カテゴリ:2017年( 211 )

懸賞 懸賞

5月15日1列王15-17章 ルカ1:57-80

懸賞 2017年 05月 15日 懸賞

『主に従う者に与えられる、恵み』

【Ⅰ列王17:2 それから、彼に次のような【主】のことばがあった。17:3 「ここを去って東へ向かい、ヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに身を隠せ。17:4 そして、その川の水を飲まなければならない。わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた。」17:5それで、彼は行って、【主】のことばのとおりにした。すなわち、彼はヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに行って住んだ。17:6 幾羽かの烏が、朝になると彼のところにパンと肉とを運んで来・・・】

①北イスラエルの悪王アハブの時代、
主は預言者エリヤに、ケリテ川のほとりで身を隠すように、と命じられました。
それはエリヤの預言活動に反対するアハブ王に、殺される可能性があったからです。

②エリヤは主の命令に応答し、何もないケリテ川のほとりに移動しました。
そして約束通り、主は「エリヤを養われた」のです。
この時主は「カラス」を用いられました。
主が働かれると、私たちにも「エリヤのカラス」のような現象が起きるのです。

・・・信仰が大切です。
エリヤは主に信頼しきっていました。
(ですから何もない荒地に行くことができました)
また、行動が大切です。
主に信頼する人は、言われた通りに行動するのです。
(行動したので、エリヤは主の奇跡を体験しました)。

もし信じていると言いながら、行いがないならば、体験はできません。
ヤコブが言うところの「死んだ信仰(ヤコブ2:26)と言われしまうのです。




『主の最善の導き』

【ルカ1:63 すると、彼は書き板を持って来させて、「彼の名はヨハネ」と書いたので、人々はみな驚いた。1:64すると、たちどころに、彼の口が開け、舌は解け、ものが言えるようになって神をほめたたえた。1:65 そして、近所の人々はみな恐れた。さらにこれらのことの一部始終が、ユダヤの山地全体にも語り伝えられて行った。・・・】

①バプテスマのヨハネが生まれる前、
父ザカリヤは、不信仰のため一時期、口がきけないくなりました。
しかしヨハネが誕生した時に、ザカリヤは口が利けるようになり、
その噂がユダヤ中に広まったのです。

②「奇跡によって誕生した」ヨハネは、
好むと好まざるとに関わらず、注目されました。

主は、「ザカリヤの不信仰」さえも用いられて、
バプテスマのヨハネが活躍する「準備をさせた」のです。

③主のされることは、「スマート(賢い)」です。
そして無駄がありません。

私たちは「主と共に歩むこと」を通じて、
その素晴らしい恵みの中を歩むことができるのです。

疑いながら進むものは、自我によって主の道を踏み外してしまいます。
しかし主は、そのことさえも「最善に変えて」下さるお方なのです。






20170515


[PR]

by Happiness-eachday | 2017-05-15 05:47 | 2017年 | Trackback

5月14日1列王12-14章 ルカ1:26-56

懸賞 2017年 05月 14日 懸賞

『神様の願いを無視し、自分の野望を優先すると・・・』

【Ⅰ列王14:7 帰って行ってヤロブアムに言いなさい。イスラエルの神、【主】は、こう仰せられます。『わたしは民の中からあなたを高くあげ、わたしの民イスラエルを治める君主とし、14:8 ダビデの家から王国を引き裂いてあなたに与えた。あなたは、わたしのしもべダビデのようではなかった。ダビデは、わたしの命令を守り、心を尽くしてわたしに従い、ただ、わたしの見る目にかなったことだけを行った。14:9 ところが、あなたはこれまでのだれよりも悪いことをし、行って、自分のためにほかの神々と、鋳物の像を造り、わたしの怒りを引き起こし、わたしをあなたのうしろに捨て去った。・・・』】

