4月26日1サムエル26 – 28 マルコ14勝53から72節

懸賞 2017年 04月 26日 懸賞

「主の喜ばれることを選ぶ、報い」

【1サムエル26:9 しかしダビデはアビシャイに言った。「殺してはならない。主に油注がれた方に手を下して誰が無罪でいられよう」ダビデは言った。「主は生きておられる。主は必ず彼を打たれる。彼はその生涯の終わりに死ぬか、戦いにくだった時滅ぼされる。私が主に油注がれた方に手を下すなど、主の前に、絶対できないことだ。」①ダビデは再度、サウルを殺すチャンスがありましたが、油注がれた人物に手を下す事はできないと考えて、殺す事はしませんでした。主が祝福し、愛した人を打つ事はできないと考えたのです。これはダビデの心であり信念でした。②またサウルが何度も自分を殺そうとしたことに対しては、「悪の報いがある」と理解していたのです。主に言われたことを忠実にしたダビデは、大きな祝福を受けました。反対に主に反逆したサウルは、この後、殺されてしまうのです。

「変わらない愛を、注いで下さる方」

【マルコ14 70しかし、ペテロは再び打ち消した。しばらくすると、そば立っていたその人たちが、またペテロに言った「確かに、あなたはあの仲間だ。ガリラヤ人なのだから」しかし彼は呪いをかけて誓い始め一「私はあなた方の話しているその人を知りません」と言った。するとすぐに鶏が二度目に鳴いた。そしてベテロは「鶏が2度鳴く前に、あなたは私を知らないと三度言います」というイエスのお言葉を思い出した。それに思い当たった時、彼は泣き出した。】
①ペテロは純粋に、イエス様についていけると思っていました。たとえ殺されるようなことがあっても、裏切らないと、自分を信じていました。しかし実際に殺されそうになった時「イエス様を知らない」と言ってしまったのです。②私たち人間は、悲しいことに「自分の身を守るために」平気で犠牲にできるのです。しかしイエス様は、そんな私たちの「悲しい性質」を知った上で、とりなし祈り、受け入れ、愛してくださったお方なのです。ペテロのために祈り、愛されたお方は、私のためにも祈り「変わらない愛」で愛してくださるお方なのです。


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# by Happiness-eachday | 2017-04-26 10:08 | Trackback

4月25日1サムエル23-25章 マルコ14:27-52

懸賞 2017年 04月 25日 懸賞

『主を愛する人の判断』

【Ⅰサム24:5 こうして後、ダビデは、サウルの上着のすそを切り取ったことについて心を痛めた。24:6 彼は部下に言った。「私が、主に逆らって、【主】に油そそがれた方、私の主君に対して、そのようなことをして、手を下すなど、【主】の前に絶対にできないことだ。彼は【主】に油そそがれた方だから。」24:7 ダビデはこう言って部下を説き伏せ、彼らがサウルに襲いかかるのを許さなかった。サウルは、ほら穴から出て道を歩いて行った。・・・】

①サウル王は、嫉妬によりダビデを殺そうと何度も計画を立てました。
しかし主はダビデを守り、不思議な方法で「助け続けた」のです。

②ダビデは、この時、サウル王を「殺せる」状況だったのですが、
殺すことはしませんでした。
それはダビデが「主を愛して」おり、
主が祝福した者を「大切にしていた」からなのです。

③ある人たちは、自分の身を守るためには、人を平気で犠牲にします。
しかし「主を愛する人」は、主が悲しまれることはしないように努めるのです。
それは自分の立場が危なくなっても、
「主に喜ばれること」をし続ける「主への愛」なのです。

・・・あなたは「主を愛して」いますか。
もし本当に愛しているならば、ダビデのような判断をするのです。




『イエス様の生き方』

【マルコ14:35 それから、イエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、もしできることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈り、14:36 またこう言われた。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。」14:37 それから、イエスは戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「シモン。眠っているのか。一時間でも目をさましていることができなかったのか。14:38 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈り続けなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」】

①イエス様は、ゲッセマネで切なる祈りをされました。
イエス様は、これから受ける十字架を「避けたい」と願いました。
しかしそれ以上に「主の願いをしていきたい」と考えていたのです。
ですから「このような祈り」をされたのです。

