カテゴリ:2016年1-3月( 88 )

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1月9日創世記25-27章『自分自身の成長と、子孫の祝福』

懸賞 2016年 01月 09日 懸賞

『自分自身の成長と、子孫の祝福』
【26:2 【主】はイサクに現れて仰せられた。「エジプトへは下るな。わたしがあなたに示す地に住みなさい。26:3 あなたはこの地に、滞在しなさい。わたしはあなたとともにいて、あなたを祝福しよう。それはわたしが、これらの国々をすべて、あなたとあなたの子孫に与えるからだ。こうしてわたしは、あなたの父アブラハムに誓った誓いを果たすのだ。26:4 そしてわたしは、あなたの子孫を空の星のように増し加え、あなたの子孫に、これらの国々をみな与えよう。こうして地のすべての国々は、あなたの子孫によって祝福される。26:5 これはアブラハムがわたしの声に聞き従い、わたしの戒めと命令とおきてとおしえを守ったからである。」】

①アブラハムが主に従ったことにより、
彼自身だけではなく、息子イサクも祝福されました。

②主はイサクに親しく語りかけて下さり
「エジプトに下るな」と命じて下さったのです。
そして父アブラハムに約束した通り、
カナンの地を与え、子孫を増やすと約束されました。

これはイサクがただ
「アブラハムの息子」だという理由だけで、与えられた恵みです。

②イエス様を信じるとは、素晴らしいことです。
ガラテヤを見ると「アブラハムの祝福」を相続すると約束されています。

クリスチャンは、
「クリスチャンという理由だけ」で、
祝福が約束されているのです。

③もう一つ重要なことは、
「親の世代」である私たちが、祝福を相続すると、
「子供の世代」にも祝福が流れるという事実です。

このことに気が付くならば、
私たちの「信仰の成長」が子供たちの「信仰の財産」になることを悟るのです。YccFuji








20160109
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by Happiness-eachday | 2016-01-09 05:22 | 2016年1-3月 | Trackback

1月8日創世記22-24章『創造主の愛の計画、試練』

懸賞 2016年 01月 08日 懸賞

『創造主の愛の計画、試練』

【22:11 そのとき、【主】の使いが天から彼を呼び、「アブラハム。アブラハム」と仰せられた。彼は答えた。「はい。ここにおります。」22:12 御使いは仰せられた。「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」22:13 アブラハムが目を上げて見ると、見よ、角をやぶにひっかけている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行って、その雄羊を取り、それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた。22:14 そうしてアブラハムは、その場所を、アドナイ・イルエと名づけた。今日でも、「【主】の山の上には備えがある」と言い伝えられている。】

①アブラハムは、一人子イサクを「主に捧げる決意」をしました。
へブル人への手紙を読む時に、
アブラハムの信仰が書かれています(11章)。
彼はぎりぎりの選択の中で
「主を一番にすること」を選び取ったのです。

②主はそのアブラハムの信仰を引き出され、
彼に雄羊を与え、いけにえを捧げさせました。

③主は、愛の方ですから、
アブラハムに「いじわる」をされているのではありません。
そして、愛の方である主は、
時に私たちにも試練を与える時があるのです。

私たちが「ある信仰の到達点」に達成するまで、
「あえて苦しい環境を与え」、
「待っておられる」のです。

なぜなら、そのような環境にならなければ
「決断できない信仰」があるからです。

・・・アブラハムは「主からの試練に」パスしました。
私たちも、「真実な主の姿」を信頼して、
「現実の試練」を乗り越えましょう。

そして、すべてを乗り越えた後に、
「神の愛の計画」を悟ることになるのです。
「主の山に備えあり」と。YccFuji







20160108
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by Happiness-eachday | 2016-01-08 05:02 | 2016年1-3月 | Trackback

1月7日創世記19-21章『最後まで信じる、恵み』

懸賞 2016年 01月 07日 懸賞

『最後まで信じる、恵み』

【21:1 【主】は、約束されたとおり、サラを顧みて、仰せられたとおりに【主】はサラになさった。21:2 サラはみごもり、そして神がアブラハムに言われたその時期に、年老いたアブラハムに男の子を産んだ。21:3 アブラハムは、自分に生まれた子、サラが自分に産んだ子をイサクと名づけた。21:4 そしてアブラハムは、神が彼に命じられたとおり、八日目になった自分の子イサクに割礼を施した。21:5 アブラハムは、その子イサクが生まれたときは百歳であった。】

