カテゴリ:2017年( 243 )

懸賞 懸賞

5月17日1列王20-21章 ルカ2:21-52

懸賞 2017年 05月 17日 懸賞

『主の憐みの大きさ』

【Ⅰ列王21:25 アハブのように、裏切って【主】の目の前に悪を行った者はだれもいなかった。彼の妻イゼベルが彼をそそのかしたからである。21:26 彼は偶像につき従い、【主】がイスラエル人の前から追い払われたエモリ人がしたとおりのことをして、忌みきらうべきことを大いに行った。21:27 アハブは、これらのことばを聞くとすぐ、自分の外套を裂き、身に荒布をまとい、断食をし、荒布を着て伏し、また、打ちしおれて歩いた。21:28 そのとき、ティシュベ人エリヤに次のような【主】のことばがあった。21:29 「あなたはアハブがわたしの前にへりくだっているのを見たか。彼がわたしの前にへりくだっているので、彼の生きている間は、わざわいを下さない。しかし、彼の子の時代に、彼の家にわざわいを下す。」】

①アハブ王は、北イスラエルの悪王で、妻の影響を受けて、バアルの神を拝み、
非道徳的なことをした人物でした。

しかしこの時、預言者の指摘を受け、心からへりくだり「悔い改めた」のです。
すると主は、その「悔い改め」を受け取られ、
アハブに寛大な措置をされたのです。

②主の「御気質」がここに描かれています。
どんなに酷い人物でも「素直に悔い改める」ならば、災いが減少するのです。
ですから私たちは、「単純に悔い改めること」が非常に大切なのです。

言い訳や理屈を言うのではなく、「単純に」罪を告白するのです。

・・・このことを素直に実行しましょう。
主の裁きは「恐ろしい」ですが、
主の憐みはそれ以上に「大きい」のです。




『主の語り掛けと、その真実さ』

【ルカ2:25 そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルの慰められることを待ち望んでいた。聖霊が彼の上にとどまっておられた。2:26 また、主のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げを受けていた。2:27 彼が御霊に感じて宮に入ると、幼子イエスを連れた両親が、その子のために律法の慣習を守るために、入って来た。2:28 すると、シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。2:29 「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。2:30 私の目があなたの御救いを見たからです。・・・」】

①シメオンは、主から「救い主を見るまでは死なない」と預言を受けていました。
そしてその通り、イエス様にお会いすることができたのです。

主の語り掛けは「真実」です。
そして主の約束は「成就」するのです。

②あなたは「主の語り掛け」を受けたことはありますか。
主は特別な方法で、語られることがありますが、
現在多くは「聖書の御言葉」から(聖霊を通じて)語られるのです(ヨハネ14:26)。

ですから、「毎日み言葉を祈りつつ読むこと」は非常に有効なのです。

あなたは「主の語り掛け」を聞きたいですか。
その人は聖書を「本気で読むように」なるのです。





20170517


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by Happiness-eachday | 2017-05-17 04:43 | 2017年 | Trackback

5月16日1列王18-19章 ルカ2:1-20

懸賞 2017年 05月 16日 懸賞

『回復の主』

【Ⅰ列王19:12 地震のあとに火があったが、火の中にも【主】はおられなかった。火のあとに、かすかな細い声があった。19:13 エリヤはこれを聞くと、すぐに外套で顔をおおい、外に出て、ほら穴の入口に立った。すると、声が聞こえてこう言った。「エリヤよ。ここで何をしているのか。」19:14 エリヤは答えた。「私は万軍の神、【主】に、熱心に仕えました。しかし、イスラエルの人々はあなたの契約を捨て、あなたの祭壇をこわし、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうとねらっています。」】

①エリヤは、バアルの預言者たちとの対決と勝利の後、
燃え尽きたように、荒野に退きました。
主はそのエリヤを回復させられたのです。

②主は御使いを遣わし、「食べて休息をさせ(9:6)」ました。
そして少し力を得ると、神の山ホレブに向かわせたのです。

③疲れすぎている時、主は私たちをまず、休ませてくださいます。
そして力を得た後に、主の元に近づけさせるのです。
肉体的な回復の後に、精神的(霊的)な回復を主は導かれるのです。

