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カテゴリ:2016年4-6月( 88 )

懸賞 懸賞

6月30日詩編119‐120篇『苦しみの意味』

懸賞 2016年 06月 30日 懸賞

『苦しみの意味』

【119:65 【主】よ。あなたは、みことばのとおりに、あなたのしもべに良くしてくださいました。119:66 よい分別と知識を私に教えてください。私はあなたの仰せを信じていますから。119:67 苦しみに会う前には、私はあやまちを犯しました。しかし今は、あなたのことばを守ります。119:68 あなたはいつくしみ深くあられ、いつくしみを施されます。どうか、あなたのおきてを私に教えてください。
119:71 苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。119:72 あなたの御口のおしえは、私にとって幾千の金銀にまさるものです。・・・】

①主は、どんな時にも真実なお方です。
私たちにいつも良いことをして下さいます。

しかし私たちは、状況によって、
不真実であることが多いのです。

②私たちは、「人生の苦しみ」を通じて、
「自分」がすべての中心ではなく、
「主の原則」が中心であることを学びます。

「わがまま」が削られ、「主の願い」に応える人となっていくのです。

③「自分の力の限界」を感じた時、
人は心から「主の掟」を求めるようになります。
そして「掟を求める中」で、「掟を身に着ける人」となっていくのです。

・・・「苦しみ」には意味があります。
その中の一つは「主の掟を学ぶ」ためでもあるのです。

そして掟を身に着けた人は、
主の祝福で満たされるのです。YccFuji








20160630
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by Happiness-eachday | 2016-06-30 05:00 | 2016年4-6月 | Trackback

6月29日詩編114‐118篇『主を第一とする信仰』

懸賞 2016年 06月 29日 懸賞

『主を第一とする信仰』

【116:8 まことに、あなたは私のたましいを死から、私の目を涙から、私の足をつまずきから、救い出されました。116:9 私は、生ける者の地で、【主】の御前を歩き進もう。116:10 「私は大いに悩んだ」と言ったときも、私は信じた。116:11 私はあわてて「すべての人は偽りを言う者だ」と言った。116:12 主が、ことごとく私に良くしてくださったことについて、私は【主】に何をお返ししようか。116:13 私は救いの杯をかかげ、【主】の御名を呼び求めよう。116:14 私は、自分の誓いを【主】に果たそう。・・・】

①私たちは、色々なものに頼っています。
創造主を信じる者でも、
無意識に頼るものが毎日の生活にあるのです。

②しかし「自分の力」に限界を感じ、
「主以外は助けることができない」と悟る時に、
私たちは「本気で」主に祈るようになるのです。

③その時、この詩人のように
「すべての人は偽りを言う者」と告白するようになります。
「人間」は、本当の意味で「助け」にはなりません。
「限界を超えた人」は、そのことを実感し、
「まず主に助けを求め」「人に寄りかからない」信仰がつくられるのです。

・・・「主を第一とする信仰」は、
「自分の限界を超えた苦しみ」を通じて、
「養われる」ものなのです。YccFuji







20160629
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by Happiness-eachday | 2016-06-29 05:21 | 2016年4-6月 | Trackback

6月28日詩編109‐113篇『主への本音の祈り』

懸賞 2016年 06月 28日 懸賞

『主への本音の祈り』

【109:21 しかし、私の主、神よ。どうかあなたは、御名のために私に優しくしてください。あなたの恵みは、まことに深いのですから、私を救い出してください。109:22 私は悩み、そして貧しく、私の心は、私のうちで傷ついています。・・・
109:26 わが神、【主】よ。私を助けてください。あなたの恵みによって、私を救ってください。109:27 こうして、これがあなたの手であること、【主】よ、あなたがそれをなされたことを彼らが知りますように。109:28 彼らはのろいましょう。しかし、あなたは祝福してくださいます。・・・】