①ヤロブアムは、北イスラエルを任せられましたが、
ダビデのように「主に従う」のではなく、
自分の野望を優先して、民に偶像礼拝をさせました。

それが大きな罪となったのです。

②主に喜んで頂くように判断していれば、すべて上手く導かれるのですが、
自分の欲を優先すると、与えられたものまでも無くしてしまうのです。

この原則は、単純です。
しかしごまかそうとする人は、
「単純な原則」を、(自分の都合の良いように)「歪めて解釈」をするのです。

・・・「すべての汚れや悪を」捨て去り、「みことば」を素直に受け入れる(ヤコブ1:21)ことが、
誘惑に会った時に「私たちが絶対にしなければならないこと」なのです。

「自分の心を正直」に見て「対処すれば」問題が起きないのですが、
「小さなこと」をごまかすと、
それがいつの間にか「非常に大きなこと」(取り返しのつかないこと)になってしまうのです。
恐ろしいことです。





『マリヤの信仰』

【ルカ1:38 マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」】

①この言葉は、マリヤの信仰の言葉です。
神様に長い歴史の中で準備されたマリヤは、
み使いの語り掛けを通じて「偉大な信仰の言葉」を残したのです。

②処女降誕は、「人間的には理解できないこと」です。
そして受け止めることに戸惑いもあったことでしょう。
(これを受け止めることで、マリヤは激動の人生を歩むことになるのです)

しかしこれが「主から出ていること」だと悟った時、
「お言葉通りこの身になりますように」とマリヤは毅然として答えたのです。

・・・主に準備された人は、「主の願い」をするようになります。
それは「あなたも同じ」なのです。

マリヤが神様の準備の中、様々な段階を経て、「信仰の言葉」を語ったように、
私たちも様々な経験を通じて、力強い「信仰の言葉」を語るようになるのです。





20170514


[PR]

by Happiness-eachday | 2017-05-14 05:54 | 2017年 | Trackback

5月13日Ⅰ列王記10-11章 ルカ1:1-25

懸賞 2017年 05月 13日 懸賞

『誘惑は、小さいうちに避けるべし』

【Ⅰ列王11:1 ソロモン王は、パロの娘のほかに多くの外国の女、すなわちモアブ人の女、アモン人の女、エドム人の女、シドン人の女、ヘテ人の女を愛した。11:2 この女たちは、【主】がかつてイスラエル人に、「あなたがたは彼らの中に入って行ってはならない。彼らをもあなたがたの中に入れてはならない。さもないと、彼らは必ずあなたがたの心を転じて彼らの神々に従わせる」と言われたその国々の者であった。それなのに、ソロモンは彼女たちを愛して、離れなかった。11:3 彼には七百人の王妃としての妻と、三百人のそばめがあった。その妻たちが彼の心を転じた。11:4 ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々のほうへ向けたので、彼の心は、父ダビデの心とは違って、彼の神、【主】と全く一つにはなっていなかった。・・・11:9 【主】はソロモンに怒りを発せられた。】

①主は、ダビデの息子であるソロモンに現れ、
知恵を与え、彼が王として働きができるように助けました。
ソロモンは、偉大な王となったのです。

②しかし彼は、異教の妻たちを愛し、
その結果、ソロモンが年をとり、弱くなった時、
偶像礼拝という「大きな罪」に落ちていったのです。
「知恵のソロモン」が、「知恵に反する行為」を行ったのです。

妻を愛するという「大切なこと」が、
偶像礼拝に引き込まれるという、
「悪しきこと」として、用いられてしまったのです。

③・・・ソロモン程の知者でも、堕ちるのです。
私たちは「小さな誘惑」の段階で、避けなければなりません。
「誘惑が大きくなった後」では、抵抗することができなくなるからです。
知っていることを実行するためには、
誘惑を、「小さいうちに」まず取り除かなければならないのです。




『不信仰を乗り越えて、求める』

【ルカ1:18 そこで、ザカリヤは御使いに言った。「私は何によってそれを知ることができましょうか。私ももう年寄りですし、妻も年をとっております。」1:19 御使いは答えて言った。「私は神の御前に立つガブリエルです。あなたに話をし、この喜びのおとずれを伝えるように遣わされているのです。1:20 ですから、見なさい。これらのことが起こる日までは、あなたは、ものが言えず、話せなくなります。私のことばを信じなかったからです。私のことばは、その時が来れば実現します。」】