④その時に私たちは、エリヤのように「本音で主と交わる」時間が必要です。
主と深い部分で交わらなければ、本当の意味での解決(回復)はあり得ないからです。




『へりくだった者に、救いを伝える主』

【ルカ 2:8 さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。
2:9 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。
2:10御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。2:11 きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」】

①主はイエス様の誕生を、最初に貧しい羊飼いたちに伝えました。
忘れ去られたような人たちに、主は救い主の誕生を伝えたのです。

②聖書は「この世の取るに足りない者、見下されている者」が
クリスチャンとして選ばれた(1コリント1:28)とはっきりと書いています。

私たちは、「良い人だから」クリスチャンになったのではないのです。
「頑張ったから」でもありません。
「神のひとり子」が私たちのために生まれ、命を犠牲にして下さったから、私たちはクリスチャンとなったのです。
むしろ「愚かだったから」こそ、その「愚かさ」に気がつき、私たちは救いを求めたのです。

ですから高ぶることはできません。

・・・主は貧しくもへりくだった「羊飼いたち」に最初に救いを伝えられたことを、
もう一度覚えたいのです。





20170516


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by Happiness-eachday | 2017-05-16 05:09 | 2017年 | Trackback

5月15日1列王15-17章 ルカ1:57-80

懸賞 2017年 05月 15日 懸賞

『主に従う者に与えられる、恵み』

【Ⅰ列王17:2 それから、彼に次のような【主】のことばがあった。17:3 「ここを去って東へ向かい、ヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに身を隠せ。17:4 そして、その川の水を飲まなければならない。わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた。」17:5それで、彼は行って、【主】のことばのとおりにした。すなわち、彼はヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに行って住んだ。17:6 幾羽かの烏が、朝になると彼のところにパンと肉とを運んで来・・・】

①北イスラエルの悪王アハブの時代、
主は預言者エリヤに、ケリテ川のほとりで身を隠すように、と命じられました。
それはエリヤの預言活動に反対するアハブ王に、殺される可能性があったからです。

②エリヤは主の命令に応答し、何もないケリテ川のほとりに移動しました。
そして約束通り、主は「エリヤを養われた」のです。
この時主は「カラス」を用いられました。
主が働かれると、私たちにも「エリヤのカラス」のような現象が起きるのです。

・・・信仰が大切です。
エリヤは主に信頼しきっていました。
(ですから何もない荒地に行くことができました)
また、行動が大切です。
主に信頼する人は、言われた通りに行動するのです。
(行動したので、エリヤは主の奇跡を体験しました)。

もし信じていると言いながら、行いがないならば、体験はできません。
ヤコブが言うところの「死んだ信仰(ヤコブ2:26)と言われしまうのです。




『主の最善の導き』

【ルカ1:63 すると、彼は書き板を持って来させて、「彼の名はヨハネ」と書いたので、人々はみな驚いた。1:64すると、たちどころに、彼の口が開け、舌は解け、ものが言えるようになって神をほめたたえた。1:65 そして、近所の人々はみな恐れた。さらにこれらのことの一部始終が、ユダヤの山地全体にも語り伝えられて行った。・・・】

①バプテスマのヨハネが生まれる前、
父ザカリヤは、不信仰のため一時期、口がきけないくなりました。
しかしヨハネが誕生した時に、ザカリヤは口が利けるようになり、
その噂がユダヤ中に広まったのです。

②「奇跡によって誕生した」ヨハネは、
好むと好まざるとに関わらず、注目されました。

主は、「ザカリヤの不信仰」さえも用いられて、
バプテスマのヨハネが活躍する「準備をさせた」のです。

③主のされることは、「スマート(賢い)」です。
そして無駄がありません。

私たちは「主と共に歩むこと」を通じて、
その素晴らしい恵みの中を歩むことができるのです。

疑いながら進むものは、自我によって主の道を踏み外してしまいます。
しかし主は、そのことさえも「最善に変えて」下さるお方なのです。






20170515


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by Happiness-eachday | 2017-05-15 05:47 | 2017年 | Trackback

