カテゴリ:2016年1-3月( 88 )

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2月20日民数記34-36章『問題の事前の対処』

懸賞 2016年 02月 20日 懸賞

『問題の事前の対処』

【36:5 そこでモーセは、【主】の命により、イスラエル人に命じて言った。「ヨセフ部族の訴えはもっともである。36:6 【主】がツェロフハデの娘たちについて命じて仰せられたことは次のとおりである。『彼女たちは、その心にかなう人にとついでよい。ただし、彼女たちの父の部族に属する氏族にとつがなければならない。36:7 イスラエル人の相続地は、一つの部族から他の部族に移してはならない。イスラエル人は、おのおのその父祖の部族の相続地を堅く守らなければならないからである。・・・
36:12 彼女たちは、ヨセフの子マナセの子孫の氏族にとついだので、彼女たちの相続地は、彼女たちの父の氏族の部族に残った。】

①ヨセフ族のツェロフハデの娘たちは、
父が死に兄弟がいなかったために、
特別に女性として土地を相続しました。

しかし彼女たちが他の部族に嫁いだ時に、
ヨセフ部族の土地が減ることが問題となりました。

②モーセは、ヨセフ族から問題と状況を聞き、
彼女たちにヨセフ族にだけ嫁ぐように命じました。

そして、彼女たちはそれを実行し、問題を回避できたのです。

③問題が起きるのを事前に対処することは必要なことです。
問題が起きてしまってからでは、
多くの時間と労力がかかり、痛みも伴うからです。

モーセは、「全体を見る目」と「指導力」を持っていました。
そのような指導者がいることは幸いなことです。

④また彼女たちが「指示に従ったこと」も大切なことです。
自分の役割を知り、
その中で行動することは「道を誤らない」最善の方法なのです。

幸せは、
「道を誤らない」中で、味わうものだからです。YccFuji






20160220
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by Happiness-eachday | 2016-02-20 05:26 | 2016年1-3月 | Trackback

2月18日民数記28-30章『いつも主を意識して生きる』

懸賞 2016年 02月 18日 懸賞

『いつも主を意識して生きる』

【28:9 安息日には、一歳の傷のない雄の子羊二頭と、穀物のささげ物として油を混ぜた小麦粉十分の二エパと、それにつく注ぎのささげ物とする。28:10 これは、常供の全焼のいけにえとその注ぎのささげ物とに加えられる、安息日ごとの全焼のいけにえである。28:11 あなたがたは月の第一日に、【主】への全焼のいけにえとして若い雄牛二頭、雄羊一頭、一歳の傷のない雄の子羊七頭をささげなければならない。
・・・29:39 あなたがたは定められた時に、これらのものを【主】にささげなければならない。これらはあなたがたの誓願、または進んでささげるささげ物としての全焼のいけにえ、穀物のささげ物、注ぎのささげ物および和解のいけにえ以外のものである。」29:40 モーセは、【主】がモーセに命じられたとおりを、イスラエル人に告げた。】

①主は通常の捧げもの以外に、
安息日、月の第一の日、第7の月(安息月)の特別な日に、
全焼のいけにえを捧げるように命じました。
これは「感謝と全き献身の証」です。

②旧約のこの時代、荒野での生活は、
主の助けなしには生きることができませんでした。
ですから、捧げものを通じて、
「いつも助けて下さい」と言う心(習慣)を持つことを、主は教えたのです。
(そうでなければ、生きることができなかったのです)

・・・モーセたちが「昼は雲の柱・夜は火の柱」によって導かれたように、
現在においても、(生きるか死ぬかという危機的な状態で『一見』なくても)、
毎日心に主をお迎えして生活することは、
「非常に大切なこと」なのです。YccFuji







20160218
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by Happiness-eachday | 2016-02-18 05:46 | 2016年1-3月 | Trackback

2月17日民数記25-27章『後継者を求める祈り』

懸賞 2016年 02月 17日 懸賞

『後継者を求める祈り』

【27:12 ついで【主】はモーセに言われた。「このアバリム山に登り、わたしがイスラエル人に与えた地を見よ。27:13 それを見れば、あなたもまた、あなたの兄弟アロンが加えられたように、あなたの民に加えられる。27:14 ツィンの荒野で会衆が争ったとき、あなたがたがわたしの命令に逆らい、その水のほとりで、彼らの目の前に、わたしを聖なる者としなかったからである。」これはツィンの荒野のメリバテ・カデシュの水のことである。
27:15 それでモーセは【主】に申し上げた。27:16 「すべての肉なるもののいのちの神、【主】よ。ひとりの人を会衆の上に定め、27:17 彼が、彼らに先立って出て行き、彼らに先立って入り、また彼らを連れ出し、彼らを入らせるようにしてください。【主】の会衆を、飼う者のいない羊のようにしないでください。」27:18 【主】はモーセに仰せられた。「あなたは神の霊の宿っている人、ヌンの子ヨシュアを取り、あなたの手を彼の上に置け・・・」】