私たちも「主の願いを」する時に、
自分にとって不利益になったり、気が乗らない時があるのです。
しかし「主の願い」を分かった時に、
「受け入れます」と祈るようになるのです。

②イエス様はご自分は「厳しい道」を歩まれましたが、
弟子たちに対しては「優しいまなざし」でした。
私たちも「自分は厳しい道」を歩んだとしても、
それが出来ない人に対して「優しい」まなざしでいたいのです。YccFuji





20170425


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# by Happiness-eachday | 2017-04-25 05:05 | 2017年 | Trackback

4月24日1サムエル20-22章 マルコ14:1-26

懸賞 2017年 04月 24日 懸賞

『主の知恵と主の助け』

【Ⅰサム20:5 ダビデはヨナタンに言った。「あすはちょうど新月祭で、私は王といっしょに食事の席に着かなければなりません。私を行かせて、あさっての夕方まで、野に隠れさせてください。20:6 もし、父上が私のことをとがめられたら、おっしゃってください。『ダビデは自分の町ベツレヘムへ急いで行きたいと、しきりに頼みました。あそこで彼の氏族全体のために、年ごとのいけにえをささげることになっているからです』と。20:7 もし、父上が『よし』とおっしゃれば、このしもべは安全です。もし、激しくお怒りになれば、私に害を加える決心をしておられると思ってください。」】

①ダビデは、自分がサウル王から殺されようとしていることを感じていました。
そしてサウルの息子、ヨナタンが自分のことを大切にしてくれていることも知っていたのです。

②ダビデは、サウル王の本当の気持ちを確認するために、
ヨナタンの協力を得て、上記のような確認をしたのです。
これは、「主からの知恵」です。

・・・難しい状況下でも、主に祈る中で、主は不思議な知恵を与えて下さいます。
その知恵によって「物事の善悪」や「事の是非」が明らかになるのです。



『一線を越えないように』

【マルコ14:20 イエスは言われた。「この十二人の中のひとりで、わたしといっしょに鉢に浸している者です。14:21確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。しかし、人の子を裏切るような人間はわざわいです。そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。」・・・】

①イエス様は、最後の晩餐時に、12弟子の一人が自分を裏切ることを語られました。
そして誰が裏切るかも知っていたのでした。
人間の「自由意思」を神様は尊重されます。
それがたとえ罪であっても、
その意思を「ロボットのようにコントロール」されないのです。
この点が難しい所なのです。

②私たちは、どんなことでもできてしまいます。
しかし何をするかは「自分で判断」しなければならないのです。

・・・「神様に喜ばれること」を選びましょう。
「自分のわがまま」や「欲望を求め続ける」ことは止めましょう。
ユダは反面教師です。
ある一線を越えたならば、「大変な過ち」を犯してしまうのです。YccFuji







20170424



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# by Happiness-eachday | 2017-04-24 05:55 | 2017年 | Trackback

4月23日1サムエル18-19章 マルコ13章

懸賞 2017年 04月 23日 懸賞

『主の守り』

【Ⅰサム19:23 サウルはそこからラマのナヨテへ出て行ったが、彼にも神の霊が臨み、彼は預言しながら歩いて、ラマのナヨテに着いた。19:24 彼もまた着物を脱いで、サムエルの前で預言し、一昼夜の間、裸のまま倒れていた。】

①サウル王は、ダビデに嫉妬をし、何度も殺そうとしました。
ダビデがサムエルのところにいると知らせを受けると、
ダビデを捕らえようと使者を送ったのです。
しかし主は、使者に神の霊を臨ませ、ダビデを守りました。

②最後には、サウル王がやってきますが、主は神の霊をサウル王にも臨ませ、ダビデを守ったのです。
・・・主は主を愛する者を守って下さるお方です。
神を信じ、神を愛していても、殺されそうな程の辛いことを体験することがありますが、
しかし主は最後まで守って下さるお方なのです。



『再臨の備え』

【マルコ13:27 そのとき、人の子は、御使いたちを送り、地の果てから天の果てまで、四方からその選びの民を集めます。13:28 いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。13:29 そのように、これらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。・・・】