5月14日1列王12-14章 ルカ1:26-56

懸賞 2017年 05月 14日 懸賞

『神様の願いを無視し、自分の野望を優先すると・・・』

【Ⅰ列王14:7 帰って行ってヤロブアムに言いなさい。イスラエルの神、【主】は、こう仰せられます。『わたしは民の中からあなたを高くあげ、わたしの民イスラエルを治める君主とし、14:8 ダビデの家から王国を引き裂いてあなたに与えた。あなたは、わたしのしもべダビデのようではなかった。ダビデは、わたしの命令を守り、心を尽くしてわたしに従い、ただ、わたしの見る目にかなったことだけを行った。14:9 ところが、あなたはこれまでのだれよりも悪いことをし、行って、自分のためにほかの神々と、鋳物の像を造り、わたしの怒りを引き起こし、わたしをあなたのうしろに捨て去った。・・・』】

①ヤロブアムは、北イスラエルを任せられましたが、
ダビデのように「主に従う」のではなく、
自分の野望を優先して、民に偶像礼拝をさせました。

それが大きな罪となったのです。

②主に喜んで頂くように判断していれば、すべて上手く導かれるのですが、
自分の欲を優先すると、与えられたものまでも無くしてしまうのです。

この原則は、単純です。
しかしごまかそうとする人は、
「単純な原則」を、(自分の都合の良いように)「歪めて解釈」をするのです。

・・・「すべての汚れや悪を」捨て去り、「みことば」を素直に受け入れる(ヤコブ1:21)ことが、
誘惑に会った時に「私たちが絶対にしなければならないこと」なのです。

「自分の心を正直」に見て「対処すれば」問題が起きないのですが、
「小さなこと」をごまかすと、
それがいつの間にか「非常に大きなこと」(取り返しのつかないこと)になってしまうのです。
恐ろしいことです。





『マリヤの信仰』

【ルカ1:38 マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」】

①この言葉は、マリヤの信仰の言葉です。
神様に長い歴史の中で準備されたマリヤは、
み使いの語り掛けを通じて「偉大な信仰の言葉」を残したのです。

②処女降誕は、「人間的には理解できないこと」です。
そして受け止めることに戸惑いもあったことでしょう。
(これを受け止めることで、マリヤは激動の人生を歩むことになるのです)

しかしこれが「主から出ていること」だと悟った時、
「お言葉通りこの身になりますように」とマリヤは毅然として答えたのです。

・・・主に準備された人は、「主の願い」をするようになります。
それは「あなたも同じ」なのです。

マリヤが神様の準備の中、様々な段階を経て、「信仰の言葉」を語ったように、
私たちも様々な経験を通じて、力強い「信仰の言葉」を語るようになるのです。





20170514


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by Happiness-eachday | 2017-05-14 05:54 | 2017年 | Trackback

5月13日Ⅰ列王記10-11章 ルカ1:1-25

懸賞 2017年 05月 13日 懸賞

『誘惑は、小さいうちに避けるべし』

【Ⅰ列王11:1 ソロモン王は、パロの娘のほかに多くの外国の女、すなわちモアブ人の女、アモン人の女、エドム人の女、シドン人の女、ヘテ人の女を愛した。11:2 この女たちは、【主】がかつてイスラエル人に、「あなたがたは彼らの中に入って行ってはならない。彼らをもあなたがたの中に入れてはならない。さもないと、彼らは必ずあなたがたの心を転じて彼らの神々に従わせる」と言われたその国々の者であった。それなのに、ソロモンは彼女たちを愛して、離れなかった。11:3 彼には七百人の王妃としての妻と、三百人のそばめがあった。その妻たちが彼の心を転じた。11:4 ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々のほうへ向けたので、彼の心は、父ダビデの心とは違って、彼の神、【主】と全く一つにはなっていなかった。・・・11:9 【主】はソロモンに怒りを発せられた。】