①主は、モーセに「約束の地カナン」を「アバリム山から見よ」と命じました。
その後にモーセは死ぬと語られたのです。

②モーセは主に「自分のこと」ではなく、
「後継者を立てて下さるよう」に頼みました。
すると主は「ヨシュア」を後継者として任命するように命じました。

③私たちも、いつかは地上の使命を終える時が来ます。
その時に「私たちが担う働き」を引き継く人が必要になるのです。

主はそのような人を備えられます。
私たちは後継者のために祈り、主に求める必要があるのです。

主に祈りましょう。
それは「自分自身が使命を果たすため」だけでなく、
「使命を次世代に託するため」にも必要なことなのです。YccFuji







20160217
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by Happiness-eachday | 2016-02-17 05:29 | 2016年1-3月 | Trackback

2月16日民数記22‐24章『主の願いに沿った生き方に変えられる方法』

懸賞 2016年 02月 16日 懸賞

『主の願いに沿った生き方に変えられる方法』

【22:31 そのとき、【主】がバラムの目のおおいを除かれたので、彼は【主】の使いが抜き身の剣を手に持って道に立ちふさがっているのを見た。彼はひざまずき、伏し拝んだ。22:32 【主】の使いは彼に言った。「なぜ、あなたは、あなたのろばを三度も打ったのか。敵対して出て来たのはわたしだったのだ。あなたの道がわたしとは反対に向いていたからだ。22:33 ろばはわたしを見て、三度もわたしから身を巡らしたのだ。もしかして、ろばがわたしから身を巡らしていなかったなら、わたしは今はもう、あなたを殺しており、ろばを生かしておいたことだろう。」22:34 バラムは【主】の使いに申し上げた。「私は罪を犯しました。私はあなたが私をとどめようと道に立ちふさがっておられたのを知りませんでした。今、もし、あなたのお気に召さなければ、私は引き返します。」22:35 【主】の使いはバラムに言った。「この人たちといっしょに行け。だが、わたしがあなたに告げることばだけを告げよ。」そこでバラムはバラクのつかさたちといっしょに行った。】

①主からの「強烈な戒め」がここでは、バラムに成されました。
そのため、この後、バラムはどれだけ要望されようとも、
高額な報酬を出されようとも
「創造主の言葉通りを語る」と言い続け、それを実行したのです。

②人間は実に自己中心的です。
自分の身が危なくなければ、平気で裏切ることもできるのです。

しかしバラムは「創造主に逆らうと死ぬ」と悟ったので、
創造主の言う通りに行動できたのです。

・・・私たちの中の欲望を隠しても、私たちは聖められません。
むしろ欲望をそのまま主の前に訴えた時に、
主からのはっきりとした答えを頂けるのです。

隠したり、ごまかしたりして欲望を封印するのではなく、
主の前にはっきり祈り訴え、悔い改める中で、
私たちは主の願いに沿った生き方ができるように「変えられる」のです。YccFuji






20160216
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by Happiness-eachday | 2016-02-16 05:29 | 2016年1-3月 | Trackback

2月14日民数記16-18章『個性才能(立場)は、神様からのもの』

懸賞 2016年 02月 14日 懸賞

『個性才能(立場)は、神様からのもの』

【17:8 その翌日、モーセはあかしの天幕に入って行った。すると見よ、レビの家のためのアロンの杖が芽をふき、つぼみを出し、花をつけ、アーモンドの実を結んでいた。17:9 モーセがその杖をみな、【主】の前から、すべてのイスラエル人のところに持って来たので、彼らは見分けて、おのおの自分の杖を取った。17:10 【主】はモーセに言われた。「アロンの杖をあかしの箱の前に戻して、逆らう者どもへの戒めのため、しるしとせよ。彼らのわたしに対する不平を全くなくして、彼らが死ぬことのないように。」17:11 モーセはそうした。【主】が命じられたとおりにした。・・・】

①主は、モーセとアロンに反逆して裁かれた「コラの子たち」のような罪を、
二度と起こさないように手を打たれました。

それは「アロンの杖だけ」が芽を出すことを通じて
「アロンは選ばれており」主の選びによって、
現在の働きをしていることを示されたのです。

②人間は、悲しいことに「比較したり」「嫉妬したり」を良くしてしまいます。
それは「神様とのつながり」ではなく、
「自分の目で」物事を考えるからです。

神様を無視すると
「なぜあの人だけが」と比較をして悪感情を持つことが起こるのです。

・・・あなたは「神様のよって造られた」ことを知っていますか。
あなたの能力も才能も「神様によって与えられた」ものだといつも意識していますか。

それを忘れない人は、「比較の罪」を犯すことが無くなるのです。

主はあなたを悲しませるために、今の立場を与えたのではなく、
「主と共に」喜ぶために与えられているのです。YccFuji








20160214
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by Happiness-eachday | 2016-02-14 05:50 | 2016年1-3月 | Trackback