①イエス様は、もう一度この地上に来られる(再臨する)とはっきりと語られました。
そして「その時に備えるように」、と命じられたのです。

②私たちは、必ずイエス様にお会いする時が来るのです、
このことを本気で信じている者は、イエス様に会うための「備え」をするのです。

③私たちの心や動機は、人には普通見えません。
イエス様にお会いすることを前提に生きているクリスチャンは、
お会いした時に「恥ずかしくないように」と考えるのです。

・・・毎日の生活を備えましょう。
試験がない授業のように考えてはいけません。
必ず最後に試験があり、評価される時が来るのです。

それを知っているかどうかは、大きな人生の判断基準になるのです。
主の前で、ごまかすことや自己正当化は、「後悔すること」になります。
「正直に悔い改めること」が得策なのです。YccFuji







20170423


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# by Happiness-eachday | 2017-04-23 05:34 | 2017年 | Trackback

4月22日1サムエル16-17章 マルコ12:18:44

懸賞 2017年 04月 22日 懸賞

『神様との関係による勝利』

【Ⅰサム17:36 このしもべは、獅子でも、熊でも打ち殺しました。あの割礼を受けていないペリシテ人も、これらの獣の一匹のようになるでしょう。生ける神の陣をなぶったのですから。」17:37 ついで、ダビデは言った。「獅子や、熊の爪から私を救い出してくださった【主】は、あのペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます。」サウルはダビデに言った。「行きなさい。【主】があなたとともにおられるように。」】

①ダビデは、神の陣を馬鹿にしたゴリアテに対して、聖なる怒りを感じました。
そして「主が共におて下さる」ので、自分はゴリアテに勝つことが出来ると確信したのです。

②これはダビデの「神様との関係」からきた言葉です。
彼はいつも神様を身近に感じ、助けを日々経験していたのです。
その延長上で、この「信仰の言葉」を出したのです。

・・・私たちも「復活のイエス様」が共にいて下さるという信仰を持っています。
その信仰が単なる「知識」ではなく「経験に基づくもの」ならば、
あなたもダビデのような「言葉」を出すことが出来、
ダビデのように「神様に助けられる」のです。

信仰は単なる「知識」ではありません。
「体験」を伴うものであり、毎日の「神様との生きた関わり」なのです。




『主を第一にすること、それを生活化すること』

【マルコ12:29 イエスは答えられた。「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。12:30 心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』12:31 次にはこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この二つより大事な命令は、ほかにありません。」】

①イエス様は「一番大切な戒め」として、「神である主を愛せよ」を挙げました。
神を一番に愛するとは、自分が一番望むもの、情熱を傾けるものが「神ご自身」であり、
「神に愛情が集中している」ことです。
また神に「忠実」であり、「献身」をし、
人生のあらゆる面で「神の御心によって歩む」ことを選び続けるのです。

②このように「神を愛する」とは、神のためなら「何でもすること」です。
自分がしたくないことでも「神の導き」ならば、選ぶことなのです。

・・・あなたはこのような「献身の人生」を歩んでいますか?
神に祈りましょう。そして聖霊によって導いて頂きましょう。

神を一番にすることは、理性では「最善のこと」です。
しかし私たちは「聖霊の助け」なしには、
「このような神に対する応答」はできないのです。YccFuji





20170422




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# by Happiness-eachday | 2017-04-22 23:43 | 2017年 | Trackback

4月21日1サムエル14-15章 マルコ11:27-12:17

懸賞 2017年 04月 21日 懸賞

『ごまかしによって祝福を失ったサウル』

【Ⅰサム15:13 サムエルがサウルのところに行くと、サウルは彼に言った。「【主】の祝福がありますように。私は【主】のことばを守りました。」15:14 しかしサムエルは言った。「では、私の耳に入るあの羊の声、私に聞こえる牛の声は、いったい何ですか。」15:15 サウルは答えた。「アマレク人のところから連れて来ました。民は羊と牛の最も良いものを惜しんだのです。あなたの神、【主】に、いけにえをささげるためです。そのほかの物は聖絶しました。」15:16 サムエルはサウルに言った。「やめなさい。昨夜、【主】が私に仰せられたことをあなたに知らせます。」・・・】

