カテゴリ:2014年4-6月( 93 )

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6月2日ヨブ記36-39章『主の言葉を聞く時』

懸賞 2014年 06月 02日 懸賞

『主の言葉を聞く時』

【38:1 【主】はあらしの中からヨブに答えて仰せられた。38:2 知識もなく言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。38:3 さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。38:4 わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。あなたに悟ることができるなら、告げてみよ。38:5 あなたは知っているか。だれがその大きさを定め、だれが測りなわをその上に張ったかを・・・】

①ヨブに対するエリフの言葉の途中で、突然、創造主がヨブに登場しました.
主はヨブの心が準備できたことを、見ていたのです。
そしてヨブの心が悔い改めに導かれるように、語り続けて下さったのです。

②創造主は、この世界のことを様々な角度で語られました。
それによって、ヨブ自身が造られたもので、
神のように立場ではないことを悟らせるためでした。

③創造主は、私たちのすべての心を見ておられます。
そして主が定めた時に、必要なことを教えて下さるのです。

そして主の言葉を聞く心の準備も、主ご自身が備えられるのです。

・・・私たちに必要なものは、『主を求める心』です。
それを持ち続けさえするならば、最後には必ず「主からの答え」を頂くことができるのです。YccFuji












20140602
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by Happiness-eachday | 2014-06-02 07:33 | 2014年4-6月 | Trackback

6月1日ヨブ記32-35章『エリフの言葉』

懸賞 2014年 06月 01日 懸賞

『エリフの言葉』

【32:1 この三人の者はヨブに答えるのをやめた。それはヨブが自分は正しいと思っていたからである。
32:2 すると、ラム族のブズ人、バラクエルの子エリフが怒りを燃やした。彼がヨブに向かって怒りを燃やしたのは、ヨブが神よりもむしろ自分自身を義としたからである。32:3 彼はまた、その三人の友に向かっても怒りを燃やした。彼らがヨブを罪ある者としながら、言い返すことができなかったからである。

33:1 そこでヨブよ。どうか、私の言い分を聞いてほしい。私のすべてのことばに耳を傾けてほしい。33:2 さあ、私は口を開き、私の舌はこの口の中で語ろう。 33:3 私の言うことは真心からだ。・・・】

①3人の年長者であるヨブに友人たちが、何も答えられなくなった時、
エリフは口を開きました。

そして、エリフは他の3人たちとは違い、ヨブの心に語りかけたのです。
(3人の友人たちは、「自分の知恵と論理」を守るためにヨブを攻撃したのです)

②このエリフの言葉を主は用いられたのです。
私たちの人と関わる時の模範は、このエリフです。

若くても「相手の心を尊重して対応する」ならば、その言葉が用いられるのです。
・・・エリフのような対応を心がけましょう。
それが主の願う態度なのです。YccFuji











20140601
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by Happiness-eachday | 2014-06-01 05:01 | 2014年4-6月 | Trackback

5月31日ヨブ記28-31章『ヨブの高慢』

懸賞 2014年 05月 31日 懸賞

『ヨブの高慢』

【29:1 ヨブはまた、自分の格言を取り上げて言った。29:2 ああ、できれば、私は、昔の月日のようであったらよいのに。神が私を守ってくださった日々のようであったらよいのに。・・・

30:9 それなのに、今や、私は彼らのあざけりの歌となり、その笑いぐさとなっている。30:10 彼らは私を忌みきらって、私から遠ざかり、私の顔に情け容赦もなくつばきを吐きかける。・・・

31:35私を確認してくださる方、全能者が私に答えてくださる。私を訴える者が書いた告訴状があれば、31:36 私はそれを肩に負い、冠のように、それをこの身に結びつけ、31:37 私の歩みの数をこの方に告げ、君主のようにして近づきたい。・・・】