①洗礼者ヨハネの父、ザカリヤは、神殿で天使に語り掛けを受けましたが、
その言葉を信じることができずに、しばらく言葉が話せなくなりました。
しかしこれは主のしるしであり、愛だったのです。

②私たちは、主からのチャレンジに、「受け止めきれない時」があるのです。
しかしその不信仰を通じてでさえ、主からの素晴らしいことが起きるのです。

彼が話せなくなったことにより、この奇跡が周りに伝わり、
洗礼者ヨハネの働きの「準備」となったのです。
またマリヤが処女降誕を、信仰で受け取るための「遠因」ともなったのです。

・・・不信仰であっても、主に求め続けるならば、すべてが益と変わります。
私たちの信仰も、一朝一夕には成長しませんが、
主に求め続けることにより、素晴らしい結果を頂けるのです。






20170513



[PR]

by Happiness-eachday | 2017-05-13 21:58 | 2017年 | Trackback

5月12日1列王9章 ヤコブ4:13-5:20

懸賞 2017年 05月 12日 懸賞

『信仰と行いの結果』

【Ⅰ列王9:4 あなたが、あなたの父ダビデが歩んだように、全き心と正しさをもって、わたしの前に歩み、わたしがあなたに命じたことをすべてそのまま実行し、わたしのおきてと定めとを守るなら、9:5 わたしが、あなたの父ダビデに、『あなたには、イスラエルの王座から人が断たれない』と言って約束したとおり、あなたの王国の王座をイスラエルの上に永遠に確立しよう。9:6 もし、あなたがたとあなたがたの子孫が、わたしにそむいて従わず、あなたがたに授けたわたしの命令とわたしのおきてとを守らず、行ってほかの神々に仕え、これを拝むなら、9:7 わたしが彼らに与えた地の面から、イスラエルを断ち、わたしがわたしの名のために聖別した宮を、わたしの前から投げ捨てよう。こうして、イスラエルはすべての国々の民の間で、物笑いとなり、なぶりものとなろう。】

①主はソロモンに現れ、約束をしました。
それが上記の内容です。

「主の願い」に「従い続ける」ならば、主の約束された祝福を受けることができますが、
「主の願い」に意図的に「反逆する」ならば、主の祝福は無くなってしまうのです。

②主は正しく、平等ですから、主の言われた通りになっていくのです。
これに対して不満や文句を言うことができる人は一人もいません。

③私たちは、主の前で「言い訳はできない」のです。
「正直に悔い改める」か、「正しく評価されるか」のどちらかなのです。

・・・自分自身を正直に「見つめ」ましょう。
できていることは感謝しつつ、できないことは素直に祈り「悔い改め」ましょう。

ソロモンは「偉大な知恵」を頂いた人物です。
しかしソロモンも、例外ではありません。
いくら知恵を頂いても
「主に反する悪」をすれば、悪い刈り取りは避けられないのです。




『信仰による祈りとその学び方』

【ヤコブ5:15 信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます。5:16 ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表し、互いのために祈りなさい。いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります。】

①信仰の祈りには、大きな力があります。
それは「病む人を回復」させ「告白された罪が赦される」のです。

②なぜなら「イエス様の十字架」によって捧げられた「罪と癒しの代価」が、
「あまりに大きい」ので、
その効力によって、「主の力」が、ほとばしり出でるのです。

しかしヤコブがここで指摘しているように、「カギは信仰」です。
信じて祈れば、「力」が流れるのです。

③私たちは「信じて祈る人」を見て、その信仰を「学ぶこと」ができます。
「不信仰の人」をいくら見ていても、信仰は強くはならないのです。





20170512


[PR]

by Happiness-eachday | 2017-05-12 05:18 | 2017年 | Trackback

5月11日1列王7-8章 ヤコブ3:14-4:12

懸賞 2017年 05月 11日 懸賞

『主の御臨在を見上げて祈る』

【Ⅰ列王8:1 そのとき、ソロモンはイスラエルの長老たち、およびイスラエル人の部族のかしらたちと一族の長たちをすべて、エルサレムのソロモン王のもとに召集した。・・・
8:10 祭司たちが聖所から出て来たとき、雲が【主】の宮に満ちた。8:11 祭司たちは、その雲にさえぎられ、そこに立って仕えることができなかった。【主】の栄光が【主】の宮に満ちたからである。・・・
8:30 あなたのしもべとあなたの民イスラエルが、この所に向かってささげる願いを聞いてください。あなたご自身が、あなたのお住まいになる所、天にいまして、これを聞いてください。聞いて、お赦しください。・・・】