①主は、ダビデの息子であるソロモンに現れ、
知恵を与え、彼が王として働きができるように助けました。
ソロモンは、偉大な王となったのです。

②しかし彼は、異教の妻たちを愛し、
その結果、ソロモンが年をとり、弱くなった時、
偶像礼拝という「大きな罪」に落ちていったのです。
「知恵のソロモン」が、「知恵に反する行為」を行ったのです。

妻を愛するという「大切なこと」が、
偶像礼拝に引き込まれるという、
「悪しきこと」として、用いられてしまったのです。

③・・・ソロモン程の知者でも、堕ちるのです。
私たちは「小さな誘惑」の段階で、避けなければなりません。
「誘惑が大きくなった後」では、抵抗することができなくなるからです。
知っていることを実行するためには、
誘惑を、「小さいうちに」まず取り除かなければならないのです。




『不信仰を乗り越えて、求める』

【ルカ1:18 そこで、ザカリヤは御使いに言った。「私は何によってそれを知ることができましょうか。私ももう年寄りですし、妻も年をとっております。」1:19 御使いは答えて言った。「私は神の御前に立つガブリエルです。あなたに話をし、この喜びのおとずれを伝えるように遣わされているのです。1:20 ですから、見なさい。これらのことが起こる日までは、あなたは、ものが言えず、話せなくなります。私のことばを信じなかったからです。私のことばは、その時が来れば実現します。」】

①洗礼者ヨハネの父、ザカリヤは、神殿で天使に語り掛けを受けましたが、
その言葉を信じることができずに、しばらく言葉が話せなくなりました。
しかしこれは主のしるしであり、愛だったのです。

②私たちは、主からのチャレンジに、「受け止めきれない時」があるのです。
しかしその不信仰を通じてでさえ、主からの素晴らしいことが起きるのです。

彼が話せなくなったことにより、この奇跡が周りに伝わり、
洗礼者ヨハネの働きの「準備」となったのです。
またマリヤが処女降誕を、信仰で受け取るための「遠因」ともなったのです。

・・・不信仰であっても、主に求め続けるならば、すべてが益と変わります。
私たちの信仰も、一朝一夕には成長しませんが、
主に求め続けることにより、素晴らしい結果を頂けるのです。






20170513



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by Happiness-eachday | 2017-05-13 21:58 | 2017年 | Trackback

5月12日1列王9章 ヤコブ4:13-5:20

懸賞 2017年 05月 12日 懸賞

『信仰と行いの結果』

【Ⅰ列王9:4 あなたが、あなたの父ダビデが歩んだように、全き心と正しさをもって、わたしの前に歩み、わたしがあなたに命じたことをすべてそのまま実行し、わたしのおきてと定めとを守るなら、9:5 わたしが、あなたの父ダビデに、『あなたには、イスラエルの王座から人が断たれない』と言って約束したとおり、あなたの王国の王座をイスラエルの上に永遠に確立しよう。9:6 もし、あなたがたとあなたがたの子孫が、わたしにそむいて従わず、あなたがたに授けたわたしの命令とわたしのおきてとを守らず、行ってほかの神々に仕え、これを拝むなら、9:7 わたしが彼らに与えた地の面から、イスラエルを断ち、わたしがわたしの名のために聖別した宮を、わたしの前から投げ捨てよう。こうして、イスラエルはすべての国々の民の間で、物笑いとなり、なぶりものとなろう。】

①主はソロモンに現れ、約束をしました。
それが上記の内容です。

「主の願い」に「従い続ける」ならば、主の約束された祝福を受けることができますが、
「主の願い」に意図的に「反逆する」ならば、主の祝福は無くなってしまうのです。

②主は正しく、平等ですから、主の言われた通りになっていくのです。
これに対して不満や文句を言うことができる人は一人もいません。

③私たちは、主の前で「言い訳はできない」のです。
「正直に悔い改める」か、「正しく評価されるか」のどちらかなのです。

・・・自分自身を正直に「見つめ」ましょう。
できていることは感謝しつつ、できないことは素直に祈り「悔い改め」ましょう。

ソロモンは「偉大な知恵」を頂いた人物です。
しかしソロモンも、例外ではありません。
いくら知恵を頂いても
「主に反する悪」をすれば、悪い刈り取りは避けられないのです。




