7月12日ヨブ29-31章 1コリント5章

懸賞 2017年 07月 12日 懸賞

『ヨブの主への姿勢』

【ヨブ31:35 だれか私に聞いてくれる者はないものか。見よ。私を確認してくださる方、全能者が私に答えてくださる。私を訴える者が書いた告訴状があれば、31:36 私はそれを肩に負い、冠のように、それをこの身に結びつけ、31:37 私の歩みの数をこの方に告げ、君主のようにして近づきたい。31:38 もし、私の土地が私に向かって叫び、そのうねが共に泣くことがあるなら、31:39 あるいは、私が金を払わないでその産物を食べ、その持ち主のいのちを失わせたことがあるなら、31:40 小麦の代わりにいばらが生え、大麦の代わりに雑草がはびこるように。ヨブのことばは終わった。】

①ヨブは、かつて自分が人々から尊敬されていたことを回想しました。
彼は正しいことに努め、人々はそんなヨブに、畏怖の念を持ったのです。
しかし今、ヨブは全てを奪われ、唾を吐かれるような仕打ちを受けていたのです(30:10)。

②ヨブは、自分の正しさを確信し、
神の元に「君主のように近づきたい(31:37)」と語りました。
それは「自分の正しさ」に対するの確信からくる言葉でした。

③ヨブは必死でした。
傲慢な表現になろうとも、主に近づきたいと本気で考え、求め続けたのです。

・・・そして最後に、主と出会ったのです。
隠れた罪があろうとも、
切実な思いで、主に近づく者には、主は良いように導いて下さるのです。

「罪」は主によってのみ明らかになります。
私たちは、そのままの姿で、主に近づく気持ちを持つことが、最も大切なのです。





『高慢の種を取り除く』

【Ⅰコリ5:6 あなたがたの高慢は、よくないことです。あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、粉のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。5:7 新しい粉のかたまりのままでいるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたはパン種のないものだからです。私たちの過越の小羊キリストが、すでにほふられたからです。】

①パウロは、「高慢を取り去るように」と命じました。
それはクリスチャンでない人の事ではなく、
クリスチャンの集まりの中であり、自分自身の高慢さを「取り去るように」と命じられたのです。

高慢さは、聖霊の働きがなれば、「気づくこと」はできません。
しかし「気づくことができた」ならば、すかさず「悔い改め」ましょう。

高慢さは、「持っていても仕方のないもの」です。
自分を支えるプライドも、神の前では「意味のないもの」なのです。

・・・主の前に「へりくだり」ましょう。
その姿勢を持っているならば、主から「教えられ易く」なるのです。







20170712


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by Happiness-eachday | 2017-07-12 05:25 | 2017年 | Trackback

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