①ヨブは、確かに神が正しいと認めるほどの人物でした(29章)
しかし彼の悲劇によって、人々は手のひらを返すように、見下すようになったのです(30章)。

このことは十分に同情されるべき内容です。

②しかしそうであっても(それほど正しい者でも)、
神の前に「君主のように近づきたい」は
「言ってはいけない言葉」です。

彼は自分の痛みと「正しいことをしてきた」という「自負心」の故に、
一線を越え「高慢」と言われても仕方がない「感情」へと入ってしまったのです。

・・・私たち人間は、残念ながら「罪人」です。
イエス様の赦し以外では、そこから抜け出すことができない存在なのです。

ヨブはこの後、悔い改めて後、癒しと二倍の祝福を頂きます。
しかしそのプロセスの前に、ヨブは「深いお取り扱い」を受けたことを私たちは学ぶのです。

神の大きな祝福の前に、この「深いお取り扱い」を受けることがあるのです。
これは痛いことですが、主は時に、そのようなことを許されるのです。YccFuji










20140531
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by Happiness-eachday | 2014-05-31 00:45 | 2014年4-6月 | Trackback

5月30日ヨブ記24-27章『ヨブの本音の祈り』

懸賞 2014年 05月 30日 懸賞

『ヨブの本音の祈り』

【27:1 ヨブはまた、自分の格言を取り上げて言った。27:2 私の権利を取り去った神、私のたましいを苦しめた全能者をさして誓う。27:3 私の息が私のうちにあり、神の霊が私の鼻にあるかぎり、27:4 私のくちびるは不正を言わず、私の舌は決して欺きを告げない。27:5 あなたがたを義と認めることは、私には絶対にできない。私は息絶えるまで、自分の潔白を離さない。・・・】

①ヨブの友人たちの、ヨブへの言葉は、ヨブを苦しめるだけのものでした。
そして今まで(3人友人たちよりも)正しく生きようと努めていたヨブを、
納得させるものではなかったのです。

②ですからヨブは、自分は正しいと主張したのです。

③後の神の対応を見ても、3人友人たちは間違っていたことが分かります(42章)。
しかしこのような批判の苦しみの中で、
ヨブの心の中にある『隠れた思い』が明らかになっていったのです。

④ヨブほどの人でも「高慢(自己義)」の罪に陥ることがあります。
しかし神の赦しの業は、罪を明らかにさせてから、赦しと癒し(回復)が起きるのです。

その為には、まず「徹底的な本音の祈り」から始まります。

・・・あなたの心をすべて神様に訴えても、大丈夫です。
あなたの回復は、ヨブ同様「本音の祈り」から始まるのです。YccFuji








20140530
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by Happiness-eachday | 2014-05-30 05:23 | 2014年4-6月 | Trackback

5月29日ヨブ記20-23章『祈りの中のうめき』

懸賞 2014年 05月 29日 懸賞

『祈りの中のうめき』

【23:1 ヨブは答えて言った。23:2 きょうもまた、私はそむく心でうめき、私の手は自分の嘆きのために重い。23:3 ああ、できれば、どこで神に会えるかを知り、その御座にまで行きたい。23:4 私は御前に訴えを並べたて、ことばの限り討論したい。23:5 私は神が答えることばを知り、私に言われることが何であるかを悟りたい。・・・
23:8 ああ、私が前へ進んでも、神はおられず、うしろに行っても、神を認めることができない。23:9 左に向かって行っても、私は神を見ず、右に向きを変えても、私は会うことができない。・・・】

①ヨブは、友人たちの責めの言葉を受けながら、主に祈り訴え続けました。
しかしヨブの最も苦しく悲しいことは、
「主の答えを感じることができないこと」でした。

②私たちの人生には「神をみつけられない」苦しみを経験することがあるのです。
しかしヨブ記の後半を覚えたいのです。
ヨブはこの後『創造主』と出会い、主から語りかけを受け、2倍の祝福を頂いているのです。

・・・主を求め続けましょう。
最後には「納得できる答え」を私たちは受けることができるのです。YccFuji











20140529
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by Happiness-eachday | 2014-05-29 05:17 | 2014年4-6月 | Trackback