『信仰による祈りとその学び方』

【ヤコブ5:15 信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます。5:16 ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表し、互いのために祈りなさい。いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります。】

①信仰の祈りには、大きな力があります。
それは「病む人を回復」させ「告白された罪が赦される」のです。

②なぜなら「イエス様の十字架」によって捧げられた「罪と癒しの代価」が、
「あまりに大きい」ので、
その効力によって、「主の力」が、ほとばしり出でるのです。

しかしヤコブがここで指摘しているように、「カギは信仰」です。
信じて祈れば、「力」が流れるのです。

③私たちは「信じて祈る人」を見て、その信仰を「学ぶこと」ができます。
「不信仰の人」をいくら見ていても、信仰は強くはならないのです。





20170512


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by Happiness-eachday | 2017-05-12 05:18 | 2017年 | Trackback

5月11日1列王7-8章 ヤコブ3:14-4:12

懸賞 2017年 05月 11日 懸賞

『主の御臨在を見上げて祈る』

【Ⅰ列王8:1 そのとき、ソロモンはイスラエルの長老たち、およびイスラエル人の部族のかしらたちと一族の長たちをすべて、エルサレムのソロモン王のもとに召集した。・・・
8:10 祭司たちが聖所から出て来たとき、雲が【主】の宮に満ちた。8:11 祭司たちは、その雲にさえぎられ、そこに立って仕えることができなかった。【主】の栄光が【主】の宮に満ちたからである。・・・
8:30 あなたのしもべとあなたの民イスラエルが、この所に向かってささげる願いを聞いてください。あなたご自身が、あなたのお住まいになる所、天にいまして、これを聞いてください。聞いて、お赦しください。・・・】

①ソロモン王は、神殿が完成し、神の箱を神殿に運びました。
すると主の臨在を現わす雲が宮に満ちたのです。

そしてソロモンは、主の臨在に向かい、心から祈ったのです。

②祈りは「主の対して語りかけ」です。
「自分の心の中だけの呟き」や、「空に向かって叫ぶ」のではありません。
祈る対象がいて、祈りが成立するのです。
(相手がいないのにしゃべり続けることがおかしいのと同じです)

ソロモンは、主に対して「心から祈り」ました。
そして後に主はその祈りの応えて下さるのです。

・・・主の御臨在を見上げて祈りましょう。
あなたの祈りが主の届いていることを実感しながら、祈るのです。




『神に近づく方法』

【ヤコブ4:6 しかし、神は、さらに豊かな恵みを与えてくださいます。ですから、こう言われています。「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。」4:7 ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。4:8 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。罪ある人たち。手を洗いきよめなさい。二心の人たち。心を清くしなさい。4:9 あなたがたは、苦しみなさい。悲しみなさい。泣きなさい。あなたがたの笑いを悲しみに、喜びを憂いに変えなさい。4:10 主の御前でへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高くしてくださいます。】

①ヤコブは、「神に近づく方法」が「へりくだり」であると明確に書き記しています。
②神に近づこうとするものを「悪魔は邪魔」します。
悪魔は、神を信じる者を破滅させようと考えています。
して「プライドや高慢(へりくだりの真逆)」で、
互いに破壊させようと画策するのです。

ですから、まず「へりくだって、神に従い」
その神様の力によって、悪魔に「立ち向かう」のです。

・・・「へりくだり」これが一番の神に近づく方法です。
そして「プライドを捨て去る」ために、「苦しみや悲しみ」が用いられるのです。






20170511


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by Happiness-eachday | 2017-05-11 05:21 | 2017年 | Trackback

