6月29日ネヘミヤ11-13章 ルカ24:13-35

懸賞 2017年 06月 29日 懸賞

『回復への情熱』

【ネヘミヤ13:8 私は大いにきげんを悪くし、トビヤ家の器具類を全部、その部屋から外へ投げ出し、13:9 命じて、その部屋をきよめさせた。そして、私は、神の宮の器物を、穀物のささげ物や乳香といっしょに、再びそこに納めた。13:10 私は、レビ人の分が支給されないので、仕事をするレビ人と歌うたいたちが、それぞれ自分の農地に逃げ去ったことを知った。13:11 私は代表者たちを詰問し、「どうして神の宮が見捨てられているのか」と言った。そして私はレビ人たちを集め、もとの持ち場に戻らせた。・・・13:14 私の神。どうか、このことのために私を覚えていてください。私の神の宮と、その務めのためにしたいろいろな私の愛のわざを、ぬぐい去らないでください。】

①ネヘミヤは、自分がエルサレムを離れている間に、
起きた「悪しきこと」を、「本来の状態」に戻しました。
悪がそのままの状態で存在することは、許せなかったのです。

②ネヘミヤは、悪を追い出し、秩序を回復しました。
その動機は「主に喜ばれるため」でした。

・・・「主を意識して」行動しましょう。
そして「本来の姿」を考えましょう。
私たちが手を打つ責任の範疇は、、確実に手を打つ必要があるのです。




『目が開かれる時』

【ルカ24:15 話し合ったり、論じ合ったりしているうちに、イエスご自身が近づいて、彼らとともに道を歩いておられた。24:16 しかしふたりの目はさえぎられていて、イエスだとはわからなかった。
24:17 イエスは彼らに言われた。「歩きながらふたりで話し合っているその話は、何のことですか。」すると、ふたりは暗い顔つきになって、立ち止まった。・・・
24:31 それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった。するとイエスは、彼らには見えなくなった。24:32 そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」】

①イエス様が弟子たちに近づいて話しかけられても、
弟子たちは、それがイエス様だと気がつきませんでした。
「目がさえぎられていた」からです。

②私たちにも、イエス様が「様々な形」で語りかけて下さることがあります。
しかし私たちの目がさえぎられていると、気がつかないのです。

②しかし弟子たちは、目がさえぎられていても
「イエス様を求めて」いました。
み言葉の意味を質問し、「もっと語って欲しい」と願ったのです。
その結果、「ある瞬間」に目が開かれたのです。

・・・私たちも「求め続ける中」で、このようなことが起きるのです。






20170629


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by Happiness-eachday | 2017-06-29 05:12 | 2017年 | Trackback

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