2月13日民数記13-15章『信仰のテストの時』

懸賞 2016年 02月 13日 懸賞

『信仰のテストの時』

【13:1 【主】はモーセに告げて仰せられた。13:2 「人々を遣わして、わたしがイスラエル人に与えようとしているカナンの地を探らせよ。父祖の部族ごとにひとりずつ、みな、その族長を遣わさなければならない。」13:3 モーセは【主】の命によって、パランの荒野から彼らを遣わした。彼らはみな、イスラエル人のかしらであった。・・・
13:17 モーセは彼らを、カナンの地を探りにやったときに、言った。「あちらに上って行ってネゲブに入り、山地に行って、13:18 その地がどんなであるか、そこに住んでいる民が強いか弱いか、あるいは少ないか多いかを調べなさい。・・・」】

①主はモーセを通じて、
12名のイスラエルの族長に「カナンの地の偵察」をするようにと命じられました。

彼らはリーダーであり、
荒野で毎日マナを食べ、昼は雲、夜は火の柱を見てきた「訓練された者たち」でした。

②ですから当然、
主の約束を信じて「私たちはカナンに入ることができる」と言わなければならなかったのです。

③しかし信仰的な答えを出したのは「ヨシュアとカレブだけ」でした。
残りの10人は、「前進は不可能だ」と不信仰な答えを出してしまったのです。

④そして重要なことは、
民は「不信仰の言葉」を聞いてしまった(14章)のです。

・・・同じものを見ていても「信仰の訓練」となるかどうかは
「その人の心の姿勢」によります。

「主の助け」を自分の信仰で受け止める人は
「信仰が強く」なり、
「主の助け」を適当に見ている人は
「信仰が成長しない」のです。

あなたは前者ですか。後者ですか。

・・・現在の主の助けを毎日「真剣に受け止め」ましょう。
信仰のレッスンの結果は、
「神様のテストの時」に、
はっきりと分かるのです。YccFuji










20160213
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by Happiness-eachday | 2016-02-13 19:37 | 2016年1-3月 | Trackback

2月12日民数記10‐12章『荒野で、主を毎日お招きする』

懸賞 2016年 02月 12日 懸賞

『荒野で、主を毎日お招きする』

【10:33 こうして、彼らは【主】の山を出て、三日の道のりを進んだ。【主】の契約の箱は三日の道のりの間、彼らの先頭に立って進み、彼らの休息の場所を捜した。10:34 彼らが宿営を出て進むとき、昼間は【主】の雲が彼らの上にあった。10:35 契約の箱が出発するときには、モーセはこう言っていた。「【主】よ。立ち上がってください。あなたの敵は散らされ、あなたを憎む者は、御前から逃げ去りますように。」10:36 またそれがとどまるときに、彼は言っていた。「【主】よ。お帰りください。イスラエルの幾千万の民のもとに。」】

①主は荒野で、昼は雲の柱、夜は火の柱でモーセと民を導きました。
その時、モーセはいつも「立ち上がって下さい」「お帰りください」と主に祈り、
主をお招きしていたのです。

②主と共に歩むためには、
毎日、主を見上げ、「主を人生の導き手として」お招きし続ける必要があります。

③新約の現在は「見える雲」はありません。
しかしだからと言って「主がおられない」のではないのです。

私たちは現在も、朝出かける前、
人生の岐路、悩みの中で、
毎日「主をお招き」することが大切なのです。

④あなたが荒野の苦しみを経験しているならば、
それは「訓練」です。

そして荒野には確実に「主の導き」があります。
荒野でこそ、最高の学びの場です。

主と共に生きる「大切なレッスン」を、
私たちは「荒野で」受けているのです。

それは「本気で」主と共に生き、祝福を受けるためなのです。YccFuji








20160212
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by Happiness-eachday | 2016-02-12 05:44 | 2016年1-3月 | Trackback