①ソロモン王は、神殿が完成し、神の箱を神殿に運びました。
すると主の臨在を現わす雲が宮に満ちたのです。

そしてソロモンは、主の臨在に向かい、心から祈ったのです。

②祈りは「主の対して語りかけ」です。
「自分の心の中だけの呟き」や、「空に向かって叫ぶ」のではありません。
祈る対象がいて、祈りが成立するのです。
(相手がいないのにしゃべり続けることがおかしいのと同じです)

ソロモンは、主に対して「心から祈り」ました。
そして後に主はその祈りの応えて下さるのです。

・・・主の御臨在を見上げて祈りましょう。
あなたの祈りが主の届いていることを実感しながら、祈るのです。




『神に近づく方法』

【ヤコブ4:6 しかし、神は、さらに豊かな恵みを与えてくださいます。ですから、こう言われています。「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。」4:7 ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。4:8 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。罪ある人たち。手を洗いきよめなさい。二心の人たち。心を清くしなさい。4:9 あなたがたは、苦しみなさい。悲しみなさい。泣きなさい。あなたがたの笑いを悲しみに、喜びを憂いに変えなさい。4:10 主の御前でへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高くしてくださいます。】

①ヤコブは、「神に近づく方法」が「へりくだり」であると明確に書き記しています。
②神に近づこうとするものを「悪魔は邪魔」します。
悪魔は、神を信じる者を破滅させようと考えています。
して「プライドや高慢(へりくだりの真逆)」で、
互いに破壊させようと画策するのです。

ですから、まず「へりくだって、神に従い」
その神様の力によって、悪魔に「立ち向かう」のです。

・・・「へりくだり」これが一番の神に近づく方法です。
そして「プライドを捨て去る」ために、「苦しみや悲しみ」が用いられるのです。






20170511


[PR]

by Happiness-eachday | 2017-05-11 05:21 | 2017年 | Trackback

5月10日Ⅰ列王記4-6章 ヤコブ2:1-3:13

懸賞 2017年 05月 10日 懸賞

『知恵深いソロモンの祝福と、凋落』

【Ⅰ列王4:29 神は、ソロモンに非常に豊かな知恵と英知と、海辺の砂浜のように広い心とを与えられた。4:30 それでソロモンの知恵は、東のすべての人々の知恵と、エジプト人のすべての知恵とにまさっていた。4:31彼は、すべての人、すなわち、エズラフ人エタンや、ヘマンや、カルコルや、マホルの子ダルダよりも知恵があった。それで、彼の名声は周辺のすべての国々に広がった。4:32 彼は三千の箴言を語り、彼の歌は一千五首もあった。】

①ダビデの子ソロモンは、
主からの知恵によって「イスラエル最大の土地を支配する」ようになりました。
彼は知恵に満ち、様々な知恵の言葉を人々に語り、書物に記したのです。

②しかし「知恵を持っていること」と
「知恵を用いること(その様に生きること)」は違います。
ソロモンは、知恵を「自分の人生に適応」できなかったのです。

③私たちは、誘惑から「これで大丈夫」ということはないのです。
ソロモンは、後に異教の妻を多く娶り
彼女たちの影響を受けて、偶像礼拝をするようになり、
神の御心から「ズレていった」のです。

④いくら知恵が豊かでも「これぐらいは大丈夫」と、誘惑をそのままにしていてはいけません。
その甘さが、大きな誘惑に対しても、甘い判断となってしまうのです。

・・・絶えず「聖霊の聖さ」を求め続けましょう。
「主の聖さ」を求め続けるならば、
「誘惑に気がつき」、「避けること」が出来るのです。




『行いの無い信仰は、死んでいる』

【ヤコブ2:20 ああ愚かな人よ。あなたは行いのない信仰がむなしいことを知りたいと思いますか。
2:21私たちの父アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげたとき、行いによって義と認められたではありませんか。・・・2:24 人は行いによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないことがわかるでしょう。・・・2:26 たましいを離れたからだが、死んだものであるのと同様に、行いのない信仰は、死んでいるのです。・・・
3:13 あなたがたのうちで、知恵のある、賢い人はだれでしょうか。その人は、その知恵にふさわしい柔和な行いを、良い生き方によって示しなさい。】