①創造主の言われた通り、
アブラハムが100歳の時に一人息子が与えられました。
アブラハムの召命から25年たった時でした。

アブラハムは、不可能と思える状況でも、「信じ続けた」のです。

②信じていても、
信仰が強い時と弱くなる時があることを私たちは体験します。
アブラハムも同じでした。

しかし主は
「アブラハムの信仰が無くならないように」彼を助けて下さいました。
同時にアブラハム自身も、
祈りながら「主からの約束を信じ続けた」のです。

③信仰生活には「与えられた御言葉」をしっかりとつかみ続ける時があるのです。
何度も思い起こして「主の言葉通りになる」と自分自身に語り続ける時があるのです。

・・・「与えられた御言葉」を手放さないようにしましょう。
最後まで信じる者は、
アブラハムのように「大いなる恵み」を頂くのです。YccFuji








20160107
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by Happiness-eachday | 2016-01-07 05:28 | 2016年1-3月 | Trackback

1月6日創世記16-18章『受け止める信仰の大切さ』

懸賞 2016年 01月 06日 懸賞

『受け止める信仰の大切さ』

【17:1 アブラムが九十九歳になったとき【主】はアブラムに現れ、こう仰せられた。「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。17:2 わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に立てる。わたしは、あなたをおびただしくふやそう。」17:3 アブラムは、ひれ伏した。神は彼に告げて仰せられた。17:4 「わたしは、この、わたしの契約をあなたと結ぶ。あなたは多くの国民の父となる。17:5 あなたの名は、もう、アブラムと呼んではならない。あなたの名はアブラハムとなる。わたしが、あなたを多くの国民の父とするからである。・・・」】

①アブラムは、99歳の時、
もう一度、息子が与えられることを主から語られました。
彼は最初、受け止めることができませんでしたが(18節)、
しかし主との会話(祈り)の中で、
はっきりと「信じた」のです。

②信仰は、人間の理屈や論理ではありません。
自分の考え以上に「主の言葉を受け止める」ことなのです。
(理性を否定することではありません)

③主は私たちに、「御心(ご計画)」を語られます。
私たちは、それに対して、「Yes」と言える準備をしておきましょう。

納得できないことがあっても、
祈りの中で主はあなたに語り掛けて下さいます.
(最後には納得できるのです)

もし、最初から主の語り掛けを拒否してしまったならば、
主の計画が何も進まないのです。

「主の計画」が地上で進むためには、
「あなたの信仰(受け止めるこころ)」が必要なのです。YccFuji









20150106
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by Happiness-eachday | 2016-01-06 05:26 | 2016年1-3月 | Trackback

1月5日創世記13-15章『自分の常識以上の、力』

懸賞 2016年 01月 05日 懸賞

『自分の常識以上の、力』

【15:5 そして、彼を外に連れ出して仰せられた。「さあ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい。」さらに仰せられた。「あなたの子孫はこのようになる。」15:6 彼は【主】を信じた。主はそれを彼の義と認められた。】

①アブラムは、「子孫が星のようになる」と言われ、
主の言葉を信じました。

彼は75歳で、主に従いはじめ、
「子孫が多く与えられる(13:16)」と約束を頂きましたが、
それから10年以上も経ち、
人間的には、不可能と思える状況でした。

②しかしアブラムは、「信仰を働かせ」、
自分の常識を持ちながらも、
「神の言葉を優先」したのです。

アブラムは、当時、力ある豪族であり、
しもべや家畜をたくさん従えていました。
彼は人間的には、非常に優れた人物だったのです。
ですから「常識的な考え」は持っていました。

③しかし「考えられる限りの自分の知識」の上に
「神の言葉の価値」を置いたのです。
それが、彼が「義と認められた」理由だったのです。

信仰生活は、「常識を無視すること」ではありません。
神との交わり「祈りの中」で、
「常識以上の力」を頂くのです。

アブラムは100歳で、息子イサクを授かりました。
神の約束は、成就したのです。YccFuji







20160105
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by Happiness-eachday | 2016-01-05 05:25 | 2016年1-3月 | Trackback

