなたがたが知っています。1:6 あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、私たちと主とにならう者になりました。1:7 こうして、あなたがたは、マケドニヤとアカヤとのすべての信者の模範になったのです。】

①イエス様の十字架の赦しと恵みは、
「力と聖霊と強い確信」によって「私たちの心」に伝わります。

裏返せば、聖霊の働きがなければ、
私たちは「悟ること」も「理解すること」も「クリスチャンになること」もできないのです。

②「あなたがイエス様を信じた」のであれば、すでに「聖霊の働き」は始まっています。

・・・聖霊の働きを更に求めましょう。
聖霊は「力」と「愛」と「確信」を与えて下さる霊(力)です。
この方を求めましょう。
そしてこの方の力を受け止めましょう。

波に乗り続けるように、いつも聖霊の波に敏感である必要があるのです。
そのためにも聖霊の働きを「感じ」続けましょう。






20170701


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by Happiness-eachday | 2017-07-01 05:00 | 2017年 | Trackback

6月30日エステル1-4章 ルカ24:36-53

懸賞 2017年 06月 30日 懸賞

『信仰による決断』

【エステル4:13 モルデカイはエステルに返事を送って言った。「あなたはすべてのユダヤ人から離れて王宮にいるから助かるだろうと考えてはならない。4:14 もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」4:15 エステルはモルデカイに返事を送って言った。4:16 「行って、シュシャンにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。三日三晩、食べたり飲んだりしないように。私も、私の侍女たちも、同じように断食をしましょう。たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます。」】

①ユダヤ人の敵、ハマンによって、
ユダヤ人虐殺の命令が王の命で出されました。

エステルのおじ、ユダヤ人モルデガイは、
エステルに「王に憐れみを乞うように」依頼をしました。

しかし王に呼ばれずに王の前に出て行くと、
死刑になる可能性があったのです。

②エステルは熟考し、「覚悟をして」王の前に出かけました。
主が助けて下さることを信じつつ、
しかし、もしもの場合には「死を覚悟」したのです。

③そしてこの後、すべてが主によって導かれ、
ユダヤ人は守られたのです。

・・・信仰の覚悟を「主は用い」られます。
その信仰によって、すべてが上手くいくのです。
すべき時には「責任をもって」ことを行いましょう。
(安易に主からの使命と結論づけてはいけませんが)、
主からの使命と、はっきりと分かったならば「決断」しましょう。






『聖霊を求める』

【ルカ24:45 そこで、イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて、24:46 こう言われた。「次のように書いてあります。キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり、24:47 その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる。24:48 あなたがたは、これらのことの証人です。24:49 さあ、わたしは、わたしの父の約束してくださったものをあなたがたに送ります。あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。」】

①イエス様は十字架と復活の後、「聖霊を受ける」ように命じました。
この聖霊がすべてのカギなのです。

「心を開き」
「イエス様の言葉の真意を悟り」
「主がして下さったことの証人になること」すべてが、

「聖霊の助け」を受けて成されることなのです。
このことは「人間の努力」ではなく、
「聖霊の力を受けて」はじめて理解できるのです。

求めましょう。
聖霊を受ける最大の秘訣は「求めること」なのです。

あなたを引っ張るもの以上に「求めるならば」
あなたは主に出会うことができます。

実は私たちは「求め方さえ」知らない
「浅い感覚で」毎日を生きているのです。
「信仰深い人の求め方」を参考にして、求めましょう。





20170629


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by Happiness-eachday | 2017-06-30 05:12 | 2017年 | Trackback