①ダビデは、自分を不当に攻撃する者に対して、
主の裁きを与えて下さい(1-20)、と祈りました。
罪の結果を刈り取って下さい、と祈ったのです。

②そして傷ついた自分自身を
「優しく、慰めて下さい」と正直に祈ったのです。

私たちは「傷つけられた」ならば、癒されるまで「痛み」が消えません。
どれだけ「理性的」に対応しようとしたとしても、
「心の反応」は正直なのです。

③「主との交わり」を持っている信仰者は「幸い」です。
なぜなら、「人」では癒されないことが多いからです。

人に癒しを依存すると「裏切られる」ことが多いのです。

④ダビデは驚くような祈りをしています。
それは不信仰や愛の無さではなく、
「心の本音の痛み」を主の前に注ぎ出しているからです。

・・・あなたも主に「本音の祈り」をする時に、
心が癒され、
「主の祝福を味わうこと」ができる人となるのです。

真の癒しは、「主との関係」の中で与えられるものなのです。YccFuji







20160628
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by Happiness-eachday | 2016-06-28 05:34 | 2016年4-6月 | Trackback

6月27日詩編105‐108篇『感謝と信仰は、主の恵みを思い起こすことによって』

懸賞 2016年 06月 27日 懸賞

『感謝と信仰は、主の恵みを思い起こすことによって』

【106:1 ハレルヤ。【主】に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。106:2 だれが【主】の大能のわざを語り、そのすべての誉れをふれ知らせることができよう。・・・
106:44 それでも彼らの叫びを聞かれたとき、主は彼らの苦しみに目を留められた。106:45 主は、彼らのために、ご自分の契約を思い起こし、豊かな恵みゆえに、彼らをあわれまれた。106:46 また、彼らを、捕らえ移したすべての者たちから、彼らがあわれまれるようにされた。・・・】

①詩編106篇は、イスラエルの「不従順の歴史」が列挙されています。
しかしそれは同時に、
創造主の「憐みによる助けの歴史」でもあるのです。

②人間は、簡単に「失敗した人」を裁きます。
そして「自分自身」をも裁いてしまうことがあるのです。

しかし私たちを愛しておられる主は、
「私たちの考え方とは異なるお方」であることを銘記しましょう。

③選民イスラエルに対する憐みは、
イエス様を信じるクリスチャンに対する憐みでもあります。

それを理解するには、
「主がして下さったこと」を思い起こすことによって、
はっきりと分かります。

・・・「私の考え」と「主のお考え」は異なることを、もう一度覚えましょう。
そして主の御言葉(主がして下さった恵み)を思い起こして、
「主のお考え」を受け止めることができるように祈りましょう。

聖霊が働かなければ、神の御意志は理解できません。
しかし主の恵みを思い巡らし、
求める者には、主はご自分の「ご意思」を明らかにして下さるのです。YccFuji








20160627
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by Happiness-eachday | 2016-06-27 05:17 | 2016年4-6月 | Trackback

6月26日詩編101‐104篇『受けた恵みを思いめぐらす効果』

懸賞 2016年 06月 26日 懸賞

『受けた恵みを思いめぐらす効果』

【ダビデによる103:1 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。103:2 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。103:3 主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、103:4 あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、103:5 あなたの一生を良いもので満たされる。・・・】

①ダビデは、創造主が良いお方であることを知っていました。
そして、仮に難しい状況が起きたとしても、
彼は「わがたましいよ。主をほめたたえよ」と自分自身に語ったのです。

②自分が経験した「主の恵み」を思い起こすことは大切なことです。
何度も何度も思い巡らす中で、
「与えられた主の恵みの深さ」が、
自分自身の心に染みてくるのです。

③それは「すべてが上手くいっている状況」の時にも効果を現しますが、
「難しい状況」の時にこそ、「信仰生活の力」になるのです。

④難しい状況下では「感情」はあてになりません。
理性的に物事を考え、
主のして下さった「真実」を見上げていくことが
一番の解決になるのです。

⑤また、苦しみの時こそ、落ち込むのではなく
「主に期待をして」「主に助けて頂かなければならない時」でもあるのです。

・・・あなたもダビデのように、
何度も「主の恵み」を心に唱えましょう。

その信仰によって、(落ち込むことが少なくなり)
「あなたの一生を良いもので満たされる体験」を得ることができるのです。YccFuji









20160626
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by Happiness-eachday | 2016-06-26 05:26 | 2016年4-6月 | Trackback

6月25日詩編96‐100篇『冷静に主を見上げ、賛美する』

懸賞 2016年 06月 25日 懸賞

『冷静に主を見上げ、賛美する』

【100:1 全地よ。【主】に向かって喜びの声をあげよ。100:2 喜びをもって【主】に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。100:3 知れ。【主】こそ神。主が、私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である。100:4 感謝しつつ、主の門に、賛美しつつ、その大庭に、入れ。主に感謝し、御名をほめたたえよ。・・・】