5月10日Ⅰ列王記4-6章 ヤコブ2:1-3:13

懸賞 2017年 05月 10日 懸賞

『知恵深いソロモンの祝福と、凋落』

【Ⅰ列王4:29 神は、ソロモンに非常に豊かな知恵と英知と、海辺の砂浜のように広い心とを与えられた。4:30 それでソロモンの知恵は、東のすべての人々の知恵と、エジプト人のすべての知恵とにまさっていた。4:31彼は、すべての人、すなわち、エズラフ人エタンや、ヘマンや、カルコルや、マホルの子ダルダよりも知恵があった。それで、彼の名声は周辺のすべての国々に広がった。4:32 彼は三千の箴言を語り、彼の歌は一千五首もあった。】

①ダビデの子ソロモンは、
主からの知恵によって「イスラエル最大の土地を支配する」ようになりました。
彼は知恵に満ち、様々な知恵の言葉を人々に語り、書物に記したのです。

②しかし「知恵を持っていること」と
「知恵を用いること(その様に生きること)」は違います。
ソロモンは、知恵を「自分の人生に適応」できなかったのです。

③私たちは、誘惑から「これで大丈夫」ということはないのです。
ソロモンは、後に異教の妻を多く娶り
彼女たちの影響を受けて、偶像礼拝をするようになり、
神の御心から「ズレていった」のです。

④いくら知恵が豊かでも「これぐらいは大丈夫」と、誘惑をそのままにしていてはいけません。
その甘さが、大きな誘惑に対しても、甘い判断となってしまうのです。

・・・絶えず「聖霊の聖さ」を求め続けましょう。
「主の聖さ」を求め続けるならば、
「誘惑に気がつき」、「避けること」が出来るのです。




『行いの無い信仰は、死んでいる』

【ヤコブ2:20 ああ愚かな人よ。あなたは行いのない信仰がむなしいことを知りたいと思いますか。
2:21私たちの父アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげたとき、行いによって義と認められたではありませんか。・・・2:24 人は行いによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないことがわかるでしょう。・・・2:26 たましいを離れたからだが、死んだものであるのと同様に、行いのない信仰は、死んでいるのです。・・・
3:13 あなたがたのうちで、知恵のある、賢い人はだれでしょうか。その人は、その知恵にふさわしい柔和な行いを、良い生き方によって示しなさい。】

①ヤコブは、「行いに伴う」信仰について、書き記しています。
いくら良いことを知っていても
「行いがない」ならば、それは「本当の信仰」では無いのです。

②知識を口に出すことは、「記憶すれば」簡単にできます。
しかし行いは、「自分の愚かさを認め」、
「自分の欲望を退け(捨て)」、
時に、体を打ちたたくように「神が喜び」を選ぶ、「大きな決断」が要求されるのです。

それは時に「とてもつらく」「苦しい」作業です(イエス様のゲッセマネの祈りです)。
その苦しみを乗り越えた者だけが、「知識を行動に実行できる」のです。

・・・あなたは「神様が喜ばれるように」生きていきたいですか。
それとも「真理を知るだけ」で満足ですか。

ヤコブははっきり言います。
「行いの無い信仰」は、「死んでいる」のです。

あなたの信仰はどうですか。
この機会に「本気で吟味」してみませんか。






20170510


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by Happiness-eachday | 2017-05-10 04:19 | 2017年 | Trackback

5月9日1列王2-3章 ヤコブ1章

懸賞 2017年 05月 09日 懸賞

『主の知恵を求める(主の御心を成し遂げるために)』

【Ⅰ列王3:5 その夜、ギブオンで【主】は夢のうちにソロモンに現れた。神は仰せられた。「あなたに何を与えようか。願え。」・・・3:9 善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。さもなければ、だれに、このおびただしいあなたの民をさばくことができるでしょうか。」3:10 この願い事は主の御心にかなった。ソロモンがこのことを願ったからである。・・・
3:12 今、わたしはあなたの言ったとおりにする。見よ。わたしはあなたに知恵の心と判断する心とを与える。・・・3:13 そのうえ、あなたの願わなかったもの、富と誉れとをあなたに与える。あなたの生きているかぎり、王たちの中であなたに並ぶ者はひとりもないであろう。】