2月11日民数記7-9章『荒野の生活(苦しみ)の意味』

懸賞 2016年 02月 11日 懸賞

『荒野の生活(苦しみ)の意味』

【9:21 雲が夕方から朝までとどまるようなときがあっても、朝になって雲が上れば、彼らはただちに旅立った。昼でも、夜でも、雲が上れば、彼らはいつも旅立った。9:22 二日でも、一月でも、あるいは一年でも、雲が幕屋の上にとどまって去らなければ、イスラエル人は宿営して旅立たなかった。ただ雲が上ったときだけ旅立った。9:23 彼らは【主】の命令によって宿営し、【主】の命令によって旅立った。彼らはモーセを通して示された【主】の命令によって、【主】の戒めを守った。】

①モーセを中心に、民は「雲が動いた時だけ」移動をしました。
それが彼らの荒野での「生活のスタイル」だったのです。

②どれほど、長くとどまっていても、
主の導きがないならば、民は一歩も動きませんでした。
反対に、主が動き始めるならば、すぐに動いたのです。

動くための理由は必要ありませんでした。
ただ主が動いたという理由だけで十分だったのです。

③この訓練を通じて、「主と共に生きる恵み」を彼らは
「荒野で体験」したのです。

荒野で200万人以上の人々が食事をしつつ40年間生活できたことは
奇跡以外の何物でもありませんでした。

④「荒野の体験」は大切です。
それは「主を見続けていなければ」死に絶えてしまう環境だからです。

その中でこそ、本当の意味で「主に従う」訓練ができるのです。
(自分で食物が買える町では「訓練にならない」のです。)

・・・ですから主は時に
「あなたを整えるため」に

あなたを「荒野の生活」へと導かれるのです。YccFuji










20160211
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by Happiness-eachday | 2016-02-11 05:41 | 2016年1-3月 | Trackback

2月10日民数記4-6章『人々のために、とりなし祈る使命』

懸賞 2016年 02月 10日 懸賞

『人々のために、とりなし祈る使命』

【6:22 ついで【主】はモーセに告げて仰せられた。6:23 「アロンとその子らに告げて言え。あなたがたはイスラエル人をこのように祝福して言いなさい。6:24 『【主】があなたを祝福し、あなたを守られますように。6:25 【主】が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。6:26 【主】が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』6:27 彼らがわたしの名でイスラエル人のために祈るなら、わたしは彼らを祝福しよう。」】

①モーセは、主の言葉として「アロンとその子ら」に、
「民を祝福するように」命じました。
そうするならば「民を祝福する」と主は約束されたのです。

②新約の私たちは、
「王なる祭司」「聖なる国民」(1ペテロ2:9)と言う立場を頂いています。
ですから旧約での約束と同様に、
私たちが「とりなし祈る時」に、「その祈りは聞かれる」のです。

・・・私たちがクリスチャンとなったのは、「人々の祝福を祈るため」でもあるのです。
その使命を自覚し、導かれた時に、祈りましょう。
主はあなたの使命を祝福して下さることでしょう。YccFuji





20160210
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by Happiness-eachday | 2016-02-10 05:05 | 2016年1-3月 | Trackback

2月9日民数記1-3章『主のチームとなるために』

懸賞 2016年 02月 09日 懸賞

『主のチームとなるために』

【2:1 【主】はモーセとアロンに告げて仰せられた。2:2 「イスラエル人は、おのおのその旗のもと、その父祖の家の旗じるしのもとに宿営しなければならない。会見の天幕の回りに、距離をおいて宿営しなければならない。・・・
2:32 以上がイスラエル人で、その父祖の家ごとに登録された者たちであり、全宿営の軍団ごとに登録された者の総数は、六十万三千五百五十人であった。
2:34 イスラエル人は、すべて【主】がモーセに命じられたとおりに行い、それぞれの旗ごとに宿営し、おのおのその氏族ごとに、父祖の家ごとに進んだ。】

①民数記は、ヘブル語聖書では「ベミドゥバル(荒野にて)」と呼ばれていたものです。
バラバラだった民が、段々と一つのチームになっていく経緯が描かれています。

②主は、戦うことができる民を数えさせ、部族ごとに宿営する場所を定めました。
これは成人男子で60万以上(女性子供を入れると約200万)の民が、
効率よく移動するためには必要な手続きでした。

③エジプトを出た時、人々の統率は取れてはいませんでした。
しかし一つのチーム(目的を共有する集団)として進むためには、
どこかで「約束事」が決められる必要があったのです。

④神様の導きに中でも、地上でのチームワークは大切です。
神は「キリストの身体」としての「自分の立ち位置」を知らせ、
「周りと協力」して物事を進めるように導かれるのです。

信仰は「個人だけ」で持つものではありません。
「信仰の仲間」がおり、その「背後に多くの働き」があるのです。

主を信じる信仰生活は
「周りの仲間とのチームワーク作り」とも言えるのです。YccFuji








20160209
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by Happiness-eachday | 2016-02-09 04:52 | 2016年1-3月 | Trackback