5月28日ヨブ記16-19章『神と人との仲介者の必要性』

懸賞 2014年 05月 28日 懸賞

『神と人との仲介者の必要性』

【16:19 今でも天には、私の証人がおられます。私を保証してくださる方は高い所におられます。16:20 私の友は私をあざけります。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。16:21 その方が、人のために神にとりなしをしてくださいますように。人の子がその友のために。・・・
19:21 あなたがた、私の友よ。私をあわれめ、私をあわれめ。神の御手が私を打ったからだ。19:22 なぜ、あなたがたは神のように、私を追いつめ、私の肉で満足しないのか。19:23 ああ、今、できれば、私のことばが書き留められればよいのに。ああ、書き物に刻まれればよいのに。19:24 鉄の筆と鉛とによって、いつまでも岩に刻みつけられたい。19:25 私は知っている。私を贖う方は生きておられ、後の日に、ちりの上に立たれることを。・・・】

①ヨブは、友人たちの批判を受け、自分の無実を訴えました。
そして自分のことを本当に理解してくれる正しい証人が
「天におられること」を彼は信じたのです。

そしてその方が、自分と神との間でとりなしをして下さることも。

②そしてヨブは、自分の言葉がすべて残されることを求め、
後の日(終わりの時)に罪を赦して下さる(贖い主)が来て下さることを願ったのです。

これはヨブ記の最も大切な聖書箇所でもあります(25節)。

・・・苦しみの中でヨブは、
人間には神と人の間で「仲介者となるお方」が必要であることを求めたのです。

これが救い主イエスキリストの来られた理由です。

『イエスキリストの到来』の意味は
「正しさを求めても罪を犯すことしかできない私たち」が
「救われる雄一の道」なのです。YccFuji











20140528
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by Happiness-eachday | 2014-05-28 05:00 | 2014年4-6月 | Trackback

5月27日ヨブ記13-15章『神との論争』

懸賞 2014年 05月 27日 懸賞

『神との論争』

【13:18 今、私は訴えを並べたてる。私が義とされることを私は知っている。13:19 私と論争する者はいったいだれだ。もしあれば、そのとき、私は黙って息絶えよう。13:20 ただ二つの事を私にしないでください。そうすれば、私は御顔を避けて隠れません。13:21 あなたの手を私の上から遠ざけてください。あなたの恐ろしさで私をおびえさせないでください。13:22 呼んでください。私は答えます。あるいは、私に言わせ、あなたが私に答えてください。13:23 私の不義と罪とはどれほどでしょうか。私のそむきの罪と咎とを私に知らせてください。13:24 なぜ、あなたは御顔を隠し、私をあなたの敵とみなされるのですか。・・・】

①ヨブは3人の友人たちの心無い言葉と批判を聞き、
「自分はそんな悪いことはしていない」と主張し始めました。
しかしそれは次第に、「神との論争」へと進んでいくのです。

『なぜ神は私にここまでひどい仕打ちをされるのだろうか』
『それ程までの罪を犯しているはずがない』
というヨブにとっての切実な論争です。

②しかしこのことによってヨブは次第に『自己義(自分は正しい)』
という感情へと突き進んでいったのです。

③私たちは必ず一度や2度はこのような祈りをすることがあります。
それは創造主を本気で信じるものが通る道だからです。

そして創造主のお取り扱いを受け、整えられていくのです。
(私たちは、主と祈りの中で出会う時に、理屈を超えて納得するのです)

・・・本音で主に祈りましょう。
その感情がひどい物でも驚かないようにしましょう。
主に告白して初めて、私たちは『赦しと聖めの道』を歩むことができるのです。YccFuji











20140527
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by Happiness-eachday | 2014-05-27 05:12 | 2014年4-6月 | Trackback

5月26日ヨブ記10-12章『感情的な批判』

懸賞 2014年 05月 26日 懸賞

『感情的な批判』

【11:1 ナアマ人ツォファルが答えて言った。11:2 ことば数が多ければ、言い返しがないであろうか。舌の人が義とされるのだろうか。11:3 あなたのおしゃべりは人を黙らせる。あなたはあざけるが、だれもあなたを恥じさせる者がない。11:4 あなたは言う。「私の主張は純粋だ。あなたの目にも、きよい」と。・・・】