①ヤコブは、「行いに伴う」信仰について、書き記しています。
いくら良いことを知っていても
「行いがない」ならば、それは「本当の信仰」では無いのです。

②知識を口に出すことは、「記憶すれば」簡単にできます。
しかし行いは、「自分の愚かさを認め」、
「自分の欲望を退け(捨て)」、
時に、体を打ちたたくように「神が喜び」を選ぶ、「大きな決断」が要求されるのです。

それは時に「とてもつらく」「苦しい」作業です(イエス様のゲッセマネの祈りです)。
その苦しみを乗り越えた者だけが、「知識を行動に実行できる」のです。

・・・あなたは「神様が喜ばれるように」生きていきたいですか。
それとも「真理を知るだけ」で満足ですか。

ヤコブははっきり言います。
「行いの無い信仰」は、「死んでいる」のです。

あなたの信仰はどうですか。
この機会に「本気で吟味」してみませんか。






20170510


[PR]

by Happiness-eachday | 2017-05-10 04:19 | 2017年 | Trackback

5月9日1列王2-3章 ヤコブ1章

懸賞 2017年 05月 09日 懸賞

『主の知恵を求める(主の御心を成し遂げるために)』

【Ⅰ列王3:5 その夜、ギブオンで【主】は夢のうちにソロモンに現れた。神は仰せられた。「あなたに何を与えようか。願え。」・・・3:9 善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。さもなければ、だれに、このおびただしいあなたの民をさばくことができるでしょうか。」3:10 この願い事は主の御心にかなった。ソロモンがこのことを願ったからである。・・・
3:12 今、わたしはあなたの言ったとおりにする。見よ。わたしはあなたに知恵の心と判断する心とを与える。・・・3:13 そのうえ、あなたの願わなかったもの、富と誉れとをあなたに与える。あなたの生きているかぎり、王たちの中であなたに並ぶ者はひとりもないであろう。】

①主はギブオンでソロモンに現れました。
ソロモンは主の働きをするために(イスラエルをまとめ上げるため)
「主の知恵を与えて下さい」と願いました。
それは主の願いに沿っていました。

その結果、知恵だけでなく他のものも、ソロモンは主から頂いたのです。
「主の御心を求める者」の祝福が、ここに書かれています。
私たちも、その様に主に求め、祈りたいのです。





『主の知恵と御言葉に生きる恵み』

【ヤコブ1:20 人の怒りは、神の義を実現するものではありません。1:21 ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。1:22 また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。】

①ヤコブ1章は、「主の知恵を求めること」(1:5-8)を勧めています。
そして同時に、主から与えられた知恵の言葉(神の言葉)を
「実行するように」と勧めるのです。

②み言葉を実行するためには、「心の雑念」を捨て去る必要があります。
引っ張るものをそのままにしていては、御言葉に従うことなど難しいからです。

③また「本当の自分」を知らなければなりません。
自分を誤魔化していては、主の助け求めることは、できないのです。

④また「聖霊の助け」を求めなければなりません。
自分の力では限界があり、主の願っている高嶺にまで、上がることはできないのです。

・・・み言葉は、知っているだけでは、恵みの半分も受け取ることはできません。
少しづつでも「み言葉が示すように生きて」、
その恵みを、実際に受け取ることが出来るのです。