1月4日創世記9-12章『目先の判断をしない、永遠の視点で考える』

懸賞 2016年 01月 04日 懸賞

『目先の判断をしない、永遠の視点で考える』

【12:1 【主】はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。12:2 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。12:3 あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」12:4 アブラムは【主】がお告げになったとおりに出かけた。ロトも彼といっしょに出かけた。アブラムがハランを出たときは、七十五歳であった。】

①アブラムは、創造主から召され、
声をかけられ、生まれ故郷を出て、
「主が示す地」に行きました。

彼が自分の経験だけを考えていたならば、
不安で進むことはできなかったでしょう。
また人から愚かと言われたかもしれません。

しかしアブラムは「信仰によって」、一歩前進したのです。

②このことは、アブラムが後に「信仰の父」と呼ばれた原因になりました。
目の前のことだけを考えるならば「愚か」に見えるようであっても、
長い歴史、ひいては死後の天国を含めた「永遠のいのち」を考えるならば、
「非常に価値のある選択」をアブラムはしたのです。

目の前のことも大切ですが、
「長い目」で見る視点も非常に大切なのです。

・・・「永遠の命」の視点で物事を考えましょう。
信仰の持つと私たちは、そのように考えるようになるのです。YccFuji








20160104
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by Happiness-eachday | 2016-01-04 04:59 | 2016年1-3月 | Trackback

1月2日創世記4-6章『一番価値のある選択、をするには』

懸賞 2016年 01月 02日 懸賞

『一番価値のある選択、をするには』

【6:9 これはノアの歴史である。ノアは、正しい人であって、その時代にあっても、全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。6:10 ノアは三人の息子、セム、ハム、ヤペテを生んだ。6:11 地は、神の前に堕落し、地は、暴虐で満ちていた。6:12 神が地をご覧になると、実に、それは、堕落していた。すべての肉なるものが、地上でその道を乱していたからである。】

①人々の悪の満ちる中、
ノアは「正しい人」として生きていました。
創造主は、そのノアを通じて、ご自分の計画を進めたのです。

②2テモテ2章には、
自分を聖めるならば「尊い器として用いられる(2:21)」とあります。

③楽な方に流れるのは、簡単です。
「人の目(自分の利益)を考えて」、間違っていると知っていても、
悪いことを選んでしまうのは、起こり得るのです。

しかし、神様が悲しまれることをし続けるならば、
結局は「悪い結果」になるのです。

④目先の利益だけを考えないようにしましょう。
ノアは、逆境の中でも「良いこと」を選び続けた結果、
「神に用いられ」大きな評価を頂いたのです。

今の地上の生活だけでなく、
「永遠の命の観点」(創造主に喜ばれる観点)で物事を考えるようにしましょう。

それが最終的に、
「一番価値のある選択」につながるのです。YccFuji







20160102
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by Happiness-eachday | 2016-01-02 05:34 | 2016年1-3月 | Trackback

1月1日創世記1-3章『主に喜ばれること、礼拝』

懸賞 2016年 01月 01日 懸賞

明けましておめでとうございます。2016年が始まりました。新しい気持ちで、聖書の通読を始めましょう。主と共に、導かれて今年も進んで参りましょう。

『主に喜ばれること、礼拝』
【1:26 神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」1:27 神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。】

①創造主は、人間を他の被造物とは違ったものとして造られました。
それは「創造主の形(イマゴディ)」です。
その性質により、
人間は「創造主と交流できる存在」となったのです。

②人間だけが創造主に祈り、
礼拝を捧げることができるのです。

③私たち人間は「造られたもの」です。
創造主は全てを知っておられますので、驚かれることはありません。

しかし私たちが「主と交わりたい。主に愛され、主に愛を捧げしたい」という気持ちは、
主が最も喜ばれ、時に感動されることなのです。

③2016年、主に喜ばれる毎日でありたいものです。
私たちが礼拝することを通じて、
親が子供と交わるように、主に『微笑んで頂く』ことができるのです。YccFuji








20160101
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by Happiness-eachday | 2016-01-01 00:03 | 2016年1-3月 | Trackback