①ヨブに元にいた3人目の友人(ツォファル)は、
もはやヨブに対して感情的に批判するだけでした。

注解書を見ても、ヨブに対する同情はないと解釈されています。

②苦しんでいる人が、その苦しみを告白した時、
それに対して感情的に反論することは、何の建設的な解決にはなりません
(むしろ人を追い込むだけです)。

③ツォファルは、「相手(ヨブ)のため」を思ったというよりは、
「自分の心」を守るために、一方的にヨブを批判したにすぎません。
そこには「愛の動機」がほとんど無いと言っても良いでしょう。

ヨブはこんな友人の批判に耐えなければなりませんでした。
しかし最後には主は報いて下さった事を私たちは知るのです(42章)。

ですからもし「感情的な批判」を受けることがあっても、
「真実なる主がすべてを知っておられる」という立場に、私たちは立ちましょう。
感情的な批判は、あまり重要視する必要はないのです。YccFuji














20140526
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by Happiness-eachday | 2014-05-26 13:45 | 2014年4-6月 | Trackback

5月25日ヨブ記7-9章『深い罪の自覚、悔い改めへの一歩』

懸賞 2014年 05月 25日 懸賞

『深い罪の自覚、悔い改めへの一歩』

【9:21 私は潔白だ。しかし、私には自分自身がわからない。私は自分のいのちをいとう。・・・
9:29 私はきっと、罪ある者とされましょう。ではなぜ、私はいたずらに労するのでしょうか。9:30 たとい私が雪の水で身を洗っても、灰汁で私の手をきよめても、9:31 あなたは私を墓の穴に突き落とし、私の着物は私を忌みきらいます。9:32 神は私のように人間ではないから、私は「さあ、さばきの座にいっしょに行こう」と申し入れることはできない。9:33 私たちふたりの上に手を置く仲裁者が私たちの間にはいない。・・】

①ヨブは友人たちから批判されることを通じて、主の前で嘆きました。
「自分は正しく生きたとしても、主の前に罪人と宣告される」と嘆いたのです。

②しかし実は、ヨブは自分の正しさを主張する中で、
『真の悔い改めのため』の第一歩を進み始めたのです。

③そしてここで『神』と「人間」の間を取り持つ『仲介者』が必要であることを悟るのです
(この仲介者をイエス様がしてくださいました)。

・・・試練を、私たちは避けたいと願います。
しかし試練を通じて、
私たちは本音が表に出るようになり、
自分の中の隠れたものが現れるのです。

苦しみにも役割があります。
「神の癒しと聖め」は、罪が表に出ることを通じて、
その罪を心から告白して、行われるのです(42章)。YccFuji










20140525
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by Happiness-eachday | 2014-05-25 06:03 | 2014年4-6月 | Trackback

5月24日ヨブ記4-6章『ヨブの苦悩の対処』

懸賞 2014年 05月 24日 懸賞

『ヨブの苦悩の対処』

【6:1 ヨブは答えて言った。6:2 ああ、私の苦悶の重さが量られ、私の災害も共にはかりにかけられたら。 6:3 それは、きっと海の砂よりも重かろう。だから、私のことばが激しかったのだ。・・・
6:14 落胆している者には、その友から友情を。さもないと、彼は全能者への恐れを捨てるだろう。・・・】

①ヨブは、友の一人エリファズの言葉に対して、反論をしました。
「自分にはここまで災いを受ける理由を見つけることができない。私の苦悩を受け止め、理解してほしい・・・」と。

②人は自分の思ったままに批判します。
そしてそれは間違っていることも多いのです。
ですから人の批判を、あまり重視することは危険です。

むしろ創造主がどのように考えておられるかを『ひたすら訴えていく』ことが
問題解決のカギとなるのです
(批判を無視し自己正当化することではないのです)。

③ヨブが深く内省するために、友人たちの的外れの批判が用いられました。

・・・創造主への祈りと叫びがすべてのカギです。
このような祈りの先に、主のお取り扱いと、主の計画が実現されるのです。

人を過剰に期待しないようにしましょう。主に期待し、求め続けるのです。YccFuji









20140524
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by Happiness-eachday | 2014-05-24 00:14 | 2014年4-6月 | Trackback