①サウルは、主から王として任じられましたが、
聖絶するようにと命じられた家畜を、惜しんで残しておいたのです。

そして「一番の問題」は、
自分がしたことを「ごまかした」ことです。

②素直に悔い改めるなら、回復の道もありますが、
サウルは「ごまかし続け」てしまいました。
その結果、最後に「与えられた祝福」を「全て取り去られて」しまったのです。

・・・自分の心をごまかしても「神は全て知っておられる」のです。
「ごまかすこと」がいかに愚かで、不利益になるかを、はっきりと知りましょう。
「主との良い関係」は「正直なこと」なのです。




『上からの知恵』

【マルコ12:14 彼らはイエスのところに来て、言った。「先生。私たちは、あなたが真実な方で、だれをもはばからない方だと存じています。あなたは人の顔色を見ず、真理に基づいて神の道を教えておられるからです。ところで、カイザルに税金を納めることは律法にかなっていることでしょうか、かなっていないことでしょうか。納めるべきでしょうか、納めるべきでないのでしょうか。」12:15 イエスは彼らの擬装を見抜いて言われた。「なぜ、わたしをためすのか。デナリ銀貨を持って来て見せなさい。」12:16 彼らは持って来た。そこでイエスは彼らに言われた。「これはだれの肖像ですか。だれの銘ですか。」彼らは、「カイザルのです」と言った。12:17 するとイエスは言われた。「カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。」彼らはイエスに驚嘆した。】

①立場が上であったり、宗教的な指導者であっても
「間違った動機」や「間違って知恵」によって愚かな言葉を出すことがあります。
しかしイエス様は「神の知恵によって」
愚かな問いかけに「正しく答え」ました。

②私たちも、人の言葉を鵜吞みにしてはいけません
(なんでも無批判に受け入れることは危険です)。

イエス様に祈りながら(知恵と力を頂きながら)
賢く」対応することが大切なのです。

その瞬間には分からなくとも、
長い目で見れば、「主の知恵」は明らかになるのです。YccFuji





20170421


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# by Happiness-eachday | 2017-04-21 05:22 | 2017年 | Trackback

4月20日1サムエル11-13章 マルコ11:1-26

懸賞 2017年 04月 20日 懸賞

『失敗の後、益々主に仕える大切さ』

【Ⅰサム12:19 民はみな、サムエルに言った。「あなたのしもべどものために、あなたの神、【主】に祈り、私たちが死なないようにしてください。私たちのあらゆる罪の上に、王を求めるという悪を加えたからです。」12:20 サムエルは民に言った。「恐れてはならない。あなたがたは、このすべての悪を行った。しかし【主】に従い、わきにそれず、心を尽くして【主】に仕えなさい。12:21 役にも立たず、救い出すこともできないむなしいものに従って、わきへそれてはならない。それはむなしいものだ。」】

①サムエルは、王を求めて罪を犯した、民に対して「ますます主に仕えなさい」と命じたのです。
自分の犯したことを「嘆く」よりも、
悔い改めて「主を一番にする」ほうが、大切なのです。

②「情欲。悪い欲、むさぼり(コロサイ3章)」の偶像礼拝で、自分を誤魔化してはいけません。
13章にはサウル王の誤魔化しが書かれています。
彼はその結果、「王の祝福」を無くしてしまったのです。




『主がお入り用なのです』

【マルコ11:2 言われた。「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない、ろばの子が、つないであるのに気がつくでしょう。それをほどいて、引いて来なさい。11:3 もし、『なぜそんなことをするのか』と言う人があったら、『主がお入用なのです。すぐに、またここに送り返されます』と言いなさい。」】

①イエス様は、聖書の預言の通りにエルサレムに入場するために「ロバの子」を求めました。
そして必要が満たされたのです。

②「主がお入用です」と言われた時に、
素直に委ねることが出来る人は幸いです。

主が用いて下されば「私たちの持つ価値」を、
何十倍も活用して下さるのです。YccFuji







20170420


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# by Happiness-eachday | 2017-04-20 05:33 | 2017年 | Trackback