①私たちは「主に造られたもの」です。
もともと主のものであり、主の民なのです。
ですから、小さな子供のように
「主を慕い」「主に求める」ことができるのです。

②そして「感謝しつつ」主に近づくことができるのです。

③あなたは主を見上げて、「喜んでいますか?」。
悲しい現実も確かにあるかもしれません。
しかし信仰によって、
その向こうにある「主の助け」を見続ける時に、
主の助けを実際に体験できるのです。

④「あなたは、主から助けられた経験がありますか?」
きっとあると思います。
それらの体験を「思い巡らして」みましょう。
そうすれば、あなたにとって「主がどのようなお方か」が分かってきます。

⑤そして覚えている限りの「み言葉の約束」を思索しましょう。
そうすれば「主がどのようなお方か」がはっきりするのです。

⑥「自分の感情」は、あまり信用しないほうが良いのです。
状況が変われば、その感情も変わります。

・・・ですから、冷静に客観的に事実を並べて
「主の素晴らしさ」を賛美するのです。

⑦信仰にはいくつかのハードルがあります。
「目の前の現実だけ」を見ていると乗り越えることができませんが、
「主が与えて下さったしるし(御言葉)」を見続ける時に、

乗り越え、祝福を頂くことができるのです。YccFuji







20160625
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by Happiness-eachday | 2016-06-25 05:09 | 2016年4-6月 | Trackback

6月24日詩編91‐95篇『信仰を持っている者が、大きく得をする原則』

懸賞 2016年 06月 24日 懸賞

『信仰を持っている者が、大きく得をする原則』

【91:7 千人が、あなたのかたわらに、万人が、あなたの右手に倒れても、それはあなたには、近づかない。91:8 あなたはただ、それを目にし、悪者への報いを見るだけである。91:9 それはあなたが私の避け所である【主】を、いと高き方を、あなたの住まいとしたからである。・・・
91:14 彼がわたしを愛しているから、わたしは彼を助け出そう。彼がわたしの名を知っているから、わたしは彼を高く上げよう。91:15 彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。・・・】

①恐れが沸き上がってくる時、
プレッシャーに押しつぶされそうになった時、
この時こそ、「創造主を信じる人」は、
助けを頂くチャンスなのです。

②私たちが「主しかいない」と言う状況に追い詰められる時、
実は、私たちの信仰は「成長する時」なのです。

③この時「二つの道」があります。
「私を助けて下さるのは主しかいない」と増々すがる道か。
「主は助けてくれない(主はいない)」と考えて諦める道か。

この判断によって、
「人生で受ける祝福」が大きく変わってくるのです。

④聖書の教えは「持っている者は益々与えられる」という原則です。
あなたが「主に求める」ならば、
主はその求め以上に「助けて頂ける」のです。

⑤信仰は難しくありません。
「受け取る」だけで「自分のもの」になるのです。

要は、「自分のもの」になった信仰を、
どこまで「使いこなすこと」ができるか、にかかっているのです。YccFuji








20160624
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by Happiness-eachday | 2016-06-24 05:09 | 2016年4-6月 | Trackback

6月23日詩編87‐90篇『祝福が与えられているという原点』

懸賞 2016年 06月 23日 懸賞

『祝福が与えられているという原点』

【89:35 わたしは、かつて、わが聖によって誓った。わたしは決してダビデに偽りを言わない。89:36 彼の子孫はとこしえまでも続き、彼の王座は、太陽のようにわたしの前にあろう。89:37 それは月のようにとこしえに、堅く立てられる。雲の中の証人は真実である。」 セラ
89:38 しかし、あなたは拒んでお捨てになりました。あなたによって油そそがれた者に向かって、あなたは激しく怒っておられます。89:39 あなたは、あなたのしもべの契約を廃棄し、彼の冠を地に捨てて汚しておられます。89:40 あなたは彼の城壁をことごとく打ちこわし、その要塞を廃墟とされました。
89:46 いつまでですか。【主】よ。あなたがどこまでも身を隠し、あなたの憤りが火のように燃えるのは。】