①主はギブオンでソロモンに現れました。
ソロモンは主の働きをするために(イスラエルをまとめ上げるため)
「主の知恵を与えて下さい」と願いました。
それは主の願いに沿っていました。

その結果、知恵だけでなく他のものも、ソロモンは主から頂いたのです。
「主の御心を求める者」の祝福が、ここに書かれています。
私たちも、その様に主に求め、祈りたいのです。





『主の知恵と御言葉に生きる恵み』

【ヤコブ1:20 人の怒りは、神の義を実現するものではありません。1:21 ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。1:22 また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。】

①ヤコブ1章は、「主の知恵を求めること」(1:5-8)を勧めています。
そして同時に、主から与えられた知恵の言葉(神の言葉)を
「実行するように」と勧めるのです。

②み言葉を実行するためには、「心の雑念」を捨て去る必要があります。
引っ張るものをそのままにしていては、御言葉に従うことなど難しいからです。

③また「本当の自分」を知らなければなりません。
自分を誤魔化していては、主の助け求めることは、できないのです。

④また「聖霊の助け」を求めなければなりません。
自分の力では限界があり、主の願っている高嶺にまで、上がることはできないのです。

・・・み言葉は、知っているだけでは、恵みの半分も受け取ることはできません。
少しづつでも「み言葉が示すように生きて」、
その恵みを、実際に受け取ることが出来るのです。




20170509



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by Happiness-eachday | 2017-05-09 04:27 | 2017年 | Trackback

5月8日1列王1章 2ペテロ3章

懸賞 2017年 05月 08日 懸賞

『主の計画に従うこと、反抗する結果』

【Ⅰ列王1:5 一方、ハギテの子アドニヤは、「私が王になろう」と言って、野心をいだき、戦車、騎兵、それに、自分の前を走る者五十人を手に入れた。1:6 ─彼の父は存命中、「あなたはどうしてこんなことをしたのか」と言って、彼のことで心を痛めたことがなかった。そのうえ、彼は非常な美男子で、アブシャロムの次に生まれた子であった─1:7 彼はツェルヤの子ヨアブと祭司エブヤタルに相談をしたので、彼らはアドニヤを支持するようになった。1:8 しかし、祭司ツァドクとエホヤダの子ベナヤと預言者ナタン、それにシムイとレイ、および、ダビデの勇士たちは、アドニヤにくみしなかった。】

①ダビデ王の晩年、四男アドニヤは、「自分がイスラエルの王」だと宣言をしました。
しかしすでにダビデ王は、ソロモンを後継者としており、神の計画(ご意志)も同じでした。

②アドニヤは、神の計画にも父の意志にも反抗して、「自分の我」を押し通したのです。
彼は非常に美男子でした(周りから好意を受けていた可能性が高い)。
また彼の計画に対して有力な賛同者を得られたのです。
しかしだからと言って、「神の計画」を変更することはできなかったのです。

・・・私たちの信仰生活は「自分の計画」を主や周りに「押し付ける」のではなく、
「主の計画」に「従い続ける」ことです。
それが感情的に「受け入れられない」ことであっても、
主の計画を冷静に分析し、従うことが得策なのです。




『主の忍耐は、救いである』

【Ⅱペテ3:10 しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。3:11 このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。・・・3:14 そういうわけで、愛する人たち。このようなことを待ち望んでいるあなたがたですから、しみも傷もない者として、平安をもって御前に出られるように、励みなさい。3:15 また、私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい。】

①主の日、再臨は確実にやってきます。
しかしある人たちは、遅いと考えます。
ここでペテロは「主は忍耐をもって時を定めておられる」「主の忍耐は救いである」というのです。

②私たちは、主の約束を「信じ」なければなりません。
そしてその時が来ても良いように「備える必要」があるのです。

・・・「私たちの考え」の延長に「信仰」があるのではなく、
「主の言葉」を受け止めることから「信仰」が始まるのです。

主は私たちが「信仰」で受け止めることを「待っておられる」のです。







20170508



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by Happiness-eachday | 2017-05-08 05:01 | 2017年 | Trackback