7月21日詩篇21-22篇 1コリント13章

懸賞 2017年 07月 21日 懸賞

『苦痛の叫び(ダビデ)』

【詩22:1 わが神、わが神。どうして、私をお見捨てになったのですか。遠く離れて私をお救いにならないのですか。私のうめきのことばにも。22:2 わが神。昼、私は呼びます。しかし、あなたはお答えになりません。夜も、私は黙っていられません。22:3 けれども、あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。】

①この詩は、「十字架の詩篇」と呼ばれています。
作者が聖霊によって「キリストの苦しみ」を正確に書き表しているからです。

②主イエスは、十字架につけられ、死のうとしている時に、
この切羽詰まった恐ろしい叫びをされたのです。
キリストは、誰も体験したことに無い、神に見捨てられた気持ちに圧倒されたのです。

神の子であり、宇宙を創造したお方が、
造られたものから拒まれ、
あらゆるところに御臨在される神から断絶されたのです。
この狂気にも似た気持ちを、私たちの主は体験されたのです。

それは「神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされた(2コリ5:21)」からであり、
「私たちのために、のろわれたもの(ガラテヤ3:13)」となるためでした。

・・・私たちが体験する断絶や悲しみは、イエス様の苦しみの一部でしかありません。
イエス様は、あなたの苦しみを経験されたお方であり、
あなたを救い出すためにその苦しみを乗り越えられたお方なのです。




『愛』

【Ⅰコリ13:4 愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。13:5礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、13:6 不正を喜ばずに真理を喜びます。13:7すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。13:8 愛は決して絶えることがありません。・・・
13:12 今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。13:13 こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。】

①神の御性質である、愛は、完全なものです。
その愛を「聖霊を通じて」受けると私たちは「肉の思いを超えて」、
「愛の心」で人に接することができるようになるのです。

②今私たちは、まだキリストの愛を全て体験していません。
しかしイエス様とお出会いする時(天国・再臨時)では、
キリストを知り、キリストの愛で満たされるのです。

・・・聖霊に満たされましょう。愛を感じましょう。
この地上でも「キリストの愛を体験し」「人を愛すること」が神の願い、計画なのです。






20170721


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by Happiness-eachday | 2017-07-21 05:18 | 2017年 | Trackback

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