①この詩は、「ダビデ契約」に基づく祈りです。
ダビデへの素晴らしい約束が与えられながらも、
現状がそうではない中での、「うめきと訴え」の祈りです。

祈りにはこのような「切実な祈り」もあるのです。

②しかしこの祈りの土台は
「祝福が与えられている約束」なのです。

既に与えられたものを、
「奪われたような状況」にあるという訴えなのです。

③主の約束は真実(のはず)です。
ですから私たちは「難しい現状の中」で「主の解決」を求めるのです。

・・・「私たちには祝福が約束されている」。
このことがクリスチャン生活の原点です。

そして、その「期待(約束)」の上に、
「祈り求める」のです。YccFuji







20160623
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by Happiness-eachday | 2016-06-23 04:58 | 2016年4-6月 | Trackback

6月22日詩編83‐86篇『求めた者が助けられる』

懸賞 2016年 06月 22日 懸賞

『主を慕う心』

【84:1 万軍の【主】。あなたのお住まいはなんと、慕わしいことでしょう。84:2 私のたましいは、【主】の大庭を恋い慕って絶え入るばかりです。私の心も、身も、生ける神に喜びの歌を歌います。・・・
84:5 なんと幸いなことでしょう。その力が、あなたにあり、その心の中にシオンへの大路のある人は。84:6 彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。】

①創造主は、目には見えませんが、確かに存在されます。
私たちは、創造主によってイメージされ、
母の胎内でミスのないように造り上げられたのです。

②母の胎にあっては、まったくの依存状態でした。
そして、生まれ落ち、大人のなった今でも、
空気・水・光といった絶対に必要なものは「一方的に与えられて」います。 

主の力(恵み)に一方的に依存しているのが、
私たち人間なのです。

③ですから、本来の人間は、
精神的な面でも「主に依存」している筈のです。

主の愛の中に依存し、
主の支配の中に依存し、
だからこそ(主の支えられているという絶対的な安心感があるからこそ)、
人の誤解や困難な中にあっても、
主と共に(人を恐れずに)進んで行けるのです。

④あなたは「主を慕わしく」感じますか?
その感情は大きなものですか?

主を慕う感情は、自然なことなのです。
主をそのように感じるからこそ、
涙の谷を通るような時でも「主を求める」ことができるのです。

・・・あなたの「主を慕い求める心」が強ければ強いほど、
実はあなたは「主に助けられる人」となっているのです。YccFuji







20160622
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by Happiness-eachday | 2016-06-22 05:49 | 2016年4-6月 | Trackback

6月21日詩編79-82篇『あなたの口を大きくあけよ。』

懸賞 2016年 06月 21日 懸賞

『あなたの口を大きくあけよ。』

【81:8 聞け。わが民よ。わたしは、あなたをたしなめよう。イスラエルよ。よくわたしの言うことを聞け。81:9 あなたのうちに、ほかの神があってはならない。あなたは、外国の神を拝んではならない。
81:10 わたしが、あなたの神、【主】である。わたしはあなたをエジプトの地から連れ上った。あなたの口を大きくあけよ。わたしが、それを満たそう。
81:11 しかしわが民は、わたしの声を聞かず、イスラエルは、わたしに従わなかった。81:12 それでわたしは、彼らをかたくなな心のままに任せ、自分たちのおもんぱかりのままに歩かせた。81:13 ああ、ただ、わが民がわたしに聞き従い、イスラエルが、わたしの道を歩いたのだったら。81:14 わたしはただちに、彼らの敵を征服し、彼らの仇に、わたしの手を向けたのに。」】

①主はいつも私たちの信仰に期待をされています。
信仰を与えるのは主ですし、
準備もすべて主がされます。

しかし、「信仰による恵み」を受け取れるかどうかの自由意思は、
「私たちに託されている」のです。

②主は、聖書の中で何度も
「信じるように」
「求めるように」
「期待するように」と語られています。

その理由は、「信じた者」だけが
「受け取れる」からなのです。

③ここでは「あなたの口を大きくあけよ。わたしが、それを満たそう」と主は語られています。

「あなたの口を大きくあけよ」とは
、「あなたにとって」どういうことでしょうか?

今信じていることを「もう一歩」求めるということでしょうか?
それとも「更に広く」求めるということでしょうか?

自分が主から受けないと「人に与えること」はできません。

・・・まずあなたが、受けましょう。
それも「軽く」ではなく「十分」に受けましょう。

その為には、まずあなたの意志で、
「口を大きくあける(期待し続ける)」のです。YccFuji







20160621
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by Happiness-eachday | 2016-06-21 04:59 | 2016年4-6月 | Trackback