20170509



[PR]

by Happiness-eachday | 2017-05-09 04:27 | 2017年 | Trackback

5月8日1列王1章 2ペテロ3章

懸賞 2017年 05月 08日 懸賞

『主の計画に従うこと、反抗する結果』

【Ⅰ列王1:5 一方、ハギテの子アドニヤは、「私が王になろう」と言って、野心をいだき、戦車、騎兵、それに、自分の前を走る者五十人を手に入れた。1:6 ─彼の父は存命中、「あなたはどうしてこんなことをしたのか」と言って、彼のことで心を痛めたことがなかった。そのうえ、彼は非常な美男子で、アブシャロムの次に生まれた子であった─1:7 彼はツェルヤの子ヨアブと祭司エブヤタルに相談をしたので、彼らはアドニヤを支持するようになった。1:8 しかし、祭司ツァドクとエホヤダの子ベナヤと預言者ナタン、それにシムイとレイ、および、ダビデの勇士たちは、アドニヤにくみしなかった。】

①ダビデ王の晩年、四男アドニヤは、「自分がイスラエルの王」だと宣言をしました。
しかしすでにダビデ王は、ソロモンを後継者としており、神の計画(ご意志)も同じでした。

②アドニヤは、神の計画にも父の意志にも反抗して、「自分の我」を押し通したのです。
彼は非常に美男子でした(周りから好意を受けていた可能性が高い)。
また彼の計画に対して有力な賛同者を得られたのです。
しかしだからと言って、「神の計画」を変更することはできなかったのです。

・・・私たちの信仰生活は「自分の計画」を主や周りに「押し付ける」のではなく、
「主の計画」に「従い続ける」ことです。
それが感情的に「受け入れられない」ことであっても、
主の計画を冷静に分析し、従うことが得策なのです。




『主の忍耐は、救いである』

【Ⅱペテ3:10 しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。3:11 このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。・・・3:14 そういうわけで、愛する人たち。このようなことを待ち望んでいるあなたがたですから、しみも傷もない者として、平安をもって御前に出られるように、励みなさい。3:15 また、私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい。】

①主の日、再臨は確実にやってきます。
しかしある人たちは、遅いと考えます。
ここでペテロは「主は忍耐をもって時を定めておられる」「主の忍耐は救いである」というのです。

②私たちは、主の約束を「信じ」なければなりません。
そしてその時が来ても良いように「備える必要」があるのです。

・・・「私たちの考え」の延長に「信仰」があるのではなく、
「主の言葉」を受け止めることから「信仰」が始まるのです。

主は私たちが「信仰」で受け止めることを「待っておられる」のです。







20170508



[PR]

by Happiness-eachday | 2017-05-08 05:01 | 2017年 | Trackback

5月7日2サムエル23-24章 2ペテロ2章

懸賞 2017年 05月 07日 懸賞

『悔い改めの告白と、犠牲の心』

【Ⅱサム24:24 しかし王はアラウナに言った。「いいえ、私はどうしても、代金を払って、あなたから買いたいのです。費用もかけずに、私の神、【主】に、全焼のいけにえをささげたくありません。」そしてダビデは、打ち場と牛とを銀五十シェケルで買った。24:25 こうしてダビデは、そこに【主】のために祭壇を築き、全焼のいけにえと和解のいけにえとをささげた。【主】が、この国の祈りに心を動かされたので、神罰はイスラエルに及ばないようになった。】

①ダビデは、誘惑を受け、人口調査をした罪を贖うためのいけにえを、
自分の犠牲として捧げたいと願いました。
ダビデは「自分の罪」を認め、
「自分の意志」と「自分の犠牲」によって、いけにえを捧げたのです。

②悔い改めは、人のせいにしていては、捧げることはできません。
自分が犯した罪を(仮に人の影響によって犯させられたように感じても)、
「自分の罪」として告白しなければなりません。
そして犠牲を伴うのです。

新約時代は「イエス様の犠牲」によって「牛や羊を捧げる必要」は無くなりました。
しかしだからといって「犠牲を捧げるこころ」は無くしてはいけないのです。





『反面教師』

【Ⅱペテ2:10 汚れた情欲を燃やし、肉に従って歩み、権威を侮る者たちに対しては、特にそうなのです。彼らは、大胆不敵な、尊大な者たちで、栄誉ある人たちをそしって、恐れるところがありません。・・・2:18 彼らは、むなしい大言壮語を吐いており、誤った生き方をしていて、ようやくそれをのがれようとしている人々を肉欲と好色によって誘惑し、2:19 その人たちに自由を約束しながら、自分自身が滅びの奴隷なのです。人はだれかに征服されれば、その征服者の奴隷となったのです。2:20 主であり救い主であるイエス・キリストを知ることによって世の汚れからのがれ、その後再びそれに巻き込まれて征服されるなら、そのような人たちの終わりの状態は、初めの状態よりももっと悪いものとなります。】

①キリストを信じたように振舞っても、間違った考え方の人がいることを、聖書は明らかにしています。
そしてその人たちは、他のクリスチャンを「自分の考え」に同調させようとするのです。
しかし「聖書の真理」と比較した時に、「その人の間違い」は明らかになるのです。

・・・「聖書の真理」を素直に受け入れましょう。
そしてその真理に反する「自分の心の中の罪」は速やかに「告白」しましょう。

信仰は単純です。
悔い改めれば「回復」し、
ごまかし続ければ、「もっとひどく」なるのです。






20170507


[PR]

by Happiness-eachday | 2017-05-07 04:40 | 2017年 | Trackback

5月6日2サムエル22章 2ペテロ1章

懸賞 2017年 05月 06日 懸賞

『自分を正直に見つめる大切さ』

【Ⅱサム22:21 【主】は、私の義にしたがって私に報い、私の手のきよさに従って私に償いをされた。22:22 私は【主】の道を守り、私の神に対して悪を行わなかった。22:23 主のすべてのさばきは私の前にあり、そのおきてから私は遠ざからなかった。22:24 私は主の前に全く、私の罪から身を守る。22:25 【主】は、私の義にしたがって、また、御目の前の私のきよさにしたがって私に償いをされた。22:26あなたは、恵み深い者には、恵み深く、全き者には、全くあられ、22:27 きよい者には、きよく、曲がった者には、ねじ曲げる方。22:28 あなたは、悩む民を救われますが、高ぶる者に目を向けて、これを低くされます。】

①主は愛と赦しの神ではありますが、
しかしここでは「わたしに義(聖さ)に従って私に報いられるお方」と書かれています。

つまり、私たちが「聖められた分」、
「報いて下さるお方」でもあるのです。

②この御言葉が、私たちの人生に当てはまるためには、
「自分自身への正直さ」が要求されます。
自分を素直に省みて、
「良いは良い、悪いは悪い」と素直に受け止めなければ、
「聖め」は起こり得ないのです。

・・・あなたは自分を「どんなもの」と思っていますか。
それは願望ですか。事実ですか。
「聖め」を追い求めましょう。
あなたが聖められて起こる「主からの働き」があるのですから、
聖めが起こらないと「主からの働き」は先送りとなってしまうのです。





『後悔の無い人生の歩み方』

【Ⅱペテ1:5 こういうわけですから、あなたがたは、あらゆる努力をして、信仰には徳を、徳には知識を、1:6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、1:7 敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。1:8 これらがあなたがたに備わり、ますます豊かになるなら、あなたがたは、私たちの主イエス・キリストを知る点で、役に立たない者とか、実を結ばない者になることはありません。1:9 これらを備えていない者は、近視眼であり、盲目であって、自分の以前の罪がきよめられたことを忘れてしまったのです。1:10 ですから、兄弟たちよ。ますます熱心に、あなたがたの召されたことと選ばれたこととを確かなものとしなさい。これらのことを行っていれば、つまずくことなど決してありません。】

①ペテロは、クリスチャンになった後の「成熟(信仰の成長)」について、ここに書き記しています。
上記のような「聖めの性質」を「追い求めている」ならば、
「役に立ち、実を結ぶ者」となるのです。

②クリスチャンになり、主の愛を知っている者だけが、これらの段階を通ることができます。
(信仰→徳→知識→自制→忍耐→敬虔→兄弟愛→愛)

③涙なくしては、これらの道は通ることが出来ません。
また、主が身近におられ「助けて下さっている」と感じられなければ、
「投げ出してしまう」でしょう。

しかしその道を歩む者は「主に喜ばれ」、
自分自身で「人生を振り返った時」に「大きな満足」を得ることができるのです。






20170506


[PR]

by Happiness-eachday | 2017-05-06 05:39 | 2017年 | Trackback